第98話 スイーツブルグ一族の『業』
少し時間を遡り、ハルカが精神世界の雪原をさまよっていた頃。
「……とりあえず、帰ったら、ナナ様とエスプレッソにたっぷり苦情を言って差し上げますわ! 何ですの、この格好は! 私は痴女ではありませんのよ! 名門、スイーツブルグ侯爵家、三女、ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグたるこの私に、大恥をかかせるつもりですの?!」
ナナ様の儀式により精神世界にダイブした私。無事、精神世界に入れましたが、自分の姿を見て驚きました。あろう事か、一糸纏わぬ全裸です。全く、腹立たしいですわね! 私は淑女なんですのよ! ナナ様の様に全裸で寝る習慣を持つ方と一緒にしないで頂きたいですわ! とりあえず、『衣服を作りましょう』。
ここは精神世界。強い意思と明確なイメージが有れば、衣服ぐらい作れます。ここは、いつもの戦闘服で良いですわね。赤いジャケットと、青いズボン。そこへ胸を守るブレストプレート。肩を守るショルダーガード。両腕に籠手。両足には具足。仕上げに、最近手に入れた漆黒の剣。よし、準備完了ですわ。もっとも、『私のイメージの範囲内の性能』ですが。
さて、準備が完了した事ですし、これより私は自分の『魔力の型』を知らねばなりません。その為にも、この精神世界の奥へと進む方法を見付けなくては。
「見渡す限り、何も無いですわね。しかし、殺風景な光景ですこと」
辺り一面、瓦礫の転がる荒れ地。正確には焦土と言うべきでしょうか。間違っても見ていて楽しい光景ではありませんし、他にこれといった物も見当たりません。
「精神世界での鉄則。常に平常心を保つべし。迷いは道を惑わせ、絶望が命を削る。自ら道を開かんとする者だけに、道は開かれる」
かつて学んだ事が役立ちましたわね。このミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ、だてに幼い頃より英才教育は受けていません。精神世界での対処法も知っています。とはいえ、実際に精神世界に来たのは初めてですが。
「ところで、ハルカは大丈夫なのでしょうか? 才能は認めますが、どうにも精神面での弱さを感じますから。無事だと良いのですが……」
私と同じく、精神世界へとダイブした、私にとって無二の親友にしてライバルのハルカ。彼女の身を案じます。私と違い、元々は一般人だったが故に、精神面に甘さ、弱さが有りますから。
「……薄情ですが、今は自分の事が最優先ですわね。行きましょう」
ハルカの事は確かに心配ですが、残念ながら今の私にはどうにもなりません。それどころか、一つ間違えば、私の命が有りません。
私は意を決し、何も無い焦土を先へと進み始めます。必ず、奥へと進み、『根源の型』を見付けてみせますわ。
「…………何も見付かりませんわね。奥へと進むには、私の意思の力がまだ足りないという事でしょうね。なかなか厳しいですわね」
あれから随分歩きましたが、変化は一切無し。ただ、焦土が広がるのみ。そもそも、ここは精神世界。まともに物理法則など働いていないのでしょう。言うなれば、夢の世界ですから。いよいよ、ハルカが心配ですわ。泣いているかもしれませんわね。(実際、この頃、泣きわめいていた)
「さて、どうしたものでしょう?」
いくら進んでも意味が無い模様。となれば、別のやり方をせねばなりませんわね。精神世界の奥へと至る方法は……。思案する事、ひとしきり。そして私は決断します。そうですわね、定番ですが、瞑想ですわ。上手くいくかは知りませんが。
「出来れば、座布団が欲しいですわね。まぁ、この際、贅沢は言えませんわ。それに……ハルカには負けられませんわ。必ず私が先に『根源の型』へと至ってみせますわ!」
物理法則がまともに働かない精神世界で闇雲に動いても無駄と判断。精神修行として名高い、瞑想をする事に。焦土に直に座るのは嫌ですが、我慢。私はその場で座禅を組み、瞑想を始めます。
