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4. 発動

魔法の発動とともに部屋の中に強い風が巻き起こる。同時に水しぶきと石礫(いしつぶて)


展開していた魔法壁は水と土とを弾き返しながら一気に防御力を消費してゆく。空気の圧力に押され騎士たちは皆、壁際まで押し込まれた。激突こそは免れたがまともに立っていることも出来ない。


稲妻のような強い光が数度閃光を放ち、耳をつんざく爆音が襲い掛かる。

指示を出そうとベルクトが何かを叫ぶが、残響で耳が麻痺し、なにを言っているのかはわからない。


だがこのままでは次の攻撃には耐え切れないことは分かっていた。レリスは這いつくばりながら新たな防御魔法を構築してゆく。何度も何度も訓練で繰り返した手段。頭で考えずとも体が覚えている。


組み上げた魔法を騎士たちの上へと放り投げた。すでに限界を越えようとしていた魔法壁の上へさらに頑丈な壁が完成する。少なくともこれで大きな一発が来ても何とか(しの)げるはずだ。


そして魔法発動と同時に大きく息をつく。魔法の連続使用に精神に負荷がかかる。日頃の訓練の賜物(たまもの)か身体の限界には程遠いが、実戦の緊張と相まって気持ちの焦りに体がついて行かない感じだ。おそらくは(わず)かな時間しか保たぬだろう魔法壁の次を準備するため、新たな魔法用の魔力を体の中から引きずり出す。


部屋の中央に大きな魔力のうねり。暴風は魔力に吸い寄せられるように凝集し、小型の竜巻となって天井を突き破った。


「来るぞっ!!」

ベルクトが怒鳴っている。巨大魔法の予感にレリスの体が硬直する。途端に引きずり出した魔力が手の中で霧散してゆくのが分かった。予測はできるがこれに対抗する手段を思いつかない。すでに発動した魔法壁が十分な強度であることを祈る。


もう一度、陽光のように白い光が部屋中に満ち溢れた。床の魔法陣が激しく発光している。召喚魔法は異界から異物を引き寄せる段階へと入っているらしい。空間を切り裂く一際大きな轟音と、上空から迫る巨大な質量。うねる魔力はますます濃密になり、息をすることすら辛い。


動けぬまま魔力の圧迫を(しの)いでいると、唐突にその瞬間はやってきた。


轟音とともに何かが部屋へと降り注ぐ。床の上へと大量の土砂が広がった。その上に歪んた形をした木製の建物。泥の匂いにむしった青草のそれが混じる。魔法陣を中心にそれら泥と草、建物がこね合わされたものが散乱する。


しかしすでに壁際まで追い詰められていた騎士たちのいる辺りからは落下地点は大きく外れていた。土砂が降り注ぐ様子を睨みつけながら次の展開を見極める。魔物が出るか大魔法かを待ち構えた。


呼び出された土砂が尽きると、重力に従い床の上へと流れるように拡がる。そこには大量に水分が含まれていたのだろう、茶色く濁った水が(あふ)れだし、その場にいる者達の足元を濡らした。最後に中央で崩れかけていた木製の建物がパタッ、パタッと間の抜けた音を立てて倒れこみ、完全な瓦礫(がれき)と化した。


