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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第77話 新年三日目 邪神ツクヨ一家の場合

「おら、起きろイサム! 今日も予定が詰まっているんだ! ぐずぐずするな! 朝飯食う時間が無くなるぞ!」


「……朝っぱらから、大声出さないでくださいツクヨさん。俺、疲れてるんですから……」


 今日も朝から元気なツクヨさん。邪神だけあって、桁外れのタフネスぶり。でもね、俺は邪神じゃないんです。一緒くたにしないでください。とはいえ、ツクヨさんの言う通り、予定が詰まっているんだよな。さっさと起きないと冗談抜きに朝飯を食う時間が無くなる。


「全く、毎年の恒例行事とはいえ、キツいよな。でも、やらない訳にもいかないし、起きなきゃな。おはようございます、ツクヨさん」


 とりあえず、ベッドから降りてツクヨさんに挨拶。既にツクヨさんは、いつもの真紅のチャイナドレスにポニーテール姿。こりゃ、俺も早く着替えないとな。


「ふん、おはようイサム。とりあえず、さっさとシャワーを浴びてこい。急げよ、今日もイベントが山盛りなんだからな。ったく、正月ぐらいゆっくりさせろよな」


 ぶつくさ文句を言いながら、部屋を出ていくツクヨさん。まぁ、気持ちは分かる。この数日、大忙しだからな。さ、俺も早いとこ、シャワーを浴びてこよう。高級なベッドから降りて、シャワールームへ。至れり尽くせりのVIP専用ルームだけに、各種設備は万全だ。イベントに駆り出されるのは面倒だけど、待遇は最高。ツクヨさんと一緒に旅していると、野宿や強行軍が当たり前だからな。


 シャワールームに入り、さっそく蛇口を捻る。吹き出すシャワーが心地良い。眠気が覚める。さて、今日の予定は何かな? 後でコウに聞くか。


 今日は1月3日、新年三日目。メツボー教国首都、ツクヨポリスの中心、紅の大神殿での朝の一幕だ。






「おはようございます、イサム様。ただいま、朝食をお持ちいたします」


「おはよう。今日もよろしくね」


 シャワーを済ませて、着替えた俺は朝飯を食べる為に食堂へ。食堂担当の信者と挨拶を交わす。わざわざ、俺達の為に用意された専用の食堂。とにかく広い。そして豪華。前々から思っているんだけど、俺達3人だけの為にここまで広い食堂を作る意味有るのかな? どう考えても、単なる無駄遣いにしか思えない。コウいわく、周りにナメられない為にも必要らしいけど。


「遅いぞイサム。早く朝飯を食え。今日はステージイベントが多いからな、しっかり食っとかないと身体がもたないぞ」


 ツクヨさんは既に朝飯の最中。大盛りのどんぶり飯の上に、焼き肉をこれまた山盛りにして、豪快に掻き込んでいる。朝っぱらから焼き肉なんて、よく食べられるよな。そこへ俺の分の朝飯が運ばれてくる。


「お待たせいたしました。イサム様、本日の朝食でございます。連日のイベントでお疲れでしょうから、少しでも精が付く物を選びました。お口に合えば良いのですが」


 食堂担当の信者の人が持ってきたのは、麦とろ飯に味噌汁、焼き魚、漬物のセット。麦とろ飯はありがたい。さらっと流し込めるし、精が付く。


「お心遣い感謝。ありがたく頂くよ」


「ありがとうございます、イサム様。もったいないお言葉、身に余る光栄にございます」


 俺の事を気遣ってくれた朝飯のメニューに礼を言うと、恐縮する食堂担当の信者の人。そこまで、畏まらなくても良いのに。まぁ、今は朝飯を食べるか。熱々の麦飯にふわとろのとろろ芋をぶっかけ、いただきます!






