第93話 底知れない実力者、竹御門 竜胆
「いや、楽しいね! こうしてあんたと刃を交えるのは、久しぶりだね、クローネ!」
「そうだな! お前と最後に戦ったのは、いつ以来か! 以前より技が磨かれているな! ハルカのおかげか!」
「ふん! 私にも師匠としての面子が有るんでね!」
「全く、羨ましい奴だ! 我もあの様な弟子が欲しいものだ!」
会話を交わしながらも、お互いに手は止めない。というか、その場に留まっていない。廃墟の中を縦横無尽に高速移動しながら、私はクローネと激しい攻防を繰り広げていた。激突、粉砕、切断。お互いの攻撃が、廃墟を破壊していく。やっぱり、ここを選んで良かった。ウチのトレーニングルームじゃ、こうはいかない。向こうでも、エスプレッソとファムが対決中。盛り上がっているね。
「ぬぅン!」
「シッ!」
ギィン!
黒い籠手を纏ったクローネの剛拳と、私のアメジストの様な紫の刃のナイフがぶつかり合う。黒い瘴気と紫電、両者がせめぎ合う。その余波で辺りが吹き飛ぶ。結果、私達も吹き飛ばされるが、それぐらい慣れたものだ。即座に体勢を立て直す。そして、廃墟を飛び出す。だが、この時の私達は大きな失態を犯していた。久しぶりの戦いに熱中するあまり、ハルカ達の事を疎かにしていた事だ。
更にその後も、戦いは続く。元々、私もクローネも接近戦を主体とする。ナイフと剛拳の応酬がひたすら繰り広げられる。さすがに、お互いぼろぼろだ。
「そろそろ、終わらせるよ。腹が減ったし、ハルカの作ってくれた弁当が食べたいからね。もちろん、私の勝ちで終わらせるよ」
「ほう、ハルカの手作り弁当か。それは良いな。我もご相伴に預かるとしよう。ただし、勝つのは我だがな」
久しぶりの楽しい戦い。しかし、いつまでも続ける訳にはいかない。きっちり決着を付けないとね。しかし、お互いに勝ちを譲る気は無い私達。
「せっかく新しい武器を手に入れたんだ。全開とまではいかないが、ある程度は解放しようじゃないか。それで決着を付けよう」
「良いだろう。立っていた方が勝ちだ」
次の一撃で終わらせる。お互いに自分の武器の力をある程度ではあるが解放。私のナイフの刃が紫電を放ち、クローネの籠手が黒い瘴気を纏う。
「「終わりだ!!」」
異口同音に叫び、決着を付けるべく一撃を繰り出す。そして……。
「……痛たた……クローネ、あんたやり過ぎだよ……」
「……その言葉、そっくり返すぞナナ……」
私とクローネ。お互いに決着を付けるべく繰り出した一撃。全力ではなかったにもかかわらず、私達を中心に辺り一帯を吹き飛ばし、デカいクレーターを作り上げた。そして、そんな状況では私達もただでは済まず、2人共、吹き飛ばされ、いくつもの廃墟をぶち抜き、地面に叩き付けられた。とてもじゃないが、私もクローネも立てない。手足が変な方向に曲がっているし。あ、骨が肉を突き破って飛び出してやがる。そりゃ、痛いわ。
「……今回は両者、痛み分けだね」
「……あぁ、文字通りな」
結局、今回は痛み分け。立っていた方が勝ちだけど、どちらも立てないからね。とりあえず、さっさと身体を治さないと。こりゃ、内臓までいってるね。普通の人間なら、とっくに死んでるよ。ハルカにバレたら怒られるね。そんな事を思いつつ、ぼろぼろの身体を治癒魔法で修復。じきに元通りに。クローネの方も治療が終わったみたいだね。
「よっこらせっと。ふぅ、久しぶりに暴れたね。でもまぁ、スッキリしたよ」
「同感だな。全力ではないにしろ、久しぶりに楽しめた。ふむ、どうやら、あちらも終わったらしい」
クローネの言う通り、向こうから、エスプレッソとファムがやってきた。これまた2人共、ぼろぼろの格好だ。私達に負けず劣らず、派手にやったみたいだね。
「ふん、ずいぶんな格好じゃないかエスプレッソ」
「それはお互い様でしょう、ナナ殿」
相変わらず口の減らない奴だね。まぁ、それは私も同じか。
