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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第76話 新年二日目 スイーツブルグ家の場合 後編

 ハルカとショコラお姉様による第一試合は、ショコラお姉様が魔力切れで降参した事により、ハルカの勝利となりました。しかしながら、それはショコラお姉様がハルカに勝つ事より、ハルカと戦う事を優先した結果。言うなれば、『運が良かった』という事ですわね。


 さて、現在は休憩時間中。その間に第一試合でボロボロになってしまった石造りの舞台を、エスプレッソが魔法で修復中。ハルカは差し入れのスポーツドリンクを飲んで、次の試合に備えています。次の相手はエクレアお姉様ですわね。


「ミルフィーユさん、ちょっと良いですか?」


 そんな中、突然ハルカに話しかけられました。


「何ですの? ハルカ」


「次の相手のエクレアさんについて聞きたくて。戦い方とかは、先程聞きましたけど、どうして初対面の僕の事が気に入らないのかなって。あ、無理にとは言いませんが」


 ……やっぱり、気になりますのね。初対面のエクレアお姉様から敵視されているのが。どうしましょう? 話すべきでしょうか? しばし迷いましたが、ハルカはむやみやたらと他人の事を言いふらさないと、これまでの付き合いから判断し、手短に話す事にしました。


「……そうですわね。では手短に。貴女もご存知の様に、当家は魔道の名門。これまでに何人もの優れた魔道師を輩出してきました。そして、私達三姉妹も幼い頃から英才教育を受けさせられてきました」


 思い出しますわね。物心付いた頃には、エスプレッソからみっちりと武芸に学問にと叩き込まれましたわね。過去を思い返しながら、話を続けます。


「その結果、私とショコラお姉様は、自分で言うのも何ですが、才能を開花させました。武芸においても、魔道においても」


 私はここで話を区切ります。ここからが、大事な所ですから。


「ですが、エクレアお姉様は違いました。必死に努力なされたにも関わらず、まるで芽が出ませんでした。そんなエクレアお姉様を周囲の者達がどう扱ったか、……分かりますわよね?」


「……はい」


 エクレアお姉様が周りから受けた仕打ちを想像したのでしょう、ハルカも若干、顔を青ざめさせながら答えました。魔道の名門、スイーツブルグ家の娘でありながら、一向に芽が出ない。長女と三女は出来るのに、次女は無能。周囲の者達は、よってたかって、エクレアお姉様を侮辱し、貶めました。しかし、転機が訪れました。


「でも、それで終わらなかったんでしょう?」


 ハルカもそこを悟った様ですわね。


「えぇ、そうですわ。エクレアお姉様は、違う方向で才能を開花されました。それが……」


『『魔学技術』』


 最後は私とハルカが見事にハモりましたわ。


「その通り。ある日、エクレアお姉様が図書館で読んだ魔学技術に関する書物。それが、エクレアお姉様の運命を変えました。確かにエクレアお姉様には、魔法の才能も、武芸の才能も有りません。しかしながら、魔道工学者としては、大変な才能を持っておられましたの。それからのエクレアお姉様は水を得た魚、いえ、大空に羽ばたいた鳥の如し。次々と画期的な技術や発明品を生み出し、魔道工学者として不動の地位を得られました。そして今に至りますの」


