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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第96話 『影』

 既に滅びた世界。騒音を立てる存在など無く、異様に静かな夜の闇の中、『何か』が来る。思わずナイフを持つ手に力が入る。見れば、ファムも同様だ。いつものにこやかさは鳴りを潜め、真剣そのものだ。


「厄介な相手ですよ。基本的に倒せません。光が弱点ですが、あくまで一時的に消えるだけで、じきに再生します。それと、決して触れられない様に。『存在そのもの』を喰われますよ」


 油断無く赤い槍を構える竜胆(リンドウ)が、やってくる『何か』への対抗法を話す。光が有効だが完全に殺せず、じきに再生するのか。しかも触れられてはいけないと。なるほど、確かにこりゃ、厄介な相手だね。しかし、迫り来る『何か』の姿はまだ見えない。かなり近いはずだけどね。などと思っていると……。


『そいつら』は姿を現した。


「何ですか、あれ?!」


 その不気味さに悲鳴を上げるハルカ。確かに不気味だよ、こりゃ。


 拠点の焚き火の明かりが照らす中、現れたのは無数の『人影』。目も鼻も口も無い。全身真っ黒で、輪郭もはっきりしない。まさに人型の影だ。そんなのが無数にいるんだ、ハルカが怖がるのも無理ない。あの子、才能は凄いけど、元々は一般人だったからね。


「アァアァアア……チィ……」


「ウウゥオオオ……ニ…ク……」


 目も鼻も口も無いのっぺらぼうの癖に、どうやってるんだか知らないが、不気味な声を上げ、徐々に包囲を狭めてくる人影共。こいつら、光が弱点のはずなんだけど。目の前のご馳走の為なら、多少のダメージは我慢するって事だろう。ふん、見上げた根性だね。だからといって、やられる気は無い。


 迎え撃つしかない。私の意思に応え、新しいナイフ、『ジキタリス』の刃から、微弱な放電が起きる。さぁ、殺るか!


「やるよ!」


 私の叫びを皮切りに戦闘開始! こんな訳の分からない『人影』なんかに、ハルカに手出しさせるものか!


「とりあえず、喰らいな!」


 紫電を放つナイフを一閃、放電を纏う紫の光刃が放たれ、人影共をまとめて一刀両断。斬られた人影が消えていく。ふむ、この技は効くか。だが……。


「じきに再生するか。キリが無いね」


 斬られて消えたはずが、じきに復活。しかも、こちらを完全に敵と見なしたらしく、襲いかかってきた。


「ニ…ク……ニクゥウウゥ……」


「チィ……チィイイイイ……」


 黒い腕を伸ばし、こちらに掴み掛かろうとしてくる人影共。竜胆(リンドウ)が言うには、触れられてはいけないらしい。次々と襲いかかってくる腕をかわしながら、紫電を放つナイフで切り裂いていく。ファムや竜胆(リンドウ)も同じく、光を纏わせた武器で人影共を蹴散らしていく。幸い、人影共の動きは鈍い。頭も悪いらしく、駆け引きもへったくれも無い、数に物を言わせたお粗末な戦い方だ。


 しかし、鬱陶しい。いくら倒しても死なない、すぐに復活。いくら結界で守っているとはいえ、ハルカ達が近くにいる以上、周囲一帯を吹き飛ばす大技は使えないし、かといって、ハルカ達から離れるのも、また不安。なんとも歯痒い。


 後、こいつら、攻撃しても全く手応えが無い。見た目通りの実体の無い影そのものだ。気持ち悪いったら、ありゃしない。でも、幽霊、死霊の類いじゃないね。それは確信した。


 私はだてに長生きしてない。幽霊、死霊と殺り合った事などいくらでも有る。そもそも、クローネがそいつらを使役してるからね。昔は良く殺り合ったもんだよ。で、こういう死者共に共通しているのが、『冷たい』事だ。物理的、熱力学的にではなく、生命エネルギー的にだ。故に、死者達は生者の精気、すなわち生命エネルギーを求め、奪う。視点を変えれば、死者達にとって、血肉はあまり意味が無かったりする。