「ナナちゃん、そろそろハルカちゃんと連絡を取ったら? アタシ、早くお弁当が食べたいんだけど」
そこへ、ファムがハルカと連絡を取れと催促。そうだね、ハルカに模擬戦が終わったと伝えないと。さっさと合流して、ハルカのお手製弁当を食べるとしよう。ちゃんと人数分作ってきたそうだし。さっそく、私はハルカに念話を送る。
『ハルカ、聞こえるかい? 模擬戦が終わったよ。早く弁当を食べたいから、さっさと来な』
しかし、ハルカから返事が来ない。おかしい、普段なら、すぐに返事が来る。あの子が私の念話を無視するなど、通常あり得ない。ミルフィーユも一緒にいるはずなのに。……何か嫌な予感がする。
「どうなされました? ナナ殿」
私の様子を不審に思ったらしく、エスプレッソが尋ねてきた。
「おかしい、ハルカから返事が来ない。エスプレッソ、あんた、ミルフィーユに念話を送りな」
「それはおかしいですな。分かりました、直ちに」
さすがはエスプレッソ。話が早い。ごちゃごちゃ言わずにすぐ、ミルフィーユに念話を送る。
「……ダメです。こちらも返事が有りません。ナナ殿!」
私同様、返事が来ないと告げるエスプレッソ。どうやら、私と同じ結論に達したらしい。クローネ、ファムも事態を把握。ならば、やる事は決まっている。
「ファム! ハルカ達の居場所の探知を頼む! 急げ! 手遅れになってからじゃ、遅い!」
「分かった、すぐやる!」
まずはハルカ達の居場所を探す。その為に私達の中で随一の探知能力を持つファムに探らせる。しかし。
「やられた! 辺り一帯に結界が張られてる!」
驚いた事に、私達に気付かれる事なく、辺り一帯に結界が張られていた。そのせいで、探知が出来ない。これは、いよいよヤバい。明らかに私達以外の何者かがいる。そして、そいつがハルカ達を襲撃していたら……。ヤバい、ヤバいよこれは! 事は一刻を争う。
「ファム、結界に一番近い場所はどこだい?! 急いで破るよ!」
「えっと……あっち!」
ファムの指差した方に向かい、即座に転移。すぐに他の3人も追い付いてきた。確かにそこには結界が。すぐさま破ろうとするが、クローネに止められる。
「待てナナ! その結界に下手に触れるな! 危険だ!」
「邪魔するなクローネ! こんな結界ぐらい、すぐぶち破ってやる!」
「気持ちは分かるが落ち着け! この結界、単なる障壁ではない。これを見ろ」
クローネはそう言うと、足元からコンクリートの破片を拾い、結界に向かって投げる。そして破片は結界に触れた途端、朽ち果てて、崩れ去った。無機物であるにも関わらず。
「見ての通りだ。腐食の呪詛が込められた結界だ。それも恐ろしく強力な。タチが悪い事に、パッと見では単なる障壁系の結界にしか見えない上、下手に破れば、呪詛が辺り一帯に撒き散らされる。そうなれば、ハルカ達に危険が及びかねん」
「……悪かったよクローネ。どうすれば良い? 呪詛の類いはあんたの専門だろう?」
さすがは死霊術と呪術の専門家たるクローネ。私の気付かなかった結界の罠を見破った。私は自分の非を謝罪し、なおかつ、どうすれば良いか尋ねる。
「結界破りの基本に忠実に行くしかあるまい。術式を解読し、穴を開けよう。慎重に、なおかつ急いでだ。全く、爆弾処理よりキツいな。時間が無い、やるぞ!」
ぐずぐずしている暇は無い。4人がかりで、結界の術式解読を開始。急がないと。しかし、焦って失敗しては意味が無い。今すぐにでも結界をぶち破ってやりたいのを我慢しながら、作業を続ける。
「しかし、見れば見る程、良く出来た術式だね。結界の威力もさることながら、結界自体の認識阻害。破損した際の起爆術式。私達クラスだから良いけど、そんじょそこらの奴なら、とても太刀打ち出来ないね。全く、嫌らしいったら、ありゃしない」
「全く同感ですな、ナナ殿。何者の仕業か知りませんが、大したものです」
