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19. 隠滅

そこは奇怪な火災現場であった。


石造りの建物の中にある一室。そこは違法組織の幹部の住居だった場所である。その部屋が床も天井も壁も、一面残らず黒く焼け焦げており、人の暮らす痕跡をいっさい消し去ってしまっていた。


どれほどの高温にさらされたのか。燃えやすい紙や布製品が灰燼(かいじん)に帰しているのは当然として、金属製品やガラスのような燃えるはずのないものまでもが高温に溶け落ち、元来の姿を失っていた。そして熱を失った現場に残るのはそれらの入り混じり固化した得体のしれない塊ばかりである。


いくら火の勢いが激しいとしても、部屋のあらゆるものが消し炭になっていることなどほぼありえない。たいていは少なからぬ燃えさしが残っており、それらを現場証拠として火事の原因を究明する段取りとなっている。


しかしそこまで激しい炎熱にさらされたといっても、奇妙なことに部屋の主と思われる人物の遺体は何とか人の形を保っていた。表面が(すす)けていたが、遺体には身に着けていた魔法の護符が無傷で残されていた。おそらくはその護符の威力により芯まで燃えることは逃れたものの、力及ばず命までをも守るには至らなかったらしい。また直接火炎を浴びていない部位からは充分に身体的特徴が見定められ、遺体の身元が部屋の主であることが確認できたのは捜査の点からは一筋の光明といえようか。


そしてさらに不可解なのは、建物のうちで燃え落ちているのはその現場の一室だけだということ。予想される火力は尋常でないと思われるのに、隣室も上下階も髪の毛一本焦げていない。単なる火災でないことは明らかだが、理解不能の状況を生み出した原因が何かについて現場の捜査員たちは首をひねらずにはいられない。


しかしその疑問も検証のために遺体を移動させた際に解決した。

護符に守られた遺体のために燃えずに済んだ床に、転送魔法に用いられる魔法陣の一部が残されていたのである。通常は物品やメッセージを受け渡す転送魔法であるが、もっと別のものを転送することも不可能ではない。


護符で防げるもので、また部屋そのものに施された防御を突破できない何か。そして殺傷能力のある巨大な熱量を持つ物である。


それにより導き出された結論はただ一つ、誰かがこの部屋へと甚大な威力の火炎魔法を転送したのである。




優秀な能力を持つ魔術師は早い段階で研究所へと選抜されて教育を受け、そのまま各種の国家機関へと組み込まれていく。


では選抜から漏れた凡庸以下の魔術師はどうなるか。魔術を生業にすることを目指すのならば、どこかで技術を身につけなければならない。


戦乱の時代が集結して数十年のこの国では、幸いにもある程度の文明生活を維持するために次世代を育成する教育機関が少なからず存在していた。もちろん授業料は必要となってくるが、その負担を克服出来れば、そうした機関を利用する事もできる。


また公的・私的機関を利用せずとも親兄弟など血縁で教える技術を持っていればそこから習うことも不可能ではない。包括的な知識を得ることは難しいが、単純に使いたい魔法があってその方法を伝授する程度の指導は頻繁に行われていた。


かくして各種水準の魔法技術を身につけた魔術師たちが世にあふれることとなる。


ただし魔法が使えるからといってそれを職業にできるかどうかは別問題だ。能力の優劣こそあれ、この世界の人間は魔法能力が備わっていることが普通である。それこそ一般人と比べてわずかに毛の生えた程度の能力者であれば、金銭と引き換えにしてもで能力を買おうという客はないため魔法のみで生活することは困難を極めた。


そのため特徴のない能力を持つ魔術師たちは、「魔術師として」生活するには能力を売り込む手段が不可欠となった。それを克服するための手段として、登録型組合の存在が挙げられた。


いわば職業紹介所のようなもので、持ち込まれた依頼に対して登録された人員の中から解決できる能力を持つ人員を推薦する団体である。登録されているのは魔術師だけにとどまらないが、護衛の依頼であれば戦える人員、人探しであれば調査に長けた人員と、自分の能力にあった組合へと自らの存在を登録し依頼を待つというのが定職のない魔術師たちの一般的な生きる手段であった。


ただしそこにも格差は存在している。

特に酷い立場にあるのは地方から職を求めて都会を目指した地方出身者であろうか。


働き口を求めて故郷を後にしたものの、よほどの伝手(つて)や実績を持つ有名人か、あるいは他にない特殊な技術を持つかしない限り余所者(よそもの)に仕事が任されることは少ない。そのため流れ着いた組合登録の魔術師のほとんどは希望が破れて社会の最下層へと沈んでゆく。そして食い詰めた者がその日の生活のために違法な業務へと手を染めてゆくこととなる。