 対して、今回の『人影』。死者特有の冷たさが無い上、血肉を奪う。それに、死霊の類いなら、死霊術師のクローネが気付かない訳が無い。あいつはその類いのエキスパートなんだから。


 つまり、こいつらは『死者じゃない』。だったら何かと言われたら、困るけど。とにかく、死者じゃないのは確か。しかし、鬱陶しい。倒せど倒せど、一向に減らない。ぶっちゃけ雑魚だが、数の暴力で押してくる。確かに単純で原始的なやり方だが、それは同時に王道でもある。以前、ハルカと一緒に見たガン○ムとかいうアニメで言われてたが、基本的に戦いを制するのは数の力。


 例えば、いくらビ○ザムが強くても、一機で連○軍は潰せない。それほど数の暴力は強いんだ。それを覆せるなんて、それこそ邪神ツクヨみたいな規格外の化け物ぐらいさ。


 などと考えているが、実際の所、キツい。何せ、向こうは死なない、いくらでも再生出来る。対してこちらは、決して触れられてはいけない。こちらの方が圧倒的に不利な状況だ。ぶっちゃけ、逃げた方が利口ではあるんだけど、それは癪に障る。でも、そうも言ってられなくなってきた。単純に数が多いが故に、私達の討ち漏らした奴らが、ハルカ達の方に手出しを始めやがった。結界を破ろうと、バシバシ叩いている。ゾンビ物でよく有るシーンだ。無論、その程度で破られるような、やわな結界じゃないが、やられる側からすれば、生きた心地がしない。特にハルカ。泣きそうになっているし。……仕方ないね。


竜胆(リンドウ)! 聞くけど、こいつら、亜空間には来れるのかい?」


 私は紫電を纏うナイフで人影共を切り裂きながら、同じく、赤い光を纏う槍で人影を貫く竜胆(リンドウ)に問いかける。


「それなら大丈夫です。どうやらこいつら、『この世界に縛られている』様なので。しかし、それが何か?」


 こちらを見もせず、答える竜胆(リンドウ)。だが、欲しい答えは得られた。ならば、やる事は1つ。


「大した事じゃないさ。この場は退くよ! 私はともかく、ハルカが泣きそうでね!」


「くだらない。実にくだらない。撤退するなら、勝手にどうぞ」


 この場からの撤退を決めた私に、あからさまな侮蔑を向ける竜胆(リンドウ)。ムカつく小娘だね。しかしだ。このままこいつを置き去りにするのもまずい。


「うるさい! ごちゃごちゃ言わずにあんたも来な! ファム! デカいの一発頼むよ! その隙に撤退する!」


「任せて! ハルカちゃん達、目を閉じて耳を塞いで! 虚大幻雷(ファントムライトニング)!」


 さすがはファム、話が早い。ハルカ達に目と耳を守る様に告げると、ド派手な幻影の雷を放つ。こけおどし用の術で、殺傷力は無いが、その光と音とは強烈極まりない上、有効範囲も広い。雷光が辺り一面を覆い尽くし、人影共がまとめて消える。もっとも、じきに再生するけどね。だが、隙は出来た。


「撤退するよ! ほら、さっさと入りな!」


 携帯式個室(ポータブルルーム)の扉を呼び出し、まずはハルカ、続いてミルフィーユが入る。ついでに竜胆(リンドウ)の襟首を掴んで投げ込む。その際、何か、固い物にぶつかる音が聞こえたが無視。更に私達も入る。クローネ、ファム、私、と続き、しんがりはエスプレッソが務める。見れば、人影達はもう再生し、こちらに向かってくる。しかも、やたらデカいのがいる。こりゃ、まずい。幸い、私達の方が早かった。最後にエスプレッソが扉を閉めると、向こう側との接点は切れる。とりあえずは一安心だね。さて、ハルカにフォローを入れるか。だいぶ怯えていたからね。こういう点、ミルフィーユとは違う。ま、ミルフィーユは物心付く前から英才教育を受けていたそうだし。







