第84話 怪しい、あざとい、ウザいの三拍子。その名は遊羅(ユラ)
「何者です、貴女?」
即座に剣を抜き、構えを取りつつ、私は教室の入り口に立つ見知らぬ女性に問い掛けました。
いかに、教室内を調べる事に気を取られていたとはいえ、私に全く気配を感じさせなかった。その事が私の警戒レベルを跳ね上げました。敵か? そうではないのか?
私の気持ちを知ってか知らずか、当の女性はニコニコと笑みを浮かべています。どうにも胡散臭い笑みを。……こんな不気味な相手は初めてですわ。まるで考えが読めない。どうしたものか、迷っていたら、突然、女性が『その場から消えました』。
「?! 消えた?」
突然の事態に慌てる私。そこへ背後から聞こえてきた声。それと同時に首筋に添えられる冷たい金属の気配。
「いけませんね~、人様に刃物を向けるなんて。親御さんから教わりませんでしたか? 人様に刃物を向けてはいけないと。あ、これが今流行りのゆとり世代と言う奴でしょうか? いや~嘆かわしい事ですね。今の世の中の教育水準はここまで低下してしまったとは。あ~、この分だとその内、世界が核の炎に包まれて、文明が崩壊してモヒカンな人達が、ヒャッハー! する様になるんですね。で、そのモヒカンな人達はどこぞの暗殺拳の使い手にコロコロされると。更にその、どこぞの暗殺拳の使い手は事有る毎に上着を破るんですが、すぐに新しい上着を着ているんですよね。文明が崩壊したはずなのに、一体どこで新しい上着を仕入れているんでしょうか? 私、凄く気になります。あ、そうそう。あの作品、やたら大きい人達が出るんですよね。なぜなんでしょうか? やはり、核兵器による放射能汚染によるものなんですかね? それと最近、私はスピンオフの、北〇の拳イ〇ゴ味という作品にはまっていましてね。あ、イ〇ゴ味って言うと、イナゴ味みたいですね。私、イナゴは食べた事無いんですけどね。以前、イナゴの佃煮とやらを見てドン引きしましたよ。いや~、あれを食べられる人は凄いと思いますね。私は無理です。そういえば、この前聞いたんですが……」
黙って聞いていれば、ベラベラと喋り続けている女性。しかも、喋り方がとにかくウザい。聞いているとイライラしてきます。
「いい加減にしてくださいません?! 完全に話が脱線していますわよ! 大体、貴女何者なんですの?!」
教室の入り口から、一瞬にして私の背後を取り、首筋に刃物を突き付けてきた女性。しかし、そこから話が大脱線。一体、なんですの? ヒャッハーなモヒカンの人達とか、どこぞの暗殺拳の使い手とか、北〇の拳イ〇ゴ味とか。訳が分かりません。
「あ~、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私ったら、うっかりさん☆」
あざとくウザい口調と共に、私の首筋に突き付けられていた刃が離れました。そして瞬時に物音一つ立てずに女性が私の目の前に。
「申し遅れました。私、こういう者です」
そう言って女性が懐から取り出したのは1枚の名刺。受け取り、読んでみます。
『売ります買います、日用品、雑貨、その他、各種品々を幅広く取り扱い。プリティでキュートでワンダフルでエキサイティングでグレートな美人店主のお店。良い品欲しいなら迷わず直行! よろず屋 遊羅』
…………どこまでもあざとく、ウザい名刺でした。
「まぁ、立ち話もなんですし、座りませんか? 幸い、椅子も机もたくさん有りますし」
「そうですわね」
落ち着いて話すべく、席に着く事を提案してきた遊羅という女性。私としても断る理由は有りませんし、それに同意。乱雑に散らばっている教室内を少々整理し、場所を空けます。そこに机を1つセット。更にその机を挟んで向かい合う形で椅子を2つ。即席の対談の場が出来ました。場が整ったので、席に着く私達。先に話を切り出したのは、彼女、遊羅さんでした。
「では、改めて自己紹介させてもらいますね。私は遊羅。あちこちを巡り、商品の仕入れと販売を生業とする商人のはしくれです。品揃えと品質には自信有ります。お値段に関しても相談に応じますんで、よろしくお願いいたしますね。ウフフ♪」