 一通り、エクレアお姉様の過去に関する話を済ませました。それを聞いて、ハルカもなぜ、エクレアお姉様が自分を敵視するか、分かった様ですわ。


「過去に才能が無いと周りから酷い仕打ちを受け、それを、努力して見返したエクレアさんからすれば、突然現れ、周りから評価されている僕が気に入らない訳ですね」


「お恥ずかしい限りですけど、そういう事ですわ。要は、貴女に対する嫉妬ですわ」


 そう、ハルカに対する嫉妬。エクレアお姉様がハルカに向ける敵意の正体はそれ。そして、エクレアお姉様だけに、何をするか分からない怖さが有ります。


「ハルカ、繰り返しますが、くれぐれも油断なさらないで。エクレアお姉様の新兵器が何なのかは、私も知りません。ですが、恐るべき物であるのは間違いありませんから」


 これまで、さんざんエクレアお姉様の兵器に痛め付けられた私からの警告。


「はい。ミルフィーユさんのおかげで、改めてエクレアさんの怖さが分かりました。それと、そろそろ休憩時間も終わりです。次の試合の準備をしないといけないので」


 ハルカの言う通り、そろそろ休憩時間も終わり。まもなく、第二試合が始まります。そこへエスプレッソの声。


「30分が経ちましたので、これより第二試合を始めます。エクレア様、ハルカ嬢、舞台に上がってください」


 来ましたわね。第二試合の時間が。


「ハルカ、御武運を」


「ありがとうございます。じゃ、行きます」


 お互いに言葉を交わし、ハルカは舞台へと上がりました。そして、エクレアお姉様と相対します。


「よろしくお願いします」


 試合前の礼儀として、挨拶をするハルカ。対する、エクレアお姉様はと言うと。


「……よろしく。後、注文が有る。貴女の愛用の小太刀を使って。先ほどの戦闘のデータを分析した結果、貴女の魔刃術では、私の新兵器の相手は務まらない……」


 いきなり失礼かつ、恐ろしい事を言い出しました。ハルカに愛用の小太刀を使えと言い、更にあのショコラお姉様の古代魔法と対等に渡り合ったハルカの魔刃術が通じない兵器ですって? ハルカも驚いています。


「ナナさん、どうしましょう?」


 いくら、エクレアお姉様に言われたといえど、人に愛用の小太刀を向けるのは、気が進まないらしいハルカ。ナナ様に確認を取ります。


「……ハルカ。構う事は無いよ。『氷姫・雪姫』を使いな。そいつの言っている事がハッタリや、自信過剰じゃない事ぐらい、分かるだろ?」


 当のナナ様はあっさり、許可を出しました。事実、エクレアお姉様は、つまらない嘘や見栄は張らない方。その発言には、確かな裏打ちが有ります。ハルカも覚悟を決めた様ですわ。


「……分かりました。ナナさんがそう言うなら。では」


 ハルカは愛用の二本一対の小太刀、『氷姫・雪姫』を抜き放ち、構えを取ります。それを見て、エクレアお姉様はどこか嬉しそう。


「……それが噂の小太刀。美しい、まさに機能美。では、私も新兵器を出す。やっと使う時が来た……」


 基本的に他人には冷淡なエクレアお姉様にしては珍しく、ハルカの小太刀を素直に賞賛。そして、ついにエクレアお姉様の新兵器がその姿を現しました。







 漆黒。それが第一印象。動き易い服装だったのが、全身艶消しの黒い甲冑の様な物を纏われていました。あれがエクレアお姉様の新兵器。


「……汎用型高機動魔戦機甲、デウス・エクス・マキナ。私が2年掛けて完成させた新兵器。ただの鎧と思わないで。これはあらゆる戦場に対応するべく開発した兵器。陸海空、更には宇宙や、異界での戦闘をも視界に入れている……」


 驚きましたわ。エクレアお姉様は通常の戦場のみならず、その先まで考えておられたとは。エクレアお姉様は続けられます。


「……後、これには学習機能も有る。経験を積み重ねる事で更なる改良を自ら行う。特に強者との戦闘が望ましい。だから、貴女はうってつけ。さぁ、私の新兵器の成長の糧となれ……」


 いつも通りの淡々とした口調ながら、怖い事をおっしゃるエクレアお姉様。対するハルカも愛用の小太刀二刀を手に相対します。


「言ってくれますね。だからといって、やられるつもりは有りませんよ」


 一回戦同様、にらみ合う2人。お互いに仕掛けるタイミングを計っています。どちらが先に動くか?


 先に仕掛けたのは、ハルカ。一瞬でその身を沈み込ませ相手の足元に入り込み、相手の死角となるそこからの全身のバネを生かした斬り上げ。ハルカの身体能力なら、大抵の相手をこれで仕留められます。ですが……。


 その攻撃はむなしく空を切ります。ハルカの神速と言える攻撃がかわされた。そして、それは大きな隙となります。完全に延び上がった状態でがら空きのハルカの脇腹へと痛烈なフックが突き刺さる。


