第81話 ミルフィーユの奇怪なダンジョン探索記
「……相変わらず、何も言いませんわね。せめて、何らかの反応ぐらいは示してくれても良さそうなものですけれど……」
私がそう言っても『それ』は何の変化も反応も見せません。ただ、美しくも、どこか禍々しさを感じさせる、真紅の煌めきを放つだけ。
「……私には貴女の力が必要なんですの。聞いていますの?」
問い掛けてみても、やはり反応はありません。もう! これではまるで、私がバカみたいではありませんの! 腹が立ちますわね! 思わず、『それ』を投げ捨てたくなりますが、何とか我慢します。……投げ捨てたところで、すぐに戻ってきますし。以前、あまりの無反応ぶりに頭に来て、投げ捨てたら、即座に戻ってきた上、頭に当たって、痛い思いをしましたし。
「ふぅ、少なくとも、現状、貴女は私の元を去る気は無いにしろ、私をまともに相手にする気も無い様ですわね」
すると一瞬、『それ』が煌めきましたわ。まるで、その通りと言っている様ですわね。
「そうですか。ならば見ていなさい。私は必ず貴女に証明してみせますわ。私こそ、貴女の主としてふさわしいという事を」
またしても、一瞬煌めきを放つ『それ』。出来るものならな、と挑発しているのでしょうか?
「私は必ず、貴女の主となってみせますわ。必ず!」
私は、自分の手の上で煌めく『それ』に語りかけます。真紅の宝石があしらわれた、シルバーチェーン付きのシンプルなデザインのペンダント。邪神ツクヨより貰った、真紅に煌めく魔性の宝石に。もちろん、宝石は何も語らず、ただ、真紅の煌めきを放つのみですが。
事の起こりは昨日の事。新年も半ばを迎え、世間はすっかり、普段通りの空気に。そんな中、突然、ナナ様からの伝話(この世界ではこう書く)。ハルカからなら、ともかく、ナナ様からとは珍しい事ですわ。何かと思えば、話が有るから、お母様とエスプレッソを同伴の上、すぐに来いとの事。それだけ言うと、さっさと切ってしまわれました。
何事かはわかりませんが、ナナ様の雰囲気から何か重大な話だと察しました。幸い、その日はお母様が在宅。エスプレッソも同様だったので、ナナ様から連絡が有った事を伝え、3人で急いでナナ様のお屋敷へ。
到着したナナ様のお屋敷。客間には既に、クローネ様、ファム様がおられました。とりあえず、軽い挨拶を済ませ、ナナ様を待ちます。
「我とファムに加え、ミルフィーユにスイーツブルグ侯爵夫人、エスプレッソ。ナナの奴め、何を考えている?」
「まぁ、いずれにしろ、このメンバーを集めるぐらいだからね。何か重大な話が有るのは間違いないね」
「ファム殿のおっしゃる通りですな。ただ事ではありますまい。当のナナ殿はまだですが」
ナナ様が来ないので、それぞれ思い思いに口にします。
「お母様、ナナ様は私達を呼んで一体、何の用なのでしょうか?」
「それは私にもわかりません。ですが、エスプレッソの言う通り、ただ事ではないでしょう」
「確かにそうですわね」
私もお母様と話をしていたら、そこへやっとナナ様が来られました。
「わざわざ来てもらってすまないね。今回は折り入って、話が有ってね。それなりに長くなるから、とりあえず、座りな。茶ぐらいは出すからさ」
ナナ様に言われて、皆それぞれソファーに腰掛けます。そして、人数分の紅茶が配られました。インスタントの紅茶ですが。
「まぁ、ナナ殿にまともな紅茶が淹れられるとは思っていませんからな。紅茶を出すだけでも、大きな進歩ですな」
インスタントの紅茶に対して、いつもの皮肉を言うエスプレッソ。普段のナナ様なら、ここで間違いなく、噛みついてくるのですが、今回は違いました。
「ふん、好きに言えば良いさ。今回はそれどころじゃないし」
特に怒りもせずに、受け流されました。しかも、それどころではないとか。エスプレッソも普段と違うナナ様に驚いています。
「……なるほど。これは確かにただ事ではありませんな。ナナ殿、私達を集めた理由の説明をお願いします」
