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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第89話 皮肉な結果。されど、彼女達は諦めない

「消えましたね……」


 安堵の息をつく僕。


「……ふぅ、どうやら助かったみたいだね……。ハルカ、あんた火傷とかしてないかい? もし、顔に火傷なんか負ったら、一大事だからね」


 対するナナさんは、酷い火傷を負っているにも関わらず、僕の事を気遣ってくれた。自分の方がよほど酷い状態なのに。






 真の神への対抗策を探して、太古の図書館を訪れた僕とナナさん。2人で手分けをして調べていた所、突然、炎に囲まれる非常事態に。


 消そうとしても消えず、ナナさんの空間転移で脱出しようとしたら、それさえ封じられ、絶体絶命の危機に。もはやこれまでかと観念したけれど、突然、炎は消え僕達は命拾いをした。突然、炎が現れた事といい、今度は突然、消えた事といい、とても奇妙な事件だった。でも、今はナナさんの治療が先。僕を炎から庇って酷い火傷を負ってしまったから。


「ナナさん、すぐに治療しますから!」


「……分かった。任せるよ」


 ナナさんは僕を炎から庇ったせいで、背中を中心に火傷を負っていた。いつも着ている黒ジャージごと焼けていて、酷い状態だ。一刻も早く治療しないと場所柄、感染症が怖い。


「ナナさん、しみるかもしれませんが、我慢してください。じきに済みますから」


「……ふん、大きなお世話だよ。さっさとしな。あんたが最近、治癒系の術を勉強しているのは知っているからね。せいぜい、やってみな」


 こんな状態でも、いつもの減らず口を叩くナナさん。本当は苦しいはずなのに、そんなそぶりは一切、見せない。


「分かりました。じゃ、やりますよ」


 最近、やっと使える様になった、古代魔法の1つ。


治癒の神秘水ミスティック・ウォーター


 両手を合わせて杯状にした手に、水が湧いてくる。その水をそっと、ナナさんの火傷を負った部分にかけていく。やっぱりしみるらしく、歯を食い縛るナナさん。すみません、すぐに終わらせますから。


 実際、古代魔法の効果は抜群だった。無惨に焼け爛れていたナナさんの背中は水をかけるとみるみる内に治っていき、痕を残さず綺麗に治った。良かった。


「ありがとう。すっかり楽になったよ。また一段と腕を上げたみたいだね」


「ありがとうございます。お役に立てて何よりです」


 僕の新しい治癒魔法を褒めてくれたナナさん。こういう事に関しては厳しい人だけに嬉しいな。


「でも、ナナさん。助かったのは良いですけど、本が全部燃えてしまいましたね。せっかく、真の神への対抗策の手掛かりを探しに来たのに」


「まぁ、こうなった以上、仕方ないさ。それに大した情報も無かったしね」


「確かにそうですけど……」


 ナナさんと一緒にあちこちを巡り、真の神への対抗策を探したものの、これまで何一つとして、見るべき情報は無かった。今回立ち寄った古代の図書館も残念ながら、ハズレ。こうも情報が見付からないと、さすがに嫌になってくる。


「情報が見付からないのは当然さ。今の神や魔王は真の神、真の魔王の事をひた隠しにしているからね。自分達が偽物だとバレる訳にはいかないし。だから、その手の情報は片っ端から消している。根気良く探すしかないよ」


 ナナさんはそう言ってくれるものの、やはり無駄骨ばかりなのは気が滅入る。


「しかしまぁ、見事に焼けたもんだね」


 気分を変えたかったのか、話題を切り換えるナナさん。すっかり焼けてしまった辺りを見渡していたんだけど、ある一点を見て、何やら様子が変わった。


「ん? これは……」


 壁へと近付き、何かを見ている。更には辺りを見渡す。あ、今度は床を調べだした。


「……有った。他にも有るはず」


 更にあちこちを調べるナナさん。何を見付けたんだろう? 僕の疑問はそっちのけでナナさんは壁や床、天井まで調べる。それからしばらく、ナナさんの調査は続いた。で、やっと終わったのか、僕の元に戻ってきた。


