第63話 再会、兄(姉?)と妹
ハルカside
正直、目の前の光景が信じられなかった。なぜ、妹の彼方がここに? 疑問は尽きないけれど、今はそれどころじゃない。彼方は大丈夫なの? 僕は彼方を抱き上げているナナさんに聞く。
「ナナさん! 彼方は大丈夫ですか? どこかケガとかしていませんか?」
何があったのかは分からないけれど、彼方にもしもの事が有ったら……。心配する僕にナナさんが答えてくれる。
「安心しなハルカ。調べたけど、別に異常は無い。単に気を失っているだけさ。しばらくすれば気が付くだろう」
その言葉を聞いて、胸を撫で下ろす僕。
「良かった……。とりあえず、僕のベッドに寝かせてあげてください。あまり移動させない方が良さそうですし」
「分かったよ」
ナナさんは彼方をお姫様抱っこで抱き上げ、僕のベッドに寝かせる。
「う~ん、さすがはあんたの妹だけあるね。実に上玉じゃないか。じゅるり……」
眠っている彼方を見ながら、何やら不穏当なセリフを吐くナナさん。……魔力発動。
シャキン!
「あんまりふざけた事を言うと怒りますよ?」
「ゴメン! 私が悪かった。頼むから、氷クナイは引っ込めて!」
全くもう、ナナさんはこれだから。ガチ百合なのは分かっているけど、さすがに大事な妹をいやらしい目で見るのは許せない。
「ところでさ、ハルカ。早く朝飯を作っとくれよ。私、腹が減ったんだけど……」
「悪いですけど、僕は彼方が起きるまで見ていますんで、パンでも焼いて食べてください。それぐらいなら出来るでしょう?」
「えぇっ?! そりゃあんまりじゃないかい? 私はハルカの作ってくれた朝飯が食べたいんだけど……」
「文句を言わないでください。それより、早く着替えてください。いつまでも全裸じゃ困ります。僕、嫌ですよ。妹に師匠を露出狂の変態呼ばわりされるのは」
「本当に冷たい……。私の立場って……」
寂しそうにとぼとぼ去っていくナナさん。ちょっと言い過ぎたかな? でも今は彼方の事が優先。僕はベッドで眠る彼方を見守る。
「彼方……」
彼方side
「う……あれ? ここは?……」
最初に視界に入ったのは見知らぬ天井。さらにそこへ知らない声。
「あ、気が付いたんだね。良かった」
声のした方を向くと、ストレートロングの銀髪とサファイアブルーの瞳をしたメイドさんが、椅子に座って私を見ていた。だが、その時、不思議な事が起きた。一瞬、メイドさんにハル兄の姿がだぶって見えた。
「ハル兄?!」
あわてて、もう一度メイドさんの姿を見たけれど、やっぱりハル兄とは別人。……気のせいか。死んだハル兄がいるわけない。ただ、メイドさんが何だか驚いていたけど。
「あの、大丈夫? どこか痛い所とかは無い?」
私を心配したらしいメイドさんが聞いてきた。
「あ、すみません。大丈夫です。痛い所とかも無いですから。あの、ところで、聞きたいんですけど、ここはどこですか?」
私は何があったか、覚えている限りの事を思い出す。確か自分の部屋で着替えていて、昨日買ったブローチを手にした後、クローゼットを開けたら、その中の『闇』に吸い込まれて……。気が付いたらここにいた。一体、どうなっているの? 状況を把握できない私にメイドさんが答えてくれた。
「ここはアルトバイン王国の首都。通称、王都。で、この屋敷は魔女のナナさんの屋敷だよ」
は? アルトバイン王国? 魔女のナナさん?
ちょっと待って、ちょっと待って。一体、何言ってるの、このメイドさん。アルトバイン王国なんて聞いた事が無いし、しかも魔女って。もしかして、このメイドさん痛い人? 黄色い救急車を呼ぶべきかな? そんな私の心の中を察したらしいメイドさん。
「まぁ、信じられないのは分かるけど、本当の事だよ。とりあえず、窓から外を見てみたら? 少なくとも、君の元いた場所とは違うと分かるはずだよ」
言われて、ベッドから降りて窓から外を見てみる。
………………どうしよう? 本当に知らない場所だ。何、ここ? 見た目は外国っぽいんだけど、良く見たら、剣とか持っている人とか、さらには動物っぽい人までいるんだけど。最近、ファンタジー物のRPGをやっているせい? 夢にしてはリアルなんだけど?
「言っておくけど、夢じゃないよ。れっきとした現実だよ」
あの、心を読まないでくれます、メイドさん。それと現実逃避をあっさり叩き潰してくれて、本当にありがとうございます。
うぅ、認めたくないけれど、認めるしかないみたい。どうやら私は異世界に来てしまったみたい。どうしよう? このままじゃ、母さんやクー姉と離ればなれに。助けてよ、ハル兄!
