第82話 ミルフィーユの奇怪なダンジョン探索記 その二
遂に足を踏み入れたダンジョン。元は古い廃坑だっただけに、壁は土がむき出し。所々に支柱が立ち、ギルドが設置した明かりが坑内を照らしています。もっとも、ギルドも坑内全てに明かりを設置した訳ではないので、奥地では自分で対処せねばなりませんが。
私はギルドから渡された廃坑の地図を見ながら、奥地を目指します。ちなみに、耐水性の有る丈夫な紙製。スマホやタブレット等も有りますが、エネルギー切れになると使えません。故に、あえてアナログな紙製の地図を使うのです。
「お~! 魔石だ! それも紫だ! こんな浅い階で見付かるなんてツイてる!」
「こんな大粒の魔石が採れるなんて、来て良かったわ~!」
「良く見たら、あっちこっちに有る! ここは宝の山、いや、ダンジョンだから宝の穴か!」
……さっきから、騒がしいですわね。他の冒険者達の騒ぐ声が聞こえてきます。ここがダンジョンだという自覚に欠けていますわね。魔石を見付けて浮かれている様ですが。確かに魔石は高く売れますもの。特に品質の良い物なら、一攫千金も夢ではありません。私も足元に有った魔石を拾います。
「紫。こんな浅い階にもかかわらず。複雑な気分ですわね」
私が手にした魔石は鮮やかな紫色。サイズはピンポン玉ぐらい。かなりの上物ですわ。ギルドに持ち込めば、高値で買い取ってもらえるでしょう。しかも、ダンジョン内のあちこちに落ちています。これほど大量かつ、高品質の魔石が見付かるダンジョンは珍しい。まさに宝の穴ですわ。他の冒険者達が夢中になって集めるのも無理はありません。しかし、喜んでばかりもいられません。なぜなら、魔石とは異界の力の結晶であり、ダンジョンの異界化を示す証なのですから。
普通、ダンジョンは奥地、すなわち中枢に近付くほど、異界化の影響が強くなります。魔石の品質も同様で、基本的にダンジョンの奥地に行くほど、高品質かつ、大量に見付かります。サイズも大きくなります。これまで見付かった一番大きな物では、サッカーボールぐらいのサイズですわ。昔、お母様や、お姉様達と一緒に展示会に行ったのは、懐かしい思い出ですわね。っと、思い出に浸っている場合ではありませんでしたわ。早く、中枢を封印しないと。このダンジョンは、明らかに異常ですもの。なぜなら、
『高品質の紫の魔石が見付かるには、あまりにも階層が浅過ぎる』。
魔石は灰色から始まり、青、紫、黒と変色していきます。通常、こんな浅い階では、灰色か、やや青みがかった灰色が関の山。大きさも小粒のクズ石でしかありません。それが、浅い階で紫の魔石が大量に見付かるという事態。それはすなわち、このダンジョン内に高濃度の異界の力が満ちているという事。異界化が深刻だという事の何よりの証。
「急がねばなりませんわ。とりあえず、下層へと通じる縦坑を目指しませんと」
魔石集めに目が眩んでいる者達は無視して、地図を頼りに縦坑へと急ぐのでした。
「くっ! ここも道がふさがっていますわ」
廃坑の下層へと通じる縦坑。そこへ向かいたいのですが、難航していました。長きに渡り、放置されていた廃坑だけに、あちこちで崩落により、道がふさがっているのです。下手に弄ると、更なる崩落を招きかねず、歯噛みするしかありません。
「残るルートは後、僅かですわね。ふさがっていない事を願いますわ」
先に進めない以上、この場にいても仕方ありません。踵を返し、別のルートを探す事に。しかし、その時でした。何かが突然襲ってきました。以前の私なら、攻撃を受けていたほどの速さ。しかし、ハルカと出会い、幾度となく組手を交わした今の私には十分、対処可能。即座にミスリル製のナイフを抜き放ち、すれ違いざまに切りつけます。しかし、その感触は奇妙な物。肉ではなく、硬い石の様。
「ギ……ギカカ……」
石を擦り合わせる様な、ぶつける様な声を上げ、それは私と向き合います。残念ながら、今の一撃では、仕留められませんでしたわね。私に対し、殺意を向けてきます。高品質の魔石が大量に見付かるので、予想はしていましたが、やはり現れましたわね。『石魔!』