「ぐふっ!!」


 口から血を吹き出しながら、吹き飛ばされるハルカ。舞台へと落ち、転がった末、やっと立ち上がりました。


「げほっ。痛たた……。とっさにガードしたのに、それを抜けてくるなんて……」


「……当たり前。これはその為の兵器。今のは軽い挨拶代わり。まだまだ、こんな物ではない。もっと力を見せろ。でないと、つまらない……」


 ハルカのガードを抜けてダメージを与えたエクレアお姉様。それを受けてなお、立ち上がるハルカ。


「そうですか。じゃ、ご期待に応えないといけませんね。行きます!」


 口元の血を拭い、再び仕掛けるハルカ。まずは、左右の腕で投げるタイミングをずらした、氷クナイ時間差投げ。


「……小賢しい……」


 エクレアお姉様は動ぜず、指先より魔力弾を放ち、撃ち落とそうとします。その時、ハルカが指を鳴らしました。すると、氷クナイが突然、軌道を変えました。それは自在に空中を舞いながら、エクレアお姉様に襲いかかります。その隙に、今度こそハルカは懐に入り込むと、技を繰り出しました。


「さっきのお返しです。クローネ流、寸拳螺貫撃!」


 ほとんど密着した状態にもかかわらず、ハルカの繰り出した一撃は、黒い甲冑を纏ったエクレアお姉様を吹き飛ばしました。今度はエクレアお姉様が舞台を転がります。技の名前からして、クローネ様から教わりましたのね。羨ましいですわね、ナナ様だけでなく、クローネ様、ファム様からも教えを受けているのですから。もっとも、これで終わるエクレアお姉様ではありません。


「……今のは効いた。この装甲を抜けて衝撃が来た。いわゆる、鎧通しか。面白い、とても面白い……」


 やはり、立ち上がられました。全身装甲ゆえ、その表情は伺えませんが、多分、笑っておられるのでしょう。滅多に笑わないエクレアお姉様が。


「僕はあまり面白くないんですけどね」


 ハルカの方は元々、好戦的ではない事もあり、わりと冷めた態度。しかし、きっちり構えは取ります。初手はお互いに痛み分け。次は?






「……そういえば、まだ貴女の小太刀とやり合っていない。さっき受けたのは打撃だった。遠慮はいらない、斬りかかってくると良い。そちらが近接戦闘を得意としている事は知っている。私も近接戦闘のデータが欲しい……」


 初手の激突を済ませ、一旦、距離を置く2人。そんな中、近接戦闘を要求するエクレアお姉様。


「相手の挑発には、乗るなと言われているんですけどね。僕としても、そちらの兵器の性能が気になりますし。ならば、遠慮無く!」


 小太刀を手に、エクレアお姉様に向かうハルカ。もちろん、エクレアお姉様もただ、待つなどしません。ハルカを迎え撃ちます。たちどころにお互いに間合いに入り、攻撃を繰り出しました。ハルカの逆手に持った小太刀と、エクレアお姉様の装甲に覆われた腕が激突! 鋭い金属音が響き渡……りません。


 さすがのハルカも驚きを隠せません。究極の鉱石、魔水晶よりナナ様が作られ、ハルカの魔力を吸って進化を果たした、妖刀『氷姫・雪姫』。その切れ味は桁外れ。それを止められたのですから。


「……何をそんなに驚いている? 隙だらけ……」


「っ! まずっ……!」


 ハルカの動揺を付いて、鋭い蹴りを放つエクレアお姉様。とっさにかわすハルカですが、突然斬りつけられ、苦悶の表情を浮かべつつ離れます。


「……なるほど。僕に小太刀を使えと言う訳ですね。確かに僕の魔刃術以上の出力です」


 お腹の辺りを斬られ、血を流すハルカ。ハルカのガードを抜け、さらにナナ様特製のメイド服をも切り裂き、ハルカを傷付けた攻撃。それは……。


「……ショコラお姉様には、感謝している。先ほどの戦いのおかげで良いデータが取れた。結果、より高出力の『剣』を作れた……」


 甲冑を纏うエクレアお姉様の手から伸びる、紫の『光の剣』。色こそ違いますが、あれはショコラお姉様の古代魔法『滅剣・覇光(ジェノサイド・ソード)』によく似ていますわ。ハルカの小太刀を止めたのはあれですか。


「……私の研究テーマは、魔法の科学的再現。魔法は強力だけど、あまりにも優れた使い手が少ない。そして対抗出来る者も。そこで、このデウス・エクス・マキナを作った。装着する事で、誰でも擬似的に魔法を使える様に……」


