第73話 謹賀新年 ナナさん家の場合
「ナ……ん、お…て……さ…。ナ…さん!」
うるさいね~。なんか、揺さぶられているし。一体、なんだってんだい?
「ナナさん! 起きてください! 早く!」
揺さぶられている内にだんだん意識がはっきりしてきて、 騒いでいるのがハルカの声だと分かった。しかし、さっきから何を騒いでいるんだか? とりあえず、起きてみる。
「うるさいね~、朝っぱらから騒ぐんじゃないよ」
大きく伸びをしつつ、ハルカに文句を言う。対するハルカはと言うと。
「やっと起きてくれましたね、ナナさん。早くこれを着てください」
私の文句も軽くスルーして、何か押し付けてくる。見ればナイトローブだ。ハルカも同じ物を手にしている。
「早く着てください、ナナさん。間に合わなくなります!」
ハルカは何か、えらく慌てていて、大急ぎでナイトローブを着ている。それを見て、私も急いでナイトローブを着る。
「ちゃんと着てくれましたね。それじゃ、こっちに来てください」
私がナイトローブを着たのを確認したハルカは私の手を取り、窓辺に向かう。
「間に合いましたね。もう少しのはずなんですけど」
何だか知らないが、2人で窓の前で待つ。はて? この窓から何か見えたっけ? 別にこれといった物は無かったはずだけど。窓の向こうには夜明け前の薄暗い空と見慣れた街並み。その時だった。
薄暗い空の色が、藍色、紫、茜色へと変わっていく。そして、白んできた。……夜明けだ。
「ナナさん! 初日の出ですよ!」
興奮気味に大きな声を上げるハルカ。それは本当に美しい光景だった。太陽がだんだん登ってきて、まぶしい朝日が射し込んでくる。
ぶっちゃけた言い方をすれば、単に夜が明けただけであり、別に珍しくもなんともない。自然現象だと言ってしまえばそれまでだ。ましてや長い年月を生きてきた私にとっては、なおさらだ。だが、私はこの夜明けがとても美しく、素晴らしいと思えた。それはきっと、いや、間違いなく、この子がいるからだ。私は隣を見る。そこには、ハルカ。私の手を握って、夜明けを見ている。ハルカは夜明け空を見ながら言った。
「今日は天気が良くて良かった。天気予報じゃ晴れと言ってましたけどね」
更にハルカは続ける。
「ナナさん、僕の家では、毎年こうやって初日の出を家族総出で見るんです。……だから今年の初日の出はナナさんと一緒に見たかったんです。今日が晴れで本当に良かった」
見れば少し涙ぐんでいるハルカ。色々と思う所が有るんだろう。
「そうだね。私はこうして誰かと一緒に初日の出とやらを見るのは初めてだけど、悪くないね。うん、悪くない」
我ながら、気の利いた事が言えないね。まぁ、仕方ない。私のキャラに合わないし。そうこうしている内に、外はすっかり明るくなった。1月1日。新年の朝だ。すると、窓の外を眺めていたハルカが、私の手を離し、こちらを向いた。私も同じく、ハルカと向き合う。先に言葉を発したのはハルカ。
「ナナさん、新年明けましておめでとうございます。旧年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いいたします」
そう言って、深々と頭を下げて挨拶をする。相変わらず、礼儀正しい子だね。水くさいとは思うが、そこがハルカのハルカたる由縁だしね。さて、挨拶をされた以上、私も返さないとね。
「新年明けましておめでとう、ハルカ。こちらこそ、旧年は世話になったね。今年もよろしく頼むよ」
礼儀がなっていないと言われるだろうが、私は堅苦しいのが嫌いでね。しかし、この後、どうしようかね? 夜が明けたばかりだから、朝飯には早いしね。二度寝は、目が覚めちまったし……。そうだ! 良い事思い付いた! せっかくの新年だしね……。そうと決まれば即、実行!
