第71話 ナナさん家の年末大掃除
今日は、12月28日。今年も残るは後、3日となりました。新年を気持ち良く迎える為に、色々と忙しい僕です。さ、まずは朝のシャワーを浴びてこよう。それから、ナナさんを起こして、朝ごはんも作らないとね。
「ナナさん」
「なんだい、ハルカ?」
ナナさんと2人、向かい合っての朝ごはん。今日も朝から、モリモリご飯を食べるナナさんに話しかける。
「ナナさんは今日、何か予定は有りますか?」
「有るよ。今日はあのクソ邪神からの貰い物のアニメを一気に見るんだから。その為にポテチ特大パック(コンソメ味)と、ビールを買ってきたんだからね」
「分かりました。じゃあ、今日の大掃除を手伝ってくださいね」
「あんたね、私の話を聞いてないのかい?! 今日は忙しいんだよ私は!!」
ふざけた事を大真面目に言うナナさんに対し、今日の大掃除のお手伝いを頼む。案の定、怒るナナさんだけど、僕は退かない。
「ナナさん、もう少しで今年も終わり。気持ち良く新年を迎える為に、大掃除をしたいんです」
でも、ナナさんも退かない。
「ふん、そんなのはメイドのあんたの仕事だろ? 何で屋敷の主の私までやらなきゃいけないんだい? 私はポテチ(コンソメ味)を食べながら、ビールを飲んで、アニメを見るんだ。邪魔するんじゃないよ」
やる気の無さ丸出しの態度で文句を言うナナさん。全く、本当にぐうたらなんだから……。
「確かにナナさんの言う通りです。でも、僕の家では毎年、年末は家族全員で大掃除をしていたんです。お願いします」
大掃除のお手伝いを嫌がるナナさんに元の家での事を持ち出し、頼み込む。
「……そこまで言われたら、仕方ないね。分かったよ。手伝ってやるよ」
頼み込んだかい有って、渋々ながらも大掃除のお手伝いを引き受けてくれたナナさん。
「ありがとうございます、ナナさん」
「ふん、まぁ、たまには違う事をしてみるのも一興だしね」
良かった。このお屋敷は広いからね。普段の掃除ぐらいならともかく、大掃除となるとさすがに僕1人じゃ辛いし。ナナさんの協力が有れば、はかどるだろうね。……ナナさんがサボらなければだけど。
「それじゃ、1階から始めましょうか。ナナさんはこの辺の窓拭きをお願いします。僕は向こうをやりますから。……サボらないでくださいね?」
「はいはい、分かったよ。やりゃ良いんだろ、やりゃ。全く、めんどくさいね……」
朝ごはんを済ませ、洗い物を片付けたので、ナナさんと一緒に大掃除開始。まずは1階から。相変わらず、やる気の無いナナさんにサボらない様に釘を刺しつつ、掃除場所を決める。さぁ、始めよう。手始めに水の塊を4つ呼び出し、それを元に分身を作る。水分身の術だ。
「やれやれ。まだ、水を使わないと分身を作れないとは未熟だねぇ。分身ぐらい、媒介無しで作りな。しかも、4体しか作れないとはね」
水分身を作った僕にダメ出しをするナナさん。確かに高位の術者は媒介無しで大量の分身を作れるからね。
「すみません。現状、これが僕の精一杯なんで」
自分の未熟さを謝る。僕はまだ自分の秘めたる魔王の力を使いこなせていない。ナナさんの域はまだまだ遥かに遠い。
「別に謝る事は無いさ。あんたは若い。これから更に修行を積んでいけば良いさ。ほら、さっさと行きな」
「はい。それじゃ行きますね。……ちゃんと掃除してくださいね?」
「分かったから。さっさと行く」
こうして、ナナさんにその場を任せて場所を移動。ちゃんと掃除してくれたら良いけど……。
ナナside
「……行ったね。全く、一々、口うるさいったらありゃしない。ま、掃除ぐらいはしてやるかね」
もっとも、バカ正直にやる気は無い。とりあえず、分身を作り出す。
「あんた達、この辺の窓拭きを頼むよ。ついでに床拭きとかもね」
作り出した分身は10体。そいつらに掃除を命じて、私は缶ビールを取り出す。こういう面倒事にこそ分身は使わないとね。ん? 何やら分身達が不満そうだね。
「あのさ、本体。私らに掃除を押し付けて、自分だけビールを飲もうってのかい? ずいぶんと良いご身分だね」
分身の1人が文句を言ってきた。分身の癖に生意気な。
「うるさいね、ビールが不味くなるだろ。さっさと掃除しな。サボるんじゃないよ」
私としてはまともに取り合う気は無い。適当にあしらう。