「ずいぶんと物騒ですけどね。しかも足からも刃が出てくるとは」


 自らの研究テーマを語るエクレアお姉様と、お腹の切り傷を治癒魔法でふさぎながら、皮肉を言うハルカ。


「……足に武装が無いとは言っていない。まだまだ武装は有る。存分に試させてもらう……」


 今度は紫の光の短剣が出現。その数、20。ハルカ目掛けて襲いかかります。


「疑似魔法版、光魔飛刃(シャインエッジ)ですか!」


 数こそ、ショコラお姉様のオリジナルより劣りますが、その動きと速さはオリジナル以上。四方八方から襲いかかる刃に苦戦するハルカ。そこへさらに追い討ちとして、エクレアお姉様が仕掛けてきます。両手、両足から繰り出される刃は容赦なく、ハルカを攻め立てます。ですが、それでもハルカは倒れない。エクレアお姉様の猛攻をしのぎ、小太刀を一閃。


 とっさに離れられたせいで、わずかにかすったのみですが、エクレアお姉様の甲冑に傷を付ける。どうやら、先程より小太刀に込める魔力を上げた様ですわね。


「……やはり、近接戦闘では、そちらに分が有る。ならば、有利な戦い方に変えるまで……」


 自慢の兵器に傷を付けられた事に怒ったらしい、エクレアお姉様。一旦、距離を置くと、空中へと舞い上がりました。それを見て、明らかに嫌な表情を浮かべるハルカ。


「……恨むなら、自由に飛べない自分を恨め。重潰波グラビティプレッシャー……」


 エクレアお姉様が空中からハルカに向けて手をかざし、直後、ハルカのいた場所を中心に円形のクレーターが出来ました。ハルカはとっさにかわしましたが、あれは何でしょう? 何も見えませんでしたが。


「なるほど、重力操作ですな。エクレア様は局地的に高重力を発生させ、対象を押し潰したのです。これは厄介ですな。物が重力だけに見えませんし、他にも色々と応用が効きますからな」


「なかなか、面白い物を作るじゃないか。これはハルカがどう出るか見物だね」


 エクレアお姉様の謎の攻撃をあっさり見破るエスプレッソ。ナナ様も面白がっていますが、当のハルカは苦戦を強いられていました。


「あぁ、もう! 上空から一方的に見えない攻撃なんて酷いですよ!」


 エクレアお姉様は上空から地上のハルカに向けて、重力攻撃を連発。ハルカも逃げながら上空に向けて攻撃を放つものの、エクレアお姉様は自らの兵器の高機動力を生かして、易々とかわし、ハルカへの猛攻を続けます。


「全く、情けないね。私の弟子のくせに満足に飛べないからだよ。このままだと、ハルカは負けるね」


 ハルカが追いつめられているにも関わらず、平然としているナナ様。私は思わず食って掛かりました。


「ナナ様はハルカが心配ではありませんの?! まがりなりにも、貴女は師匠でしょう!」


 それでもナナ様は動じません。


「うるさいね。私は言ったろ。『このままでは』負けると。あの子もバカじゃない。ちゃんと考えているさ。あれで、なかなかの負けず嫌いだからね。良いから黙って見てな」


 そう言うと、本日、何本目かの缶ビールを煽られます。そうですわね、ハルカはこのまま負ける様な人ではありません。必ずや、逆転の手を繰り出すはず。見届けねばなりません。いつかハルカに勝つ為にも。






「……ずいぶんと逃げるのが上手い。ここまで直撃しないとは……」


「直撃したらダメでしょう、あれは!」


 上空からの重力攻撃を繰り返すエクレアお姉様と逃げ回るハルカ。ですが、戦いはエクレアお姉様に傾きつつありました。何せ、片や空中に有り、対するや、地上。移動の場が限られるハルカと違い、エクレアお姉様は空中を自在に移動出来ます。しかも、ハルカの攻撃はことごとく通じません。真空刃や、魔力弾は避けられるか防がれ、氷クナイ等の実弾系に至っては、重力操作で落とされてしまいます。広範囲攻撃魔法なら、いけるかもしれませんが、場所柄、使えません。周りに被害が出かねませんし。正直、手詰まりですわ。


 ハルカが勝つには、それこそ、空中を自在に移動するエクレアお姉様を瞬時に捕らえ無力化する。しかも、重力操作に左右されない。そんな攻撃が必要ですわ。しかし、そんな都合の良い攻撃が有るのでしょうか? ナナ様は相変わらず、缶ビールを飲んでいらっしゃいますが。