私はハルカを抱き上げ、ベッドへ直行! 抵抗する暇を与えずハルカを裸にひん剥き、自分も邪魔なナイトローブをポイ。ハルカを押し倒す。
「いきなり何するんですか、ナナさん!」
ハルカが抗議の声を上げるが、気にしない。口ではそう言うものの、どこか期待のこもった視線だしね。ハルカは確かに真面目な良い子だが、健全な10代。性欲はちゃんと有る。本人は恥ずかしがるけど、私からすれば、それは当然の欲求。無い方がおかしい。さて、新年を記念して、師弟の親睦をより深めようじゃないか。
「わざわざ、言わせる気かい? あんたも初めてじゃあるまいし、分かってるだろ? 新年初の気持ち良い事♪」
「…………ナナさんのエッチ」
「ふふん、その言葉、あんたにそっくり返すよ。すっかり準備OKみたいだしね~」
恥ずかしがるハルカだけど、身体は正直。既に身体の方はその気になっている。何がとは言わないけどね。
「じゃ、しようか?」
「……はい」
最後はハルカの了承を取って、2人だけの世界へGO! しかし、ハルカはいつ見ても色白だね。でも、病的な白さじゃない。みすみずしい雪のような白い肌。華奢な身体つきと相まって、とても神秘的な美しさ。力を入れたら、簡単に壊れてしまいそうだ。もちろん、そんな事になったら困る。私は持てる知識と技術を総動員して、優しくハルカに触れる。じっくり、可愛がってあげるからね。
その後、2時間ほど、2人でベッドの中で楽しんだ。特にハルカは派手に乱れてくれたね~。あの子、普段が真面目で清楚だけに、ギャップが楽しい。(ニヤニヤ)
「ふぅ、やっぱり朝風呂は良いね。さっぱりした。さて、そろそろ朝飯だね」
「そうですね。早く着替えて朝ごはんにしましょう」
ハルカとベッドの上でじっくりと親睦を深めあった結果、すっかり汗をかいてしまったので、2人で朝風呂へ。汗を流し、さっぱりしたらいつもの服装に着替える。さぁ、新年初の朝飯だ。ハルカお手製のおせち料理を食べないとね。
「行くよ、ハルカ」
「はい」
ハルカと一緒にダイニングへ。
さて、やってきました、ダイニング。テーブルの上には黒塗りの三段重ねの重箱。早く食べたいが、まだやる事が有るそうだ。
「ナナさん、ちょっと待ってくださいね。お雑煮を作りますから。お餅は何個入れますか?」
「2個で頼むよ。早くしとくれよ。私は腹が減ってるんだからね」
「はい、分かりました。早めに済ませますね」
おせち料理と並ぶ、新年の料理。お雑煮とやらを作るハルカ。鍋を火にかけ、その隣で餅焼き用の器具を使って餅を焼いている。いつもの事ながら、楽しそうにしているねぇ。私はハルカのお尻を眺めながら、出来上がりを待つ。
「考えてみれば、以前の私にとって、年末も新年も何の意味も無かったよね。それが、今や、こうしてハルカと一緒に過ごす事になるとはね。本当に、人生って奴は何がどうなるか分からないね」
私は長い長い時の中を1人で生きてきた。私にとって、他人とは、敵か、もしくは利用価値が有るか無いかの3種類しか無かった。そんな中、突然現れたハルカ。私も当初は手なづけて、いずれ、研究素材にしてやろうと考えていた。何せ転生者、貴重なサンプルだからね。
だが、そんな気はじきに失せてしまった。優しく素直なハルカ。せっせと家事に励み、鍛練に汗を流し、時には説教をされたり。今まで見た事の無いタイプだった。そして気が付いたら、私にとって、かけがえの無い存在になっていた。もはや、私にとって、ハルカのいない生活など考えられないね。
「ナナさん、お雑煮が出来ましたよ」
考え事に没頭していた所へハルカの声。テーブルの上には湯気の立ち上る、お雑煮のお椀。こりゃ、旨そうだね。
「あぁ、悪いね。ちょっと、考え事をしててさ。さ、食べようか」
「はい」
まぁ、ごちゃごちゃ考えるのはやめだね。せっかくの新年なんだしさ。さて、ハルカの特製おせち料理とお雑煮を頂くかね。
