第88話 令嬢は覚醒し、女狐は笑う
「おはようございます。良く眠れましたか? 今日は朝から良い天気です。実に気持ち良い朝ですね。あぁ、朝食の準備をしますので、少々お待ちを」
異世界に来て、初めて迎えた朝。胡散臭い女狐が胡散臭い笑顔で愛想良く話しかけてきました。しかしながら、私の気分は朝から最悪です。返事もせず、即座に『近くに置いてあった水を張った洗面器』で慌てて顔を洗い、『これまた近くに置いてあった冷たい水』を飲んで、気分を整えます。生まれてこのかた、17年。こんな最悪の寝覚めを迎えたのは初めてですわ。
「おや? どうなさいました? 朝から気分がすぐれない様ですが?」
「貴女のせいでしょうが! この女狐! あんな起こし方が有りますか!」
もはや、お馴染みの胡散臭い笑顔でいけしゃあしゃあと言う女狐に、怒り爆発です。でも全く堪えないのが女狐、遊羅。
「せっかく起こしてあげたのに、すぐに起きない貴女が悪いんでしょう。だから私は手っ取り早い手段を使っただけですよ。それが何か?」
「えぇ、確かに手っ取り早い手段でしたわね! でも、おかげで最悪の寝覚めでしたわよ!」
「まぁ、確かにあれは強烈ですからねぇ。『牛乳を拭いた後の雑巾』は」
「そんな物を私の顔に掛けないでくださる?! あの悪臭は筆舌に尽くしがたいものが有りましたわよ! 死ぬかと思いましたわ!」
「そうでしょうねぇ、『牛乳を拭いた後の雑巾』といえば、全国の小学生を恐怖に陥れる最凶兵器ですからねぇ。まぁ、その代わりにちゃんと洗面器と水を用意してあげたでしょう?」
怒りをぶちまける私と、それをヘラヘラ笑いながら受け流しつつ、朝食の支度を進める女狐。実に手際が良いですわね。ただ、昨日もそうでしたが、室内で火を起こすのはどうかと。
「朝食が出来ましたよ」
廃墟と化した教室での朝食。場所柄は最低ですが、文句は言えません。テーブル代わりの机の上に2人分の朝食を手際良く並べていく女狐。一汁一菜を地で行く、シンプルな朝食です。
「シンプルと言うか、ショボい朝食ですわね」
「文句を言うなら食べないで結構。ただし、食べないとキツイですよ。今日からみっちり鍛えてあげますから」
「食べないとは言っていませんわ。さ、早く食べましょう。時間が無いのでしょう?」
「そうですね。では、いただきます」
「いただきます」
2人して朝食開始。女狐の料理の腕前は昨日の夕食で確認済み。今朝の朝食もやはり美味でした。そこへ卵を取り出し、ご飯の上にかける女狐。見るからに新鮮で美味しそうな卵。黄身がこんもりと盛り上がり、白身も張りが有ってプルプルです。更にそこへ醤油をかけて、ご飯とかき混ぜ、かき込む。行儀は悪いですが、美味しそうに食べていますわね。
「ふぅ~、美味しいですねぇ。さすがは『キキョウさん』お気に入りの卵と醤油。卵かけご飯大好きな彼女を唸らせただけはありますね。ぜひ、ウチの商品として取り扱いたいですよ」
実に満足そうな女狐。『キキョウさん』とやらが誰かは知りませんが、その満足そうな顔。更には確かな品質の商品しか取り扱わない彼女が、商品として取り扱いたいと言う辺り、味、鮮度共に素晴らしい品質なのでしょう。何せ、生卵です。余程、鮮度が良くなければ食べられません。食中毒は怖いですから。ちなみにハルカは卵料理が得意かつ、好きですが、生卵だけは嫌がっていましたわね。
「よろしければ、貴女もどうですか? これ程の卵と醤油は私といえど、なかなか手に入らないので」
私にも卵かけご飯を勧めてきた女狐。少々、迷いますわ。私は卵を生で食した事が無いので。とはいえ、確かに美味しそうでしたし、この女狐、性格はともかく、扱う商品の品質は確か。ここは誘いに乗りましょうか。
「えぇ、では、お言葉に甘えて」
ちょうど空になったお茶碗を差し出し、そこに女狐がご飯を盛り付け、返してきました。更に卵と醤油差しも。
女狐のやり方を真似て、ご飯の上に卵をかけ、醤油を垂らす。そしてかき混ぜる。最後は一気にかき込む。侯爵家令嬢という立場上、普段は出来ない食べ方。ナナ様は気にせずによくやっては、ハルカから行儀が悪いと怒られていますが。で、結論ですが、確かに美味しいですわ。好き嫌いは分かれるでしょうが、私の口には合いました。濃厚な卵の旨味とさっぱりした醤油の旨味としょっぱさが実に合います。
「これは確かに美味しいですわね」
「お口に合って何より。ただ、大量生産出来ないので、流通させるには難有りでしてね。ま、しっかり食べてください。でないと、身体がもちませんよ」
「分かっていますわ。私達には時間が無いのですから」
マスターコアの襲撃まで、推定、1週間程。それまでに鍛練を積み、実力の底上げをしなくてはなりません。そして、何より、マスターコアを討伐せねばなりません。責任重大ですわ。
「うんうん、大いに結構。大丈夫、この遊羅さんがビシバシ鍛えてあげますからねぇ」
……鍛えてくれる相手に若干、不安が有りますが。
「では、ミルフィーユさん。さっそくですが、この服に着替えてください。私特製のトレーニング用スーツです。特訓はこれを着た状態で行います」
「……これに着替えろと?」
「おや? 何かご不満でも?」
「当たり前でしょう! ふざけていますの?! そのデザインは!」
朝食も終わり、いよいよ特訓に向けての準備をする事になった所へ女狐が取り出した、トレーニング用スーツ。まぁ、それ自体は構わないのです。しかし、そのデザインが酷い。
「可愛いと評判なんですがね、この『タヌキさん着ぐるみスーツ』は。他にも『クマさん着ぐるみスーツ』とかも有りますよ」
文句を言うものの、全く取り合わない女狐。まぁ、可愛いデザインと言えば可愛いですが。しかし、これを着て特訓をしろとは。ですが、次の女狐の言葉を聞いて、慌てて着る事に。
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと着替えなさい。私達には時間が無いのですから。それとも、ここで死にますか?」
これまでとは一転しての冷たい口調。鋭い殺気。これは即座に言う通りにしなければ命が無いと、本能が訴えます。
「分かりましたわ! すぐに着ますから!」
着ぐるみを着るなど初めてですが、四苦八苦しながらも何とか着る事が出来ました。見た目はふざけていますが、着心地はなかなかのものです。
「それでは、グラウンドに行きますよ。時間が無いですからね。かなりハードスケジュールになりますよ。お覚悟を」
私が着替えたのを確認した女狐。いよいよ特訓の開始ですわ。マスターコアの襲撃までにどれだけ実力の底上げが出来るか。……やってみないと分かりませんわね。
「では、これよりマスターコア襲撃に備えての特訓を始めます! この際、はっきり言います! この特訓中、貴女は最低のクソです! クソ以下です! 酔っぱらいのおっさんのゲロ以下です! 異論、反論は一切、認めません! 分かりましたか、このウジ虫!! 分かったら返事をしなさい、このウジ虫!!」
………………マスターコアより先に、この女狐を殺したいですわねぇ。特訓開始に当たって、ハー〇マン軍曹ばりの暴言を吐きまくる女狐。しかし、この際、文句は言えません。残り僅かな時間で強くなるにはこの程度乗り越えなくては。
「返事はどうしました?! ウジ虫!!」
「はい!!」
「よし! では、始めますよ! とりあえず、ランニングです! ついてきなさい、この腐れウジ虫!!」
まずはランニングから、開始ですか。しかし…………誰が腐れウジ虫ですか!! 後で覚えていなさい!! この女狐!!