「……いい加減、降参しろ。でなければ、重力操作で手足の1、2本ぐらいは潰す……」


「お断りします。僕はナナさんの弟子ですからね。無様な負け方は許されないんです」


 勝負は自分に分が有ると確信されたらしく、ハルカに降参する様にすすめられるエクレアお姉様。しかし、ハルカはそれを拒否。


「……そう。ならば、手足の1、2本と言わず、全身の骨を砕く。ついでに内臓も潰す。ギリギリ死なない程度に……」


 まずい、 エクレアお姉様が怒っていますわ! これは止めないと! 私では手に負えません。


「ナナ様! エスプレッソ! お母様! 早く止めないと!」


 あわてて、ナナ様達に止める様に頼みますが、当のナナ様は涼しい顔で舞台を見ておられます。エスプレッソにお母様も同じ。


「大丈夫。ハルカはビビってないだろ。よく見てな、ハルカの奥の手が見られるよ」


「奥の手?」


「見りゃ分かるさ」


 焦る私にハルカが奥の手を出すと語るナナ様。……見ましょう。心配ですが、ハルカはやってくれるはず。


「エクレアさん。こういうのはどうですか? 今から僕の奥の手を出します。それでダメなら、降参します」


「……面白い。奥の手を見せてみろ。ただし、通じなかったなら、きっちり潰す……」


 どうやら、お互いに次の一手で終わらせる様ですわ。ハルカ、貴女は何を仕掛けますの? ハルカは一旦、両目を閉じ、精神統一をしています。


「ふん、『あれ』を使う気だね。まぁ、妥当な判断か」


 ハルカが何をする気かは分かりませんが、ハルカの師であるナナ様だけは分かっておられる模様。そしてハルカが両目を開き、上空のエクレアお姉様を一睨。







「あの! 大丈夫ですか?! どこかケガとかしていませんか?」


『氷漬け』となった甲冑から助け出されたエクレアお姉さまに心配そうに話しかけるハルカ。


「……問題ない。しかし、驚いた。一瞬で凍らされたあげく、落とされるとは……」


 幸い、エクレアお姉さまは特にケガなどなさってはいませんでした。さすがはエクレアお姉様の作られた兵器。その性能もさることながら、何より搭乗者を守る点においてはずば抜けておられます。兵器も大事ですが、優れた搭乗者はより大事。兵器はまた作れますが、人間はそうもいきませんし。やはり、エクレアお姉様は実戦を考慮しておられますわね。ですが、それ以上に気になるのは、ハルカの使った攻撃。


『一睨しただけで、上空のエクレアお姉様を甲冑ごと瞬時に凍らせて、落とした』


 あれは魔法ではありませんわね。そこへ話しかけてくるナナ様。


「なかなか面白かっただろ? あれ」


「えぇ。『魔眼』とは珍しい物を見る事が出来ましたわ。確かにあれなら、見ただけで発動しますから速いですし、視線による攻撃ですから重力操作も受けませんわね」


「ハルカ自身が重力操作で潰されなきゃね」


 ハルカの奥の手。それは『魔眼』でした。見ただけで対象を瞬時に凍らせる恐るべき力。しかし、リスクも大きく、大量の魔力、生命力を消費するので、ハルカといえども、多用は出来ないそうですわ。