テーブルの上には、三段重ねの重箱。そして2人分のお雑煮。さぁ、新年初の飯を食べようか。
「ナナさん、このお屋敷の主として、新年初のいただきますをお願いします」
「分かったよ。それじゃ、手をあわせて。いただきます!」
「いただきます!」
この屋敷の主として、新年初のいただきますを言って、朝飯開始。
「ハルカ、重箱を開けるよ?」
「はい、さっきも言いましたけど、ナナさんはこのお屋敷の主ですからね。お願いします」
ハルカに断りを入れて、一番のお楽しみの三段重ねの重箱の蓋を開ける。味見はしたけど、やっぱり中身は気になるね。そして蓋を開けて出てきたのは、綺麗に盛り付けられた、かまぼこ、黒豆、ゴマメ、何かだし巻き卵みたいなのに、黄色い何か。
「ハルカ、このだし巻き卵みたいなのと、黄色いのはなんだい?」
「伊達巻と栗きんとんです。どちらも縁起物ですよ。食べてみてください」
「それじゃ、遠慮なく」
さっそく、伊達巻とやらを一口。ふむ、ふんわり、しっとりとした食感に、甘口の出汁が利いてるね。続けて栗きんとんも。こっちはおかずと言うより、デザートだね。
「美味いよ、ハルカ。さすがだね」
「ありがとうございます。ナナさん、他の段も開けてみてくださいね」
「あぁ、そうするよ」
旨いおせち料理に舌鼓を打ちつつ、三段重ねの重箱の一段目、二段目を下ろす。へぇ、二段目は数の子にエビ。魚の姿焼き。三段目は、野菜の煮物が中心か。今度は数の子とやらを食べてみるかね。ふむ、コリコリとした食感と程よい塩気が良いね。
「ナナさん、数の子はどうですか?」
ハルカが感想を聞いてきた。
「そうだね、コリコリした食感が良いし、塩加減もちょうど良いよ」
率直な感想を言うと、ハルカはほっとした表情を浮かべる。
「良かった。塩数の子は塩の抜き加減が厄介なんですよね。抜き足りないとしょっぱいですし、抜き過ぎると、モソモソした食感になってしまうんで」
「そうかい。でも安心しな。本当に良い塩加減だからさ。ほら、せっかく作ったんだ。あんたもしっかり食べな」
私がおせち料理を食べるのを見ているハルカに、一緒に食べるよう、促す。
「はい、それじゃ僕も」
そう言って、ハルカはおせち料理に箸を伸ばす。
「自分で言うのもなんですけど、良く出来ました」
自作のおせち料理を食べて笑顔のハルカ。あぁ、もう! 可愛いねぇ。……つくづく私は果報者だね。あ、そうだ。あれを出さなきゃね。私はお正月に備えて買った物を取り出す。それは大小2つの朱塗りの杯と、小さな酒瓶だ。
「ハルカ。せっかくの正月なんだ。お屠蘇を飲まないかい? わざわざ私が買ってきてやったんだしさ」
以前、ハルカから聞いたんだよ。ハルカの元いた世界では、正月にお屠蘇と言って酒を飲むってね。でも、ハルカはあまり良い顔をしない。
「確かにお正月にお屠蘇は飲みますけど。でも、僕は未成年ですよ。それに、以前みたいに無理やり飲まされるのは嫌ですよ」
う、去年のハルカの17歳の誕生日の時の事を持ち出してきた。あの時はつい、悪ノリしちまったからね……。
「悪かったって。大丈夫、今回は無理やり飲ませたりしないから。ほら、小さい方の杯を持ちな。注いでやるからさ」
「……分かりました。それじゃお願いします」
以前の事を謝罪しつつ、ハルカの手にする杯に酒を注ぐ。
「ハルカ、今度は私の杯に注いどくれ」
「あ、はい」
今度はハルカに私の杯に酒を注いでもらう。大きめの杯になみなみと注がれる酒。甘い香りが漂う。
「よし、飲もうか。でも、無理はするんじゃないよ。念のため、水を用意しておくからね」
「はい」
ハルカは私と違って、酒に弱いみたいだからね。酒は度数低めで甘口の奴を選んだ。さらに水も用意。洗面器も用意しておくべきだったかね? まぁ、とりあえず飲もう。
「こういう場合は言うか知らないけど、乾杯」