私の呟きにエスプレッソも相槌を打つ。どこの誰の仕業か知らないが、改めて、世界は広いと思う。全く、ハルカと出会って以来、邪神ツクヨを始め、次々と凄い奴らが現れる。退屈しないのは結構な事だが、限度が有るっての。だが、今は結界に穴を開けるのが最優先。急がないと。
それから30分程経ち、やっと結界に穴を開ける目処が立った。全く、手を焼かせやがって! おっといけない、冷静にならないと。失敗は許されない。何せ、結界に穴を開けるのは私の役目だからね。
「頼んだぞナナ。正確に結界の僅かな綻びを斬れ。良いか、正確にだぞ。少しでもズレたら、たちどころに結界が爆発するからな。斬ったら、すぐさま我が抉じ開けるから、先に行け」
「任せな。そんなヘマはしないさ。あんたの方こそ頼んだよ、クローネ。強力な呪詛の込められた結界を抉じ開けるなんぞ、呪術に精通した、あんたにしか頼めないんだからさ」
「無論だ」
四人の中でも、斬る事に一番長じている私がナイフで結界の僅かな綻びを斬り、そこを、呪術に精通しているクローネが抉じ開ける。そして、結界をくぐり抜け、ハルカ達を探すという事に。
正直、結構な時間が経ってしまった。ハルカ達は無事だろうか? 何せ、ハルカは真の魔王の身体を持つ転生者にして、悪名高い私の弟子。狙われる理由が有りすぎて困る程。だが、今は結界破りが最優先だ。私は私のやるべき事に集中する。あの女狐から手に入れた、アメジストの様な刃のナイフ、ジキタリスを抜く。毒々しいまでに濃い紫の刃が私の魔力に呼応し、紫電を放つ。それを更に収束、研ぎ澄まし、元々鋭いナイフの切れ味を更に飛躍的に上げる。
『静』の属性の魔力を持つハルカが得意とする、魔力の収束と鋭利化だが、そもそも教えたのは私。何せ、私の魔力も『静』の属性なんでね。未熟なハルカとは年季が違うよ!
紫の妖しい輝きを放つナイフ。狙うは、結界の僅かな綻び。その幅たるや、僅か、髪の毛一本分程度。
「……シッ!」
気合い一閃、一気に斬る。すると、空間に紫の細い筋が入る。そこへすかさず、クローネが両手を突っ込み、強引に抉じ開ける。
「行け!」
こちらを振り向きもせず叫ぶクローネ。私達も何も言わず、結界の裂け目を急いでくぐり抜ける。そしてすぐに探知を開始。ハルカ達はどこだ? どこにいる? 頼むから無事でいてくれ!
するとハルカ達の気配を見付けた。とりあえず、生きてはいる。しかし、もう1人知らない気配が。エスプレッソとファムも同じく気付いたらしい。
「ハルカちゃん達、生きてはいるよ。でも、近くに誰かいる」
「単純に考えれば、それが結界を張った相手でしょう。しかし、我々に気付かれる事無く、あれだけの高度な結界を張った上、生きているはずのハルカ嬢やミルフィーユお嬢様と連絡が取れない事を考慮するに、油断ならない相手なのは間違いないでしょう。しかも、自分の気配を隠しもしない。バカか、よほど自信が有るのか。まぁ、後者でしょうな」
「……とにかく、行くしかない。既にこちらは後手に回っている。何とか、ハルカ達を助けないと」
どうするべきか、3人で話し合っていると、向こうから何か飛んできて、近くの瓦礫に突き刺さった。見れば、それは鉄パイプで、手紙が括りつけられていた。一瞬迷ったが、手紙を取り、開いてみた。それには場所が書かれており、そこにて待つとの事。それだけならともかく、手紙には、ハルカとミルフィーユのショーツまで同封されていた。
「……随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか。もはや小細工は無しだ。既に相手はこちらを捕捉している。さっさと行くよ! いつまでもハルカをノーパンでいさせる訳にはいかないからね!」
「確かに。下着を着けていないなど、淑女にあるまじき事態。急ぎましょうナナ殿」
「わざわざ、下着を送り付けてくる辺り、性格悪いよね。……同時にハルカちゃん達が下着を取られる様な状況に置かれているという事でもあるけどね」
「……まぁね」