「なるほどね。そういう事か。ハルカ、ちょっとこれを見てみな」


 戻ってきたナナさんは、僕に壁の一ヶ所を見せた。さっきナナさんが見ていた場所だ。そこを良く見てみると。


「小さくて分かりにくいですけど、これ、周りと違う素材ですね」


 小さいけど、周りと違う素材のパーツが組み込まれていた。ナナさんがあちこち調べていた事から、他にも有るのは確か。


「その通り。それと同じ物があちこちに組み込まれていたよ。意味が分かるかい?」


「何らかの意味は有ると思いますけど……。ごめんなさい、分かりません」


 あちこちに組み込まれている小さなパーツ。何かのスイッチという訳でも無さそうだし。するとナナさんは答えを明かしてくれた。


「やれやれ、未熟者だね。まぁ、仕方ない。向こうもあっさりバレたら困るからこそ、こんなやり方をしたんだろうし。見てな、こういう事さ」


 そう言うと、ナナさんは壁に組み込まれている小さなパーツに手を当て、僕の知らない言葉で何かを唱え始める。すると、小さなパーツが光った。それだけじゃない。部屋のあちこちの他のパーツも同様に光りだした。更にそこから光線が放たれる。放たれた幾つもの光線は、空中で複雑な軌道を描いていく。そして、パーツからの光線が収まると……。


「立体型魔法陣!」


「そういう事さ。ここに有る書物は全て、これをごまかす為の囮。本命はこれさ。しかも分かりにくくする為に、立体型魔法陣を採用。仮に誰かが立体型魔法陣の要であるパーツに気付いても、それだけじゃ、まず分からない。魔法陣は基本的に平面だからね。おまけに、これは上級古代語を使わないとダメだし」


 これには僕も驚いた。どうりで、ここには大した情報が無い訳だ。無価値な書物を大量に置く事で、本命を隠していたんだ。しかも、立体型魔法陣。ナナさんの言う通り、仮に誰かが要のパーツに気付いても、それだけでは意味不明。平面的に配置されているならともかく、立体的に配置されているせいで、実に分かりにくい。一見、デタラメに配置されている様に思えるからね。実際、僕も分からなかったし。それを見破るナナさんはやっぱり、凄い。


「ほら、見てみな。本命のお出ましだよ」


 立体型魔法陣の中心に何かが現れた。見た所、黒い箱みたいだ。あれを隠していたのか。


「ハルカ、あんたはここで待ってな。私が取りに行く。何かヤバい罠でも仕掛けられていたらまずいからね」


「分かりました。気を付けてくださいね」


 立体型魔法陣の中心に浮かぶ黒い箱を取りに行くナナさん。幸い、これといった罠も無く、無事に黒い箱を回収。


「ふん、かなり厳重に保護されているね。こいつは期待出来そうだよ。ハルカ、ウチに帰るよ。この箱の開封がしたいし、他の奴らもどうなったか知りたいしね」


「はい、ナナさん」


 ナナさんは左に黒い箱を抱え、右手を僕に差し出す。その手を握り、僕達はナナさんのお屋敷へと転移。しばらくぶりの帰宅を果たした。箱の中身も気になるし、他のみんなも大丈夫かな?







 やっと帰ってきた、我が家。やっぱり落ち着くな。まずはお風呂に入って、ゆっくりくつろぎたい。道中、色々と大変だったし。それはナナさんも同じだったらしい。


「ハルカ、まずは風呂に入るよ。さすがに疲れたしね」


「そうですね」


 そんな訳で、2人で一緒にお風呂に。幸い、ナナさんのお屋敷のお風呂は、すぐにお湯を張って入れる。便利だね、このお屋敷は。






 さて、お風呂で疲れを癒した僕とナナさん。ナナさんは、リビングでくつろぎ、僕は留守中の伝言をチェック。まずはクローネさん、続いてファムさんからの伝言が入っていた。それなりに収穫が有ったらしい。でも、その次の伝言の内容に驚いた。


 送ってきたのはスイーツブルグ家のメイドさん。その内容は、ミルフィーユさんがダンジョンの調査に向かったまま、行方不明になってしまったとの事。驚きのあまり、僕は大声でナナさんを呼ぶ羽目に。