あざとく、胡散臭い笑みを浮かべながら、改めて自己紹介をする遊羅さん。向こうが名乗った以上、こちらも名乗るのが礼儀ですわね。
「丁寧な自己紹介、ありがとうございます。私はスイーツブルグ侯爵家、三女。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
とりあえず、お互いに自己紹介は済ませました。さ、ここからが本題ですわね。
「では、さっそくですが遊羅さん。いくつか質問が有るのですが、よろしいでしょうか?」
「私に答えられる事ならば。あ、スリーサイズは秘密ですよ。乙女の秘密ですから♪」
……あぁ! 殴りたいですわね! そのウザさ! ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる、その顔を殴りたい衝動を必死に抑え、私は遊羅さんに尋ねました。
「まずは、わざわざ尋ねるまでもありませんが、貴女は単なるよろず屋ではありませんわね。単なるよろず屋がこんな廃墟に来る必要は無いですから。それに、先程の見事な身のこなし。大変な実力者とお見受けしましたわ。大方、ここへは仕入れに来られたのでしょう? 特に"負の力"を帯びた品を。この際、はっきり言いましょう。貴女は"冥府魔道"に属する者ですわね」
私の言葉に対し、当の遊羅さんは相変わらずニコニコと胡散臭い笑みを浮かべるばかり。しばらくして、やっと口を開きました。
「ウフフ♪ なかなかどうして、鋭いですね。ご名答。私はここへは商品の仕入れ兼、"負の力"に満ちた品を探しに来ました。私はよろず屋であると同時に、職人でもありまして。特に、刀剣の類いを作るのが得意でしてね」
ここで一旦、話を区切る遊羅さん。水筒とマグカップを取り出し、お茶を注ぎます。
「失礼。ちょっと喉が渇いたので」
湯気の立つマグカップを手に、美味しそうにお茶を飲んでいます。嗅いだ事の無い香りでしたが、実に良い香り。……後で、茶葉を売って頂けないか聞いてみましょう。お値段も応相談だそうですし。
「すみません、お待たせしましたね。では話の続きを。私が"負の力"に満ちた品を探す理由。それはより優れた武器。特に刀剣を作る為。そもそも、武器とは殺しの道具。"負の力"が強い程、より優れた武器となります。そして、"負の力"の源は、死者の怨念、憎悪、苦痛、絶望といった負の感情。だから、こういう過去に殺戮が起きた場所は"負の力"に満ちた品を探すにはうってつけなのですよ。ウフフフフ♪ しかし、私がいわゆる、"冥府魔道"に属する者とよく気付きましたね。そして、"負の力"に満ちた品を探しに来た事に。私、驚いちゃいました♪」
相変わらず、他人をイラつかせる態度ですが、我慢我慢。私の精神的耐久力が試されていますわね。
「貴女が私の首筋に突き付けた刃。あれから、強力な"負の力"を感じました。そんな物を使うのは、それこそ"冥府魔道"に属する者。そして、"冥府魔道"に属する者が"負の力"に満ちた品を集める事も知っています。それに先程も言いましたが、こんな廃墟に普通の商人は来ません。よろず屋ですと言われて信じる程、私はバカではありませんわ」
すると遊羅さんはニンマリとした笑みを浮かべました。胡散臭さが、一気に跳ね上がりましたわね。
「ふむ、面白いお嬢さんですねぇ。"負の力"を知るだけでなく、それを感じ取る事も出来る。実に将来有望そう。しかも、侯爵家令嬢ときましたし、素晴らしい上玉です。ウフフ♪ 私の商人の血がハスハスしちゃいますよ♪」
何やら、盛り上がっていますわね。良からぬ事を企んでいなければ良いのですが。
「まぁ、それはひとまず、置いておきましょう。とりあえず、お互いに情報交換といきませんか? 情報は何物にも勝る武器となりますし」
盛り上がっていると思ったら、あっさり話題を切り換えてきた遊羅さん。腕が立つだけでなく、頭の回転も早いですわね。それに私としても、情報は欲しいですし。もっとも、私はここに来たばかりで大した情報は持っていませんが。果たして、彼女の方はどうでしょう?
