第74話 新年二日目 スイーツブルグ家の場合 前編
「あぁ、どうしましょう、どうしましょう。新年早々、大ピンチですわ。ハルカを追い返す訳にはいきませんし、かといって、『あの悪魔達』を叩き出すのは無理が有りますし」
「少しは落ち着かれてはいかがですか? ミルフィーユお嬢様。非常に見苦しいですので」
「お黙りなさい、エスプレッソ! 貴方も少しは協力なさい! ハルカをあの2人と会わせてはならないのですから!」
「そうは申されましても。今さら、どうにもなりませんな。新年の挨拶に来てくださったハルカ嬢を追い返すなど、失礼極まりない振る舞いですし、かといって、『久しぶりに実家に戻ってこられた、姉上様達』を叩き出すなど、鬼畜の所業ですしな」
「エスプレッソ、その鬼畜の所業と言う言葉。お姉様達にこそ、ふさわしいと思いますわ」
「ハッハッハ。ショコラ様、エクレア様なりの末妹に対する、愛情表現でしょう」
「私を事有る毎に、魔法の実験台にしたり、兵器の的にする事のどこが愛情表現ですの?! そんな2人にハルカを会わせてなるものですか! 絶対にろくな事になりませんわ!」
思わず大声を張り上げてしまいましたわ。もっとも、エスプレッソは涼しい顔で受け流してしまいましたが。
でも、本当にどうしましょう。そもそもの始まりは今朝、ハルカから、かかってきた伝話(この世界ではこう書く)。
その内容は新年の挨拶がてら、お手製のおせち料理を届けに来るとの事。普段なら歓迎していましたが、今回ばかりは、手放しでは喜べない状況なんですの。
なぜなら、実家を離れていたお姉様達が、年末年始を実家で過ごす為に戻ってきましたから。お姉様達は、名門スイーツブルグ家の名に恥じぬ、非常に優れた方々。私もその実力に関しては、否定しません。
問題は、その性格。私も幼い頃から、散々な目に合わされましたわ……。思い出すと泣けてきますわね……。ゆえに、そんな2人がハルカと会ったら、何をしでかすか。かといって、何か手が有る訳でもありませんし。
「ミルフィーユお嬢様。ショコラ様、エクレア様共に、ハルカ嬢に対して大変、関心を抱いておられます。下手に妨害などしようものなら、返って被害が広がるでしょう。かくなる上は、腹を括られる事です。それに、ハルカ嬢はそんなに弱い方ではありません。その事はミルフィーユお嬢様も良くご存知のはずでは?」
……確かにエスプレッソの言う通りですわね。ハルカは今をときめく、注目株。お姉様達もハルカに対して、並々ならぬ興味と関心を示していましたわ。間違いなく、ハルカに対して何か仕掛けますわね。それに、邪魔される事を嫌いますし。ですが、ハルカもそんなに甘くはありませんわね。ならば、私も出来る事をしましょう。
「そうでしたわね。ハルカはそんな弱い人ではありませんでしたわ。だからといって、お姉様方の暴走を見過ごす訳にはいきませんわ。エスプレッソ、貴方も協力なさい」
「は、御用命しかと承りました。不肖、エスプレッソ、微力を尽くしましょう。……ハルカ嬢の当家に対するイメージダウンは、私も避けたい所ですし」
お姉様達の実力は良く知っていますわ。ですが、ハルカに対しての狼藉は許しません。皮肉屋ですが、頼りになる執事のエスプレッソと共に、お姉様達の暴走を阻止しませんと。……最悪、当家のイメージダウンどころでは済まなさそうですし。
「確か、お昼頃に来ると言っていましたわね」
「おせち料理を持ってきてくださるそうですし、昼食時に合わせたのでしょう。故に、ショコラ様、エクレア様との出会いは避けられませんな」
「そうですわね。昼食時ですもの。ふぅ、早くも頭が痛いですわ」
ハルカが来るのは昼食時。必然的に、家族が集まりますわね。そこへ来るのですから、当然、お姉様達とも会いますわね。気が重いですわ。
「ミルフィーユお嬢様、悩んでも仕方有りません。ここは紅茶などいかがでしょうか? 先日、良い茶葉が入りましたので」
「頂きますわ」
「かしこまりました。では、しばしお待ちを」
紅茶の用意の為に部屋を出るエスプレッソ。ふぅ、なんとか、最悪の事態だけは避けたいですわね。
それからしばらく。エスプレッソの淹れた紅茶を楽しんでいたら、私の部屋のドアをノックする音。そして聞こえてきた声。