「ナナさん、大変です! ミルフィーユさんが、行方不明になったって!」


「落ち着きなハルカ。良く見な、まだ伝言は残っているだろ? まずは全部の伝言をチェックしな。それに、ミルフィーユはあっさり死ぬ様なタマじゃないよ」


 大慌てする僕を、宥めるナナさん。こういう所はさすがに大人。


「……すみません、取り乱してしまいました。そうですね、まだ伝言は残っていますし。ちゃんと全部チェックしないと。それにミルフィーユさんが簡単に死ぬ訳無いです」


「よしよし。それじゃ、さっさと伝言のチェックを済ませな」


「はい」


 ナナさんに言われて、気を取り直し、残りの伝言をチェック。次の伝言に入っていたメッセージを聞いて、またびっくり! 他ならぬ、ミルフィーユさんからだった。行方不明になった事に対する謝罪と、収穫が有った事を伝えてくれた。良かった! 無事だったんだ!


「ナナさん! ミルフィーユさんからの伝言が有りました! ちゃんと帰ってきたそうです! ……良かった」


 今度は喜びのあまり大声を上げる僕を見て、苦笑するナナさん。


「だから言ったろ? ミルフィーユはそんなに簡単に死ぬ様な奴じゃないって。とりあえず、さっさと飯にしとくれ。私は腹が減ったよ。まぁ、あんたも疲れてるだろうし、簡単な物で良いよ」


「分かりました。有り合わせの物で済ませます」


 ナナさんはリビングへ戻り、僕はキッチンへ。冷蔵庫の中を見て、何を作るか考える。簡単な物で良いとは言われたけどね。


「ブロックのベーコンが有るな。白菜も有る。後は……」


 戸棚を開けて、コンソメを取り出す。これだけ有れば十分。さっさと作ろう。






 テーブルの上にコンロを置き、耐熱ガラス製の小さめの鍋を乗せる。さて、次っと。


 白菜を適当にちぎってから、さっと洗い、食べやすいサイズに切る。ブロックのベーコンはある程度の厚みで切る。これで具材は完了。鍋に水を張り、コンロに火を着け、沸いてきたらコンソメを投入。続いて、白菜とベーコンも。後は具材に火が通るまで待つだけ。


 待つ事、しばらく。具材にしっかり火が通り、良い感じ。もう良いかな。今晩のメニュー、白菜とベーコンのコンソメスープ鍋の出来上がり。


「ナナさん、晩御飯ですよ!」


「分かった、今行くよ」


 鍋が出来たので、リビングにいるナナさんに声を掛ける。返事をして、すぐにダイニングに来るナナさん。


「おや、鍋かい? 簡単な物で良いと言ったのに」


「実際、簡単な鍋ですから。さ、早く食べましょう」


「そうだね、それじゃ、いただきます」


「いただきます」


 ナナさんのいただきますを皮切りに今日の晩御飯の始まり。






「白菜が良く煮えてるね。柔らかいし、スープの旨味が良く染み込んでいて、実に良いね。厚切りのベーコンも嬉しいね」


「気に入ってもらえて、嬉しいです。簡単だけど、美味しいでしょう? 白菜とベーコン、それにコンソメが有れば出来ますから」


「そうだね、これなら私でも作れそうだね」


「面倒な下ごしらえが要らないですからね」


 この鍋の良い所はとにかく、簡単な事。白菜はクセの無い野菜だし、ベーコンは切って入れるだけ。切るのが面倒なら、スライスベーコンを使えば良し。スープもコンソメを入れただけだし。実に簡単。


 僕とナナさんの2人で鍋をつつきながら、話をする。


「ハルカ、あんたが晩飯の支度をしている内に、他の奴らとの連絡を済ませておいたよ。で、明日の昼にここに集合する事になった」


「分かりました。とりあえず、お茶とお茶菓子は準備しないといけませんね」


「それと、エスプレッソの奴が言っていたんだけど、ミルフィーユは随分と大きな収穫が有ったらしいよ。楽しみにしておいてくれってさ」


 そう言い、厚切りのベーコンを頬張るナナさん。ミルフィーユさん、一体、どんな収穫が有ったのかな?