「遊羅さん。情報交換と言われましても、私はつい先程、ここに来たばかり。残念ながら、これといった情報は持っていませんの。そちらはどうなのですか?」
少々、迷いましたが、ここは正直に話す事にしました。相手は腕が立つ上、頭も回る。下手に嘘をついたら、後で何をされるか分かったものではありません。
対する遊羅さんは2杯目のお茶を飲みつつ、自分の方の情報を明かしました。……あの、私にはお茶を出してくださいませんの?
「あらら、そうなんですか~。それでは仕方ないですねぇ。ちなみに私はここに来た事自体は貴女と同じく、つい先程です。しかし、この地には2ヶ月程前から、滞在しています。その間、あちこちを巡り、ここに来た次第。だから、色々と知っていますよ。例えば、"この学園で何が起きたのか"等ね」
ニヤリと笑う遊羅さん。
「聞きたいですか? 聞きたいですよねぇ。ウフフ♪」
「……意地の悪い方ですわね、貴女」
嫌らしい笑みを浮かべ、こちらを煽ってきます。殴りたいのは山々ですが、ひたすら我慢。相手は得体が知れません。
「よく言われます。ですが、今回は初回サービス!特別にタダで聞かせてあげます。良かったですねぇ」
「……それは、どうも」
教えてくれない、もしくは、法外な対価を要求されるかと思いきや、不愉快極まりないドヤ顔で、やたら恩着せがましい態度ながらも、なんとタダで情報を提供すると言い出した彼女。やはり、読めない相手ですわね。もっとも、彼女が本当の情報を話してくれる保証は無いですが。
「大丈夫ですよ。私はガセネタを掴ませる気は有りません。私は商売で一番重要視しているのは信用です。言ったでしょう? 私は商品の品質には自信が有りますと。全ては信用の為。私は目先の利益に囚われ、信用を失う様な愚行はしませんよ。信頼と実績の、よろず屋 遊羅ですからね。ウフフ♪」
私の思った事を見透かした遊羅さん。つくづく、得体の知れない不気味な人ですわね。そして遊羅さんは話を始めました。
「ではでは、これよりお話しいたしますは、かつて、この地にて起きた、哀れな愚者達による悲劇にして喜劇にございます。語り手は私、遊羅。それでは、始まり始まり~♪」
…………やっぱり、ウザいですわね。
芝居掛かった態度から、一転。遊羅さんは真面目に語り出しました。
「事の起こりは、この世界において20年前。大規模な流星群が起きました。史上最大とまで言われた、それは大規模な物だったそうです。天文ファンを始め、多くの人間達が滅多に見られない天文ショーに沸きました。まぁ、それだけだったら、良かったのですがね」
「何か、良からぬ物が流星群と共にやって来たという所でしょう? ベタですわね」
あまりにもベタな展開にツッコミを入れる私。使い古されていますわよ、そのパターン。
「確かにベタですが、それは置いておくとしましょう。で、おっしゃる通り宇宙の彼方から、恐ろしい存在が流星群に紛れてこの地にやって来たのですよ。甘美な毒がね」
マグカップを手に、遊羅さんは実に楽しそうにニヤニヤ笑います。悪意と嘲りに満ちた嫌らしい笑みを。
「さて、それから3年後、この世界を引っくり返す様な大事件が起きました。それはとある1人の女性科学者の発表でした」
「何ですの、それは?!」
世界を引っくり返す様な大事件と聞いて、思わず食い付いてしまいました。実に気になります。
「はいはい、落ち着いてください。話しますから。で、その発表の内容ですが、先の流星群。その際に落ちてきた隕石より精製した結晶の事でした。それはまさに、世界に革新をもたらしました。その結晶は人類の長年の夢である、"永久エネルギー"を実現しました。しかも、一切の有害物質やら、放射能を出さない、完全にクリーンなエネルギー源。更に、重力、慣性、空間を自在に操る事を可能としたのです」
「…………………………」
私はそれを聞いて言葉も有りませんでした。永久エネルギー。人類の長年の夢であり、未だに実現されていないそれを、この世界の人類が手にしていたとは。更に、重力、慣性、空間操作まで。明らかに私の世界より上の文明ですわね。しかし、遊羅さんは言いました。甘美な毒と。それに、現在のこの世界の荒れ方。当然、何か有りますわね。私は遊羅さんの話の続きを待ちます。
