第90話 黄金と白銀。積み重ねてきたものの違い。後、巨大スイカ来襲
「なかなか面白い事になりそうだね。そうは思わないかい? エスプレッソ」
「奇遇ですな、ナナ殿。私も同感ですよ。実に面白い事になりそうですな。えぇ、実に」
私の屋敷の地下に有るトレーニングルームへ向かいながら、私とエスプレッソは言葉を交わす。私の弟子であるハルカと、エスプレッソの教え子であるミルフィーユ。もうすぐ、この2人による手合わせを行う。それを見に行く所だ。
「しかし、ミルフィーユには驚かされたね。以前とは比べ物にならない程、強くなったじゃないか。あの子が異世界で出会った、遊羅とか言う女狐に鍛えられたらしいけど。一体、どんなやり方をしたんだろうね?」
「ミルフィーユお嬢様いわく、強制的に負荷を掛けるタヌキの着ぐるみを着た状態で、徹底的な詰め込み式の鍛練を受けたとか。特に終盤は遊羅直々に命懸けの鍛練を受けたそうです。僅か、一週間で、あそこまでミルフィーユお嬢様の実力を引き上げたその手腕、恐るべき方ですな」
「全くだよ。元々、ミルフィーユに素質が有る事を差し引いても、尋常じゃない。遊羅、何者なんだろうね? いずれにせよ、敵にはしたくないね」
よろず屋 遊羅。冥府魔道の商人にして、職人を自称する怪しい女狐。長い時を生きてきた私だが、そんな名前は初耳だ。念のため、エスプレッソ、クローネ、ファムにも聞いたが、同じく、初耳との事。
ミルフィーユが言うには、かつて邪神ツクヨが出してきた神々の品に匹敵する程の品を商品として扱い、職人としても、剣士としても、桁外れの実力を持っているとの事。更にはミルフィーユが帰る際、新しい剣を譲ってくれたそうだ。後で見せてもらおう。ま、今はハルカとミルフィーユの手合わせを見るのが優先だね。さて、どうなるかね?
さて、到着したトレーニングルーム。先に来ていたハルカとミルフィーユは既にウォーミングアップを済ませ、いつでもやれる状態だ。
「ナナさん、僕はいつでもいけますよ」
「私も同じく」
やる気満々の2人。若さだねぇ。いや、私だって若いよ。うん、若いよ!
「あの、ナナさん、早く今回のルールを言ってください」
「そうですわ、ナナ様。でないと、始められませんわ」
早く始めろと小娘達から、せっつかれる。あぁ、はいはい、分かったよ。そうだね、今回のルールはこうするか。
「分かった、それじゃ今回のルールだよ。今回は武器無し、魔法無し、ただし魔道武術は有りの格闘戦とする。時間は30分。相手の気絶、戦闘不能、降参した場合は即、終了。以上!」
「「分かりました」わ」
見事にハモる2人。最後が違うのはご愛敬。早速、2人は向かい合って構えを取る。ハルカは手を握らず、貫手の構え。対するミルフィーユは手を握り、拳を作る。両者の違いがはっきり出ている。
氷のハルカと炎のミルフィーユ。対極に有る2人。それは無手の戦い方にも反映されている。ハルカは鋭さを磨き、ミルフィーユは破壊力を重んじる。
しばし、睨み合うハルカとミルフィーユ。いきなり仕掛けはしないか。お互いに機を見計らっている。どちらが先に仕掛けるかね? そして、均衡は破られた。仕掛けたのは、ハルカ。小細工抜きの突き。あの子の貫手の突きは鋭い。下手に受ければあっさり貫かれる。その鋭い突きをミルフィーユは避け……ない!
ゴキャッ!