ファムの言う通り、ハルカ達は何らかの形で、抵抗出来ない状況なんだろう。でなけりゃ、ショーツを取られるなんて有り得ない。とにかく、急がないと。私達は大急ぎで、ハルカ達の気配のする方へと向かった。無事である事を願いながら。
「いた! あそこだ!」
廃墟の都市を駆け抜け、たどり着いた先。そこは、かつては公園だったであろう場所。噴水らしき残骸に腰掛け、弁当を食べている小娘と、その目の前に敷かれたマットの上に縛られて転がされているハルカとミルフィーユを見付けた。とりあえず、一旦隠れる。あまり、意味無いだろうけどね。向こうは既にこちらの位置を把握しているんだ、どうせバレてる。
「どうなされます? ナナ殿」
「知らない子が隠れもしないで堂々とお弁当を食べていたけど。後、ハルカちゃん達を目の前に転がしていたけど、殺さない辺り、やっぱり人質だろうね」
どうするべきか話し合う。ハルカ達を助けたいのは山々だが、わざわざ、自分の目の前に転がしてやがるからね。引き離せれば良いけど……。そこへ、また鉄パイプが飛んできた。手紙付きで。
「えっと、当方はそちらに対し、戦意は無い。さっさとお荷物2人を引き取って欲しい。……ムカつくね、この書き方。しかし、行くしかないか。人質を取られている以上、こちらが下手に出るしかない」
「やむを得ませんな。ただ、向こうも人質の扱いは良く分かっている様で」
「そうだね。ハルカちゃん達を地面じゃなく、ちゃんとマットの上に転がしている辺りがね。人質は無傷だからこそ、値打ちが有る。バカは、その辺が分からなくて、すぐ傷物にしたり殺したりするけど」
ファムの言う通り。人質は無事だからこそ、相手に対し、下手な真似をしたら人質を傷付けるぞとか、殺すぞ、と圧力を掛けられる。もし、これが本当に人質を殺してしまい、しかもそれがバレたら、相手はそれこそ、何をしてくるか分からない。人質が死んだなら、もはや遠慮はいらないし。で、今回の奴はハルカ達を無傷で転がしておく事で、私達の動きを抑えている。
「まぁ、ごちゃごちゃ言っても仕方ない。行くよ。ただし、油断はするんじゃないよ。ハルカとミルフィーユが捕まった程の奴だからね」
「言われずとも」
「アタシ達まで捕まったら、話にならないし」
打ち合わせは終了。私達は立ち上がる。気配を探ると、相変わらず、さっきの公園跡地から動いていない。ならば、行くとしよう。小細工は無しだ、正面から行ってやろうじゃないか。
「待たせたね」
「別に構いません。急いでいる訳でもありませんから。とりあえず、初めまして。私の名は竹御門 竜胆。以後、お見知りおきを」
「そりゃ、どうも。さて、名乗られた以上、こちらも名乗らない訳にはいかないね。私はナナ・ネームレス。そこで縛られている銀髪メイドの保護者にして、師匠さ」
到着した公園跡地。さっきと変わらず、知らない小娘が噴水の残骸に腰掛けていたので、こちらから話しかけた。すると名乗ってきたので、こちらも名乗り返す。本心はどうだか知らないが、少なくとも、向こうは戦意は無いと伝えてきた。こちらとしても、ハルカ達を無事、奪還するのが最優先事項。ならば、穏便に済ませるに越した事は無い。
「手紙は読んだよ。こちらとやり合う気は無いそうだね。だったら、そこの2人を返してくれないかい? 未熟者だけど、それでも私の弟子と、その親友なんでね」
「えぇ、構いません。戦利品は頂きましたし、さっさと引き取ってください。……私は他人の性的嗜好に口出しする気はありませんが、同性愛はどうかと思います。私はですが」
「は?!」
穏便に済ませようと交渉したところ、あっさり了承された。しかし、どうにも聞き捨てならないセリフが。
「さっきから、随分盛り上がっていますから、2人共」
冷めた目でハルカ達を見ている、竜胆という小娘。どういう意味かは、すぐ分かった。ハルカもミルフィーユも、縛られた状態で、顔を上気させて、何やらもぞもぞ動いている。そして、甘ったるい声を上げている。……まさか!