「ミルフィーユ、私よ。入っても良いかしら?」
「……私もいる……」
今回の悩みの元凶。お姉様達ですわ。無視する訳にもいきません。というか、無視などしたら、後で大変な目に合わされますもの。私はお姉様達を部屋に招き入れましたわ。
「えぇ、どうぞお入りになって」
「では、お言葉に甘えて。お邪魔するわね」
「……お邪魔する……」
そして、部屋に入ってきた2人。私にとって、姉であり、同時に天敵と言える存在。
スイーツブルグ家、長女。『ショコラ・フォン・スイーツブルグ』。
同じく、次女。『エクレア・フォン・スイーツブルグ』。
数多くの優秀な魔道師を輩出してきた名門、スイーツブルグ家の中でも珠玉と呼ばれ、同時に恐れられている2人ですわ。
「とりあえず、お座りになって。紅茶を淹れますわ。 お砂糖はいつも通りでよろしくて?」
「えぇ、お願い」
「……私もいつも通りで……」
部屋に置いてあるティーセットで、2人分の紅茶を淹れ、お砂糖を用意。ショコラお姉様は、砂糖無し。エクレアお姉様は角砂糖3個。淹れた紅茶を2人の元へと持っていきます。
「どうぞ。エスプレッソの淹れた紅茶には及びませんけど」
「ありがとう、頂くわね」
「……頂く……」
私の淹れた紅茶を受け取り、礼を言うと、飲み始めるお姉様達。ふぅ、第一関門は突破ですわね。お姉様達は紅茶が美味しくないと、とたんに不機嫌になりますもの。おかげさまで、私はすっかり紅茶を淹れるのが上手くなってしまいましたわ。しかし、このお姉様達が単に紅茶を飲みに来たとは思えませんわね。何の用でしょう? そう思っていたら、ショコラお姉様が話を切り出しましたわ。
「また一段と紅茶を淹れるのが上手くなったわね、ミルフィーユ。私も姉として鼻が高いわ」
「……紅茶に関しては有能……」
「ありがとうございます、お姉様方」
まずは私の淹れた紅茶を褒めてくださいましたわ。エクレアお姉様の言い方は相変わらずですけど。でも、そんな事を言いに来たはずがありませんわ。何か別の目的が有るはず。
ショコラお姉様は、飲んでいた紅茶のティーカップを受け皿に置くと、案の定、本題を出してきましたわ。
「美味しい紅茶ありがとう、ミルフィーユ。さて、本題に入りましょうか。率直に言うわね。ハルカ・アマノガワの事よ」
「……随分、親しいと聞いた……」
あらかじめ、予想も覚悟もしていましたが、改めてお姉様達の口からハルカの事を言われると、背筋に氷を入れられた気分になりますわね。
それにこの分だと、お姉様達はハルカに関して、かなりの情報を得ていると見て良いでしょう。お姉様達の実力は妹である私も良く知っていますもの。下手な事を言えば、ただでは済みませんわね。私は話す内容を吟味しながら、話す事にしましたの。
「はい、お姉様方のおっしゃる通りですわ。私は、ハルカ・アマノガワと友人関係ですの。去年の8月、大陸南方の『魔蟲の森』へ修行に行った際に知り合いましたの。以来、親しくしておりますわ」
「へぇ、あの大陸有数の危険地帯、『魔蟲の森』でね」
私の話を聞いて、スッと目を細めるショコラお姉様。そこへ今度はエクレアお姉様。
「……去年の初夏辺りから、妙な噂がハンターや、探検家の間で流れ始めた……。いわく、銀髪の若いメイドと黒髪の若い女を遺跡や山奥で見掛けた。その近辺でランクAの魔物の凍った死体が多数、見付かった。巨大な岩が四分割になっていた等……」
続けてショコラお姉様。
「そして、去年の10月に王都に現れた銀髪の若いメイド、ハルカ・アマノガワ。噂のメイドと良く似ているわね。しかも、冒険者ギルドでいきなり、ランクSを叩き出したそうね。その後も、次々と手柄を上げ続け、今や、若手の中で一番の注目株。国内のみならず、諸外国まで彼女に注目しているわ」
お姉様達から、ハルカに関する話を聞かされて、改めてハルカの凄さを思い知らされます。ですが、これはまだ、ほんの序の口に過ぎませんでしたわ。お姉様達は、いよいよ真の本題に触れてきましたの。
「……確かにハルカ・アマノガワは優秀、いや、天才の域……」
「エクレアの言う通りね。ハルカ・アマノガワは天才。それだけなら、まだ良いのよ。『ただの天才』ならね。いくら調べても彼女の素性が分からないのよ。まるで、『幽霊か何かの様に』。不思議ねぇ?」
