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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第94話 ハルカ達は、この世界に違和感を感じる

 修行の為、ナナさん達と一緒にやってきた、とある異世界。まずはナナさん達、大人組による模擬戦開始。それを見学してきた僕とミルフィーユさん。しかし、そこへ思わぬ乱入者が。竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)と名乗る少女……と言って良いのかな? どうも見た目通りの歳じゃないみたいだし。


 ともあれ、突然現れ戦いを挑んできた彼女に、ミルフィーユさんと二人がかりで立ち向かう事態に。で、結果から言うと負けました。僕もミルフィーユさんも出し惜しみ無しで頑張ったんだけど、僕達の予想以上に彼女は強かった。


 銃剣付きのライフルを巧みに操り、僕達2人の剣をことごとくあしらい、お返しとばかりに鋭い突きで攻撃。剣技だけでは、かなわないと判断し、魔法攻撃も加えたものの、それさえ軽くかわし、時には銃剣の一振りで切り払う。その技量といい、僕達の武器と魔法をあしらう武器の性能といい、あらゆる面で僕達を凌いでいた。


 それでも何とか食い下がる僕達。僕にしろ、ミルフィーユさんにしろ、意地が有る。あっさり負けてたまるものか。お互いに奥の手を使う事に。僕の魔氷女王化とミルフィーユさんの黄金の炎。一時的ながら、爆発的なパワーアップを遂げるそれらを発動。反撃を開始。それまでとは比較にならない威力と速さを持って、攻め立てる。さすがの彼女も焦りの表情を浮かべ、これならいけると思った。でも、僕はナナさんから言われた事を忘れていた。


『勝ったと思った時こそ、一番危ない。油断してると足元を掬われるよ。私もかつて、何度も痛い目に合わされたからね』


 後から思うに、あれは致命的な失敗。しかし、この時の僕は二人がかりで彼女を遂に袋小路に追い込む事が出来たと。勝ったと思っていた。後で聞いたら、ミルフィーユさんもそう思っていたそうだ。でも追い込まれていたのは実際には僕達の方。そうとは知らない僕とミルフィーユさんは拘束魔法の準備をしつつ、彼女、竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)に話しかけた。


「追い詰めましたよ。貴女が何者かは知りませんが、大人しく降参してください。僕としては必要以上に傷付けたり、殺したりしたくないですから」


「私もハルカと同じ意見ですわ。大人しく降参してくださる?」


 僕は小太刀二刀を、ミルフィーユさんは黒いレイピアを構え、彼女、竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)に降参する様に告げる。辺りには僕が水の魔法で作った極細の糸を縦横無尽に張り巡らせてある。いざとなれば、それを使って拘束するつもりでいた。しかし……。


「思った以上にやりますね、貴女達。なので……少々、切り札を出します」


「?!」


 彼女がそう言うや否や、辺りの景色が歪む。何らかの術を使ったのは明らか。完全にしてやられた。全く、術の発動に気付けなかった。そうこうしている内に更に景色は変わり……。


『ハルカ、何をボーッとしているんだい? せっかくの二人っきりのデートだってのにさ。それも、わざわざ最高級のスイートを取ってやったのに』


 気付けば、いつの間にか目の前にナナさんが。しかも、普段のダサい黒ジャージ姿じゃなくて、紫色のドレスに身を包み、見るからに大人の女性を感じさせる姿で。太腿の部分には深い切れ込み、スリットっていうんだっけ。そこから雪の様に白くて魅力的な脚が見えて、見事な脚線美を見せ付け、胸の部分も大きく開いていて、ナナさん自慢の素晴らしい巨乳をアピール。思わずそこに視線が釘付けになる。そりゃまぁ、僕は元は男だし、ナナさんは美人だからね……。


『おや、どこを見ているんだいハルカ? フフッ、分かっているよ。どうせなら、見るだけじゃなく、思う存分触ってみないかい? 邪魔者はいないんだ、ゆっくり楽しもうじゃないか』