固い物がぶつかる音。
「ぐうっ!」
更にはハルカの苦痛の声。ミルフィーユの放った拳がハルカの肘を横合いから直撃したせいだ。
体勢を崩したハルカに、容赦なくミルフィーユの攻撃が撃ち込まれる。
「六撃弾!」
放たれたのは強烈な6連発の拳。それはハルカのボディに見事に決まる。特に6発目はハルカの下腹部に突き刺さった。いわゆる、ボディブローだ。あれはキツい。だが、ハルカもやられっぱなしじゃない。苦痛に顔を歪めながらも、一旦離れる。幸いミルフィーユは追い討ちを掛けてこなかったし。
「…………今のは効きましたよ。最初の突きを迎撃した攻撃といい、その後の六連撃といい、以前とは、比べ物にならない程、速くて重いです」
苦しそうな顔をしながらも、ミルフィーユの上達ぶりを称えるハルカ。しかし、ミルフィーユはというと……。
「ハルカ。真面目にやってくださいます? 先程の攻撃はなんですの? あんな緩い突きが私に通じるとでも? バカにしないでくださる!! 確かにこれは手合わせ、模擬戦ですわ! だからといって、あんな生ぬるい攻撃をされるなど、私に対する侮辱ですわ!」
ハルカに対して、えらい剣幕でキレた。ハルカはあまりの剣幕に反論も出来ず、おろおろするばかり。ま、ミルフィーユの気持ちは分からなくもない。幼い頃より、英才教育を受け、神童と呼ばれたミルフィーユ。そんなあの子の前に現れたハルカ。自身の遥か上を行くハルカに勝ちたい一心でミルフィーユは鍛練を重ねてきた。そんなミルフィーユからすれば、あんな生ぬるい攻撃をされるなど、侮辱以外の何物でもない。ハルカとしては、優しさのつもりなんだろうけどね。まだ、ハルカには分からないか。仕方ない、ちょっと助け船を出してやるか。
「ハルカ。ミルフィーユの言う通りだよ。あんな生ぬるい攻撃は、ミルフィーユに対して失礼極まりない。あんたとしては、ミルフィーユを傷付けたくないんだろうけどさ。これは名目上は手合わせ、模擬戦だけど、限りなく実戦に近い。それにね、あんたもミルフィーユの攻撃を食らって分かっただろ? その子は以前とは比べ物にならない程、強くなった。ぶっちゃけ、今のあんたとタメを張れるよ。という訳だから、真面目にやりな。でないと、ケガする程度じゃ済まないよ」
「ナナ殿のおっしゃる通りです、ハルカ嬢。半端な手加減など無用。真剣勝負と思ってください。それが礼儀という物です」
私だけでなく、エスプレッソにも言われて、ハルカも考えを改めたらしい。
「……分かりました。確かにそうですね。常日頃から、努力を積み重ねてきたミルフィーユさんに対して、失礼でした。だから、今度は真剣にやります。それで構いませんね? ミルフィーユさん」
「えぇ、望む所ですわ」
再び構え直す二人。ハルカもやる気だね。雰囲気が変わったよ。そして、始まった2回目の激突。
「シィアッ!!」
ハルカの高速の踏み込みからの手刀一閃。人体など豆腐やプリン並みに容易く切り裂くそれを難なくかわす、ミルフィーユ。お返しとばかりにその腕を掴み、投げる。
もちろん、はいそうですかとやられるハルカじゃない。即座に受け身を取り、反撃の下段蹴りを入れる。しかし、ミルフィーユもさるもの。それさえかわし、逆に上からの打ち下ろしの一撃をお見舞いする。そこからは、お互いに間合いを詰めての乱撃戦に。猛烈な打撃と蹴りの応酬となった。
「ほう、これは大したものだ。あのハルカ相手に速さで負けていないとはな」
「うん、凄いよね。本当に強くなったよ、ミルフィーユちゃん」
私達と同じく、ハルカとミルフィーユの手合わせを見ているクローネとファムも、ミルフィーユの上達ぶりに感心しきり。
「伝説の三大魔女の方々に娘を誉められるとは、母親として、鼻が高いですわね。しかし、この手合わせ、もはや結果は見えました。身内贔屓と言われるかもしれませんが、ミルフィーユの勝ちでしょう」
そこへ、今回の手合わせはミルフィーユが勝つであろうと断言する侯爵夫人。