座禅は大きく分けて2種類。1つは雑念を排し、ひたすら精神統一を目指すもの。もう1つは、逆に自分の中で自問自答を繰り返すもの。まず私が行うのは後者ですわ。どうすれば精神世界の奥へと進めるのか、ひたすら考えます。
私の、いえ、スイーツブルグ一族の『根源の型』。これについては、既に見当が付いていますわ。当家に伝わる『初代』の逸話。そして、『当家の家紋』。それすなわち、『鳥』。
ハルカには悪いと思いますが、私は幼い頃より、色々と当家に関する逸話を聞かされて育ちました。故に、今回の儀式においても、ハルカより有利といえます。だからといって、油断ならないのが、ハルカの怖さですが。
いかに真の魔王の身体を持ち、伝説の魔女であるナナ様に師事しているとはいえ、1年にも満たない短い期間で、既に国内はおろか、近隣諸国にまで、その名を知られる程の実力と実績。並大抵の努力では到底成せないでしょう。
ハルカの怖さは、そのひたむきさ。才能に胡座をかかず、ただひたすら真っ直ぐに努力を重ねる。エスプレッソが言うには、クズばかりの転生者としては、極めて異例。計り知れない力を秘めた素晴らしい原石だと。いずれ、その名を世界に轟かせるでしょうと。
故に私は負けられない。なんとしてもハルカより先んじて、『根源の型』へと至りたい。どうすれば、魂の奥底へと行けるのか? そこで思い出したのが、初めて魔力に触れた幼い頃の事。あの時は確か……。
『ミルフィーユお嬢様、4歳のお誕生日、おめでとうございます。この不肖、エスプレッソ。この誠に良き日に立ち会えた事、喜びに堪えません。そして、今日より、ミルフィーユお嬢様には本格的な魔力の扱いを覚えて頂きます。まずは、魔力そのものを感じる所から始めましょう。とりあえず、この椅子に座ってください。難しく考える必要は有りません。感じ取るのです』
あれは忘れもしない、私の4歳の誕生日。そして、私が初めて自分の魔力に触れた日。エスプレッソに言われて、魔法陣の中心に据えられた椅子に座らされた私は、突然、暗闇の中に取り残され、大泣きしましたわね……。
『ミルフィーユお嬢様、泣いても何もなりません。助かりたくば、ご自身の魔力を感じ取るのです。スイーツブルグ一族に代々伝わる、『炎』の魔力を』
暗闇の中、聞こえてくるエスプレッソの声。必死に助けを求めても一切助けてくれなかった事に、深く絶望しましたわね。後はもう、無我夢中。大騒ぎしましたわね。その最中、自分の奥底から沸き上がる何かを感じ、気が付けば、私は、元の部屋にいました。
『おめでとうございます、ミルフィーユお嬢様。最短記録を更新なさいましたね。誠に喜ばしい事でございます。当家の将来は明るいですな』
涼しい顔でそう言うエスプレッソの顔面目掛けて魔力砲を撃ち込んだ事。そして片手で軽く魔力砲を握り潰された事が昨日の事の様に思い出されますわね……。
…………これですわ! 私は閃きました。かつて魔力に初めて触れた時は、余計な外部の情報を遮断し、魔力を感じ取る事に集中しました。ならば、今度は更に集中し、更に深く潜れば良いのですわ! 私は、より集中力を上げ、周りの一切の情報を遮断。ひたすら、精神を研ぎ澄ませます。どこまでも鋭く、鋭く。すると、何とも不思議な感じ。周りの一切の情報を遮断したはずなのに、ゆっくりと自分が沈んでいくような……。しかし、ここで心を乱す訳にはいきません。私は浮遊落下に身を任せ、瞑想を続けます。
それからどれ程、経ったのでしょう? ほんの一瞬の様な、非常に長い時間だった様な。ともあれ、あの不思議な浮遊落下感はしなくなりました。そこで私は閉じていた目を開く。
「……やっと場所が変わりましたわね。ここからが本番という所でしょうか?」
視界に入った光景は以前の焦土ではなく、どこかの火山島らしい場所でした。そして、火山の頂上の辺りから『何か』を感じます。どうやら、『当たり』みたいですわね。こんな状況でなんですが、私は、込み上げる笑みを抑えきれません。ハルカが見たら、どう言うでしょうね? これが、スイーツブルグの血。追い詰められる程に燃え上がりますの。
見るからに危険地帯である、火山の麓。それ相応の装備は必要ですわね。それも大至急!