こうして始まったランニング。女狐の説明によれば、この学園は人工島に建てられたそうで、今回のランニングは人工島の外周を走るとの事。それだけなら、ただのランニング。しかし、この女狐のランニングがそんな甘い訳がありません。
「酷いルートですわね。まぁ、当然ですが。整備されたコースではないのですから」
「当たり前でしょう。これは特訓なんですよ。整備されたコースなんか走る訳がないでしょう。ごちゃごちゃ言わずについてきなさい」
少し先を走る女狐と、その後を追って走る私。かつては綺麗に整備されていたであろう、人工島。しかし、今では無惨な廃墟と化しています。あちこちに大小様々な瓦礫が散らばり、地面も破壊されています。そんな中、私達は瓦礫を避け、地割れを飛び越え、段差を登り降りしながら先に進みます。確かにこれはキツイですわね。
「まずは身体能力の強化。更には魔力面の強化も行いますからね」
アスレチックコースばりのルートを走りながら、宣言する女狐。
「望む所ですわ」
こんな所でへばってはいられません。私達はマスターコアとの戦いに勝たねばならないのですから。
「しかし、こうして改めて見ると、本当に酷い光景ですわね。正に死の大地という言葉がピッタリですわね。生き物どころか、草木一本すら無いですわね」
女狐の後に続いて走りながら、私は周りの風景を改めて観察していました。建物も地面も何もかも、滅茶苦茶に破壊され、荒れ放題。全く、生き物の気配の無い、死に絶えた土地。あまりにも無惨な光景です。かつてはこの世界における最高クラスの学府だったというのに、その面影は有りません。しかし、ここで1つの疑問が有ります。
「遊羅さん。ちょっとお話よろしくて?」
「何ですか? お昼ご飯はまだですからね」
「そんな事ではありません! この滅茶苦茶に破壊された光景についてですわ」
私は走りながら、少し前にいる女狐に自分の考えについて話しました。
「遊羅さん、マスターコアは自らの種の繁殖の為に、この星を訪れたのでしょう? そして、種の繁殖に失敗したと」
「えぇ、そうですよ。マスターコアは自らの種の繁殖に失敗しました。この世界の人間はあまりに脆く、せっかくコアを植え付けても大部分は適合出来ず、全身が結晶化してしまったので」
女狐は既に聞いた内容を話しました。そこへ私の考えを付け加えます。
「それだけではないですわね。この滅茶苦茶に破壊された光景。これはすなわち、コアに取り込まれた者達が制御不能の暴走状態になったからでしょう。私がマスターコアの立場なら、せっかく見付けた新しい住みかをこんな滅茶苦茶に破壊しません。自分の首を締めるだけですもの」
敵を殲滅するならともかく、自分達が住もうとする地を破壊するなど、愚の骨頂。意外と間抜けですわね、マスターコア。
「ウフフフフ♪ ご名答。その通り。マスターコアは読み違えたのですよ。せっかく来て、コアを世界中にばらまき、一斉に反逆を起こしたのに、予想外に人間が脆く、計画が台無しになってしまいました。種の繁殖は上手くいかないわ、環境は滅茶苦茶に破壊されるわと踏んだり蹴ったりですよ」
皮肉たっぷりに嘲笑う女狐。敵ながら、マスターコアも哀れですわね。そして、あちこちに見えるパワードスーツの残骸。敵味方の見境すら、無かった様ですわね。後、人間サイズの緑色の結晶。コアに取り込まれた人間の成れの果て。
「哀れですわね。私には、あの緑色の結晶が墓標の様に見えますわ」
「墓標ですか。上手く言いましたね。コアのもたらす利益に目が眩み、その得体の知れなさに目を背けた結果が、この有り様。うまい話には裏が有ると昔から言いますのに。人とはいつまで経っても変わりませんね。愚かな事です」
「得体が知れないという点では貴女も同じでしょう?」
「おや、これは一本取られましたね。さて、もう少しペースを上げますか。ついてきなさい!」
話をしながらも、止まらず走り続ける。崩れた建物を迂回し、瓦礫の山を駆け上がり、飛び降り、ひたすら先へ。
「とりあえず、島内を1周します。それが済んだら次の特訓ですよ」
「分かりましたわ!」
まだ特訓は始まったばかり。最善を尽くすのみですわ。
「はい、お疲れ様。次は魔力面の特訓を始めますよ。おや? どうなさいました? えらく、へばっていますねぇ。確か、体力には結構、自信が有るのではなかったのですか?」
「……その……つもり…だったんですが……おかしいですわね……やけに疲労が……溜まりますわ……」
島内周回ランニングを終え、グラウンドに戻ってきたのですが、既に疲労困憊、息が上がります。おかしいですわね、確かにあのランニングはハードな内容でしたが、だからといって、簡単に息が上がる程、ヤワでは無いと自負していましたが。するとニヤニヤ笑いを浮かべる女狐。
「まぁ、当然ですね。貴女が今着ているタヌキ着ぐるみスーツは、常に装着者に負荷を掛け続けますから。無駄な力を省き、効率的に運用しないとあっという間に力尽きて倒れてしまいますよ。ちなみにお風呂と就寝以外、脱ぐのは認めません。常に負荷を掛けた状態で過ごしてもらいます」
「単なる着ぐるみではなかったという事ですのね」
「当たり前でしょう? 時間が無い以上、特訓の質を上げるしかありません。さ、次の特訓にいきますよ」
全く容赦ないですわね。しかし、理にはかなっています。常に負荷を掛けた状態での特訓はより効果を発揮するでしょうから。
「では、お次は魔力面の特訓ですよ。本来なら、じっくりやる所ですが、時間が無いので絞り込みます。貴女の得意とする、火の魔力を伸ばす内容でいきますよ」
「よろしくお願いいたしますわ」
かくして始まった、魔力面の特訓。何をするのでしょうか?
「ま、特訓と言っても、実際には基礎を徹底的に叩き直すだけですが。しかし、基礎を鍛え上げれば、必然的に実力が底上げされますからね。ビシバシ行きますよ。まずは、火系の基本。火炎球から始めましょう。的を出しますから、そこへ全力で放ってください」
女狐はそう言うと、少し離れた場所に幾つかの的を出現させました。
「さ、どうぞ」
「分かりましたわ。では!」
さっそく、的へ向かって火炎球を放ちます。紅蓮の炎の塊が見事、全弾命中。自分で言うのもなんですが、良いコントロールですわね。しかし、女狐はというと……。
「プークスクス。何ですか? あれ? まさかあれで全力? ヘッポコ過ぎて、超ウケるんですけど?」
思い切り、バカにしてきました。しかも、言い方が不愉快極まりないですわね!