「……ふん、分かったよ。掃除をすりゃ良いんだろ? でもね、本体。あんたがサボっている事、ハルカにバレても知らないからね」
捨て台詞を吐いて去って行く分身。大きなお世話だよ。大体、あいつら分身は余計な事はハルカに言わない様に制限を付けてあるしね。さて、ツマミも出さないと。確か、ミニサラミを買ってあったはず。そう思っていたら……。
「何、サボっているんですか、ナナさん!!」
突然、ハルカの怒る声。思わず、飲んでいたビールを吹き出してしまう。でも、ハルカは確かに向こうに行ったはず。そう思って周りを見てみたら……。宙に浮かぶ1枚の氷の鏡。そこに怒った顔のハルカが映っていた。魔鏡術だ。いつの間に覚えたんだか。
「全く、ちょっと目を離すとこれだから……。ナナさん、ちゃんと掃除してくれないと困ります」
鏡越しに説教を垂れるハルカ。私も負けじと言い返す。
「いいじゃないか別に。掃除なんか分身にやらせりゃさ」
でも真面目なハルカにはそれが許せないらしい。恐ろしい事を言い出した。
「……そうですか。そういう態度なら、僕も考えが有ります。今日の夕飯は獄辛麻婆豆腐にしますからね。僕は食べられるから問題無いですし。あ、食べないとか、残すのは許しませんから」
「ちょっと待った! あんなの食べられないよ! 分かった、ちゃんと掃除するから!」
冗談じゃない、あんな物出されてたまるか。ハルカが怒った際に作るお仕置きメニューの獄辛麻婆豆腐。初めて食べた時はあまりの辛さに文字通り、地獄を見たからね。なぜかハルカは普通に食べていたけど……。
まぁ、それはそれとして、渋々ながら、掃除開始。バケツと雑巾を用意。更にバケツに水を入れて雑巾を浸して絞り、床拭きを始める。その間も氷の鏡が私を監視中。おや? 私は鏡を見て、異変に気付く。鏡越しに見ているのがハルカじゃない。背中に羽を生やした妖精の様な姿。あれは風の精霊、シルフだ。
「何、見てるんですか。サボらない」
鏡越しにケチを付けてくるシルフ。ムカつくね~。しかし、驚いたね。風の上位精霊たるシルフがハルカに従っているとはね。あの子、精霊との契約はまだしていないはず。ちょっと聞いてみるか。私は床拭きをしつつ、鏡越しにシルフに聞いてみた。
「ちょっとあんた。風の上位精霊シルフがなんで、ハルカに従っているんだい? まだあの子は精霊との契約は結んでないはずだけど?」
精霊を始め、霊的、魔的な存在は基本的に契約を結ばない限り、私達人間には協力しない。にもかかわらず、こいつはハルカに従っている。すると、シルフはこう答えた。
「あぁ、その事ですか。別に私達はあの方に従っている訳ではありません。言うなればボランティアです。ずば抜けた、それでいて、とても清らかな魔力を持つあの方に興味が湧きまして。そこで、こちらから接触を図ったところ、実に良いお方でしたので、以降、協力しているのです。ちなみに水の精霊達も同じですよ」
こいつはたまげたね。精霊に気に入られるとは。やっぱり、あの子は周りの者を惹き付ける才能が有るね。我が弟子ながら、大したもんだよ。感心していると監視のシルフからダメ出し。
「ほらサボらない。手を動かす」
「うるさいね、分かったよ!」
ハルカside
「この辺りの窓拭き、終わりました」
「こちらの掃除も終わりました」
「ありがとう、掃除を手伝ってくれて。助かるよ」
水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフにお礼を言い、次の掃除場所へと向かう。僕はまだ、大量の分身を作る事が出来ないから、本当に助かる。しかし、初めて精霊達と出会った時は驚いたな。
ツクヨ達の元から帰ってきてから数日後。雨上がりの晴れた午前中に洗濯物を干していたら、突然、小さなつむじ風と共にシルフが。近くの水溜まりからウンディーネが姿を現したんだから。しかも、僕に協力したいと申し出てきたし。ナナさんいわく、精霊は滅多に人前に姿を現さない。ましてや、自分から力を貸すなんて事はまず無いって事だし。
「それじゃ、場所を移るよ。このお屋敷は広いからてきぱき済ませないとね」
「「分かりました!」」
僕の言葉に元気良く返してくれる精霊達。彼女達が拭いてくれた窓や床はピカピカだ。いわゆる精霊の加護なんだとか。う~ん、贅沢だなぁ。後、掃除が済んだら、精霊達にお礼の魔力を支払っておかないと。彼女達はお礼なんて要らないと言うけど、手伝ってくれた以上、お礼はちゃんと支払わないとね。さぁ、早く掃除を済ませよう。僕は精霊達と分身達を連れて次の掃除場所へと向かった。全く、本当にこのお屋敷は広いんだから。