 僕の視線に気付いたナナさん。妖艶な笑みを浮かべながら、僕を抱き寄せる。何とも言えない甘い香りがして、頭の中が蕩ける様な感じ……。だんだん気持ち良くなってくる……。身体が熱い……。ナナさんに甘えたい……。ナナさんにもっと気持ち良くして欲しい……。ナナさんに抱かれたい……。


 沸き上がる、快楽への欲求。もはや、僕にとって他の事などどうでも良かった。この場所はどこなのか? なぜナナさんがいるのか? それらの事に対する疑問など、完全に頭の中から消えていた。僕の頭の中は快楽の事で一杯。ナナさんに抱かれたくて堪らない。気持ち良くなりたい。僕をナナさんの物にして欲しい。この時の僕は完全に正気を失い、快楽の虜になっていた。


『私の可愛いハルカ。じっくり可愛がってあげるよ。あんたの望む事なら、何でもしてやるよ。何せ私はあんたの感じる所は全部知っているんだからさ。大丈夫、私に任せな。すぐに最高に気持ち良くしてあげるよ。身も心も全て快楽にゆだねて、至福の世界に行くと良い』


 いつの間にか、僕とナナさんは全裸になってベッドの上に。ナナさんは優しく語りかけながら、その……色々としてくれて……それが、凄く気持ち良くて……。僕は我を忘れて、ナナさんに抱き付き、ナナさんご自慢のおっぱいにむしゃぶりつき、ナナさんの絶妙なテクニックに矯声を上げ、激しく乱れた。今にして思えば、我ながらなんて事をしてしまったのか……。完全に黒歴史だよ……。







 結局、ナナさんが頼み込んだのと、本人自身、僕達を本気で殺そうとしていた訳でもなかった事もあり、僕とミルフィーユさんは目を覚ます事が出来た。もちろん、ナナさんから凄く叱られた。ミルフィーユさんも同じく、エスプレッソさんから、これでもかとばかりに嫌味と皮肉てんこ盛りで叱られていた。実際、あのまま放置されていたら危なかったと言われたし。でも……あの時のナナさんは本当に魅力的だったな。大人の女性って感じで。本物も、少しは見習ってくれたらなぁ。


「何か失礼な事を考えていないかい、ハルカ?」


「いえ! 別に!」


 ナナさんは妙に鋭いな。不満そうな目を向けてくる。


「無駄口を叩いている場合ではないでしょう。置いていきますよ」


 そこへ口を挟む、竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)。そう、今は彼女と行動を共にしている。正直、嫌だけど、仕方ない。早く食料を調達しないといけないし。


 僕とミルフィーユさんが彼女に負けたせいで、せっかく作ったお弁当を全部食べられてしまい、僕達のお昼ご飯が無くなってしまった。模擬戦に、結界破り。大量にエネルギーを消費し、お腹を空かせたナナさん達に、お昼ご飯無しはあまりに酷。そこで食料を現地調達となったところへ、彼女が案内役を買って出たんだ。行き先はデパートの廃墟だそうだけど、まだ食料が残っているのかな? 後、食べても大丈夫かな? そんな事を思いながら、僕は案内役の彼女の後を付いて廃墟の街中を駆け抜ける。







「着きましたよ」


 竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)、長いし、年上みたいだから、竜胆(リンドウ)さんと呼ぼう。彼女がそう告げ、たどり着いた場所。それはデパートというより、大きなショッピングモールの廃墟だった。かつては綺麗な店舗だったんだろうな。僕も元いた世界では休日に家族みんなで、お出かけしたっけ。僕はかつての事を思い出し、そして休日にこのショッピングモールが家族連れで賑わう光景を思い描いた。それだけに、カラフルな塗装が残っている瓦礫が転がる、無残な今の光景が物悲しい。


「付いてきてください。地下の食料品売場へ向かいます。正確にはそこの倉庫ですが。私が以前、いくらか持ち出しましたが、まだ余裕が有りました。ただし、贅沢は言わないでください。本来なら、食料が有るだけでもありがたい事なのですから」