皆が注目する中、ナナ様は今回のメンバーを集めた理由を話し始めました。ナナ様らしく、実に率直に。
『ハルカは真の神に命を狙われている』
ナナ様の重大発言に全員、絶句。しかし真の神。聞き慣れない単語ですわね。ですが、それ以上に重要なのが、ハルカが命を狙われているという事ですわ。ただ、真の神とはどういう事でしょうか? 偽物の神がいるという事でしょうか? するとナナ様は、その事について説明されました。
「手短に言うと、今の神のほとんどは偽物さ。真の神は遥かな太古にあらかた滅びた。だが、いない訳じゃない。ごく僅かだが生き残りがいる。その内の誰かがハルカの抹殺を企んでいるらしい」
ナナ様が語った事は、大変な内容でした。今の神のほとんどが偽物。しかし、なぜ真の神がハルカの命を狙うのでしょうか? ハルカが天才である事は私を始め、多くの者達が認める所ですが、別に世の中に害を成す様な事はしていないはず。そこへ、更にナナ様からの重大発言。
「なぜハルカが真の神に狙われているかと思っただろう? あの子は真の魔王の身体を持つからさ。しかも、本来なら強い代わりに成長できない魔王の欠点を、人間の成長力を併せ持たせる事で克服した新種だからね。そりゃ、危険視もするさ。私でも、始末するか、研究サンプルにしたいぐらいだからね。私の弟子じゃなかったならね」
ハルカが真の魔王の身体を持つ。しかも、魔王の力と人間の成長力を併せ持つ新種。ハルカが狙われる理由としては十分過ぎますわね。そしてナナ様は、事情を話してくださいました。
「そもそもの事の起こりは、先日、ハルカを連れて
高速飛行の修行に出かけたんだけどね。そこで、何者かが、ハルカを狙撃してきたのさ。とっさに私がかばったお陰で、ハルカは無事だったけど、代わりに私が落とされてね。正直、死を覚悟したけど、ハルカの魔王の力で何とか地面に激突死は避けられた。もっとも、その後、2人して倒れちまって、気が付いたら、なぜか私もハルカも完治していた。どうにもすっきりしない事件だったよ。でも、これだけは言える。また、仕掛けてくるよ。ハルカが死なない限りはね」
伝説の三大魔女の一角たる、ナナ様が撃墜された。並大抵の相手にできる事ではありません。しかも、ハルカが死なない限り、また仕掛けてくるであろうとの事。皆が沈黙する中、お母様が話を切り出されました。
「なるほど、ハルカさんが何者かに命を狙われているのは、わかりました。更には、その何者かがナナさんを撃墜するだけの力を持つ事も。しかし、それだけでは、まだ真の神が関係していると言うには根拠が足りません。他にも何か有りませんか?」
確かに。ナナ様が撃墜された事から、大変な実力者が関与しているのは、明らか。しかし、それだけでは、相手を断定するには情報不足ですわね。すると、ナナ様は新しい情報を話してくださいました。
「わかってるさ。これだけじゃ情報不足って事ぐらい。他にも根拠は有る。更に遡って、今年の元旦の事さ。クローネ、ファム、あんた達も覚えているだろ? 私とハルカにあんた達を加えた4人で大地母神殿に初詣に行ったじゃないか。あの時に大地母神が接触してきてね。天界にハルカを狙う動きが有る。しかも、大地母神にもどうにもならない程、上の奴だって、教えてくれたのさ。偽神とはいえ、上級神である大地母神。それがどうにもならない程、上となれば、まず真の神しかいない」
深刻そのものの顔のナナ様。大地母神からの警告とあれば、信憑性は確かですわね。そして、ナナ様は思いもかけない行動に出ました。何と、私達に対して頭を下げられたのです。
「頼む! 私に協力してくれ! 相手は真の神。その力は計り知れない。実は、年が明けた深夜、ハルカを転生させた張本人、死神ヨミがやってきた。その際、自らを真の神の一柱と名乗ったんだ。しかも、その力はあの邪神ツクヨに匹敵していた。つまり、邪神ツクヨもまた、真の神の一柱。そして私はかつて、邪神ツクヨに完敗を喫している。悔しいが、今の私では真の神に歯が立たない。だが、奴らも決して無敵、不滅じゃない。何か手が有るはず。もちろん、ただとは言わない。それ相応の代償は支払う。だから頼む!」