「あぁ、そうそう。私は今夜は徹夜するよ。回収した黒い箱を調べないといけないからね。あんたは寝て良いよ」


「そうですか。じゃ、後で夜食のおにぎりをつくりますから。無理しないでくださいね?」


「ま、やるだけの事はやるさ。あ、おにぎりはツナマヨでね」


 こうして、晩御飯の時は平和に過ぎていった。







 さて、翌日。いつもの様に起きて、シャワーを済ませて着替えたら、朝御飯の準備。それを済ませたら、今度は掃除に洗濯。特に今日はお客様が来るからね。急いで済ませる。ちなみにナナさんは、昨日、回収した黒い箱の分析で、いまだに自分の部屋にこもっている。念のため、夜食のおにぎりを差し入れしたけど、大丈夫かな? そこへ当のナナさんがやってきた。随分と疲れているみたいで、リビングのソファーに座り込んでぐったりしている。


「おはようございます、ナナさん。あの、大丈夫ですか? 朝御飯、食べられますか?」


「……おはようハルカ。そうだね、何か軽い物を頼むよ」


「分かりました。ちょっと待ってください」


 見るからに疲労困憊のナナさん。さっと食べられる物で、なおかつ、身体の温まる物か。戸棚を開けて、中を見る。……よし、決まり。さっそく、調理開始。鍋にお湯を張り、沸かす。すぐに作りますからね、ナナさん。






「ナナさん、出来ましたよ。朝っぱらから、どうかとは思いますけど、にゅうめんにしました。これなら食べられるでしょう? おろし生姜を少し入れたんで、温まりますよ」


「……にゅうめんか。うん、これなら食べられる。いただくよ」


 僕が作ったのは、にゅうめん。すぐに作れるし、さっと食べられる。ついでに、おろし生姜を少し入れてみた。ナナさんはにゅうめんの入ったお椀を受け取ると、すすり始める。


「……ふぅ、温まるねぇ。何とも落ち着くよ」


 幸い、ナナさんの口に合ったらしく、食が進んでいる。良かった。


「ごちそうさま、美味かったよ」


「お粗末さまです。で、あの黒い箱ですけど、何か分かりました?」


 にゅうめんを残さず平らげたナナさん。落ち着いたらしいので、あの黒い箱について聞いてみた。


「あぁ、それなりに収穫は有ったよ。その辺の事は今日の昼にみんなが集まった際に話すよ」


「そうですか。とりあえず、ナナさん、仮眠を取ったらどうです? 疲れているでしょう? みんなが来たら、起こしますから」


「そうだね、そうさせてもらうよ」


 やっぱり疲れていたらしく、少々、ふらつきながら、ナナさんは自分の部屋に帰っていった。僕もお昼までに準備を済ませてしまおう。






「そろそろ、時間だ。連絡が来ても良さそう。とりあえず、ナナさんを起こしてこよう」


 時間はまもなく、お昼。そろそろ、連絡が来ても良い頃。既に家事は済ませた。お茶菓子も用意した。紅茶は、みんなが来てからだけどね。とにかく、今はナナさんを起こさないと。寝覚めの悪い人だから、毎回苦労するけど……。






「ふん、全員揃ったね。じゃ、始めようか」


 仮眠中のナナさんを起こしに行った際、ベッドの中に引き込まれそうになったものの、何とか脱出。普段なら、お説教をする所だけど、今日はお客様が来る関係上、そうもいかず。さっさとシャワーを浴びさせ、着替えさせる。と言っても、いつもの黒ジャージだけど。ともあれ、ナナさんが、今回の集まりの開始を告げる。


 集まったのはいつものメンバー。クローネさん、ファムさん、スイーツブルグ侯爵夫人、ミルフィーユさん、エスプレッソさん。安国さんは調査に参加していないので、今回はパス。