 淡々と説明し、さっさとショッピングモールの廃墟へと入る竜胆(リンドウ)さん。僕達も後に続く。


「……酷いですね」


「まぁ、滅びた世界だからね」


「私としては、つい最近、似た様な光景を見ましたから、さほど驚きは無いですわね」


 入ってみたショッピングモールの中は案の定、酷い有り様。立ち並ぶお店のショーウィンドウは粉々に割れ、ドアは壊され、壁や柱はあちこちひび割れ、崩れ落ち、ガラスの破片や、瓦礫、その他様々なガラクタが散乱し、文字通り、足の踏み場も無い。普通の靴じゃ、靴底を突き抜けてケガをしかねない程。幸い、僕達の靴はそんなやわな品じゃないけど。そんな無残な光景の中、僕達は歩き続ける。


 本来なら地下の食料品売場へ行くぐらい、すぐに済む。本来ならね。しかし、現在のショッピングモールはあちこちが瓦礫で埋まったりしていて、最短ルートで行けない。よって、迂回しながら進んで行く。その間に、僕はある事に気付いた。


「ナナさん、ミルフィーユさん。ここ、おかしいと思いませんか?」


「ふん、確かにおかしいね」


「そうですわね。不自然ですわ」


 どうやら、2人もこの場所の不自然さに気付いたみたい。廃墟だけに、あちこちぼろぼろで、瓦礫やガラクタが散乱している。しかし、何か違和感を感じていた。何かが足りない様な……。それが何なのか考えていたけど、やっと気付いた。おかしい、なぜ無い? ここはショッピングモールなんだ。本来なら、有って当たり前のはずなのに。


「有るはずの物が無いんです。これだけ滅茶苦茶な状況なんですよ。1つや2つは有りそうなのに、全く見付からない」


「……外もそうでしたわね。少なくとも、私は『見ていませんわ』。何かおかしいですわ、この世界」


「フン、面白くなりそうじゃないか」


 ショッピングモール内だけでなく、外でも『不自然さ』を感じた事を話すミルフィーユさん。対するナナさんは、むしろやる気満々。


「不謹慎な事を言わないでください、ナナさん。余計なトラブルは御免ですよ、僕は」


「同感ですわね。既にトラブルに会った訳ですから」


「なんだい、情けないね。トラブルをいかに乗り越えるかが、腕の見せ所じゃないか」


 どうにも嫌な予感に襲われる僕とミルフィーユさん。ナナさんはそれぐらい、乗り越えろと言うけれど……。


「無駄口を叩いている場合ではないと言いましたよ私は。置いていきますよ」


 そこへ不機嫌そうな竜胆(リンドウ)さんの声。


「ナナさん、ミルフィーユさん、とりあえず、今は食料調達に集中しましょう。お腹が空きましたし、留守番をしている人達も待っていますから」


「そうだね。今は腹ごしらえが先か」


「何をするにせよ、食事は欠かせませんもの」


 気になる事は有るけど、今は食料調達が最優先。


「すみません、すぐに行きます」


 先を行く竜胆(リンドウ)さんに声をかけ、後を追う。すると、階段が見えてきた。地下食料品売場への通路だろう。


「全く、もっと真剣にやりなさい。ほら、地下食料品売場に通じる階段です。足場が悪い上、途中で崩落しています。気を付けてください」


 竜胆(リンドウ)さんは言い終わるとスタスタと階段を降りていき、最後は飛び降りる。


「早く来なさい。時は金なり。師匠からの受け売りですが」


 僕達にも早く来いと催促。案外、短気なのかな? ともあれ、僕達も続いて飛び降りる。やっと地下食料品売場に到着だ。もっとも、本当の目的地はここに有る、商品在庫を収めてある倉庫だけどね。


「この程度でケガをする様なヘボがいなくて何より。さ、行きますよ」


 僕達が無事に着地したのを確認したら、またさっさと先を行く竜胆(リンドウ)さん。僕達も後に続く。しかし、ここも酷い状況だなぁ。ちゃんと食べられる物が見付かると良いけど。







