第95話 模擬戦、ハルカVS竜胆 そして……
お昼ご飯の席で、ナナさんが竜胆さんに僕とミルフィーユさんに稽古を付けて欲しいと交渉。ナナさん曰く、同じ相手ばかりだとマンネリになる。かといって、僕とミルフィーユさんに稽古を付けられる人なんて、そうはいない。その点、竜胆さんは実力も有り、見た目の年齢も近く、うってつけだと。
で、当の竜胆さんは、その対価として、自分の修行相手としてナナさんを指名。自分も修行中の身だからと。更にそこへクローネさん、ファムさん、エスプレッソさんまで加わる豪華メンバーに。まぁ、そんなこんなでお昼ご飯も終わり、食後のお茶を飲み、落ち着いた所で、いよいよ修行開始。午前はナナさん達による模擬戦だったのに対し、午後は僕とミルフィーユさんの修行に当てるそうだ。
「では、これより稽古を始めます」
「はい、よろしくお願いします」
まずはお互いに向かい合って礼。そして構えを取る。僕は小太刀二刀を構え、竜胆さんは銃剣付きのライフルを構える。これまで何度も手合わせをしてきたナナさん達と違い、未知の相手。それだけに、緊張感が走る。知らないという事がここまで怖いとはね……。
「どうしました? 早くかかってきなさい。後がつかえているんですからね」
どうにも攻めあぐねていると、向こうから誘ってきた。余裕ですね。でも言われた通り、後がつかえている。僕との稽古が終われば今度はミルフィーユさんと竜胆さんの稽古だし、さらにその後は、竜胆さんがナナさん達と稽古をする予定。……相手の挑発に乗るのは得策じゃないんだけど。いつまでもにらめっこしている訳にはいかないか。僕は腹を括る。
「シッ!」
一息で間合いを詰め、小太刀二刀による左右から袈裟懸けの斬撃。しかし、軽くバックステップでかわされ、反撃の突きが来る。でも、それぐらいこっちだって、折り込み済み。切り下ろしの状態から、すかさず逆袈裟懸けに切り上げ、繰り出された銃剣を跳ね上げる。結果、竜胆さんの防御が空く。そこへ更に追い討ち。振り上げた状態の小太刀二刀を一気に降り下ろす。僕なりに考えて編み出した三連撃。切り下ろしの一の太刀、切り上げの二の太刀、そして両腕落としの三の太刀。しかし。
「甘い!」
みぞおちに突き刺さる鋭い蹴り。たまらず姿勢が崩れた所へ今度はライフルの銃把で横合いから、強かに殴り付けられる。華奢な外見とは裏腹の怪力に吹き飛ばされ、地面を二転三転。
「ゴホッ!……ゴホッ!……ハァ、ハァ……」
うう……気持ち悪い。目が回る。あの人、遠慮なく頭を殴ってきた。とっさに防御したけど、もう少し遅かったら頭を割られていた。などと、悠長な間を与えてくれる様な甘い人な訳がなく。
「ほら、逃げろ逃げろ。兎狩りの時間です」
今度はライフルをぶっぱなしてきた。実弾ではなく、模擬戦用のゴム弾と言っていたけど、魔力で威力が上乗せされたそれは、容易く付近の瓦礫を撃ち抜いていく。……竜胆さん、殺しに掛かってきてませんか? 正直、泣きたい。ナナさんも大概だけど、この人、更に酷い。
「何を泣きそうになっているんですか? この程度、私の師匠と比べたら、甘過ぎますよ。我ながら、甘過ぎてヘドが出そうなぐらい」
「どういう人なんですか! 貴女の師匠?!」
「無手の戦いに全てを掛けた、戦闘バカの人でなし」
身も蓋もない返事が来た。確かにナナさんより酷い。
「私は無手の戦いで師匠より強い方なんて知りません。師匠曰く、儂と武において渡り合えるのは、あの引きこもりだけだと、おっしゃっておられましたね。私もそう思います。あの『魔剣聖』しかいないと」
竜胆さんの師匠って、人でなしではあるけど、強いのは確からしい。無手の戦いで師匠より強い人を知らないそうだし。やっぱり、見るからに強そうな人なのかな? どこかの地上最強さんとか、殺意の何とかを使うちょんまげさんとかみたいな。後、『魔剣聖』って誰? 名前からして、剣の達人みたいだけど。
「勘違いの無い様、言いますが、師匠は女性ですよ。まぁ、色々な面で女を捨てていますが」
あ、そうなんですか。などと会話をしているけど、実の所、竜胆さんの射撃から逃げ回っている最中。わー、我ながら、強くなってるなー。(棒読み)
それにしても嫌らしいな、竜胆さん。ギリギリ回避出来るかどうかの所を狙ってくる。じわじわと相手の体力と精神力を削るやり方だ。何より、近付けない。物陰に隠れていても銃弾が飛んでくる。