「ま、そうなるだろうね。今回はミルフィーユが勝つね。って言うか、そろそろ止めないと色々まずい」
ハルカ対ミルフィーユの手合わせは、徐々にハルカ劣勢に傾いていた。当のハルカも困惑を隠せない。そりゃ、今まで勝ち続けてきた相手だしね。そして、困惑は隙を生む。更に言うと、その隙を見逃すミルフィーユじゃない。
「一斉打撃!」
フルバーストの名に恥じぬ、嵐の様な凄まじい勢いの連続打撃がハルカに襲い掛かる。さすがのハルカもこれにはたまらず、防御に徹する。ふん、ミルフィーユの奴、そろそろ決める気か。私はミルフィーユの魔力が急激に収束するのを感じた。
「終わりですな」
私の隣で呟くエスプレッソ。直後に繰り出される、渾身の一撃。
「徹甲破撃!」
猛烈な連続打撃を受け、動けないハルカに突き刺さるストレートの一撃。それはハルカの防御をあっさり撃ち抜き、吹っ飛ばした。そのままではハルカが壁に激突する。だが、実際にはそうはならなかった。
「ふう、私もまだまだ衰えてはいませんね。ナナさん、至急、ハルカさんの治療をお願いします」
侯爵夫人がハルカを受け止めてくれたからね。一番場所が近かったとはいえ、吹っ飛ばされたハルカを簡単に受け止めるとは、大したもんだ。ちなみにハルカはというと、気絶している。やれやれ、さっさと治療して起こしてやるか。でも、ハルカ以上に至急、治療の必要な奴がいるけどね。
「ミルフィーユちゃん、腕を見せて。反論は聞かないよ。無理やりにでも見るから」
「……やはりバレましたわね」
「アタシは魔女にして、医者だからね。ほら早く見せて。うわ! 酷いね! すぐ治療しないと!」
向こうではミルフィーユが、ファムの診断と治療を受けていた。予想通り、大きなダメージを受けていたね。あんな激しい攻撃を繰り出して、タダで済む訳が無い。ましてや、まだ身体が完成していない若い身だし。しかし、あの技……。後で話を聞くとしよう。
それからしばらく。場所は再びリビング。ハルカとミルフィーユの治療も既に終わり、2人とも復帰。さて、話を始めるかね。まずはハルカからだ。
「ハルカ、今回は手酷く負けたね。なぜだか分かるかい?」
今回の敗因についてハルカに聞いてみた。なぜ、負けたのか? それについて考えないバカなど私の弟子たる資格は無い。『無能は死ね』が私の信条だ。よく言うじゃないか。強い敵より、無能な味方の方が怖いとね。で、私の弟子たるハルカはちゃんと答えを出した。
「経験の差。引いては、磨き上げてきた技術面の差です。今まで僕がミルフィーユさんに勝てていたのは、もっぱら、速さにおいて僕が上だったから。ですが、ミルフィーユさんは大きく腕を上げ、僕と並ぶ程の速さを身に付けました。同等の速さである以上、今度は技術面で上であるミルフィーユさんが優位に立ちます。実際、僕の攻撃はほとんど決まらなかったのに対して、ミルフィーユさんの攻撃を受けてしまいましたから。この短期間でここまで強くなったミルフィーユさんは心底、凄いと思います。後、ミルフィーユさんを鍛えた遊羅さんも」
よしよし、ちゃんと分かっていた様だね。ハルカの良い所の一つ。素直に自分の敗因を認められる事。だからこそ、反省し、克服し、更に強くなる。対して、クズは敗北から何も学ばない。つまらない言い訳を並べ立てるばかり。
「ふん、まぁ及第点だね。続いてはミルフィーユ、あんただ」
今度はミルフィーユに話を振る。
「何でしょう? ナナ様」
「随分と面白い武術を使うじゃないか。火の魔力を体内にて圧縮、炸裂させる事で、圧倒的な加速と破壊力を生む。しかもそれをきちんと制御し、正確に狙った場所に撃ち込む。それでいて、まだまだ余力を残している。とても高度で効率的な魔力運用が必要な芸当だ。あんた、一皮剥けたどころじゃなく、成長したね。褒めてやるよ。ありがたく思いな」
事実、ミルフィーユの上達ぶりには私も舌を巻いた。世間からは天才と名高いミルフィーユだが、私から見れば、まだまだ未熟。特に魔力運用に難有り。『動』に属する火の魔力故に、どうにも、魔力運用に無駄が多い。要は燃費が悪いし、威力も乗らない。それを豊富かつ、優れた魔力で無理やり押し切っていたのが、以前のミルフィーユ。