「気にしなくて良いですよ。乾杯」
2人で乾杯をして、私は大きめの杯を一息に煽り、ハルカは小さい杯でちびちび飲んでいる。
「ふぅ。私には、ちと甘いね」
私からすれば、この程度、酒の内にも入らない。もっとも、ハルカはそうでもないらしい。小さい杯に少なめに注いでやったんだけど、やっと飲み終えたところ。ほんのり頬を紅く染めていて、やけに色っぽい。
「やっぱりお酒は苦手です。よく、ナナさんは飲めますね」
「まぁ、慣れてるからね。それに酒は人によって合う、合わないが有るし」
ハルカは私が用意した水を飲み、私は杯に再び酒を注ぐ。辛口の酒を好む私からすれば、甘口の酒は正直、口に合わないものの、残しても仕方ないしね。ハルカは未成年だし。
私は酒、ハルカはお茶を飲みつつ、おせち料理を食べていたら、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。誰だい? 新年早々、他人の家に来る非常識な奴は。せっかく、ハルカと2人きりで楽しく過ごしていたのに。とはいえ、無視するわけにもいかない。
「ナナさん、お客さんですよ。行かないと」
ハルカにもこう言われた以上、行くしかないね。ったく、めんどくさいね。渋々、ハルカと一緒に玄関へ。
「新年明けましておめでとう、ナナ、ハルカ」
「新年明けましておめでとう。ナナちゃん、ハルカちゃん、今年もよろしくね」
「全く、新年早々、誰かと思ったら、あんた達かい」
ハルカと一緒に向かった玄関にいたのは、よく知る2人。クローネとファムだ。
「新年明けましておめでとうございます、クローネさん、ファムさん。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
せっかくのハルカとの2人だけの正月を邪魔されて不機嫌な私とは正反対にハルカはきちんとクローネ、ファムに新年の挨拶をする。
「ほら、ナナさんもちゃんと新年の挨拶をしてください」
「ちっ、分かったよ。新年明けましておめでとう、クローネ、ファム。まぁ、今年もよろしく頼むよ」
ハルカに言われて私も一応、新年の挨拶をする。
「ところで、あんた達。新年早々、何の用だい? わざわざ他人の家に押し掛けてきやがって」
2人にウチに来た理由を聞いてみた。まぁ、大体の予想は付いてるけどね。
「決まっているだろう。新年の挨拶、それにおせち料理とやらを食べに来た」
「ナナちゃんだけ、ハルカちゃんのおせち料理を食べるのはズルいし」
やっぱり。こいつら、ハルカのおせち料理が目当てか。図々しい奴らだね。さっさと追い返すか。そう思っていたら、向こうが先手を打ってきた。
「もちろん、手ぶらで来た訳ではない。手土産は持参した。ほら、ナナ。お前の好きな大吟醸の酒だ」
「アタシからはこれ。極上黒コカトリス鍋セット」
クローネが出してきたのは、幻の大吟醸酒『踊る三毛猫』。遥か東方の島国の山奥で熟練の職人が様々な条件がうまく重なった年に数本だけ造る、酒飲み達の憧れの酒。死ぬまでに一口で良いから飲みたい。ダメならせめて一目見たいと言う奴は後を絶たない。かつて、この酒を巡って、殺人事件まで起きた程だ。
ファムは、コカトリスの中でも、特に美味で滋養に富み、かつ希少価値の高い『黒コカトリス鍋セット』。ただでさえ危険な魔鳥コカトリス。その中でも、齡を重ね、黒くなったコカトリスは、長く生きただけに知恵と力を付け、より恐ろしい存在となる。それを仕留めるのは並大抵の苦労ではない。ゆえに流通量は極めて少なく、そのほとんどは王候貴族等の富裕層の元へと買われていき、一般には滅多に出回らない。
幻の大吟醸酒に、希少な黒コカトリス鍋セット。クソッ! 長い付き合いだけに、こいつら、分かってやがる。ハルカも希少な食材に目を輝かせているしね。
「ちっ、分かったよ。上がりな」
「うむ、では邪魔するぞ」