「物陰に隠れても無駄ですよ。位置は把握していますし、弾丸の軌道操作はお手の物ですからね」
銃剣術だけじゃなく、射撃の腕も凄い。遠近両方こなせる人なのか。器用な人だな。なんて言ってる場合じゃない。このままじゃ文字通り、手も足も出ないまま負ける。
「いかに相手に何もさせずに仕留めるか。戦いの基本ですね。真正面から斬り合うなど、バカのやる事です。そういう点では刀剣の類いは実戦的ではありません。事実、昔の合戦では槍が主力。間合いを開けて安全に戦う為に。刀剣の類いはあくまでも補助に過ぎません。銃が出来てからは、主力が銃に変わりましたが、本質は変わらない。離れた場所から一方的に相手を攻撃出来る。今の私と貴女の様にね」
わざわざ解説してくれる竜胆さん。もちろん、その間も射撃は止まらない。ひたすら逃げ回る。でも、このまま一方的にやられて負けるなんて嫌だ。せめて、一矢報いたい。
「とはいえ、このまま、なぶり殺しにしてもつまらないですね。まぁ、私の方が強いですし、ここはハンデをあげましょう。そちらは武器、魔法、何でも自由に使って構いません。更に、戦う場所も選ばせてあげます。対してこちらは、大規模、広範囲攻撃は使いません。これならちょっとは楽しめるでしょう。さ、かかってきなさい。叩き潰してあげますから」
そこへ、ハンデをあげるとの申し出。このまま、なぶり殺しにしてもつまらないと言われた。更には私の方が強いと。事実、そうだけど、やっぱり腹が立つ。
「そうですか。なら、お言葉に甘えますね!」
本当は純粋に武術だけでいきたかったんだけどね。やっぱり、そんな甘い考えの通じる相手じゃないか。そもそも、まともに相手にされていない。だったら、何としても、接近戦に持ち込んでやる。小太刀二刀流の使い手である以上、接近戦こそ僕の本来の戦い方だし。
竜胆side
「さて、ハンデはあげましたよ。どう出ますか?」
師匠に言われてやってきた、とある世界。『なかなか充実した日々』を過ごしていましたが、そこに思わぬ来客が。高い実力を持つベテラン4人と、まだまだ未熟な2人の計6人。
面白そうだったので接触してみた結果、何だかんだと有った末、若い2人に稽古を付けてあげる事に。対価として、私は彼女達の師匠達との対戦を要求し、向こうはこれを了承。めでたく交渉成立。話の分かる人は助かります。
『あの忌々しい愚姉と違って』
……やめましょう。あんな救い様の無いクズの事など、思い出すだけでも、不愉快極まりないです。今は、自分のやるべき事に集中しましょう。久しぶりに、骨の有る相手なんですから。
現在、私は若い2人の片方。銀髪メイドのハルカ・アマノガワとの稽古という名の対戦中。小太刀二刀流の使い手とは珍しい。そもそも二刀流自体、剣術としてはマイナーですからね。ぶっちゃけ、扱いづらい。しかし、彼女は見事に小太刀二刀流を使っています。実に良い太刀筋です。さすがに『魔剣聖』や、『彼』には及びませんが、まぁ、あの2人は色々とおかしいですから。
それにしても、速い。一息で間合いを詰められましたよ。そこからの三連撃。少なからず、肝が冷えました。もう少し反応が遅れたら、両腕を落とされていましたね。お返しにみぞおちに蹴りをお見舞い。ついでにライフルで側頭部を殴ってやりましたが、こっちはとっさに腕を挟んでガードされたせいで、入りが甘かった。割りと本気で殴ったんですがね。
しかし、効いていない訳でもなさそう。脳震盪でも起こしたか、ふらついている。これはチャンス。接近戦から、射撃に切り替え。ギリギリ回避出来るかどうかの所を狙い撃ち。たまらず、逃げ回る彼女を更に追い立てる。楽しい楽しい、兎狩り。たまりません。師匠からは悪趣味だと言われますが。
物陰に隠れた様ですが、無駄。気配を消している様ですが甘い。居場所は手に取る様に分かる。更に私は銃弾の軌道を変えられる。物陰に隠れた所で、それを迂回して当てられる。どうやら彼女、飛来する銃弾を落とせる程の剣の腕は無い模様。まぁ、普通は出来ない。余裕でやってのける『魔剣聖』や、『彼』はやっぱりおかしい。しかし、このまま、なぶり殺しはつまらない。実戦なら、このまま殺して終わりですが、これはあくまで稽古、模擬戦。だからこそのハンデ。さぁ、どう出るか?