魔石の有る所、特に高品質の物が有る所に良く現れる、魔石に命が宿って生まれた魔物。それが石魔。その身体は幾つもの魔石の集合体で姿形は様々。今回私の前に現れたのは、体長、1メートルぐらいのトカゲ型。全身が紫の魔石でできていますわ。厄介な相手ですわね。石魔の強さは魔石の質に比例する上、全身が魔石の集合体である為、硬く、一時的に身体が崩れても、すぐに復元してしまいます。
紫のトカゲ型石魔は、見た目と裏腹に素早く壁や天井を動き回り、こちらに飛びかかってきました。じわじわとこちらを弱らせ、仕留めるつもりなのでしょう。
「ギカカカ!」
耳障りな鳴き声を上げ、襲ってくる石魔。ミスリル製のナイフで、攻撃を捌きつつチャンスを伺います。そして、その時が来ました。
「ギカカーーッ!!」
天井から、私の頭目掛けて大口を開けて飛びかかってきた石魔。今ですわ! 私は準備していた術を発動。手にするナイフが白い輝きを放ちます。そしてカウンターのナイフ一閃! さっきと違い、その一撃は石魔の身体を易々と切り裂きました。そして、石魔はというと。
「ギ? ギアアアアアア!!!」
一瞬の疑問の後、悲鳴と共に身体が崩れ始め、遂には、ただの魔石の山と化してしまいました。
「やはり、アンデッドには浄化系の攻撃が良く効きますわね」
私が使ったのは、対アンデッド用の浄化術、『破魔聖光』のアレンジ版。ミスリル製のナイフに浄化の力を宿らせたのです。石魔とは、魔石を依り代に、死霊が宿って生まれたアンデッドなのです。故に、通常の攻撃は効きませんが、浄化系は非常に良く効きます。さて、戦利品の魔石を回収しましょう。石魔は魔石の集合体。倒すと大量の魔石が手に入るので、倒せる実力者には、とても美味しい魔物ですの。
「ふふっ、今回の一件が無事に片付いたら、ハルカを誘って、カフェでお茶をするのも良いですわね。私の奢りで」
実は私、月々のお小遣いは非常に少ないんですの。決して、当家は貧しくはありませんが、お金に関してはとても厳しく、必要最低限のお小遣いは渡されますが、それ以上は自分で稼がねばなりません。だから、この臨時収入は嬉しいですわね。
「とはいえ、本来の目的を忘れてはいけませんわね。先を急ぎましょう。紫の石魔が現れた事からも、油断なりませんわ」
戦利品の魔石の回収を済ませ、奥地への別ルートを見つけるべく、その場を後にしました。
「やっと、着きましたわ……。ここが縦坑ですわね」
私の目の前には大きな縦穴。これこそ、廃坑の奥地へと通じる、縦坑。かつては盛んに利用されていたのでしょう。しかし、廃坑となって久しい今では、不気味な穴でしかありません。一応、エレベーターが有りますが、見るからに錆び付いていて、これに乗るなど、自殺行為。浮遊魔法で降りる手も有りますが、もしもに備え、やはり、昇降手段は欲しいですわね。残念ですが、ここは一旦、引き返しましょう。ギルドに連絡して、昇降手段を用意してもらいましょう。幸い、ここまでのルートは確保しましたし。
早くダンジョンの中枢を封印したいのは、山々ですが、焦って深入りすれば、それは命取りになりかねません。マーキングを行い、ダンジョンから脱出する事に。このダンジョンの攻略は、そう簡単にはいきませんわね。
ダンジョンから帰ってきたら、外は既に暗くなっていました。時計は持っていますが、昼夜の変化の無いダンジョン内にいると、時間感覚が狂いますわね。とりあえず、ギルドの拠点へと戻りましょう。戦利品の魔石の買い取りも済ませたいですし。
冒険者ギルドの臨時拠点であるバラック小屋。大勢の冒険者達が列を成しています。もっぱら、戦利品の買い取りですわね。私もそうですし。やはり、魔石が中心の様。高く売れるので、皆、浮かれていますわ。……高品質の魔石が浅い階層で採れる事は決して喜ばしい事ではないのですが。しかし、収入が必要なのも、また現実。私も戦利品の魔石を買い取ってもらいました。魔石と引き換えにかなりの金額が提示されます。私は現金では受け取らず、自分の口座へと振り込んでもらいました。必要以上の現金は持たない主義なので。さて、今度は情報を集めるとしましょう。私は冒険者達が集まる食堂へと向かいました。