「そこまで言うなら、手本を見せてくださいます? それならば文句は有りませんわ」
あまりの不愉快な態度に頭に来た私。女狐に手本を見せる様に要求しました。
「構いませんよ。よく見ていなさい。これが私の火炎球です」
女狐の手に現れたのは青白い炎。それが収束し、青い光の球と化します。
「とりあえず、向こうにしますか」
そして、あさっての方向に向かって発射。じきに見えなくなりました。それからしばらくして……。
閃光、大音響と地響き。丘が吹き飛び、地形が変わってしまいました。なんですの、この威力。火炎球は火系の基本レベルの魔法ですわよ。これは一体、どういう事ですの? 驚く私を尻目に、ここぞとばかりにドヤ顔。
「ま、手加減しましたし、こんなもんでしょう。おや? どうなさいました? 言われた通り、私はお手本を見せましたが?」
「……恐れ入りましたわ……」
悔しいですが、認めざるを得ません。女狐の圧倒的な実力を。強いとは思っていましたが、まさかこれ程とは。しかも手加減したそうですし。
「貴女は柔軟な考え方が出来る方ですね、物分かりの良い人は好きですよ。話がスムーズに進みますから。バカは嫌いですが。特に自分が絶対に正しいと思っているクズ転生者は。おっと、話が脱線しましたね、本題に移ります。貴女には、これから、1つ試練を受けてもらいます。何度も言いましたが、時間が有りませんので、かなりの荒行です。一つ間違えば死有るのみ。覚悟はよろしいですか?」
「えぇ、望むところですわ! 生ぬるいやり方では、強くなれませんもの」
女狐にはこう言ったものの、本心では、やっぱり怖かったりします。しかし、恐れていては上に行けない。いつまで経ってもハルカに勝てない。そして、マスターコアを討つ為にも、私は強くならねばなりません。たとえ、怪しい女狐の力を借りようとも。
「うん、良い返事。Goodですよ~。では、先程の火炎球の威力を含めて説明しますね」
女狐も私の返事に満足そうにうなずきながら、説明を始めました。
「魔力における大きな要素は主に2つ。質と量。魔力の質が低ければ、大した出力は出ない。魔力の量が少なければ、すぐに魔力切れ。まぁ、魔法を使う者なら常識ですね。ですが、私はここにもう1つ加えます。それは『魔力の燃焼』です。いかに魔力の質、量が優れていても、魔力が不完全燃焼では、ダメです。逆に魔力を完全燃焼させれば、低燃費かつ、更なる力を得られます。先程の私の火炎球の威力も魔力を完全燃焼させればこそ。貴女にはこれから魔力の完全燃焼。そして、一皮剥けた、より高位の魔力を会得してもらいます。その先も有りますからね」
「魔力の完全燃焼。更に、一皮剥けた、より高位の魔力ですか」
女狐の語る内容はハルカの実力に少しでも近付きたい私にとって実に心惹かれるもの。もちろん、私はその話を受けました。
「ぜひともお願いいたしますわ!」
「おぉ、やる気満々ですね! よろしい。では、さっそくやりましょう! ま、『出来なければ、死ぬだけ』ですし」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる女狐。聞き捨てならない台詞を吐きましたが、それを問いただすより早く、突然、私の視界は闇に閉ざされたのです。最後に聞こえたのは女狐の声。
「せいぜい、あがいてくださいねぇ♪ でないと死にますよ♪」
「……やってくれましたわね、あの女狐」
私は今、一切の光も音も何もない暗黒の空間をさまよっていました。地面すら無く、上下左右の感覚すらはっきりしません。完全なる虚無の空間ですわ。
「恐らく、いえ、間違いなく、この空間から脱出してみせろという事でしょう。このまま、ここに閉じ込められていては、いずれ餓死しますし」
この空間には何も無い。水も食料も無い。命の有る内に脱出出来なければ、死有るのみ。あの女狐らしい意地悪な試練ですわね。空気が有るだけ、まだマシですが。しかし、どうやって脱出すれば良いのか? 私は女狐の言葉を思い出します。
「魔力の完全燃焼。そして、一皮剥けた、より高位の魔力。要はそれを成し遂げろと。……厳しいですわね。並みの相手なら、この空間に放り込まれた時点で発狂するか、最悪、ショック死しますわよ。幼い頃から叩き込まれた英才教育に感謝ですわね」
何も無い、暗黒の空間。それがもたらす恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあります。いかに幼い頃より英才教育を受けてきた私といえど、長居は危険です。闇の恐怖は確実に精神を蝕んでいくでしょう。
「魔力の完全燃焼。どうやるのか分かりませんが、やれる事はやりましょう。炎魔滅却砲!」
まずは、私の使える中で最強の魔法を全力で放ってみました。しかし……。
「……予想はしていましたが、全く手応えが無いですわね。この程度ではダメですか」
私の放った業火の砲撃はただ、虚無の闇へと消えただけ。何の反応も起こしませんでした。
「単に魔法を放っても無駄という事ですか。ならば色々試してみましょう」
それから色々試してみました。アニメやマンガ等で良く見る、気を高めるイメージなんかも試してみました。しかし、結果は同じ。全くの徒労に終わりました。
「……また…ダメでしたわね……」
もう。何度目の魔法を放ったでしょうか? いくら魔法を放っても、何の変化も有りません。変わらず、暗黒の空間が広がるのみ。
「そういえば……このタヌキの着ぐるみスーツ、常に負荷を掛けていましたわね……。私が考えていた以上にピンチですわね……」
そう、女狐に言われて着た、タヌキの着ぐるみスーツ。常に装着者に負荷を掛け続けるこれのせいで、本来以上に消耗していたのです。これは本格的に不味い状況。しかも、あまりに消耗したせいか、眠くなってきました。
「くっ、こんな……所で…………」
「お……」
「さっ…とお……か」
「ええぃ! さっさと起きぬか! この無礼者が!」
突然、聞こえてきたのは知らない女性の声。あまりの剣幕に、一気に目が覚めました。いつからいたのか、私の目の前には1人の若い女性がいました。血の様に赤い髪をショートカットにし、赤いドレスに赤い甲冑を纏った、騎士の様な女性。身に付けている品は、見ただけで分かる程の一級品。高貴な身分の様です。しかし、何者? 確か、私は女狐により、暗黒空間に閉じ込められたはず。そこまで考えた所で気付きました。周りの景色が違います。見知らぬ荒野が広がっていました。いよいよ、謎です。そこで、やっと謎の女性が口を開きました。
「何だその腑抜けた顔は! この偉大なる余を前にして、無礼であるぞ!」
開口一番、怒られました。しかも思い切り、上から目線で。 とてつもない威圧感を放つ女性です。だからといって、怯む訳にはいきません。
「どなたか存じ上げませんが、まずは名乗るのが礼儀ではありませんこと? 育ちが知れますわよ?」
とりあえず、名乗る様に言いましたが、相手は私が考えていた以上に傲慢でした。
「余に名乗れと? 無礼者! 下郎の分際で余の名を聞こうなど、万死に値すると知れ! まぁ、余は寛大であるからな。初回は見逃してやろう。だが、次は無いぞ」
なんという傲慢ぶり。ナナ様や邪神ツクヨが可愛く見える程。
「ふん、つまらぬ時間を食ったわ。率直に言おう。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグよ。余と立ち合え。そなたの力を見せてみろ」
突然現れた上に、今度は自分と戦えと言い出しました。しかもなぜか、私の名を知っていますし。
「……嫌だとは言わせてくれないのでしょうね」
「当然だ。余はそなたの力を確かめたい。それに余と戦わぬ限り、ここから出る事叶わぬと知れ。出たくば余と戦え!」
そう言うと、女性はその手に炎を纏いました。私と同じく、炎系の使い手ですか。
「1つ言っておこう。余が生み出したこの空間内では、余が決めたルールが絶対だ。そして今回のルールは武器の使用不可。本来なら、そなたのみ武器使用不可にする所だが、余からのハンデだ。余も武器は一切、使えぬ。さぁ、そなたの炎を見せてみろ。余に通じるか?」
武器使用不可。厄介なルールですわね。せっかく女狐から譲り受けた武器が使えないとは。しかし、向こうも武器は使わないとの事。ハンデと言っていましたが、実際、彼女の使う炎は私以上です。これで武器まで使われたら、私に勝ち目は無いでしょう。悔しいですが、現実は認めなければなりません。
「そこまで言われて退く訳には参りません。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ、いざ、参ります!」
私も両手に炎を纏い、戦闘体勢に。それを見て嬉しそうに、楽しそうに笑う女性。
「その意気や良し! 久しぶりの戦、存分に楽しませてもらおう! かかって来い!」
「では……遠慮無く……行きます!!」
炎系の基本、身体能力強化。それを使い、身体能力の底上げを行います。素の状態で勝てる様な甘い相手では無いのはすぐに分かりました。どこぞの魔法少女の様に砲撃魔法一発で終わりとはいかないでしょう。武器も使えませんし。故に私の使う手は限られます。
「白炎滅尽剣」
私の手から出現した、白い炎の剣。本来は剣に纏わせて使うのですが、今回は直接、剣として生み出しました。炎系の近接魔法としては最高クラス、威力は申し分有りません。それに、砲撃魔法と比べて燃費も良いですし。後は私の剣術がどこまで通じるか? 対する女性は、余裕綽々の態度でこちらを見ています。
ボッ!!