ハルカside
離れた位置から狙撃を仕掛けてくるばかりで、一向に近付いてこない竜胆さんに大苦戦中の僕。気配を消して隠れていても、居場所を悟られ、銃弾が飛んでくる。勝負に持ち込むには、何としても接近戦に持ち込まないといけない。しかし、近付けない。困っていたら、彼女からなぶり殺しはつまらないから、ハンデを付けてあげるとの申し出。
正直、悔しい。でも現状、押されているのも確か。この際、恥もへったくれも無い。ハンデを付けてくれると言うなら、話に乗る。
「いきますよ、竜胆さん。風魔滅刃」
上空から圧縮された空気の巨大刃をいくつも降り注がせる、風の魔法を発動。殺傷力は高く、大抵の相手なら、これで十分過ぎる。でも、今回の相手は竜胆さん。これで勝てるとは思わない。でも……居場所は壊せた!
上空から降り注ぐ、いくつもの巨大な風の刃。竜胆さんには通じなくても、彼女がいる廃墟はそうもいかない。ただでさえボロかったのに、そこへ風の刃を受けた結果、脆くも崩壊。轟音と土煙を上げて派手に崩れた。さすがの竜胆さんも姿勢の立て直しを優先。今だ!
隠れていた物陰を脱出。目星を付けた建物へと逃げ込む。案の定、竜胆さんも追いかけてきた。よし、まずは上手くいった。……だからといって、勝てるとは思ってないけどね。どうあがいても負ける。お互いの実力差ぐらいは分かるし。でも、一矢ぐらいは報いてやる。
竜胆side
「派手にやってくれましたね……。殺す気ですか?」
廃墟から狙撃をしていた私めがけて、上空から降り注ぐ、巨大な風の刃。とっさに逃れましたが、私のいた廃墟はバラバラに切り裂かれ、あっけなく崩落。元からボロかったですしね。ちなみにその隙にハルカに逃げられました。ふむ、近くの廃墟に侵入しましたか。まぁ、何を考えているかは大体予想が付きます。
『障害物を利用し、接近戦に持ち込みたいのでしょうね』
「……これが実戦なら、絶対に誘いには乗らないんですが」
実戦において、わざわざ敵の誘いに乗るなど愚の骨頂。しかし、今回は模擬戦ですしね。それに……彼女とは存分にやり合ってみたい。私とやり合える程の武器の使い手は少ないですから。師匠は強いですが、基本的に無手ですし。
「その誘い乗ってあげます。せいぜい、あがいてみなさい。あっさり潰れたら許しませんよ」
ハルカside
「さて、どさくさに紛れて逃げ込めた。ぐずぐずしている暇は無い」
廃墟を崩落させた隙に、何とか逃げ出し、目星を付けた廃墟へと侵入。対策を考える。
「……まずは、現状分かっている事を整理しよう」
困った時こそ、落ち着くべし。焦りは失敗を生み、ひいては破滅をもたらす。
「竜胆さんはハンデとして、こちらは何をしようが自由。それに対し、向こうは大規模、広範囲攻撃はしない。でも、裏を返せば、それ以外はするという事。僕がここに逃げ込んだ事を見逃していない。観察眼も凄い」
竜胆さんの気配が近付いてくるのを感じるし。しかし余裕だな。このスピードからして、歩いて来てるよ。これもハンデの内なんだろうね。とりあえず、逃げ込んだ廃墟の中を見渡してみる。広すぎず、狭すぎない建物を選んだけど。
「どうやら、スーパーだったみたいだね。しかし、酷いな……」
スーパーだったらしい、廃墟。その中はやっぱり荒らされていて、商品棚は空。あちこち壊され、ガラクタが散乱し、滅茶苦茶な惨状だった。間違っても、良い気分になれない。でも、今は、竜胆さんとの戦いに集中しないと。
「この際、卑怯もへったくれも無い。使える手は使わせてもらいます。ここを竜胆さんを迎え撃つ砦にする」
まずは、トラップを仕掛ける。僕の得意とする糸を始め、呪符やら何やら、あちこちにセット。その際に使える物は無いか探すのも忘れない。ガラクタばかりだけど。ガラスの破片とか、ゴミとか、やけに膨れた缶詰めとか。
「ありきたりな手だけど、向こうが探知を使わないなら十分、有効だと思う。勝てるかは分からないけどね」
竜胆さんの気配がすぐそこまで来た。さ、勝負です。勝てなくても、やれるだけやってやる!
