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28. 価値

「それにしても──」


椅子に深くかけ直しながら、ノヴァは茶を口へと運ぶ。多く喋ったため、口を湿(しめ)したくなったようだ。


「長いこと研究者をやってきて色んな生物を観察してきたけれど、君みたいなのが突然現れるんだから」


茶器を戻す頃には口元に例の猫じみた笑みが戻ってきている。

だが少し彼の発した言葉の端々に引っかかるものを感じた。悪気はないのだろうが『生物』と呼ばれたこと。


「もしかして私とこうやって話をしていることも、その、『観察』の一環なんですか?」


あくまでも彼女は異世界の生物である。人種の違い程度の差異だけで、姿形はこちらの人間と変わりはない。けれど魔法に関しての感覚は決定的に違い、また過ごした環境も明らかに異なった文明の中だ。こうした面談も、以前リリから聞かされた研究材料として、柚希の思考パターンを精査するためのものなのだろうか。


しかしその質問にノヴァは苦笑するかのような表情をする。


「僕も研究者の端くれだから、目新しい研究材料に熱中する傾向があるのは否定しないよ。悪いね『研究材料』なんて言ってしまって」


そう言って、直截(ちょくせつ)な単語を使ったことを謝った。


「そうだね。半分は研究、残りは単なる興味なのかな。僕たちはこの世界以外では、高度な教育を受けた生物というものはみたことがないからね」


小中高に大学で一年と少しの教育、確かに教育期間として考えれば長い。それを特殊なことと思ったことはないけれど、その年月を勉学に専念できる社会はこちらの感覚では普通のものではないのだろう。それが許される社会構造を含めて、彼女が属しているあらゆるものを見極めようとする。


「君は何でも言葉で説明してくれるし、理解力が高くてこちらの説明もすぐに納得してくれるから。出来の良い生徒を見ている感じだね、手元において能力を伸ばしたくなる」


それは、彼女に何かおかしな意味での狙いを付けているということか。


「でもそれは私に特殊なことをさせたいからですよね。けれど私じゃなければいけない理由があるんですか?」

「当たり前だろう? 魔法がない世界の住人なのに、僕たちとの会話に知性の面で劣ることなくついてこられるんだから。社会の仕組みなんかは違うはずなのに、それでも君のところの常識に当てはめてくれる。おかげで別々の世界であるはずなのに、同じような社会の歪みを克服する必要があるのだと気付かされてしまったよ」


社会問題については、たしかに柚希も驚いている。魔法と科学、根ざしている技術体系は全く違うというのに、二つの世界には所々で奇妙に似通った部分があった。そして社会が直面する困難、この場合は資源開発だが、そんなものまで共通する。


「僕らの世界は魔法を中心に成立しているから、魔法技術の遅れた世界を未開だと見做(みな)してしまう傾向がある。でも君のところなんか遅れているどころか魔法がないんだからね」


それなのに進歩した文明が成り立っている。これを、文明の発展に魔法の必要がない証拠としたいとの意図があるらしい。


「でも私一人にそんな力なんてありますか。こことは違う常識を持っているのは確かですけれど、世の中そのものを変えるほどの影響力なんて……」


「変えられないと思い込んだら無理だろうね。でも君が思っているよりも君自身が撒き散らしている印象は強いんだよ。それに君一人だけで頑張るんじゃないんだ。協力者の心当たりはあるから、彼らと対面して思考の種を植え付けることから活動を始めていくことになるのだし」


今後の予定について、何らかの計画はされているらしい。たとえ特別扱いされていようと所詮は管理下にある籠の鳥。ピヨピヨとさえずらなければ手元で世話しようとは考えない。この場合、彼女は美しい鳴声の代わりに、意味のある言葉を喋ることを求められているのであるが。


「では、私がそういうことを拒否したら? なにか適当な書類でも作って、人畜無害な生き物として本部送りにでもするつもりですか」

「しばらく前ならそれで済んでいたと思う。だけど本部の連中もそれで誤魔化せるほどは愚かではないだろうね。すぐに魔力量のことは調べられてしまうだろうね」


そして魔力の濃い世界の秘密、それを求めて穴だらけというわけだ。


だが正直なところ、濃いと言われても感覚がないので危機感さえも生まれない。今のところ証拠といえるのは、たった一度の静電気のような暴発一回である。


「自分では感じないし、使えもしないのに」


他人事のような柚希の口調をノヴァは面白がっているようだった。軽い口振りで言葉を続ける。


「でもその魔力は惜しいよね。君自身がその魔力を使えなくても、外へと取り出して利用することができれば──」

「──死にますよ」


突然、割り込むようにメレディスが口を挟む。


「多すぎる魔力は常に暴発の危険と隣り合わせだということを忘れているわけではないでしょう? 条件によっては死者の出るような大事故の元になりうる。あなたが彼女の魔力に目を(くら)ませてはいけない」