あの傲慢尊大、傍若無人を地で行くナナ様が。伝説の三大魔女の一角にして、プライドの高いナナ様が、恥も外聞もかなぐり捨てて、私達に頭を下げて頼み込まれるなんて……。ですが、それほどまでにハルカの命が危険に晒されているという事ですわ。頭を下げたまま、動かないナナ様。悲壮なまでの覚悟を感じます。この方はハルカを守る為なら、自分の命すら投げ出すでしょう。そして、しばしの沈黙。
その沈黙を破ったのは、私の良く知る声。意地悪で、皮肉屋で、そのくせ、丁重な態度は崩さない、私の知る限りでは、最低で最高の執事。エスプレッソでした。
「ナナ殿、似合わない真似はやめて頂きたいですな。正直、気持ち悪いので。それとも、アルコールの摂取のし過ぎでとうとう、脳に異常をきたされましたかな? ならば、良い病院を紹介致しますが。あぁ、その必要は有りませんか。名医たる、ファム殿が同席されていますからな」
出ましたわね、エスプレッソの毒舌が。いつもの澄ました顔で、相手を徹底的に扱き下ろす。このやり方で、当家の政敵をいくつも潰してきたとか。さすがのナナ様も、これには頭に来たらしく、即座にエスプレッソの襟首を掴んで激怒。
「……この野郎! 人が下手に出てりゃ、好き勝手言いやがって! 真の神の前にお前からぶっ殺してやろうか! こっちはハルカを守る為に必死なんだよ!」
ですが、エスプレッソは動じません。ナナ様の腕を掴むや、たちどころに投げてしまいました。絨毯が敷かれているとはいえ、床にしたたかに叩き付けられて、呻くナナ様。そんなナナ様を見下ろし、エスプレッソは言いました。
「やれやれ、そんなざまで、ハルカ嬢を守れると? 思い上がるのも、いい加減にしなさい!!」
滅多に大声を出さないエスプレッソ。それ故に、いかにエスプレッソが怒っているか、ひしひしと伝わりました。
「……ナナ殿。貴女はハルカ嬢の保護者。心配する気持ちはわかります。しかし、その様子では、ろくに休んでいませんな。そんな状態では、守れるものも守れません」
先ほどとうってかわって、静かに語るエスプレッソ。
「ナナ殿、ハルカ嬢を守りたいのは、私達も同じです。この不肖、エスプレッソ。ハルカ嬢を真の神から守る為、微力を尽くしましょう。ハルカ嬢を失うのは、世界にとって大変な損失ですからな」
相変わらず、キザですわね。しかし、ハルカを失いたくないのは、私も同じ。それは、お母様、クローネ様、ファム様も同様でしたわ。
「水くさいぞナナ。ハルカを守る為とあれば、我も助力は惜しまん。それに、真の神に負けたままというのも、癪に触る」
「右に同じ。ハルカちゃんを死なせる訳にはいかないよ。美味しいご飯をたかれなくなるからね」
「真の神。恐るべき相手ですが、引き下がる訳にはいきませんね。スイーツブルグ侯爵家の権力を持ってして、対抗策を探しましょう。完璧な存在でないなら、手は有るはず」
真の神という、とてつもなく強大な敵と相対する事になるにも関わらず、誰一人として、逃げ出す方はいません。ハルカは本当に皆から愛されていますのね。もちろん、私も逃げません。
「ナナ様、私も戦いますわ。友を見捨てて、何が貴族ですか。そんな事は私の誇りが許しません」
ナナ様はそんな私達に対し、涙ながらに感謝なさいました。
「ありがとう。全く、ハルカは果報者だよ。こんなに皆から愛されているなんて。やっぱり、私とは違うね」
ナナ様。昔の邪悪な魔女だった頃はともかく、今の貴女は少なくとも、ハルカに愛されていますわ。私はそう思いましたが、口にはしませんでした。ナナ様の性格からして、色々とうるさそうなので。
「ところで、ハルカさんはどうなされたのですか? 先ほどから、姿が見えませんが」
ハルカの命を狙う真の神に対抗する為、一致団結する事で、話がまとまったその後。お母様がナナ様に聞かれました。そういえば、今日はハルカの姿を見ていません。私達への紅茶もナナ様がインスタントを淹れました。普段なら、ハルカが淹れるのですが。すると、ナナ様は苦い表情を浮かべました。まさか、ハルカの身に何か有ったのでは? 思わず、ナナ様に尋ねました。