 私の携帯式個室(ポータブルルーム)へと撤退。一息付いた私達。落ち着いた所で、今回の一件について意見を交わす事に。話題は当然、あの人影だ。


「さて、みんな落ち着いたみたいだし、今回の一件について話し合おうと思う。良いかい?」


 私の問いかけに皆が了承を返す。実の所、ハルカがすっかり怯えてしまって、フォローが大変だったし。実際、未だに顔色が冴えないが、いけるとは本人談。ハルカを気に掛けつつ、話を切出す。


「ま、話すといっても、あの人影の事しかないけどね。あんなのは初めて見たよ。いくら攻撃しても死なない。そもそも実体が無い。かといって、死霊の類いでもない。何とも奇妙な奴らだよ」


 私の言葉に、皆一様に頷く。どうやっても死なない。これが実に厄介だ。何せ、数が減らないんだから。


竜胆(リンドウ)さんから聞きましたけど、あの人影に触れられると食べられるそうですね。どうりで、この世界に来てから『死体どころか、血痕すら見なかった』訳ですよ」


「やけに廃墟が綺麗な訳です。皆、人影に喰われてしまったのでしょう。しかし、それ以外は見向きもしない様で」


 ハルカとエスプレッソも自分の意見を話す。ここに来てからの違和感。死体や血痕が全く無い原因があの人影か。


「でも、結局の所、何なんだろうね? あの人影」


「少なくとも死者ではない。どちらかといえば、むしろ生者に近いと我は思う。とてもそうは見えんがな。だが、奴らから死者特有の死の気配が無い。しかもだ。この世界に来てから、全く死者の怨嗟の声が聞こえん。我は死霊術師、死者の声を聞き逃しはせん。これだけの悲惨な状況なのだ。普通はうんざりする程、聞こえてくる。なのに一切、聞こえん。つまり、血肉どころか、魂に至るまで奴らに喰われたと思われる」


 ファムが人影の正体に疑問を述べ、クローネは自分の意見を話す。


「血肉どころか、魂に至るまで喰われてしまうとは。恐ろしい相手ですわね。しかも、殺せませんし」


 血肉のみならず、魂まで喰われてしまうというクローネの話に顔を青ざめさせるミルフィーユ。ハルカに至っては更に顔色が悪いし。大丈夫かね?


「ハルカ、あんた顔色が悪いよ。無理しなくて良いから。先に休んでな」


「いえ、大丈夫です。続けてください」


 心配になってきたので、ハルカに休む様に言ったが、本人は大丈夫だと言う。でも、とてもそうは見えない。しかしこの子、結構強情だからね。ならば、強行手段。


「ハルカ、こっち来な」


「何ですか?」


 ハルカを呼び、近付いてきた所で捕まえ、私の膝の上に座らせる。この子、甘えん坊だからね。安心させるにはスキンシップが一番効く。


「ちょっと! ナナさん!」


「ごちゃごちゃうるさい。おとなしくしてな」


 抗議の声を上げるハルカに対し、軽くあしらい抱き寄せる。なんだかんだでスキンシップが好きなハルカ。じきにおとなしくなった。素直な良い子だよ。さて、話を続けるか。まだ話を聞いていない奴がいるし。


竜胆(リンドウ)、あんた、あの人影について何を知っているんだい?」


 今まで会話に加わらず、傍観者に徹していた竜胆(リンドウ)へと話を振る。







「やっと私の出番ですか」


「まぁね。もう一度聞くよ、あんた、あの人影について何を知っている?」


 相変わらずの淡々とした態度の竜胆(リンドウ)。現状、あの人影について一番詳しいのがこいつだ。光が弱点だとか、触れられてはいけないとか知っていたし。


「……そうですね。では師匠から聞かされた事について話します。そもそも、ここに来た理由が師匠に言われたからですし。ったく、あの人でなし、こんなヤバいのがうじゃうじゃいる世界に人を送り込みやがって……。愚姉よりムカつく、いつか、槍で滅多刺しにした上で、晒し首にしてやる……」


