第68話 ハルカの語る、異世界での日々
彼方side
やっぱり、ハルカさんはハル兄だった。問い詰めても、どうせ認めない。ならばと、すき焼きの食材追加に気を取られている所へカマを掛けたら、ものの見事に引っ掛かってくれた。で、今は私の目の前で気まずそうにしている。
「……色々と聞きたい事が有りすぎて困るけど、とりあえず、何で正体を話してくれなかったの、ハル兄」
「それは……その……」
うつむいてもじもじしているハル兄。あ~もう! こういう所、全然変わってない! 今までさんざん、焦らされてきただけに、いい加減、我慢の限界。
「あのね! はっきり言ってよ! 死んだはずなのに、何で女になった上、こんな所でメイドをしてるのよ! どうして生きているなら、生きているで連絡の一つもしてくれなかったのよ! 私もクー姉も母さんもハル兄が死んでどんな思いをしたか、分かってるの?! ねぇ! ハル兄、何か言ってよ!」
今まで溜まりに溜まっていた思いが一気に噴き出し、まくし立てる。対するハル兄はすっかり萎縮してしまい、うつむくばかり。そんなハル兄を見ていると、よけいに腹が立ってくる。さらにハル兄を問い詰めようとしたけれど、その時、私の頭に大きな手が覆い被せられた。そして、ワシワシと撫でられる。
「まぁ、落ち着けよ。メイドの嬢ちゃんが今にも泣きそうじゃねぇか。それに俺は詳しい事情は知らねぇが、人前で話す様な事じゃねぇだろうが。つーか、明らかに他人に聞かれたらヤバい事だろ? なぁ、ナナ姐さんよ」
私を止めたのは安国さん。その大きな手を私の頭に置いたまま、ナナさんに話を振る。言われてみれば、確かに人前で話す様な事ではない。つい、感情的になって言ってしまったけれど、死んだはずだの、何だの、他人が聞いたら、正気を疑われる内容だし。
「……まぁね。彼方、あんたの言い分も分からないではないけど、とりあえず落ち着きな。それとハルカ。この際だ、きっちり話をしな。どうせハゲ以外は全員知っているからね」
「おいおい、俺だけ仲間外れかよ」
驚いた。安国さん以外はみんな知っていたんだ。そしてハル兄も腹をくくったらしい。
「分かりました、ナナさん。でも、せっかく皆さんに来て頂いてのパーティーを中断したくないですから、終わってからきっちりと話をします。構いませんか?」
「好きにしな。そのかわり、ちゃんと話をするんだよ。半端な事は許さないからね」
「はい、ナナさん。彼方、聞いての通りだけど、これで構わないかな? ちゃんと話をするよ。約束する」
私の事を見て約束してくれるハル兄。
「うん、分かった。ハル兄がそう言うなら」
大丈夫、ハル兄はちゃんと話をしてくれる。昔からハル兄は約束を守ってくれたから。こうして私とハル兄の話がまとまった所でナナさんが声を上げる。
「よし、ハルカと彼方の話がまとまった事だし、パーティーを続けるよ! せっかくのパーティーなんだ、盛り上がらないと損だよ! まだまだお楽しみは残っているんだからね!」
確かにその通り。料理はまだ残っているし、安国さんの特製ケーキも待っているしね。
こうしてパーティー再開。また、みんなそれぞれ料理を取る。ハル兄はナナさんにお酌をしている。なんだかんだで、ハル兄はこの世界で楽しくやっているみたい。
いよいよ、パーティーも終盤。すき焼きは締めにうどんを投入。ウチですき焼きをした時の定番。やっぱりハル兄の料理は最高。甘辛味のうどんはとても美味しかった。ナナさん達、大人勢もビールが進む、進む。で、ついに登場。すき焼きと並ぶ、今夜のお楽しみ。安国さんの特製ケーキ!
