第91話 危険な取引。冥府魔道の商人にご用心
『気持ち悪い』
それが僕の抱いた第一印象。今まで出会ったどんな人とも違う、得体の知れない不気味さ。まるで本質が見えない。確か、こんな女子大生が出てくるラノベが有ったな。主人公がその女子大生を苦手にしていたけど、この狐耳の女性と比べれば遥かに生ぬるい。この人は正に、正体不明の化け物だ。
突然、室内に現れた巨大スイカ。それが上下二つに分かれ、中から狐耳を生やした若い女性が登場。あまりにも無茶苦茶な展開に、僕を始め、皆が唖然とする中、彼女は名乗った。
『よろず屋 遊羅』と。
あからさまな作り笑いを浮かべながら。
「よいしょっと」
掛け声と共に、巨大スイカから降りてきた、狐耳の女性、遊羅さん。直後に巨大スイカは消え、彼女はぐるりとその場にいる面々を見渡す。
「これはこれは、そうそうたる面子が揃っておられますねぇ。いや、実に結構な事です。これは良い商売が出来そうで私、楽しみで仕方ないですよ」
ヘラヘラと笑ってはいるけど、相変わらず、本心は読めない。そこへ、話を切り出すナナさん。
「ふん。あんたが、よろず屋 遊羅かい。私はこの屋敷の主、ナナ・ネームレスという者さ」
とりあえず、名乗るナナさん。
「おやおや、これはご丁寧に。改めて紹介させていただきますね。私は遊羅。数多の世界を股に掛ける、商売人のはしくれ。どうぞ、お見知り置きを。あ、これ名刺です」
ナナさんの高飛車な名乗りにも嫌な顔一つせず、丁寧に応対する遊羅さん。懐から、名刺を取り出しナナさんに渡す。
「あ、皆様も。これ名刺です。どうぞよろしくお願いいたします」
ヘラヘラ笑いながら、ペコペコ頭を下げながら、遊羅さんは他の人達にも名刺を渡していく。そして、僕の前にやってきた。で、他の人達と同様に名刺を渡してくる。でも、それだけでは済まなかった。
「ほう、これはこれは……」
とても興味深そうに、僕の顔をやけにじろじろ見てくる。……正直、不愉快なんですけど。少々、怖いけど、思い切って聞いてみるか。
「あの、僕が何か?」
「おっと、これは失礼。とても綺麗なお嬢さんだと思いましてね。特にその瞳。実に美しい。私は商売柄、宝石の類いも取り扱っていますが、貴女のその青い瞳は宝石も顔負けですよ」
僕の事、特に瞳をとても綺麗だと褒めてくれた。でも、それだけでは済まさない人だった。
「出来る事なら、『両目を抉り取りたい程にね』。これ程美しく、格の高い魔眼は滅多に無いですからね。さぞかし高く売れ…」
そこまで言った所で、突然離れる遊羅さん。その理由はすぐに分かった。魔水晶のナイフ、食事用のフォーク、瘴気を纏った拳、手術用のメス、それらが一斉に襲い掛かってきたから。
つまりはナナさん、エスプレッソさん、クローネさん、ファムさんが攻撃してきたんだ。
「悪ふざけも大概にしな、女狐。その子に手出ししてみろ、殺す程度じゃ済まさないよ。大体、あんた商売しに来たんだろうが。さっさと始めな!」
怒り心頭のナナさん。未だにナイフを構えたまま、言い放つ。エスプレッソさん達も同じく、構えを崩していない。
「怖い怖い。ほんの冗談ですよ。とりあえず、座りませんか? 商談はそれからです。ほら、皆さん、物騒な物はしまって、しまって」
そう言うなり、さっさとソファーに座る彼女。ナナさん達も渋々ながら、武器をしまい、それぞれソファーに座る。
「あ、お嬢さん、お茶と茶菓子はまだですか?」
ソファーに座って早々、お茶と茶菓子の催促。
「飲み物は何にしますか? 緑茶と紅茶とコーヒーが有りますけど」
「そうですか、では緑茶で。良い茶葉を使ってくださいねぇ」
何を飲むか確認を取ってキッチンへ。あの人の本質はまだ掴めないけど、とにかく図々しい人、そして恐ろしい人だと思った。さっきの僕の両目を抉り取りたい発言。あれは冗談なんかじゃなかった。ナナさん達がいなかったら、本当に両目を抉られていただろう。
キッチンで遊羅さん用の緑茶。その他の人達の分の紅茶を淹れようとしていたら、突然、背後から声。
「ほほう、実に手慣れた手つき。若いのに良く出来たメイドでいらっしゃる。感心感心」
いつの間にいたのか遊羅さん。背後から僕の仕事を覗き込んでいた。この人、リビングにいたはずなのに。全く分からなかった。そんな僕の心中などお構い無しに彼女は話しかけてくる。
「むむ、実に良い茶葉ですね。器もこれまた逸品。さすがは名高い魔女の屋敷。一級品揃いでいらっしゃる」
「それはどうも。それより、何しに来たんですか? 用が無いなら、リビングに戻ってください」
正直、この人、鬱陶しい。あからさまな作り笑いがとにかく不愉快。でも、こんな人であろうとお客様であり、神器、魔器を手に入れる為の数少ない当て。怒らせてはいけない。とはいえ、つい冷たい態度になってしまう。もっとも当の本人はさして気にした風もなく、大人しく引き下がる。
「はいはい、お邪魔虫は退散しますよ。ではまた後ほど」
再びリビングへと帰っていく彼女を見送りながら、全員分のお茶と茶菓子を用意。それらをお盆に乗せて僕もリビングへと向かった。もうすぐ、遊羅さんとの交渉が始まる。担当するのはナナさん。上手くいくと良いけど……。
「皆さんお待たせしました。お茶と茶菓子です」
集まっているみんなにそう告げて、それぞれにお茶と茶菓子を配る。それが済んだら僕も席に付く。微妙な緊張感に包まれ、誰も紅茶に手を付けない中、ただ一人、緑茶を啜る狐耳の女性。そう、遊羅さんだ。
僕は改めて、彼女を観察してみる。見た目は20代半ばから、やや後半かな。頭は灰色のセミロングの髪。そして灰色の狐耳。お尻からはふさふさの狐の尻尾が生えている。その細く切れ長で吊り気味の目には金色の瞳。それらも相まって、正に狐。妖しい知的な雰囲気を漂わせる、綺麗な人だ。
その妖しい知性を感じさせる外見とは裏腹に、服装はワイルド。ポケットのたくさん付いた迷彩柄のジャケットに同じく、迷彩柄のズボン。あちこちにナイフを差している。手には革手袋をはめ、足は頑丈そうなブーツ。あの、土足で他人の家に上がらないでください。
「うん、美味しいお茶ですねぇ。茶菓子のクッキーもなかなか」