身体能力強化によって、強化された脚力。その踏み込みが生み出した小爆発と共に地面スレスレの高速移動。一気に間合いを詰め、死角となる下からの切り上げ。最初から殺す気での一撃。しかし。
「甘いわ!」
軽くかわされ、逆に回し蹴りを叩き込まれる始末。吹き飛ばされた所へ更に追い討ち。
「我が炎を受けよ! 魔暴炎」
紅蓮の炎に包まれ、全身を焼かれる。悲鳴を上げようにも、熱気に気管を焼かれて声が出せない。たまらず、地面を転がり、何とか火を消しましたが、受けたダメージは甚大。炎系に耐性の有る私だから、生きていますが、並みの人間なら、全身火傷で死んでいましたわ。
「ほう、あれを受けて生きているか。なかなかしぶといな。まぁ、余は慈悲深いからな。回復の時間を与えてやろう。ついでにハンデの追加だ。余はここより動かぬ。そなたが余をここから一歩でも動かせたなら、そなたの勝ちとしよう。感謝する事だ」
「…………ありがたくて……涙が出ますわね…………」
完全に舐められている。ですが、それほどの実力差が有ります。今の私の全力を持ってしても、はたして一歩でも動かせるかどうか。そこへ女性が小瓶を一つ、放ってきました。
「余からの慈悲だ。エリクサーをくれてやろう。さっさと回復して掛かってくるが良い。安心しろ、本物だ。つまらぬ小細工などせぬ。そなたごときに、そんな必要は無いからな。余は実に慈悲深いのでな。今から1時間、ボーナスタイムとしてやろう。その間は何度、そなたがダウンしてもエリクサーをくれてやる」
圧倒的に上から目線の発言。ここまでバカにされたのは久しぶりです。しかし、私にとって有利な内容ではあります。でも、この女性、そんな甘いタイプには見えません。何か有りますわね。事実、そうでした。女性は話を続けます。
「ただし、1時間経っても余に勝てなければ、余が焼き尽くしてくれよう。さぁ、死にたくなくば、余に勝ってみせよ! そなたの力を余に証明してみせよ! それが出来ぬ弱者であるならば死ね!」
タイムリミットは一時間。それまでに彼女を一歩でも動かせなければ、死有るのみ。命懸けの一時間が始まりました。
それから時間は流れ、残り時間も僅かとなりました。しかし、未だに私は女性をその場から一歩も動かす事が出来ずにいました。ただ、その場にいるだけのはずなのに、まるで巨大な山の如く微動だにしません。
「どうした? 余はこの場から動かぬぞ。格好の的であろうが。ほら、砲撃魔法を撃ち込んでみろ。斬りかかって来い。掴んで投げてみろ。いくらでも、攻め方が有るであろう? 何をしておる。時間が無いぞ?」
相変わらず、余裕綽々の態度の女性。対する私は、絶望的な気分でした。この1時間近く、ありとあらゆる手段で攻め立てました。砲撃魔法、斬撃、打撃、投げ技、関節技、その他色々。しかし、その全てが通じない。ことごとく破られる。
「イヤァアアアアッ!!」
烈迫の気合いと共に繰り出した渾身の斬撃。あろう事か、炎の剣を素手で握り潰された上で、腕を掴まれ投げ飛ばされる。
「炎魔滅却砲!」
私の使える最高の砲撃魔法を全力で放っても。
「温いわ!」
軽く片手で弾かれる。
タックルを仕掛けようとしても。
「遅い!」
打ち下ろしの拳の一撃で潰される。
私はその場から一歩も動かないたった1人に、手も足も出ないのでした。時間だけが無情に過ぎていく。そして、とうとう宣告された1時間が経ってしまいました。時間切れを知らせるアラームが鳴り響く。
「時間切れだ。見込みが有るかと思っていたが、どうやら余の見込み違いだった様だな。無駄な時間を食ったわ」
冷たく時間切れを告げる女性。対する私は疲労困憊で、立つのがやっと。
「そなたには失望した。所詮、その程度か。では、宣告通り死ね!」
彼女は右手を上げ、天を指差しました。すると突如、上空に現れた巨大な火球。まるで太陽です。まさか?!
「堕天日輪!」
その声と共に右手が降り下ろされ、太陽の如き巨大な火球が私目掛けて落ちてきました。
「逃げられはせんぞ。本来なら、瞬時に蒸発させてやる所だが、今回は余を失望させた罰だ。じっくり時間を掛けて焼き殺してくれよう」
その言葉通り、逃れる事は出来ず、巨大な火球は私にのし掛かってきました。炎の魔力を発動させて何とか受け止めたものの、凄まじい熱が容赦無く私を焼きます。蛋白質の焼ける独特の嫌な匂いが鼻を衝く。ですが、そこへ更なる追い討ちが。
「ほう、受け止めたか。だが、いつまで保つかな? そうだな、少々余興を加えるか」
その言葉に無性に嫌な予感がしました。そしてそれは的中。それも最悪の形で。女性が手をかざすと空中にどこかの映像が映りました。古い書棚が沢山並んでいます。そしてそこには私の良く知る2人の姿が。ハルカとナナ様です。2人で、書棚から本を引き出しては調べています。……この女性まさか?!
「これは好都合。さぞかし『良く燃える』であろう」
残忍な笑みを浮かべ、映像に向かって手をかざす女性。
「やめなさい!!!」
巨大な火球を受け止めているのも忘れ、叫ぶ私。しかし、女性は私の叫びなど無視。
「魔暴炎」
その声と共に映像の中の光景が炎に包まれました。
「ハルカ!! ナナ様!!」
叫ぶ私を嘲笑う女性。
「ハハハハハ! この魔暴炎は、これまでの様な甘い炎では無いぞ? 対象を焼き尽くすか、余が倒されぬ限り決して消えぬ」
その言葉を裏付ける様に、映像の中のハルカとナナ様が炎を消そうと必死になるものの、全く消える気配は無く、むしろ火勢が強くなる一方。
『どうしましょう? ナナさん。この炎、消えません! このままじゃ、焼け死んじゃいます!』
氷系の使い手だけに炎が苦手なハルカ。見るからに苦しそうな顔でナナ様に訴えます。ナナ様もハルカを庇いながら、答えました。
『ちっ! せっかく真の神への対抗策の手掛かりを探しに来たってのに! 仕方ない、脱出するよ! しっかり掴まってな!』
空間転移で脱出を図るナナ様。しかし、その顔が驚愕に染まる。
『何てこった! 空間転移が使えない! くそっ! あの炎、結界も兼ねてやがる!』
脱出手段を絶たれた2人に迫り来る炎。ナナ様はハルカを抱き寄せ、我が身を挺して炎から守ろうとします。例え、気休めに過ぎないとしても。
「ほう、美しい師弟愛だな。しかし、無意味だ。師弟揃って仲良く焼け死ぬが良い。そなたとあの2人、どちらが先に焼け死ぬかな? ちなみに数有る死因の中でも焼死は特に苦しいと評判らしいな。惨めだな、弱いとは。そなたが弱いが故に、この事態を招いた。せいぜい、自分の無力さを噛み締めながら死ね」
絶体絶命の状況に追い込まれた私達を、嘲笑う女性。ハルカとナナ様は炎に追い詰められ、私は巨大な火球に押し潰されかけている。私にもっと力が有れば……。ごめんなさい、ハルカ、ナナ様。私が不甲斐ないばかりに……。もはや、これまでですか……。観念したその時。
(カカ、情けないのう。この程度の逆境すら跳ね返せぬか)
突然、知らない女性の声が聞こえてきました。極限状態に追い込まれた事による幻聴でしょうか? そこへ再び、謎の声。
(言っておくが、空耳では無いからの)
わざわざ、空耳では無いと言ってきました。では、誰なのでしょう? 私はそれどころでは無いのですが。しかし、謎の声はお構い無しに続けます。
(お主、ここで終わる気か? お主はその程度なのか? 今、ここでお主が果てれば、あの2人も果てる事となろう。それで良いのか?)