掃除をしている内にお昼の時間。一旦、掃除を切り上げて、昼ご飯の準備。ナナさんにも念話で伝える。さて、今日のお昼は何にしようかな? また掃除をするから、手軽な物にしよう。
「ふん、今日の昼飯はサンドイッチかい? あんたにしちゃ、手抜きだね」
手軽に作れて、食べられるメニューとして選んだサンドイッチ。とりあえず、ツナ、ハム、卵の3種類を作ってみたんだけど、ナナさんは不満そう。
「今日のお昼は手軽さを優先しましたから。食べないんですか? 食べないなら、僕が全部食べますよ?」
「そんな事は言ってないだろ! 当然、食べるよ! ほら、ハルカ。何か飲み物入れて。飲み物無しじゃ、パン系は辛いからさ」
「分かりました。紅茶で良いですか? この前、エスプレッソさんから、良い茶葉をお裾分けしてもらったんで」
「あぁ、構わないよ」
何だかんだ言っても、ちゃんと僕の料理を食べてくれるナナさん。早くもツナサンドをパクついているし。とりあえず、ティーカップを2つ用意。茶葉も取り出して、紅茶を淹れる。紅茶の淹れ方はエスプレッソさん直伝なんだよね。まだまだ、エスプレッソさんにはかなわないけど。
こうして、ナナさんと2人でサンドイッチと紅茶でお昼を済ませる。これが済んだら、また掃除の再開だ。今日中に終わらせたいな。
ナナside
「それじゃ、ナナさんお願いします。僕はこっちを動かしますから」
「分かったよ。あんたこそ、ヘマするんじゃないよ」
「はい」
昼飯を済ませた私達は、分身達と精霊達を引き連れ、大掃除を再開。で、今は何をしているかというと。念動力でタンスといった大きな家具を退かして、そこを分身達や精霊達に掃除させている。
「便利ですね、念動力は。重い家具も軽々動かせますし」
感心しているハルカ。まぁ、普通の人間じゃ、こうはいかないからね。ちなみに家具を退けた場所を分身達やウンディーネ達が掃除。シルフ達は飛べる事を活かして、念動力で浮かせた家具の上側や、天井の掃除。更にはありがたい事に大掃除の厄介者の舞い散る埃もシルフ達の大気を操る力で、邪魔にならない様、1ヶ所にまとめられている。とどめにウンディーネ達がそれを水玉に封じ込めているので、実に快適。
「まぁ、この程度の念動力なんか、私にとっちゃ、余裕過ぎてあくびが出るね。何せ、私は昔、火山が噴火した際、迫り来る火砕流さえ止めた事が有るからね」
私はここぞとばかりにハルカに自分の実力をアピール。どうだい、私は凄いだろう? 尊敬しな。そう思ったんだけどね。
「あの、ツクヨは昔、巨大津波を正拳突き1発で、かき消したそうですよ? 後、巨大隕石をオーバーヘッドキックで宇宙に打ち返したとか。失礼ですけど、ナナさんより凄いですよね。まぁ、ツクヨは色々と規格外ですけど……」
「…………あの、クソ邪神。……いつか殺す」
クソ忌々しい邪神のせいで、ぶち壊し。つくづく、腹の立つ奴だ。前回は不覚を取ったが、次こそは……。そんな事を考えていたら、ハルカに話しかけられる。
「ナナさん、何をぼーっとしているんですか? ここの掃除は終わりましたよ。ほら、次に行かないと」
「あぁ、ごめん」
念動力で浮かせた家具を元の位置に戻し、次の掃除場所へ。
「ま、今はあのクソ邪神の事より、大掃除が優先だね」
ハルカside
ナナさん、分身達、精霊達と一緒にお屋敷の大掃除を進めたかい有って、お屋敷の中はすっかり綺麗になった。でも、まだ大掃除を済ませていない場所が有る。1つは地下施設。あそこは無闇にいじるなとナナさんから言われているので除外。で、やってきましたナナさんの部屋。
「相変わらず、散らかっていますね。ナナさんは本当に片付けが出来ないんですね。もう、諦めましたけど」
「うるさいね。私は不自由してないから良いんだよ」
部屋の中の散らかりぶりを僕が指摘するものの、反省のそぶりさえ見せないナナさん。僕が赤ちゃんになってしまった事件以来、少しは片付けをする様になって、以前よりはマシになったけれど、それでもビールの空き缶やら、ツマミの袋やらが散乱している。もう! あの黒い害虫が出たらどうするんですか?!