続く静寂。巨大な魔法も危険な生物も出現しない。やけに大きくて黄色いものが目に付くが、どうもそれは花のようである。草の匂いはそれが原因か。


穴の空いた天井から夕暮れの冷え始めた空気が沈み落ちてくる。

誰かの大きな息遣いが聞こえる。溜めていた息を吐いたのであろう。


「お前ら怪我してないな?」

ベルクトが小声で言った。同時に一気にその場の緊迫感がほぐれた。


中心で守られるように倒れていたセルがのろのろと立ち上がるが、すかさずその頭にベルクトが無言で拳骨を落とす。ヘマをした新人は再び床の上で悶絶して転げまわった。


「じゃ、残務整理だ。ヴァローナは休憩後、被疑者の身柄確保。その後で別働隊と合流。レリスは念のため隠れている奴がいないか索敵。異常があったら俺を呼べ、いいな」

セルのことは無視する。


先程までの張り詰めた空気が嘘のように落ち着いた口調で指示を出し、騎士たちはそれに従った。




魔法を発動した魔術師は、部屋の反対側でへたり込んでいた。魔力を消費し尽くした魔術師の常として、動く体力すらも残っていない。あっさりと身柄を拘束され、逮捕される。


他に部屋で昏倒していた数人。運良く土砂の直撃は何とかまぬがれたようで、全員命に別条はない。彼らは治療を行った後、事情聴取のために騎士団本部へと護送されることとなっている。


裏口隊が一通り被疑者の身柄を確保し終わった頃、治癒役の騎士とともに正面口担当の別働隊を指揮していた副隊長のアリオールが書類カバンを手にしてベルクトの(もと)へと現れる。アリオールは戦闘時には身の丈ほどの大剣を振るう優秀な剣士だが、本当に恐れられているのは平時における事務手続きの場面であった。


「こちらは八人ですか」

彼は捕縛者の人数を数えると、カバンへと手を突っ込み数枚の紙を取り出した。ついで胸ポケットへと手を入れペンを(つか)む。


「あちらと合わせて十三人。調書と合わせて二十一枚ですね」

用箋挟(クリップボード)に書類を挟み込みながらアリオールはベルクトに悪魔の数字を告げた。


「それから新人実地研修結果についての見解、レリスは別に研究所へ渡す分があるから二枚」

「そいつは急ぎじゃないだろう? 明日でも──」

増える書類の数にうんざりとしたベルクトが言いかけると、アリオールが(にら)みつけた。


「先送りは禁止です。誰が尻拭(しりぬぐ)いすると思ってるんですか」

「はいはい分かった。努力するから」

渡された書類を無造作に受け取る。


「で、セルの方の書類」

「なあ、あの馬鹿返品できないか?」

苦々しく絞りだすベルクト。言葉の意図に気づいたアリオールは小さく鼻を鳴らした。


「返せるものなら最初からあんなの受け取りませんよ。何かやらかしましたね?」

「出てくんなって言ったのに、命令違反で飛び出して死にかけやがった」

思い出すのも嫌といったふうに語る。


「死んだら面倒くさい報告をしなきゃならんし、生き延びたって面倒な馬鹿だし」

「まあ今回は死ななかったので面倒な報告が増えなかったということで(よし)としましょう。で、彼に始末書と反省文を書かせて、訓練項目を増やす、と。良かったですね、我々の分の書類は増えません」


懐を探って小さなメモ帳を取り出し、アリオールは何事かを書き込んだ。そしてすぐにそれを仕舞いこみ書類作成に戻る。


「始末書と反省文のチェック。訓練項目変更の申請。やっぱり仕事が増えてるぞ」

「それは明日以降のことでしょう? 今現在は関係ないですよ」

「ああ面倒だ。レリスの方は期待以上なんだがな」

もう一人の新人を引き合いに出す。


「そうですね。彼は書類の文字も綺麗ですし」

「お前、なんでも書類基準なんだな」

「悪いですか? 字が汚いと書き直しで二度手間なのに。ここ間違ってます」


アリオールはベルクトの方の書類を一瞬眺め、自分のペンで誤字に罰点(ばってん)をつけた。代わりの新しい紙を用意しベルクトへと差し出す。


「あれを研究所からもらえないかなあ。出向じゃなくて」

「無理でしょうね。一回頼み込んだんですけど即時却下です」

「そうか。うまくいかないもんだな」

「ええ、本当に。彼なら最高の書類担当事務員になれますよ」

期待の新人に対して求めるものが二人の間では大きくズレている。


会話が途切れた。紙の(おもて)をペン先が走る音がしばらく続く。


「それにしても人数多くないか?」

今回の捕縛者は魔術師八人を含む計十三名。特に魔術師八人などとは破格の人数で、王立研究所による公式の魔法実験でなければお目にかかれない。それも数年に一度の大事業だ。