そして、この緊張感の中、そんな物どこ吹く風と言わんばかりの態度。この人、本当に交渉する気が有るのかな? そう思っていたら、どうやらナナさんも同感だったらしい。
「……あんたさ、さっきから黙って見てりゃ、好き放題しやがって。さっさと商談を始めたらどうなんだい?! 大体、あんた本当に神器や魔器を取り扱っているのかい? 証拠を見せな!!」
あまりにもやる気の無い態度に怒り、更には神器、魔器を本当に取り扱っているのかと問い質す。
確かにそれは僕も同感。ミルフィーユさんが貰った短剣を見たから、この人が凄い職人なのは分かる。でも、神器、魔器を取り扱っているかどうかとは別問題。他の人達も遊羅さんに対して、疑惑の目を向ける。唯一、ミルフィーユさんだけは違うけど。
そんな中、口いっぱいに頬張ったクッキーを緑茶で流し込んだ遊羅さん。薄気味悪い笑みを浮かべる。
「ウフフフフ。いけませんねぇ、短気は。貴女はもう少し、立場をわきまえた方が良いですよ。でないと……」
ここで一旦言葉を区切る。
『死にますよ?』
ソファーに座っていたはずが、いつの間にかナナさんの後ろにいて、その首筋に短剣を突き付けていた。さっきと同じだ。全く分からなかった。これだけ人が集まっている中、しかも、伝説の魔女のナナさんの背後を取るなんて。恐ろしい人だ。
でも、これじゃ商談どころじゃない。雰囲気は最悪だ。ナナさんの首筋に短剣が突き付けられているせいで、みんな下手に動けない。並みの相手じゃないから。でも、その状況を打ち破る勇気有る人がいた。
「遊羅さん。ナナ様の非礼は本人に代わり、私がお詫びします。ですから、その短剣を納めてください。ナナ様も、事を荒立てないでください。私達は揉めている場合ではないのですから」
ミルフィーユさんだ。この中で唯一、遊羅さんと既に面識の有る彼女がその場を収めてくれた。
「これは一本取られましたねぇ。確かにおっしゃる通り。揉めている場合ではありませんね。私は商談をしに来たのですから」
「ふん、分かったよ……」
遊羅さんは相変わらずの作り笑いを浮かべながら、短剣をしまい、ナナさんも渋々ながら、怒りを収める。良かった、最悪の事態は避けられたよ。ありがとう、ミルフィーユさん。
そして、やっと商談が始まる。
「皆様、お待たせしました。では、これより商談を始めます。よろしいですか? 予算は十分ですか? 私は分割払いは嫌いです、代金を踏み倒そうとする方が多くて。支払いは一括でお願いします」
ソファーに座り、そう話を切り出した遊羅さん。向かいには、今回の交渉相手であるナナさん。僕を含む他の人達はナナさんの後ろに控える。彼女いわく、代金は一括払いとの事。そりゃ、貴重な品を扱う訳だし、代金を踏み倒されたらたまらないよね。
「ふん! ごちゃごちゃ、ご託を並べ立てるんじゃないよ。誰がそんなセコい真似をするか。代金ぐらい、この場で一括払いしてやるよ。ただし、ちゃんと商品を出せばだけどね。さっさと神器や魔器を見せな!」
対するナナさん、イライラしているらしく、元々の口の悪さを考えても口調が荒い。早く神器、魔器を見せろと要求。その事は僕を含め、みんなも同感だろう。
「せっかちな方ですねぇ、はいはい、分かりました。ではご要望に答え、神器、魔器を出します。とくとご覧ください」
ナナさんの不機嫌さも何のその。適当にあしらいながら、遊羅さんはテーブルの上に、一丁の拳銃と、一振りの刀を置く。たったそれだけの事で、部屋の雰囲気が変わった。その2つの品の放つ凄みのせいで。
「では、説明しますね。拳銃の方が神器。刀の方が魔器。かつての大戦で使われた品であり、後に私が回収した物です。なんなら手に取って構いませんよ。拳銃の方は弾は抜いてありますし、現在は休眠状態ですので。神器、魔器が如何なる物か、存分に確かめてください」
ニコニコと作り笑いを浮かべながら語る遊羅さん。
「そうかい。なら遠慮なく触らせてもらうよ」
ナナさんは、ためらいなく拳銃、そして刀を手に取って品定めを始める。普段のいい加減さなど、微塵も無い。その目は真剣そのもの。じっくりと調べている。誰も一言も発せず、ナナさんの一連の行動を固唾を飲んで見守る。ただ一人、遊羅さんだけは、胡散臭い笑みを浮かべているけど。やがて、一通り見終わったらしいナナさん。拳銃と刀を再びテーブルに静かに置く。
「他の奴らも見て構わないかい?」
「構いませんよ。私の取り扱う品の品質の確かさをより多くの方々に知って欲しいですからね」
ナナさんは他の人達にも見せて構わないかと聞き、遊羅さんはそれを了承。
「ありがとよ。よし、エスプレッソ、クローネ、ファム、あんた達も見な。悪いけど、ミルフィーユと侯爵夫人はダメだ。これは人間が触れて良い物じゃない。ハルカ、あんたもダメ。まだ未熟だからね」
ナナさんは、エスプレッソさん、クローネさん、ファムさんを指名。残念ながら、ミルフィーユさんと侯爵夫人は人間だから、僕は未熟だからという理由で、触らせてもらえなかった。でも、決して間違った判断ではないと思う。神器、魔器という未知の存在だからね。下手に触るのは危ない。
で、ナナさんに指名された3人は、それぞれ神器、魔器を手に取ってあれこれ調べている。ナナさん同様、凄く真剣だ。とても貴重な品であり、それを手に取って調べる事が出来るなんて、まず無い事だし。正直、羨ましいな。見れば、ミルフィーユさんと侯爵夫人も羨ましそうだった。
「どうでしたか? 神器、魔器を実際に手に取ってみた感想は? お気に召しましたか?」
ナナさん達が神器、魔器を一通り見終り、テーブルの上に戻したのを見計らい、遊羅さんは話を切り出す。
「大した品だよ。これまで私が見てきた武器が全て霞んで見えるよ。これ程の品を取り扱うあんたもまた、大したもんさ。認めるよ、あんたの実力を」
それに対して、ナナさん。素直に神器、魔器の性能を。それらを取り扱う遊羅さんの実力を認めた。他人を認めるハードルがやたら高いナナさんが。まぁ、これで認めないのはバカだよね。そして、神器、魔器を取り扱っている事。及び、その性能を確かめた以上、次の段階へと話は進む。そう、神器、魔器をいくら出せば売ってくれるか? ナナさんは大変な資産家だけど、どうなるだろう?