今回の事件に当たり、ギルドは幾つかのバラック小屋を建てています。臨時本部、宿泊施設、医療施設、食堂等。そして、情報が欲しいなら、酒場や食堂というのが定番。私もそれに倣い、食堂へ。お腹も空きましたし。
食堂には、多くの冒険者達。メニューはさほど多くありませんが、贅沢は言えません。カレーライスとサラダを注文し、すぐに出てきたそれを受け取り、適当な席に着いて食べ始めます。……やはり、あまり美味しくないですわね。まぁ、質より量ですから。ハルカの料理が食べたいですわ。周りは魔石で懐が温かくなったのか、浮かれている者達が多いこと。酒が入っている者が多いので、トラブルに巻き込まれない様、注意しませんと。カレーライスを食べつつ、周りの会話に耳を傾けます。やはり、石魔の話が中心ですわね。どうやら、私の出会ったトカゲ型の他に四足獣型、人型がいる様。纏めると、
トカゲ型、壁や天井等を自在に動き回り、トリッキーな戦法を取る。
四足獣型、とにかく速い。鋭い牙も脅威。
人型、動きはさほど速くないものの、非常に怪力。防御をしても、それごと叩き潰してくるとか。
とりあえず、確認されたのは、この3種。まだ、他にもいるかもしれません。そんな中、私に話かけてきた人が。
「相席、構わないかな?」
若い男性の声。少々、馴れ馴れしいのではなくて? とはいえ、確かに空いている席は少ないのも事実。
「えぇ、構いませんわ」
そう言って了承しましたが、相手の顔を見て、びっくり。あの、若い、黒い剣士ではありませんか。動揺を顔に出さなかった自分を褒めてあげたいですわね。裏まみれの貴族育ちが役に立ちましたわ。そんな私の内心を知ってか知らずかは、わかりませんが、彼は更に話かけてきました。
「ありがとう。なかなか良い席が無くてね。君みたいな美人と相席になれて嬉しいよ。ねぇ、『ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグさん』」
直後、私はミスリル製のナイフを彼に突き付けていました。周りには気付かれない様に。
「……何者ですの、貴方? 返答次第では、命の保証は有りませんわ」
ですが、彼は動じません。
「まぁ、落ち着いてくれないかな? 『そっちこそ、命の保証が無いけど?』」
いつの間にか、私の背後に女性達が立っていました。そして、私の背中、心臓の位置に刃を突き付けています。……下手に動けないのは私も同じですか。背後を取られるとは、私もまだまだ未熟ですわね。
「まぁ、とりあえず、お互いに物騒な物は収めよう。俺は君に話が有って来たんだ」
お互いに緊張状態の中、そう言う彼。仕方ないですわね。ここは言う通りにしましょう。ここで騒ぎを起こすのは得策ではありませんし、話が有るという事ですし。私はナイフを納めます。すると、向こうも刃を納めました。
「わかりましたわ。話を聞きましょう。しかし、その前に名乗るのが礼儀ではありませんこと? 貴方は私の名を知っていましたが、私は貴方の名を知りませんもの」
まぁ、自分で言うのも何ですが、私はそれなりに顔と名を知られています。彼が私の名を知っていても、さほど不思議ではありません。しかし、私は彼の事を知りません。
「あぁ、これは失礼。俺は、リゼル・シュバルツ。見ての通りの剣士さ。よろしく」
あっさりと名乗り、右手を出してきました。ですが、私はそれを無視。彼の取り巻きの女性達が睨んできましたが、私は見知らぬ相手と気安く握手をする気は有りません。特に私は家柄故に。
「せっかくの握手を無視されるなんて傷付くなぁ」
「お生憎様。私は見知らぬ相手と握手をする気は有りませんの。特に右手では。ごめんあそばせ」
口では傷付くなどと言っていますが、絶対、本心ではありませんわね。
「ところで、話が有るのでしょう? 早くしてもらえません?」