「さて、今日の予定ですが、屋外アリーナにて午前10時よりコンサート。続けて正午からは、5歳児まで限定のイベント、邪神ツクヨ様へのチビッ子チャレンジ。希望者対象のイサムによる武術指導。etc.etc……」


 朝飯を済ませた後、俺とツクヨさんは、この手の事を一手に仕切るコウに今日の予定を聞いていた。


 そもそも、俺達がここにいる理由。それは、メツボー教の恒例行事、年末年始祭りに参加したから。毎年、12月31日、大晦日から始まり、新年3日まで行われる、一大イベントだ。ツクヨさんはメツボー教の崇拝対象だから、こういう大きなイベントには、どうしても顔を出さない訳にはいかない。本人は面倒臭がっているけど。


 そして、今日もみっちりと予定が詰まっている。さすがのツクヨさんもうんざり顔。そりゃ、大晦日からずっと、あれこれイベントに引っ張り出されているし。


「マスター、その様な顔をなさらないでください。売り上げに関わります。貴女はメツボー教の顔、崇拝の対象なのですから。それに今日で最終日なのです。きっちり、やりとげてください」


 いい加減、うんざりしている俺達とは違い、いつも変わらない無表情のコウ。顔には出さないものの、各種イベントを一手に取り仕切っているんだから、相当な重労働のはず。にもかかわらず、その段取りは完璧。俺達、ツクヨ一家の頭脳担当だけの事はある。


「……そうだな。今日で終わりだし、頑張るか。しかし、毎年の恒例行事とはいえ、楽じゃないよな。人間だった頃が懐かしい。あの頃は、人前に出る事なんか無かったからな」


 軽くため息をつきながらも、それなりにやる気を出すツクヨさん。俺も頑張るか。






 時間は午前9時半。俺達3人は今日の最初のイベント、コンサートの会場である屋外アリーナへ来ていた。入り口の前には長蛇の列。スタッフの人達が懸命に列の整理をしている。毎年、このコンサートを始め、イベントの参加チケットはネットオークションとかで凄い値段が付くそうだ。数が限られている上に、何より『神様』を生で見られるからな。


 通常、『神』は人前に姿を現さない。『神』の姿を見るなど、普通の人間ではまず、あり得ない。でも、ツクヨさんは普通に姿を見せる。しかも、スタイル抜群の美人だし。『邪神』だけど 。まぁ、おかげさまで、ツクヨさんのブロマイドは飛ぶ様に売れる売れる。しかも、こういうイベント時限定販売だから、なおさら。人間、限定って言葉には弱いからな。ちなみに、発案者はコウ。金が絡むと実に汚い。


 さて、俺達は今日のコンサートに向けて、打ち合わせや、楽器の準備をする。かつて、俺達3人はアイドル活動をしていた事が有り、今でも、イベント時にはこうして、コンサートをやる。メインボーカルが俺。ツクヨさんはサブボーカルとギター担当。コウはドラム担当。あまり人前に出ないコウが姿を見せる、数少ないイベントでもある。


「ツクヨ様、コウ様、イサム様、そろそろ出番です」


 おっ、スタッフの人が呼んでる。行かないとな。既に衣装は着替えたし、打ち合わせも済ませた。今回は久しぶりの新曲発表も兼ねてるからな。気合いを入れていこう。


「イサム、このコンサートのメインは俺じゃなく、お前だからな。しっかり頼むぞ」


「マスターのおっしゃる通りです。イサム、貴方はアイドルユニットとしての私達、3人の中心なのですから。ここで失敗して、せっかくの新曲を台無しにしない様に。CDの売り上げに関わりますので」


 ツクヨさん、コウからも激励を受ける。コウのは、何か違う気がするけど。


「了解! それじゃ、行きましょう!」

 

 さぁ、行くか。ステージへ!