「おう、嬢ちゃん達、待たせたな! 俺渾身の特製ケーキだ! じっくり味わって食ってくれよ! おら、御開帳だ!」
安国さんはテーブルの上に大きな包みを置いて、それを開ける。中から出てきたのはフルーツとクリームをふんだんに使った豪華絢爛で大きなケーキ。それを見て誰もが見とれる。まさに食べる芸術品。こんな綺麗なケーキ見た事無い。
「……これは……さすがは安国殿ですな。見事と言う言葉すら陳腐に聞こえますな……。いやはや、このエスプレッソ、これほどの素晴らしいケーキは初めて見ました」
「ありがとうございます、安国さん。僕、こんな凄いケーキ初めてです!」
「ふん、私はケーキになんぞ興味は無いけど、確かにこりゃ、大したもんだね。大陸一のパティシエの呼び名は伊達じゃないか」
「うむ、これほどの美しいケーキ、正直、食べるのが惜しいな。しかしながら、食べねば無駄になる。我としては悩ましい所だ」
「そうだね~。クローネちゃんの言う通り、こんな綺麗なケーキ、食べるのがもったいないよね。でも、日持ちしないから早く食べないとね」
「私は貴族関係のパーティーに何度も出席していますし、様々なケーキを見てきましたが、その全てがこのケーキの前には霞んで見えますわね」
「安国さんって、本当に凄いパティシエなんですね! こんな凄いケーキが食べられるなんて、感激です!」
御披露目された安国さんの特製ケーキを見て、私を含めた全員が褒め称える。
「おいおい、褒めてくれるのは嬉しいが、ちゃんと食ってくれなきゃ困るぜ。俺の渾身の一品、ぜひとも味の感想を聞きたいからな」
「そうだね。ほら、みんな席に着きな。ケーキを切り分けるよ」
ナナさんに言われてみんな席に着く。
「さて、どう切ろうかね? 均等の大きさにするのは当然にしても、色々と上に乗っているからね」
ケーキナイフを手に、切り方を思案するナナさん。うん、悩むよね。ケーキの上にはチョコの家やら、砂糖菓子のサンタやら、色々乗っているから。欲しがる人がいるんだよね。このように。
「ナナさん、僕、チョコの家が欲しいです!」
「ちょっと、ハルカ! チョコの家は私が狙っていますのよ!」
「我は砂糖菓子のサンタとやらが欲しい」
「クローネちゃん、それは認められないな~。サンタはアタシが貰う!」
チョコの家を巡ってハル兄とミルフィーユさんが、砂糖菓子のサンタ目当てにクローネさんとファムさんが争っている。
「あんたらね~、勝手ばかり言うんじゃないよ! とにかく切るよ! 後はじゃんけんでもして決めな!」
イライラしたらしいナナさん。そう言うと、さっさとケーキを人数分に切り分ける。対するハル兄達は不満顔。あのさ、子供じゃないんだから。そこへ助け船を出すのは安国さん。
「まぁ、そんな顔するなよ。ほら、チョコの家と砂糖菓子のサンタだ。どうせ、そんなこったろうと思ってな。人数分用意してきたんだ。これなら文句無いだろ?」
安国さんは、予備のチョコの家と砂糖菓子のサンタを全員のケーキに乗せる。見た目とは裏腹に細かい心配りが出来る人だなぁ。ハル兄達もお目当ての物が手に入った事で収まりが付いたし。
「さすがは安国殿、見事に場を鎮められましたな」
「そうだね。礼を言うよハゲ」
「ハゲで悪かったな! ったくよ~。まぁ、良いさ。ほら、さっさと食ってくれよ!」
「「「「「「「いただきます!」」」」」」」
みんなで言って、安国さんの特製ケーキを一口。結論。今まで食べてきたケーキは何だったのかと思うほど美味しい!! ふわふわのスポンジケーキにとろける舌触りの生クリーム。みずみずしいフルーツもたっぷり。これらが見事に合わさって、素晴らしい味を生み出している。あまりの美味しさにカルチャーショックを受けてしまった。見れば、他のみんなも同じ。