私は慌ててハルカに駆け寄り、抱き上げ、顔を覗き込む。すると、とろんとした焦点の合わない目に、口から涎を垂らした蕩けきった表情をして、うわごとの様に私の名を呼んでいる。更にもぞもぞ動いていると思ったら、内股を擦り合わせていた。挙げ句、スカートの股間の部分が、小便ではない別の液体でびしょ濡れ。……普段の清楚なハルカはどこにもいない。今のハルカはすっかり発情し、快楽に酔いしれていた。ミルフィーユも同様だ。こりゃ、返事をしない訳だ。しかし、まずいよこれは! 早く正気に戻さないと! 最悪、快楽に飲み込まれて戻れなくなり、廃人になる!
「師匠からの受け売りですが、他人を無力化するには快楽漬けが一番ですね。人間、苦痛は耐えられても、快楽には耐えられない。むしろ、求めますから」
このヤバい状況を作り上げた張本人は、冷静に解説をするが、こっちはそれどころじゃない。
「ハルカ、さっさと目を覚ましな! このバカ弟子!」
必死に呼びかけ、揺すり、幻惑破りの術を使うが全く、効果が無い。
「代わって! アタシがやる!」
私では無理と悟り、幻術の専門家たるファムが解除に挑むが、これまた効果無し。私達が手に負えないとは。これ程、強力な幻惑術は初めてだ。
「……あぁ……気持ち…良い……ナナさん……。そこぉ…もっとぉ……もっとぉ!……」
一体、何を見ているのか知らないが、涎を垂らし、股間をびしょ濡れにし、激しく乱れるハルカ。いよいよヤバい! 手遅れになる!
「ちょっと、竜胆とか言ったね! 頼むから、この子を正気に戻しとくれよ! 私の可愛い、たった1人の弟子なんだ! 失う訳にはいかない! ただとは言わないから!」
もはや、なりふり構っていられない。ハルカ達に幻惑術を掛けた張本人に解除してくれる様、頼む。どれ程対価を要求されるか分からないが、今はハルカを助けるのが最優先。すると、竜胆は、やれやれといった様子で立ち上がる。
「……羨ましいですね。そんなに師匠から愛されているとは。ウチの師匠とは大違い。まぁ、良いでしょう。別段、彼女達に恨みは有りませんし、美味しいお弁当も頂きましたしね。じゃ、さっさと正気に戻しましょう。とりあえず、2人のお尻をこちらに向けてください」
「……分かった。でも、頼むから、ちゃんと正気に戻しとくれよ」
ハルカ達のお尻をこちらに向けろと言われ、少々迷ったが、言う通りにする。当のハルカ達は相変わらず、発情中で、快楽に身をよじらせている。早くしてくれ。このままじゃ、ハルカの精神が壊れる。
そんな私の気持ちなど、気にも止めず、竜胆が空中から取り出したのは、お笑いのツッコミ名物、ハリセン。それを右手に持ち、大きく振りかぶり……。
スパーン!! スパーン!!
聞くからに痛そうな音が二連発。ハルカとミルフィーユのお尻をハリセンで派手にひっぱたいた。
「うわ〜、痛そう」
「実に見事な叩き方でしたな」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ! ハルカ!」
私は慌ててハルカの元に駆け寄り、ハルカに呼びかけた。
「痛い〜〜!! ……あれ…? ここは? 僕、ナナさんとベッドにいたんじゃ……って、ナナさ、うわっ!」
ハルカはまだ多少、ぼんやりしているものの、確かに正気に戻っていた。思わず抱き締める。ハルカがびっくりして目を白黒させているが、無視。全く、この未熟者のバカ弟子は心配掛けさせやがって! 見れば、ミルフィーユの方も正気に戻っていた。良かった。
「このバカ弟子! まんまと幻惑されやがって! とりあえず、携帯用個室に行って、シャワーを浴びてきな。酷い格好だからさ、あんた」
「えっ? ……あっ?!」
私に言われて、やっと今の自分の状況が分かったらしいハルカ。何せ、涎やら、その他の液体やらで、色々とびしょ濡れだからね。色々な液体でびしょ濡れの銀髪美少女。その手のマニアにはたまらないだろうね。正直、私も興奮したし。まぁ、この状況下だし自重するけどさ。
で、ハルカはというと、あまりにも恥ずかしかったのか、大急ぎで脇目も振らず、空中に出てきた携帯用個室のドアを開けて飛び込んでいった。向こうでも同じく、ミルフィーユが携帯用個室のドアを開けて飛び込んでいったよ。まぁ、シャワーを浴びて着替えてくるまで待つとしようか。後、ハルカに対するフォローも考えておかないとね。だが、今はそれよりやる事が有るね。