竜胆side
「ここですね」
逃げたハルカの後を追って、たどり着いた先はスーパーの廃墟。見た感じ、スーパーの廃墟みたいですね。朽ち果て、崩れた看板に店名が書かれています。広すぎず、狭すぎない。そして、商品棚を始めとした障害物も多い。ゲリラ戦を仕掛ける気でしょう。
「さて、どんな手を使ってくるのやら?」
楽しみで仕方ない。久しぶりです、この感じ。最近の相手ときたら、くだらない踏み台転生者ばかり。ただ力を振りかざし、自分が『主人公』だと。『正義』だと。『絶対に勝つ』と信じて疑わない、クズ共。いわゆる、『主人公補正』とやらを信じている様ですが、そんな『ご都合主義』有りません。所詮、フィクションの産物です。
大体、伝説のドラゴンの力だの、世界中の財宝だの、そんな大それた力、並みの人間には使えません。魂が負荷に耐えられない。使った瞬間、魂ごと跡形も無く消し飛ぶのがオチ。逆に言えばそれらの大いなる力を使いこなせるからこその英雄なのです。どこぞの金ピカ慢心王みたいにね。
「それじゃ、お邪魔しますよ」
愛用の銃剣付きライフルを構えつつ、スーパーの廃墟へと足を踏み入れる。
「静かですね。まぁ、どこかでこちらを伺っているんでしょうが」
と、そこへ早速の歓迎。物陰から8本のクナイが飛んできました。しかも8本全てが違う軌道を描く器用ぶり。とはいえ、この程度、どうって事も無い。即座に全て叩き落とす……はずでしたが。触れた瞬間、爆発しました。辺りに飛び散る鋭い破片。ちっ! クナイの中に圧縮空気を仕込んでいましたか。
考えていた以上に小技が効く性分ですね。そして、基本に忠実。正にゲリラ戦の定番。姿を見せず、罠を用いてこちらを潰す気ですか。まともに戦ったら、私が勝ちますから。しかし、嫌らしい攻撃です。目や急所は守りましたが、少なからず傷を負いました。治療をしたい所ですが、そうもいかないみたいですね!