「お邪魔しま~す」
結局、2人を上げてやった。幻の大吟醸酒と希少な黒コカトリス鍋セット。逃すのは惜しかったし。
「食べかけですみません」
「いや、こちらこそ、いきなり押し掛けてきて、すまん」
「気にしなくて良いよハルカちゃん。それじゃ、さっそくおせち料理を頂くね」
クローネ、ファムを加えた四人でダイニングへ。食べかけながらも、ハルカのお手製おせち料理を見て喜ぶ、客二人。さっそく食べ始める。
「この黒豆、美味しい~!」
「この昆布巻きもじつに美味だ」
ハルカのお手製おせち料理を絶賛しながら食べる2人。みるみる内に料理が無くなっていく。
「ちょっとあんた達! 少しは遠慮しな! 私とハルカの食べる分が無くなる!」
私も慌てて、おせち料理を食べる。元々、私とハルカの二人分なんだ。そこへ更に2人増えたからね。早く食べないと無くなってしまう。
「ハルカ、あんたもさっさと食べな! せっかくのおせち料理が無くなっちまうよ!」
「そんなに焦らなくても、ある程度、取り置きしてますから。それに僕は十分、食べました。だから、味わって食べてくださいね」
ハルカに早く食べるように促したら、ありがたい言葉が返ってきた。つくづく、良く出来た子だよ。その後、私、クローネ、ファムの3人で、綺麗におせち料理を平らげてしまった。ハルカいわく、初日の朝でおせち料理を平らげたのは初めてだとか。でも、残さず綺麗に平らげた事には嬉しそうだったね。
「ところで、ナナちゃん達、今日の予定は何か有るの?」
おせち料理を食べ終えて、リビングでハルカの淹れた緑茶を飲みながらくつろいでいたら、ファムに今日の予定を聞かれた。
「そうだね。初詣に行こうかと思ってるよ」
ハルカから聞いたんだけど、新年には初詣と言って、神社とか寺という所へ参拝に行くらしい。当のハルカは、新年の挨拶状、ハルカの世界じゃ年賀状とやらを取りに玄関に向かった。お、帰ってきたね。
「ナナさん、年賀状を取ってきました。凄い量ですね。僕、こんなにたくさんの年賀状が来たのは初めてです」
ハルカの手には大量の年賀状。私も初めてだよ。王都に来るまで、他人とはほとんど関わらなかったからね。
「あ、ナナさん。朱雀さんから来てますよ。こっちは大海蛇のサっちゃんからです。王国騎士団ヘンキョー村支部って所からも来てますね。うわ、王国陸軍総司令官って人からまで! この立派な年賀状はスイーツブルグ家からですね」
ハルカは真面目な性格だけに、年賀状を1枚1枚、律儀に読んでいる。私も適当に何枚か手に取る。
「ふん、浅ましい奴らだね」
大半は王候貴族や、富豪といった有力者達からの物。ハルカは今をときめく、注目株だからね。ハルカを雇いたい。養女に迎え入れたいといった申し出が後を絶たない。ひいては、ハルカの後ろにいる私の力を得たい、味方に付けたいと目論む奴らがね。この年賀状もその一環。熱心なこった。もちろん、私はハルカを手放す気は無いし、有力者達と手を組む気も無い。ま、そんな事より初詣だ。
「ハルカ、初詣に行こうと思うんだけど、あんたも行くかい?」
ハルカが戻ってきたので、初詣に行くか聞いてみる。
「初詣ですか? 行きます。でも、どこに行くんですか?」
「大地母神殿さ。私は基本的に神なんて嫌いだけどね、大地母神はまだマシだしさ。光明神はクソ食らえだけど」
初詣の行き先は大地母神殿。神嫌いの私なりに妥協案だ。大地母神は大地の豊穣と災害の両方を司る神。大地に生きる全ての者に恵みと災いを与える、良くも悪くも公平な神だからね。対して、選民思想に凝り固まった光明神はクソだ。あれの信者は自らを絶対の正義と言い張り、ろくな事をしない。
「さて、行く前にちと、やる事が有る。ハルカ、こっちに来な。あんたに渡す物が有る」
「何ですか? ナナさん」
不思議そうに聞くハルカ。そして私は空中から、この日の為に用意していた物を出す。