「やっぱり安国さんのケーキは美味しいなぁ。僕もまだまだこの味にはたどり着けないなぁ」
「ガハハハハ! メイドの嬢ちゃんにそう言って貰えるとは光栄だな!」
安国さんのケーキの味と腕前に感心するハル兄。そして豪快に笑う安国さん。ハル兄以上の腕前の持ち主か。世の中、上には上がいるね。
「皆さん、今日はわざわざ来て頂いて、ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ、今日は楽しい時間を過ごさせて頂きましたわ」
「ミルフィーユお嬢様のおっしゃる通りでございます。では、ナナ殿、ハルカ嬢、ごきげんよう」
「今日は楽しませて貰った。では、またな」
「ハルカちゃん、ナナちゃん、今日はごちそうさま!」
「じゃ、俺も帰るわ。嬢ちゃん、旨いメシごちそうさん! また、呼んでくれよ!」
楽しかったパーティーも終わり、お客様達を見送る私達。でも、私としてはこれからが本番。ハル兄と話をしないと。でも、その前に後片付けか。
「それじゃ、後片付けをしないとね。彼方、手伝ってくれる?」
「うん、ハル兄。さっさと済ませちゃおう」
ハル兄と一緒にリビングへ。みんな、思う存分楽しんだから、散らかり放題なんだよね。こりゃ、後片付けも骨が折れる。
「私は部屋に戻るよ。ブローチの解明まで後少しの所まで来ているからね」
ナナさんはそう言って、自分の部屋へと帰っていった。頑張ってくださいね。
後片付けは、私とハル兄。更にハル兄の水分身四人で協力して、わりと早目に終了。後片付けが済んだ後、ハル兄は水分身達を元の水に戻し、どこかへと消してしまった。さて、いよいよハル兄と話をしないと。
「お待たせ。約束通り、話をするよ。僕の部屋で良いかな?」
「うん、それで良いよ。後、ナナさんにも聞きたい事が有るから呼んでくれる?」
「ナナさんも? 分かった。呼んでくるよ。とりあえず、僕の部屋へ行こう」
2人で一緒にハル兄の部屋へ。私は思う所が有って、ナナさんも呼んで貰う事にした。ちょっと、確かめたい事が有るしね。
「お待たせ、ナナさんを呼んできたよ」
「ハルカだけじゃなく、私に聞きたい事が有るって? まぁ、別に構わないけどさ。ただ、あまり長話にはしないでおくれよ。ブローチを調べないといけないんだから」
「すみませんナナさん、そんなにお手数は掛けませんから」
ハル兄の部屋に私、ハル兄、ナナさんの3人が揃った。さぁ、ハル兄にこれまでの事を話して貰わなきゃ。
「それじゃ、ハル兄。始めて」
「うん、分かった。とりあえず、順を追って話すね。ただ、細かい所まで言うと長くなるから、ある程度は省くよ」
「了解」
そして始まった、ハル兄の話。ハル兄が事故死してから何が有ったのか。
「まず、僕が死んだ後、気が付いたら真っ白な場所にいて、不思議な少女に会ったんだ。見た目は7~8歳ぐらいで真っ黒なゴスロリ服を着た、金髪縦ロールのやたら偉そうなね。そして、その少女は神を名乗って、一方的に僕を転生させたんだ」
うわ、何それ。一方的に転生させられたって。しかも、自称、神って胡散臭さ全開じゃない。すると、ハル兄は私の考えた事を読んだらしく、付け加える。
「あ、ちなみにその時の自称、神の少女だけど、その後、また会ってね。その際に、最高位の神の一柱、死神と名乗ったよ。調べた所、本物だったよ」
「また会ったの?! しかも、最高位の神で死神って! 大丈夫だったの?」
ハル兄が自称、神に再会。しかも死神なんて、明らかにヤバい神だったなんて。
「心配いらないよ彼方。見ての通り、無事だから。話を続けるよ。死神に転生させられた結果、僕は今の姿になった。で、送り込まれた先が、ここ、ナナさんのお屋敷だったんだ」