「一度に数を呼ぼうとしていたか、竜でも呼ぶ気だったのか」

「術式を調査して確認しないと分かりませんが、魔法陣は土砂で(つぶ)れたみたいですね」

「ああ。だが掘り出すのに時間がかかる。でも魔法は失敗したみたいだし、そっちの検証は免除されると思うが」

「どうですかね。研究所はしつこいと思いますよ」


ペンを動かすサラサラという音。


「それから人数が多いと文句を言うのなら騎士団本部に護送の応援を要請しましょうか? そのつもりならまた別の書類を作らないと。えっと、それはこちらの紙ですね」


思い出したようにアリオールは言い、新たな用箋挟をカバンから取り出すと違う色の紙でできた書類を挟み込んでからベルクトへと押し付ける。それをベルクトは渋い表情で受け取った。


「書類、書類って、どんだけ増えるんだよ」

「今ここで必要なのは二十五枚、残り十七枚ですね。さっさと書かないと仕事が終わらないですよ」

アリオールの目付きが厳しくなる。


「分かったって。書いてしまえばいいんだろう?」

ベルクトは書類へと集中することにした。




戦闘終了にホッとするのもつかの間、レリスはすぐにいつもの「よく出来た雑用」へと戻っていた。すぐに命じられた任務に注力する。魔力を引き出して他に潜む人間がいないかを探る。魔力の残量を気にする必要はないため、多めの魔力を注ぎ込みしっかりと確認をする必要がある。


発動とともに生きている人間の気配をいくつか認める。仲間の騎士たちのものと、捕縛した集団。これらは問題ない。問題は魔法陣の方である。


残留する魔術の影響が大きく、一度の索敵では調べきれない。

もう一度魔力を引き出す。範囲を魔法陣だけに絞り、怪しい気配がないのか探った。


すでに発動後であるが、まだ生々しく残る暴風雨の匂い。その中に分け入るように意識を滑り込ます。目立つような何かは特に見受けられない。だが──。


見逃してしまいそうな小さなものがレリスの注意を引いた。生き物だが、魔術師がそうであるような活性化した魔力を持っているわけではない。どちらかというと小動物のような気配だ。


あり得る可能性として、召喚術自体は成功していたものの呼び出されたのが力ない生物ということがある。その場合、実害こそなくとも召喚生物管理部への届出が必要だったはずだ。騎士という華やかな呼び名に反比例して、実際の仕事は地味な書類仕事がほとんどである。ただそのような地味な仕事のほうが戦闘力のほとんどないレリスにはありがたいことだけれど。


ともあれ、まずは確認が先だ。

ぬかるんだ土の中に足を踏み入れていく。くるぶしまで泥に沈み込むが、力ずくで足を引き抜きながら前へと進む。ロングブーツなので内部まで濡れるということはないが、後で手入れが必要となるだろう。さすがに泥とまともに戦っていては手間がかかると思いつき、光源の魔法を作って足元を照らしながら大きめの石や木片を狙って足を置いてゆく。


そうやって泥山を攻略しながら魔法による感覚をたどると、中央の建物残骸の下に気配を感じた。おそらくその下に目指す何物かがいるはずだ。それが何かは不明だが、感触から恐らくは害を及ぼさないと判断する。


それどころか気配が(かす)かすぎて、生命の危機ではないかと心配になる。土砂の中、上に材木である。もしかしたら生き埋め状態なのか。だからこそ召喚後の反撃がなかったのか。土砂の中で押し潰され瀕死となっている可能性が脳裏に浮かぶ。


一瞬迷った後、木片を取り除いた。

白い手が見えた。鉤爪も毛皮もない、ほっそりとした手。


現れたのは横向きに寝転がる小柄な人間だった。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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