「……あ」


  突然、ふらつくハルカ。倒れそうになりましたが、エスプレッソが受け止めました。


「大丈夫ですか、ハルカ嬢? ……どうやら、一度に大量の魔力、生命力を消耗したせいで、衰弱された様ですな」


「仕方ないね。私が連れて帰るよ。やれやれ、世話が焼けるね」


 エスプレッソからハルカを受け取り、おんぶするナナ様。


「悪いけど、今日はここらで失礼するよ。ショコラ、エクレア、礼を言うよ。なかなか面白い物が見られたし。ま、あんた達、『本気は出していなかった』けど。じゃあね」


 それだけ言うと、ナナ様は空間転移で消えてしまいました。


「やっぱり、見抜かれていたわね」


「……さすがは三大魔女の一角、名無しの魔女。未熟者の弟子とは違う……」


 2人して顔を見合わせるお姉様方。あれで本気を出していなかったとは……。






 その晩、私はお姉様方に尋ねました。


「ショコラお姉様、エクレアお姉様、なぜハルカ相手に本気を出されませんでしたの? ハルカは半端なやり方では返り討ちにされる相手ですわよ?」


 それに対するお姉様方の答えは極めてシンプルでしたわ。


「ミルフィーユ、確かに私達が本気で挑めば、彼女に勝てたでしょう。いくら才能が有っても所詮、未熟者。今の段階では私達の方が上。でも、単に勝ってもね」


「……ハルカ・アマノガワはまだまだ伸びる。今の段階で潰してしまってはつまらない。同じ潰すなら、成長してから潰した方が旨みが有る……」


 ショコラお姉様はともかく、やはりエクレアお姉様はハルカの事が気に入らない様ですわ。


「それに本気で潰しに掛かったら、間違いなく邪魔が入ったでしょうし。何せ、私達三姉妹はいまだに、お母様に勝てないのだから」


「……実家に帰ってきた初日にショコラお姉様と二人がかりでお母様に挑んだけれど、さんざんにやられた。さすがにデウス・エクス・マキナは使わなかったけれど……」


 相変わらず、強いですわねお母様。確かにあのメンバーの見ている中で本気でハルカを潰す訳にはいきません。


「それじゃ、私達は部屋に戻るわ。明日中にはここを発たないといけないし」


「……今回の模擬戦で良いデータが取れた。より研究を進める為にも、世界各地を廻って更にデータを集めないと……」


 それだけ言うと、お姉様方は部屋へと帰っていかれました。






 翌朝、朝食を済ませると、お姉様方がもう出発するとの事。私は急いで玄関に向かいました。


「ショコラお姉様、エクレアお姉様。もう、ここを発たれますの? せめて、もう少しゆっくりしていかれても」


 既に支度を終え、出発しようとしていたお姉様方を呼び止めましたが、お姉様方はおっしゃいました。


「ごめんなさい、ミルフィーユ。ゆっくりしたいのは山々なんだけれど、そうも言っていられなくてね。私は更に腕を磨きたいのよ。久しぶりに戦いがいの有る相手と会えたし」


「……時は金なり。遊んでいる暇は無い。更に研究を進め、デウス・エクス・マキナを改良しなくては。目標は量産化。いずれ起きるであろう、世界大戦に備えねば。そして、ハルカ・アマノガワとの再戦に向けて……」


 お姉様方にとって、ハルカとの出会いは色々と収穫が有った様ですわね。


「そうですか。ならば、仕方ありませんわね。お姉様方、お気をつけて」


「貴方もね、ミルフィーユ。ハルカさんによろしく伝えて頂戴」


「……次に会う時には、もっと腕を上げておく様に……」


 こうしてお姉様方は、屋敷を後にされました。……改めて思いますが、私は未熟者ですわね。腕を上げたつもりでしたが、まだまだ、お姉様方にはかないません。ハルカも私より、ずっと先を行っています。だからといって、諦めはしません。


「エスプレッソ、組み手の相手をなさい!」


「は、既に準備は整っております。トレーニングルームへ参りましょう」


 いつの間にか、後ろにいたエスプレッソに組み手の相手を命じます。心得たもので、既にトレーニングルームの準備は済んでいるとの事。やはり、頼りになりますわね、エスプレッソは。


 ハルカにはナナ様がいます。ですが、私にもエスプレッソがいます。かつて、ナナ様と幾度となく戦い、決着が付かなかったという程の実力者が。ならば、私はエスプレッソから、大いに学びましょう。そして、いつか、ハルカと並び立ってみせる。いつか、ハルカに勝ってみせる。



読者の皆さん、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第76話をお届けします。


今回は、スイーツブルグ家、次女。エクレア対ハルカの対決回でした。長女ショコラや、三女ミルフィーユと違い、武術や魔法に才能が無かった次女エクレア。しかし、魔道工学という形で才能を開花。魔道兵器、デウス・エクス・マキナでハルカを苦しめました。


本人も言っている様に、エクレアの研究テーマは魔法の科学的再現。才能に左右される事なく、誰もが魔法を使える様にする事を目指しています。ゆくゆくは、デウス・エクス・マキナを量産化し、魔道機兵部隊を作ろうと考えています。基本的に戦いは数の暴力ですから。


それと、ハルカの欠点も指摘されました。自在に空を飛べない。ゆえに、相手に上空に行かれると、不利になってしまう。ハルカが上手く飛べない理由ですが、一番は高所恐怖症だから。後は、高速飛行魔法が難しい事です。ちなみに、浮遊魔法なら使えます。


ハルカにとっても、ショコラ、エクレアとの対決は得る物が多かったでしょう。特にエクレアとの対決。飛べない為に苦戦を強いられ、高速飛行の重要性を思い知らされる事となりました。当面のハルカの目標は、高速飛行を身に付ける事に決まりです。


では、また次回。

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