ここでナナさんが話に加わる。
「いや、あの時はびっくりしたね。幾重にも防衛術式を施してある私の屋敷に突然、ハルカが現れたんだからね。これが私とハルカの初めての出会いさ」
再び、ハル兄。
「そして、ベッドの上で気が付いた僕はナナさんと話をして僕が転生した事、ここが異世界である事なんかを知ったんだ。更には元の世界に帰れない事も……。で、異世界での行く当てが無くて困った僕はナナさんに頼んで、メイド兼、弟子として働く事になった。それからはナナさんの元、メイドの仕事をしながら、魔法と武術の稽古を付けて貰う日々を送っていたよ。全ては異世界で生きていく為に」
「転生者ってのは、色々な意味で狙われるのさ。極めて希少な存在の上、大抵、特殊な能力を持っている。その手の連中からすれば、まさに生きたお宝さ。どんな手を使ってでも手に入れようとする。後は化け物扱いされたりね。ま、力を得た事に浮かれて自滅する奴も多いけど。ハルカが真面目な性格で良かったよ」
「……色々、大変だったんだねハル兄。でも、生きていてくれて良かった。それとナナさん、ハル兄をお屋敷に置いてくれてありがとうございます」
「……ふん。まぁ、役に立ちそうだったしね」
ハル兄とナナさんから、最初の頃の話を聞き、ハル兄をお屋敷に置いてくれたナナさんにお礼を言う。もし、ナナさんがハル兄を放り出していたら、どうなっていたか……。
「まだ続くよ。僕の誕生日の7月7日にナナさんがお祝いのパーティーを開いてくれたんだ。その時にクローネさん、ファムさんと知り合った。誕生日プレゼントも貰ったよ。僕の使っているこの二本一対の小太刀「氷姫・雪姫」はナナさんからのプレゼントなんだ。最初は短剣だったんだけど、進化して今の形になった。ちなみにそれ以降、更に稽古内容が厳しくなったよ。少し前から魔物相手の実戦をしていたけど、より強い魔物相手になったし」
そう言って、ハル兄が見せてくれたのは無色透明の刀身を持つ、二振りの小太刀。とても綺麗だけど、何か、不思議な感じ。というか、魔物相手の実戦してたの?! あの穏やかなハル兄が! 私はナナさんに食って掛かった。
「ナナさん! 貴女、ハル兄の師匠でしょう! ハル兄を殺す気ですか?!」
でもナナさんは悪びれもしない。
「実戦は良い経験になるからね。私の弟子になった以上、容赦はしないよ。それで死ぬなら所詮、その程度って事だし」
「でも!」
更に食って掛かる私をハル兄が止める。
「彼方、ナナさんを責めないで。ナナさんの言っている事は間違っていない。僕はもう、普通の人間じゃない。生きていく為にも、強くならないといけない。それに、ナナさんの弟子たる者、無様な姿は晒せないし」
「そういう事さ。甘くないんだよ、この世界は」
「……分かりました」
正直、納得は出来ない。でも、それがハル兄の現実。やっぱり、アニメやゲームみたいにはいかないんだ。
「次の大きな事件は8月。南に有る、大陸有数の危険地帯。巨大昆虫の住む魔蟲の森に実戦修行に行ったんだけど、そこで同じく実戦修行に来たミルフィーユさんと出会ったんだ」
うわ、また聞くからに嫌な場所。巨大昆虫なんて想像するだに気持ち悪い。ハル兄にはキツかっただろうな。虫嫌いだし。しかし、あのミルフィーユさん、そんな場所に来てたんだ。
「なんか、凄い場所での出会いね。文武両道が家訓と言っていたけど、ミルフィーユさんの家も本当に厳しい。侯爵家の御令嬢なのに。何か有ったらどうする気なんだか?」
ツッコミ所満載のハル兄とミルフィーユさんの初めての出会い。場所といい、そんな危険地帯に行く事といい、無茶苦茶。ハル兄も苦笑い。