「世界はその発表をすぐには信じませんでした。当たり前です。永久エネルギーなど、それこそSFの世界のお話ですからね。しかし、発表した女性科学者は、数々の実証データ。更にはその結晶、"コア"を組み込んだ小型飛行機を発表。明らかに重力や慣性を無視した異常な機動力。永久エネルギーを用いた大火力。空間操作を利用した積載能力を見せ付けました。かくして、世界は新しい段階へと進みました。様々な事に"コア"が使われ、世界はその恩恵を受けたのです」
「永久エネルギーのみならず、重力、慣性、空間まで操作出来るとは、恐るべき物ですわね、"コア"とは。私も欲しいぐらいですわ。"裏が無ければ"」
確かに素晴らしい物ですわね、"コア"は。しかし、昔から言います。『うまい話には裏が有る』。あまりにも"コア"は都合が良すぎます。何か有りますわね。だからこその現状ですし。
「はい、その通り。"コア"は貴女のおっしゃる通り、裏が有りました。ですが、この世界の人類はそれに気付かなかった。まぁ、ごく一部の者は気付いた様ですが、所詮、圧倒的大多数の前には無意味でした。で、こんな便利な物が出来たら、人類のやる事など決まっています」
「軍事利用ですわね。そして、この学園が造られた」
「はい、ご名答。"コア"を組み込んだ様々な兵器が造られました。戦艦、空母、戦闘機、戦車、更にはパワードスーツ。そして、各種兵器の扱いや、中枢たる"コア"について学ぶ為にこの学園は造られました。"コア"は軍事のみならず、多方面に使われていましたからね。それに関する知識、技術を持つ者が必要とされていましたし。ちなみに、ここの他にも学園は造られましたよ。もちろん、非常に狭き門であり、この学園に入学する事は、大変なステータスだったそうです。実際、国も資金を惜しみ無くつぎ込みました。将来の国力に関わりますからね」
「確かに、こんな画期的な物が出来た以上、"コア"に関する研究や、人材の育成は必須ですわね。下手をすれば、自国の危機ですもの」
あまりにも画期的な存在である"コア"。それに関する事で他国に遅れを取る事はまさに致命的。各国が力を注ぐのは当然ですわね。
「まぁ、そんなこんなで、世界各国は"コア"に関する研究開発、人材育成、兵器開発等に血道を上げ、15年前に、ついに"量産型コア"の開発に成功。隕石より精製した"オリジナルコア"よりは劣るものの、大量生産が可能なそれは世界中に広まりました。やがて、人類の生活には、なくてはならない程にね。かくして、人類は繁栄の絶頂を迎えました。えぇ、迎えましたとも」
ここで3杯目のお茶を飲む遊羅さん。いい加減、私にもお茶を出してくださいませんの? 良い香りのお茶だけに、気になります。まぁ、それはそれとして、意味深な言い方をしましたわね。いよいよ、話の核心ですか。
「量産型コアが開発され、世に広まり、繁栄の絶頂に有った世界。例えば、この学園にしても、世界中から優秀な少年、少女が集い、勉学にスポーツ、そして恋愛。青春を謳歌していました。平和でした。幸せでした。誰もが、明るい未来を信じていました。今日が終わっても、また明日がやってくると思っていました。いつも通りの日常が送れると信じて疑いませんでした」
ここで一旦、話を区切り、お茶を一口啜る遊羅さん。
「しかし、それは幻想に過ぎませんでした。人々が信じていた日常は、ある日、あっさりと。本当にあっさりと砕け散りました」
「何が起きましたの? はっきり言ってくださいません? 回りくどいのも大概にしていただけません?」
いい加減、回りくどい言い方にイライラしてきたので、少々文句を。でも、そんなものが通じる程、甘い相手ではありません。
「おやおや、随分と短気ですね。いけませんね、カルシウムが足りていないのでは? 煮干しや、牛乳をしっかり摂るべきかと思いますよ」
嫌らしい薄ら笑いを浮かべ、切り返してきました。本当に、人をイラつかせてくれますわね!