「大丈夫だって。あの黒い害虫はこの屋敷に1匹たりともいないから。入らせもしないしね。私もアレは嫌いだし」
「はいはい、凄いですね。でも、他人の心を読まないでください」
「ふん、読まれるのが悪いんだろ。嫌なら、早いとこ閉心術を身に付けるんだね」
僕の心を読んだナナさんに文句を言うけれど、あっさり返される。ナナさんの言うことも一理有るのも確か。でも今、優先すべきは掃除。
「とにかく掃除を始めますよ。ナナさん、要る物、要らない物は教えてくださいね。いつかみたいに赤ちゃんになったりするのはもう、ごめんですから」
「分かってるよ。私だって、あんな事件はもう、こりごりさ。さ、早いとこ済ませちまおう」
そしてみんなでナナさんの部屋の掃除開始。ビールの空き缶、酒の空き瓶、ツマミの空き袋、その他、色々。分別しながらゴミ袋へ。以前の赤ちゃん事件のきっかけとなった、押し入れの中はナナさん直々に整理してもらう。すると出るわ出るわ、期限切れの怪しい品々。危ないので、ナナさん直々に始末してもらおう。
「ちょっと、ナナさん! これ、期限が100年以上、前ですよ!」
試しに1本の瓶を手に取り、見てみたら、酷い結果。ナナさん、いい加減な性格もほどほどにしてください。僕、情けないです。
「うるさいね! たかが、100年ぐらいで騒ぐんじゃないよ!」
ダメだ。反省してないよ、ナナさん。それからもあれやこれやと期限切れの品々が出てきて、その後始末に時間を費やす事になってしまった。
ナナside
「ふぅ、やっと終わったねぇ。あ~疲れた」
「お疲れ様でした、ナナさん。はい、よく冷えたビールです」
「おっ、気が利くね。遠慮なく頂くよ」
時刻は既に夕方。屋敷の大掃除もさっき、やっと終わった。既に分身達は引っ込め、精霊達はハルカから今回の仕事の報酬の魔力をもらって帰っていった。で、私はリビングのソファーに座ってくつろいでいたら、ハルカからのビールの差し入れ。ちなみに缶ビール。さっそく蓋を開けて一気に煽る。
「ふぅ~~、旨い!! 一仕事した後のよく冷えたビールは最高だね~!!」
「フフ、本当にナナさんは美味しそうにお酒を飲みますね」
そんな私を見て微笑むハルカ。
「それじゃ、今から晩ごはんの準備をしますから。ナナさん、飲み過ぎないでくださいね」
「分かってるって。後、晩飯は早いとこ頼むよ。今日は身体を動かしたから、腹が減ったし」
「分かりました。今日はご飯によく合うメニューにしますね」
そう言うと、自分の戦場たるキッチンに向かうハルカ。ご飯によく合うメニューか。何作る気か知らないけど、ま、あの子に任せておけば間違いないさ。
「麻婆豆腐かい。……獄辛じゃないよね?」
「安心してください。違います。ただ、今回はちょっと手を加えていますけど」
「手を加えたって、大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですから。ちゃんと味見もしましたし」
ハルカに晩飯が出来たと言われてダイニングへ。テーブルの上には大皿に入った麻婆豆腐。確かにご飯によく合うメニューだけどね。どうしても、ハルカのお仕置きメニューの獄辛麻婆豆腐を思い出すんだよねぇ……。まぁ、ハルカが大丈夫と言うならそうなんだろう。私はさっそくレンゲで小皿に麻婆豆腐を取る。で、さっそく一口。すると口の中に広がる、今までの麻婆豆腐とは一味違う、痺れる様な辛さ。でも、それが美味い! 私の好きな挽き肉もたっぷり入っているのも嬉しい。すぐに平らげて、おかわりを小皿に入れる。それもすぐに空にし、今度はご飯に直接、麻婆豆腐をぶっかけて、掻き込む。
「ナナさん、取りすぎです! 僕の分が無くなっちゃいます! 後、ご飯に麻婆豆腐を直接かけないでください。行儀が悪いですよ」
麻婆豆腐のあまりの美味さにご飯が進む進む。ただ、あまりに食べるもんだから、ハルカから文句を付けられる。