「スイーツブルグ侯爵家は王国屈指の大貴族にして、魔道の名門だからね。まぁ、度々ミルフィーユさんから愚痴を聞かされているよ。やっぱり、色々とストレスが溜まるんだって」
「アニメやマンガみたいに好き勝手出来る訳じゃないんだ」
「そうだよ。貴族は確かに権力や財力が有るけれど、その分、責任や義務もともなう。いわゆる、ノブレス・オブリージュだね」
静かに語るハル兄。ノブレス・オブリージュ、確か貴族の務めか、義務って意味だっけ。庶民で良かった私。貴族なんてガラじゃないし。
「その後、スイーツブルグ侯爵家を訪ねて、ミルフィーユさんのお母さんにして、当主の侯爵夫人、執事のエスプレッソさん、メイド隊の皆さんと知り合ったんだ。ちなみにその頃、僕とナナさんはここじゃなく、北の海の孤島に暮らしていたんだけど、後に侯爵夫人のツテでここに引っ越してきた」
「私はともかく、ハルカにあの孤島は退屈だっただろうし、より多くの経験も積んで欲しかったからね」
ハル兄の話をナナさんが補足する。そこでふと、疑問。
「あの、ハル兄。引っ越しって言ってもどうやったの? 北の海の孤島でしょ? 空を飛んだの?」
対するハル兄の答えはこれまた無茶苦茶だった。
「それだけどね、侯爵夫人に土地だけ用意して貰って、ナナさんの魔法でお屋敷ごと今の場所まで空間転移、いわゆるテレポートをしたんだ。ナナさんは大魔法使いだと改めて思い知らされたよ」
「うわ、本当に無茶苦茶なやり方。でも凄い。ナナさんって本当に大魔法使いなんだ」
感心する私だけど、ナナさんは何だか不満顔。
「全く、ハルカといい、彼方といい、私を何だと思ってるんだい? 私は伝説の三大魔女の一角なんだよ。もうちょっと、尊敬してくれたって……」
ナナさんってあんまり尊敬されてないみたい。実力はともかく、普段の態度がねぇ……
「次は安国さんとの出会い。美味しいスイーツのお店が出来たと聞いて向かったお店で初対面。見た目が怖いから、ヤクザと勘違いしちゃってね……」
「あの見た目でパティシエだと言われても説得力がまるで無いしねぇ。あの時はさすがの私もたまげたね」
安国さんとの初めての出会いをしみじみと語るハル兄とナナさん。私も同感。見た目が怖いし。
「その後、安国さんに頼まれて古代のスイーツ、ゴールデンプリンの材料の朱雀の卵を手に入れる為に、僕、ナナさん、安国さん、クローネさんの4人で南に有る朱雀の棲み家、紅蓮島へと向かったんだ。途中、大海蛇絡みの事件が有ったりしたけど、無事、朱雀の卵を持ち帰る事が出来たんだ。でもね……」
何やら歯切れの悪いハル兄。
「でも……何なの?」
「ゴールデンプリンはそもそもが失敗作だったんだ。作ったは良いけれど、金色の炎を噴き出して食べられないんだ。結局、ナナさん特製のオーブンの火力源に使われる事で解決したけど」
「素材にこだわり過ぎて逆に失敗したのさ。レシピを考えた当時のシェフはバカだね。過ぎたるは及ばざるが如し。まさにこれさ」
その時の事を思い出したせいか、がっかり顔のハル兄と呆れ顔のナナさん。せっかく材料を手に入れたのに失敗作だったというのは酷い。
「まぁ、ゴールデンプリンを組み込んだオーブンのおかげで、より美味しいスイーツが作れる様になって、安国さんのお店は前にも増して繁盛しているから、結果オーライだね。さて、次だけど、今年起きた事件の中では僕の事故死と並ぶ大事件だよ」
それまでとは雰囲気を一変させるハル兄。見ればナナさんも苦虫を噛み潰した様な顔をしている。ハル兄の事故死と並ぶ大事件。一体、何だろう? 私はハル兄の言葉を待つ。そしてハル兄が言った言葉。
「僕、邪神に拐われたんだ」
思わず、我が耳を疑う。は? 邪神に拐われた?