それがだ。異世界から帰ってきてからのミルフィーユは、格段に魔力運用が上達。燃費、威力共に、以前とは、飛躍的に向上した。今回は、シンプルに格闘戦という形でハルカと手合わせをさせたが、体術においても、これまた格段に強くなっていた。
ハルカの強さを成り立たせている要因の一つに、疾風のごとき速さが有る。そのハルカに、速さで負けていない。以前は速さで劣るせいで負けていたが、それを克服。結果、経験、技術面で勝るミルフィーユに軍配が上がった。あぁ、それとミルフィーユに言っておかないと。
「でもね、ミルフィーユ。その武術、無闇に使うんじゃないよ。確かに強力なのは認める。だが、体内にて炎の魔力を圧縮、炸裂させるせいで、負担が大き過ぎる。ましてや、あんたはまだ、身体が完成していない若い身だ。最悪、取り返しの付かない事になるよ」
これは脅しでもなんでもなく、純粋な忠告だ。あんな武術を多用したら、いずれ、身体を壊す。少なくとも、あれは人間の使って良い武術では無い。人外の武術だ。幸い、ミルフィーユはバカじゃない。ちゃんと、あの武術の危険性を分かっていた。
「ご忠告、痛み入りますわ。確かにナナ様のおっしゃる通り、無闇に使うものではありません。女狐にも言われました。間違っても多用するなと。最悪、命に関わると」
そう断った上で、なおミルフィーユは語る。
「しかし、それぐらいしなければ、ハルカに通用しないのも、また事実。そして、これから先に備え、更なる力を身に付ける必要も有ります。敵の力は未知数なのですから」
そう語るミルフィーユの瞳には揺るぎなき信念と覚悟が有った。危険を承知の上でか。ならば、私は何も言うまい。
「そうかい。だったら私は何も言わないよ。野暮だからね。せいぜい頑張りな」
「言われるまでもありませんわ」
全く、生意気な小娘だね。だが、それが良い。この私に。伝説の三大魔女を一角たる、この私に怯む事なく意見出来る奴なんて、そうそういないし。
「さて、ミルフィーユ。あんたが遊羅から貰った短剣を見せてくれるかい? あんたの話によれば、大した職人らしいし、色々調べてみたい」
ハルカとミルフィーユの手合わせも終わり、今度はミルフィーユが新しく手に入れた短剣についてだ。冥府魔道の商人にして、職人。遊羅が作ったというそれは、私としても実に興味深い。
「分かりましたわ。どうぞご覧になってください」
ミルフィーユは短剣を取り出し、テーブルの上に置く。
「それじゃ、遠慮なく見せてもらうよ」
断りを入れ、さっそく手に取り、鞘から抜く。出てきたのは、黒曜石の様な光沢の有る黒い刀身。その瞬間、ミルフィーユを除く全員が息を飲む。皆、一目見て、その格の高さが分かったみたいだね。こりゃ大した業物だよ。私以外の作でこれ程の業物を見たのは、久しぶり。さすがにハルカの小太刀には及ばないが大変な業物。もし、こいつに値段を付けたら、えらい事になるよ。
「ミルフィーユ、あんた、どえらい物を手に入れたね。こいつは大した業物だよ。正直、私が欲しいぐらいさ」
「ナナ様程の方でも、そうおっしゃいますか。ですが、それを受け取った際に女狐に言われましたが、暇潰し程度の品だそうですわ。恐ろしい方ですわね、あの女狐」
短剣の素晴らしい出来栄えを素直に賞賛したところ、ミルフィーユから、こちらを唖然とさせる事実が告げられた。これが、暇潰し程度の品だって?! 悔しいが、私では間違ってもそんな事は出来ないし、言えない。恐ろしい奴だね、遊羅。
「ミルフィーユ、もっと詳しく聞かせとくれ」
「分かりましたわ。では、お話しますわ」
そうしてミルフィーユから語られた、短剣を手に入れるまでの経緯。話を聞く程に、遊羅っていう女狐の性悪ぶりがひしひしと伝わってくる。が、同時にその職人としての実力。更には、商人としてのこだわりも伝わってきた。色々な意味で単なる商人、職人では無いね。
