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13. 理由

じっくりと考える。

しかし予想していた「保護」とは中身は大きく違っていた。場当たり的な見通しでは読み誤るだろうが、どちらを選ぶにしても決定打にかけている。協力するか否か、判断するにしても相手を心から信用できるほどの付き合いはない。


やはり必要になってくるのは情報なのだ。この世界を理解するための情報、関わる人々をどう分類するかの情報。考えることを要求されるのであれば、判断の基準である情報を求めることも許されるはずだ。


「教えてください」

まずは引っかかる部分への質問から。


「ただ収容して、知らないふりをしていれば良いのではないですか? いくら知的生物だからといって、異世界の生き物を政治の場に連れ出して今より待遇を向上させる活動をするなんて、普通に考えれば面倒だと思います。『再教育に手間』でしたか、そこまでする理由が知りたいのです」

自分で「知的生物」の単語を口にしながら感じる嫌悪感を心の奥に押し込む。


「あの二人の専門は召喚魔法だ。特に支局長の方は技術効率化の分野での権威だが、その研究が召喚魔法に必要な技術水準を一般程度にまで下げてしまった原因でもある」

発端(ほったん)はだれでも使える召喚魔法。それで爆発的に召喚を試す人間が増えたのだろう。だからこそ責任を放棄する人間も同じように増えたということだ。


「罪滅ぼしのつもりなのか、あるいは研究者としての義憤なのかは判別しかねる。しかし、それがこの件に彼が関わろうとする最大の理由なのは間違いがないだろう」


技術革新とそれに伴う社会の変化、同時に発生する摩擦や軋轢(あつれき)。馴染みある元々の世界でも同じようなことが起きている。大勢の人間の欲と思惑が入り混じり、利便と弊害のバランスをどう図るか、そこで権力闘争が生まれる。

協力の提案を受け入れてしまえば、相手にするのは結局そういった得体のしれない巨大なものなのだ。


実際に政治の場にいた経験など無い。けれど日本という国は文化的に様々なジャンルの創作物が満ち溢れていた場所だ。読書経験を辿り、それらしき記述のあるいくつかの小説を記憶の端にのぼらせる。それらは歴史小説だったり、架空の国を記述しているものだったり、紙の上での文字にしか過ぎぬのにそれらは不思議と今の状況に近いように思えた。


借り物の知識だが、所詮どんな場所でも起こりうる社会問題は似ているのではないか。この世界では召喚魔法の制限に失敗し、その後始末に柚希を利用しようとしている。だが、相手はまだ全てを話していないような感触がある。


「だったらどのような結論を望んでいるのですか? 隔離するのは変わらず、少しでも条件の良い管理状況にすることですか? それともこの世界の都合で呼んでしまった生物にこちらの人たちと同じ権利を与えることですか?」


質問しながら、自分が問題に深入りしてしまっていることに気づく。そもそも帰還が可能であれば協力者になる必要もない、召喚被害者の権利なんて無関係だというのに。


脈絡もなく腹が立つ。

「なら最初から呼ばなければいいでしょ? こちらの事情なんて私には関係ないんです。被害者だかなんだかわからないけれど、私に変なことを押し付けないで」


物分りの良い態度など、もう止めだ。叫びこそしないが、選択をすることを拒絶する。しかし滅多(めった)にない強い怒りの感情に胸の鼓動は早くなった。


「協力を得られないのであれば、協力したくなるような方法を我々が使うかもしれないと教えようか」

冷たい色の視線が真っ直ぐに向けられる。負けたくなくて相手の目を見つめかえした。


「たとえば真綿で(くる)むように扱うことで君を(ほだ)して、意に沿わせるようにすることも出来る。あるいは精神に作用する魔法で君を縛ってこちらに逆らえないようにすることも。これは召喚生物の権利を主張する立場としては本末転倒な方法だが、君のような魔法技術のない世界の人間は魔法に対する防御力がほとんど無い傾向があるから非常に有効な手段となる」


仮面のような無表情。口に出しても実行するとは限らないが、そのような後ろ暗い社会を知っているという口ぶりである。


「利用するだけだったら、この世界に対しての知識がない君を(だま)してもいい。たとえ恨まれようとも所詮は余所者(よそもの)なんだから。用がなくなればそれこそ閉じ込めてしまえば──」