「ですから! さっさと核心を話してくださいません?!」
「うわぁ、怖い(笑) 。ま、それに関しては直接、見た方が早いですね」
そう言うと遊羅さんは突然、鈴を取り出しました。
「この鈴は私が造った物でしてね。名を紫苑と言います。ミルフィーユさん、今からこの鈴の力でこの地に眠る過去の記憶を呼び覚まし、貴女に直接、過去の出来事を見せます。それでは覚悟は良いですか? 良いなら始めます」
不思議な鈴の力で、この地で起きた過去の出来事を見せると言う遊羅さん。私としても、ここで過去に何が起きたのか気になります。ここは誘いに乗りましょう。
「分かりましたわ。お願いします」
「了解。では、行きますよ!」
そう言うなり、遊羅さんは手にした鈴を鳴らし始めました。
チリン……チリン… リン…リン……
小さな金色の鈴から、澄んだ音色が響き渡る。すると、周りの景色に変化が。滅茶苦茶に荒れ果てた教室内の風景が歪み、変わっていきます。やがて歪みが収まるとそこには。
"賑やかで平和な教室内の風景が有りました"
状況から見るに、朝の授業前の様ですわね。制服に身を包んだ生徒達が、グループを作って談笑していたり、スマホを弄っていたり、寝ていたりと思い思いに過ごしています。
「驚きましたか? とりあえず、事件の起きる1週間前の朝から始めてみました」
驚いている私に話しかける遊羅さん。
「あぁ、気を付けてください。あくまでも、今見ているのは過去の映像です。場所は私達がいた、あの教室内ですから、下手にうろつくと机や椅子につまづきますよ。とりあえず、そのままじっとしている事です」
「分かりましたわ」
言われてみれば、私達が使っている椅子と机はそのまま有ります。しかし、奇妙な気分ですわね。教室内を歩いている生徒達が私達をすり抜けていきます。と言うか、今、私達が椅子に座っている場所が、席に着いている生徒と重なっていますし。幽霊にでもなった気分ですわ。
「もう一度言いますが、これは過去の映像です。既に終わってしまった事です。今の私達には一切の干渉が出来ない事を肝に命じてくださいね」
「くどいですわよ。分かっていますわ」
そう、これは過去の光景。既に終わってしまった事。一体、何が起きたのかは知りませんが、今の私達には、何も出来ないのですから。
「……授業の内容がさっぱり分かりませんわね。そもそも、字が読めませんし」
「まぁ、予備知識無しでは、授業内容は分かりませんよね。それに異世界ですから、文字も違いますし」
私と遊羅さんはとりあえず、授業の光景を眺めていました。しかし、授業内容が分かりません。兵器関連のエキスパートであるエクレアお姉様なら、まだ、何とかなされたかもしれませんが。
「内容の分からない授業を見ても仕方ないですね。少々、時間を進めましょう。とりあえず、休み時間に舞台を変えますよ」
遊羅さんとしても、授業の光景を見ても特に得る物は無いと判断したらしく、休み時間の光景に変えました。すると、何やら、1人の男子生徒の周りに女子生徒が複数、集まっています。会話を聞くと、やれ、私と訓練に行こうだの、いえ、私と買い物に行こうだの、映画を見に行こうだの、抜け駆けは卑怯だのと、女子生徒達が騒いでおり、人だかりの真ん中では、イケメンな男子生徒が爽やかな笑顔で対応していました。そして、女子生徒達を置いて、その場から離れました。まぁ、あんな状況では、疲れるでしょうし。おや?
集まっていた女子生徒達が移動しました。その先には、別の男子生徒。先程のイケメンとは違い、赤毛のチリチリ天然パーマ。更には目付きも悪く、そばかす顔の小柄な少年。彼は、ただ、文庫本を読んでいただけなのですが……。
バキッ!