「あのさ、話が脱線してるよ。まぁ、あんたの境遇には少なからず同情するけどさ」


 人影について話すはずが、師匠とやらへの不平不満をぶちまける竜胆(リンドウ)。ハルカから聞いたが、こいつの師匠はずいぶん酷い奴らしい。ナナさんがまともに思えると言われたし。ちっとも嬉しくないけど。後、あんた姉がいる、もしくはいたのか。これまたずいぶん、恨んでいるみたいだね。ともあれ、竜胆(リンドウ)に、話題の軌道修正を頼む。するとヒートアップしていた竜胆(リンドウ)もようやく我に返ってくれた。なかなか切り替えの早い奴だね。


「あ、すみません。つい、腹が立って。では改めて、話します。これらは私が師匠から事前に聞かされた話です。この世界では、異常気象による食料不足に端を発する世界大戦が起きました。この惨状はそのせい。ですが、ここへ追い討ちを掛ける事件が発生したのです」


「ほう、そりゃ何だい?」


「時空に関する研究をしていた、とある科学者がヘマをやらかしたのです。その科学者、この世界の裏側とも言うべき世界、そうですね、『影次元』と呼びますか。その『影次元』からエネルギーを引き出す研究をしていたのです。そしてある時、ついに『影次元』からエネルギーを引き出す実験を始めたのですが、ここでやらかしたのです。『影次元』のエネルギーが溢れだしてしまいました。結果、『本来なら本体有っての影が、本体を喰い尽くし、独立してしまった』のです。そして、独立した影達は、次々と他の生ある存在を喰い尽くしていったのです。その結果が現状です」


「マジでやらかしてくれたね。いい迷惑だよ。まぁ、過ぎた事を今更、言っても仕方ないか。で、あいつらをどうにかする方法について、あんたの師匠は何か言ってないのかい?」


 わざわざ弟子のこいつを送り込んだぐらいだ。あの人影の始末の仕方だって知っていそうなもんだ。そして案の定、知っていた。


「師匠が言うには、この星を跡形も無く消し去る事。あの人影はこの星に縛られています。故にこの星が無くなれば、存在出来なくなる。映し出す物が無ければ、影は映らない。そういう事です」


「却下。火力的に無理」


 確かに影ってのは、映し出す物が有ってこそ存在出来るが、あいにく、私達といえども、さすがに惑星を消し去る事は出来ない。ド○ゴンボールのキャラじゃないからね。あのクソ邪神は余裕でやるらしいけど。


「まぁ、確かにそうですね。私も出来ませんし。ならば、どうします? 人影は倒せない。この星を消し去る事も出来ない。私としては、素直に逃げるのが利口と思います。くだらないアニメやラノベみたいな、ご都合主義は無いですからね」


「なかなか辛辣だね」


「事実でしょう?」


 確かに竜胆(リンドウ)の言う通り。出来ない事は出来ない。努力やら奇跡やらでホイホイ解決するご都合主義など、フィクションの世界だけだ。そして、私は結論を出す。


「……予定は変えない。予定通り、三泊四日で進める。確かにあの人影は厄介だけどね。あいつら程度に殺られる様じゃ、どのみち未来は無い。それに、あいつら修行相手として便利だし。特に触れられてはいけない点が、回避を鍛えるのにうってつけだ」