「竜胆。ハルカ達を正気に戻してくれた事には礼を言うよ」
「それはどうも」
ハルカ達を正気に戻してくれた事に対して礼を言ったが、実に素っ気ない。可愛くないね。
「しかし、あの2人を相手にして勝つとはね。大したもんだよ。あんたを育てた師匠とやらもね。さぞかし腕の立つ奴と見たよ」
まぁ、それはともかく、探りを入れてみる。何せ、私達に悟られる事無く強力な結界を張り、更にはハルカ達を相手に、甘美な幻惑術に嵌めた奴だからね。
「いえいえ、彼女達も大した腕前でしたよ。正直、二人がかりとはいえ、私が幻惑術を使うはめになるとは思いませんでしたし。大抵の相手なら、使うまでもなくケリが付きますから。貴女は実に良い師匠ですね。……でも、私の師匠については教えませんよ」
ちっ、本当に可愛くないね。そう簡単には自分の情報は出さないか。頭の切れる娘だ。何より実戦慣れしてるね。銃剣付きのライフルから手を離さず、いつでも攻撃に移せる体勢でいやがる。
「しかし随分、派手にやったみたいだね。もっぱら、ウチの未熟者2人の仕業らしいけどさ」
現状、探りを入れても無駄だと判断。話題を変えてみた。実際、随分な状況だし。辺り一面、凍っていたり、焼けていたり、切断されていたりと、まぁ、見事に滅茶苦茶になっている。全く、恐ろしい娘だね、竹御門 竜胆。あの2人は、決して無闇矢鱈に魔法を使いはしない。にも関わらず、この有り様。それだけハルカとミルフィーユが、この竜胆1人に追い詰められたという証。
更に恐ろしいのは、その他の魔力、竜胆の魔力の反応が僅かな事。つまり、竜胆は魔法を交えて攻撃してきたハルカとミルフィーユに対し、ほとんど魔力を使わず戦ったという事だ。並大抵の奴に出来る芸当じゃない。本人曰く、魔力を使ったのは幻惑術だけらしいし。しかも、幻術のエキスパートたる、ファムにも解けない程、強力な奴を使うときたもんだ。先の結界にしろ、どえらい奴に出会ったね。
などと考えていると、空中にドアが現れ、ハルカが出てきた。携帯用個室で、シャワーと着替えを済ませた様だね。続いて別のドアが現れ、ミルフィーユも出てきた。これで全員……あ、クローネの事を忘れてた。
「ちょっと、竜胆。あんたの張った結界だけど、そろそろ解除してくれないかい? 連れが1人、残っているんだ」
結界破りの際、私達を行かせる為に残ったクローネ。あいつ昼飯も食わずに頑張ってくれたからね。早いとこ合流しないと。
「分かりました。もはや、結界を張る意味も有りませんし。解除しましょう」
竜胆は事も無げにそう言い、しばらくするとクローネが到着。ハルカ達が無事なのを見て、一安心といった顔を見せる。そして竜胆に対し、少なからず警戒をするが、私が宥め、事情を一通り説明。
「なるほど。話は分かった。だがな、我は一言、言いたい。竜胆と言ったな。お前は一体、『誰の弁当を食べていた』のだ?」
怒り心頭のクローネ。ただでさえ模擬戦で暴れた上、結界破りでも、かなりの力を使ったんだ。腹ペコにちがいない。そんなクローネにとって、ハルカの弁当は一番の楽しみ。私もハルカの事に気を取られていたが、そういえば、ハルカの弁当はどこに行った? というか、やけに見覚えの有る、空になった重箱が有るね。
「お弁当なら、私が残さず全部頂きました。大変、美味しゅうございました。師匠がいなくて何よりでしたね。間違いなく横取りされますから。師匠、ザマァ」
悪びれもせず、サラッと爆弾発言をかます竜胆。やっぱり、あれ、ハルカの弁当だったのか! なんて事しやがるこの小娘!
「私は勝者ですからね。敗者から戦利品を奪うのは当然の権利。私は何か間違っていますか? 殺さなかっただけでも、ありがたいと思ってください」
ハルカの弁当を奪って食べた事に怒ろうとしたが、正論で先手を打たれてしまった。悔しいが、反論出来ない。確かに、こいつの言う通り、勝者は敗者から奪うのが戦いというもの。今回の場合、ハルカ達が殺されてもおかしくなかった。幻惑術による快楽に酔いしれ、全くの無防備だった訳だし。弁当を取られただけで済んだのは、不幸中の幸いと言える。でも、やっぱり腹が立つ。ましてや、私達の一番の楽しみのハルカの弁当を全部食べやがって! しかし、6人分の弁当を1人で食べるか、普通? こいつ、どういう胃袋してるんだか?