「……そんな訳……無いですわ……でも、もう力が……」
こんな所で死ぬ訳にはいかない。ハルカとナナ様を死なせる訳にはいかない。ですが、もう私の力は限界です。巨大な火球は徐々に私を押し潰しつつあります。
(ほう、力か。力なら、すぐそこに有ろう。極上の炎の魔力の塊がな)
もはや限界の私に、力がそこに有ると言う謎の声。……まさか。いえ、それしか無いですわ。理論上、不可能ではありません。勿論、非常に危険ですが。ですが、他に方法は有りません。やるしかありません。
(無理無茶無謀は若人の特権。言っておくが、半端な炎では、焼かれて死ぬぞ? お主の本気、覚悟を見せてみよ。覚悟有る者が道を切り開ける。せいぜい足掻けよ、若人)
それだけ言うと、謎の声は聞こえなくなりました。
「……言われるまでも……有りませんわ……」
今からやるのは命懸けの勝負。邪神ツクヨとの命を賭けたトランプ勝負以来ですわね。やるしかありませんわ! 私は巨大な火球を受け止めるのを止めました。当然、のし掛かっていた火球はそのまま落ち、私を飲み込みました。
謎の女性side
「……所詮、この程度だったか。余とした事が、見込み違いであったか」
ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。久しぶりに見る、骨の有る相手と思ったのだが、実に残念だ。燃え盛る紅蓮の業火の中へと消えた、若き娘を思う。しかし、済んだ事だ。これ以上、ここに留まる理由も無い。立ち去る事としようか。そう思い、踵を変えそうとしたのだが。
「?! これは!」
とてつもなく、強大な炎の魔力を感じる。その場所は……ミルフィーユが消えた業火の中。まさか、生きているのか? もはや、限界を迎えていたはず。到底、耐える事など不可能なはず。しかし、この炎の魔力は間違いなく、ミルフィーユの物。余は思わず笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「余の見込み違いと思った事自体が、見込み違いであったか。……面白いな、そなたは」
ミルフィーユside
巨大な火球を受け止めるのを止め、直撃を受けた私。凄まじい炎が私を焼き尽くそうと襲い掛かってくる。少しでも気を抜けば、間違いなく私は焼け死ぬでしょう。私は残り僅かな力を振り絞り、最後の抵抗を試みます。それは、周囲の炎の魔力を取り込み、私の力とする事。某、魔砲少女お得意の収束魔法と同じ理屈です。
しかし、それは昔から禁手とされてきました。魔力とは十人十色。全く同じ魔力など存在しません。血液型の様なものです。故に自分と異なる魔力を取り込むのは、違う型の血液を取り込む様なものであり、極めて危険。特に逆属性の魔力の取り込みは自殺行為と言われる程に。しかし、同属性の魔力ならば、一応、理論上は可能となります。理論上はですが。そして私はその理論上は可能の同属性の魔力の取り込みをやろうとしているのです。
しかし、その苦痛たるや、想像を絶していました。全身に煮えたぎるマグマを流し込まれた様な激痛が走り、あまりの痛さに声も出ない。でも、ここで集中を切らせば焼け死ぬだけ。正に生き地獄でした。やはり、私には無理なのでしょうか? いえ、まだです! 私はまだ生きています! ここで死ぬ訳にはいかない! 私にはやりたい事が有ります! 目には目。歯には歯。炎には炎。燃え上がれ! 私の魔力よ!
私は必死に残り僅かな魔力を燃え上がらせます。でも、周囲の炎を取り込むには至らない。周囲の炎を取り込むだけの『格』に達していない。
『まだです! まだ足りない! もっと火力を!』
声にならない叫びを上げながら、更なる火力を出そうと頑張るものの、火力は上がりません。現実は無情。これが私の限界なのでしょうか? このまま、私はここで果てるのでしょうか?
…………否! 断じて否! そんな事、認めません! 認めてなるものですか! 私はこんな所で終われない! 私にはやりたい事が有る! 思い浮かぶは炎に囲まれながらも、ハルカを身を挺して守るナナ様の姿。炎の熱気に苦しむハルカ。今、ここで私が倒れたら、あの二人も死ぬ。そんな事は断じてさせない! 私の力はこんな物ではありません! あの邪神ツクヨが保証してくれたのですから!
「私をなめるな!!!!」
炎の熱気に焼かれ、爛れた喉から、魂の底からの絶叫を上げる。その時、何かが開いた様な気がしました。それが何かは分かりませんが、私の奥底に有る何かが。不思議と今なら、やれる。そんな確信が有りました。
「燃え上がれ! 私の炎よ!」
収束魔法はやめです。私はやり方を変えました。何も周囲の魔力を取り込むだけが手ではありません。そもそも、リスクが高過ぎます。ならば……。
『私の炎で焼き尽くすまで!』
攻撃こそ最大の防御。相手を上回る炎で焼き尽くしてあげますわ! 良く、命と引き換えの炎などと言いますが、私にそんな気は有りません。私の命はそんなに安くはありません。必ず、生きて帰る。ハルカとナナ様も助けてみせる。不撓不屈こそ、私の信条なれば! 私は全力で炎を巻き起こす。そして現れたのは……『黄金の炎』でした。
「これは……?」
初めて見る炎。しかし、その威力は従来の炎の比ではありません。周囲の炎を押し返しています。いえ、周囲の炎を喰らい、更に燃え上がる。私は確信しました。この黄金の炎なら、いけると。更に火力を上げ、黄金の炎はより勢いを増し、遂には、周囲の炎を全て焼き尽くしてしまいました。もはや、私を阻む物は有りません。ならば、やる事は一つ!