「酔狂な人ですね。私も人の事は言えませんが」


 私達は修行に来たんだ。しかも、敵は真の神。この程度の奴らを恐れていては始まらない。


「日中は奴らは出ないみたいだからね。よって、日中は修行に当てて、夜は人影との実戦だ。うん、充実した内容になりそうだね」


「まぁ、好きにすれば良いでしょう。せいぜい、死なない様に。では、話はこれでおしまいですね。今夜はもう休まれてはどうですか?」


「そうだね。さっさと風呂に入って寝るか。ちょっと待ってな。すぐに準備する。ただし一番風呂は私がもらうよ。私の携帯式個室(ポータブルルーム)なんだからね」


 今日は色々有ったからね。さっさと風呂に入って、さっぱりして寝たい。


「ほら、さっさと解散しな。部屋は空いてるから好きにしな」


 話も済んだし、一端、解散。各々、好きに散らばる。さ、早いとこ風呂に入るかね。


「ハルカ、風呂が沸いたら一緒に入るよ」


「はい、ナナさん」


 うん、素直な良い子だ。ミルフィーユ、睨むんじゃないよ。師弟のスキンシップだからね。おっと、忘れる所だった。私は大事な事を思い出す。


竜胆(リンドウ)。あんたの槍、大した品だね。どうやって手に入れたんだい?」


 ソファーに座って、槍の手入れをしている竜胆(リンドウ)に尋ねる。あれは非常に格の高い武器だ。そう簡単には手に入らない。


「師匠からの頂き物です。かつて師匠が討ち取った敵からの戦利品だそうです」


「……そうかい」


 こちらを見もせず、槍の手入れをしながら答える竜胆(リンドウ)。ますます気になるね、こいつの師匠。あれほどの魔槍の使い手となれば、当然強い。それを討ち取り、戦利品として奪うとはね。しかも、弟子に与えているし。確かな実力、そしてそれに裏打ちされた自信の持ち主なんだろうね。どんな奴なんだか? ま、今はさっさと風呂に入ろう。そしてさっさと寝よう。







 明けて、翌朝。ハルカに起こされ起床。寝覚めのシャワーを浴びて、朝飯に。ダイニングに行くと、既に朝飯が並んでいた。他の奴らも既に席に着いている。ちなみに一番、上座が私の席だ。私の携帯式個室(ポータブルルーム)だからね。しかし、ショボい。クラッカーとコンビーフ、目玉焼きしかない。


「ショボい朝飯だね」


「仕方ないでしょう、食材が無いんですから。だったら、家に戻って取ってきますか?」


 メニューの少なさについ、愚痴るが、ハルカに逆に怒られる始末。昔の私なら、特に気にしなかったんだけどね。ハルカの美味い飯に慣れたせいか。しかし、この目玉焼きの卵はどうした? ハルカは持ってきていないはず。


「ハルカ、この目玉焼きの卵は?」


竜胆(リンドウ)さんがくれました。竜胆(リンドウ)さんの師匠が、卵好きだそうで、いつも持たされているそうです」


「ふーん、そうかい。ま、礼は言うよ竜胆(リンドウ)


「卵は栄養が有りますからね。特にこれは師匠、こだわりの卵。卵かけご飯にすると絶品なんです。ご飯が無いのが残念ですが」


 こいつの師匠、こだわりの卵ね。まぁ、とりあえず食べよう。今日も予定が詰まっているからね。


「それじゃ、いただきます」


 私のいただきますに続けて、皆がいただきますを言い、朝飯開始。この辺の礼儀に関してはハルカがうるさくてね。






「みんな、食べながらで良いから聞いとくれ」


 私はコンビーフを乗せたクラッカーをかじりつつ、話を始める。


「今日の予定についてだ。午前は私を始めとする大人組と竜胆の模擬戦に当てる。今日は私とエスプレッソだ。1戦、約2時間を予定してる。ちなみにその間、手の空いてる奴はハルカとミルフィーユの稽古を担当する。そして午後からは、ハルカとミルフィーユの『根源の型』を知るのに当てるよ」


 昨日は色々有ったせいで、私達、大人組と竜胆(リンドウ)の対戦が出来なかったからね。今日こそやる。後、ハルカ達の『根源の型』も早いとこ知る必要が有る。悠長な事をしている暇は無い。


「私は一向に構いません。貴女方、ベテランとの対戦は大いに学ぶ所が有ります。昨日はやれませんでしたし」


 私の話にまず竜胆(リンドウ)が了承。他の奴らも賛同し、今日の予定が決まる。


「よし、決まり。さっさと朝飯を済ませて、今日の修行を始めるよ。それと、ハルカ、ミルフィーユ」


 目玉焼きを食べているハルカと、紅茶を飲んでいるミルフィーユに話を振る。


「今、言ったけど、あんた達には自分の『根源の型』を見付けてもらうよ。成功すれば、あんた達は更なる高みに上がれる。今後の事を考えれば避けては通れない道さ。ただし、それ相応の危険は伴う。その覚悟は有るかい?」


 私は2人の顔を見渡しながら問い掛ける。何せ敵は真の神。対抗するには、手段を選んではいられない。危険を伴うが、私は若いこの2人のまだ見ぬ可能性に賭ける。そして2人もまた、真剣な眼差しで答えた。