「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」」


 ステージへと出た俺達を出迎えたのは、凄まじいまでの歓声。そして、無数の視線。圧倒的な熱狂。いつまで経っても、やっぱり慣れないなこの感じ。恥ずかしい様な、嬉しい様な、心が沸き立つ感じ。ツクヨさんは慣れたもので堂々としている。なんといっても、『神様』だもんな。立場上、情けない所は見せられない。コウは毎度の無表情。


 まずはステージにセットされたマイクを手に取り、観客の皆に挨拶。何事も掴みが肝心。


「みんな! 今日はコンサートに来てくれてありがとう! 既に知っているだろうけど、今日のコンサートは新曲を発表します! 作詞はツクヨさん、作曲はコウ。一生懸命歌うんで、よろしくね! それじゃ、みんなで一緒に盛り上がろう!」


「「「「「「オオオオオオオオオオオオ!!! イサム様~~~!!!」」」」」」


 俺の呼び掛けに対し、観客達から一斉に返事が来た。凄いな、もはや、音を通り越して、衝撃波だ。それじゃ一曲目を行くか。ツクヨさん、コウは長い付き合いだけに、言わずとも通じている。


「じゃ、一曲目行きます! まずは、みんなにお馴染のこの曲『アタック・オブ・ツクヨ』!」


 コンサートの始まりはいつも、俺達3人のデビュー曲のこれ。タイトル通り、戦うツクヨさんの荒々しさをイメージした激しい曲だ。今を去る事、500年前、当時のメツボー教の教主さんから、アイドルデビューの話を持ちかけられて、3人で苦労して作った曲。それだけに、一番思い入れが有る。


 まずは、ツクヨさんのギターによる伴奏。愛用のギターにして、昔、音楽使いの魔王を殺して奪い取った戦利品、『ブラッディ』を手にのっけから激しい演奏で飛ばしまくる。


 負けじと猛烈な勢いでドラムを叩きまくるコウ。いつも通りの無表情であのドラムは凄い。何を考えているのか、さっぱり分からないけど。


 2人の激しい演奏に、ただでさえ高い会場内のテンションは急上昇。自然と俺のテンションも上がる。さぁ、やるか! マイクを手に、一曲目を開始!





 熱狂の渦に包まれた時間はあっという間に過ぎ、いよいよコンサートもラスト。締めはあらかじめ予告していた新曲。久しぶりの新曲発表なだけに緊張するな。しかも、今までの曲とはイメージが違うしな。


 俺達は一旦、舞台裏へと下がり、ラストの新曲に向けて、最後の打ち合わせをしていた。別に他の曲を軽んじる気は無いけど、この曲は『絶対に失敗する事はできない』。いや、『絶対に成功させる』。そう意気込んでいると……。


 ベシッ!


 頭にチョップを落とされた。誰かと思えばツクヨさんだ。


「ふん、バカのくせに一丁前に固くなるな。お前は歌う事だけに集中しろ。あれこれ同時にこなせるほど、器用じゃないだろうが」


「下手の考え休むに似たりと言いますが、バカの浅知恵は休むに劣ります。余計な事は考えなくて結構です」


 ボロクソな言われ方だな。でも、そこは長い付き合い。緊張をほぐしてくれているのが分かる。


「2人ともありがとう。おかげで吹っ切れました」


「ふん、世話を焼かせるなバカ」


「貴方は余計な事を考えないで、ラストの新曲に集中しなさい。途中がどんなに良くても、最後で失敗したら台無しです」


「もう大丈夫ですから。さ、行きましょう!」


 2人のおかげで迷いを振り切り、いざ、ステージへ。そこには、ラスト一曲にして、新曲を期待する大勢の観客達。会場のテンションはMAXだ。俺はマイクを手に取り、観客達に話しかける。


「みんな、お待たせ! いよいよ、このコンサートもラスト一曲! 最後はとっておきの新曲だよ!」


「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」」


 新曲と聞いて、また一段と盛り上がる観客達。でも、新曲発表前に言わないといけない事が有る。


「みんな、盛り上がっている所、悪いんだけど聞いて欲しい!」


 すると、一気に静まり返る観客達。俺の言う事を聞き逃すまいという態度だ。助かるね。騒ぎを起こされたら、厄介だし。最悪、ツクヨさんの出番になる。それはともかく、話を続ける。