 そして、それぞれの調査結果の報告。一番手はクローネさん。


「真の神と真の魔王の人数が分かったぞ。と言っても、古い記録故に、現在とは違いが有るかもしれないが。先の大戦にて生き残ったのは、神が5人。魔王が6人らしい。残念ながら、それ以上は分からん。あまりにも情報が無くてな」


 申し訳なさそうなクローネさん。


「気にする事はないよ。情報が無いのは重々、承知の上。人数が分かっただけでも、ありがたい。やっぱり少ないんだね。あのクソ邪神みたいなのがゾロゾロいたらと思うと、ゾッとするよ」


 以前、ツクヨに負けた事を未だに根に持っているナナさん。でも、ナナさんの言う様に、ツクヨ並みの存在がゾロゾロいたら、確かに怖い。続いてはファムさん。


「今度はアタシね。真の神や魔王に対抗する手段について調べてみたんだけど、あいつらの使う品々。『神器』、『魔器』っていうのが有効らしいね。真の神や魔王の敵は、同じ真の神や魔王って事。でも、これ、色々問題が有ってね……。まず、数が少ない。遥か太古の連中の品々だからね。おまけに今の神や魔王が、見つけ次第、隠したり、壊したりしているし。何より、元が真の神や魔王の使う物。並みの奴じゃ、触れる事も出来ないよ」


 それはそうだろう。聖剣、魔剣といった格の高い武器は数が少なく、とても貴重。しかも使い手にもそれ相応の格が必要。ましてや、真の神や魔王の使う品々ともなれば、その貴重さは格段に跳ね上がる。必要とされる格もまた、とんでもなく高いだろう。ファムさんの言う通り、並みの相手では、触れる事も出来ない。下手すれば、見ただけでも危ない。







 続いてはスイーツブルグ侯爵夫人とエスプレッソさん、ミルフィーユさん。


「では、今回の調査結果を報告致します。これをご覧ください」


 エスプレッソさんが出してきたのは、1枚の絵。中心には大きく描かれた人物。その周りを囲む、少し小さめの11人。更にその周りには幾つもの小さな人物像。仏教の曼陀羅図みたい。


「これは、創造主とそれに従う神魔を表した図だそうです。残念ながら、劣化が激しく、詳しい事は分かりません。ちなみに中心が創造主。その周りの11人が、真の神と魔王。更にその周りが今の神と魔王を表しているそうです」


 エスプレッソさんの説明の後、みんなで、その図を見てみる。やはり注目するのは真の神と魔王。残念ながら、言われた様に劣化が激しく、詳しい事は分からない。でも、その中に1つ見覚えの有る姿が。


 そう、『僕が良く知っている姿が』。


「どうしたんだい、ハルカ?」


 僕の様子に、ナナさんが声をかけてきた。


「……ナナさん、これ、僕です。正確には僕のもう1つの前世の姿。魔氷女王です」


 創造主様を囲む、11人の内の1人。白いドレスを着た、長い髪の女性の絵。ぼやけているにも関わらず、僕には、はっきりそれが自分のもう1つの前世の姿だと分かった。


「魔氷女王は、先の大戦を生き残ったんですね。でも、その後、何らかの原因で死んだ。だからこそ、今僕がこうして、ここにいる訳ですから」


「……ふん、あんたのもう1つの前世だけに分かったのかい。まぁ、そうなるね。魔氷女王は死んだ。だからこそ、あんたが魔氷女王の身体を得て転生したんだから。なぜ、魔氷女王が死んだのかは分からないけどさ」


 しばし、沈黙に包まれる。かつての大戦で生き残った程の実力者たる、魔氷女王。その彼女が死んだ。理由は分からないけど、真の神や魔王のデタラメな強さを知る僕達にはとても不気味に思えた。一体、何が有ったんだろう? 残念ながら、僕には魔氷女王の記憶は無い。魔氷女王の死因は謎。いつか、分かる時が来るのかな?