「あ、悪い。あんまりこの麻婆豆腐が美味いからさ。それと細かい事をごちゃごちゃ言うんじゃないよ。しかし、この麻婆豆腐、一味違うねぇ。なんか独特の痺れる様な辛さが有るんだけど? あんた、手を加えたって言ってたけど、それかい?」
ハルカに謝りつつ、ついでに今回の一味違う麻婆豆腐について聞いてみる。
「あ、ちゃんと分かってくれたんですね。はい、今回の麻婆豆腐は山椒を使った調味料を入れたんです。覚えてますか? 以前、朱雀の卵を手に入れる為に向かった南の港街。あそこで知り合った大海蛇のサッちゃんがこの前、東方の調味料を色々送ってきてくれたんです。おかげで料理の味付けの幅が広がりました」
「へぇ、あの時の白い大海蛇かい。懐かしいねぇ。この辺じゃ手に入れにくい東方の調味料を送ってくるとは、気が利くね。ついでに酒も送ってくりゃ、言う事なかったんだけどね」
「もう、ナナさんは……」
苦笑するハルカ。珍しい東方の調味料が手に入ったのが嬉しいらしく、機嫌の良いこと。さて、他の料理も頂こう。麻婆豆腐の隣には、青椒肉絲。野菜嫌いの私でも、これなら食べられる。別の小皿に取って、口の中へ。更にご飯も頬張る。これまた、旨い! 本当に良い弟子を持ったよ私は。こんなに美味い飯を食べられるんだからね。もちろん、ただ、料理を食べているわけじゃないよ。
『ハルカがいかに腕を上げたかも見ている』
私は青椒肉絲の細切りのピーマンをいくつか箸でつまみ上げる。どれも見事に『同じ幅』。しかも『断面が非常に滑らか』。
私はハルカを褒める。
「ハルカ。また一段と腕を上げたね」
「ありがとうございます、ナナさん」
事情を知らない他人が聞いても意味不明な会話。だが、私達、師弟には大きな意味が有る。実はハルカは包丁を一切使わずに料理を作った。私はハルカに1つの課題を出した。包丁を使わず、魔力の刃を使って料理を作れ。ハルカにより精度の高い魔力のコントロールを身に付けさせるのが目的だ。
確かにハルカは絶大なる魔力を持つ。だが、使いこなせなければ、宝の持ち腐れ。ましてや、暴走したら命取り。そこで、この修行。ハルカの場合、人差し指と中指をを伸ばし、その先に魔力の刃を作る。大きすぎても、小さすぎてもダメ。切れ味が鋭すぎても、なまくらでもダメ。ちょうど良いサイズと切れ味を保つ。こういう、細かい魔力のコントロールは簡単なようで、案外難しい。でも、ハルカは見事にこなしてみせた。……大した子だよ。まぁ、それはそれとして、晩飯を食べよう。
「いや~、食った食った」
「ナナさんはいつも、美味しそうに僕の料理を食べてくれますから、作ったかいが有ります」
夕食後、私は食後のビールを楽しみ、ハルカは流し台で洗い物。平和で満ち足りた一時を味わう。
「ナナさん、明日は買い物に付き合ってくださいね。おせち料理の準備をしますから」
「おせち料理? なんだいそりゃ?」
今日は大掃除に付き合わせたくせに、明日も買い物に付き合えだって? 面倒くさいが、おせち料理とやらは気になる。
「知らないんですか? 僕の国ではお正月にはおせち料理という物を食べるんです。ただ、手間が掛かるんですよ。色々、買わないといけないんで。お願いします」
おせち料理か……。ハルカが作るなら、間違いなく旨い。買い物に付き合うのは面倒だが、美味い料理が食えるなら、良し。
「分かったよ。付き合ってやるよ。その代わり、美味いおせち料理を頼むよ」
「ありがとうございます、ナナさん。任せてください。美味しいおせち料理を作りますから」
買い物に付き合う事を了承すると喜ぶハルカ。すると、ハルカがふと、言う。
「ナナさん、今日は大掃除をしましたけど、今頃、ツクヨ達は何をしているんでしょうね?」
「さぁね。あのクソ邪神が何をしてるかなんて、分からないね」
「案外、ツクヨ達も大掃除をしているのかもしれませんね」
「どうだかね?」
全く、せっかく人が良い気分に浸っているのに、嫌な奴の名前を出すんじゃないよ。しかし、あのクソ邪神、本当に今頃、どこで何をしているんだか?