そうした一線を越えた人間たちの受け皿となるのが闇組織で、そのような組織は自らを「結社」と自称した。おおっぴらに言えない筋であっても、そこに需要と供給に支えられた経済活動は存在するのである。


まっとうな社会からあぶれた小悪党を取りまとめ、より大きな犯罪行為を行う際の一部品へと作り変えていく。使い所さえ分かっていれば能力のない人員でも活用はできる。そして素性のしれぬ余所者であっても、来歴を追うことができぬゆえにむしろ違法行為に向いていると言えた。


さらに技術がない凡庸以下の魔術師であっても、魔力を蓄えるための貯蔵庫としての役割が残されている。おおよそ違法組織における魔法は公的機関のものと比較すれば精度が下がり、それだけ多くの魔力を必要とした。なので余分な魔力源はいくら用意しておいても無駄になるということはないが、その役割を担う魔術師はもはや魔法の技術さえも必要とはされていない。


そうやって能力のない魔術師を使い潰しながらも、消費した人員を次々と補充してゆく。能力者を部品と割りきってしまえば、彼らのその後の人生がどうなろうとも関知する義理もない。それこそが違法な魔法を実行する裏の魔法結社が乱立し、巨大化してゆく理由である。




手元の書類にある幹部とは、数ある魔法結社の幹部の一人と目されていた人物だ。主に魔術関係の人材を必要な現場へと送り出す責任者で、魔法を用いた組織犯罪事件においてその関与がまっさきに疑われる存在でもあった。もちろん魔術師を複数人必要とする違法召喚でも彼の息のかかった人間が少なからず作業の請負をしていることが多く、別隊が担当している被疑者だったとはいえ無関係とはいえない案件である。


しかしそれほどの大物であっても、身柄を確保するための証拠は足りない。常に用心深く立ち回り、思い出した頃に大きな仕事をやってのける。だからこその大物なのだが、なかなか尻尾を掴ませないということで騎士団各部署を悩ませていた。


そのような捜査の行き詰まりの時期、今回の違法召喚取り締まり。


ある事件の捜査途上、そこから得られた証拠を元に別件の捜査での有力な証拠へと繋がることがある。そのために多くの事件を精査し、関わった被疑者たちの繋がりを注意深く結んでゆく。事情聴取時にうっかり漏らした世間話の断片であれ、証拠に繋がることは珍しくない。


なので殺人や強盗のような凶悪事件であれ、その犯人を生かして捕らえることには意味がある。凶悪犯罪に関わり暴力を振るうことに抵抗のない犯罪者であれば、大なり小なり違法組織に関わりを持っている場合がほとんどである。


彼らを生かしておくことで、事情聴取を通じ証拠を拾い上げることも少なくない。騎士団による被疑者捕縛が殺戮を目的としていないのにはそのような理由がある。


その意味での今回の捕縛作戦の成果は上出来であったといえる。人数多数、被疑者の死亡なし、全員が事情聴取に耐えられる健康状態であること。さらには現行犯だったため、現場での役割分担も把握済み。


二隊の仕事は実働の傾向が強いため事情聴取は専門の部署へと任務を委譲していたが、聴取内容についてはある程度は二隊へも還元されている。得られた情報の中に死亡した被疑者の名も含まれていたため、別隊が間も無く身柄確保に動くことも予測されていたのだが──。




「気になるでしょう?」

気づけばヴァローナが仕上がった書類を手に書卓の前に立っていた。そして書付を見て考え込んでいたアリオールが顔を上げると、注意をうながすように素早く目配せをする。


「変な事件なんで書類作成に手間取ってたみたいで。手伝う代わりに下書きをもらってきたんです」

小声で言う。本来ならば守秘義務が課される場面であるが、生来の警戒心を抱かせない気安さで拾ってきた情報らしい。


魔術師としては珍しく彼は研究所出身ではない。国境近くの村出身で、自称「宿屋の小倅(こせがれ)」というように実家は宿屋を営んでいる。魔術師としての教育も、引退して入婿(いりむこ)となっている元魔術師の父親から受けたもので、それなりの威力を誇りこそすれ評価としては標準的なものだ。