「私が言うのもなんだけど、性格悪いと言うか、物好きと言うか。自分の質問に正解したら、タダで装備を譲る。ただし、外したら殺す、か。で、正解は『信頼』と。なかなか深い事を言うね」
「そうですねナナさん。確かに遊羅さんの言う通り、信用、信頼はとても大切なもの。いかに素晴らしい性能だろうが、信用出来ない物なんて、使えません。形が無くて、目には見えないものですけど、だからこそ、信用、信頼は大切。失うのは簡単ですけど、得るのは大変ですし」
ハルカも相槌を打つ。ハルカの言う通り、信用とは得るのは難しく、失うのは容易い。確かな品質の商品の取り扱い、販売をする事で、商品、引いては遊羅個人としての信用を築いている訳だ。
「ただ出来れば、あんたが最初に手に入れた百花繚乱と蓮華とやらも見たかったね。あんたから聞いた話じゃ、大した性能らしいし、しかも量産型ときたもんだ。現物が有ればぜひ、調べてみたかったよ。性能と量産性の両立、そのノウハウが手に入っただろうしね」
「申し訳ありませんナナ様。私としても、あれらを失ったのは痛恨の極みですわ。出来れば持ち帰りたかったのですが……。あれだけの性能を持ちながらも量産型。必ずや役立ったでしょうに」
心底、申し訳なさそうなミルフィーユ。せっかく手に入れたにもかかわらず、マスターコアとの戦いでミルフィーユの力に耐えきれず、壊れてしまった量産型魔道武装である、百花繚乱と蓮華。量産型とは安っぽいイメージが有るし、実際、量産性を求めれば、必然的に質が下がる。特定の誰かの為に作られた特注品には敵うまい。安っぽいアニメやラノベ御用達の展開さ。主人公専用機ってね。
でもね、現実的に考えれば、戦いっていうのは基本的に数の暴力なんだ。専用機は確かに強いだろうさ。しかし、もしもの事態に弱い。もし、パイロットに何か有ったら? 機体が壊れたら? そう、換えが効かないのさ。天才や専用機は確かに強い。でも、無敵じゃあるまい。だからこその量産型。一般人。誰でも使え、修理、交換も容易な量産型。後、嫌な言い方だが、死んでも代わりがいる一般人。ハルカもその辺は分かっているんだよ。
「ま、壊れてしまった以上は仕方ない。それよりも今後の事を考えようじゃないか。現状、神器、魔器を探すのが最有力な訳だけど。何か意見は有るかい?」
この場に無い物についてぐだぐだ言ってもどうにもならない。とりあえず、今後の方針について、皆の意見を求める。私としては、神器、魔器を探す方向で行こうと思っている。手に入れ、分析、解明が出来たならば、量産化も可能かもしれない。ま、あくまでも希望的観測に過ぎないけどさ。
その時、突然、声を上げたミルフィーユ。
「あっ! そういえば! ナナ様、ちょっと待ってくださる? もしかしたら、あの女狐。遊羅と連絡が付くかもしれませんわ」
その言葉に私を始め、皆びっくり。
「ミルフィーユ! それマジかい?!」
私さえ凌ぐ、凄腕の職人たる遊羅。もし、連絡が付けば、交渉も可能かもしれない。上手くすれば、未知の強力な品を手に入れる事が出来るかもしれない。……やれやれ、本当に希望的観測だね。
「私、遊羅との初対面の際、名刺を渡されましたの。名刺である以上、連絡先も書かれていますわ。……ただ、通じるかどうか。何より、あの女狐が交渉に応じるかどうか。間違っても彼女は善人ではありませんから」
どうにも複雑な表情のミルフィーユ。ま、気持ちは分かる。実力は確かだが、とにかく胡散臭い奴だそうだし。しかしだ。この際、贅沢は言ってられない。掴めるなら、藁だろうが何だろうが掴もう。
「構わないよ、ミルフィーユ。連絡を取ってくれるかい? 現状、遊羅と面識が有るのはあんただけだ。頼むよ」
私の頼みにミルフィーユは少なからず、迷いを見せる。だが、覚悟を決めたらしい。
「……分かりましたわ。そのお役目、引き受けます。ただし、上手くいくかどうかは分かりません。そこは、ご了承願いますわ」
「分かってる。頼むよミルフィーユ。あんただけが頼りだ」
