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2. 手順

平和が続くことで治安が安定し、経済的な発展を遂げると、尋常ではない規模の富を有する人間が出現する。それらの人種はやがて富を費やして考えうる限りの娯楽を享受し、それがさらなる経済活動を刺激する。


しかし彼らは一通りの娯楽を経験し尽くすと、今度は通常の手段では手に入らない物を求めるようになるらしい。海を越えた国からの珍奇な食品、危険な土地に産する美しい宝石、隠された古代文明遺跡から発掘される歴史的資料など、およそ考えうる限りの貴重なものを金に飽かしてでも所有したいと欲するのである。


そうやって求められることになる「珍しいもの」の一つとして、異世界から呼び寄せられる生物がある。魔法を用いて異世界へと門を開き、繋がった先の世界に生息する生物を捕獲して取引するのである。


珍しい外形をした生物や、愛玩用に適した性質の生物は高値で取引をされる。また危険な生物であっても、竜のようにそれ自体が象徴たりうる生物や、風変わりな魔力を持つ生物であればやはり高価である。


このような事情から異世界召喚が非常に流行する時期があった。より高値となる生物を召喚しようと多くの魔術師が異界への門を開き、それと同時に、このような召喚術が原因となる問題が色々と発生することとなる。


まず第一に召喚した生物を捕獲できず、そのまま取り逃がしてしまうこと。逃げた生物が殺傷能力のある危険なものだった場合、犠牲者を生む可能性がある。


次に繁殖力の問題。あまりに繁殖力が強すぎて環境に影響をおよぼしたり、別の生物との交雑で予期せぬ性質の子孫を生み出す危険だ。


また倫理上の問題もある。呼び出された生物が知性や固有の文化を有するものであった場合、こちらの世界に馴染むことができず精神的な苦痛を感じることもあろう。



その他、捕らえた生物に残酷な芸をさせ見世物にしたり労働力として酷使するなどの不必要な苦痛を生物に与える事例や、生物の所有者が無責任に生物を放棄する事例など。そもそも召喚魔法自体に耐え切れず命を失う生物も少なくない。


そうした問題が頻出するにつれ、問題の根源となる召喚魔法と、それによって呼び出される召喚生物を管理しようとする気運が強くなる。その結果、制定された法律が「召喚魔法基本法」と「特定召喚生物法」の二つである。これらにより許可無き召喚を取り締まり、召喚生物に対する過酷な扱いを禁ずることとなったが、新しい法律が守られるためにはしばらくの時間を必要とした。




研究所からの命令で王立騎士団召喚魔法対策課機動第二隊に出向して半年、魔術師レリスは初めての現場突入作戦の緊張感に身を固くしていた。違法召喚の情報が寄せられ、その取り締まりのために現場に踏み込む最中なのである。


周囲にはレリスを含め四人。被疑者の拠点である廃倉庫の裏側からから回り込み、相手の退路を断つ役割だ。正面口にはやはり四人の別働隊が待機し、合図とともに派手に突入する作戦である。正面方向へ敵が迎え撃てばそちらで叩き伏せ、逃走して裏口へと向かえばこちらで捕縛する手筈となっている。


裏口組にはレリスともう一人の合わせて二人の新人が加わっているため、万全を期すために隊長であるベルクトと隊の火力担当魔術師ヴァローナが加わっている。本来は実戦経験十分の二名がいれば目的を果たせる予定だが、新人を現場に慣れさせるためベルクトが隊長権限を行使して身近に控えさせる決定をした。


新人二人は直接戦闘には参加せずに後方待機。ただし戦闘以外の雑用で必要な仕事があれば指示に従う。作戦開始前にそのことを厳命される。


しかしレリスには動かずに待機する暇など無い予定である。そもそも彼が騎士団出向を命じられた理由は、後方支援に必要な数々の魔法と、雑用をこなすための事務能力を持っていたからだ。現に今回の突入作戦でも実際にいくつかの魔法を使用し、実用に耐えうるかをチェックすることになっている。


あらかじめ探ってあった壁の穴から音を立てぬように身を滑り込ませた。ハンドサインで待機の指示が出て、四人はその場にとどまる。身を低くして辺りを伺い、敵に気配を悟られていないかを確かめた。


しんと静まり返り、怪しい様子はない。


すぐにベルクトから索敵(さくてき)魔法を行うように指示が出た。レリスは無言でうなずいた。




魔法の行使には一定の手順がある。


まずは体内から魔力を引き出して、発動させたい規模に合わせた器の印章を描く。その器の中に使うべき属性の印章を術式の順に追加する。そして最後に魔力の運動形状を示す印章を追加し、最後に発動させる。


規模・属性・運動形状、単純にその3つを組み合わせれば魔法は発動する。印章の組み合わせに相性はあるものの、魔力量が許す場合はさらに印章を追加し、より強力で複雑な魔法を生み出すことも出来る。


しかし熟達者となるためにはそれだけの知識では不十分なことは魔術師たちにとって常識だ。


そもそも引き出せる魔力量には個人差がある。なので魔力規模の見極めは最重要課題である。そして扱える属性も生まれつき決まっている。扱えない属性の魔法は使用できない。運動形状も同様、「無いものは無理」なのだ。


なので、あらゆる魔法をすべて使いこなせる術者はごく少数しか存在しない。


大抵の場合、魔力量が足りずに大魔法が行使できない。属性には偏りがあるのが通常のこと。運動形状に至っては必要な印章を使えず、魔法の制御が不能となる場合さえある。結果として魔術師たちは使える印章の組み合わせを考慮し、攻撃専門、回復専門と専門分野を決め、使える魔法に応じた職種へ従事することとなる。