「今回の新曲は、俺達の新たな挑戦なんだ。その事に関しては、賛否両論有ると思う。でも、同じ様な曲ばかりじゃ進歩が無い。あえて、使う楽器も変えた。メンバーに至っては、俺とツクヨさんの二人だけだ。不満なら、帰っても良い」


 俺の発言に観客達もざわめいている。今回の新曲は色々と型破りだしな。


「ただ、どう思われようと、俺はこの新曲を歌う! それじゃ、行くぜ! 今日のラスト一曲にして、新曲! 『氷雪の双剣姫』!!」


 そして流れ始める伴奏。透き通る様な旋律。ツクヨさんによる、ピアノ演奏だ。これまで激しい曲ばかり、リリースしてきた俺達だけど、今回はあえて、路線変更。新曲を作るに当たって、イメージしたのは『ハルカ』。


 優しく、綺麗で、それでいて、強い芯を持つ彼女をテーマにこの曲を作ったんだ。ぶっちゃけ、大変な難産だった。今までと正反対の曲風だし、ツクヨさんは乗り気じゃなかったし。そこを何とか説き伏せて紆余曲折の末、やっと完成した。ところが、今度はコウがこの曲には参加しないと言い出した。自分はこの新曲には邪魔だとの一点張り。結局、俺とツクヨさんの2人だけでやる事に。


 コウがなぜ、辞退したのかは分からない。俺にできるのは、新曲を心を込めて歌うのみ! マイクを手に、新曲を歌う! どうだ?!


 静かな観客達。……失敗したのか? やっぱり、新曲はダメだったのか? 3人揃わないとダメなのか? 思わず、心が折れそうになる。その時……。


 観客席から、一斉に歓声が響き渡った!!


「今までとは違うけど、これも良い!!」


「イサム様~~! ツクヨ様~~! 最高で~~す!!」


「ツクヨ様のピアノ演奏、凄く絵になります!!」


 正直、失敗したかと思っただけに、観客達からの絶賛の声に思わずへたりこみそうになる。


(何、へたりこみそうになってやがる。しっかり歌え、バカ)


(全くです。しっかりなさいイサム。売り上げに関わります)


 そこへ飛んでくるツクヨさんとコウからの念話。確かにその通り。まだコンサートは終わっていない。きっちり、最後まで歌わないと。気合いを入れ直し、俺は歌う。今はこの場にいないハルカを思い浮かべながら。







「ふぅ~~、終わった終わった~~。あ~疲れた~~」


 大晦日から続いた年末年始祭りは、今年も無事終了。コンサートも大成功。イベント限定グッズがいつにもまして、バカ売れしたそうだ。コンサート後もイベントに引っ張りだこだったツクヨさんは、やっと解放されて、ソファーに寝転がる。本当にお疲れ様でした。


「ふむ、予想していた収益を大幅に上回りましたね。今回のグッズの売り上げを見るに、次のCDの収益も期待できますね。まずは、今回の新曲を収録したシングルの作成をしなければ」


 コウはコウで、今回のイベントの収支決算で忙しい。っていうか、もうCD発売に向けて段取り開始か。恐ろしい娘!


 まぁ、何はともあれ、イベントは終わった。明日にはここを離れ、また旅に出る。でも、その前にやる事が有る。


「ツクヨさん、お疲れの所すみませんが、今年も恒例の奴をお願いします」


 申し訳ないとは思うが、ソファで寝そべるツクヨさんに声を掛ける。毎年、この日の夜に行う、俺とツクヨさんの恒例行事。


「……疲れてるんだがな、俺。ったく、仕方ないな。相手してやろう」


「ありがとうございます、ツクヨさん」


 渋々ながらも頼みを聞いてくれたツクヨさんにお礼を言う。


「イサム、貴方も懲りませんね。付き合うマスターもマスターですが」


 コウに呆れられるが、これだけは譲れない。今日は待ちに待った、一年に一度のツクヨさんに挑む日だから。






 紅の大神殿を離れ、ツクヨさんの力で誰もいない荒野へ移動。この勝負、誰にも邪魔はさせない。コウが見守る中、ツクヨさんと相対する。月明かりが照らす中、立つツクヨさんは本当に綺麗だ。中身はアレだけどな。