突如、あちこちから襲い掛かる極細の水流。いわゆるウォーターカッター。辺りの物をバラバラに切り裂いていく。完全に殺しにかかっていますね彼女。さすがにこれは避けないとまずい。攻撃の合間を抜け、先を行こうとしましたが、そこにも罠が。
頬に走る僅かな痛み。慌ててその場から退避。危ない! 縦横無尽に糸が張り巡らせてある。暗い店内ではとても有効。師匠に観察眼を鍛えられていなければ、こま切れにされていました……おや、足元に何か白い霧がって、まずい! 近くの商品棚を足場に飛び上がる。直後に辺りが瞬時に凍り付く。呪符地雷ですか。もしかして彼女、私に負けた上、師匠達に恥態を見られた事を根に持ってます? やたらと嫌らしく、殺意に満ちた罠を見るに、そう思えます。でもね、そう簡単には殺されてあげませんよ。
「いい加減、出てきたらどうですか?」
店内に侵入してから約30分。どこに隠れているのか未だに姿を見せないハルカ。代わりにクナイやトラップでチクチクとこちらを攻め立てる。おとなしそうな外見と裏腹に、執念深い性格ですね。しかし、これだけでやられる私ではありませんし、向こうだって、分かっているはず。必ず仕掛けてくる。するとそこへ、何かが飛んできて、床に転がりました。
カン、カラン、カラン…カラン……
「……缶詰め?」
それは魚の絵が描かれた古ぼけた缶詰め。別に何か仕掛けている風でもなし。思わず気を取られた所へ、第二波。つい、反射的に、飛んできた物を銃剣で切り裂く。しかし、それは悪手であり、それこそがハルカの狙いでした。銃剣の刃が飛んできた物。缶詰めを切り裂いたその瞬間。
『缶詰めから想像を絶する凄まじい悪臭が液体と共に吹き出し、私に直撃したのです』
「?!℃$¢£¥$@*~~~~~~~~~~っ!!!!!」
あまりの酷い悪臭に、言葉にならない悲鳴を上げる私。そこへ更に飛んでくるクナイ。それらは私ではなく、先程飛んできて、床に転がる他の缶詰めに突き刺さり、爆発。悪臭を放つ中身が飛び散り、地獄の様な状況に。あまりの悪臭に、意識が飛びそうです。やられた! まさか、こんな手を使うとは! そこへ突然の一撃。何とか銃剣で受け止め、しのぐ。
「さすがですね。この状況でも戦えるなんて。でも、集中は出来ないでしょう? 臭いですからね。早く身体を洗った方が良いですよ。とりあえず、恥をかかされた事へのお返しです!」
やっと出てきたハルカ。小太刀二刀を構え、私と睨み合う。それと、やはり恥をかかされた事を根に持っていましたか。執念深い性格ですね。しかし、これは不利な状況になってしまいました。缶詰めの中身をまともに浴びたせいで、臭いわ、ベタベタして気持ち悪いわ、コンディション最悪です。彼女を甘く見ていた。師匠に知られたら、間違いなくお仕置き確定ですね、これは。
ハルカside
「……やってくれましたね。これは予想外でした。そして、貴女を甘く見ていた事をお詫びします」
「僕としては、ナナさん達の前で恥をかかされた事を謝って欲しいんですけどね」
さすがの竜胆さんも、この攻撃は堪えたらしい。涙目になって睨んでくる。いくら強くても、どうにもならない、鍛えられない事は有る。例えば悪臭。どんなに強くても、臭い物は臭い。辺りに散らばる古ぼけた缶詰め。今回使ったのはそれ。まさか、この世界にも有ったとはね……。
使える物は無いかと、廃墟内を探していた時に見つけた缶詰め。それも複数。魚の絵が描かれたそれは、やけに膨らんでいるおかしな缶詰めだった。最初に思ったのは疑問。なぜ、缶詰めが残っている? 普通なら、とっくに持ち去られているはず。なのに、割りと残っている。それに缶が膨れているのも変。通常、缶詰めは加熱殺菌した上で密閉される為、外圧によりへこんでいる。そこで思い出したのが、僕の元いた世界で、『世界一臭い』と言われる缶詰め。確かあれがこんな感じ。
まさかと思い、缶詰めを1つ取り、外に投げ、更にクナイを投げて当てる。すると……。
クナイが刺さった場所から、中身の液体と悪臭が噴き出した! あまりの臭さに即座に凍らせて封印。危ない、危ない! でも、これは使える。竜胆さんの切り札にしよう。とはいえ、いきなり使っても不発だろうし。まずはチクチク攻め立てて、慣れさせた所へ、不意討ちで使おうと決めた。