「やります。狙われているのは僕なんです。自分の事には責任を持ちます」


「私もやりますわ。ハルカ1人を危険に晒すなど、私の信条に反します」


 迷いの無いその返事に、私は羨ましく思う。正に若さだ。ふぅ、年は取りたくないね。しかし、2人の覚悟はしかと受け取った。


「分かった。とりあえず、今日の午後から始めるから、それまでは他の奴らに稽古を付けてもらいな。ただし、これだけは言っておくよ。『根源の型』を知るのは本当に危険なんだ。場合によっては廃人、もしくは死ぬからね」


 最後に改めて、『根源の型』を知る事に伴う危険性を説く。それでも2人共、退かない。ならば、もはや私から言う事は無い。強い子達だ。本当に。さて、私は私のやるべき事をやるか。







「待たせたね」


「いえ、それほどでも」


 時間はまもなく、午前8時。準備を終えた私は、今回の模擬戦の場所へと出向いた。既に竜胆(リンドウ)は到着していて、お互いに軽く挨拶を交わす。……大したもんだよ。これから模擬戦とは名ばかりの戦闘を始めようってのに、余計な緊張や力みが無い。至って自然体だ。こういう点、ハルカはまだまだでね。逆に言えば、それだけこいつが場数を踏んでいるって事だ。侮れないね。


「とりあえず、8時になったら始めるよ」


「分かりました」


 お互いにあまり多くは語らない。私はナイフを抜き、竜胆は赤い槍を手にする。ふん、ハルカの時と違って、最初から槍を出してくるか。それだけ、私に対する評価が高いらしい。こりゃ、ご期待に応えないといけないね。私は一段と気を引き締める。


 さて、午前8時まで残り5分を切った。模擬戦開始は目前。そこで、私から若手に向けて、ありがたい忠告。


竜胆(リンドウ)、あんたに忠告してやるよ」


「何ですか?」


 ここで私はとびきりの笑顔を浮かべ、一言。


『私がいつから、時間通りに模擬戦を始めると思っていた?』


 直後、竜胆(リンドウ)に襲いかかる紫の雷光、すなわち私の頸動脈狙いの一閃。しかしそれを間一髪でかわされる。ちっ、外したか。


「……なるほど、言われてみれば確かに。これは私が迂闊でした」


 時間前の不意討ちにもかかわらず、顔色一つ変えず、淡々と返す竜胆(リンドウ)。つくづく大した娘だよ。ハルカじゃ、こうはいかない。


「ふん、あんたにゃ、ハルカがずいぶん世話になったからね。師匠として、きっちりお返しをしたくてさ」


 何せ、ハルカはこいつに2回負けている。弟子の事に師匠が出るのはどうかと言われるだろうが、私の気が済まなくてね!


「ウチの師匠なら、絶対に言わない台詞ですね。あの方、仮に私が死んでも、気にも留めないでしょう。所詮、その程度だったかと切り捨てて終わりです」


「……ハルカから聞いちゃいたけど、マジで人でなしだね、あんたの師匠」


 会話を交わしつつも、お互いに臨戦体勢は崩さない。ナイフを構える私と、槍を構える竜胆(リンドウ)。仕掛けるタイミングを計る。ジリジリと移動しながら、その時を待つ。


「ところで……」


 油断無く槍を構えながら、話しかけてくる竜胆(リンドウ)。とびきりの笑顔を浮かべ、一言。


『いつから私が槍しか使わないと思っていました?』


 直後、巻き起こる爆発。そして四方八方から襲いかかる、ベアリング弾。しまった! クレイモア地雷か!しかも、ただのクレイモア地雷じゃない。全てのベアリング弾に魔力付与が施された、対人外用の奴だ。クソ、こいつを甘く見ていた。幻術の一種の隠形術で隠していたのか。とっさに結界を張ってしのぐが、竜胆の攻め手は止まらない。


「知り合い特製の浄化銀破魔徹甲弾。思う存分、喰らってください」


 取り出してきたのは、馬鹿げたデカさのガトリング砲。片手で軽々と扱い、その銃口をこちらに向ける。


「Let's Party!!」


 景気の良いノリノリの掛け声と共に、唸りを上げ、高速回転を始める、巨大ガトリング砲。そして放たれるは、圧倒的な破壊の暴威。触れる物全てを破壊する、銃弾の凶嵐。並大抵の奴なら、あっという間に挽き肉だ。でも、あえて言わせてもらうよ。