「あっ! それ振り袖じゃないですか!」
私の出した物を見て、驚きの声を上げるハルカ。よし! サプライズ大成功! ハルカにバレないように、密かに作ったかいが有ったよ。
「ふふん。どうだい、良い出来だろう? わざわざ私がこの日の為に用意したんだ。さ、着せてやるから、こっち来な」
「……ナナさん、着物の着付けなんて、出来るんですか?」
せっかく着せてやろうとしているのに、失礼な事を言うハルカ。
「私をナメるんじゃないよ! いいからさっさと来な!」
「は、はい!」
ムカついたので怒鳴ると、慌ててこっちに来るハルカ。さて、私のお手製振り袖を着せてやるか。……昔、私好みの美少女達を洗脳し、着せ替え人形にして遊んでいたのが、こんな形で役立つとはね。ハルカには言えないけど。まぁ、それはさておき、ハルカの振り袖の着付けは完了。
「よし! 出来たよ。うん、良く似合ってるよ。作ったかいが有ったね」
「わ~! 綺麗ですね~」
銀髪碧眼のハルカに合わせて、水色をベースに銀糸で雪の結晶の模様を散りばめた振り袖姿のハルカを見て、大いに満足な私。ハルカも喜んでいるしね。
「確かに良く似合っているな」
「綺麗だよ、ハルカちゃん」
クローネ、ファムも振り袖姿のハルカを褒める。おい、振り袖を作った私も褒めな。まぁ、いいさ。私も着替えよう。私の分の振り袖も作ったんだ。ちなみに私のは、黒をベースに白百合の花柄をあしらった物だ。
「……白百合の花柄ですか。ナナさんらしいですね」
「何か文句有るのかい? 私の勝手だろ」
私の趣味にケチ付けるんじゃないよ。
振り袖に着替えた事だし、最寄りの大地母神殿へと初詣に向かう。ハルカと2人で行きたかったんだけど、クローネ、ファムも付いてきた。ハルカも人数が多い方が良いとか言うし。そんな訳で、4人で新年の街を歩く。
「賑やかですね、ナナさん。もう、新年初売りとかやってますし。僕の元いた世界とあまり変わらないですね」
「へぇ、そうなのかい。世界が違っても人間のやる事は変わらないね」
新年の街を見ながら、感想を言うハルカ。まぁ、この世界はありがちな剣と魔法の中世風世界じゃないからね。でも、それで良かったと思う。近代的な世界から来たハルカはそんな古臭い世界じゃやっていけないだろうし。食事、文化、そして衛生面。その他、問題が山積みだし。この世界がハルカの元いた世界と近い文化レベルで良かったよ。
「出来れば、ミルフィーユさんや、安国さんも呼びたかったです」
ミルフィーユ達も誘いたかったらしいハルカ。
「まぁ、仕方ないよ。ミルフィーユちゃんは貴族同士の新年の挨拶回りで忙しいらしいし」
「安国は年末に忙しかった上、新年3日の初売りの準備が有るそうだしな」
そんなハルカにミルフィーユと安国のハゲの事情を話すファムとクローネ。ハゲはともかく、ミルフィーユは大変だね。貴族ってのは窮屈でならないね。私はごめんだ。
「じゃあ、明日、おせち料理のお裾分けに行きます。去年はお世話になりましたし」
「うむ、そうしてやると良い。喜ぶだろう」
「ハルカちゃん、良い子だね。また、株が上がるね。今も爆上げ中だけど」
「私としては、ハルカの株が上がり過ぎるのも困るんだけどね。ま、下げる気も無いけど」
本当に心の優しい良い子だよ。自分だけでなく、他人の幸せも望んでいる。踏み台転生者には、理解不可能だろうけどね。そうこうしている内に、大地母神殿が見えてきた。お~、ぞろぞろ参拝客が来ているね。どれ、行列に並ぶかね。昔の私なら行列なんぞ、ぶっ飛ばしてやったけどさ。これもハルカの影響だね。
「ふぅ、さんざん待たせやがって。やっと、敷地内に入れたね」
「まぁ、仕方ないですよ。初詣なんですから。それよりもナナさん。早くお詣りを済ませましょう。後ろも混んでますし」