彼の元に集まってきた女子生徒達の内の1人がいきなり彼を殴りました。たまらず椅子から転げ落ちた少年。ですが、誰も助けません。それどころか、このクズだの、目障りだのと罵りながら、よってたかって、殴る蹴るの暴行を加えます。
「やめなさい!!」
あまりに酷い光景に見ていられず、止めに入ろうとするものの、遊羅さんに止められました。
「落ち着いてください。言ったでしょう? これは過去の光景。もはや、終わってしまった事です。私達には一切干渉は出来ません」
「……そうでしたわね。自分でもそう言ったのに。お恥ずかしい限りですわ」
分かっていたはずなのに。しかし、目の前のあまりに酷い光景に黙ってはいられなかったのです。そこへ遊羅さんは話しかけます。
「ミルフィーユさん、暴行を受けている彼を良く見てください。なかなか興味深いですよ」
「えっ?」
その言葉を聞き、暴行を受けている少年を改めて良く見てみます。そして、気付きました。一見、酷くやられている様ですが、良く見てみると、受けた攻撃をことごとく受け流しています。あれでは大したダメージは無いですし、急所への直撃は避けています。周りの女子生徒達は彼への暴行に夢中で気付いていない様ですが。彼、ただ者ではないですわね。
「攻撃をことごとく受け流していますわ。急所への直撃も避けていますし。それもさりげなく。よほど、注意して見ない限り、分かりませんわね。実際、彼に暴行を加えている女子生徒達は気付いていませんし」
「はい、良く分かりましたね。そんなミルフィーユさんには、ボーナス100万点!」
私が気付いた事を述べると、茶化した口調で誉める遊羅さん。イラッと来ますが、我慢。しかし、彼は何者? そして、なぜ、こうも酷い暴行を受けるのでしょう? 彼はただ、文庫本を読んでいただけなのに。そんな私の疑問を読んだらしく、遊羅さんが説明してくれました。
「ミルフィーユさん。"コア"ですが、あれには適性がありましてね。この学園においては、"コア"適性の高さが学園内における地位を決めるのです。大方、彼は適性が低いのでしょう。おまけに不細工なチビですから、イジメの格好のターゲットですね。人間のやる事は変わりませんね」
「……同感ですわね」
過去の光景とは分かっていても、何も出来ない事は、やはり腹立たしいですわね。そうこうしている内に、先程のイケメンが戻ってきました。それに伴い、赤毛の少年に暴行を加えていた女子生徒達も散りました。そして授業が始まる。誰一人として、赤毛の少年を気遣わぬまま。教師さえ、赤毛の少年を無視していました。見るからにぼろぼろなのに。この学園の人間は生徒も教師も腐り切っていますわね。"コア"至上主義が蔓延していると言えますわね。しかし、あの赤毛の少年。彼は何者なのでしょう?
「ミルフィーユさん、先程の赤毛の彼。もう少し、見てみましょう。気になるのでしょう?」
「お願いしますわ」
とことん、私の考えを読む遊羅さん。あの赤毛の少年を追跡してくれる事に。ちなみに、その後も酷い物でした。誰も彼もが、教師までもが、赤毛の少年に罵倒を浴びせ、暴行を加えます。そして、放課後。廊下を歩く赤毛の少年が、女子生徒3人組とすれ違いました。ですが、そのすれ違った瞬間、女子生徒の1人が彼に小さく折り畳まれた何かを手渡しました。気付いた者はおらず、そのまま両者は離れていく。
「今、何か受け取りましたわね」
「そうですね~。ちなみに先程の女子生徒3人組。赤リボンでしたから、あれは3年生ですね」
遊羅さんが言うには、この学園は学年毎に男子はネクタイ。女子はリボンの色が違い、この年は3年生は赤、2年生は青、1年生は黄。
「3年生が何の用でしょう? またしても、イジメでしょうか?」
「さぁ? それは分かりませんね。じゃ、早送りして、確かめましょう」
そう言って、過去の光景を早送りにする遊羅さん。
「この辺ですか」
早送りを止めて、映し出された光景は、粗末な部屋でした。おそらく、赤毛の少年の部屋ですわね。しかし、酷い扱いですわね。そんな粗末な部屋で、赤毛の少年はノートパソコンのキーボードを叩いています。
「この学園は徹底的な"コア"至上主義にして、全寮制。適性の低い者はこんな扱いですよ。逆に適性の高い者は王様扱いですよ」
「つくづく、腐り切っていますわね。適性が高い人間が素晴らしい人間だとでも? 才能と人間性は必ずしも一致するとは限りませんのに」