 脇目も振らず、スタスタと先を行く竜胆(リンドウ)さんと、その後に続く僕達。今歩いているのは、お菓子売場の様。カラフルな袋や箱が散乱している。どれもグシャグシャに破れ、潰れ、すっかり汚れていた。他の売場も同様。商品なんて無い。無残に破壊され、残骸が散乱しているだけだった。ここまで人間は無茶苦茶な事が出来るのか。怖いし、悲しい。


「ハルカ、人間の本質はどこまでいっても『悪』さ。誰だって、自分が一番大事。ましてや、法と秩序が失われたなら、略奪なんぞ当たり前さ。こればっかりは昔から変わらない」


 ナナさんはそれが人間の本質だと語る。昔から変わらないと。


「気にしても仕方ないですわ。行きましょうハルカ」


 ミルフィーユさんも気にするなとの事。


「分かりました。先を急ぎましょう」


 割り切るしかない。そう判断し、僕はナナさん達と一緒に先を急ぐ。今は、早く倉庫で食料を調達しないとね。







「では、手分けして探しますよ。ここも既に荒らされていますが、大型店舗の倉庫だけに、品物の絶対数が多かったおかげで多少は残っています。ただし、贅沢は言えません。文句は言わないでください」


 やっと到着した倉庫。大型店舗の倉庫だけに、やっぱり広くて大きい。そして、やはり荒らされていた。しかし、竜胆(リンドウ)さんの言う通り、大きな倉庫だけに品物も多く、まだ多少は残っているみたい。という訳で、4人で手分けして食料探しの開始。


「これ、魚の缶詰めかなぁ? 絵柄からして、水煮っぽいけど。とりあえず貰っていこう」


 近くの段ボール箱から、缶詰めを発見。この状況だからね。食べられるとしたら、缶詰め、瓶詰めの類いとなる。肉や魚、野菜といった生物はとっくにダメになっているし。肉好きのナナさんには辛い状況だね。この世界じゃ、狩りも無理みたいだし。


「チッ! ろくな物が無いね。まぁ、仕方ないけどさ。クソッ、肉食べたい」


「うるさいですよ。文句を言わずに探す。他人を待たせているのです。さっさと済ませて帰りますよ」


 案の定、ナナさんは不平不満たらたら。この状況じゃ、ナナさんの好きな焼き肉もハンバーグも作れないし。竜胆(リンドウ)さんはそんなナナさんを注意しつつ、食料探しを続ける。とはいえ、ろくな物が無いのもまた事実。






「本当にろくな物が無いね。残念ながら、今後の飯は期待出来ないね」


「すみません、ナナさん。僕がお弁当を取られなければ、少なくとも今日のお昼は満足してもらえたと思うんですけど……」


 倉庫内をあちこち探したものの、結局、大した物は見付からなかった。それぞれの収穫はというと、僕が魚の水煮の缶詰めを数個。ミルフィーユさんはコンビーフっぽい缶詰めを数個。ナナさんは、乾パンらしい缶詰めを数個と、ミネラルウォーターを数本。竜胆さんは、いわゆるアルファ化米らしいレトルトパックを数個。……これじゃ、ナナさんでなくても、不平不満の一つも出るよ。


「少ないですわね。全員で7人いますのに。これでは今日の昼食としても、とても足りませんわね」


 そう、ミルフィーユさんの言う通り。量が全然足りない。7人いるのに、これっぽっちじゃ。かといって、他を探すのは時間が掛かる。それに、他の人達を待たせている以上、あまり遅くなっても困る。何よりお腹が空いた。


「仕方ないです。とりあえず、帰りましょう。早く帰ってお昼ご飯にしないといけませんし」


 無い物は仕方ない。これ以上の長居は得策ではないと判断。帰ってお昼ご飯にする事を提案。こうして僕達は、ショッピングモールの廃墟を後にした。今度は他の場所も調べてみたいな。







 エスプレッソside


 ミルフィーユお嬢様達が食料調達に出発されてしばらく。留守番の私達は少々、辺りを見回りに出る事にしました。まぁ、調査と暇潰しを兼ねてですが。既に一番手のクローネ殿、二番手のファム殿と見回りを終え、今しがた、私の番が終わりました。