何の前触れも無しにこちらに向かってくるのは、火砕流! 巻き込まれたら、ひとたまりも有りません。しかし、ここで死ぬ気などさらさら有りませんわ! ここは精神世界。故に現実世界の力である魔法は普段より使いにくいのです。ならば別の手、強い意思の力は形となります! 必要なのは、はっきりと形を成す、強いイメージ。
「エクレアお姉様! 貴女の兵器、少々お借りしますわね!」
私がイメージしたのは当家の次女、エクレアお姉様が造り上げた新型兵器。高機動魔戦機甲、デウス・エクス・マキナ。ハルカがパワードスーツと呼んでいたそれをイメージの力で実体化、装着。エクレアお姉様から頂いたマニュアルを読んでいて、良かったですわ。全身を覆うそれは正に鉄壁の防御を誇り、更には高速で自由自在に空を舞う。その性能は、新年早々の模擬戦で、ハルカを散々に苦しめた事で実証済み。
「火砕流など、空を飛べばどうって事ありませんわ!」
私は、パワードスーツ(ハルカがそう呼んでいましたので)の力で即座に空へと飛び上がる。程なくして火砕流が私のいた場所を通り抜けていきました。危ない所でしたわ。逃れるのがもう少し遅かったら、終わりでしたわね。背筋が寒くなるのと同時に、幼い頃より叩き込まれた英才教育、そして、パワードスーツを開発されたエクレアお姉様に感謝します。しかし、悠長に感謝している暇は無い様で。
聞こえてくるのは無数の風切り音。それと共に飛来してくるのは灼熱の火山弾。文字通り、雨霰とばかりに降り注ぐ!
「火砕流の次は火山弾ですの?! あからさまに殺しに掛かっていますわね!」
殺意に満ちた攻撃を、パワードスーツの機動力でかわし、避けられない分は重力攻撃で撃墜。さすがはエクレアお姉様の新兵器。便利ですわね。私も欲しくなってきましたわ。精神世界から帰ってきたら、ハルカの分も込みで、今度頼んでみましょう。気難しい方ですから、望み薄ですが。などと思っていたら、今度は地割れ噴火ですわ! 突如、地面が裂け、マグマが噴き出す。
「申し訳ありませんが、私は追い詰められる程、燃えますのよ! この程度で私を止められる、殺せるなどと思わない事ですわね!」
山頂からこちらに向けられる強烈な殺気。明らかに何者かがいる。私の事を見ている。上等ですわ! 必ずそこへと辿り着いてみせますわ! パワードスーツの背後に有る推進機から、エネルギーを放出。私は一路、山頂を目指し空を駆ける。……ハルカ、狡いとか言わないでくださいね? 勝負は非情、私は貴女より先に『根源の型』を知りたいんですの。 ごめんあそばせ。
多少、ハルカに対する罪悪感は有りますが、私は先へと急ぐ。そんな私を抹殺せんと、襲いかかる火山弾と地割れ噴火。
「邪魔ですわ!」
パワードスーツの補助を受けた剣の一薙ぎで払いのけ、目指すは火山の頂上。必ず、辿り着いてみせますわ!
と、意気込んだまでは良かったのですが……。やっぱりそんなに甘くはないですわね。
パワードスーツの力で火山の頂上目指して飛行していましたが、そこへ山頂から放たれた一発の金色のビームがパワードスーツの推進機に直撃。墜落してしまいました。幸い、大したケガは無かったのですが、満足に動かないパワードスーツなど、拘束具に過ぎません。しかも面倒な事に一旦破損すると、一度解除して再度、実体化せねばなりません。やむを得ず、パワードスーツを解除。身軽になります。しかし、ここで私は疑問に思いました。
『なぜ、推進機だけを破壊した?』
先程までの猛攻を考えれば、推進機ではなく、私の頭なり、胴体なり、狙いそうなもの。それに一発だけというのもおかしな話。もっと撃ち込んできそうなものですが。
「試されているのかもしれませんわね。パワードスーツで飛ばずに自力で来いと」
事実、先程までの猛攻が嘘の様に静か。ですが、よく言いますわね。『嵐の前の静けさ』と。案の定、新手が来ましたわ。向かってくるのは、炎を纏った鳥達。一斉に火炎弾を放ってきました。文字通り、熱烈な歓迎ですわね! でも、ちっとも嬉しくないですわよ!