学園内に蔓延る"コア"至上主義にうんざりしていると、思いがけない光景が。室内に突然、4人の女性が現れたのです。あれは、空間転移! 私は驚きましたが、なぜか赤毛の少年は驚きません。しかも、その内、3人は放課後、彼とすれ違った3年生達です。残り1人は眼鏡を掛けた、ショートカットで黒髪の大人の女性。
「ご足労すみません、先輩方。そして、芦屋先生。とりあえず、お茶を出しますんで、座ってください」
赤毛の少年はちゃぶ台と座布団を用意。お茶の準備を始めました。
「あぁ、済まんな。ほら、お前達も座れ」
芦屋先生と呼ばれた大人の女性が答え、女子生徒達に座る様、勧めます。やがて、赤毛の少年がお茶とお菓子を持ってきて、始まった話し合い。その内容は、恐るべき物でした。それは近々、"コア"が人類に対し、反逆するという物。ひいては世界が終わると。
「小島君、私の方は準備が整いました」
「同じく」
「こっちも準備完了。いつでも、ここを逃げ出せるよ」
「さすがです、先輩方。他の奴らじゃ、こうはいかない。あいつらは"コア"適性でしか人を判断しないですから。おまけに俺は不細工ですし」
「"コア"至上主義。馬鹿げた事だ。あんな得体の知れない物を過信するなんぞ、愚の骨頂だ。ま、私達がいくら騒いだ所で誰も聞きはしない」
タバコをふかしつつ、呆れる芦屋先生という女性。彼らは"コア"の反逆を予想し、逃げ出す算段を立てていました。
「皆さん、聞いてください。"コア"の反逆は遅くとも、1ヶ月以内には起こる。くれぐれも気を付けてください。落ち合う場所は、学園裏の林。良いですね。必ず、全員で脱出しましょう!」
「えぇ」
「当然だ」
「この年で死にたくないし」
「私を慕ってくれる、希少な生徒達を死なせる訳にはいかん。私は教師だからな。……"コア"至上主義のバカ共は知らん」
それぞれ、決意を語ると、話し合いは終わったらしく、女性達は帰っていきました。そして、再びノートパソコンのキーボードを叩く、赤毛の少年、改め、小島君。
「……"コア"の反逆。それがこの世界の滅亡に繋がったのですね」
「その通り。では、次は1週間後。小島君が話した"コア"の反逆が起きた日に舞台を移しましょう。ウフフフフフ♪」
遂に分かった、この世界の滅亡の理由。そして、遊羅さんは不気味な笑い声と共に、事件当日へと、映像を切り替えたのでした。
「ところで、そろそろツッコミが欲しいんですけど…………」
私の方を見ながら言う遊羅さん。まぁ、何に対してツッコミを入れて欲しいかは分かります。が、ここは敢えてツッコミません。とにかく、あざとく、ウザい人ですからね。それぐらいの反撃は許されるでしょう。故にシラを切ります。
「何がですか?」
すると、遊羅さん、とうとう我慢の限界に達したのか、キレました。
「いい加減にツッコミを入れてくださいよ! 私がボケられないじゃないですか! これ、私の一番の持ちネタなんですから! ほら! これとこれ! ほらほら! ツッコミ入れて!!」
そう言って、自分の頭とお尻を指差します。頭にはピコピコ動く、狐耳。お尻にはフサフサの狐の尾。
「なかなか個性的なアクセサリーですわね」
「あぁあああああ! スッゴい素で返された!」
私のノーリアクションぶりにキレまくる遊羅さん。
そう、彼女は人間ではなかったのです。
読者の皆様、遅くなりました。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第84話をお届けします。
廃墟と化した、異世界の学園。そこへ足を踏み入れたミルフィーユの前に現れた、謎の女性、遊羅。怪しい、あざとい、ウザいの三拍子揃った、胡散臭い事、極まりない女性です。しかし、強い!
ミルフィーユに全く気配を感じさせなかった上、一瞬で背後を取った。あの時の状況ですが、遊羅は教室の入り口に。ミルフィーユは教室の中程にいました。作中でも語りましたが、教室内は机やら、椅子やら、後、瓦礫やらが散乱していました。そんな移動しづらい状況にもかかわらず、遊羅はあっさりとミルフィーユの背後を取った。この事から、ミルフィーユは遊羅に対し、戦うのは得策ではないと判断。話し合いに持ち込みました。
そして、遊羅の力で見る事になった、異世界滅亡の理由。"コア"の反逆。何より、敵か味方か遊羅の思惑は?
では、また次回。