「お待たせしました。ただいま戻りました」


「戻ってきたか」


「おかえり、エスプレッソ」


 最初は公園の廃墟にいたのですが、食事をするならもう少しマシな所は無いかという事になり、幸い、近くにオープンテラスのカフェらしき店舗の廃墟を発見。そちらに移動しました。当然、荒らされていましたが、瓦礫やゴミを撤去、散乱していた椅子やテーブルを戻す事で、多少は見られる様に。そして、お二人は適当な席に着かれ、思い思いに過ごされていました。


「おや、まだミルフィーユお嬢様達は戻っておられませんか?」


「あぁ、まだだ」


「場所が場所だからね。食料調達するにしても、簡単にはいかないでしょ。やっぱり、お弁当を取られたのは痛いよね。まぁ、それだけ、あの竜胆(リンドウ)って子が強い証明だけどね」


「今さら過ぎた事を言っても仕方ありません。紅茶でもいかがですかな?」


 どうやら、まだミルフィーユお嬢様達は戻っておられない模様。お二人共、空腹から多少、イラついていらっしゃいますな。こういう時こそ、執事としての手腕が試される。私は空中より、ティーセット一式を取り出し、紅茶の準備を始めます。すぐに辺りに紅茶の芳しい香りが漂う。ふむ、最近仕入れた新しい銘柄の茶葉ですが、これは良い品ですな。今回は紅茶の味を生かし、ストレートで出しましょう。


「わぁ、良い香り〜」


「全くだ。実に良い香りだ。さすがはエスプレッソ、手慣れたものだな」


 ファム殿とクローネ殿も、紅茶の良い香りに釣られ、こちらに来ました。


「お褒めに預り、光栄ですな。今回は、紅茶本来の味を感じて頂きたく、ストレートでどうぞ。それとお茶うけとして、クラッカーです」


 お二人に紅茶とお茶うけのクラッカーを出し、私自身も適当な席に着き、紅茶とクラッカーで一息付きます。まずは紅茶を一口。ふむ、我ながら、良い出来映えですな。程よい苦味と渋み。豊潤な香りが実に良い。やはり、ストレートにして正解でしたな。そうして、くつろいでいましたが、そろそろ見回りの意見交換もせねばなりません。遊びに来た訳ではありませんからな。


「おくつろぎの所、申し訳ありませんが、そろそろ見回りの意見交換を始めたいと思います。構いませんかな?」


「分かった」


「そうだね、始めようか」


 早速、その事を切り出し、お二人も了承。こうして、我々3人による、意見交換が始まりました。


「では、僭越ながら、私から始めさせて頂きます。近隣の建物を見て回ったのですが、はっきり言って、『不自然』でしたな。確かに荒れ果ててはいます。しかし、『それだけ』です」


 私は見回りの際に気付いた『不自然さ』を語り、それにファム殿、クローネ殿も同意。


「そうだね。アタシもあちこちの建物の中を見て回ったけど、変だよここ。『綺麗過ぎる』よ」


 ファム殿も、不自然さを指摘。そこへ更にクローネ殿。


「……何よりおかしいのは、あまりにも『静か過ぎる』。この惨状なのだ。死霊術師たる我なら、聞き逃すはずが無い。だが、何も『聞こえてこない』。通常、有り得ん」


 いつになく、険しい表情のクローネ殿。確かにこれは異常事態ですな。この世界で一体何が起きたというのですか? 戦争で滅びたという単純な事ではなさそうですな。そもそも、あの竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)と名乗る少女。彼女自身、謎ですな。一体、何をしにこの世界に来たのか? 師匠とやらに言われて来たそうですが。……彼女の師匠が無能でないならば、何らかの意図が有って送り込んできたのでしょう。いずれにせよ、この世界、単なる滅びた世界という訳ではなさそうですな。