「ナナ様、ハルカに何か有りましたの?!」
つい、大声を上げてしまい、ナナ様も驚かれる始末。ですが、すぐに気を取り直し、説明してくださいました。
「落ち着きな。ちゃんと生きてるから。自分の部屋で寝てるよ。ただね、あの子、先日の一件から、相当無理をしていてね。昨日なんか、とうとう倒れちまってさ。なのに、今朝も無理して修行をしようとするから、強制的に眠らせた。今日、一日は起きてこないよ」
「そうでしたの。ハルカらしいですわね」
「全く、あのバカ弟子は。いくら真の神に対抗する為とはいえ、無理して倒れてたら、意味無いじゃないか」
ハルカが無事と聞いて、安堵する私と、無理をするハルカに呆れるナナ様。
「似た者師弟ですな」
「うるさいよ、エスプレッソ!」
まぁ、ナナ様の発言は見事なブーメランでしたし。その後、皆帰る事に。真の神への対抗策を見つけると約束を交わして。
そして、現在。お母様や、エスプレッソは真の神に関する情報を集めるべく、方々を飛び回っています。家を離れて、旅に出ているショコラお姉様、エクレアお姉様にも協力を要請されました。幸い、お姉様達も協力を快諾。まぁ、お姉様達の事ですから、何らかの打算が有っての事でしょうが。
「さ、今日もトレーニングを始めましょうか。無駄に過ごす時間は有りませんもの」
私はまだまだ未熟。もっと強くならねばなりません。愛用のオリハルコン製の剣を手にトレーニングルームに向かおうとした時でした。突如、鳴り響くアラーム音。出所は私のスマホ。しかもこのアラーム音は。
『冒険者ギルドからの緊急召集!』
私は予定を変更し、大急ぎで冒険者ギルドへと向かいました。お母様や、エスプレッソがいないこのタイミングでの召集に歯噛みしながら。
「皆様、突然の召集にお集まり頂き、ありがとうございます……」
冒険者ギルドの前には早くも大勢の人だかり。ギルドの係員が集まった者達に挨拶及び、今回の召集に関する説明をしています。緊急召集など、そうそう有るものではありません。しかも、今回は最低でも、ランクB以上の者に対する召集。大きな事件の様ですわね。で、今回の事件の内容ですが、確かに厄介な事件でした。それはここより北方に有る、古い廃坑。それが『ダンジョン化』したとの事。
『ダンジョン』。RPG等ではお馴染みの存在ですが、この世界においては非常に危険な存在。それは異界へと通じる穴。確かに、ダンジョンからもたらされた知識や、技術により世界が大きく発展した面も有ります。しかし、それだけでは済まないのです。ダンジョンの中は異界。故に、未知の病や、怪物が出てくる事も有るのです。史実上でも、ダンジョンより現れた何かにより、滅びた国も有ります。ダンジョンに対する対応は国それぞれですが、この王国では、ダンジョンは調査の上、基本的に封鎖、破棄します。ダンジョンのもたらす利益より、危険を重視しているのです。
「え~、今回のダンジョンが確認されたのは、1週間前です。ダンジョン拡大が加速するのは、ダンジョン出現から1ヶ月前後と言われていますので、皆様には、できるだけ早く、ダンジョンの中枢を封印して頂きたく思います。なお、封印に関しては当ギルドより、封印石を皆様に配布致します。それから、ダンジョン内で発見した物等に関しては、当ギルドで鑑定の上、その価値に応じた価格で買い取らせて頂きます。魔石等は大歓迎です」
ギルド前では、相変わらず係員が説明を続けていました。周りの冒険者達の態度は様々ですわね。
「よっしゃ! ダンジョンでお宝を見付けて、一山当ててやるぜ!」
「とりあえず、魔石集めを中心にしよう。質の良い奴なら、高く買い取ってもらえるし」
「ダンジョンか。歯応えの有る強者がいれば良いが……」