向こうの目的は不明ですが、こうして接触してきた以上、何かが有るはず。すると、爽やかな笑顔を浮かべ、話を切り出してきました。
「率直に言うよ。俺達と組まないかな? 聞いた所、君はチームを組まず、1人でダンジョン探索をしているそうじゃないか。いくら、腕が立つとはいえ、それは危険過ぎるよ。あぁ、ちなみに俺はランクAAだよ。メンバーの3人はランクA。どうだい? 実力的には問題無いと思うけど? あ、報酬は山分けで」
いかにも、好青年といった爽やかな笑顔。確かに、実力的には、ランクAAが一人にランクAが3人。問題無いどころか、破格の好条件ですわね。普通なら、頼んでも仲間に入れてもらえないでしょうから。まぁ、私の返事は決まっていますが。
「大変、ありがたい申し出ですわ。確かに実力的には問題無いですわね」
「そう言ってもらえると嬉しいね。それじゃ、さっそく、今後の打ち合わせをしようじゃないか」
私の返事を了承と受け取ったらしく、やけに馴れ馴れしい態度を取ってきましたわね。甘いですわ。
「あらあら、何を勘違いなさっていらっしゃるの?私は一言も貴方達と組むとは言っていませんわ」
すると、私の態度が気に入らなかったらしく、今まで黙っていた、彼の取り巻き3人の内の1人。黒髪の女剣士が噛み付いてきました。
「貴様! リゼルの申し出を断る気か!」
露骨な殺意を向けてくる女剣士。沸点の低い人ですわね。実力はともかく、人として底が浅いですわ。どうやら、このリゼルとかいう男に好意を抱いている様ですが。ま、この男、確かに見た目は良いですわね。見た目『だけ』は。
「生憎ですが、私は家柄上、よほど信用できる相手で無い限り、組む気は有りませんの。悪しからず」
女剣士から、親の仇と言わんばかりに睨まれますが、その程度、貴族社会では、物の数にも入りませんわね。これ以上、彼らと話す事は有りません。私は空になった食器を手に、席を立ちます。そんな私に黒い剣士、リゼルは声を掛けます。
「残念だよ。お互いに良い話だと思ったんだけどね」
それに対して、私も返します。
「お互いに? 貴方に取ってでしょう? この際、はっきり言いますわね。私は貴方が大嫌いですわ。では、ご機嫌よう」
それだけ言うと私はその場を離れ、食器を返し食堂を出ました。背後に殺意に満ちた視線を感じながら。
さて、食事を済ませた私は、今回の探索の報告及び、情報収集を兼ねて、ギルドの臨時本部へ。受付で書類を受け取り、今回の探索でわかった事を書き込みます。縦坑と、老朽化したエレベーターの事もしっかり書き込み。早急に新しいエレベーターの設置を要請します。ギルドはこうして得られた情報を元に今後の方針を決めるので、適当な事は書けません。書き上げた書類を持って、再び受付へ。係の女性に書類を渡します。
「はい、確かに受け取りました。ところで、注意して頂きたい情報が有ります。明日には発表されますが、未知の魔物がいる様です。今日の犠牲者の中に、奇妙な傷を受けた方がいます。胸に五個の穴が開いていたり、身体に焼け焦げた大きな穴が開いていたり。しかも、その傷口から、一切、魔力の反応が無かったのです」
書類を渡した受付の女性から、思いがけない情報が。これは詳しく聞かないといけませんわ。
「あの、その件について、もっと詳しく聞かせて頂けません?」
より詳しい情報を求める私に、受付の女性は1枚のプリントを渡してくれました。
「明日、配る予定でしたが、これを。詳細について書かれています」
まぁ、向こうも仕事が有りますし、無理は言えませんわね。私はお礼を言って、その場を去りました。もらったプリントを読まないといけませんし、そろそろ、エクレアお姉様から頂いた『あれ』を用いた情報収集もしませんと。
それから、しばらく。私は今夜の宿泊場所を探していました。そうですわね、ここらにしましょうか。ダンジョンから、少し離れた開けた場所です。亜空間収納から、金色の鍵を取り出し、キーワードを唱えます。
『扉よ出でよ』