「私はまどろっこしいのは嫌いだからね、率直に言うよ。いくら出せば良い? 値段はそちらの言い値で構わない」
ナナさんは神器、魔器の代金として向こうの言い値で良いとの条件を提示。何分、非常に貴重な品だ。あくまで主導権は向こうに有る。どれ程の値段を提示されようが文句は言えない。対する遊羅さんは相変わらずの作り笑い。
「おやおや、こちらの言い値で構わないとは大きく出ましたね。まぁ、こちらも商売ですからね、そう言ってもらえると実にありがたい事です。高く売れるに越した事は無いですからね」
ニコニコと作り笑いを浮かべる遊羅さん。これは相当吹っ掛けてくるだろうな。ナナさんも険しい表情を浮かべる。だが、彼女は予想外の答えを告げた。
「しかし、貴女方には売れません」
「ふざけるな!! 散々、引っ張っておいて、売れない?! だったら、あんた何しに来た!!」
遊羅さんの神器、魔器を売れないという言葉に、ナナさん大激怒。掴み掛かろうとするけど、何とか止める。
「ナナさん、ダメです! 落ち着いてください!」
「離せハルカ! この女狐、人が下手に出てりゃ良い気になりやがって!」
怒り心頭のナナさん。僕が止めているにもかかわらず、まだ遊羅さんに掴み掛かろうとする。見かねて、他の人達も止めに入ってくれた。その甲斐あって、何とかナナを止める事が出来た。まだ怒ってはいるけど。
「やれやれ、騒がしい人ですねぇ。カルシウムが足りないのではありませんか?」
胡散臭い笑みを浮かべながら、皮肉たっぷりに言い放つ遊羅さん。そもそも、貴女が原因でしょうが。お願いだから、これ以上、ナナさんを煽らないでくれませんか? 止めるの大変なんですから。
僕自身、イライラしてきたところで、ミルフィーユさんが動いた。
「ナナ様、お怒りはごもっともですが、落ち着いてください。そして、遊羅さん。貴女もナナ様を煽らないで、なぜ、神器、魔器を売らないのかきちんと説明してください。貴女は信頼と実績のよろず屋 遊羅なのでしょう?」
いまだに不機嫌なナナさんをたしなめ、更に遊羅さんに神器、魔器を売らない事についての説明を求めた。確かにミルフィーユさんの言う通り。なぜ、売らないのかきちんと説明してくれなければ、僕も納得出来ない。ナナさんは、きちんと代金を支払う事を告げたのに。そんなミルフィーユさんの言葉を聞いて、実に楽しそうに遊羅さんは笑みを深める。
「いやはや、大したお嬢さんですねぇ。確かにおっしゃる通り。非礼は詫びましょう。それと、神器、魔器を売らない理由ですが、単純に貴女方には使えないからです。もっと正確に言えば、神器、魔器を使うには、貴女方の『格』が足りないのです。元々、真の神、真の魔王が使う品。故に必要とされる格もまた、非常に高いのです。これはミルフィーユさんにも話した事ですが、私は何より信用を重んじます。目先の利益に囚われ、信用を失う様な愚行は犯しません。よって、お客様に扱えない品を売る事は出来ません。悪しからずご了承ください」
遊羅さんが語った神器、魔器を売らない。いや、売れない理由。それは、僕達が事前に予想していた事だった。やっぱり、神器、魔器を使うには非常に高い格が必要。残念ながら、ナナさんでも格が足りないんだ。自分達には使えない。その事実を告げられ、ナナさんを始め、みんな悔しそう。真の神への対抗手段の一つが絶たれたのだから。でも、そこへ思わぬ言葉が。
「あの〜、皆さん。私、ちょっとお話ししたい事が有るのですが?」
「うるさい! 神器、魔器を売らないなら、さっさと帰れ! こっちは真の神への対抗手段を探さなきゃならないんだよ!」
何か尋ねようとする遊羅さん。それに対し、ナナさんがキレ気味で答える。でも、そんな事を気にも止めず、彼女は話を続ける。
「まぁまぁ、そんなに怒らずに。小じわが増えますよ? いくら若作りしても、ね? 実年齢を考えましょうよ」
「うるさい!! つまらない事を言うなら、帰れ!!」
一体、何がしたいんだろう? 遊羅さんは、ナナさんを煽り、ナナさんはカンカン。他の人達も、不機嫌さを隠さない。そこでやっと、本題を切り出してきた。
「そうですか、そうですか。では帰りますね。あ〜ぁ、せっかく、真の神に対抗出来る品が有るのに。それも貴女方に使えるのが。まぁ、帰れと言われた以上、ここに留まる理由は無いですね。では、皆さん、ごきげんよ」
「ちょっと待て!! 今、あんた何て言った?!」
今、正に消えようとしていた遊羅さんの襟首をナナさんが後ろから鷲掴みにして捕まえる。
「何するんですか! 帰ろうとしていたのに!」
文句を言う遊羅さんを無視して、ナナさんは問いかける。
「そんな事はどうでも良いんだよ! それより、さっき言った事はマジかい?!」
「……真の神に対抗出来る品、それも貴女方に使えるのが有るという事なら本当ですよ。何せ私は、信頼と実績のよろず屋 遊羅。商売に関して、適当な事は言いません。ま、立ち話もなんです。改めて、ゆっくりお話しませんか?」
ナナさんの問いかけに、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべながら、答える遊羅さん。
「分かったよ。ゆっくり、話をしようじゃないか。ハルカ、悪いけど、新しい茶を淹れとくれ」
「はい、分かりました。すぐに持ってきます」
冥府魔道の商人にして職人。よろず屋 遊羅との交渉は二回戦に突入する事に。
「では、改めてお話をしましょう。よろしくお願いします」
僕の淹れた緑茶(2杯目)の入った湯呑みを片手に、遊羅さんは話を始めた。ナナさんも、とても真剣な表情だ。今度こそ、交渉を成功させないといけない。もし、失敗したら完全に終わりだろう。