死ぬと物騒な言葉を混ぜながらも、口調はあくまで冷静なまま。仕事をする手も止めず、書類から顔を上げもしない。それでいながら続く言葉はいささか辛辣だ。


「私の場合は使える魔法に対して、持っている魔力量が不足気味だ。だからと言ってこれ以上余分な魔力が欲しいとも思わない。足りなければ節約すればいい。しかし大量の魔力を欲しがる人間はより強力な魔法を求めて、超えるべきでない一線を容易に踏み越えてしまう。その結果、どんなことが起こるかあなたなら予測できるでしょう?」

「僕は魔力が惜しいとは言ったが、彼女を実験台にすると言ったつもりはないんだけどね。まあ、君のほうが暴発に関して詳しいんだから、そんなことを言うのかもしれないが」


言葉に含まれた刺に気付かぬはずはない。しかしこの程度のことは慣れているのだろう、ノヴァはやんわりと部下をたしなめる。そしてメレディスへの返答を放置し、柚希の方へと言葉を向けた。


「鳥の話をしたよね。徽章の元になった転移能力のある鳥のこと。その鳥、もう(わず)かな数しか生き残っていないんだよ。研究のために野生のものを()り尽くしてしまったから」


それが自分と何の関係があるのだろう。分からないままじっと話に耳を傾ける。


「体の中に転移のための魔法陣のような仕組みがあるんだ。そこへ魔力を注ぎ込むと魔法が発動する。誰の魔力だって構わないんだよ、注ぎこむ量を増やせば転移の距離も伸びる。でも外から無理やり大量の魔力をつぎ込まれてしまうと、小さな鳥の体では耐え切れなかった」


単純に仕組みを観察して応用するだけならばマシなのだろうが、実験の内容によっては死ぬ。現にそういう前例があるのだと。特殊な能力、それを求めるために実験台の命を(かえり)みもしない。なぜなら彼らはあくまで実験動物で、知性や人権など考慮もされない存在なのだから。


柚希の場合にはその体に蓄えられた魔力こそが特殊な性質である。だが自分自身では魔力を感じることさえ出来ないために、いっそう質が悪い。


「研究材料ってそんなことも──」

「今の技術段階では他人の魔力を無理やり引き出す方法は確立されていないけれど、特殊な生物にはその能力があることは分かっている。研究所ならばそうした生き物を揃えることができるから、君は実験に参加させられることになるだろうね。それで君自信が実験の途中で、その……、『駄目』になったとしても次の新しい実験材料を捕らえようという計画が立ち上がるかもしれない」


魔法の技術は無くとも有り余る魔力に満ちた世界。そこに魔力を持つ生物が溢れているとなれば、それを捕らえようと考える人間が出てくるはず。召喚時に吹き出る制御の難しい魔力に期待するよりも、支配下に置いた生物をバッテリー代わりに用いる方が技術的にはずっと容易な方法なのだろう。


「だから、なおさら君を本部に送ることはできなくなった。こうやって話をしていると君の背景にそれなりの文明や社会があることは理解できるんだけど、実際の君を見ていない本部の人間にはどう見えていることか。その上、君の魔力のことが知れたら……」


魔法が使えないために価値がないと見做されていた生物が、一転して魔力問題を解決する糸口とされる。結果、そうした生物を求めて召喚魔法が繰り返される。そもそも無闇に呼び寄せられ使い捨てられる召喚生物を少しでも減らすための努力の最中に、逆に召喚を促進する原因となるような性質を彼女が備えているのは皮肉だとしか思えない。


それゆえに彼女をこの場に閉じ込め、実態を隠すかのように匿っている。帰還が叶えば濃い魔力のことは秘密のまま、その世界へ召喚の門は開かなければいい。叶わなければ、そこに住む生物が粗雑に扱えないような知性を備えているのだと知らしめる必要がある。それがいつまで続くのか。帰還の可能性の見通しが立たない現状では未来を語ることもできない。


結局は帰れるか否か。


どんな話をしても、最後はその問題へと舞い戻ってくる。会話が帰還の問題に行き着いてしまえば、後は黙りこんでしまう他はない。


そして重苦しい沈黙が続く中。


「遅れてすいません」


耐えがたい沈黙を打ち破る救い主の声。見れば書類を抱えたレリスの姿である。


研究所も騎士団も公的な組織であるためか、行き来する書類の量は非常に多い。そのため騎士団で雑用一般に走り回る彼がこうして書類を持ち運ぶ姿にも見慣れてきた。この時間は三人がここに揃っていることを知っているためか、午後一番の書類をこちらに持ってくるのが彼の日程に組み込まれている。


「今日中に提出しなければいけない書類があったのに、なかなか隊長が捕まらなかったので。ようやく仕上がったのがついさっきで──」

「ああ、構わないよ。今日はいつもより興味深い面談になったからね」


ノヴァがレリスへと笑顔を向ける。だがどことなく表情がぎこちなく、いつもより猫度(ねこど)が足りない。それでも声の調子はいくらか明るくなり、これまでの深刻な会話の印象は払拭されていた。