「恐喝してるのですか? それともあなた達にとって不利な情報を出しているのだから信用しろとでも?」


論外だ。相手の話を(さえぎ)るように言葉を(かぶ)せた。相手が怒るかもしれないけれど、それも承知の上でだ。

なのにメレディスは刺激されたのに気付く様子もない。途切れた会話に無表情がわずかに緩んだぐらいか。


「今日は泣かないね?」

(いら)つく柚希の気持ちを()(はか)るように眼鏡の奥の瞳が細められる。柚希の持つ性質の何かが相手の興味をそそるらしいけれど、それが何なのかは分からない。しかし無遠慮に向けられる好奇心が彼女の気持ちを掻き乱すのは確かなので。


「泣いたほうが良かったですか?」

あえて無作法に聞こえるように挑発的な返事をする。動揺を悟られたくない。

「泣きわめいて、取り乱して、まともな会話も拒否して──」


「どうだろう? 感情的になっている方が君の考えていることを読みやすいが、理性的に会話をしているのも情報伝達の点では有益だ。互いに理解しあう必用があるのだったら、どのように接近したらいいのか考えているところだ」

嫌味なほど冷静に言葉を(つむ)いでくる。


「君が帰れるにしろ不可能にしろ、しばらくの間は我々と関わり合わなければならない。ならば少しでも有意義に時を費やす必要がある」


「有意義かどうか、それはあなた達の価値観です。少なくとも最低限のものを与えてくれるのであれば、それを受け取る権利は私にはあるのでしょう? でもその先を判断するには私の持っている情報は足りない──」


背後から男性の咳払(せきばら)いの音。

振り返ると部屋の入口にノヴァが立っている。扉が開く音は聞こえなかったが、いつの間に開いたのだろうか。


「議論が白熱するのは結構だけれど、一応まだ彼女の事情聴取は途中なんだよ。リリなんか、まだ彼女の名前すら知らないと不満を言っていたんだから。メレディス、君の持って行ってしまった彼女の名前が書いてある紙を渡してくれないかな?」


例の、立て板に水といった口調で一気に話し始める。そしてメレディスは要求に従い、山と積まれた書類とは別個(べっこ)に置かれていた名前のメモ用紙をノヴァへと手渡した。


「すまない、読み方は? これが文字であることは分かるが、読み方は君たちにしか分からないから」

元よりその文字を書いた柚希が読み方を知るのは当然だが、この男も読めるのかと少しだけ驚く。書いた瞬間に「漢字」という単語が出てきたので、知識はあったのだろうけれど。


「質問を」

その言葉がメレディスから自分へかけられた言葉であることに、わずかな時間を(はさ)んで気付いた。話が続いたせいで疲れている。


「苗字と名前、どちらで呼んだ方がいいのか? 希望があれば」

「どちらでも。呼びやすい方にすればいいんじゃないですか」

(なか)ば思考を放棄して言い捨てた。


「では、柚希」

下の名前を選択したらしい。基準がこの世界での慣習なのか、単に発音しやすいほうなのかは不明だが。


「そう、ユーキ。いやユウキか」

ノヴァは何度か発音を繰り返しながら、最終的には少し違和感を残す音を発していた。


「本当はリリも一緒に連れてきたらよかったんだけど、入れ違ってしまってね。少し待てば来ると思うんだが」

(うなが)され部屋を出て廊下を見ると、彼方(かなた)からレリスがリリを伴ってやってくるのが見えた。そちらへ向けてノヴァが手を振ると、二人の歩くのが速くなる。


「やあリリ。彼女に個室を一つ準備してくれないか、場所は君に任せるよ。レリス君は戻ってよし。それからね、彼女の名前はユウキだそうだ」

早口に指示を出しながら柚希をリリへと引き渡す。


「ねえ、どういうこと? これからこの子に説明をして──」

「説明ならメレディスが済ませてくれた。昨日よりは言葉に配慮してくれたらしいから、君が心配するようなことにはなっていないよ」

心配するようなこととは、昨日のように泣きだしてしまうことだろう。配慮に関しては、泣かない代わりに腹を立てているのだから()して知るべしだが。


しかしそんなことは構いもしない様子でノヴァは残るメレディスを捕まえる。

「そして僕ら二人はこれから作戦会議だ。悪いことを(たくら)むことになるからそのつもりで」


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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