なかなか進まない行列にイラつきながらも、やっと敷地内に入れた私達。ハルカの言う通り、さっさとお詣りを済ませよう。後ろから押されているし。下手すると一斉に倒れて大惨事になりかねない。実際、有ったし。
「そうだね。さっさと済ませるよ」
急いで4人、横に並んで、賽銭を入れて願い事を言う。
「今年も家内安全で、みんな仲良く過ごせますように」
「ハルカが早く私の物になりますように」
「ふむ、道場の教え子達の地区大会優勝を祈願しようか」
「今年も面白い事がたくさん有りますように」
4人それぞれの願い事を言い、ぶら下がっている鐘を叩く。ハルカの世界じゃ鈴を鳴らすそうだけどね。さ、済ませた以上、さっさと離れる。マジで後ろから押されているし。
本殿から離れて広場へ移動。新年だけにたくさんの出店が並んでいる。でもね、私の本命は出店じゃないんだ。おっ、やってるね。私達は広場の中央。特大の鍋が火に掛けられている所へ。これぞ、大地母神殿の新年の名物。大地鍋さ。特大の鍋に出汁を張り、芋類を中心に肉や野菜を大量にぶちこんで、グツグツ煮込むんだ。これが旨いんだよ。ちなみにこの鍋料理はおにぎりとセットで参拝客に無料で振る舞われる。大地の恵みを司る、大地母神らしいね。
ハルカにはいつも家事で苦労を掛けているしね。たまには旨い物を振る舞って、楽をさせてやろうと思ってさ。私達は行列に並び、それぞれ大地鍋の入ったお椀とおにぎりを受け取る。渡してくれたのが、緑色の髪の巨乳美人でね。役得と思っていたら、ハルカに睨まれた。案外、嫉妬深いんだよね……。
貰った大地鍋が冷めない内に食べようと思い、適当な場所を見つけ、椅子を4つ取り出し、座って食べ始める。醤油仕立ての熱々の鍋料理は具沢山で、寒い時期も手伝って実に美味い。おにぎりも嬉しい。
「ナナさん、今日の夕御飯は鍋ですよ。これじゃ、被ります」
ハルカが大地鍋を食べながら言う。
「悪かったね、夕飯と被って。でもね、私はあんたにたまには楽をさせてやりたくてね。それに美味いだろ?」
「そうだったんですか。ありがとうございます、ナナさん。確かに美味しいです」
するとクローネ、ファムが茶化す。
「どうせ楽させてあげるなら、ナナちゃんが料理を作れば良いじゃない」
「待て、ファム。ナナに料理などさせたら、何が起こるか分からんぞ。最悪、ハルカの命に関わる」
「好き勝手言うんじゃないよ、あんた達!」
「ナナさん、落ち着いてください!」
茶化す2人にキレる私。止めに入るハルカと4人で大騒ぎしていたら。
「仲が良いのは結構ですが、神殿の敷地内で騒ぎを起こされるのは困ります。他の参拝の方々の迷惑になりますので」
先ほど、大地鍋を参拝客に振る舞っていた緑色の髪の巨乳美人だった。
「お騒がせして、本当にすみません」
緑色の髪の巨乳美人に平謝りするハルカ。相手は大地母神殿の関係者っぽいからね。
「いえ、分かってもらえたなら、それで構いません。ですが、今後はやめてくださいね」
対する緑色の髪の巨乳美人は穏やかな口調で許してくれた。なかなか話の分かるタイプだね。
「はい、今後は気を付けます。ナナさん達も外でケンカはやめてくださいね!」
「悪かったよ。じゃ、そろそろ帰るかい。用は済んだしね」
ハルカに説教されつつ、帰る事にする。
「大地鍋美味しかったです。ありがとうございました」
ハルカは最後に緑色の髪の巨乳美人に大地鍋のお礼を言って、その場を後にする。そして、家に向かってしばらく歩いていたが。
「悪い、ちょっと用事を思い出した。先に帰っとくれ」
「そうなんですか? 分かりました」
ハルカは不思議そうな顔をしている。対して、クローネ、ファムは私の考えに気付いている様。
「ふむ、では先に戻っておく」
「あんまり遅くならないでね」
「分かってるよ。それじゃ、後で」
そう言って、私はハルカ達と別れる。そして再び、大地母神殿へ。私は人混みから離れ、誰もいない神殿の外れへと移動する。