一攫千金を狙う者、手堅く稼ごうとする者、強者との戦いを望む者。まぁ、私は他人にとやかく干渉する気は有りませんが、どうもダンジョンを甘く見ている者が多く感じますわね。私は、ダンジョンの封印が最優先。あれは、この世界の常識が通用しない異界ですから。拡大する前に一刻も早く封印せねばなりません。
「では、皆様こちらへ。転送魔法陣で現場まで送ります」
そうこうしている内に、係員が転送魔法陣への誘導を開始。私もそれに続きます。しばらく順番待ちをしていましたが、その時、ふと1人の人物に目が行きました。
歳は私とさほど変わらないでしょう。17~18歳といった所。黒髪に黒い瞳。比較的白い肌のいわゆる東方系の顔立ち。かなりの美形ですわ。黒いブレストプレートを身に付け、更には黒いマント。腰には一振りの直剣。割りと軽装の剣士の様ですわね。その周りには数人の女性達。これまた、若く、美人揃い。ナナ様がいれば、いやらしい目で見ていたでしょうね。その後、ハルカにお尻をつねられるまでセットで。すると、向こうもこちらに気付いたらしく、軽く手を振ってきましたが、無視しました。本来なら、こちらも返すべき。ですが、私の直感が告げました。
『あれは危険』
私はまだ17歳の若輩者ですが、それでも、王国屈指の名門貴族、スイーツブルグ侯爵家の娘として、幼い頃から、権謀術数渦巻く世界に生きてきました。故に、人を見る目には自信が有りますの。あの男、確かに見た目は良いですが、何か危険な気配がします。それに、あまりにも美形過ぎます。まるで、
『アニメやゲーム、ラノベの主人公みたいで』。
どうにも、薄気味悪い物を感じますの。彼には注意せねばなりませんわね。付かず離れずの距離感を保ちましょうか。そう考えていると、私の番が回ってきました。ギルドの係員の誘導に従い、転送魔法陣の中へ。10人ずつ、纏めて送るそうですわ。ちなみに先ほどの彼はまだですわね。そして、私を含めた一団は、今回のダンジョン付近へと転送されました。
「お待ちしておりました。ささ、皆様、こちらへ」
転送された先では、別のギルド係員がやってきた冒険者達を案内していました。それに従い向かった先には、いかにも急ごしらえのバラック小屋。これが今回のギルドの拠点。まぁ、ダンジョンはいつ、どこに現れるかわかりませんから。ただ、廃坑や、地下遺跡などに現れやすい傾向は有りますが。
さて、しばらく待っている内に、今回の参加者が全員揃ったとの事。それとなく周りを見渡せば、彼もいました。相変わらず、若い女性達を侍らせていますわ。やはり、気に入りません。それはともかく、今回のダンジョン探索の説明が行われます。原則として、複数人によるチームを組むとの事。1人での探索はあまりにも危険。ましてや、この世界の常識が通用しない異界たる、ダンジョン探索となればなおさらですわね。
「それでは皆様、チーム編成、及び、登録をお願いします。既にチームを組んでおられる方は、こちらのチーム登録窓口へ。フリーの方はこちらのチーム編成窓口へ並んでください」
ギルド係員が指示を出し、集まっていた冒険者達は2つに別れます。既にチームを組んでいる者はチーム登録窓口へ並び、手続きを済ませ、一足先にダンジョンへと向かいました。対する、フリーの冒険者達は、チーム編成窓口に並び、一旦登録した上で、ギルドが能力や相性を考えて、チームに振り分けます。本来なら、フリーの私はチーム編成窓口に並ぶべき所ですが、あえて私はチーム登録窓口へと並びました。そして順番待ちをしている内に、私の番が回ってきました。
「お名前と、チームメンバーについて、こちらの書類に書いてください」
窓口の係員から受け取った書類に書き込む名はただ1つ。
『ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ』
チーム内容は以上。
そう書き込むと窓口の係員に渡しました。当然ながら、向こうは困惑。
「あの、貴女お一人ですか? いくらなんでも、危険ですが……」
そう言われても、私は撤回する気など有りません。
「構いません。それでお願いします」
「しかしですね……」