「しかし、お前も律儀というか、バカだな。わざわざ、夜に俺に勝負を挑むんだからな」


「本調子じゃないツクヨさんに勝っても自慢にならないですからね」


 ツクヨさんは邪神の上、名前からして、月夜ツクヨだけに、夜。それも月夜に力を発揮する。満月の夜が最高の力を発揮できるとか。今夜は残念ながら、満月の夜ではないものの、月は出ている。少なくとも、日中以上の力を発揮する。


「まぁ、良いさ。かかってこいイサム。お前が去年より、どれだけ強くなったか見てやろう」


 そう言うと、構えを取るツクヨさん。この人の戦闘スタイルは無手。基本的に武器は使わない。自分の五体が武器だ。


「よろしくお願いします」


 自分で言うのもなんだが、俺はバカだ。高度な知識と理論を必要とする魔法は、俺には合わなかった。そう、俺には剣術しかない。だから俺はひたすら剣術を磨いた。とにかく、努力有るのみ。その結果、俺の剣術は魔技の域に達したらしい。コウが言っていた。


『剣技を魔技の域まで磨きあげるとは。バカもここまでくれば、大したものです』


 誉め言葉と受け取っておこう。深く考えると悲しくなる。それに今は、ツクヨさんとの対決に集中しないと。


 この勝負は独特なルールで、相手に一撃入れた方が勝ち。もちろん、理由有っての事。それはツクヨさんが強すぎるからだ。


 パワー、スピード、テクニック、タフネス、いずれをとっても、桁外れのツクヨさん。その拳は文字通り、一撃必殺を誇る。二撃目なんか不要。それに、ツクヨさんとまともに戦える奴自体、ほとんどいない。だから、このルール。


 俺は亜空間収納バッグにしまっている数有る刀の中から、一振りの刀を出す。俺の持つ刀の中でも最強にして、最悪の刀。


『凶刀 夜桜ヨザクラ


 かつて、『とある方』からもらった刀だ。その方いわく、最高傑作にして、最悪の失敗作だと。武器というものは、敵を殺傷する物。ところが、この『凶刀 夜桜ヨザクラ』は敵味方関係なく殺しにかかる。それどころか、使い手にまで牙を剥く、危険極まりない殺戮狂なんだ。だが、強い。神も魔も、死者さえ殺せるそうだ。俺はその凶刀を手に居合いの構えを取る。一年に一度だけの、この機会。無駄にはできない。






 俺とツクヨさん、両者の睨み合いは続く。お互いに攻めるきっかけを探っている。俺に対し、構えを取るツクヨさんを見ていると感慨深いものがある。


 ツクヨさんは強い。ほとんど無敵と言っていい。それ故に、ツクヨさんは基本的に構えを取らない。本気を出さない。要は舐めプ。こんな事を言ったらハルカやナナさんが怒るだろうが、かつて、ナナさんがツクヨさんに挑んだ時も、ツクヨさんは構えを取らなかった。伝説の魔女のナナさん相手でも舐めプをかましたんだ。実際、勝ったし。


 で、昔は俺も同様に舐めプされた。構えを取らないツクヨさんにぼろ負けした。その悔しさを糧にひたすら努力を重ねた結果、100年前ぐらいからツクヨさんは構えを取る様になった。ならば、次の目標は勝つ事だ。


「じれったいですね。待つ身にもなって頂きたいのですが」


 立会人であるコウはいい加減、待ちくたびれたとばかりに煎餅を取り出し、かじる。その音が始まりの合図となった。


「「シィアッ!!!」」


 俺とツクヨさん、2人の裂拍の気合いが重なり、瞬時にお互いに間合いに入る。ツクヨさんの細い腕が引き絞られる。俺が刀の柄に手を掛ける。どちらの攻撃が先に決まるか? その瞬間、