「すみません、遅くなりました」


 そこへ聞こえてきた声。ハルカ嬢ですな。戻ってこられましたか。ミルフィーユお嬢様、竹御門(タケミカド) 竜胆(リンドウ)も一緒にいますな。最後にナナ殿。全員、揃っての帰還。喜ばしい事です。


「お帰りなさいませ。全員、無事に戻られ何より。お疲れでしょう。今、紅茶を用意いたします。ゆっくり休憩なさってください」


「ありがとうございます、エスプレッソさん」


「私も一息付きたいですわね。早く用意なさい」


「私は紅茶より、酒が良いんだけどね」


「……私の分も有る様ですね。とりあえず、感謝します」


 四者四様の返事を受け、手早く4人分の紅茶と、クラッカーを用意。空いているテーブルに乗せ、椅子も4人分用意。最低限の状況は整えます。


「フン、汚い場所だね」


「ナナさん! 失礼じゃないですか! せっかくエスプレッソさんが用意してくれたんですよ!」


 お世辞にも綺麗とは言えない椅子とテーブル。その事に文句を言うナナ殿に怒るハルカ嬢。


「あぁ、はいはい悪かったよ! 何もそんなに怒らなくても良いじゃないか……」


 さすがのナナ殿もハルカ嬢に怒られるのは堪える模様。やはりハルカ嬢は大したお嬢さんでいらっしゃる。まがりなりにも、伝説の魔女にして、自らの師匠、そして保護者たるナナ殿に対し、悪い事は悪いと、きっぱり怒る事が出来る。ナナ殿を慕ってはいますが、決して盲信していない証ですな。信頼と盲信は違う。その事を良く分かっておられる。


「……全く。私を叱りつけるなんてね。やはり、この子を弟子にして良かった」


 ナナ殿、こっそり呟いたその言葉。聞こえていますからな。まぁ、黙っておいてあげましょう。


「ハルカ、一息付いたら、昼飯を頼むよ」


「はい、ナナさん」


 本当に仲の良い師弟でいらっしゃる。羨ましい限りですな。







 ハルカside


「さて、お昼ご飯だけど。どうしよう? 食材が全然足りないし……」


 エスプレッソさんの淹れてくれた紅茶を飲んで一息付いた、僕達。遅めのお昼ご飯を作ろうと思うんだけど、とにかく、人数に対して食材の量が足りない。模擬戦をやったナナさん達に、竜胆(リンドウ)さんと戦った僕とミルフィーユさん。どちらもお腹が空いている。つくづくお弁当を取られたのが痛い。食材を作る魔法なんて使えないしなぁ。かといって、これ以上遅くなったら、ナナさん達がうるさい。僕も早く食べたいし。でも無い袖は振れない。いっそのこと、家に帰って食材を取ってこようかとナナさんに言ったら、それは何か負けたみたいで嫌だと却下された。どうしたものかと困っていると……。


「さっきから、何をしているのですか? さっさと昼食を作ったらどうですか……と言いたい所ですが、この状況では仕方ないですね」


 声をかけてきたのは竜胆(リンドウ)さん。いや、僕が困っているそもそもの原因は貴女ですからね。でも、そこへ思わぬ救いの手。


「私から少々、食材を提供しましょう。先日。ここに来る前ですが、師匠が大物狩りをしましてね。私にも分け前をくださいました。ただ、あまりにも大きくて、私1人ではいつ食べきれるかわからないので」


「えっと……それはお肉と考えて良いんですか?」


「えぇ、そうですよ。とても大きな肉の塊です。それでも師匠が手に入れた分と比べたら、小さいですが。もちろん、味は保証します。私としてはシンプルに塩胡椒で味付けしての串焼きをオススメします」


 なんと、お肉を提供してくれるとの申し出。お肉大好きなナナさんが喜びそうだな。でもね……。


「申し出はありがたいんですけど、ちゃんと食べられるお肉ですよね?」


 某ラノベの邪神みたいに、得体の知れない食材を出されるのは嫌だし。


「それならご心配なく。龍の肉です。正確には尻尾の肉ですが。定期的に師匠が引きちぎってくるんです。今ではその龍、師匠の顔を見るだけで逃げていますが。もっとも、毎回捕まっては、尻尾を引きちぎられますがね」


