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33. 反省

拉致(らち)されるかのように資料室の入口側の部屋へと連れ去られ、尋問ともいえる厳しい口調での事情聴取後、メレディスの口から漏れたのは長い溜息であった。不機嫌は収まったものの、むしろ(あき)れ果てて毒気を抜かれたと言わんばかりとなっている。


「いろいろと言っておきたいことはあるが、原因がこれではな」


メレディスは手にした雑誌の適当なページをめくり、一瞬だけ中身を確認してすぐに閉じた。その雑誌は小部屋から連れだされる際に、なぜか手放すことなくレリスが持ち出したものだった。研究所らしからぬ猥褻(わいせつ)な物品の存在は、当然のことながらこの場に妙な空気を放っていた。


しかし、そのおかげで二人を慌てさせた混乱の原因を説明する際に具体的な説明を要求されずに済んだのである。ただでさえ赤面ものなのだ、説明せよと求められればどうなってしまったかと空恥(そらは)ずかしい。いくら柚希の暮らしていた世界が出処(でどころ)だとはいえ、彼女自身きちんと内容を目にするのは初めてのものなのである。


けれど猥褻本で注意されるなんて、すでに成人間近でしかも女性の身である柚希にとっては思いだにしなかったことだ。いやはや、性に目覚めたばかりの男子中学生ではないのだし。釈然としない思いを胸のうちに閉じ込め項垂(うなだ)れる。


そんなおかしな空気であっても、やはり押さえるべきところは指摘せねばならないのだろう。居ずまいを正すとメレディスは()ずはレリスの方へと口を開く。


「不明な点を明らかにしたい、その意欲を否定するわけではない。しかし資料室の管理を任されているのは私だ。探索の前に私に一言相談するべきだとは思わなかったのか?」


目に見えて(しお)れた様子のレリス。柚希を小部屋に連れ込んだのが不埒(ふらち)な目的でないことは証明されたが、そこまでのいきさつが軽率だったことを非難される。


「確かに資料を探せば何かしら参考になるようなものは出てくるだろうが、聞けば手当たり次第だということだし。ならばなおさら私が適切な資料を指示したほうが話が早いはずだ──」


客観的に考えれば、あれは漠然とした不安に対しての当てのない捜索だ。そもそも何を見つけるかの目的もなく、目についた異世界の書籍を掘り返していただけだった。興味は惹かれても、結局は召喚魔法が行われた以上の情報とはならなかったのである。


「──行動に移る前に、その行動のもたらす結果を考えること。少なくとも今回は私も振り回されている」

「……すみませんでした」

「意欲ばかり先行して、実際の結果が伴わないこともある。失敗から学んだとでも思えば良い」


どうやらレリスに対しての叱責はこの程度で済ませる腹づもりらしい。

しかし話はそれで終了するわけではない。当事者は彼一人だけではないのだ。


「それに、柚希。君もだ」


念を押されるように呼ばれる名前。説教の最中だ、どうせ(ろく)なことは言われない。(うつむ)き、逸らしていた視線をメレディスの方へと向けた。


「慣れない環境で勝手が違うのだということは分かる。だから困ることはいくらでもあるだろう。しかし、それを一人で抱え込む必要はないはずだ」


感情を抑えるかのような口調、瞳の色も相まって氷のような冷ややかさだ。視線が交わるのが苦痛で、向けていた顔を再び俯かす。


「わざわざこんなものを見つけて何を調べようと思ったのか知らないが、こういう不道徳な品が君に何の役に立つというのか」


例の雑誌のことを言っているのだが、その言いようでは目的と結果が逆だ。猥褻な物を探していたのではない。役立つものを探していたら、猥褻な物が掘り出されたのである。その点に納得はできないが、もちろん口答えを出来る雰囲気でもない。


「見た目ほど子供でもないことは知っている。しかしこういう図像を目にして狼狽(うろた)える程度にこの方面の経験は未熟だ。女性としての危険がどんな場合に起こりえるのか考えたこともないのだろう? 人気のないところに女性を誘い込んだ瞬間に豹変する男も存在する」


言いながら、問題の雑誌を脇へと除ける。ある程度はレリスに聞かせる意図もあるらしく、視界の端で萎れた彼がさらに小さくなっていくのが見える。


「たとえ親切な世話好きに見えても、女性の歓心を買うための上辺(うわべ)だけの可能性もある。前に恋愛自体は禁じてはいないとは言ったが、それでも順序というものはあるはずだ。少なくともしばらく先、君の召喚現場の調査が終わって、帰還の見通しがどうなるか見極められるまでは深入りするべきではない」