『空気が爆ぜた』


 それは音速を軽く超えるツクヨさんの拳が生み出した凄まじい衝撃波。並みの奴ならこれだけで消し飛ぶ。実際、過去何度も吹き飛ばされた。だが、今やそれも耐えられる。しかし、衝撃波をしのいでもツクヨさんの拳が迫り来る。この間合い、そしてツクヨさんの拳の速さ。防御、回避共に不可能。だからこそ、この『秘技』の出番だ。


 受けよ、秘剣『真・無拍子』!


 時の支配を超越し、所要時間ゼロを実現した居合の秘技。いかにツクヨさんといえど、これはかわせない。しかも使う刀は『凶刀 夜桜ヨザクラ』。今の俺の放てる最高の一刀。漆黒の刃を一閃!


「全く。『あいつ』余計な物をイサムにやりやがって」


 忌々しそうに呟くツクヨさん。その上半身と下半身がゆっくりとずれて、地面に転がった。俺の剣がツクヨさんを斬ったんだ。つまり……俺の勝ちだ!!


 ……やった、勝てた。ついにツクヨさんに勝てたぞ! ツクヨさんに勝った喜びのあまり、叫びそうになった俺。でも、それは叶わなかった。突然、全身を襲った激痛に気絶してしまったから……。






「バカだとは知っていましたが、まさか、ここまでバカだったとは。いくらマスターに勝つ為とはいえ、あの様な忌まわしき刀を使い、更には外法の技まで。普通なら、負荷に耐えきれず、肉体も魂も跡形も無く滅びていたところですよ、イサム。しかし、良く生きていますね。正に規格外のバカです」


「……バカ、バカうるさいよ。後、生きてはいるけど、身体中が痛いんだからな……」


「そんな事、私の知った事ではありません。自業自得です。治療してあげたのですから、感謝しなさい。治療費は後で請求しますので、きちんと支払う様に」


「……守銭奴め」


 今回、初めてツクヨさんに勝てた俺。しかし、その代償は安くなかった。時の支配を超越する秘技『真・無拍子』を使った負荷に、『凶刀 夜桜ヨザクラ』を使った負荷のダブルパンチ。全身から血を噴き出して倒れてしまった。コウが言うには、全身の組織がズタズタになっていたそうだ。幸い、コウがすぐに治療を行ってくれたおかげで一命をとりとめたが、そうでなければ死んでいた。きっちり、治療費は請求されたけどな。


「痛たた……。まだ、あちこち痛いけど、何とか動けなくはないな。ありがとう、コウ。助かったよ」


 まだ身体中が痛いが、帰らない訳にはいかないので、多少無理をして立ち上がり、コウに治療のお礼を言う。


「もう立てるとは。あきれた頑丈ぶりですね。でも、自力では帰れないでしょう。一緒に帰りましょう。マスターは一足先に帰られましたし。もちろん、代金は頂きます」


「本当に守銭奴だな……」


 とにかく、お金にこだわるコウ。もっとも、コウはお金には何の価値も無いと思っているそうだ。所詮、単なる金属や紙きれだと。ただ、世の人間達がお金に執着しているのを見て、コウなりに人間を真似ているとか。コウは人間ではなく、魔書の化身だからな。


 さて、そろそろ帰ろうかという時にふと、思い出した事が。ツクヨさんもいないし、聞いてみるか。


「コウ、ちょっと聞きたい事が有るんだけど、良いかな?」


「何ですか? 私は早く帰りたいのですが」


 帰ろうとしていたところを邪魔されて多少、不満げなコウ。無表情だけど、無感情ではないんだよな。


「ごめん。大した事じゃないんだけど。ほら、今回のコンサートで発表した新曲。どうしてコウは参加しなかったのかなって。何か不満が有るなら話してくれないか? 必要なら、ツクヨさんとも相談するし」