「あぁ、こちらこそ、よろしく頼むよ」
今度、交渉決裂したら後が無い事は、ナナさんも分かっている。先ほどまでの怒りなど、無かったかの様に冷静だ。こういう切り替えの早さはさすがと思う。
「ふむ、先ほどまで、あれほど怒っていたのに、それを微塵も感じさせないとは。さすがですねぇ。いや、私としても、話がしやすくて助かります。それじゃ、楽しい楽しい商談の始まりです。ウフフフフ♪」
……やっぱり、この人、気味が悪い。心配だなぁ。
「とりあえず、売る相手はこちらで選ばせてもらいます。使い手が限られますから。そうですね。ナナさんを含め、魔女のお三方。後、そこの『悪魔』の執事さん。貴方ですね」
遊羅さんは、その場にいるメンバーを一通り見渡し、商品を売る相手を指名。何気に、エスプレッソさんの正体も見抜いていた。この事に、エスプレッソさんも珍しく驚いていた。滅多にバレないそうだし。
「これは驚きましたな。私の正体を見抜かれるとは。さすがのご慧眼、お見それしました。冥府魔道の商人の名は伊達ではありませんな」
「ウフフ♪ まぁ、商売柄、人外を相手にする事が多いので。しかし、私も驚きましたね。こんな所で最上級悪魔に出会うとは。もしや、貴方はフェレ…」
「おっと、そこまでに願います。私はスイーツブルグ侯爵家に仕える執事、エスプレッソ。それ以上でもそれ以下でもありません」
遊羅さんは、何かを言おうとしたけど、それをエスプレッソさんが遮った。何を言おうとしたのかな?
「では、貴女方の戦闘スタイルについてお伺いします。それを元に売る商品を決めますので、きちんと答えてくださいね。後で返品、交換は受け付けませんので」
遊羅さんは商品を売るにあたり、ナナさん達にそれぞれの戦闘スタイルについて尋ねてきた。
「ちっ、仕方ないね。わざわざ、自分の手の内を教える様な真似はしたくないんだけどね」
対するナナさんは渋々ながらも了承。他の人達もそれに続き、遊羅さんに自分の戦闘スタイルを話す。それをニコニコ笑いながら、時々、相槌を打ちつつ遊羅さんは聞いていた。やがて、話も一通り終了。
「はい、ありがとうございました。では、これより皆さんより伺ったお話の内容を元に私の独断と偏見に基づいて、商品を選ばせてもらいます」
言い終わるが早いか、テーブルの上にナイフ、手甲、扇、手袋の計、4つの品が並べられた。
「説明しますね。ナイフはナナさん。手甲はクローネさん。扇はファムさん。手袋はエスプレッソさん。私なりのチョイスです。どうぞ、手に取ってみてください。後、これが取扱説明書です」
並べた品が誰の使う品か説明し、ついでに取扱説明書も渡す。
「ふん、わざわざ取扱説明書も用意するとは準備の良い事だね。まぁ、じっくり品定めさせてもらうよ」
ナナさんはいつもの憎まれ口を叩きつつ、自分にと言われたナイフを手に取って鞘から抜く。出てきたのはアメジストの様な紫の刀身。とても綺麗だけど、同時にとても不気味。あれは魔性の品だ。他の人達の品も見てみたけど、やはり同様。不気味な気配を放っていた。ミルフィーユさんには失礼だけど、彼女が手に入れた短剣より、ずっと格上なのは確か。やっぱり恐ろしい人だよ、遊羅さんは。
「どうですか? 私の選んだ商品は? お気に召しましたか?」
「まぁね」
ナナさん達は一旦、商品をテーブルに置き、改めて遊羅さんと向かい合う。そこからはしばらく、沈黙。時折、お茶を飲む音がするばかり。しかし、それもいつまでもは続かない。沈黙を破ったのは、ナナさん。
「あれらはどこで仕入れたんだい?」
とりあえず、さっきの4つの品の仕入れ先について尋ねる。
「あぁ、あれらは私が手掛けた品です。それが何か?」
その質問に対し、自分が作った品だと答える遊羅さん。
「そうかい。ならば、もう1つ聞こうか。あの4つの品。あれらは素材や作りに関して言えば、あんたが先に見せた神器、魔器以上だ。率直に聞くよ」
ここで一旦、区切り、ナナさんは問いかける。
『神器、魔器とそうでない物との違いは何だ? 更に言えば、あんたなら、神器、魔器を作れるんじゃないか?』
ナナさんはズバリ、核心を突いてきた。遊羅さんが出してきた4つの品。あれらは、先出してきた神器、魔器以上の出来映えだったらしい。にもかかわらず、神器、魔器ではない。一体、どう違うのか? そして遊羅さんなら、神器、魔器を作れるのではないかと。
「神器、魔器とそうでない物との違いですか。まぁ、貴女方なら、話しても良いでしょう」
ナナさんに問い詰められた遊羅さん。相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら、話してくれた。
「神器、魔器を求めてきた貴女方です。それ自体が神、魔王に匹敵する品という事はご存知かと」
「あぁ、知ってるよ」
「それは結構。では、『なぜ神器、魔器は神や魔王に匹敵する力を持つのでしょうね?』」
ニコニコと笑いながら、遊羅さんは問いかける。それに答えたのは、クローネさんだった。
「……それ自体に『神や魔王の魂が込められているから』ではないか? だとすれば、現在、新たな神器、魔器を作るのは事実上、不可能となるな。もはや、真の神、真の魔王はほぼ絶滅しているのだからな」
クローネさんの言葉を聞いた遊羅さん、俯き、両肩を震わせて沈黙。そして……。
「お見事! 正解です! おっしゃる通りです。神器、魔器には真の神、真の魔王の魂が込められています。そして、今や真の神、真の魔王はほぼ、絶滅状態。故に、新たな神器、魔器を作るのは事実上不可能。でも、ここで問題です。一体、どうやって神器、魔器に魂を込めるのでしょうね?」