「あの……ナナさん。結局、お昼はどうするんですか? お弁当全部、取られたみたいですし……。取られた僕が悪いんですけど……」
そこへ申し訳なさそうに、話すハルカ。この子なりに責任を感じているらしい。……仕方ないね。
「今さら、どうこう言っても仕方ないさ。どのみち、数日滞在する予定だしね。食料は現地調達するよ。今までだって、そうしてきただろ? 見た感じ、この世界は割りと最近、滅びたらしい。だったら、食料も多少は有るだろう。最悪、無かったとしても、私特製のパック入りゼリーが有るからさ。という事だから、ハルカ、ミルフィーユと一緒に何か食料を探してきな」
ハルカは責任感の強い子だからね。こういう場合は何か仕事をやらせるのが良い。放っておくと落ち込むから。1人では心配なので、ミルフィーユも一緒に行かせる。そこへ、思わぬ申し出が。
「私も一緒に行きましょう。幸い、近くに大型デパートの廃墟が有りましてね。そこの倉庫にはまだ、多少の食料が残っています。貴女方もお腹が空いているでしょう? だったら、無闇に探すより、私が案内した方が効率的」
可愛くない小娘、竜胆が案内役を買って出た。まぁ、確かに、私達は腹が減っているし、早く昼飯を食べたい。それに無闇に探すより、案内役がいた方が効率的なのも確か。でもね……。案の定、ハルカとミルフィーユは嫌そうな顔。こいつに2人がかりで負けた上、幻惑術を掛けられて、恥態を晒してしまったしね。私でも、同じ立場なら嫌だ。
「なら、私も一緒に行くよ。ハルカ、ミルフィーユ、それなら文句無いだろ? クローネ、ファム、エスプレッソ、留守番を頼むよ」
だったらという事で、私も同行する事に。私も一緒と聞いて、ハルカ達も一安心。
「随分、過保護な師匠ですね。全く、ウチの師匠も、もう少し私に優しくしてくれてもバチは当たらないと思うんですが……」
対する竜胆は何やらブツブツ言っている。こいつの師匠とやらが、どんな奴かは知らないが、ろくな奴じゃなさそうだね。
「まぁ、良いでしょう。では行きますよ。付いてきてください」
言うか早いか、さっさと行ってしまう竜胆。
「あっ、待ってください!」
「自分勝手な人ですわね!」
慌ててその後を追いかけるハルカとミルフィーユ。やれやれ、まだまだ未熟者だね。さて、私も行くか。
あの小娘、竹御門 竜胆を信用した訳じゃないからね。
先頭を行く竜胆と、その後を追いかけるハルカとミルフィーユ。廃墟の街を走る小娘3人。それに続く私だった。
読者の皆さん、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第93話をお届けします。
今回はナナさん視点。久しぶりに暴れていましたが、そのせいで、ハルカ達の異変に気付くのが遅れてしまいました。しかし、別段、ナナさん達が鈍いのではなく、それだけ竜胆の実力が高いという事。
そして、ハルカ達ですが、竜胆相手に頑張りましたが、最後は幻惑術に嵌まり、甘美な快楽世界に囚われてしまいました。作中で竜胆も語った様に、人間、苦痛は我慢出来ても、快楽には抗えない。まぁ、結果としては、ハルカ達は正気に戻りましたが、恐ろしい相手です。そして、黒歴史確定。恥態をナナさん達に見られてしまいましたし。ナナさん達、フォロー頑張れ。
幸い、ハルカ達は殺されなかったものの、代わりにお弁当を全部、竜胆に食べられてしまいました。本人曰く、戦利品。確かに負けた以上、ハルカ達に文句は言えない。殺されなかっただけでも、ありがたい事ですし。仕方ないので、食料を現地調達する羽目になりましたが、そこへ、案内役を買って出た竜胆。確かに無闇に探すより効率的ですが、そこはナナさん。はい、そうですかと信用はしない。自分も同行する事に。
では、また次回。