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24. 資料

結局、違法組織幹部の殺害方法の書付(かきつけ)を含む各種書類を手にアリオールは支局長室へと向かった。残りの書類をヴァローナに任せること(押し付けたとも言う)に職務的良心の呵責を感じないでもないが、一度湧き上がった疑念は指先に刺さった小さなトゲのように彼の警戒心を刺激する。


特殊な手段のため同じような犯行がすぐまた起こるとは考えづらいが、それでも殺人事件という重大犯罪である。高威力の攻撃魔法の使い手自体は数が少ないため、それと思しき魔術師を幾人か抽出するために研究所の資料を当たろうと思ったのだ。治安を預かる身としては誰かの生命を脅かすような気がかりを放置してはおけない。


とはいうものの今回の行動はあくまでも独断だ。諸々の手順をいくつか飛ばしてしまっているために、支局長であるノヴァの口から初めに飛び出すのは苦言である。


「君と彼との折り合いが良くないのは知ってるけれど、資料閲覧の許可は事務員の仕事になっているんだよ。僕のところに話を持ってきたって必要な資料の位置を把握しているのはメレディスだ。結局は彼の手を借りなくてはいけない。二度手間だろう?」


顔を合わせることを避けたかった書類の鬼の名前をノヴァは挙げる。書類の受け渡しを含め、彼ら二人の反りが合わないことは支局内で知らぬものはない。そのために先に書面での資料請求をおこなうか、または部下の隊員に仕事を任せるのが普段のアリオールの取る手段である。


だが今回は問題の彼と直接顔を合わさぬよう、頭越しに上司の方へと相談をもちかけた。その理由を知っているからこその叱責だ。


「それにこの事案だと、僕よりもベルクトへ先に知らせるべきだろう? 彼は君たちのところの隊長だ。僕はあくまでも外部相談役にすぎないんだし」


書類の中に混じる毛色の違う下書き段階の書付を見つけると、内容の確認の後に正論を述べた。


ただし苦言の割に、普段は猫のような笑みを浮かべているこの「外部」相談役は二隊の業務そのものをしっかりと支配している。そもそも隊で作成される書類の三分の二ほどはこの支局長の手を通ることになっている。本来の上位組織であるはずの騎士団本部よりも書類を多く求めるのだから、どれほど影響力を及ぼしているか本人が知らぬはずがないのだ。


「気になりませんか? 魔法陣を使っての魔法の転送です。少なくとも我々はそんな方法を聞いたことはない」


アリオールはノヴァに対して食い下がる。少なくとも、ここに足を運んだ手間程度には情報を得て帰りたい。

しかしノヴァは相手のそんな気持ちを知ってか知らずか魔法談義を開始することにしたらしい。書付を眺めながら、のんびりと話し始める。


「そうか、君は若いし魔法と関係が薄いから知らないかもしれないね。召喚魔法を発動させると、たまに魔法が転送されることがあるだろう? 正確には魔法じゃなく魔力の噴出だけれど、それの応用なんだ」


二つの世界を召喚門で繋ぐ際、一方の魔力濃度が極端に濃い場合、門の裂け目へと大量の魔力が激しい勢いでなだれ込むことがある。あたかも水が高い場所から低い方へと流れるように濃密な魔力が希薄な方向へ吹き込むためだが、その際に何らかの方法で魔力を制御下に置くことができれば大きな力となると考える研究者は数多い。


ただし魔力自体は掴みどころのない代物なので、吹き出すほどの激しい運動状態のものを制御するとなれば注意深い術式の構築が必要となり、生半可な技術では大怪我の元になりうる。また召喚魔法で門を繋いだとしても利用できるほどの魔力が門の向こう側に存在する確率はそれほど高くない。そのため理論としては確立されていても、魔法の燃費問題を解消するには不確実な方法である。


だが使用される門が召喚ではなく、転送魔法であればどうだろう。一方の門から別の門に魔力を流す、二つの門は初めから術者の支配下にあるために入口側へと魔力を用意することができる。また門の間を移動する運動状態に入る前にあらかじめ制御下に置くことで、移動後の魔力自体を扱いやすくできると予想された。


「原理としては召喚の魔法陣を転送のものに替えただけなんだ、簡潔明瞭なものだろう? 研究所内では一時期、盛んに研究されていたことがある。でも、それも戦時中のことだけれど」


戦争とは三十年ほど前に終結した、ある小国の王位継承権を巡って始まった諸国間の紛争である。はじめは小規模の内乱だったものが、すぐに周辺国を巻き込む戦乱へと発展し、最終的にいくつかの中小国が併合割譲して集結した二大国が互いの疲弊を理由に講和を結ぶことで終結した。


「だいたい戦争ってものは始めるよりも終わらせるほうが難しい。状況が膠着してしまうと、はっきりした勝敗を決めることが出来ずにいつまでも戦闘が続いてしまう。その辺りのことは騎士の君のほうが詳しいと思うけれどね」


決定打のないまま小規模の戦闘が断続的に続いた期間は十年ほど。打開策を打ち出すために甚大な威力の攻撃魔法を開発する気運が高まるのは当然だったと言えよう。


「それで魔法の研究ですか?」

「戦略的に利用できそうなのは分かるよね? 要所に魔法陣を設置して、そこへ敵を誘い込んで巨大魔法で粉砕だ。(ろく)でもない方法だが、派手好きな一派が研究を推進していてね」