 どうにも嫌な雰囲気になってしまったけど、気を取り直し、次へ。今度はミルフィーユさん。何か大きな収穫が有ったらしいけど。


「では、話しますわ。長くなりますが、そこはご容赦くださいまし」


 そして始まったミルフィーユさんの話。それは、とある廃鉱のダンジョン化に端を発する、一連の大事件。既に話を聞いている侯爵夫人とエスプレッソさんを除く、僕達にはとても興味深い話だった。


「こりゃ、驚いたね。ダンジョンの先には、既に滅びた異世界とはね。その世界を破滅させた宇宙からの侵略者、コア。冥府魔道の商人にして職人。よろず屋 遊羅ユラ。更には正体不明の赤い騎士の女か。あんた、良く生きて帰ってこれたね」


 ミルフィーユさんから、一通りの話を聞いて、そう言うナナさん。僕達が留守中に、そんな大事件に巻き込まれていたなんて。ナナさんの言う通り、良く生きて帰ってこれたなぁ。普通は死ぬよ。


「えぇ、全くおっしゃる通りですわね。今、こうして生きているのが、不思議なぐらいですわ。それだけの収穫は有りましたが。あの女狐の指導のおかげで、私は飛躍的に強くなれましたわ。しかし、素直には喜べません。私の得た新しい力は、一つ間違えば、私自身を破滅させます。諸刃の剣ですわね」


 飛躍的に強くなったと自分で語りながら、同時に、自分が破滅する危険性も語るミルフィーユさん。


 そんなミルフィーユさんに話しかけるナナさん。


「……ふん。力を得るってのは、良い事ばかりじゃない。色々とリスクも伴う。強ければ強い程ね。ましてや、あんたの得た力は、もはや人の域を超えている。これが何を意味しているか……分かるね?」


「えぇ。私が人外の存在になりつつあるという事ですわね」


 ナナさんの問いかけに、さらりと答えるミルフィーユさん。あの、それ、大変な事じゃないですか!


「ハルカ、あんたがとやかく言う事じゃないよ。嫌な言い方だけど、仕方ない。もし、ミルフィーユが新しい力。黄金の炎を会得していなければ、赤い騎士の女に殺されていた。更には私達もね。相手は異世界にいる私達を攻撃出来る程の奴だ。もはや、人の手に負える相手じゃない。人外に対抗出来るのは、人外さ」


 ナナさんの語る、非情な現実。その言葉に僕は黙るしかなかった。






「さて、ミルフィーユからの話の要点をまとめようか」


 話の締めくくりにかかるナナさん。


「まず、異世界を破滅させたコアだけど、これはもう、どうでも良いね。頂点に立つマスターコアが死んだ事で、他のコアも死滅。マスターコアに次ぐ、12のコマンダーコアっていうのは、死なないらしいけど、それも、1つを除いて遊羅ユラが始末したらしいし」


 ミルフィーユさんいわく、遊羅ユラさんがそう言っていたらしい。事実、こちらの世界に攻め込んできたパワードスーツの中枢のコア。ミルフィーユさんのお姉さん達が倒して回収したそれが、ただの石になってしまったとか。おかげでミルフィーユさんはお姉さん達から、随分絞られたんだって。ちなみに唯一残ったコマンダーコアは、人間に味方し、宿主の少年及び、仲間達と共に脱出したそうだ。


 ナナさんは紅茶を一口飲んで、話を続ける。


「やっぱり一番の問題は、冥府魔道の商人にして、職人を自称する女狐。よろず屋 遊羅(ユラだね。赤い騎士の女も気になるけど、この女狐はマジでヤバい」


 真剣そのものの顔のナナさん。


「強い。凄い品を作れる。これだけでも十分過ぎる程ヤバいけどね。何よりヤバいのは、こいつの考え方が読めない事」


 そこへミルフィーユさんが続ける。


「全く、同感ですわね。私も貴族という立場上、腹に一物隠した輩とは関わる事が多いですが、あんな不気味な方、初めて見ました。いつも浮かべていた薄っぺらい笑顔。今、思い返しても寒気がしますわ。利害の衝突が無かったからこそ、良かったものの、もし、敵に回っていたら、私の命は無かったでしょう。それほどまでに、計り知れない方でしたわ」


 珍しく、青ざめた表情を見せるミルフィーユさん。貴族の娘という立場上、腹黒い人達と関わる事の多い彼女をして、不気味と言わせる人物。今回はミルフィーユさんに味方してくれたけど、もし、次に会う事が有ったなら、果たしてどうなるだろう?