さ、冥府魔道の商人にして職人。遊羅とのコンタクトだ。……上手くいって欲しいよ。
遊羅と連絡を取るに当たり、準備を整える私達。何せ、冥府魔道の商人にして職人を名乗る、怪しい事、極まりない相手。用心に用心を重ね、更に用心を重ねる。不測の事態に備え、万全の体制を敷く。様々な防御術式を幾重にも張り巡らせ、その時に備える。
「ナナ殿、こちらの準備は完了しました」
「我の方も終わったぞ」
「アタシの方も終わったよ」
「了解、私の方も終わった。いよいよだね。よし、それぞれ持ち場に付きな。ミルフィーユ、あんたは大丈夫かい?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
それぞれ準備を完了。一番の要であるミルフィーユも、OKを出した。さ、始めるかい。
「よし、始めるよ。頼んだよミルフィーユ。上手く話を付けとくれ。ただし、くれぐれも油断するんじゃないよ」
「分かりましたわ。では、連絡を取りますわ」
ソファーの前のテーブル。そこには幾重もの魔法陣が描かれ、その中心に置かれているのはミルフィーユのスマホ。もしもの事態に備え、手に持たず、防御術式を施したテーブルの上に置いた状態で連絡を取る事にした。もちろん、そのままでは会話しづらいので、マイクとスピーカーも接続した。さて、どうなる事か? 皆が固唾を飲んで見守る中、ミルフィーユは名刺に書かれた番号を入力。すると……。
「繋がりましたわ!」
声を上げるミルフィーユ。でも、まだ分からない。全く別の所に繋がったのかもしれない。焦らず、相手が出るのを待つ。しばし、沈黙が続く。果たして本当に繋がったのか? 仮に繋がったとしても、出るのか?
その沈黙を破ったのは、女の声。
『はい、ご連絡ありがとうございます! 確かな品質、豊かな品揃え。信頼と実績の、よろず屋 遊羅! 良い品買うなら、よろず屋 遊羅! キュートでラブリーでグレートでワンダフルな店主が自慢のよろず屋 遊羅! 今回はどの様なご用向きでしょうか? お客様のご要望にピッタリの品をご用意いたしますよ? ウフフフフ♪』
その声を聞いて、私達の心は一つになった。
『こいつ、超ウゼェ!!』
ミルフィーユも若干、うんざりしているが、気を取り直し、話しかける。
「遊羅さん、しばらくですわね。私はミルフィーユ・フォン・スイーツブルグですわ。その節は大変、お世話になりました。で、この度は貴女に折り入って、お願いが有りまして」
とりあえず、丁寧かつ、下手に出るミルフィーユ。こういう、そつの無さはさすがだね。
『おやおや、これはこれはミルフィーユさん。しばらくぶりですね。おかわり無い様で何より。で、今回はどの様なご用向きで? わざわざ私に連絡をくださったぐらいです、何か困った事でも起きましたか?』
丁寧な口調で話す遊羅。さすがに商人。こちらもそつが無い。そしてミルフィーユは本題に移る。ミルフィーユいわく、小細工の通じる相手では無いらしいし。
「えぇ、その通りですわ。非常に困った事態ですの。そこで、是非とも貴女の商品を必要としていまして」
『おやおや、貴女がそこまでおっしゃるとは。これは確かに困った事態の様ですねぇ、さぞやお困りなんでしょうねぇ、いや実に』
スピーカー越しに聞こえてくる遊羅の声。なんと言うか、一々、他人の神経を逆なでする言い方だね、こいつ。こんな奴の力を借りるなんて、腹が立つよ。ミルフィーユも顔がひきつっているが、我慢し、本題を切り出す。
「遊羅さん、率直に言いますわね。貴女は真の神、真の魔王についてご存知かしら? 実は私の親友が真の神に命を狙われていますの。そこで真の神に対抗する方法を探していますの。現状、真の神、真の魔王が使う品、神器、魔器を探す方向で進めているのですが、貴女なら、何かご存知ありません? ……いえ、貴女なら、神器、魔器を取り扱っていらっしゃるのではありません?」
一気に言い切るミルフィーユ。マジで小細工抜きに直球勝負だよ。さて、遊羅はどう出るか?