向こうにいる、あの女を倒すまで! 全身に黄金の炎を纏い、放つは私の最強の魔法。
「炎魔滅却砲!」
私の放った黄金の閃光は、見事直撃。更には、彼女の作り出した空間さえも破壊。周りの景色に無数のひび割れが起き、崩れ始めました。しまった! 初めて使った力だけに、加減が出来なかった。しかも不味い事に、身体が言うことを聞かない。意識が遠ざかる。負担が大き過ぎました。
「私とした事が……」
私が最後に目にしたのは、崩れゆく空間から射し込む光でした。
「どうですか? この遊羅さん特製、きつねうどんの味は?」
「大変、美味ですわね。……生きているとは素晴らしいですわね」
現在、私は廃墟と化した学園で、女狐特製のきつねうどんをご馳走になっています。シンプルながら、実に美味ですわね。特にこのお揚げ。甘辛く、ジューシーでたまりませんわ。……本当に帰って来られて良かったですわ。
黄金の炎魔滅却砲で謎の女性ごと、空間を破壊した私ですが、実は女狐の作り出した暗黒空間さえも破壊したそうです。結果、私は幽閉された空間からの脱出を果たしたのでした。ただ、脱出したは良いものの、私は酷い状態だったそうで、急遽、治療が行われ、目を覚ました時には既に夕方となっていました。そんな訳で、今日の予定は変更。大事を取って休養となりました。
「しかし、驚きましたよ。私の作った暗黒球にひび割れが起きたと思ったら、突然、黄金の閃光が飛び出してきたんですから。挙げ句、ミルフィーユさんが倒れていますし。でも、確かな収穫が有った様ですし、良しとしましょう」
「確かに大きな収穫が有りましたわ。魔力の完全燃焼。そして、黄金の炎。命懸けの甲斐が有りましたわね」
私はあの極限下において、遂に魔力の完全燃焼を会得しました。更には新たなる力。黄金の炎を。しかし、喜んでばかりはいられません。いくら新しい力を得ようとも、使いこなせなければ無意味。その辺は女狐も良く分かっている様で。
「まぁ、今日は仕方ないので休養にします。しかし、その分、明日からは飛ばしますよ。一日潰れてしまいましたからね」
「分かっていますわ」
ただでさえ、時間が無いのに、貴重な一日を潰してしまった。新たな力を得たのは大きな収穫ですが、同時に一日というロスは大きな損失です。
「覚悟してくださいね。予定が一日分、狂ってしまいましたからね。死なない程度に加減するつもりでしたが、死ぬかもしれない程度まで上げますからね」
「……頑張りますわ」
…………私、生きて帰れるのでしょうか? 今さらながら、不安になってきましたわ。
女狐の言葉に偽りは有りませんでした。翌日から始まった特訓は文字通り、死と隣り合わせの凄まじい内容。少しでも気を抜けば、死有るのみ。午前は体力作りのトレーニング。午後からは女狐との模擬戦。夜は勉強及び、その日、一日の反省会。とにかく、内容の濃い日々を過ごしました。常に負荷を掛けるタヌキの着ぐるみスーツ着用の上で。我ながら、良く生きていますわね……。しかし、その効果は抜群。私は急速に力を身に付けていったのです。
そして、遂にこの日を迎えました。1週間後、予想されたマスターコア襲来の日。
「本当にマスターコアは来ますの?」
「えぇ、それは間違いないです。信頼出来る筋からの情報ですから。高い料金を取られましたが。ですが、それだけ確かな情報源です」
朝食の席で、私は女狐にマスターコア襲来について聞いてみた所、間違いないと断言されました。優れた情報源を持っていますのね。
「ついでに言えば、貴女にとっての大きな問題である、2つの世界の接続に関しても、近々解決しますよ。全てが終わればですがね」
「私としては、そこを詳しく聞きたいですわね」
そこは私としては、詳しく知りたい所。しかし、女狐は情報源の事も含め、教えてくれませんでした。ケチですわね。
「情報によれば、マスターコア襲来は今日の午前10時ぐらい。場所も大体分かっています。よって、あらかじめ、待機した上で、さっさと仕留めてしまいましょう。私はサポート。貴女は攻撃でお願いします。今日まで、みっちり特訓した成果を見せてくださいね。ウフフフフ♪」
「了解ですわ。しかし、貴女、マスターコアの回収はしなくて良いんですの? 素材を探しに来たのでしょう?」
そもそも、この女狐は素材を集める為にここに来たのであり、マスターコアは一番の目玉と思うのですが。それに対し女狐いわく。
「ん~、まぁ、どうしても欲しい訳ではありませんしね。思った程、大した素材ではなかったので。タチの悪い存在でもありますし、この際、きっちり葬り去るべきかと」
「そうですの。まぁ、貴女がどう判断しようが貴女の自由ですし。では、マスターコアは完全に抹殺ですわね」
「えぇ、よろしく」
と、この様に打ち合わせをしながら、朝の一時を過ごしたのでした。
「そろそろ予想された時間ですわね」
「そうですね。言っておきますが、くれぐれも油断しない様に。マスターコアもバカではありません。ここできっちり仕留めないと、後々面倒ですから」
「分かっていますわ。そちらこそ、しくじらないでください」
「了解です♪」
時間は間もなく、午前10時。マスターコアを迎え撃つべく、私達は海辺へと来ていました。果たして、本当にマスターコアはやってくるのでしょうか?
「マスターコアは必ず来ますよ。特に私を殺したくて堪らないでしょうからね。何せ、ここに来るまでに出会ったコア全てを殺してあげましたからねぇ。ただでさえ繁殖に失敗し、同族が少ないのに、更にそれを減らされたんですから、私への殺意はリミッターを振り切れているでしょうね。ま、私がその気になれば、即、殺せますがね」
私の呟いた言葉に対し、答える女狐。というか、貴女そんな事をしていましたの? それは恨まれますわね。その時。
「来ましたよ!」
響き渡る女狐の声。それとほぼ同時に海から飛び出してきた大量の触手。槍の様に鋭いそれは、猛烈な勢いで女狐を狙います。もっとも、片っ端から刀で斬られていますが。ですが、今、姿を見せているのは触手だけ。本体を叩かなければなりません。で、こういう場合のお約束の手。そしてこの女狐の十八番。
「おやおや、触手プレイとは、またマニアックな。生憎、私そういう趣味は無いんですよねぇ。それにそんな姑息な手では私は殺せませんよ? どうしました? 貴女ご自慢の12のコマンダーコアの内、11を殺した私ですよ? 殺せるものなら、殺してみてくださいよ? プークスクス♪」
襲い掛かってくる大量の触手を斬り払いつつ、余裕綽々で嫌味全開でマスターコアを挑発。ですが、マスターコアもバカではありません。安い挑発に乗って姿を現す様な愚行は犯しませんでした。姿は見せず、代わりに地面からも触手が出てきました。その全てが女狐狙い。挑発に対し、怒っているのは確かな様です。
しかし、本体が出てこないと、仕留める事が出来ません。ナナ様なら、広範囲攻撃魔法で一気に殲滅するのでしょうが。女狐もやれば出来るらしいですが、今回はサポートに徹すると言っているので、私がやるしかありません。
「鬱陶しいですね。この際、仕方ないですね。私がマスターコアを引きずり出します。そこを仕留めてください。良いですか? 一度で仕留めてください。二度は無いですよ」
女狐も触手の相手はうんざりしたらしく、提案を出してきました。どうやってマスターコアを引きずり出すのかは知りませんが、彼女なら出来るのでしょう。
「了解ですわ! 私はいつでもいけますわ!」
女狐が一身にマスターコアの注意を引き付けてくれたおかげで、私の方は準備完了。いつでも全力攻撃可能です。今の私の姿は、全力攻撃に備え、防具の蓮華を完全展開、全身装甲化。まるで特撮ヒーローみたいですわ。手には武器の百花繚乱。こちらも炎の刃を展開。攻撃のタイミングを伺います。
「大いに結構! では、今から」
私の返事に満足そうに応じる女狐。そして何かをしようとした、その時。
ドォオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
耳をつんざく様な凄まじい轟音と衝撃。吹き飛ばされそうになりましたが、何とか耐えます。女狐も同様に踏ん張っています。そして海から立ち上る巨大な水柱。一体、何事ですの? あっ! あれは!