だが、その標準的な能力の隊員が二隊での古参となりつつあるのは、その情報収集能力の確かさからであろう。さすがに真正面から極秘情報に立ち向かうことはできないが、噂の段階で憶測が出回っている情報に関しては内容を手っ取り早く(まと)めて伝達する能力を持っている。


情報源が噂話であるため、それらを拾い集めるにはある種の安心感を必要とするが、ヴァローナは好奇心旺盛な子どものようにどこへでも気安く入り込んでゆく。子供の頃に実家の手伝いをするうちに身につけた手管だと本人は言うが、宿泊客の世間話を拾いそれを別の客へと提供することで客を常連へと格上げする術である。身一つで移動をする旅人にとっては危険な情勢、犯罪情報を取捨選択することが身を守る手段の一つなのだから、噂話一つといえど店の売りとなるのだ。


もちろん今回の「情報」というのも彼独自の嗅覚に引っかかったものに違いない。所轄が違うため直接の担当ではないが、かといって無関係でもない裏社会の大物の死。しかも魔法を用いた殺害方法となれば、実行した容疑者が今後起こりえる事件で捜査の網に入り込む可能性は十分に考えられる。


だが予想される容疑者像を想像するに、ありがたくない情報なのも確かなのだ。





被疑者の死亡は、捜査の足がかりを失ったことを意味する。(かなめ)となる人物の身柄を確保できなかった時点で捜査は手詰まりとなってしまった。手掛かりを失ったことも打撃であるが、それよりも気がかりなのは組織の反応の速さである。


火災は召喚現場突入の翌日だ。召喚実行組からの事情聴取を元に幹部の逮捕命令の発動、続く組織の切り崩し。その動きを読んだかのように人間一人を闇に葬る。


蜥蜴(とかげ)の尻尾切りが行われることは理解できないことでもないが、殺害されたのは替えの効かない幹部級だ。これ以降の闇組織の活動そのものにも影響が出てもおかしくない大物を、ためらいもなく切り捨てるような行動に恐ろしさを感じずにはいられない。そこに繋がりを持ち利用していた上位組織が、大物を消し去ってでも守らねばならない強大なものである可能性を示唆しているからだ。


それなのに証拠隠滅の方法があの魔法であることは理解不能である。殺すだけならば魔法の転送などという証拠の残りやすいことをする必要はない、単に刃物一つで充分であろう。そして口封じだけが目的であればあれほどの威力の魔法も不可解だ。


転移魔法はたいてい二つの魔法陣で対のものである。出口が分かれば入り口の位置が判明する。さすがに燃え尽きていたために(いま)だ残るはずの対を探査できなかったようだが、そのための高威力魔法の可能性だったのだろうか。


だが威力の高い魔法というのはそれだけで実行犯の正体を浮き彫りにする。騎士団内にも何人か高威力の攻撃魔法を使える人員はいるが、それでも部屋を天井まで消し炭にするほどの能力を持つ者は稀だ。ここまで殺傷力の高い魔法を行使できる魔術師が市井(しせい)の、しかも闇組織周辺に存在するとなれば騎士団内の所轄を超えての厳重監視の対象となるはずだが、そのような情報は今のところ入っていない。


その水準の魔術師の存在が大事件を起こした例が無いわけではない。だが、その事件は炎ではなく氷魔法であり、そもそも十五年ほど前のことである。犯罪行為ではなく魔法暴発事故の扱いで、それを引き起こした少年は命と引き換えに伝説の魔術師の仲間入りを果たしたことになっている。


実際には遺体すら残っておらず、公式には氷魔法の少年の生死は不明である。その彼も事件後に付けられた二つ名が十五年過ぎた今でも人々の口の端に上る有名人であることを見れば、正体の知れぬ炎魔法の使い手が同程度に悪名高くともおかしくはない。しかし情報一つ無いということで余燼(よじん)が燻るような油断ならない空気を感じた。




「気に食わない」

ヴァローナの窺うような表情に向かって、ようやくアリオールが口にしたのはそんな一言だった。


彼と似たような立場、騎士団内の管理職級で現場捜査に関わる人間であれば、おそらく皆が似たような言葉を漏らすであろう。


丹念に追った被疑者が目前で消し去られたのに加え、その先にはより強力な力を持つ組織なり人物が存在する。それらを追い詰めようと望むのであれば、今まで以上に我慢強く慎重な捜査を求められるだろう。


そうしたものを一つ一つ取り締まってゆくことが騎士としての職務であるとはいえ、その道程はあまりに遠いことをこの事件は意味するからである。

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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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