そして、狙い通り、缶詰めの中身を浴びせる事に成功。さすがの竜胆さんもこの悪臭はキツいらしい。動きにキレが無い。術が使えるなら、防ぐなり何なり出来るだろうけど、自分から術は使わないと言ってしまったからね。ちなみに僕は風の魔力で悪臭を遮断している。卑怯と言われるかもしれないけど、相手は格上。手段は選ばないよ。でもね、竜胆さんの恐ろしい所は、これでも勝てる気がしない点。うん、怒ってる……。
しかし、竜胆さんにダメージを与えたのは確か。攻めるなら、今しか無い。僕は小太刀を逆手に持ちかえる。
「行きます!」
「来なさい!」
まずは首狩りの一閃。容易く、銃剣で防がれる。でも、それぐらい予想済み。膝蹴りを腹に叩きこむ。たまらず呻く竜胆さん。
「まだまだぁ!」
そこから更に身体を一回転させ、勢いを付けた回し蹴りを脇腹にお見舞い。吹っ飛ばされた竜胆さんは商品棚へと突っ込み、更にそこへガラクタが一斉に落ちて追い討ちを掛ける。廃墟だけに、あちこちボロくなっているからね。でも、それでダウンする程、甘い人じゃない。
「……良い蹴りでしたよ。なかなか効きました」
ガラクタをはね飛ばし、何事も無かったかの様に立ち上がる竜胆さん。僕の回し蹴りをまともに食らい、商品棚やらガラクタやらの下敷きになったのに。タフな人だな。なかなか効いたと言ってはいるけど、そうは見えない。
「今度は私の番ですね」
言うが早いか、手首を掴まれ投げ飛ばされ、商品棚へと叩き付けられる。さっきの竜胆さん同様、商品棚やらガラクタやらが一斉に落ちてくる。これはキツい。でも、こちらも風の術でガラクタを吹き飛ばし復帰。吹き荒れる風と吹き飛ぶガラクタを利用し、間合いを詰めて接近戦に持ち込む。
まずは小太刀の一撃を放つ。しかし、竜胆さんがライフルで弾き返す。そこへ膝蹴りをみぞおちに入れる。体勢の崩れた所へ追い討ちを掛けようとしたら、横っ面をライフルの銃把で殴られた。口の中が切れて、鉄臭い血の味が広がる。この人、容赦無く、女の顔を殴る。
「ふんっ!」
お返しに、顔面に頭突きをお見舞い。盛大に鼻血を出し、のけ反る竜胆さん。さすがに効いたのか、その際にライフルを落とす。それを見逃さずに向こうへと蹴っ飛ばす。
「調子に乗るな、クソガキ!」
流れ落ちる鼻血もそのままに、僕の顎に痛烈なアッパー。思わず、小太刀を落としてしまう。その隙に小太刀を向こうへと蹴っ飛ばされてしまった。結果、お互いに素手に。
その後は酷かった。もはや、模擬戦なんかじゃない。取っ組み合いの乱闘に。僕が馬乗りになり竜胆さんの顔面をめった打ちにしたら、巴投げの要領で投げ飛ばされ、お返しに近くのガラクタを投げてぶつけたら、今度はそのガラクタで殴られた。そんな攻撃の応酬がひたすら続く。
「いい加減、倒れたらどうです!!」
「そっちこそ、いい加減、倒れなさい!!」
荒い息を付きつつ、睨み合う。端から見れば、さぞ見苦しい争いだろう。武術の欠片も無いからね。しかし、いい加減決着を付けないといけない。お互いにその思いは同じだったらしい。
「そろそろ終わりにしませんか?」
「そうですね、次の一撃で終わりにしましょう。そして、ハンデ有りとはいえ、ここまで頑張った貴女に敬意を表し、私の本来の武器でお相手しましょう。光栄に思ってください、雑魚には使いませんから。ほら、待ってあげますから小太刀を回収しなさい」
「そうですか。確かに光栄です」
そろそろ決着を付けようという僕の申し出を受けた竜胆さん。そして彼女は僕に対し、本来の武器を使うと宣言。これには驚いた。銃剣付きのライフル使いじゃなかったのか。にもかかわらず、あの強さ。なら、本来の武器を手にした竜胆さんは、どれ程強いのか? これは怖い。でも、嬉しくもある。僕の事を認めてくれた証だから。とりあえず、落とした小太刀を回収し、構える。対する竜胆さんも本来の武器を取り出す。
「……久しぶりです、これを使うのは」
取り出したのは、一振りの槍。血の様に赤い不気味な槍だ。明らかに普通の槍じゃない。魔剣の類いだ。この場合は魔槍か。手にした槍を半回転させて、刃ではなく石突きの方を向けて構える。
