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14. 悪計

「悪いことを企む」といっても、支局長室にこもって話しあうだけのことである。ただし始まりは、前日の激しかったが意味を失った口論についての反省からだ。


「言葉を選ぶまでもない。結局は彼女自身の資質を信じればよかったんだ。思っていたよりも我慢強いらしい」

本部への提出が遅れる予定になっている召喚被害者についての所見を作成しながら、ノヴァはメレディスの表情を見()る。慣れぬ者にとっては居心地の悪さを感じさせる強い印象の視線は、常の(なら)いとなった無表情と(あい)まって現実離れした冷たさを感じさせるが、彼と長く関わってきた身としてはこれが通常であると知っている。


目前の男ははっきりとした感情を表に出すことは滅多にないため、昨日の言動はよほどの事だったのだろう。ただし何がそれほどの怒りの原因になったのかは想像もつかない。単に手順が違って時間の無駄を引き起こした程度の失策では、言葉の刺が増える程度で声を荒らげるような前例はなかった記憶がある。


「それにしても何が気に食わなかったのか。昨日のあれは最近の中では特に不毛だった」

「一晩も経てば頭も冷えます。特に問題はないと思いますが?」

怒りの原因を探るが、(かわ)されてしまう。いつもどおりの読みづらい薄い表情。


仕方なく相手の思考を読むことは諦めた。書きかけの所見の用紙を渡し、柚希の名前を漢字、読みをこちらの文字で書かせることにする。


「途中から私達の会話を聞いていらしたのでしょう、どの辺りからですか?」

(とが)めるのではない、淡々と事実を確認するように自らの上司へと問いかける。

「『知らないふり』ってところから。驚いたよ、ほぼ完璧にこちらの事情を理解している」

書類入れの中から文字で埋まった予定表を手元へと取り出し、そのいくつかの項目に訂正のための横線を入れる。


「状況を把握して要求を言葉にできる知性。そして被害者になってしまったことへの不満。(つたな)いが議論らしき物もできる。困ったな」

「困っているようには見えません」


自分は今、猫じみた笑みが(にじ)み出てきそうな表情をしているのだろう。そう思いながらノヴァはメレディスの手元を見ると、所見への書き写しが終わって用の済んだ名前の紙片を何気なく取り返している様子が目に入った。


「被害者の置かれた状況を(うった)えるためには彼女は協力者として理想的だし、その理由を除外しても教育次第で面白いものに化けそうな素材だよ。でも僕の立場では可能な場合には彼女を元の世界に帰さなければいけない」

ペンを持つのとは逆の手で(しき)りと額を(こす)りながら、予定表に訂正線を一本加える。


「本来なら帰すべき彼女を、帰したくないから困っている」

「ひどい話だと思います」


帰還への努力は前提だ。それを無視しては単なる詐術(さじゅつ)である。そうなれば心から彼女が協力してくれることはない、嫌がる彼女をこちらの台本に()わせて動かすこととなる。


「こちらに協力してくれなくても、そのときは知ってる世界から引き離されて混乱しているという設定で連れ回すこともできるからね。体が小さいから子供ということにして同情を買うのもいい」


子供と言った後、気づく。

「ああ、でも彼女の年齢……。君は()いたかな?」

メレディスが首を横に振る。


「何歳なのか分からないのか。じゃあ君は子供相手に議論をふっかけてしまった可能性もあるんだね?」

悪い癖だとこぼしながら、用紙を(にら)みつけた。


「仮に子供だとすれば、あそこまで教育に経費をかけているいうことだよ? せいぜいこちらでは読み書きが一通り出来れば良し。それ以上となれば貴族か、上の学校で授業料を払える経済環境にある人間だけだ。一部に慈善学校みたいな例はあるが、それも関係者の寄付がなければ成り立たない」


一部では土地の有力者が住民の生活向上のために、格安あるいは授業料免除の学校を開設していることがある。しかしそれにかかる経費は個人で(まかな)うのには膨大で、成果を収める前に閉鎖してしまう場合も少なくない。


「研究所での教育は授業料免除だから別枠だけれど、その代わり生半可(なまはんか)な才能では入れない。それだけに研究所出身者は自信過剰で外部の人間を軽んじ、(せま)い世界で()り固まるから始末に負えなくなる」


高い魔法の才能を持つ子供を選別して国家予算で魔術師を育成する。今後の技術発展、軍事力の増強を見据えると妥当な政策だが、だからこそ英才教育を施される魔術師たちの選民意識を増長させてしまう。この支局周辺ではそうならぬように倫理観を含めた魔術師育成に努めているものの、人員の限られた中ではその教育効果も限定的なものだ。


「特権的な階級なのか、あるいは社会全体に教育が行き届いているのか。どちらにしてもこちらとは違う価値観を備えているんじゃないかな。教育によって大きく人間の性質が変わるのだとすれば、僕たちとしてはその中身を確かめてみたいと思うのは当然のことだよ」