と、まぁ、こんな感じで炎を纏った鳥達を相手取りながら、私は火山の頂上を目指し進んでいました。しかし、本当に鳥ばかりですわね。襲ってくるのは全て、『鳥』。しかもバリエーション豊富。ちなみに今、相手にしているのは……。
「全く、過去の絶滅種に、このような鳥がいたとは知っていましたけど!」
私を執拗に追い回すのは見上げる程、巨大な二足歩行の飛べない鳥。飛べない代わりに、強靭な足を持ち、その巨大さも相まって、脅威以外の何物でもありません。度々、こちらを踏み潰そうとしてきます。更には、私を食べようというのか、時々くちばしでも攻撃。とにかく、しつこい。
「全く! 精神世界では魔法が使いにくくて、仕方ないですわね!」
精神世界では、どうにも魔法が使いにくい。精霊を始めとする、霊的な存在の力を借りられませんから。必死に逃げながら、反撃の機会を伺う私。しかし、あまり悠長な事はしていられませんわね!! 何とかしないと、殺されます。かといって、大火力の魔法は発動させ辛い。
「ならば、これですわ! 地魔裂溝!」
突如、地面に現れた大きな溝。さしもの巨大鳥も足を取られて転倒。怒ったのか、大声を上げる口の中に火炎球を叩き込んでトドメを刺します。
「ふぅ、とりあえずこの場はしのぎましたわね。全く、先が思いやられますわ」
未だ遠い山頂を眺め、思わずため息をつきます。それなりに登ってはきたのですが……。現状、中腹ぐらいでしょうか? この火山の標高は知りませんが、妨害込みにしてはなかなか上出来ではないかと思います。火系魔法の身体能力強化様々ですわね。火系は、火力もさることながら、強化系も充実していますので。
「さ、先を急ぎましょう。また、新手が来ましたし」
向こうから、また新手の姿が。今度は飛行型の巨大鳥。のんびり休ませてはくれない様ですわね。しかも、これまでとは格が違う模様。だからといって、負けられませんわ! 疲れた身体を奮い立たせ、剣を構える。
「掛かってきなさい! この私がお相手致しますわ!」
負けられない、負けられませんわ! この巨大鳥にも。そして何よりハルカに。
「……はぁ……はぁ…。やっと……着きましたわね……。全く……丁重な……おもてなし……痛み入りますわね……」
あれからどれ程経ったのでしょう? 時計を持ち合わせていない上、精神世界であるせいか、日没の気配も無いので、時間経過が分かりませんが、私は遂に、火山の頂上へと到着。
やっと目的地に辿り着けた私は、その場にへたり込んでしまいました。度重なる襲撃を受けている以上、これは悪手ですが、不思議な事に火山の頂上が見えた辺りから、鳥達による襲撃は無くなりました。だからこそですが。しかし、これで終わりではありません。やっと、スタートラインに立てたのです。何せ、私の目的は私の『根源の型』を知る事なのですから。
近くに有る手頃な大きさの岩に腰掛け、休憩。しばらくすると乱れた呼吸も収まり、かなり楽になりました。ちなみに、その間もやはり、襲撃は無し。しかし、私は感じていました。強大な『何者か』の存在を。そして、こちらに向かってきている事を。
「いよいよ、お出ましですわね!」
青空の一角に現れた小さな金色の光。最初は小さな点だったそれは、だんだん大きくなってきます。つまりはこちらに近付いている。腰掛けていた岩から立ち上がり、近付いてくる金色の光を睨みながら、剣を構える。感じます、これまでとは比べ物にならない程、強大な力を。やがて、その姿が見えてきました。
「やはり、『鳥』ですわね。当家の言い伝え通りに」
全身、金色に輝く、巨大な鳥。その幻想的な美しさ、正に伝説の不死鳥フェニックスの様ですわね。つい危険を忘れ、見とれそうになります。しかし、更に近付いてきたその姿を見ると……。
「…………あまり近くで見るものではありませんわね。ハルカが見たら悲鳴を上げそうですわ」