すると、何も無い空中に扉が現れました。私はその鍵穴に金色の鍵を差し込み回します。ガチャリと鍵の開く音。ノブを回し、ドアを開けて、中へ。入ったら、さっさとドアを閉めます。ちなみにドアを閉じると、外部側のドアは消え、入れなくなります。これこそ、魔道具の一つ、『携帯式個室』。亜空間に設置された個室ですわ。私は立場上、そして個人的にも、不特定多数の利用する宿泊施設は嫌なので、これはとても重宝していますの。もちろん、内装は私好みにしています。キッチン、バスルーム、洗面所、お手洗い、全て完備の4LDKですの。ハルカに羨ましがられましたわね。ハルカのはワンルームタイプだそうなので。
ナナ様クラスの実力者でもない限り、安全な亜空間の自室。まずは、紅茶を淹れて一息付きます。香り高い紅茶は落ち着きますわね。さて、そろそろ始めましょうか。私はノートパソコンを立ち上げます。そのモニターに映し出されているのは、あの黒い剣士、リゼル・シュバルツとその取り巻きの女3人組。場所から見て、ギルドの宿泊施設の様ですわね。その姿も声もはっきりわかりますわ。エクレアお姉様の発明品、様々ですわ。
『不視蝶』
エクレアお姉様が開発された、諜報用マシン。見た目はガラス細工の蝶の様。不可視モードにより、完全に姿を消し、それこそ、ナナ様クラスの実力者でもない限り、探知は不可能。見た目と裏腹に素早い移動ができ、諜報にはうってつけですの。今回、私はあの黒い剣士、リゼル・シュバルツにこの『不視蝶』を付けておきました。彼には不穏な物を感じましたから。とりあえず、彼らのダンジョン内での動きを見てみましょう。
ノートパソコンのモニターに、『不視蝶』からの録画映像が映し出されました。どうでも良い所は飛ばし、ダンジョン内での行動を観察します。ふむ、本人がランクAA、取り巻き3人がランクAだけに良い動きをしますわね。装備も強力ですわ。ダンジョン内で襲ってきた石魔を容易く倒していました。
「リゼル・シュバルツ。実力はやはり、かなりの物ですわね。ランクAAは伊達ではありませんか。他の3人もうまく役割分担していますわね」
取り巻き3人の内分けは、食堂で私に食って掛かってきた女が剣士。金髪の長髪の女が槍。茶髪のショートカットの女が、魔法による援護及び、補助を担当していました。悪くないチームだと思いますわね。そして彼らはどんどん先へと進んでいきました。送られてきた座標データから見て、私よりダンジョン奥地まで進入。……少々、悔しいですわね。まぁ、私情はこの際、置いておきましょう。それよりも、しっかり見なくては。私の踏み込んでいない領域の情報を集めないと。その後も敵を蹴散らしつつ、進む彼ら。そして、ダンジョン内に大きな変化が現れたのです。
『これは?!』
画面の向こうの彼らも驚いていました。私も同様です。なぜなら、それまで土がむき出しの廃坑だったのが、明らかに人工的かつ、近代的な光景に変わったからです。まるで、『何かの建造物の中の様な』。しかも、それだけでは無かったのです。突然、響き渡る銃声。大したもので、彼ら4人全員、即座にその場を飛び退き、回避。素早く、構えを取ります。その視線は近代的な外見の領域に向いています。そして、そこから何かが高速で飛んできました。それは、
『不気味な紫の、甲冑の様な何かでした』
『不視蝶』から、それに関する分析データが送られてきました。さすがはエクレアお姉様。至れり尽くせりですわ。なるほど、サイズは2メートル強。魔力反応は無し。しかしながら、微弱な生体反応は有り。後、内部から、未知の高エネルギー反応。一体、何なのでしょうか? 正体は分かりませんが、今は、彼らと謎の甲冑の戦いを見ましょう。
「厄介な相手ですわね。火力、耐久力共に、非常に高い。しかも、見た目の割りに、速いですし」