当然のことながらレリスが、全ての印章を使いこなす「選ばれた者」に該当する可能性は低かった。だが使える印章の組み合わせを検査した際、攻撃魔法も回復魔法も不十分という事実が判明して周囲が想像以上に落胆したことを覚えている。


なぜならば、ほとんどの魔術師にとっては能力の限界を意味する魔力量が彼の場合は(けた)違いに多かったからだ。それを利用すれば威力の高い魔法であれ、印章を大量に必要とする複雑な術式であれ、魔力切れの心配なく行使できる。そういう期待を背負っていただけに、需要の大きい二分野を彼が極められないという事実を惜しんだのである。


けれども魔法の能力がある限り、彼は魔術師として丸っきりの能なしではない。使える印章を見繕い、出された結果は防御魔法の専門家への道だった。


必要となる場面が多い割に、複雑な手順が要求されるこの分野は非常に人気がない。同程度の魔力を消費するのであれば、人気の二分野に注力したほうが効果が高いからだ。そのために防御魔法は最低限の効果の術式を必要とする魔術師が片手間に習得するというイメージが強い。通常の戦闘では片手間程度の防御呪文で事足りることが多いため、この道を極めようとする魔術師は少ない。しかし特殊なシーンにおいては精度の高い複雑な術式が求められることもあり、それらの場合においては専門家の供給が追いつかない事態が数多く発生する。平たい言葉で表現すれば「食いはぐれない」のである。


だからといって防御魔法の専門家を目指したとしても、指導者がいなければ始まらない。幸いにも彼の身近には非常に優秀な魔法の研究者がいた。研究者自身は防御魔法を専門としているわけではないのだが、彼の研究分野である消費魔力の節約技術の延長に防御魔法の効率的な行使の研究が存在したのである。その研究の実験に参加する際に本格的な防御魔法の指導を受け、防御魔法の分野ではそれなりの魔術師として評価を受けることとなった。


やがて求められ、騎士団へと出向することとなる。日々、治安を脅かす犯罪者と対峙する騎士団だが、その本分は殺戮ではない。できるだけ生かして敵を捕縛することを求められるが、しかし相手の抵抗があれば手加減ができず難易度が上がる。その矛盾を解決するための防御魔法であった。


だがそれは非常に地味な役割でもある。常に後方支援に徹しタイミングを見極めて味方に防御を整えさせる。決定打たりうる高威力の攻撃魔法や、危機を挽回するための劇的な回復魔法ではない。


あまりの地味な役割に同業の魔術師からは同情されている。地味ついでに騎士団に加入後、追加で汎用魔法の習得も行ったがそれは防御魔法よりもさらに地味な種類である。前線で直接武器を振るう他の騎士団員から見ると彼の存在が「よく出来た雑用」と見られているのは致し方ないところであろうか。


ならば多少は武器に慣れるべきかと思われるが、しかし魔術師という職業の性質上そうもいかないのは仕方がない。魔術の行使には複雑な指の動きが必要なため、特殊な修練をつまない限り戦闘中に武器を手にする暇など無いのが実情である。一応はレリスも護身術程度に剣術を齧ってみたものの、専業の剣士たちに到底及ぶものではない。


魔力は無尽蔵なくせに地味な魔法しか使えない。結局レリスに対して与えられたのはそういう評価だった。。




指示された魔法を発動させるためごく少量の魔力を指先へと引き出しながら、彼は頭のなかで術式の反芻(はんすう)をしていた。何度も反復練習をした手順。無意識に指が魔法の印章を形作り、さらにそこへと複数の印章が追加されてゆく。小さな青白い光球が指先に宿り、印章の追加とともに少しずつ成長してゆく。


ほどなく光球が卵ほどの大きさに達した頃、発動のためにそれを下へと落とす。光球が床へと触れた途端、かすかな空気の揺れる気配とともに魔力の飛沫を撒き散らした。光の雫は素早く同心円上に広がる。その範囲が広がるにつれ魔力の光は薄まり、目で確認することは難しくなった。


効果範囲が十分なサイズに達すると同時に、人間の気配を幾つか感じる。魔法を悟られないように威力を薄めたため詳細は得られないが、(まと)う雰囲気から数人は魔術師であることが推測された。その数は七、八人。そこからさらに正面口方向に四、五人ほどの人間がおり、こちらは魔法の気配が薄い。


感知したことをベルクトへと報告する。音を出さぬようにやはりハンドサイン。無言のまま情報が伝達されていく。


ある程度伝わったところで次の指示、仕込んでおいた通信魔法の発動だ。


あらかじめ伝えるべき内容を送信側と受信側が打ち合わせる必要はあるが、仕組み自体は非常に単純である。今回の作戦では「予定通り・中止・連絡要員必要・非常事態」の四つが設定され、索敵の結果次第でその一つを選択することになっていた。


別働隊に送られる内容は「予定通り」だ。問題なく魔法が発動し、即座に応答用の魔法が反応するのを感じる。これから十五分ほどの猶予時間を経て正面突撃が開始されるはずである。


初めて行う重要な作業を恙無(つつがな)くこなせたため、レリスは小さく息をつく。思っていたよりも緊張していたらしい。


だが休む暇はそれほど残ってはいない。突入開始後に必要になるであろう防御魔法を組み立てるため、無言で印章を描き始めた。


同様に先輩魔術師であるヴァローナも魔法を組み立てていた。こちらは直接ダメージを与えるための攻撃魔法で、レリスには使用できない種類の物だ。


その攻撃魔法を使えぬという事実が口惜しくもあり、また彼自身を特殊な立場に置いているとも言える。


しかし偏った魔法分野に関しては、それを専門としようと決めた時から割り切っていたはず。沸き起こるもやもやを作業に集中することで抑えこみ、レリスは作戦時間の到来を待った。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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