突然の異変に驚かされましたが、同時にある物を発見しました。水柱と共に空中に打ち上げられた巨大な『樹木』。もっとも、普通の樹木ではありません。あまりにも巨大な上、全身から無数の触手の生えた不気味で醜悪な外見。もしや、あれが。そこへ女狐の声。
「ミルフィーユさん! あれです! マスターコアです!」
やはり、あれがそうですか。何が起きたのかは知りませんが、このチャンス、逃す手は有りません。ここで終わらせます! この地獄の五日間の成果を見せるのは今! 百花繚乱を大上段で振りかぶり、黄金の炎を発動。
「行っけえぇええええええっ!!!」
烈迫の気合いと共に一気に降り下ろす! 巨大な黄金の光の斬撃が海を割りながら一直線に突き進む。その先には未だに空中を舞うマスターコア。そして、黄金の斬撃はマスターコアなど存在しないかの如く、通り抜けて行きました。マスターコアを綺麗に縦一文字に両断した上、更に跡形も無く焼き尽くして。
「…………なんて威力なんですの。私はこんな恐ろしい力を得たなんて…………」
マスターコアを倒した私ですが、勝利の喜びより、自分の得た力に対する恐怖が先でした。この力、一つ間違えば、破滅をもたらすでしょう。そこへ聞こえてきたのは、妙な音。まるで何かにヒビの入る様な。直後、砕け散る、百花繚乱と蓮華。同時に襲われる、強烈な目眩と脱力感。意識が遠ざかっていく。
「やはり……リスクの高い力……ですわね…………」
次に私が目を覚ました時には既に夕方となっていました。暗黒空間から脱出した時と被りますわね。前回同様、女狐が看病をしてくれた模様。
「あぁ、やっと起きましたね。はい、温かいお茶です」
「ありがとうございます」
女狐からマグカップを受け取り、温かいお茶を啜ると、人心地が付きました。さて、色々と聞かねばなりませんわね。
「遊羅さん、早速ですが、マスターコアはどうなりました? それと、この世界と私の住む世界の接続はどうなりました? 貴女言いましたわね。マスターコアを倒せば、問題は解決すると」
マスターコアはどうなったのか? 2つの世界の接続はどうなったのか? それを確認しなくてはなりません。私は気を失ってしまったので、女狐に尋ねました。
「それならご心配無く。マスターコアは消滅しました。ついでに、2つの世界の接続も解除されましたよ。疑うなら、貴女がこちらに来た場所を見てくれば良いでしょう」
私の問いに、問題は解決したと答える女狐。しかし、少々疑問が残ります。マスターコアの事です。そして、2つの世界の接続。
「貴女がそう言うなら、そうなのでしょう。マスターコアが生きているなら、今こうして悠長に話など出来ないでしょうし。しかし、疑問が有ります。貴女、マスターコアはコアを発表した女科学者を乗っ取ったと言いましたわね。ですが、私達の前に姿を現したのは巨大な樹木。それに、2つの世界の接続の解除。それがどうつながりますの?」
私の疑問に女狐はいつもの胡散臭い笑みを浮かべながら、答えてくれました。
「その事ですか。説明しますね。マスターコアは女科学者を乗っ取り、人間になりすましていましたが、最近、ある物を発見しました。ユグドラシルと言う木です。それは次元の壁を超える力を持っていましてね。そうやって、あちこちの世界に種をばらまき繁殖するのです。この世界での繁殖に失敗したマスターコアはこれに目を付け、融合したのですよ。ユグドラシルの力が有れば、他の世界へと渡り、新たな苗床を見つけ、再び繁栄出来るとね。まぁ、結局、失敗。貴女に綺麗さっぱり焼き尽くされましたが。ついでに言えば、ユグドラシルもあれが最後の生き残り。この度、絶滅しました。2つの世界を接続したのはユグドラシル。それが死んだ事により、解除されました。以上です」
「そうだったんですの。……マスターコアにしろ、ユグドラシルにしろ、生き延びようと、繁殖しようとしただけだったのですわね。だからといって、私の住む世界を犠牲にさせる訳にはいきませんでしたし。生存競争とは残酷ですわね」
「仕方ないですよ。勝者は生き延び、敗者は滅ぶ。貴女が勝ち、マスターコアは敗れた。ただ、それだけです」
その後、私は廃墟と化した学園へと移動し、私がこちらに来た場所を見に行きました。すると、そこには、廃墟の光景が広がるのみ。ダンジョンなど影も形も有りませんでした。確かに女狐の言う通り、2つの世界の接続は解除された様です。
「……良かった。ちゃんと2つの世界の接続は解除されましたのね……」
「無理はしない方が良いですよ。2つの世界の接続が解除されたという事は、同時に貴女が元の世界に帰れなくなったという事ですからね」
「一番考えたくない事を言わないでくださいます?!」
「これは失礼。でも、事実ですし。言っておきますが、この世界で生きていくのは至難の業ですよ。何せ、完全に滅びていますからね。水、食料、住居、医療、その他色々。どうやって調達するのか? 仮に調達出来ても、いずれ底を付く。遅かれ早かれ、破滅が待つだけ」
分かってはいましたが、やはり言われるのは嫌なものです。2つの世界の接続が解除されれば、私はこの世界に取り残される。この滅びた世界に。女狐の言う通り、この世界に残った所で遅かれ早かれ、待つのは破滅。死です。
「ダメ元で聞きますが、遊羅さん、貴女の力でどうにか出来ませんの?」
「残念ながら、無理です。私は貴女の住む世界の座標を知りませんから」
試しに女狐にどうにかならないか聞いてみたものの、やはり無理でした。残念ながら、この地で最期を迎える事になりそうですわね。女狐もそこまでお人好しではなさそうですし。でも、そこへ思わぬ言葉が。
「知らないなら、知っている相手に頼むだけですよ。少々、お待ちを。やれやれ、また高い料金を取られますよ。あの守銭奴」
「は?」
思わず、間抜けな声を出してしまいましたが、女狐はそんな事、お構い無しにスマホを取り出し、どこかに掛けます。
「あ、どうも。よろず屋 遊羅です。いつもお世話になっております。え~、実は少々お願いが有りまして。あぁ、勿論、規定の料金は支払いますので」
それからあれこれと話を続ける女狐。一体、誰と話しているのやら?