世が荒れれば、それを利用して政治への影響力を増そうとする人間が現れる。魔術師の中にも新たなる攻撃魔法を開発し、主に軍事方面へと手を伸ばそうとした一派があった。攻撃魔法の転送は彼らによって行われていた研究の一つである。


だがその研究は実を結ぶことはなく、僅かな期間の後に中止されることとなる。その理由についてもノヴァは説明をした。


「実験を数度行って分かったことなんだけれど、この方法だと転送中に魔法の威力が大きく減退するんだよ。形状の安定した物の転送と違って攻撃魔法は術者の手を離れてしまうと不安定になってしまうから。その上、転送にかかる魔力量も元の魔法の数倍は必要でね。要するに注ぎ込む魔力と、発動する威力が釣り合わないんだ」


費用対効果だと続く説明。金銭にせよ魔力にせよ、結局は先立つ物の問題なのだと。


「発動させる魔力が大きければ、転送に必要となる魔力が爆発的に増える。通常の攻撃魔法ですら使う魔力を捻出するのが大変だというのに、わざわざ威力が下がる方法に大量の魔力を注ぎ込む意味なんて無い。それに初めから転送先の魔法陣を用意しておかなければならないんだよ。その場所を相手に読まれてしまえば作戦は失敗する。あらかじめ魔法が必要なことが分かってるんなら、下準備なんてせずに目的の場所に魔術師を立たせておけばいい。いろんなことを考慮したら運用自体が困難ってことになって、研究は終了。分かったかい?」


最終的な魔法威力の限界を決定づけるのは注ぎ込める魔力量である。魔法の転送が必要と考えられたのは、大魔法を使用できるような豊富な魔力量を誇る魔術師の人数が少ないからだ。時間のかかる移動や戦場における負傷により、肉体面での魔術師の消耗は非常に激しい。本来はそうした人材不足の解消のための研究だったのである。


だが消費魔力の増大は利点以上に不都合な代物だ。たとえ命の危険のない後方から魔法の発動が可能となったとしても、また魔術師の移動時間なしに数カ所の戦場で魔法を転送できるにしても、途中段階で威力が減退し効果以上の魔力を必要とするのでは本末転倒である。限界を超えた魔力の消費により、肉体面以上に魔力の枯渇により魔術師が疲労で焼き切れてしまうのが目に見えていたからだ。


頓挫した研究を蒸し返すこともない。そう言いながらもノヴァは魔法の転送による殺人事件については興味を示しているようだった。忘れ去られた研究が、今になって悪用されたことが気になるらしい。


「説明した通り転送で魔法の威力は落ちる。減退した分から逆算してみなきゃいけないけれど、元々の威力はどれほどなんだろうね。転送後にこれだけの被害が出るんだ、問題の火炎魔法の使い手が尋常じゃない魔力を持っていたか、それとも転送魔法の改良で燃費が良くなったのか……」


書付の内容を確かめながら、別の用紙の上に数字を書きつけている。どうやら予想されるおよその魔力量を計算しているらしいが、その数字は魔法について一通りの知識しか持たないアリオールから見ても桁外れであることが分かるほどだった。


「正式な報告書じゃないし、使用された術式も違うだろうから正しい数字じゃないことは分かってるよ。古い術式ではこれぐらい魔力が必要だったということだ。でも昔やった研究の細かい所も意外と覚えているものだね」


そう言いながら計算式に当てはめる一部の数字を置き換え、あらためて魔力量の計算を繰り返している。しかし、それでも必要となる数字は前のものと較べても三分の二程度までにしか減らない。


「どれほど転送の燃費が良くなったとしても、やっぱり計算が合わないな。かなり少なく見積もっても元の魔法は家一軒が一瞬で灰になる威力だよ。生身の人間が通常の状態で引き出せる魔力量じゃない」


やはり暴発か強化か、とノヴァがつぶやくのが聞こえた。最終的に考えつくところはアリオールと同じらしい。強大すぎる魔力の持ち主はそれだけで目立つはずなのだ。


「だからこそ過去の事例の資料が確認したいのですが。威力の高い魔法のこと、事故でも暴発でも。前例を知ることで似た事件に遭遇した際に対策ができます。そのための事前調査です」

「待ってくれないか。何もかも欲しいとなるととんでもない量になってしまうよ。できれば数個に絞ってほしい」


やはり資料は必要だ。初志を貫徹しようと、再びノヴァへと懇願をする。厳選するのであれば、やはりその手の高威力魔法での最も有名な暴発事件だ。


「では、一つだけ。十五年前の凍結事故、『氷の──』」


事件に冠せられた暴発の原因となったとされる少年の名をアリオールは口にしようとする。しかし全てを言い終える前にノヴァがその言葉を遮った。


「その資料は見せられない」


短く言い切るような口調。いつもとは違う拒絶に只ならぬものを感じるが、その正体は知れない。たが、それを聞き出すための適切な疑問の言葉は浮かばず、反射的に理由を尋ねていた。


何故(なぜ)?」

「ああ、すまない。閲覧禁止というわけではなかったんだよ。有名な事件だった分だけ閲覧希望者が多くてね。それで資料をあちこち回している内に紛失してしまったらしいんだ」


だから見せたくても見せられないと言いたいらしい。


「覚えていることを話すだけでいいなら、今ここで教えてあげるよ。君の知りたいことぐらいなら答えられるはずだ」


重大事故の資料がそれほど簡単に失われるものなのか。どこか釈然としないものを抱えながら、それでもアリオールはノヴァの提案に頷いた。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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