「危ないので、刃は向けません。だからといって、気を抜くと死にますよ」
「はい!」
その言葉に、気を引き締めて構える。小太刀と槍。そもそものリーチが違う。ましてや、相手は格上。
「ルールはシンプルに、相手に先に一撃を入れたら勝ち。これ以上、長引かせてもね」
「僕もそれで構いません」
「それは結構。では……行きますよ!」
さっきとは逆に、竜胆さんが口火を切った。そして放たれる、赤い閃光。
「ぐっ!」
速い! それに重い! 凄まじい速さと勢いで立て続けに繰り出される突きを小太刀二刀流で何とか防ぐけど、一撃一撃がひたすら強烈。小太刀を落とさないだけでも辛い。しかも、段々、速くなっている。
「へぇ、一速から始めましたが、四速でもまだ耐えますか。ならば、六速です!」
その言葉と共に、一気に突きの速度が上がり、遂に防ぎきれずに突きを食らってしまった。言葉にならない痛さ。熱いものがこみ上げ、血を吐き出す。まずいな……。これは内臓までいっているよ……。薄れ行く意識。しかし僕は思った。
『せめて、一撃!』
小太刀を落としてしまい、地面に倒れた状態から、最後の力を振り絞り、右手に集中させる。もっとも冷気は出せず、水だけど。
「……僕の負けです……が、ただでは負けません!!」
竜胆さんに向かって、最後の一撃! もっとも、決まったかは分からない。そこで力尽きたから。ただ……普段の水とは違った様な気がしたなぁ。
竜胆side
「……ふぅ、死ぬかと思いましたよ」
辺り一面、滅茶苦茶に破壊された中、私は安堵の息を付きました。危ない所でしたよ……。最後の最後でぶちかましてくれましたね。
しかし、あれは『魔氷女王』の力とは違いますね。彼女の力は『凍結』。『水』ではありません。何より、あの『蛇』。凄まじい『格』を感じました。『龍』すら霞んで見える程の。とはいえ、まだまだ不完全な様で、途中で崩れました。おかげで助かりましたが。さ、彼女を運んであげますか。
最後の一撃を繰り出し力尽きたハルカをおんぶし、ついでに彼女の小太刀二刀も回収。その場を後にします。彼女との模擬戦は時間にして、1時間半少々でしたね。ハンデをあげましたが、それを差し引いても久しぶりに楽しめました。
『勝負とは水物よ。どうなるかは分からん。故に怖いし、楽しい。特に強い奴との命懸けの勝負はたまらぬ。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。だからこそ、勝って生き延びた際の喜びもまた、ひとしおよ。まぁ、負けて死んだら、弱い己が悪いだけだしのう』
師匠、貴女のおっしゃった通りでしたよ。危うく死にそうになりましたが……。いわゆる、鼬の最後っ屁。完全に相手の息の根を止めるまで油断してはいけないと実感しました。実戦なら、きっちり殺していましたが、今回は模擬戦ゆえに殺せないのが仇になりましたね。
ハルカside
「凄かったですよ、ミルフィーユさん。特に最後の一撃。何か、金色の大きな翼が出てきて辺りの廃墟を吹き飛ばしてしまいましたし」
「それを言うなら、ハルカの方こそ凄かったですわ。最後に巨大な水の蛇が出てきて大暴れしていましたもの」
時は流れて、夕方近く。結局、今日の模擬戦は僕とミルフィーユさんだけで終了。さすがの竜胆さんも疲れたと。よってナナさん達との模擬戦は明日に持ち越しに。ナナさん達、残念そうだったな。で、僕とミルフィーユさんは、今日の出来事を話し合っていた。主な話題はやはり、竜胆さんとの模擬戦。僕と同じく、ミルフィーユさんも負け。でも、ただでは負けなかった。最後の一撃をお見舞いしたそうだ。
「しかし、僕の蛇にしろ、ミルフィーユさんの翼にしろ、一体何なんでしょうね?」
「そうですわね。気になりますわ」
ナナさん達に聞いても、いずれ分かると言われただけだし。それに……。
「竜胆さん、夕飯は『日が沈む前』に済ませろと言ってましたね。……何か嫌な予感がします」
「同感ですわね。やけに『日が沈む前』を強調していましたし。やはり『何か』が有るのでしょうね」
「そうですね。まぁ、言われた通り、日が沈む前に夕飯の支度は出来ました。早く食べましょう。多分、いえ、間違い無く、今夜何かが起きます」