 これが俺の聞きたかった事。俺達はいつも、3人一緒に行動してきた。それはアイドル活動においても同じ。なのに、今回の新曲にコウは参加しなかった。こんな事は前代未聞だ。もし、何かコウが不満に思っているなら、ちゃんと聞いて、解決に向けて動かないと。するとコウはいつもの無表情で淡々と言った。


「別に不満など有りません。ただ、私にあの曲は合わないと感じたので。何せ、私には恋愛感情というものが理解できないので」


 いつもと変わらない、無表情のコウ。でも、その言葉は俺の胸にグサリと刺さった。確かにあの新曲はハルカをイメージして、ハルカへの想いを込めて作った。更にコウは続ける。


「よく、マスターもあの新曲に参加したものです。イサム、忘れないでください。マスターは普段の態度や言動はともかく、あれでもれっきとした、女性です。くれぐれも気を付けなさい。女性関係で破滅した男は古来より数知れないのですから」


「……忠告ありがとう。気を付けるよ」


 つくづく、人の心を抉るコウ。淡々とした口調で鋭い事を言う。そうだよな。ツクヨさんもれっきとした、女性。他の女絡みの事は面白くないか。


「では帰りますよ、イサム」


「分かった、頼むよ」


 コウの差し出した手を握り、紅の大神殿へと帰る俺達。帰ったら、荷物をまとめないと。また明日からは、放浪の旅だからな。






 その夜。俺は部屋で荷物をまとめ終わり、ベッドに横になっていた。そして考え事。ハルカ、そしてツクヨさん。タイプは違えど、どちらも魅力的な女性だよな。清楚で優しいハルカ。豪快で快活なツクヨさん。どうしたもんかな?


 更には秘剣『真・無拍子』と『凶刀 夜桜ヨザクラ』。どちらも、まともに使ったのは初めてだけど、あまりにも負荷が大きすぎる。今の俺では使いこなせない。これでは、更に『上の剣技』など夢のまた夢。


「ふぅ、院長先生。俺ってまだまだ未熟ですね。叱ってください」


 今は亡き、孤児院の院長先生に語りかけ、俺は寝る事にした。俺、いつか、きちんと答えを出せるのかなぁ?




やっと書けました。僕と魔女さん、第77話をお届けします。


新年3日目は邪神ツクヨ一家が登場。年末年始のイベントに大忙しでした。ツクヨは立場上、こういったイベントに出ない訳にはいかないのです。


そして、年に1度のツクヨとイサムの対決。今回、初めてイサムはツクヨに勝てました。しかし、その代償は決して安くはなかった。コウがいなければ、死んでいました。秘技『真・無拍子』、『凶刀 夜桜ヨザクラ』。どちらも大変なリスクの塊。むやみやたらと使えません。


後、少し、『真・無拍子』と『凶刀 夜桜ヨザクラ』について説明。この作品世界の居合の魔技は3つ。所要時間が限りなくゼロに近い、奥義『無拍子』。時間の支配を超越し、所要時間ゼロの、秘技『真・無拍子』。更に上、外法中の外法と呼ばれる技が有るのですが、イサムにはまだ使えません。『真・無拍子』は時間停止というより、時間経過を省略するというのが、正しいです。


続いて『凶刀 夜桜ヨザクラ』。漆黒の刀身を持つ、二尺三寸の日本刀。武器の本質。敵の殺傷を追及した刀。神、魔、死者さえ殺せる刀ですが、その結果、見境無しに殺戮を行う恐ろしい刀と化してしまいました。まさに、大成功にして、大失敗。長らく封印されていましたが、ある時、この刀の製作者がイサムを見込んで譲られました。ただ、あまりにも危険な刀なので、使ったのは今回が初めて。間違ってもハルカの前では使えません。危ないですから。


今回で、新年3日間シリーズは終わりです。では、また次回。



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