「ちょっと待って! それ、シャレになってない! ヤバ過ぎ! っていうか、ナナさん何してたの? 役立たず!!!」
ナナさんに掴み掛かろうとしたけれど、ハル兄に止められる。
「やめて、彼方。ナナさんは悪くない。この事件に関しては、あまりにも相手が悪過ぎた、強過ぎた。あれはどうにもならなかったんだ」
「認めたくないけど、ハルカの言う通りさ。あいつは正真正銘の化け物だ。伝説の三大魔女と呼ばれる私すら全く歯が立たなかった。完敗だったよ。本当に、よく生きているよ。あいつがその気なら、私もハルカもとっくにあの世行きだったね」
ナナさんも悔しそうに話す。ちょっと……伝説の魔女のナナさんが全く歯が立たなかったって、どんな化け物なのよ?
「ねぇ、ハル兄。その邪神どんな奴なの? 伝説の魔女のナナさんが敵わないなんて無茶苦茶、強いじゃない」
やっぱり、物凄い姿の化け物なのかな? 見たくないなぁ……。想像してみてビビる。そこへハル兄が質問に答えてくれる。
「名前は邪神ツクヨ。本名は黒乃宮 月夜。見た目は20歳ぐらいの綺麗な女性だよ。もっとも、中身はナナさんの言う通り、化け物だけど……」
「ほら、画像を出してやるよ。こいつが邪神ツクヨさ」
ハル兄の話に続けてナナさんが邪神ツクヨの画像を出してくれた。いわゆる、立体映像だ。そこにはハル兄の言う通り、20歳ぐらいで長い黒髪をポニーテールにし、真紅のチャイナドレスを着た綺麗な女性の姿が有った。う~ん、見れば見るほど、美人ね。艶やかな長い黒髪。吊り気味の切れ長の目、ルビーの様な瞳。透き通る様な白い肌。何より、抜群のプロポーション。おのれ、巨乳、許すまじ。母さんもクー姉も大きいのに、何で私だけ……。
あまりにもガン見していたせいか、ハル兄に声を掛けられる。
「どうしたの、彼方?」
「あ、ごめんハル兄。つい、憎らし……ううん、何でもない。話を続けて」
「うん、邪神ツクヨに拐われて別の世界に連れていかれて、そこでツクヨと行動を共にしている元、勇者のイサム。ツクヨの従者の少女、コウと出会った。幸い、僕はツクヨに気に入られたらしくてね。危害は加えられなかったよ。迷惑は掛けられたけど」
「相変わらず、人気者ねハル兄。邪神にまで気に入られるなんて。後、なぜ元、勇者が邪神と一緒にいるのよ?」
ハル兄の変わらぬ人気者ぶりに感心しつつ、疑問に感じた事を聞いてみる。
「イサムはかつて、勇者としてツクヨを討伐しにきたものの、返り討ちにあった。でも、僕同様、ツクヨに気に入られて今に至るんだって」
「変わった邪神ね~」
「僕もそう思う。でも、おかげで殺されずに済んだし。でも、その後、また大事件が起きたんだ」
「また?!」
ハル兄が邪神ツクヨに気に入られて、一安心と思っていたら、急展開。今度は何?
「ツクヨに恨みを持つ、アルカディア軍という組織が襲撃してきたんだ。そして僕達は捕まって、アルカディア軍本部へと連行された。あの時はもう、駄目だと観念したよ」
邪神に続いて、軍の襲撃ってどれだけハードな展開なのよ? それにしても、本当にハル兄、よく生きてるね。普通、死ぬでしょ?
「でも、今ハル兄がいるって事は助かったんでしょ?」
「そういう事。ツクヨが助けてくれたんだ。もし、ツクヨが助けてくれなかったら、今、ここに僕はいなかった」
「つくづく、変な邪神ね~。ハル兄を助けてくれるなんて。悪い事をするのが邪神のはずなのに」
「ツクヨは言っていたよ。悪事を働くのが邪神の務め。でも邪神が真面目に務めを果たすのはおかしい。だから自分は務めを果たさないって。酷い屁理屈だよね」
本当、ハル兄の言う通り、酷い屁理屈を展開する邪神ね。何、考えてるんだろう?