まずい、お姉様達はハルカがこの世界の者ではないと気付いていますわね。穏やかな口調なのが、より一層、不気味ですわ。
「お姉様方はハルカが幽霊だとでも、おっしゃいますの?」
「まさか。確かに幽霊は存在するけれど、彼女は間違っても幽霊ではないわね」
「……だからといって、単なる天才でもない。本来、この世界にあり得ない存在。イレギュラー……」
そして、ショコラお姉様が、ズバリ答えを言いました。
「ハルカ・アマノガワは、異世界よりの来訪者。そうでしょう? ミルフィーユ」
さすがはお姉様達ですわね。とっくにハルカについて調べ上げていた様ですわ。この分だと、ナナ様達の事も調べが付いているのでしょう。観念するしかないですわね。
「お見事ですわ、お姉様方。おっしゃる通り、ハルカはこの世界の者ではありません。異世界よりの来訪者ですわ。ですが、間違っても、危険な人物ではありませんわ。並外れた力を持っていますが、決してそれに驕る事の無い、優しく、真面目な人ですわ」
私はお姉様達に私なりのハルカの人物像を話しました。もっとも、それでお姉様達が納得するかは、分かりませんが。
「安心なさい、ミルフィーユ。私達はハルカ・アマノガワの殺害は考えてはいないわ。…… 今はね」
「……ハルカ・アマノガワが危険な人物であるなら、お母様やエスプレッソが黙っていない。特にエスプレッソは、スイーツブルグ家を300年に渡り外敵から守ってきた。そのエスプレッソが排除しないなら、今の所は問題無い……」
良かった。お姉様達は少なくとも、今の時点では、ハルカの殺害は考えていない様ですわね。……今の時点ではですが。
「それに、彼女には下手に手を出せないのよ。何せ、彼女は伝説の三大魔女の一角、『名無しの魔女』の弟子。更に三大魔女の残り2人、『死者の女王』クローネ、『幻影の支配者』ファムとも親しいとか。つまり、彼女を敵に回せば、三大魔女まで敵に回す事になる。私は次期スイーツブルグ家当主としても、私個人としても、そんな危険は犯せないわね」
「やはり、ナナ様達の事も調べが付いていましたのね」
「……私達の情報網を甘く見ないで。銀髪のメイドと黒髪の女が大陸各地の危険地帯で目撃される様になってから、裏世界でも、妙な噂が流れ始めた。あの三大魔女が弟子を取って、育てていると。一笑に伏す者が大部分だったけれど、念の為、調べた結果、どうやら本当らしいと分かった。しかも、この王都に引っ越してくる始末……」
つくづく、恐ろしいお姉様達ですわね。伝説の三大魔女など、今ではその実在すら疑われ、おとぎ話扱いというのに、他の者達に先んじて、調査を進めていましたのね。
「そこまで分かっているのなら、どうなさるおつもりですの、お姉様方? 下手な事をすれば、三大魔女の怒りを買いますわよ?」
ナナ様はハルカを溺愛していますわ。ハルカの為なら、ご自身の命さえ省みない程に。事実、ナナ様は邪神ツクヨにさらわれたハルカを取り戻す為、圧倒的な強さを誇るツクヨに命を掛けて挑みましたわ。そして、絶望的なまでの実力差で四肢を食いちぎられてもなお、ツクヨに立ち向かおうとしましたの。
そんなナナ様の怒りを買ったら、大惨事どころでは済みませんわね。ナナ様のみならず、クローネ様、ファム様も怒るでしょうし。すると、お姉様達はまた、厄介な事を言い出しましたの。
「名無しの魔女、現在はナナと名乗っている訳だけど、彼女は弟子の育成に随分と熱心だそうね。そこで私とエクレアで、ハルカ・アマノガワに、模擬戦を申し込もうと思っているのよ。これでも腕には覚えが有るし」
「……最近、開発した新兵器のデビュー戦にちょうど良い。生半可な相手では役に立たない。三大魔女の弟子なら、相手に不足は無い……」
「ちょっと、お姉様方! 困りますわ! ハルカは争い事を好みませんの! 大体、新年早々、そんな事をして、非常識だと思われたらどうなさいますの?! スイーツブルグ家の名に傷が付きますわ!」
物騒な事を言い出したお姉様達に、大声で抗議しますが、お姉様達も反論してきましたわ。
「ミルフィーユ。貴女、我がスイーツブルグ家の家訓を忘れた、なんて言わないでしょうね?」