「さあ、君の騎士の登場だ」


茶化すようなノヴァの口調。柚希へと向けられたその言葉が冗談なのだと薄っすら気付く。しかしシリアスな会話から頭の切り替えが済んでおらず、意味を図りかねて首を傾げた。


言語が変われば、慣用句やことわざも全く違った意味となる。だから「誰かの騎士」という言い方に特別な意味があるのか、騎士という職業に馴染みのない彼女は自分のボキャブラリーを心のうちで検索した。その結果、思いついたのは囚われの姫君を救い出す勇者の物語で、ノヴァの口調からはその連想も遠く離れた代物ではないようだ。つまり──。


数秒の後に理解が遅れてやってくる。それと同時に自分の頬が赤く染まるのを感じた。


事あるごとに根も葉もない言葉が襲いかかってくる。周辺に女性が少ないからと聞いてはいたが、ここの筆頭のである支局長ですらこれだ。魔法を必要とする以上、レリスとは毎日顔を合わせ言葉をかわすけれど、特別というほどの仲ではない。それを知らぬノヴァではないはずだが、冗談へ過剰に反応する柚希を面白がっている節がある。


他愛のないことだが、何度も繰り返されても困る。だからこそ、からかわないで欲しいと口を開きかけた途端。


「『彼女の』ではないでしょう? それではまるで二人が特別な関係にあるように聞こえます」


それまで会話に加わりながらも仕事の手を休めなかったメレディスがペンを置き、非難混じりに一言。台詞は今まさに柚希が訴えようとしていたことそのままであったが、口調は凍りつかんばかりに冷ややかだ。


「なんだか手厳しいな。年の近い若者同士で仲が良くて、なにか困ることでもあるのかな?」

「彼女は違法召喚の被害者なのですから、我々の管理下にある間に何か間違いがあってはいけないでしょう?」


冷たい上に釘も刺す。刺どころではない。


「いまさらそんなことが言えるかい? 毎日こうやって呑気に話をしている時点で四角四面な連中からしたら間違いだらけじゃないか」

「だから尚のこと、こそこそと交際するようなことは避けるべきだと」


確かにここでの『管理』はゆるい。それだけに軽口一つへのメレディスのこの抗議は理解不能だ。


「この件に関して時々君はおかしな事を言うけれど、なにか理由でもあるのかな?」


冗談に対しての生真面目な返答がノヴァにとっては面白くないようである。軽く不機嫌をにじませながらメレディスの発言の意図を探ろうとする。


「理解いただけませんか?」

「分かるも何も、まず理由を訊いているんだよ?」


二人が言い合う光景に既視感が蘇る。ただしあの時とは違い、ノヴァは怒鳴りつけたりはしない。ただ戸惑ったかのようにメレディスに対して絶え間なく真意を問い(ただ)し続けるばかりである。しかしメレディスが望むような答えを返すようなことはなく、結局ノヴァは呆れ返ったように質問を諦めた。


「よく分からないな。立場上の責任感としては理解するけれど……」


釈然とはしないようだが、建前上の正論に引き下がる他は無いらしい。それでも一言反論せずにはいられないようで。


「それに君は『こそこそ』と言うけれど、今の彼の態度を見ていたら何もないのは一目瞭然だろう? あれじゃ隠し事の一つも無理だと思わないか」


ノヴァの視線につられレリスの方を見れば、来たはいいけれど話の内容に躊躇して戸口で固い表情で突っ立ったまま一歩が踏み出せない様子。さらにこの場にいる全員の注目を集めたせいで狼狽えている。だが彼は責められるようなことは何もしていない、ただ書類をここへと運んできただけだ。


いたたまれなくなり、おずおずと柚希は口を開く。


「あの、部屋に戻ってもいいですか? 今日の分の復習を……」


その声にノヴァはようやく表情を緩めた。元々の原因は彼の一言ではあるが、それを気に病む様子はない。


「引き止めてしまったみたいだね。いいよ、帰りなさい」

「しかし」


なおも言葉尻を(つか)まえ、離そうとしないメレディス。


「まだ何かあるのかい? 少なくとも今の彼女には関係のない話だろう」

「そうですね、関係ない。現在のところ、彼女の身柄は一時的にここへと預けられているだけですから」


強い視線が柚希へと向けられる。そこには現状に対しての明らかな不満が見て取れる。

それほどまで仕事時間を削られることが嫌なのだろうか。ならば、なおさら急いで語学を物にしなければならないだろう。そうすればメレディスは彼女の教師役からは解放されるはずだから。


善は急げとばかりに荷物をまとめて抱え込む。文房具にテキスト、書き取りに使われた紙片も取り戻し、立ち上がると部屋の入口の方へ。慌ただしい動きだが、十五個の罰点(ばってん)を明日までにゼロにするためには少しの時間も惜しい。


向き直れば予想通り薄青い色が彼女の後を追うように向けられている。物言いたげな表情、しかしそれを振り切るように。


「では、また明日。ありがとうございました」


別れの挨拶もそこそこに、逃げ出すように部屋を飛び出した。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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