日が沈むと何が起きるのか? 竜胆さんは教えてくれなかった。ただ、言われた事が有る。
「ミルフィーユなら、ともかく、貴女では役に立たない。何が起きようとも、おとなしくしていなさい」
その言い方に少なからず腹が立ったけど、竜胆さんは適当な事を言う人では無いと思う。僕では役に立たない理由が有るんだろう。
「では、そろそろ夕飯にしましょうか。皆さん! 夕飯ですよ〜! 今日はカレーですよ〜!」
ともかく、今は夕飯だ。腹が減っては戦が出来ぬってね。みんなに夕飯が出来た事を告げると、集まってくる。夕飯の献立は、エスプレッソさんが辺りを探索して見付けたカレールーと、竜胆さんの龍肉を使ったカレー。それにナナさんがショッピングモールの廃墟で見付けた乾パンを付け合わせに。
「おっ、カレーかい。良いね。飯が無いのが残念だけど」
真っ先にやってきたナナさん。鍋を覗いて中身を確認。こういう野外での食事はカレーが定番だね。他の人達も集まってきたので、さっさと人数分のお皿にカレーをよそう。そして夕飯開始。日が沈む前に片付けないといけないので、みんな手早く食べる。そこで話を切り出す竜胆さん。
「皆さん、良く聞いてください。まもなく日が沈みます。既にお気づきでしょうが、この世界、なかなか厄介でしてね。夜になると、危険です。幸い、私が拠点としているここは守りを固めてあります。安全策を取るなら、一晩、夜が明けるまで籠っている事です」
その言葉に、やっぱりそうかと納得。そして、そんな話を聞いて黙っているナナさん達じゃない。当然、食い付いてきた。
「面白いじゃないか。私達は修行に来たんだ。せっかくの機会を逃す手は無いね」
「実に興味深い話ですな。私も関心が有ります」
「何が有るのかは知らぬが、怯えて隠れるなど性に合わん」
「竜胆ちゃんとの模擬戦が出来なかったからね。代わりにちょうど良さそう」
案の定、みんなやる気満々。しかし、竜胆さんはそこへ注意事項を告げる。
「やる気が有るのは結構ですが、光、もしくはそれに準じる攻撃が使えないとダメです。物理的な攻撃は通じません」
「ふん、光が有効。それ以外は無効って事かい。となると、ハルカはダメだね。クローネとエスプレッソも不利か」
僕は光系及び、火系、雷系が使えない。クローネさんは死霊術師にして呪術師だから光系と相性が悪い。エスプレッソさんは悪魔だけに、やっぱり光系と相性が悪い。
「ならば、そのお二人には、ハルカとミルフィーユの安全確保に回ってもらいましょう。守りを固めてあるとはいえ、念には念をという事です」
竜胆さんは、クローネさん、エスプレッソさんに残って守りを固める様に言い、2人もそれを了承。
そうこうしている内に日は沈んでいき、そして『夜』が来た
「気合いを入れてくださいね。夜明けまでの楽しい楽しい『殺し合い』の始まりです」
結界を張った拠点の外側、赤い槍を手にした竜胆さんが楽しそうに話す。
「ふん、楽しめると良いね」
「怖い子だね〜」
楽しそうな竜胆さんを見て、それぞれの思いを語るナナさんとファムさん。しかし、油断無く構えを取る辺りはさすが。
「来ましたよ!」
だが、その空気も竜胆さんの声で破られる。『何か』が来る! 見えないし、聞こえないけど、『何か』が。
「頑張ってください! とりあえず夜明けまで!」
赤い槍を構え、叫ぶ竜胆さん。そして、僕達は知る。この世界に蔓延る災厄を。
読者の皆さんこんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第95話をお届けします。
竜胆と模擬戦を行う事になったハルカ。しかし、実力差は大きく、大苦戦。ハンデをもらって、やっと対抗できる始末。結局、負けましたし。
しかし、色々と新たな謎が出てきました。まず、竜胆の師匠。竜胆曰く、無手の戦いで師匠より強い方は知らないとの事。
続いて、その師匠曰く、武において自分と唯一、渡り合える人物『魔剣聖』。
更に、ハルカが最後の一撃で繰り出した、水の大蛇。ミルフィーユの巨大な金色の翼。
最後に、この世界に蔓延る『災厄』。夜になると何が起きるのか?
では、また次回。