「ツクヨ達のおかげでアルカディア軍は壊滅。捕まっていた他の少女達を連れて、ツクヨポリスという所に僕達は移動した。ここでナナさん達が助けに来てくれたんだ。そして、ツクヨ対ナナさん達の戦いが始まった」
「どうなったの?」
邪神対、伝説の魔女。まるでアニメやゲームの様な話。それに答えてくれたのはナナさん。
「私の話を聞いてなかったのかい? 言ったろ、完敗だったと」
心底、嫌そうな顔のナナさん。じゃあ、どうなったの? そこへ再びハル兄が話してくれる。
「ミルフィーユさんがツクヨにババ抜きで挑んで勝って、決着が付いたよ。ツクヨは勝負の仕方までは言わなかったし。こうして僕達は帰ってくる事が出来た」
「いい加減な邪神。でも、おかげで帰ってこれたんだから。他には何か無いの?」
「最後はナナさんの作った栄養ドリンクのせいで僕が赤ちゃんになった事かな。昨日、やっと戻れたよ」
すると、凄い勢いで目線をそらすナナさん。
「ナナさん! 何やってるんですか、貴女は!」
「あれは私も想定外だったんだよ! だいたい、ハルカが勝手に栄養ドリンクを飲むのが悪いんだろう!」
怒る私に反論するナナさん。そこへハル兄が更に反論。
「そもそも、ナナさんが部屋をきちんと整理整頓していれば良かったんですけど?」
「私が悪かったよ。頼むからあんまり責めないでおくれよ」
ナナさん、ハル兄に叱られるのが苦手みたい。ハル兄、怒ると怖いしね。そして、ハル兄が話題を変える。
「長話になってごめんね。とりあえず、大きな事件に関してはこんな所かな」
「うん、本当に長かった。でもハル兄、よく生きてるね。心底、感心したよ」
これは一切の偽りの無い私の本心。さて、そろそろ私の方の用件を済ませなきゃ。
「それじゃ、今度は私の番ね。ナナさん、ちょっとお願いが有るんですけど?」
「なんだい?」
「ナナさん、眼鏡を持っていませんか? 細いフレームの奴。後、女性用のスーツ」
「まぁ、持っているけどさ」
「じゃあ、着替えてください。眼鏡も掛けてくださいね」
「……分かったよ。ちょっと、待ってな」
一旦、部屋を出るナナさん。そこへハル兄が私に話しかける。
「何がしたいの、彼方?」
「すぐ分かるよ」
ハル兄に返事をし、しばらく待つ。やがて、ナナさんが戻ってきた。ちゃんと黒ジャージから、紫色のスーツ姿に着替え、眼鏡も掛けている。
「これで良いかい?」
「はい、結構です。それじゃ、こっちに来てもらええます? 仕上げをするので。ハル兄、櫛が有るでしょ、貸して」
「はい、これ」
「ありがとう。ナナさん、じっとしてくださいね~」
「全く、さっさとして欲しいね」
ハル兄から、櫛を受け取り、ブツクサ言うナナさんの髪に櫛を入れ、髪型を整える。『私とハル兄が良く知っている髪型に』。それはさほど時間を掛けずに出来上がる。
「よし、出来た! お待たせしましたナナさん、終わりましたよ」
「あんまり面倒な事は御免なんだけどね」
「まぁまぁ、そう言わずに」
面倒くさそうなナナさんをなだめながら、ハル兄を見る。あ、さすがに気付いたか。
「…………母さん?」
眼鏡を掛け、髪型をアップにして、スーツを着たナナさんの姿。それは私達の母親そっくりだった。最初に会った時点で、どこかで見た様な顔だと思っていたけれど、その内、ピンと来たんだよね。母さんそっくりだって。そして、この反応から見るに、ハル兄、気付いてなかったね。
「ふん、私はまだ独身だよ。妊娠も出産もしてないよ。単なる他人の空似さ」
母親呼ばわりは嫌らしいナナさん。しかし、ここまで似てるとはね。
「ハル兄、その様子だと気付いてなかったね。本当に、天然なんだから。そういう所、全然変わってないね」
「彼方、いつから気付いていたの? 僕、全然、気付かなかったよ」