「あ、そうですか。ありがとうございます。では、またよろしくお願いいたします。はい、それでは、はい、失礼します」
どうやら、話が終わった模様。スマホをしまう女狐。
「良かったですねミルフィーユさん。元の世界に帰れますよ。先方に話を付けた結果、貴女を元の世界に送り返してくださるそうです。……高い料金をふんだくられましたがね」
「本当ですの?!」
それはにわかには信じられない話。しかし、この女狐、嘘はつきません。一見、荒唐無稽な話ですが、彼女がそう言うなら、確か。帰れる。その喜びに思わず涙が溢れる。
「ちょっと、泣かないでください。気まずいじゃないですか。まぁ、帰れると言っても今すぐとはいきません。向こうの都合もありますから。それでも今夜中には帰れますよ」
「…………ありがとうございます」
涙を拭いながら、答える私。良かった。本当に良かった。
「落ち着きましたか?」
「はい、もう大丈夫ですわ。お恥ずかしい所を見せてしまいましたわね」
あれからしばらく。気分の落ち着いた私は帰る支度をしていました。もうすぐ、この世界ともお別れですわね。でも、その前に少し、寄りたい場所が。
「遊羅さん、ちょっとお願いが有ります。案内して欲しい所が有りますの」
「ほう、どこですか?」
「それは……」
「なるほど。そういう事ですか」
「えぇ。帰る前にせめて、お花の一つでも供えてあげたくて。有ります? 料金なら、支払いますわ」
「まぁ、それぐらいサービスしてあげますよ」
女狐は白い花を束ねた花束を取り出し、私はそれを受け取り、その場に供えました。凄まじい高温だったのでしょう。地面が融け、ガラス化していました。
「四夜堂 麗華さん、全て終わりましたわ。せめて安らかに眠ってください」
私が女狐の案内で訪れた場所。それは、四夜堂先輩こと、四夜堂 麗華さんが、生徒会長を道連れに死んだ場所でした。仲間を助ける為、自ら犠牲となった彼女に私なりに敬意を表したかったのです。
「物好きな人ですね、貴女は」
「良いでしょう別に。私は彼女に敬意を表したかったのですから」
さて、いよいよ帰る時が近付いてきました。先程、女狐のスマホに着信が有り、間もなく、送り返してくれると先方から連絡が有りました。
「ミルフィーユさん、間もなくお別れです。今回はなかなか楽しめました。お礼と言ってはなんですが、お土産をどうぞ」
そう言うと、あれこれと渡してくる女狐。その中には、私が気に入ったお茶も。これは嬉しいですわね。
「そうそう、これも渡さないといけませんね」
女狐が取り出したのは、一振りの短剣。
「貴女に譲った百花繚乱と蓮華が壊れてしまいましたからね。代わりです。しかし、あれらを壊すとはね。量産型とは言うなれば、性能と生産性を兼ね備えた、一つの完成形なんですから。大したものですよ貴女は。ちなみにこれは、あのクズ転生者のリゼル何とかの持っていた魔剣を元に私が打ち直した物。伸縮自在かつ、自由に形を変えられます。貴女は実体剣の方が得意の様ですしね。さ、受け取ってください」
「本当によろしいんですの?」
尋ねる私に女狐は言いました。
「構いませんよ。どうせ、暇潰し程度の品ですから。勿論、本気を出せば、もっと良い品を作れますが、それをする訳にはいきません。そんな事をしては、せっかくの貴女に課せられた試練が無意味になりますからね」
その言葉に驚く私。この女狐、知っていましたの?! 女狐はニヤニヤ笑いながら続けます。
「貴女のその首から掛けている赤い宝石のペンダント。それが、私に余計な事をするなと言っていますからね。まぁ、頑張ってモノにしてください」
「貴女こそ、本当に大したものですわね。一つ質問してもよろしくて? 遊羅さん、貴女は一体何者なんですの? その武の腕前、神々の品に匹敵する品を作る腕前、広い人脈、規格外ですわ」
私はずっと疑問に思っていた事を女狐にぶつける。対する女狐はいつもの胡散臭い笑みを浮かべながら。
「私は冥府魔道の商人にして職人。よろず屋 遊羅ですよ」
お決まりの答えを返すだけでした。
「……なるほど。それが貴女の答えですか。少なくとも、『今の私には答える気が無い』という事ですわね」
「まぁ、そういう事です。今の貴女は『格』が足りません。今はまだね」
「そうですか。『今はまだ』ですか」
残念ながら、今の私には女狐の正体を知る資格が無い。格が足りない。
「でも、いつか必ず、貴女の化けの皮を剥いで差し上げますわ」
「そうですか。ま、気長に待ちますよ」
お互いに不敵に笑い合う。そこへ女狐のスマホから着信音。
「はい、よろず屋 遊羅です。あ、どうも。はい、はい、あ、そうですか。分かりました。どうもありがとうございます。はい、それではまた」
通話を終えた女狐。話の内容からして、いよいよですか。
「ミルフィーユさん、お別れです。この度はご利用ありがとうございました。またのご利用、心からお待ちしております」
「ふふっ、こちらこそ、短い間でしたがお世話になりました。いつかまた、お会い出来る事を祈っていますわ」
それがお互いに交わした別れの言葉。直後、私の足元に転送魔法陣が展開され、私は無事に元の世界へと帰る事が出来ました。それも親切な事にわざわざ、ギルドの臨時拠点の近くに。行方不明となった私が無事、帰還した事に臨時拠点は大騒ぎ。そして私が危惧していた、パワードスーツの襲来はやはり有りました。それも六機も。犠牲者が多数出たそうですが、6機全てとある2人に撃破されたとの事。で、その2人というのが。
「しばらくね、ミルフィーユ」
「……なかなか良い、データが取れた……」
「ショコラお姉様! エクレアお姉様!」
なんと、お姉様方が来てくださったのです。私がエクレアお姉様に送った、パワードスーツの破片とデータ。それを見て危惧したエクレアお姉様がショコラお姉様に連絡を取り、来てくださったそうです。おかげで最悪の事態を免れました。世界はですが。
「さて、ミルフィーユ。私達からは、貴女にたっぷりとお話が有るわよ」
「……覚悟しておく……」
「お手柔らかにお願いいたしますわ……」
世界は最悪の事態を免れました。しかし、私はお姉様方から、こってり絞られましたわ……。特にエクレアお姉様は、せっかく手に入れたコアが全て砕けてただの石となった事に痛く、ご立腹でしたので。
遊羅side
「いやはや、実に面白いお嬢さんでしたね。ところで、いつまで見ているんですか? 『キキョウさん』?」
「カカカ、バレたか」
姿を現したのは栗色の髪をツインテールにした中学生ぐらいの少女。
「最初からね。貴女でしょう? マスターコアをぶっ飛ばしたのは。後、ミルフィーユさんにも、ちょっかい出していましたね?」
私が追及すると悪びれもせず、彼女はあっさり白状。
「いかにも。別に良かろう? お主、何か損したか? それにあの娘、実に良い。死なせるにはあまりに惜しい。それはお主も同感じゃろ?」
問い掛けたのは私の方なのに、意地悪く逆に問い掛けてきました。全く、食えない人ですね。
「えぇ、そうですよ。彼女は本当に久しぶりの逸材です。強くなりますよ、それはもうね。下手すれば、私達をも脅かしかねない程に」
「ほぅ、お主にそこまで言わせるとはな。なぁ、『真の魔王』が一柱。『戯幻魔 遊羅』よ」
「あまり、その名で呼ばないでくれませんかね? 『真の神』が一柱。『武神 鬼凶』」
「字が違う! 儂の名は桔梗じゃ!」
「でも。世間では鬼凶で通っていますよ? 実際、貴女にピッタリですし」
「やかましい! この女狐が!」
貧乳中学生がギャーギャー騒ぎますが、適当に聞き流します。さて、そろそろ私も行きますか。
「では、鬼凶さん。私はそろそろ行きますね。いずれまた、お会いしましょう」
「ふん、ではまたの、女狐。そうそう、最近、『クロユリ』が動いておる。せいぜい、奴の怒りを買わん様にな」
「そうですか。ご忠告ありがとうございます。では」
こうして私は、この地を後にしました。しかし、あの『クロユリ』が動くとはね。これは面白くなりそうです。ウフフフフフ♪
まずは前回から、1ヶ月以上かかった事をお詫びします。僕と魔女さん、第88話をお届けします。
女狐、遊羅の指導の元、魔力の完全燃焼、更には新たなる力を得る為の猛特訓を始めたミルフィーユ。いきなり、暗黒空間に放り込まれるという鬼畜ぶり。そこで出会った、騎士の様な謎の女性と対決する事に。
なぜかミルフィーユの事を知る上、圧倒的な強さに追い詰められ、大ピンチに。しかもハルカとナナさんにまで牙を剥く。この大ピンチに、謎の声に導かれ、新たなる力、黄金の炎を発動。見事、謎の女性を撃破し、暗黒空間からも脱出を果たしました。
そして、遂に来襲、マスターコア。次元を超える力を持つ巨木、ユグドラシルと融合し、襲ってきましたが、新たなる力を得たミルフィーユの敵ではありませんでした。
一連の事件が解決した事も有り、遊羅との別れ。マスターコアを撃破した際に、負荷に耐えきれず壊れた装備に代わる新装備をミルフィーユに譲ってくれました。更には、知り合いに話を付け、結果、ミルフィーユは元の世界へと無事に帰還。姉2人にしっかり怒られましたが、滅びた世界に取り残されるよりはずっとマシ。
最後に、やっと明かされた遊羅の正体。真の魔王の1人でした。まぁ、やたら強いわ、神々の品に匹敵する品を作れるわ、邪神ツクヨを知っているわ、と色々情報を出していましたし、予想していた方もいるでしょう。そして、新たなる真の神、武神 鬼凶。彼女いわく、『クロユリ』なる人物が動いているとか。
では、また次回。