接近してきた事で、はっきり見えたその姿。全身に金色の炎を纏った巨大な鳥。それだけなら、伝説の不死鳥フェニックスと言っても過言ではないでしょう。それだけなら。
しかし、実態はそんな幻想的なものではありませんでした。確かに全身に金色の炎を纏ってはいます。しかし、その身体には羽毛どころか、皮膚も肉も一切有りません。
『全身、剥き出しの白骨。金色の炎を纏う骸骨の巨大鳥』
それが正体でした。あまりにも醜く、無残な姿に私ですら、目を背けたくなります。しかし、それはしてはなりません。なぜなら、あれは『私の暗黒面』。そして、我が『スイーツブルグ一族の業』なのですから。
改めて剣を構え、戦闘体勢を取る。対する骸骨鳥も、こちらに殺気を放つ。いよいよ、戦闘開始。私は魔力を練り上げ、骸骨鳥も、より一層、殺気を膨れ上がらせる。そして、戦いの口火が切られる。
「炎魔滅却砲!」
「グギャアアアアアアッ!!」
攻撃を放ったのは、お互いにほぼ同時。私は現在使える最強の砲撃魔法を放ち、骸骨鳥は耳障りな鳴き声と共に、口から金色のビームを発射。両者が激突……したのも束の間。金色のビームが砲撃魔法を消し飛ばし、向かってくる! とっさに横っ飛びでかわすものの、その威力に驚嘆。なんて威力ですの?! 私の最強の砲撃魔法をあっさり消し飛ばしてしまうとは。
しかし、骸骨鳥は、そんな余裕など与えてくれる程、甘くはありませんでしたわ。今度は翼から、羽状の金色の魔力弾を大量発射。羽毛が無いのに、不思議ですわね!
休む間も無く降り注ぐ魔力弾。まるで絨毯爆撃ですわね。反撃の暇など与えぬと言わんばかり、いえ、正にそうなのでしょう。圧倒的な弾幕の前に、逃げるしかありません。
「こんな所で死ぬ訳にはいきませんのに!!」
時々、反撃してみるものの、私の得意とする火系魔法では炎を纏う骸骨鳥にまるで効きません。氷系を得意とするハルカがいてくれれば。しかし、それは叶わぬ事。ここは私の精神世界、基本的に他者は入れません。緊急脱出用の赤い糸が用意されているはずですが、何の音沙汰も無い。エスプレッソがそんな無能なはずがないですから、恐らく、糸が切れてしまったのでしょう。つまり、自力で何とかするしかありません。しかし、どうすれば? 骸骨鳥からの猛攻は止まる所を知りませんし。
「全く! 無理難題にも程が有りますわよ!!」
現実世界side
未だに目を覚まさない、ミルフィーユお嬢様とハルカ嬢。とりあえず生きてはおられますが、今後どうなるかは分かりません。ただ、緊急脱出用の赤い糸が切れた事から、精神世界で何か大きな出来事が有ったのは確か。最悪の事態も考慮に入れつつ、2人が目覚めるのを待つばかり。
「エスプレッソ、あの子達は果たして、『根源の型』の姿の意味を分かると思うかい?」
そこへ、ハルカ嬢の枕元に付きっきりのナナ殿が話しかけてきました。彼女は更に続けます。
「ハルカの『根源の型』が『蛇』だという事は、あの子から聞いた天之川家の昔話や、水系が得意な事から予想していた。しかし、あの子は気付くかね? 『蛇』が暗示している『意味』を」
どこか暗い口調のナナ殿。無理もありません。ハルカ嬢の『根源の型』である『蛇』。それが暗示している『意味』を考えれば。
「ナナ殿。ハルカ嬢は勉強熱心で、賢いお嬢さんです。気付くでしょう、『蛇』の意味を。だからといって、それに潰される様な弱いお嬢さんではありません」
ハルカ嬢はその繊細な外見とは裏腹に、とても芯の強いお嬢さんでいらっしゃる。一度目の死、更には見知らぬ異世界に1人飛ばされるという憂き目に会いながらも、真っ直ぐに生きておられる。聡明な彼女ならば、自らの『根源の型』である『蛇』の持つ意味を悟るでしょう。そして、必ずや、乗り越えると私は信じています。全く、悪魔である私がここまで評価するとは。末恐ろしいお嬢さんですよ。