「あのさ、バレバレじゃない。そりゃ、眼鏡の有無やら、髪型やら、服装やら、違いは有るけど」
以前と変わらないハル兄の天然ぶりに呆れる私。しっかり者に見えて、変な所で抜けてるんだから。おっと、ナナさんにやってもらいたい事が有ったっけ。
「ナナさん、もう1つお願い出来ます?」
「まだ有るのかい? これ以上、面倒事は嫌だよ」
露骨に嫌そうな顔をされるけれど、ここは譲れない。
「簡単な事ですから。ハル兄の頭を撫でてあげてください。ウチの母さんは私達を褒める時にはいつもそうしてくれたんです。ほら、今日のパーティーのご馳走に対するご褒美としてお願いします」
私達が小さい頃、母さんがよくしてくれた事、そして、ハル兄が好きな事。
「ふ~ん、そうなのかい? まぁ、それぐらいなら良いさ。確かに今日のご馳走は旨かったしね。よし、ハルカ、こっち来な。ご褒美に頭を撫でてやるよ」
私の話を聞いて乗り気になったらしいナナさん。さっそく、ハル兄を呼ぶ。でも、ハル兄は子供扱いが嫌らしい。
「ナナさん! 僕、子供じゃありません!」
大声を張り上げるけれど、ナナさんは気にしない。
「へぇ、そうかい。せっかく、褒めてあげようと思ったのにさ。いや~残念、残念。話も済んだみたいだし、私は部屋に戻るかね」
意地悪な笑みを浮かべて帰ろうとする。
「…………待ってください。せっかくだからお願いします」
「よしよし。ほら、おいで」
「はい」
やっぱりナナさんの方が一枚上手。後、やっぱりハル兄はマザコン。ナナさんに頭を撫でてもらって嬉しそう。本当に、ハル兄は変わらないなぁ。
しばらくナナさんはハル兄の頭を撫でていたけれど、適当な所で切り上げる。
「さて、今度こそ私は部屋に戻るよ。あんたらはさっさと風呂に行きな」
「「はい」」
長話をしたせいで、すっかり夜もふけていた。早くお風呂に入ってさっぱりしたい。今日はよく働いたしね。
「そうそう、風呂に入るなら2人まとめて入りな。女同士なんだから、何も問題無いだろう?」
部屋を出る間際、そう付け加えるナナさん。
「ちょっと、ナナさん!」
その言葉にまたも大声を張り上げるハル兄。
「せっかく再会したんだ。2人でゆっくりくつろぎな。それにね」
ナナさんは一旦話を切る。
『明日中には彼方。あんたを元の世界に送り返せる』
ナナさんが告げたのは、元の世界への帰還。
「それじゃ、行くよ」
そしてナナさんは部屋から出ていった。明日中には元の世界に帰れる。でも……。
私はハル兄の顔を見る。なんだか複雑そうな顔をしていた。そんなハル兄が口を開く。
「彼方、とりあえず、お風呂に行こう。ここのお風呂はとっても良いお風呂なんだよ。案内するから付いてきて」
何かから目を背けるかの様に言うハル兄。
「うん」
私もそれだけしか言えなかった。そして2人でお風呂に向かう。さっぱりしたいはずなのに、胸のつかえは取れなかった。帰れるメドが立ったのに……。
2014年最後の投稿となります、僕と魔女さん、第六十八話をお届けします。早めに投稿すると書いておきながら、1ヶ月近くかかった上、この話で彼方編を終わらせるはずが、次回に持ち越しになってしまいました。申し訳ありません。
さて、今回、ハルカはナナさんが母親そっくりであるとやっと気付きました。彼方は早めに気付いていましたが。彼方は持ち前の鋭さで、どうせ兄はナナさんが母親に似ている事に気付いていないと察し、今回の一件を起こしました。言うなれば、彼方からハルカへのクリスマスプレゼントです。ハルカがマザコンな事も知っていますし。
最後に、この駄作がついに、ブックマーク登録数800以上を達成しました。読者の皆さんに深く感謝します。
では、また次回。