「最後は私だね。昨日、持ち帰った黒い箱。それ自体が一種の情報記録媒体でね。それに記録された内容を解読した結果、真の神や魔王を殺す術が記されていたよ」


 最後はナナさん。徹夜をして、調べた黒い箱の調査結果を報告。真の神や魔王を殺す術が記されていたとの言葉に、僕を始め、一堂、色めき立つ。でも、1人例外有り。それは……。


「ほう、これはお手柄ですな、ナナ殿。しかし、その割りには、あまり嬉しそうではなさそうですが?」


 エスプレッソさんの冷静な指摘。言われてみれば確かに。ナナさんの性格からして、そんな大発見ならば、真っ先に言いそうなもの。


「ふん、相変わらず嫌な奴だね。あぁ、そうだよ。全然、嬉しくないんだよ。せっかく解読したのに、役に立たないのさ、この術は。ぶっちゃけ、古いんだよ」


 せっかくの盛り上がりが一転して気まずい沈黙に変わる中、淡々と語るナナさん。


「この術はね。真の神や魔王の強大な力を逆に利用し、自壊させる術なんだ。でもね、この術を使うには、少なくとも私クラスの術者が8人必要。しかも、使った奴は死ぬ。一度に1人しか捕捉出来ないし、動き回る相手には使えない。何より腹が立つのは、この術、今の真の神や魔王には効かないよ。邪神ツクヨのデータを元に試算したんだけど、とてもじゃないが、無理。あいつの保有する力の質、量共に、桁外れ。手に負えない」


 暗い表情のナナさんは続ける。


「悪いね、ハルカ。わざわざ、あんたが夜食まで作って応援してくれたってのに、とんだ無駄骨でさ」


 またしても、気まずい沈黙。それを打ち破ったのは、侯爵夫人。


「その術が役に立たない理由は、こうでしょう。恐らく、その術はかつての大戦以前の物。その当時は、まだ真の神や魔王もピンキリだったのでしょう。しかし、大戦により、ほとんどの真の神と魔王は死に絶え、強者が生き残った。それほどの実力者には通じない。こんな所かと」


 なるほど。この術が出来た頃には、真の神や魔王もたくさんいて、強いのもいれば、弱いのもいた。でも、かつての大戦で淘汰され、特に強い者達だけが生き残った。そういう事か。


「まぁ、そうだろうね。全く、嫌になるよ。でも、諦める訳にはいかないね。皮肉なもんだけど、現状、真の神や魔王に対抗出来る可能性が一番高いのは、ハルカ。真の魔王の身体を持つあんただよ」


 ナナさんが出した結論。それは僕が最大の希望だという事。確かに皮肉。僕を守る為に調べた結果、僕が一番有効と分かったんだから。







「とはいえ、あんたを守る為に調べたのに、あんたに押し付けたんじゃ、本末転倒もいいところ。ここは、ファムの調査結果にあった、神器、魔器とやらを探そうと思うんだ。ファム、神器、魔器についてもっと詳しい情報は無いかい?」


 僕に全てを押し付ける訳にはいかないと、対抗策として、神器、魔器を探すと言い出したナナさん。さっそく、ファムさんにより詳しい情報を求める。


「ごめん。あまり詳しい情報は無いの。ただ、文字通り、神や魔王の使う品にして、それ自体が神や魔王に匹敵するんだって。だからさ、ハルカちゃんの使っている小太刀。あれが現状、一番、魔器に近いよ。何せ、真の魔王の身体を持つハルカちゃんが使っているんだから」


「ファム、それでは結局、話が振り出しに戻ってしまうぞ。しかし、否定は出来んな。全く、皮肉なものだ。守りたい者が、一番の対抗策とはな」


 ファムさんによれば、僕の小太刀が現状、一番、魔器に近いとの事。その言葉に苦言を呈するクローネさん。結局、僕にお鉢が回ってくるからね。


「後、もう一つ。ミルフィーユお嬢様のペンダント。これも恐らく、神器か魔器でしょう。何せ、あの邪神ツクヨが渡した品。実際、計り知れない力を感じますからな。まぁ、現在はペンダントでしかありませんが」