「ナメるな、小娘!!」


 私を中心に迸る紫の雷が、銃弾もろとも、辺り一面を焼き尽くす。肝心の竜胆は……ちっ、生きてやがる。


 赤い槍を地面に突き刺した状態で、片膝を着く竜胆(リンドウ)。あの槍の力で雷撃を耐えやがったか。タフな奴だね。


「……今のは効きました。まだ身体が痺れます。でも、よく言いますよね。調子に乗っていると……『足元』を掬われますよ。こんなふうに」


 直感がヤバい! と告げ、反射的にその場から空中に逃れる。正に間一髪、辺り一面の地面から赤い鋭いトゲが無数に生え、触れる物全てを串刺しに。危ない危ない! 私は串カツは好きだが、自分が串刺しにされるのはゴメンだ。しかし、そこへ竜胆(リンドウ)の声。


「甘い!」


 突然、私の腹に穴が開く。更に次々と身体に穴が開いていく。


「私の槍が『1本だけ』と言った覚えは無いですよ」


 このクソガキ、他にも槍を隠していたのか。見えない槍、もしくは、幻術で隠していたのか。あの赤い槍の印象が強すぎたせいで、こんなつまらない見落としをするとは……。自らの迂闊さに歯噛みするが、もう遅い。


「お命頂戴!!」


 竜胆が手にする赤い槍を振りかぶり、私めがけて投げ付ける。それは狙いたがわず、私の左胸を貫いた。傷口から鮮血を吹き出して私は落ちる。さて、『頃合いかなぁ?』。


 そして、響き渡る甲高い金属音。


「ちっ、今度こそ殺ったと思ったのに」


「師匠曰く、勝ったと思った時こそ、油断するなとの事で」


『槍で左胸を貫かれた私』が向こうに倒れている中、私は竜胆(リンドウ)と鍔ぜりあいを繰り広げていた。クソ、やっぱり予備のナイフじゃダメか。


「さすがは伝説の魔女。まんまとしてやられました。最初から分身を寄越してくるとは。しかも、わざわざ自分の武器を持たせて、より信憑性を上げるとはね。そして貴女は私を仕留めるチャンスを静かに伺っていたと」


「あんたこそ、さすがだよ。今のは殺ったと思ったんだけどね。相手がハルカなら、殺っていたよ」


 お互いに不敵に笑い、一端、離れて自分の武器を回収する。さぁ、今度こそ、マジで殺り合おうじゃないか! 久しぶりに血が騒ぐよ。それは向こうも同じらしい。


「やはり、貴女は強い。未熟な弟子とは違う」


「当たり前だろ、伝説の三大魔女が一角。名無しの魔女こと、ナナさんをナメるな!」


 分身から回収したナイフを構え、改めて竜胆(リンドウ)と対峙する。楽しいね、実に楽しい。でも、この勝負、私の勝利という形で決着を付けてやるよ。そして、ハルカに恥をかかせた事に対する詫びを入れさせてやる!







今回の敵、それは『影』でした。しかも、実に厄介な相手。何せ影を殺すなんて出来ませんから。いかにナナさん達といえども、『この世の道理』には逆らえない。出来ない事は出来ない。ご都合主義は無い。


ちなみにハルカ達がこの世界に感じた違和感の正体、それは死体どころか、血痕すら無い事でした。全て影に喰われてしまったのです。


さて、2日目に突入。ナナさん対竜胆(リンドウ)の模擬戦という名の戦い勃発。のっけから、卑怯全開のナナさん。対する竜胆(リンドウ)も負けず劣らず、えげつない手を使う。不意討ち、罠、騙し討ち、何でも有り。戦いに卑怯、卑劣は無いを地で行く2人です。


次回はハルカとミルフィーユの『魔力の型』を知るべく、とある儀式を行う事に。そこでハルカとミルフィーユは、何かを見る。


では、また次回。



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