ニコニコ笑いを浮かべる遊羅さん、またしても問いかける。今度はファムさんが答えた。
「人身御供、要は生け贄でしょ? 昔から定番のやり方じゃない。強力な品を作るには優れた力を持つ者を生け贄に捧げる」
生け贄。あまりにも残酷な言葉だけど、確かに僕も以前、ナナさんから聞いた。優れた力を持つ者を生け贄に捧げる事で、より大きな力を得る邪法が有ると。
「はい、正解。もっと正確に言えば、出来上がった『器』で、真の神や真の魔王を『殺す』事で初めて、完成するのです」
神器、魔器に関する恐ろしい真実を顔色一つ変えず、遊羅さんはさらりと語った。
「ついでに言えば、先程見せた、神器、魔器は下級も下級。最下級です。素材も込められている魂もお粗末極まりない。まぁ、腐っても神器、魔器ですがね」
神器、魔器に関する嫌な真実が明かされ、気まずい雰囲気に包まれる中、いよいよ、本題の交渉開始。
「さてさて、お喋りが過ぎましたね。時は金なりと申します。チャッチャと取引を始めましょう。私としても、これ程の上客はそうそう会えませんからね。お互いに良い取引をしましょう♪」
「お互い良い取引ね……。そうであると良いんだけどね」
ソファーに座り、テーブルを挟んで向かい合う、ナナさんと遊羅さん。お互いに笑顔ではあるものの、雰囲気は全く和やかじゃない。先に切り出したのはナナさん。
「いくつか質問するよ。あんたの出してきた4つの品。あれは真の神に通じるとは言ったが、殺せるのかい? 後、対価は何を支払えば良い?」
尋ねたのは、4つの品で、真の神を殺せるのか? そして、対価は何か? 確かに、真の神に通じるとは言っていたけど、殺せるとは言ってない。この手のやり方には気を付けないと。
「おやおや、鋭いですねぇ。バカはホイホイ飛び付くんですがね。ま、私は信頼と実績のよろず屋 遊羅ですからね、正直に答えましょう。『無理です』」
あぁ、やっぱりね。
遊羅さんの出してきた4つの品では真の神を殺せない。そう言われたにもかかわらず、ナナさんを始め、誰も怒らなかった。だって、『想定内』だからね。
「おや? 怒らないのですか? ここは怒る所でしょう? ほら、怒ってくださいよ? ふざけるなー!! とかね」
遊羅さんは煽ってくるけど、ナナさんを始め、誰も動じない。
「悪いけど、それに関しては想定内さ。私達じゃ、真の神を殺せないってね。何せ、私達はかつて、真の神と戦った事が有る。で、完膚なきまでに負けてね。だから、真の神との力の差は分かっている。私達がどうあがいても、かなわないと。でも、追い返すぐらいは出来ないかと思っているんだ。私達にとって一番重要な事は真の神を殺す事じゃない。ハルカを真の神から守る事だ。改めて聞くよ。あんたの出してきた4つの品。あれらを使って、真の神を追い返す事は出来るかい?」
煽ってくる遊羅さんに対し、ナナさんは自分達の目的を話した。確かにナナさんの言う通り。無理に真の神を殺す必要は無い。追い返すだけでも、上出来。相手が相手だからね。そりゃ、殺せれば、後腐れ無いだろうけど。僕としても、別に真の神を殺したい訳じゃない。出来る事なら、穏便にお引き取り願いたい。そんな甘い相手じゃないだろうけど。
「かなわないまでも、追い返せれば良いと。さすがと言っておきましょう。やっぱり、バカとは違いますね。バカは現実を見ません。薄っぺらい理想論やら、無意味な精神論を振りかざし、誰も彼もを巻き込んで破滅に向かって一直線。いつぞやのバカがそうでしたっけ。あれは滑稽でしたねぇ。久しぶりにお腹を抱えて爆笑しましたっけ。『俺がみんなを守る!』とか抜かしていたくせに、いの一番で負けましたからね。身の程を知りなさいと。とりあえず、両腕、両足を切断した上で、目の前で、ご自慢の姉及び、取り巻きの女達全員を挽き肉にして、ハンバーグにして、食べさせてあげました」
「……あのさ、話が脱線している上に、グロいから。そういうのは他所でやっとくれ。さすがに私も引くから」
「あぁ、これは失礼。つい昔を思い出しまして。では答えましょう。そうですねぇ、あれら4つの品の性能と貴女方の実力。この両者が有れば、理論上、真の神といえど、深傷を負わせる事は可能です。もっとも、撤退するかどうかは知りません」
話が脱線して、グロい話を始めた遊羅さんに、ナナさんがストップをかけ、本題に戻す。で、遊羅さん曰く、真の神に深傷を負わせる事が可能だと。でも、素直に喜べない。
「そうかい。……二度と来れないぐらいの深傷を負わせる事が出来れば理想なんだけどね。半端に傷を負わせると後が怖いし」
「悪いですが、そこまでは面倒を見切れませんよ。ぶっちゃけ、貴女方が弱いのが悪い。ただ、それだけの事」
そうなんだよね。半端に傷付けたら、後が怖い。昔から、手負いの獣は怖いと言う。ましてや、真の神となれば、どれ程怖いか。かつて、真の神であるツクヨのデタラメな強さを目の当たりにした僕達にとって、それはとてつもない脅威。やっぱり、現実は甘くない。これがご都合主義まみれの、安っぽいアニメやラノベなら凄い奇跡か何かが起きて、問題解決なんだろうけどね。
「さて、そろそろ商談をまとめたいのですが。貴女方は、私の商品を買いますか? それとも、買わないのか? 早く決めてくださいよ。私も決して暇ではないのですよ。時は金なりですからね」