 そこへ口を挟むエスプレッソさん。そういえば、そうだった。ミルフィーユさんのペンダント。あれはツクヨから貰った物だっけ。詳しい事は知らないけど。でも、ツクヨが無意味な品を渡すとは思えない。


「口が過ぎますわよ、エスプレッソ。ですが、否定はしませんわ。これを譲ってくれる際、邪神ツクヨは言いましたわ。この宝石から、自分の武器を生み出してみせろと、私に試練を課しましたの。真の魔王の身体を持つハルカに並び立つ為の」


「なるほどね。真の魔王の身体を持つハルカに並び立つ為の試練か。だったら、その宝石が神器か魔器としてもおかしくない。渡した奴自体が真の神だしね。ま、現状はペンダント。武器としては使えないね」


「残念ながら、今の私では力不足の様ですので」


 申し訳なさそうなミルフィーユさん。


「気にする事は無いさ。あんたは若いんだから。ところでだ……」


 何やら含みを持たせた言い方のナナさん。


「ミルフィーユ、あんた、遊羅ユラとかいう、女狐に鍛えられたってね。自分でも言っていたように、随分と強くなったじゃないか。私にははっきり分かるよ」


「何をおっしゃりたいんですの? ナナ様」


 不穏な雰囲気のナナさんとミルフィーユさん。止めた方が良いかな? そう思っていたら、ナナさんの一声。


「ミルフィーユ、あんた、ハルカと手合わせしな。正直、試してみたいんだろう? 自分の力がどこまでハルカに通じるのか? ハルカ、そういう事だから、準備しな」


「お見通しでしたのね、ナナ様」


「まぁね。ほら、ハルカ、さっさとしな」


「……分かりました」


 何か、当初の目的から外れてしまったなと思いつつも、同時に、ミルフィーユさんがどれだけ強くなったか気になるのも事実。そんな訳で、地下のトレーニングルームへ。面白そうだと、他の人達もついてくる。ミルフィーユさん、貴女がどれだけ強くなったか、確かめさせてもらいます!






読者の皆様、1ヶ月以上のご無沙汰でした。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第89話をお届けします。多忙及び、スランプで、かくも遅くなってしまいました。誠に申し訳ありません。それでも読んでくださる方々に感謝です。


さて、調査を終え、帰ってきたナナさん達。調査結果の報告の為、ナナさんのお屋敷に集合。


ちなみにナナさんのお屋敷に集まる理由は広く、なおかつ、セキュリティが万全。スイーツブルグ侯爵家は、広さはともかく、人が多い。故に却下されています。何せ、話の内容がヤバいですから。では、今回分かった事。


かつての大戦で生き残った真の神は5人、真の魔王は6人、計11人。ただし、古い情報の為、現状とは違うかもしれない。


真の神や魔王への対抗策の1つとして、彼らの使っていた品。神器、魔器を使う。ただし、数が少ない上、そもそもが真の神や魔王が使う品。はたして、使えるか、どうか。


かつての大戦を生き残った真の魔王の中に、ハルカのもう1つの前世である魔氷女王がいた。しかし、ハルカが魔氷女王の身体を得て転生した事から、大戦後に彼女が死んだのは確か。大戦を生き残った程の実力者たる、魔氷女王がなぜ死んだのか? それは不明。


ナナさんが解読した古代の術。残念ながら、現在の真の神や魔王には通じない。かつての大戦を生き残った彼らは、あまりにも強く、手に負えない。ナナさん、がっかり。


皮肉な事に、現状、真の神や魔王に対抗出来る可能性が一番高いのは、真の神や魔王から守りたい存在である、ハルカという結果に。しかし、ナナさん達は、諦めない。神器、魔器を探す事に。


最後は、異世界で大幅なパワーアップを遂げたミルフィーユ。ナナさんの提案でハルカと手合わせする事に。


次回は、パワーアップしたミルフィーユ対ハルカ。それでは、また。



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