画面の向こうでは、リゼル達4人と、謎の甲冑の戦いが繰り広げられていました。リゼルの剣から、闇の刃、女剣士が剣を振るうと光の刃が放たれ、謎の甲冑に直撃。体勢が崩れた所へと、金髪の女がすかさず雷を纏った槍で高速の連続突き。甲高い金属音が響き渡ります。更にそこへ茶髪の女による追い打ちの魔力弾が炸裂。もうもうと土煙が舞い上がる。ですが、直後、土煙の中から、ピンクのビームが飛び出し、向こうに直撃。爆発を起こしました。そして姿を現したのは、全くの無傷の甲冑。完全に四人を敵と見なしたらしく、猛攻開始。
右手の指から、実弾による高速連射。左手の平から、ピンクのビーム。両腕から、白熱した刃まで出し、射撃、近接共にこなせる器用さ。拳や蹴りの一撃で、床や壁を粉々にする力。溜めも無しに一気にトップスピードを出せる加速力。その上、とにかく、硬い。1対4であるにも関わらず、甲冑の方が4人を押していました。
「明らかに彼ら4人の方が押されていますわね。しかし、これは過去の映像。現実に彼ら4人は無事に帰還しています。逃がしてくれる相手ではなさそうですし、どうやって、切り抜けたのでしょう?」
苦戦する4人を見ながら、思った事を呟きます。すると、4人に変化が有りました。それまでリゼルを始め、全員で攻撃していたのに、リゼルが戦列から外れ、何やら構えを取りました。残る3人は、甲冑相手に足止め。何か、大技を出す気の様ですわね。しかし、ここはダンジョン内。下手に大技を出せば、崩落を起こし生き埋めですわ。さぁ、何をしますの? 私が見守る中、ついにリゼルが動きました。
『黒炎剣』
能力発動のキーワードなのでしょう。彼がそう言うと、手にする黒い剣が黒炎に包まれました。それに合わせて、甲冑に攻撃を叩き込む三人。動きを止めた所へ、黒炎を纏う剣を手に、リゼルが突っ込む。甲冑も反撃しようと右手を伸ばしましたが、魔力弾の援護射撃に阻まれ、そこへ、リゼルの上段からの降り下ろしの一撃。黒炎を纏う剣は、それまで傷一つ付かなかった甲冑を容易く、一刀両断にしました。更に念を入れてか、バラバラになるまで切り刻むリゼル。さすがの甲冑もただのガラクタと化しました。……敵にトドメを刺すのは当然ですが、何か、危険な物を感じますわね。ともあれ、決着が付いて、彼らも一安心といった様子。今後の話し合いをしています。
『とりあえず、ここは一旦、退こう。あんな化け物が出てきた上、明らかにここから先は異質だからな』
結局、リゼルは撤退を選択。妥当な判断ですわね。今の状態で深入りは危険ですから。彼らはマーキングを行い、後、謎の甲冑の残骸を回収。その場から去りました。しかし、その場に残った者がいます。『不視蝶』ですわ。
リゼルにバラバラに切り裂かれた甲冑の残骸。確かに彼らは回収していきましたが、多少、破片は残っています。『不視蝶』はその内の1つを回収していました。できれば、残骸を詳しく調べたかったのですが、持ち去られてしまった以上、仕方ないですわ。ただ、少なくとも、単なる機械ではなさそうですわね。切り裂かれた際に飛び散ったであろう液体から、『人間の血液反応』が検出されましたから。さて、ノートパソコンから指示を送り、破片をこちらに転送させます。さっそく、届いた破片を検分。まずは、ミスリル製のナイフで軽く引っ掻いてみます。
「……やはり、傷一つ付きませんわね。リゼル達の攻撃を受けても無傷でしたし。初めて見る素材ですわ」
今度は手に取って曲げてみました。するとゴムの様にしなやかに曲がる。何とも不思議な素材ですわ。残念ながら、私はこの手の専門家ではありません。ならば、この手の事に詳しい相手に頼みましょう。私はノートパソコンを使い、エクレアお姉様の元へメッセージを添えて、破片を転送しました。エクレアお姉様は兵器関連に関しては一番のエキスパートですから。
その後、ギルドで受け取ったプリントを読んでみました。犠牲者はやはり、あの甲冑に殺られた様ですわね。それにしても、恐ろしい相手ですわ。犠牲者の中にはランクAの者もいました。装備も強化術式の施されたミスリル製の防具を身に付けていたにも関わらず、それごと撃ち抜かれていました。リゼル達との戦いでも見ましたが、凄い火力ですわ。並みの人間では、相手になりません。ですが、事態はそれどころではないのです。はっきり言って、最悪です。なぜなら、