イサムside
「クズが! 天才だか、完璧だか知らんが、お前ごときが俺に勝てると思ったか!」
ツクヨさんが片手で襟首を掴んで持ち上げているのは、とある女科学者。既に全身の骨を砕かれ、内臓もあちこち破裂し、もはや、虫の息。もっとも、同情なんか欠片もしないが。
ツクヨさん、コウと一緒に訪れた、とある世界。そこで世界を好き勝手に引っ掻き回している、狂った女天才科学者。そいつがツクヨさんに目を付けた。桁外れの力を持つツクヨさんが気に入らなかったらしく、無人兵器を差し向けてきたり、偽情報を流して各国の軍隊を動かしたり、挙げ句の果てには、核保有国の核ミサイルまで撃ち込んできた。
まぁ、『全て無駄に終わったけど』
とはいえ、ここまでケンカを売られて黙っているツクヨさんじゃない。きっちり、殺しに向かった。その女科学者、確かに天才だった。この世界の誰も捕らえる事が出来なかった。でもな。所詮は人間。『神』であるツクヨさんの敵じゃない。しかもこちらにはコウがいる。創世から現在に至るあらゆる情報を知り得るコウの前にはいかなる隠蔽工作も無意味。あっさり居場所を特定され、迎撃に出した無人兵器も一瞬で全滅。で、今に至る。
「いや~、美味そうだな、お前。実に美味そうだ。他人を見下し、自分こそ絶対の強者と思い上がったクズの匂いがプンプンするぞ。ここまで魂の腐りきった奴は久しぶりだ。じっくりと時間を掛けて、味わって喰ってやろう。ククッ、クハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「…………………………!!!!」
既にツクヨさんに喉を潰されているから、声を出せない女科学者。そしてツクヨさんは宣言通り、じっくりと時間を掛けて女科学者を喰い始める。まずは両目を潰し、それから身体のあちこちをちぎり取って喰い始める。
「クハハハハハハハ! どうした? たかが、小指をちぎっただけだぞ? お楽しみはまだまだこれからだ。クハハハハハハハハハハハハハハ! ハーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「マスター、久しぶりに邪神の本分を発揮されていますね」
「そうだなコウ。もう、ツクヨさんの好きにさせるしかないな」
コウと2人、ツクヨさんを遠目に見守る。今のツクヨさんに下手に近付いたら、命に関わる。文字通り、触らぬ神に祟り無しだ。
「そういえば、ハルカの所はもう、年末か。今頃、何をしているのかな? 大掃除とか、おせちの準備とかしてるのかな?」
ハルカがせっせと大掃除をしたり、おせちの準備をしている姿が目に浮かぶ。
「ハルカ。もう一度、君に会いたいな」
思わず呟く。向こうで、女科学者の手足をもぎ取り、その場で喰っているツクヨさんの事はガン無視しながら。
前回から1ヶ月以上経ちましたが、僕と魔女さん、第71話をお届けします。
今回はタイトル通り、ナナさん家の年末大掃除。新年を気持ち良く迎えようと、ハルカ主導の元、行われました。その中でハルカが新しい術を身に付けていたり、精霊達の協力を得ていた事に驚くナナさん。
その一方、ナナさんはハルカにより精密な魔力コントロールを身に付けさせようと、調理に包丁を使わず魔力の刃を使えと課題を与えました。ちょうど良いサイズと切れ味を保て。大きすぎても、小さすぎても不便。なまくらでは切れないし、鋭すぎては、まな板やその下まで切れますから。調理をしつつ、魔力の刃を制御。ナナさんは家事さえも修行に利用します。全てはハルカの為に。
最後に久しぶりに登場、邪神ツクヨ様。相変わらず大暴れ。キャラクターが変わってないか? と言われる方もいるかもしれませんが、あれも邪神ツクヨの一面。ツクヨは気に入った相手には極めて寛大。でも、気に入らない相手や敵は一切、容赦なく、徹底的に叩き潰すので。
次回は大晦日の一幕。それでは、また。