いよいよ、決断の時。遊羅さんの商品を買う事に。でも、ここで大きな問題が立ち塞がる。そう、商品を『買う』以上、対価を支払わなければならない。問題はそれがどれだけか。何せ、真の神に対抗出来る品。どれ程の値段が付くか、僕には想像も付かない。ナナさん曰く、聖剣、魔剣の類いでさえ、大変な高値が付くそうだし……。ましてや、ナナさんが向こうの言い値で買うと言ってしまったし。僕はナナさんの決断に従うけど。そしてナナさんははっきり言い切った。
「決まってるだろ、買うよ。さっさと値段を言いな。真の神に対抗出来る品を手に入れるチャンスなんだ。何より、ハルカを守る為だ。いくらであろうが、私は買う」
「ナナさん……」
迷いなく言い切るナナさんを見て、凄く申し訳ない。真の神との衝突を避けたいなら、僕を見捨てれば済む話なのに。
「いや〜、美しい師弟愛ですねぇ。実に素晴らしい。ですがねぇ、今回の商品ですが、あれらは『値段の付けようが無い』品でしてね。そうですね、ここはズバリ、『貴女の全財産』を頂きましょう。このお屋敷を始め、貴女の全財産です。ま、可哀想なので、今着ている服は勘弁してあげます。わ〜、私ったら、良心的♪」
でも、そんなナナさんに突き付けられたのは、あまりにも酷い対価。ナナさんの全財産を寄越せという要求だった。
「調子に乗り過ぎじゃない? キツネさん。尻尾をちょん切ってマフラーにしちゃうよ?」
「いや、ぶつ切りにしてキツネ鍋にでもしてやるべきだ」
あまりにも酷い要求に、ファムさんとクローネさんが怒りをあらわにして、遊羅さんに食って掛かる。しかし、それを止めるナナさん。
「やめな、クローネ、ファム。全ては覚悟の上。敵は真の神。ハルカを守る為なら、全財産だろうが払ってやるさ。何、また稼げば良いだけ。ハルカ、悪いけど、しばらくは辛抱してもらうよ」
「分かりました。大丈夫。ナナさんなら、また財産を作れますよ」
全財産を失う事を僕に詫びるナナさん。そんなナナさんを僕は励ます。実際、ナナさんなら、またやり直せる。僕はそう信じているから。
「ナナさん、とりあえず生活基盤が落ち着くまでは、当家に滞在されませんか? 幸い、部屋なら十二分に空きが有ります」
更に、侯爵夫人が僕達に、生活が落ち着くまではスイーツブルグ家に滞在する様、申し出てくれた。とてもありがたい事だ。
「……そうだね。私一人ならともかく、ハルカも一緒だしね。ここはお言葉に甘えるとしようか。感謝するよ」
ナナさんもその申し出を受け入れた。わざわざ、僕の為に気を使ってくれたらしい。
もっとも、そんな事はこの人には関係無い。容赦無く、話を進める。
「お取り込み中、申し訳ありませんが、さっさとこちらの書類に直筆のサインをお願いします。でないと、購入の意思無しと見なし、帰りますからね」
契約書を片手に、早くサインをしろと催促。
「言われずとも書いてやるよ!」
ナナさんは、ためらい無くそれに直筆でサインを書き込む。そして、サインの終わった契約書を遊羅さんが確認を取り、懐にしまい込む。
「はい、確かに。これにて商談は成立です。どうぞ、商品をお受け取りください。貴女方は真の神への対抗手段を得、私は儲かりました。お互いに得をする。正にWin-Win。商売とは、斯くあるべきですよね。ウフフフフ♪」
皆が悔しそうに睨み付ける中、遊羅さんは嫌な笑いを浮かべていた。
「ところで、お嬢さん。お昼御飯はまだですか? 私はお腹が空きましてね」
商談が終わり、ナナさんの全財産と引き換えに、四つの武器を手に入れた僕達。そこへ唐突に遊羅さんが、お昼御飯の催促をしてきた。そういえば、今はお昼時を少し過ぎた辺りで、僕達もまだお昼御飯を食べていなかった。何か作らないといけない。そう思って、キッチンに行こうとすると。
「まぁ、待ちなさいお嬢さん。丁度良い事に、ここにきつねうどんセットが有りましてね」
遊羅さんに呼び止められた。きつねうどんセットが有るとか。でも、僕としてはナナさんに全財産を支払せたこの人は好きになれない。無視して冷蔵庫の中を見ようとする。でも……。
「ここにきつねうどんセットが有りましてね」
わざわざ、目の前に割り込んできた上で、きつねうどんセットを見せ付ける。
「邪魔です」
押し退けようとしても、ひたすら付きまとう。
「ここにきつねうどんセットが有りましてね」
「邪魔ですってば!」
「ここにきつねうどんセットが有りましてね」
その後もひたすら付きまとう。おかげでお昼御飯が作れない。
「ここにきつねうどんセットが有りましてね」
「あぁ、もう! 分かりました! きつねうどんを作れば良いんですね! 分かりましたから、退いてください、邪魔ですから!!」
あまりのしつこさに根負け。僕自身、お腹が空いているし、何よりナナさん、お腹が空くと凄く機嫌が悪くなる。ただでさえ、全財産を失ってしまったんだ。これ以上、負担を掛けたくない。
「そうですか。では、これを。人数分有りますので。美味しいきつねうどんを期待していますよ」
こちらの気持ちなどお構い無しに、遊羅さんはきつねうどんセットを押し付け、リビングに帰っていった。……今はとにかく、料理に集中しよう。今後の事はとりあえず、保留だ。
「皆さん、お待たせしました。お昼御飯です。遊羅さんからのリクエストで、きつねうどんです。冷めない内に召し上がれ」
出来上がった人数分のきつねうどん。水分身にも手伝わせてダイニングに運び、テーブルに並べる。既に僕以外の全員が席に着いていて、僕もそれに続く。……これが、このお屋敷での最後の食事か。遊羅さんとナナさんの話し合いの結果、今日中に僕達はこのお屋敷を出ていかなくてはならない事に。お昼御飯を食べて後片付けをしたら、荷物をまとめて、スイーツブルグ家に移る。みんな、気を使っているのか、普段なら賑やかな食卓も、気まずい沈黙に包まれている。ただ一人、例外がいるけど。