これまでとは全く違う、底冷えのする口調のショコラお姉様。
「いえ、決して、その様な事は……」
その冷たい視線に身が凍る思いですわ。ハルカも冷気を使いますが、それとも違う、幼い頃から、何度も味あわされてきた、ショコラお姉様の冷たい威圧感。
「……だったら、言ってみて。忘れていないなら……」
そこへ追い打ちを掛けるエクレアお姉様。……やっぱり、私、お姉様達が苦手ですわ。
「スイーツブルグ家、家訓。和の中にあっても、乱を忘れるなかれ。文武両道をもって、尊しと成す」
何はともあれ、私はスイーツブルグ家、家訓を口にします。決して、忘れてはいませんもの。すると、ショコラお姉様は満足な顔をなさいました。エクレアお姉様は変わりませんが。
「良かったわ。ちゃんと覚えていたみたいね」
「……平和ボケして、忘れているかと思っていた……」
「ショコラお姉様はともかく、エクレアお姉様は失礼ですわね」
昔から変わらないエクレアお姉様の口の悪さに、文句を付けます。これぐらいはしませんと。するとお姉様達は席を立たれました。
「さて、話は以上よ。私達は戻るわ。幸い、焦らなくでも、ハルカ・アマノガワは新年の挨拶にここにやってくるでしょう。真面目で礼儀正しい性格と聞いているし」
「……現在、話題の超新星、ハルカ・アマノガワ。一刻も早く対戦してみたい……」
ショコラお姉様はハルカが来る事を見越して。エクレアお姉様は物騒な事を言っておられますわね。でも、これだけは言っておきましょう。
「お姉様方、ハルカは強いですわよ。比類なき天才にして、三大魔女のナナ様の弟子。更には残りの2人からも教えを受けていますし、何より、努力を欠かしません。油断したら、たちどころに負けますわよ」
「へぇ、それは楽しみね。久しぶりに遠慮なく、戦えそうね。最近、ザコばかりで退屈していたのよ」
「……私も右に同じ……」
ショコラお姉様は不敵な笑みを浮かべ、エクレアお姉様はやはり変わらないまま、帰っていかれました。
ふぅ、やっぱり気が重いですわ。
そして、お昼になりました。そろそろ、ハルカが来る頃ですわね。そう思っていたら、ハルカとナナ様が、到着したとの知らせ。
あぁ、ついに来てしまいましたのね。もはや、ハルカとお姉様達との激突は避けられないでしょう。お姉様達はやる気満々ですし、ハルカはともかく、ナナ様は弟子が挑戦されて黙っている方ではありませんし。
確かにハルカは強いですわ。ですが、優しい性格です。他人を傷付ける事を嫌います。対する、お姉様達は間違いなく、潰す気で来るでしょう。
しかも、お姉様達は、『私より、遥かに強い』ですし。
ハルカは私にとって、かけがえの無い人。そして、お姉様達も困った方達ですが、それでも、血を分けた実の姉ですもの。願わくば、最悪の事態だけは避けたいですわね。
エスプレッソや、お母様。ナナ様の協力を考慮に入れつつ、私はハルカとナナ様を出迎えるべく、玄関へと向かうのでした。
どうも、作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第74話をお届けします。
今回はスイーツブルグ家の話。以前から温めていた新キャラクターにして、ミルフィーユの姉達。ショコラとエクレアが登場です。ちなみに、この2人は作中でも語ったように、実家を出て、独自に見聞を広め、腕を磨いていました。以下、ショコラ、エクレアに関する簡単な情報。
ショコラ・フォン・スイーツブルグ
スイーツブルグ家、長女。21歳。腰まで届く緩やかなウェーブの掛かった金髪と、抜群のスタイルの美人。社交的で、頭も切れ、腕も立つ、非常に優秀な人物。周りからも、次期スイーツブルグ家当主として、不動の支持を受けている。だが、ミルフィーユにとっては、最も苦手な相手1号だったりする。
エクレア・フォン・スイーツブルグ
スイーツブルグ家、次女。19歳。ショートカットにした金髪と銀縁の眼鏡、姉程ではないものの、スタイルの良い美人。根っからの研究家肌で、口数も少なく、しかも口が悪い。スイーツブルグ家当主の座には全く興味無し。姉に一存している。しかし、その実力は姉に引けを取らない。ミルフィーユが苦手としている相手2号。