「……そうなんですか」


 どうにもリアクションに困るな。定期的に龍の尻尾を引きちぎる師匠って。でも、龍の肉なら僕も歓迎。以前、ナナさんに龍肉専門のステーキ店に連れて行ってもらった事が有って、食べたけど、とても美味しかった。ナナさん曰く、大変な高級肉だから、味わって食べろと言われたなぁ。などと考えていると、竜胆(リンドウ)さんは大きな肉の塊を出してきた。本当に大きい。両腕でやっと抱える程のサイズだ。


「貴女はさっさと火を起こしなさい。私は肉を切りますから」


「分かりました。じゃ、お肉はお願いします。僕は火起こしと、他の準備をしますから」


 とりあえず、お肉は竜胆(リンドウ)さんに任せ、僕は火を起こしに。その辺から集めた廃材にナナさんからもらったオイルライターで火を着ける。そして、廃材で組んだ支えに棒を渡し、水の入ったお鍋を引っかけ、お湯を沸かす。アルファ化米が有るからね。今日のお昼ご飯は、ご飯と龍肉のバーベキュー。これなら、ナナさんも文句は言わないかな?







「美味いね。こりゃ、良い龍肉だよ。ビールが無いのが惜しいね」


 こんがりと焼き上がったバーベキューを頬張りながら、話すナナさん。実際、とても美味しい。以前食べたステーキより、美味しい。


「全くナナの言う通りだな。これでビールが有れば、言う事無しなのだが」


「まぁ、お肉が食べられるだけでも良いじゃない」


 しゃべりながらも、バーベキューを焼き上がったそばから次々と取るナナさん達。負けじと僕達もバーベキューを取る。


「しかし、龍肉など久しぶりに口にしましたわね。貴族といえども、そうそう食べられないのですが……」


「私としては、これ程の大きな肉でありながら、その実、ほんの一部に過ぎない事に驚きを禁じ得ません。元の龍のサイズたるや、どれ程のものか。ましてや、その龍から度々、尻尾を引きちぎるという、彼女の師匠が何者なのか、実に気になりますな」


 ミルフィーユさん、エスプレッソさんも龍肉のバーベキューを頬張り、舌鼓を打つ。ただ、エスプレッソさんは、龍の尻尾を引きちぎるという、竜胆(リンドウ)さんの師匠の事が気になるみたい。事実、エスプレッソさんの言う通り、バーベキューにしたお肉のサイズから、元の龍のサイズは相当大きいはず。そんな大きな龍の尻尾を度々引きちぎり、今では顔を見るだけで逃げられる程、龍から恐れられる師匠って、本当に何者なんだろう?


 などと考えていると、ナナさんが竜胆(リンドウ)さんに話しかけた。


「私は回りくどいのは嫌いだから、率直に聞くよ。あんた、一体何者だい? それ以上に気になるのは、あんたの師匠とやらだ。こんなデカい龍肉を取ってくる様な奴、私でもそうは知らない」


 正に直球勝負。ズバリ聞くナナさん。だからといって、竜胆(リンドウ)さんが正直に答えるはずも無く。


「悪いですが、それらに関しては一切秘密です。知りたくば、自力でどうぞ。ただし、その場合、貴女の可愛い弟子の命の保証は無いですよ」


 怖い事を言ってきた。対するナナさん、怒るでもなく、バーベキューを頬張る。


「フン、可愛い顔して、可愛くない性格してるね。ま、私としては、あんたや、あんたの師匠の正体を暴くより、ハルカの方が大事だからね。ここは引き下がるさ」


 竜胆(リンドウ)さんや、師匠の正体を暴くより、僕の事を優先してくれた。ナナさん、僕の事を大事に思ってくれているんだな。そう思っていたら、サラリと爆弾投下。


「その代わりと言っちゃなんだけど、ハルカとミルフィーユに稽古を付けてやってくれないかい? 代金は支払うよ。こいつらは、もっと経験を積ませないといけない。かといって、同じ奴ばかり相手にしてもマンネリになるからね。その点、あんたはうってつけさ。どうだい?」