結局そこから柚希自身の警戒心が薄いことについて長々と注意を受ける。騒ぎの元が悪意からではなかったため、大声で怒鳴りつけられるような激しい叱責ではない。けれど警戒心の薄いこと、特に女としての身の安全について、延々と口うるさく小言を言われるのにも辟易(へきえき)である。ただ、それを態度に表しては(まず)いのだが。


「そのことで──」

 言葉が途切れる。


いいかげん話が長くなった所で集中力が尽きてきていることを察知されたらしい。こちらの表情を(うかが)うメレディスの鋭い目つき、そこには一旦は引っ込んだはずの不機嫌が何割か戻ってきていた。


「君の安全のための話だ。理解しているのか?」

「……気をつけます」


一応は反省しているのだと意思表示をしておく。いくらうんざりしていても話は理解している。何度も繰り返されてきた例の話題だからだ。


だがきちんとした男女交際の経験がない彼女には、何をどのように気をつけていいのかは実際の所よく分からない。二人きりになるなという基本的なことは分かっても、単なる親切心からの厚意と、良からぬ下心の区別はどのように区別したらいいのか。そもそもこちらの感覚で子供に間違えられるほど小柄で、身体の凹凸も不足気味の珍獣である自分自身に、女としての魅力が存在するのかどうかすら疑問だというのに。


「分かれば充分だ。ともかく怪我がなくて良かった」


語られる言葉のどこを切り取っても正論だが、レリスの安請け合いと同様に、この『安全』も過保護の一種だ。道徳方面に真面目なのは分かるが、こうも強固に守られるのも息苦しい。


結局、気持ちはモヤモヤする。非正規雇用の事務員だとかと言いながら、やっていることは授業や素行への注意なのだから。なんだか生活指導の教師みたいではないか。正直なところ面白くないが、それでも今は従うほかはないだろう。


そう思いちらりと相手の顔色を窺えば、同じようにこちらへと視線を送る彼と目が合ってしまう。慌てて視線を外すが、柚希のそんな小心な表情に気付いたらしく、小さく息を漏らすフッという音が聞こえた。やはりこの人は苦手だ。


「さて説教はこのぐらいだな。それで、君たち二人への処罰だが、どうするか……」


言いたいことをほぼ言い切ったのかメレディスが話題を切り替える。


過ぎたことへの叱責は終了しているが、それでも何らかの埋め合わせは必要だ。けれど原因が『初心(うぶ)だから』というのでは厳しいことは言えないのだろう。


眉間に微かな皺を寄せて長い思考。やがて口を開き。


「よし、決定だ」


続く平静な声での罰則の内容。課せられたのは、小部屋の後片付けであった。




翌日のこと、小部屋に混乱をもたらした二人は掃除道具とともに作業を開始する。当然のことながら柚希の語学授業は中止であり、またレリスに関しては反省文と始末書を騎士団の方へと提出し、叱責が済んだ後の労働だ。


ただし自分自身の仕事に注力すればいいはずのメレディスは二人同様、資料室に現れ掃除に参加していた。この部屋の管理を任されていることもあるが、むしろ釘を差した手前、年頃の男女を二人きりで放置はできない、監視の意味でもということらしい。そのために雑談もなく、交わされる言葉は必要最小限だ。


結局、迷惑をかけている。その事実に柚希は不甲斐ない気持ちでたまらなくなる。


「気にしないでも良い。いつかは整理すべきだと思いながら、先延ばしに放置していた私も悪いのだから」


肩を落とす彼女にそう声をかけながら、メレディスは床に散らばる本を拾い集めていた。彼なりに気を遣っているのか、内容のいかがわしいと思われるものを穏やかな内容のものとは別に取り分けている。その表紙では胸の大きな女性が下着姿で(なまめ)かしいポーズをとる。広告の載せられた裏表紙と違って、表紙の写真はその手の雑誌であることが一目瞭然だ。


気持ちの準備さえあればどうということのない内容である。経験こそ無いが、一応の知識は持っていた。いずれ身を任せても良いと思える相手ができれば、そうなるのが(しか)るべき行為である。かといって画像に残し、あまつさえ不特定多数の人目に触れるような媒体へと載せ、自らのあられもない姿を見せびらかすような蛮勇は持ちあわせていないけれど。


考えるのも恥ずかしい物品を、そんなにじっと見つめるものではない、むしろ気づいたらその話題に触れずに蓋をしておくべきもの。メレディスの手に持つ雑誌から目を逸らす。けれど一目で見分けられるのは、どちらの世界でも豊かな胸の方が性的アピール力が強いということなのだろうか。自分が子供扱いされるもその辺りが問題だからかもしれない……。