『何を言うかと思えば、随分、突拍子も無い話ですねぇ。真の神? 真の魔王? 挙げ句、神器に魔器? 失礼ながら、アニメやラノベ辺りの見過ぎではありませんか? 私はこれでも暇ではないのですよ? お分かりで?』
返ってきたのは嘲りの言葉。ムカつく奴だね、こいつ! しかし、ミルフィーユは怒らない。
「遊羅さん、私はそんな事を聞いていません。もう一度聞きます。貴女は真の神、真の魔王についてご存知ありませんか? そして、神器、魔器を取り扱っておられませんか? 貴女は真の神、真の魔王について知らないとは言わなかった。神器、魔器を取り扱っていないとも言わなかった。信頼と実績のよろず屋 遊羅とは貴女の弁。嘘やいい加減な事はしないのが貴女でしょう? 私の親友の命が掛かっていますの。お代は必ず支払います」
真剣な口調で改めて、遊羅に問いかけるミルフィーユ。対する遊羅は沈黙する。しばらく続いたそれを破ったのは遊羅。
『………………やれやれ、鋭い方ですねぇ。ごまかしは効きませんか』
スピーカー越しに聞こえてくる、観念した様子の遊羅の声。
『確かに私は真の神、真の魔王について知っています。更に言えば、神器、魔器も持っていますよ』
やっぱり、遊羅は知っていた。更には神器、魔器を持っていると。だが、それだけでは済まなかった。
『とはいえ、伝話(この世界ではこう書く)越しにする様な軽い交渉ではないですね。よし、今からそちらに伺います。お茶と茶菓子の準備をよろしく』
「え?! ちょっと、遊羅さん!!」
いきなりのこっちに来る発言に、話をしているミルフィーユも周りの私達もビックリ仰天。そして……。
「やぁ! どうもどうも! 皆様、初めまして! キュートでラブリー。グレートでワンダフル。素敵で華麗なよろず屋さん。遊羅でございま~す !」
まずは突然、室内に巨大なスイカが出現。更にそれが上下二つに分かれ、中から狐耳を生やした若い女が登場。……おい、スイカの上半分を両手に持って腰を振っているそのポーズは何?
「あ、サ〇エさんネタだ」
どうやら、ハルカだけはネタが分かったらしい。当の遊羅はまだ腰を振っているけど。……私達、こんな訳の分からない奴と交渉するのかい? 今さらながら、不安になってきたよ……。
読者の皆様、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第90話をお届けします。
ミルフィーユ対ハルカの模擬戦、結果はミルフィーユの勝利。ミルフィーユ、対ハルカ戦にて初の白星を上げました。本人も感無量です。
そもそも、ハルカは真の魔王の身体を持つ人外。対するミルフィーユはあくまでも人間。基本的な身体能力に大きな差が有る。そのおかげでハルカが勝っていただけ。
ですが、遊羅の修行で覚醒した事で、ミルフィーユも人外の域に踏み込み、ハルカと並ぶ程の身体能力を得ました。となれば、今度は、経験で勝るミルフィーユが優位となりました。もちろん、ハルカもこのままでは済まさないつもり。師匠であるナナさん、エスプレッソとしては、お互いに切磋琢磨出来て良い事だと思っています。
真の神への対抗策として、神器、魔器の入手を目指すナナさん達。そこでミルフィーユが思い出した、遊羅の名刺。幸い、連絡が付きましたが、なんと、直接やってきた。とにかく曲者の遊羅。うまく話がまとまるのでしょうか?
では、また次回。