「ふん、まぁね。あの子もバカじゃないし、これまで教えてやった事から考えれば、答えは出るさ」
私の言葉にナナ殿もまんざらでなさそうな顔をなさる。やはり、ハルカ嬢は自慢の弟子なんでしょう。でも、そこで終わらないのが、ナナ殿。
「ところで、エスプレッソ。スイーツブルグ一族の『根源の型』の『鳥』ってどんな奴なんだい? 単なる鳥じゃないだろう?。何せ、『根源の型』って奴は、魂の奥底に有る暗黒面の化身。ましてや、名門貴族のスイーツブルグ一族。代々溜め込んできた業の深さは半端じゃない。下手すりゃ、ハルカよりヤバいね」
……相変わらず、鋭い。普段のぐうたらな生活態度とは裏腹に、頭のキレは冴え渡っていらっしゃる。敵にはしたくありませんな。私はしばし迷いましたが、この際です。話す事にしました。ナナ殿は性格や、態度に難有りですが、信頼に値するお方。それに、ミルフィーユお嬢様にとって、ハルカ嬢は長い付き合いになりそうですし。
「その慧眼、恐れ入ります。確かにおっしゃる通り。スイーツブルグ一族の『根源の型』、それは単なる鳥ではありません。『全身に炎を纏う、白骨の鳥』。それが、スイーツブルグ一族の『根源の型』であり、同時にスイーツブルグ一族の背負う『業』なのです。その危険性は極めて高い」
スイーツブルグ一族の『根源の型』の姿を聞いて、さすがのナナ殿も嫌な顔をなさる。
「炎を纏う白骨の鳥か。何とも皮肉だね。ハルカの『蛇』も嫌な暗示だけど、スイーツブルグ一族も負けてないね。これまた嫌な暗示なこった」
「それに関しては、私も同感です。しかし、それがスイーツブルグ一族に産まれた者の宿命」
やはり、鋭いナナ殿。スイーツブルグ一族の『根源の型』の暗示を見抜かれましたか。それからお互いに沈黙。静かな時間が流れます。
「ハルカは帰ってくるかな?」
「ナナ殿、私達が出来るのは、無事に帰ってくる事を信じて待つ事です」
もう、何度目になるかの会話。いくら心配した所で、結局、私達に出来る事は無いのです。
ミルフィーユお嬢様、ハルカ嬢。命綱たる赤い糸が切れた今、精神世界から帰ってくるには、自力で『根源の型』と決着を付けねばなりません。しかし、『根源の型』を殺せば、自らも死ぬ。なぜなら、『根源の型』は自らの魂の影。それを理解しない愚者は自滅しました。どうか気付いてください、『根源の型』もまた、自分である事を。そして、決着の付け方も一つでは無い事を。
「ミルフィーユお嬢様、ハルカ嬢。どうか、ご無事に一刻も早いご帰還を。この不肖、エスプレッソ、香り高い紅茶を用意いたしますので」
やはり、目を覚まさないミルフィーユお嬢様とハルカ嬢に語りかけます。一刻も早い、ご帰還を。私はミルフィーユお嬢様の御用命に従い、わざわざティーパーティー用のセット一式用意しておりますので。
「お待ちしております。ご帰還の折りには、武勇伝をお聞かせ願います」
悪魔としては、あるまじき発言でしょう。しかし、私はそう言わずにはいられませんでした。どうか2人共、 無事にご帰還を。そして、貴女方に私、自慢の紅茶を振る舞わせてください。
精神世界編、ミルフィーユside。
ハルカと違い、精神世界でも落ち着いた態度のミルフィーユ。幼い頃から叩き込まれた英才教育の賜物です。衣服や武器を意思の力で実体化、試練に挑みます。
しかし、彼女に襲い掛かる火砕流、火山弾、地割れ噴火に炎を纏った『鳥』達。ハルカ側と違い、露骨に殺しに掛かってきています。
そして、火山の山頂で登場、『金色の炎を纏った骸骨鳥』。ミルフィーユ大ピンチ!
一方、現実世界でハルカとミルフィーユの帰りを待つ、ナナさんとエスプレッソ。2人は、『根源の型』について話し合います。それは『根源の型』に秘められた『暗示』について。ハルカの『蛇』にしろ、ミルフィーユの『炎を纏った骸骨鳥』にしろ、『意味』が有る。
さて、異世界修行編も次回で完結。次回で色々と判明します。
では、また次回。