ともあれ部屋の片付けは順調に進む。物品を取り除けて床に十分な空きスペースを作った後、資料の中から掘り出された冊子類を崩れないように壁へと密着させて積み上げていく。


前日は異世界の本が多い印象だったが、総浚(そうざら)いするとこちらの文書類と総量では逆転していた。どうやら文字に馴染みががあったせいで異世界のものばかりが目についていたらしい。当然それらも壁際へと押しやられていく。整理されていくにつれ、ぎっしりと並ぶ異世界の文字。すらすらとは読めないが、いくつかの単語を拾うと魔法に関連する書籍が多いようである。


(はか)らずも、作業の途中で手にした一冊の間から挟まれていた一枚の紙が微かな音を立てて床へと落ちる。拾い上げれば、目に入ってくるのは電子基板の回路図を思わせるような無数の線が入り組んだ図面。何が描いてあるのかは不明だが、線の方向や間隔に規則性が存在するようで、落書きというには念の入った作図である。


「魔法陣の一部だ」


これは何か、との疑問を先読みしたかのようにメレディスが言う。いつの間にか傍に立ち、柚希の手元を(のぞ)きこんでいた。


初めて見た魔法陣は想像とはまるで違った姿をしている。マンガやゲームで登場するような幾何学図形に古代文字で呪文が書かれているようなものではないらしい。それでも魔法を使用するのに用いられる物なのだ、かすかな望みが湧いてくる。


「これを使って魔法を? たとえば──」


召喚によって持ち込まれた異世界の物品に紛れていたのである。きっと召喚魔法に関連しているのだろうと相手を見れば、静かに首を横に振る。


「召喚魔法に関係した図面だと思ったのかもしれないが、残念ながらそうではない。これは本当に基本的な魔法陣で、注ぎ込まれた魔力を一時的に保存するためのものだ」


魔法の技術論というよりは、使用方法に関しての基本的な説明である。線の幾つかを指し示し魔力には進む方向があることを解説する。それを考慮してある線から魔力を注ぎ込めば、それが線に添って移動して貯蔵の意味を持つ印章の部分に貯まるのだと言う。語られる言葉も専門用語ではないので、翻訳しきれないということはなく理解もスムーズである。


とはいうものの、魔力を蓄えるだけでは魔法というには不十分な気もするのだが。

「それだけで魔法が使えるのでしょうか」


口にしたのは、魔法が日常となっているこちらの人々にとってはおそらく素朴に映るだろう質問。


「一部と言ったはずだ。魔法陣を使用する魔法は大規模な物が多い。そうした大きなものを作る際、全てを一から作図するのではなく、このような小さな断片を大量に組み合わせることになる。これだけでは何の効果も発動はしない」


そして話を続け、魔法陣には用途別にいくつもの種類があることを告げる。その説明と、最初に見た瞬間の電子基板のイメージが相乗効果を呼び、柚希の脳裏へと(ひらめ)きが訪れた。魔法とはまるで部品を集めて作る電気製品のようなものなのだろう。


適切な部品が揃っていれば、目的の製品は完成する。ならば多くの魔法陣を見つけ出せば、彼女が必要とする魔法が出来上がるのかもしれない。


そのことに一縷(いちる)の望みをかけ、メレディスへと尋ねてみた。


「では、この中から同じようなものを探して組み合わせれば、魔法が完成するのですか?」

「もちろん必要な物が見つかれば、だ。しかしここに埋まっている資料は過去のものがほとんどだと思う。使うぶんには何も問題はないが、技術的にはすでに時代遅れの術式だ。今ではもっと効率の良い物が開発されている。もう使われることはないだろう」


言いながら廃棄するゴミの方へと図面を分類する。捨ててもいいのかと思いながら見つめていると。


「この程度のものなら、別の資料を参照しながら新しいものを描き直したほうが良い。物の価値など時とともに変化する。だが手に入れるために苦労したものは、たとえその先で無価値となってしまっても心情的に廃棄しづらいものだ」


古臭い魔法陣だろうと内容の低俗な猥褻雑誌であろうと、知恵や工夫を絞った結果の資料であれば惜しむ気持ちが働くのだろう。結局そうした理由で捨てられず、放置されたまま年を経た不要品を面白がって掘り返していただけなのだ。その反省が柚希の心を一層重くする。


「手が止まっている、作業を続けよう」


落ち込む彼女の気持ちに構うことなどなく、メレディスは掃除の続行を指示した。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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