 ナナさんのその言葉に、竜胆(リンドウ)さんはお肉をムシャムシャと咀嚼し、ミネラルウォーターで流し込み、口を開く。


「そうですね。だったらこうしましょう。私自身、修行中の身。ですので、私が彼女達に稽古を付けてあげる代わりに、貴女方に私の修行の相手をお願いします。私としても、未知の相手との戦いは学ぶ所が多いので。それでどうです?」


 ナナさんの申し出に対する、竜胆(リンドウ)さんの要求は、彼女の修行相手としてナナさん達を指名する事だった。凄い事言ったよ、この人。その発言にナナさんは楽しそうに笑う。


「良いだろう。私はその話、乗ったよ。あんた達はどうする?」


 竜胆(リンドウ)さんの要求を飲んだナナさん。他の人達にも話題を振る。


「面白いな。我もその話に乗ろう。ハルカ達以外で、これ程の若き実力者は久しぶりだからな」


「アタシも乗った。竜胆(リンドウ)ちゃんには、興味有るからね」


「私も乗りましょう。新鮮な体験が出来そうなので」


 うわ、他の人達もその話に乗っちゃったよ。この事には僕だけじゃなく、ミルフィーユさんもびっくり。


「……凄い方ですわね。ナナ様だけでも非常に厳しいですのに、クローネ様、ファム様、エスプレッソまで加わるとは」


 僕もミルフィーユさんも、ナナさん達の実力は良く知っているからね。だからこそ、竜胆(リンドウ)さんの発言には、驚くやら、唖然とするやら。


「おや、他の方々も加わってくださるとは。これは嬉しい限り。そうですね。昼食を終えて一息付いたら、始めましょう。これで良いですか?」


「あぁ、それで構わないよ。コラ! ハルカ、ミルフィーユ! 何、他人事みたいな顔してるんだい! あんた達もこいつに稽古を付けてもらうんだからね!」


 竜胆(リンドウ)さんとナナさん達との交渉は無事に纏まったけど、それは同時に、僕達が竜胆(リンドウ)さんと戦うという事でもあり……。


「安心なさい。手加減はしてあげますから。まぁ、ケガをしたなら、それはその時という事で」


 やっぱり怖い、竜胆(リンドウ)さん。いくら修行の為といっても、この人とまた戦うのは嫌だなぁ……。でも、ナナさんは泣き言なんか聞いてくれないし。やるしかないか!




読者の皆さん、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第94話をお届けします。


一騒動有りましたが、竜胆(リンドウ)と共に食料調達に向かったハルカ達。ショッピングモールの廃墟に来ましたが、そこで『違和感』を感じる事に。ハルカ曰く、『有るはずの物が無い』。


一方、留守番のエスプレッソ達も、同様に『不自然さ』を感じていました。ファムは『綺麗過ぎる』と語り、クローネは、『静か過ぎる』、『何も聞こえない』と。


一体、何が無いのか? そしてクローネは何が聞こえないというのか?


食料調達をしたものの、量が足りなくて困っていたハルカ。そこへ救いの手を差し伸べたのは竜胆(リンドウ)。彼女の師匠の狩りの獲物である龍肉を分けてくれました。


そこで語られる、竜胆(リンドウ)の師匠の無茶苦茶な強さ。巨大な龍の尻尾を定期的に引きちぎり、今では顔を見るだけで逃げられる程、恐れられていると。しかも、毎回捕まえては引きちぎっていく。とりあえず、その龍は御愁傷様。


遅めのお昼ご飯は、龍肉バーベキューとなり、肉好きのナナさんも大いに満足。そしてナナさんは竜胆(リンドウ)に交渉。彼女にハルカ達の指導を依頼。これに対し、竜胆(リンドウ)は自分の修行相手としてナナさん達を指名。やはり強者です。


こうして、やっと修行が始まります。しかし、この世界、単なる滅びた世界では無い模様。何か不穏な気配が有ります。


では、また次回。


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