「いや〜、実に美味しいきつねうどんですねぇ。元々、美味しいうどんですが、上手い人が作るとまた格別。やっぱり、お昼御飯はこれですよ。手軽で美味しく、お腹も膨れる。素晴らしいですね」
ナナさんから全財産を巻き上げた張本人。遊羅さんは、僕の作ったきつねうどんを絶賛しながら、食べている。貴女はさぞ、良い気分でしょうね! そのヘラヘラとした笑顔を見ていると、思わず殴りたくなる。
「抑えてください、ハルカ嬢」
僕の気持ちを察したエスプレッソさん。我慢する様に言ってくる。
「……すみません」
震える拳を握りしめ、怒りを堪える。見れば、エスプレッソさんも、お箸を握りしめていた。ナナさん達も同様。みんな、怒りを堪えているんだ。こうして、最悪な雰囲気の中、お昼御飯は終わった。……後片付けを済ませないと。それが済んだら、荷物をまとめないと。そう思い、席を立ったその時。
「ごちそうさまでした。実に美味しいきつねうどん、ありがとうございます。あんなに美味しいきつねうどんは久しぶりに食べましたよ」
「……それはどうも。悪いんですけど、僕はこれから後片付けをしますんで。それが済んだら、荷物をまとめないといけませんし」
僕にきつねうどんのお礼を言ってきた遊羅さん。でも、僕はそんな気分じゃない。
「おやおや、つれないですねぇ。私、泣いちゃいますよ? いや、本当に素晴らしいきつねうどんでしたし。えぇ、まさか『真の魔王』が作ったきつねうどんを食べられるとはね。これは正に価千金どころではない価値が有りますよ」
その言葉に、皆一斉に殺気立つ。この人、僕が『真の魔王』である事を見抜いていたのか!
「怖い怖い。皆さん、そんなに殺気立たなくても。ご安心ください、私はハルカさんをどうこうするつもりはありません。それどころか、評価さえしていますよ。これから先、とても楽しみですねぇ」
相変わらずの掴み所の無い、ヘラヘラ笑いを浮かべ、そう話す。彼女は更に続ける。
「そして先程、申し上げた通り、ハルカさんの作ったきつねうどんは素晴らしい出来でした。しかも、真の魔王が作ったきつねうどんです。その希少価値たるや、計り知れません。で、こんな素晴らしいきつねうどんをご馳走になって、何も支払わずに帰る程、私は落ちぶれてはいません。素晴らしい品には、それ相応の対価を支払うべき。それが、私、遊羅のやり方」
そう言うと、彼女は1枚の紙を懐から取り出した。ナナさんとの契約書だ。
「ハルカさん。これは私から貴女へ支払う、きつねうどんの対価です。まだこれだけでは不足ですので、今回、お買い上げ頂いた4つの武器も付けましょう。さ、受け取ってください。遠慮は要りません。貴女が受け取るべき、正当な対価です」
驚いた事に、ナナさんとの契約書を返してきた。しかも、今回買った4つの武器も付けると。
「……良いんですか? せっかく、商談成立したのに。そんな事をしたら、貴女、丸々損をしているじゃないですか」
あまりにも話が旨すぎる。そう思い、尋ねたところ、こう返された。
「別に構いませんよ。他で稼ぎますから。それにね。あれら、4つの武器は作ったものの、さっぱり売れなくて困っていたんですよ。かといって、捨てるには惜しいですし。やっと、在庫処分出来ましたよ」
ここで、新たな疑問。あんな強力な武器が売れない? 普通なら、お金に糸目を付けない人が買いそうだけど。実際、ナナさんは買ったし。そこへ当のナナさん。
「分からないのかい、ハルカ? 簡単な事さ。強力過ぎて、使える奴がいないのさ。武器ってのは、強ければ良いってもんじゃない。使えなきゃ意味が無い。過ぎたるは及ばざるが如し。そういう事さ」
「はい、その通り。使える人がさっぱりでしてね。いや、困ったもんです」
なるほど、納得。確かに格の高い品は、使い手にもそれ相応の格が必要。あまりにも必要な格が高いと、買い手が付かなくて、商売にならないんだ。正に過ぎたるは及ばざるが如し。
「さて、私はそろそろ帰りますね。今回は実に貴重な体験が出来ました。それでは皆さん、ごきげんよう。またのご利用、心よりお待ち申し上げております」
「ふん、用が済んだらさっさと帰れ! 出来れば、二度と来るな!」
その後、何も買わないというのもどうかという事で、ミルフィーユさん、お勧めのお茶を買った。味、香り共に、素晴らしい逸品だとか。そして、商談を終えた遊羅さんは帰る事に。見送る事にしたけど、ナナさん、今回の件で相当、頭に来ていてカンカン。もっとも、そんな事は気にもせず、彼女は帰っていった。……何か、一気に疲れたな。遊羅さんが消えたのを確認した僕はソファーに座り込む。続いて、その隣にはナナさんが座り込む。
「疲れたね。あんな不気味な奴、初めて見たよ。本当、出来れば二度と関わりたくないね」
「僕も同感です。でも良かったですね、ナナさん。全財産を取られずに済んだ上、新しい武器も手に入りましたし」
「ふん。まぁね。これに関してはあんたのお手柄だよ。しかし、あの女狐、あんたが真の魔王である事を見抜いていたとはね。恐ろしい奴だよ」
「はい……」
僕から見ても、凄い洞察力、観察力だった。あらゆる面において、非常に優れた人。敵じゃなくて良かったよ。
そこへ、ミルフィーユさん。
「ハルカ、ナナ様、お疲れ様でした。途中、どうなる事かと心配しましたが、結果としては上手くいきましたわね。今日は疲れたでしょうし、私達は、そろそろ帰りますわ。ごきげんよう」
それを皮切りに皆それぞれ、帰っていく。見送ろうとしたけど、疲れているだろうからと、やんわり断られた。皆の気遣いが身に染みる。