『このダンジョンが、異界と繋がってしまっているのですから』
通常のダンジョンは最深部に有る、次元の穴。通称、中枢から異界の力が漏れ出し、ダンジョン化が進み、やがて、中枢が広がり、異界の者達が現れます。故に、ダンジョン化を止めるには中枢を封じるのです。しかし、今回は、ダンジョンが一部とはいえ、異界と繋がっています。これではもはや、封じる事は不可能です。それこそ、ナナ様の次元魔法で、こちらの世界と異界の接続を断ち切りでもしないと。しかし、現在、ナナ様とは連絡が取れません。いつ戻ってくるかわかりませんし、この先、ダンジョンにどんな変化が起きるかもわかりません。ですが、事態は一刻を争います。あの甲冑がどれだけいるかはわかりませんが、犠牲者が複数かつ、違う場所で出ている事から、複数いるのは間違いないでしょう。あれが大挙してダンジョンから出てきたら、それこそ、終わりです。
「……一か八か、残された手は一つですわね」
私には、次元を断ち切るなど不可能。ナナ様達とは連絡が取れません。しかし、このまま放置すれば、最悪、世界の終わりです。しかし、一つだけ方法が無いでもありません。過去にも、今回の様な事が有りました。その際に使われた手を使いましょう。それは、 ダンジョンと繋がった異界へと入り、原因を潰す事です。異界同士が繋がるのは何らかの原因が有るから。それさえ潰せば接続は切れます。ただし、その代償として、異界に取り残されてしまいますが。
「このまま放置すれば、世界が終わる。かといって、異界に入り原因を絶てば、私は異界に取り残される」
私とて人の子。犠牲になるのは嫌ですわ。やりたい事も有ります。大切な人達もいます。……特にハルカ。ですが、誰かがやらねばなりません。そして私にはその力が有る。何より私は栄えある、スイーツブルグ侯爵家の娘。貴族の義務が有ります。権力を傘に着るだけのクズ貴族とは違います。
「……覚悟を決めなさい、私。やるしか、ありませんわ!」
あの黒い剣士、リゼル・シュバルツは当てになりません。不視蝶からの映像を現在の様子に切り替え、彼らの会話を聞きましたが、ダンジョンが異界と繋がった事の恐ろしさをまるで理解していません。異界の品を持ち帰り、金を稼ぐ事ばかり話しています。実力はともかく、人間としてはクズですわ。やはり、私の目に狂いはありませんでしたわ。
「とりあえず、今日はもう休みましょう。明日は異界へと向かうのですから」
ノートパソコンを閉じ、浴室へと向かう私。決戦は明日ですわ。……成功するかはわかりませんし、仮に成功しても、私は帰れない。
「しっかりなさい、ミルフィーユ! 自分で決めた事でしょう!」
思わず暗くなる気分に対し、自らを叱咤激励して吹き飛ばします。
決戦は明日。
こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第82話をお届けします。
ダンジョンへと足を踏み入れたミルフィーユ。魔石の宝庫である事に、冒険者達は大喜び。ダンジョン探索そっちのけで集めている中、彼女は真面目にダンジョン探索を進めます。途中で、石魔に襲われるものの、見事撃退。確実に強くなっています。
続いて、黒い剣士、リゼル・シュバルツとの邂逅。仲間入りの勧誘をされましたが、これを蹴りました。いくら腕が立とうが、イケメンだろうが、ミルフィーユから見て、信用ならなかったので。貴族の娘だけに、人を見る目が有るのです。
そして、大変な事が判明。ダンジョン内が異界と繋がっていた。しかも、異界から、謎の甲冑型機械兵器が現れた。恐るべき敵の出現に戦慄するミルフィーユ。こんな奴が大挙してダンジョンから、出てきたら、世界が終わる。止める方法は1つ。異界へと向かい、異界とこちらの世界が繋がった原因を見付けて絶つ事。しかし、それをすれば異界に取り残されてしまう。ですが、ミルフィーユは最悪の事態を阻止する為、覚悟を決めました。ミルフィーユの運命やいかに?
では、また次回。