ペンを左右に往復させていくつかの項目を一気に塗りつぶす。可哀想な女の子一人を助けるために、特例一つだけを作るのではいけない。彼女一人が特別なのではなく、これまで扱った他の被害者にもしかしたら見過ごしてしまった知性があるのかもしれないと想像させるような流れをつくるべきだ。


こちらとは違う道筋の魔法が存在しない世界で、評価するに足る知性の育つ可能性を示すことは、少なくとも研究所の人間に対して思考の材料をぶつけることになる。それで魔術師たちの持つ常識のいくらかを切り崩したい。


「やがて社会が変化して特権階級出身ではない才能ある人間が力を発揮できる世の中になったら、僕たちの狭い世界だけに通用する常識は無意味になってしまうからね。まあ、僕が生きている間にそこまで大きな変化が訪れるかどうかというところだけれど」


「現状では、そうした変化を嫌う人間のほうが多いでしょう。特権階級は既得権益を失うわけですし、そうではない民衆は自分の頭で物事を考え、理解して選択しなければいけない。状況の奴隷のまま何も考えずに生きていったほうが楽ですから」


少なくともまだこの国では古い価値観が強固に生き残っている。王家を頂点とした階級制度と、特殊な技能を持つ知識集団。それらに諾々(だくだく)と従う民衆たちである。


「変化しないという選択肢もあるんだよ? 社会の(ゆが)みに目を(つぶ)って、自分はまるで関係ないって顔をして生きていくんだ。表面上は平穏にやっていけると思うけれどね」

「でもその選択肢は選べないからこうやって彼女の取り扱いについて迷っているのでしょう? ともかく我々は彼女を手駒にするつもりですから」


「そもそもの始まり、技術革新の波はすでに広がってしまったからね。今はまだわずかな変化しか目には見えないけれど、これからどうなるかは誰にも分からない。取り返しの付かない結果をもたらす危険も想定しておかなくては」

項目の一つを一旦は四角く線で囲み、しばらく考え込んだ後に黒く塗りつぶす。


「想定できないことのほうが多いけれど。彼女の気持ちもこの後どう変化するかな」

「協力するかどうか選ばせても、実際のところ彼女に逃げ道は初めから用意していないのでしょう?」

「そうだね、僕らは善人じゃない。僕ら自身の目的のために、たまたま巻き込まれただけの彼女を利用しようとしている」


少なくとも彼ら二人の中では本人の許諾如何(きょだくいかん)に関わらず、柚希を政治の場へと連れ出すことは決定している。たとえ抵抗したとしても、それを筋書きに沿うように周囲が演出すれば良いだけのこと。


「召喚被害者をかき集めて実験動物扱いしている本部の連中と違わないな。いくら目的が未来のためだと信じていてもね」

「実験動物扱い?」


「ああ、君は見ていないんだったか。いいよ、後で『紛失した指示書』を見せてあげよう」

壁の下手くそな丸に思わしげに視線を向けた。メレディスが眼鏡を直しながら「なるほど」と言わんばかりの表情をする。


「残念だな、こういう出会い方でなければ本当の意味での盟友になれたのかもしれないのに。こちらでの教育を積ませて一人前の学者として仕上げるんだ。それから難しい話をして、議論をぶつけあって互いに理解し合うんだよ?」

夢想して視線を虚空へと彷徨(さまよ)わせる。


「だからといって彼女が味方になるとは限りませんが?」

「そうだね。でも強力な論敵となっても面白そうだ」


手元の予定表に新たな訂正線。紙全体をに埋めつくしていた項目はすでに七割方が抹消されている。ノヴァは紙全体を斜めに横切るように大きな罰点(ばってん)を勢い良く書きつけ、結局は予定表そのものを丁寧に四つ折りにした。


「だが帰還が可能であれば彼女をいつかは手放さなくてはいけない。本当に惜しいけれど、だからこそ嘘や誤魔化しは彼女に対しては無しだ。そんな嘘がばれてしまえば、僕たちは永遠に彼女からの信頼を失ってしまうからね」


「なんらかの防御反応でしょうが、今の時点では警戒心を強く感じますし」

「そこは時間をかける他はないのかな。信頼こそ得るのが最も難しい財産と言うそうだから」


古い予定表を惜しむようにポケットへとしまい、新たな用紙を取り出す。そこへ熟考をしながら項目をゆっくりと書き加えていった。


「当面、僕とリリは彼女の帰還のために最大限の努力をする。それまでの間、僕らの目的のためには最低限の期間しか無いだろうが一時的な協力者ということで彼女を扱う。その先の計画は彼女からの信頼次第だよ」

指を額に当て考えを捻り出すためにしばらく揉む。しかし何も思い浮かばない。


「君には何をしてもらおうか?」

仕方なく本人に尋ねた。


「可能であれば言語の授業を。接触する時間が長ければ信頼とまでいかなくとも、我々が押し付けようとしているものが何なのか彼女に理解させることが出来るかと」


ペンが止まる。紙の余白はまだ半分以上が残されたままだった。

「言葉か、君個人の興味が優先しているような気もするが。よろしい、許可するよ」

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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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