その夜。僕はナナさんの部屋で一緒に寝る事にした。今日は精神的にどっと疲れたし。何より、ナナさんと一緒に居たかった。一つ間違えば、このお屋敷も何もかも取られる所だったし。で、今は2人一緒に全裸でベッドの中。寝る時は全裸がナナさんのルール。言う事を聞かないと、一緒に寝てやらないと言われているからね。
「ねぇ……ナナさん……」
「何だい……ハルカ……」
お互いにピチャピチャと水っぽい音をさせながら、言葉を交わす。普通、会話をするときはお互いの顔を見ながら話すものだけど、今はちょっと無理。……あ、やっぱり、ナナさんは上手……。僕も負けられない……。ナナさん仕込みのテクニックでお返しをする。
「ひゃっ! ハルカ、あんたいつの間に、そんなに上手に……」
普段は攻めのナナさん。僕の思わぬ反撃に声を上げる。僕もいつまでもやられっぱなしじゃないんですよ。
「生意気な子だね。格の違いを見せてやるよ!」
「ナナさんこそ、覚悟してください。今日こそ勝ちます。元、男として、負けられないんです」
それから2人で、まぁ、その、『勝負』を繰り広げる事に。結果はナナさんの勝ち。でも、いつも以上に燃えた。終わった時にはお互いに、汗だくでぐったりしていたし。
「ふぅ……ふぅ……。どうだい…私の……勝ち…だ。たかが17の小娘が……舐めんじゃ…ないよ……」
「………………あ……あぁ……う……」
さすがはナナさん。何とか喋る気力は残っていたらしい。対する僕は、あまりの快楽に意識が朦朧として、動くどころか、言葉も出ない。おまけに凄く眠い……。あぁ……ダメだ……。眠……い…………。
ナナside
「寝たか。いや、今日は一段と燃えたね。この子がこんなに激しく私を求めてきたのは久しぶりだよ。凄い乱れっぷりだったね。いや、若さだね」
あの女狐、遊羅との商談。一つ間違えば、私の全財産を失う所だった、危険な取引。結果としては大成功だったが、この子には、多大なストレスを与えてしまった。正直、不安と恐怖で一杯だったのだろう。ましてや、この子は元々、一般人。こんな危険な取引とは無縁に生きてきた。今日、私を激しく求め、乱れたのは、そのストレスを発散しようという、無意識下の防衛本能だろうね。ま、ストレスが溜まった時には、身体を動かすのは定番の一つだしね。
「ふん、気持ち良さそうに寝てるねぇ。全く、世話の焼ける子だよ」
私と激しく求めあって、すっかりストレスを解消したらしく、ハルカは安らかな顔で、ぐっすり眠っている。私はそんなハルカの髪を優しく鋤いてやる。
「ハルカ。大丈夫、あんたは私が守る。たとえ、どれ程の犠牲を払おうとも」
「ん……ナナさん……。大好きです……」
「?!」
ぐっすり眠っているハルカに、決意を語った時、そこへ、思わぬ不意討ち。ハルカの寝言だ。しかも、私の事を大好きと。つい、大声を上げそうになるが、眠っているハルカを起こす訳にもいかず、慌てて自分の口をふさぐ。全く、この私に不意討ちをかますとは、なんて子だい。
「……私も大好きだよ、ハルカ。愛してる」
私はそう言って、ハルカの頬っぺたに軽くキスをする。余談だけど、先日、やっとハルカのファーストキスを頂いた。以来、あの子、キスにはまってね。今日も大分、したね。さて、そろそろ私も寝るか。疲れたし。
私はハルカを抱き寄せ、布団を被る。
「おやすみ、ハルカ」
眠るハルカにそう告げ、私も眠りに就いた。また、明日から頑張るかね……。
読者の皆さん、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第91話をお届けします。
遂に始まった、遊羅との取引。彼女は神器、魔器の事を始め、様々な事を話してくれました。そして、ナナさん達に、真の神を殺せないが、傷付ける事は可能な武器を売ってくれる事に。ただし、その対価として、ナナさんの全財産を要求。
あまりにも法外な要求に皆が怒る中、ナナさんはためらい無く、要求を受け入れました。ナナさんにとって、ハルカこそ一番の宝。ハルカの為なら、全財産など惜しくはないと。
まぁ、結果的には、ハルカの作ったきつねうどんへの対価として、遊羅はナナさんの全財産を返却。更に4つの武器も付けました。遊羅曰く、強力過ぎて売れない品との事。間抜けと思われるかもしれませんが、皆さん、思い出してください。遊羅は、商人にして、職人。故に、2つの相反する考え方を持っています。
商人としては利益を上げたい。その一方で、職人としては優れた品を作りたい。今回の4つの武器は職人としての品。結果、買い手の付かない売れ残りになってしまいました。
もっとも、遊羅はバカではありません。利益を上げる為に、量産型の品も作っています。ミルフィーユに譲った、蓮華や百花繚乱といった品です。
後、遊羅はきつねうどんだけで、全てを決めた訳ではありません。彼女はハルカだけでなく、ナナさんも見定めていました。ナナさんに全財産を支払えと要求し、どう出るか見ていました。そして、ナナさんはハルカの為、ためらい無く、全財産を投げ出した。そんなナナさんの覚悟と、ハルカへの愛情を彼女は高く評価したのです。
最後は久しぶりのナナさんとハルカの夜。やっぱり、遊羅とのやり取りは相当ストレスが溜まったらしく、ハルカはナナさんを激しく求めて乱れました。要は、ナナさんに甘えているんです。ナナさんも、大人の余裕でこれを受け入れました。さすがナナさんです。
まぁ、色々有りましたが、結果的には万々歳。しかし、真の神は着々とハルカ抹殺に向けて動いています。ハルカの命運やいかに?
では、また次回。