向こうも渋ります。何か有れば、ギルドの責任問題になりますから。仕方有りません。不本意ですが、ここは、家の力を借りましょう。
「貴女、私をご存知ありませんの? 私はスイーツブルグ侯爵家、三女にして、ランクAAAのミルフィーユ・フォン・スイーツブルグですわ。それでも文句が有りまして?」
すると一気に態度を変えてきました。ギルドの一係員としては下手に逆らって、スイーツブルグ侯爵家の怒りを買うのは、怖いでしょうし。
「いえ! 滅相もありません! わかりました、ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグさん、個人で登録させて頂きます!」
すっかり顔を青くして大慌てで登録手続きをしているのを見ると、さすがに罪悪感が有りますわね。
「あの、無理を言ったのは私の方ですから。仮に私に何か有ったとしても、そちらに責任追及はしませんから」
一応、言っておきましたが、聞いていないでしょうね。
さて、いよいよダンジョンへ。元は古い廃坑だったというそれは、見た目はまさに廃坑そのもの。しかし、内部は異界。下手に入れば命の保証は有りません。
「一刻も早く、中枢を見つけ出し、封印しないと」
ダンジョン、その恐ろしさは単なる洞窟と違い、時間の経過と共に拡大していく所に有ります。要は、異界による、こちらの世界への侵食。放っておいたら、最悪、こちらの世界が異界に飲み込まれてしまいます。そうなる前に中枢を見つけ出し、封印しないといけません。中枢さえ封印してしてしまえば、後は地系の魔法で埋めて完了です。逆に言えば中枢を封印しない限り、埋める事が出来ないのです。
私は装備や、所持品の最終チェックを済ませ、ダンジョンの入り口前の受付に向かい、ダンジョン侵入の署名をします。
「ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグさんですね。確かに確認しました。どうかご無事に帰還してください。命に勝る宝は有りませんから」
「はい、ありがとうございます。では、行ってきますわ」
受付の年配の女性と言葉を交わし、ついに私は、ダンジョンへと踏み込みました。内部に入った途端、明らかに空気が変わりました。異界の空気。異質な世界の気配。
「……これは、私が考えていた以上に深刻な事態ですわね。深いですわ、このダンジョン」
私の今いる位置のずっと下から、感じる気配。ダンジョンの中枢。この世界を蝕む異界の種。急がねばなりませんわね。しかし、焦れば、身の破滅を招くだけ。
「ギャアアァアアーーーッ!!」
早速、断末魔の悲鳴が聞こえてきました。罠か、それとも魔物に殺られたか? でも、そんな事を気にしている場合ではありません。一つ間違えば、次は私なのですから。私は急ぎ、でも焦らず先へと進みます。
「ふぅ、近年、まれに見る活動的なダンジョン。更には、どうにも怪しい黒い剣士。嫌な予感しかしませんわね」
私は不安を抱えつつ、ダンジョンの奥へと向かい、進むのでした。
どうも、作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第81話をお届けします。
ナナさんから、ハルカが真の神に命を狙われていると聞かされたミルフィーユ達。ハルカを守る為、それぞれ、行動を開始。
そこへ突然のダンジョン出現の知らせ。侯爵夫人や、執事のエスプレッソ不在の中、ミルフィーユは単身、向かいます。しかし、そこに不穏な影。若く美しい女性達を侍らせた、黒い剣士。『まるで、アニメや、ゲーム。ラノベの主人公の様な』出来すぎたイケメン。ミルフィーユは、彼に危険な物を感じ、警戒中。
更には、近年まれに見る、活動的なダンジョン。どんどん範囲を拡大中。一刻も早く、中枢を見つけ出し封印。ダンジョン拡大を止めねばなりません。ミルフィーユの活躍に全ては掛かっています。
ちなみに、ナナさん師弟、クローネ、ファムは真の神への対抗策を探しに出ており、不在です。