「……いるのは分かっているんだ。そろそろ出てきたらどうだい?」
すると、人影が現れた。思った通りの人物。緑色の髪の巨乳美人だ。
「……よく分かりましたね。さすがは伝説の三大魔女の一角、『名無しの魔女』だけはありますね」
「ふん、おだてても何も出ないよ。ねぇ、『大地母神』様」
私は緑色の髪の巨乳美人、大地母神と相対する。ハルカは気付いていなかったけど、私、クローネ、ファムはその正体に気付いていた。全く、死神の次は大地母神。今年はよく神に会うね。でも、神が無意味にノコノコ姿を表す訳が無い。
「大地母神が何の用だい? 返答次第によっちゃ、容赦しないよ」
私は愛用の魔水晶のナイフを抜き放つ。邪神ツクヨには通じなかったが、こいつはこれまで数多くの神や魔王を殺してきた、私の相棒だ。そして、大地母神は明らかにツクヨより弱い。十分、殺せる。そこへ大地母神が話を切り出した。
「落ち着いてください。私は戦いに来た訳ではありません。話をしに来たのです。とりあえず、ナイフはしまってください」
……どうしたもんかね? 確かに殺気は感じないし、そもそも大地母神は戦いの神ではない。少々迷ったが、ナイフをしまう。ま、話とやらを聞こうか。
「良いだろう。話を聞こうじゃないか」
私はナイフをしまい、大地母神に話を促す。
「率直に言います。貴女の弟子にしてメイドのハルカ・アマノガワの存在が、天界でも話題になっています。そして、私など遥かに及ばない高位の神による不穏な動きが有ります」
大地母神の話はシャレにならない程、ヤバい内容だった。やはり、天界がハルカに対して動き始めた。それも上の奴が。
「大地母神、私にも心当たりが有る。あんたの話もマジだろう。しかし、そんな事バラしたら、あんたの方こそヤバいじゃないか」
私は思った事を率直に聞いた。
「……私は大地母神。この大地に生きる全ての者達を見守っています。確かに贔屓をするべきではありませんが、良い子ならば、時には私も贔屓をしたくなるのです。神といえど完璧ではありませんから。それに貴女も知っているでしょう。私が『真の神ではない』事を」
「まぁね」
今の世界の神や魔王はほとんどが『偽物』。真の神や魔王はほとんどいない。そしてハルカは真の魔王の身体を持つ転生者だ。
「私が出来るのは、せいぜい忠告ぐらいです。それほど、相手は強大です、……貴女方の無事を願っています」
それだけ言うと、大地母神は土くれと化し、大地に帰っていった。
「……大地母神にも手に負えない相手か」
大地母神は上級神だ。その大地母神をして、どうにもならない相手。だからといって、退く訳にはいかない。ハルカは私のかけがえの無い宝物。失ってたまるか!
「帰ろう。ハルカ達が待ってるしね。夕飯は黒コカトリス鍋だし」
私は家への帰路に付く。待たせたら悪いし。
「神だろうが、魔王だろうが、ハルカは渡さない。絶対に渡すものか!」
まだ見ぬ敵に対して、決意を固める私。どうやら、今年は去年以上に、ヤバい年になりそうだ。
読者の皆さん、こんにちは。作者の霧芽井です。僕と魔女さん、第73話をお届けします。
1ヵ月以上かかって、やっと書けました。そのわりには、進歩の無い駄作ですが。さて、まずはナナさん家のお正月。なんだかんだで楽しく過ごしています。その一方で大地母神からの忠告も有り、早くも不穏な空気が有ります。
ちなみにナナさんは無事、帰宅。その後、カルタ取りや、羽根つきなんかをしましたが、殺人級の危険さになって、ハルカに3人まとめて怒られました。
クローネ、ファムは夕飯まで居座り、黒コカトリス鍋、締めの雑炊までしっかり食べました。更に大人3人は幻の大吟醸酒、踊る三毛猫を飲んで大騒ぎをして、またハルカに怒られる始末。最後はハルカにお年玉を渡して帰っていきました。
次回は新年2日目、スイーツブルグ家の話です。それでは、また。