ハルカside
「あの、本当に大丈夫?」
やっぱりショックだったらしい彼方。すっかりふさぎこんでしまった。無理も無いよね。僕も異世界に飛ばされたと知った時はバニックになりかけたし。ナナさんに相談しようかな? そう思っていたけれど、何とか持ち直したらしい。
「すみません、大丈夫です。そういえば、名前を言っていませんでしたね。私は天之川 彼方と言います」
自己紹介してくれる彼方。どうしよう? 無視する訳にはいかないし。かといって、「ハルカ・アマノガワ」と名乗ると色々言われそうだし。う~ん。悩んでいると、部屋に乱入者。
「ハルカ~、やっぱり何か作っとくれよ。パンだけじゃ物足りないよ」
ナナさん、貴女って人は……。思わず頭を抱える僕。彼方にどう言おうか悩んでいたのに、全てぶち壊し。
「ハルカ? メイドさんの名前、ハルカって言うんですか?!」
ほら、彼方が食い付いてきたし。とりあえず、ナナさんと念話で話す。
(ちょっと、ナナさん! どうして僕の名前を言っちゃうんですか!)
(そんな事言われたって。つい普段のノリで。でもさ、いつまでもごまかしは効かないだろ? 孤島に住んでいた頃ならともかく、今は王都に住んでいるんだ。まさか、会う人全てに口止めする気かい?)
(それは……)
(覚悟を決めな。ごまかし切れないなら、堂々と名乗る。下手にこそこそしてると余計怪しまれる。それに死んだ人間が生まれ変わったなんてホイホイ信じる程、あんたの妹は痛い子かい?)
(……分かりました)
ナナさんの言う通り。孤島に住んでいた頃ならともかく、王都に住んでいる以上、いつまでもごまかし切れない。
「うん、僕の名前はハルカ・アマノガワ。よろしくね」
「へぇ、ハルカ・アマノガワね……」
あぁ、やっぱり疑われてる……。そりゃそうだよね。死んだ兄と同姓同名なんだから。まぁ、性別や見た目は違うけど。そんな気まずい空気を吹き飛ばしてくれたのはナナさん。
「ちょっと、私の事を無視しないでくれるかい?」
言われて彼方はナナさんに意識を向ける。
「あ、すみません。別に無視してた訳じゃ……」
謝る彼方にナナさんは名乗る。
「まぁ、良いさ。私はナナ。この屋敷の主で魔女さ。更に言うと、ハルカの保護者兼、雇用主兼、師匠。で、あんたの名前は?」
「私は天之川 彼方と言います」
「そうかい、彼方かい」
彼方の名前は既に知っているのに、さも初めて聞いた様な態度のナナさん。さすがです。そんな中、鳴り響いた音。
「グゥ~~……」
発生源は彼方のお腹。そういえば早朝だったし、下着姿の所を見ると、まだ朝ごはんを食べていないみたい。当の彼方は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしている。
「えっと、その……私、まだ朝ごはんを食べてなくて……」
消え入りそうな声の彼方。突然、知らない場所に飛ばされ、見知らぬ人と出会い、挙げ句、空腹ときたら、辛すぎる。ならば、僕のするべき事は……。
「ねぇ、朝ごはんを一緒に食べない? まだ食べていないんでしょ? 大丈夫、味には自信が有るから。それと、ナナさん。彼方……さんに着替えを出してあげてください。いつまでも下着姿じゃあんまりですから」
「あの……良いんですか? 私、他人ですよ?」
恐る恐る聞いてくる彼方に僕は答える。
「良いよ。彼方……さんは悪い人とは思えないし。それに困っている人は放っておけないよ」
「……ありがとうございます。ハルカさん」
深々と頭を下げてお礼を言う彼方。対して、ナナさん。
「あのさ、ハルカ。私とその子で扱いに差が有りすぎないかい? あんた、私にはパンを焼いて食えって……」
「何か文句でも?」
「ごめんなさい!」
とりあえず、黙らせました。さて、早く朝ごはんを作らなきゃ。
彼方side
「それじゃ、僕は朝ごはんを作るから。ちょっと待っててね。ナナさん、彼方さんに合う服をお願いします。間違っても変な事をしないでくださいね。したら、怒りますよ?」(ニコリ)
「しない!しない! 絶対にしない! だからその笑顔やめて! 怖いから!」
ナナさんに後を任せ、更に釘もきっちりと刺して部屋を出ていったハルカさん。確かにあの笑顔は怖かった。目が笑ってないし。するとナナさんが話しかけてきた。
「さて、彼方だったね。とりあえず、これを着な」
そう言うと突然、何も無い空中からメイド服を出してきた。その光景に思わず目を疑う。
「あ、あの! 今、空中から服を出しませんでした?!」
驚いて尋ねると、ナナさんはさも当然といった態度で答えた。
「あんた、人の話を聞いてないのかい? 言ったはずだよ、私は魔女だって。これぐらいハルカも出来るよ」
「そうなんですか……」
魔女か。確証はまだ無いけどね。手の込んだ手品かもしれないし。とにかく今は着替えよう。いつまでも下着姿は嫌だし。
「それより、さっさと着替えな。サイズは合っているから問題無いよ。私は見ただけでその相手の服のサイズが分かるからね」
「あ、はい」
ある意味凄い特技を持っているね、この人。実際、メイド服のサイズは私にぴったりだった。メイド服なんて初めて着るけど。そんな私を見ながらナナさん。
「うんうん、やっぱりメイドは良いねぇ。そそるねぇ、じゅるり……」
何やら不穏当な事を言い出した。両手をワキワキと動かしてるし。その動き、凄くいやらしいんですけど? 更によだれまで垂らしてるんですが? もしかしてこの人、百合の人? っていうか、私、貞操の危機?!
「うるさいハルカはキッチンだし、ちょっと味見をするぐらい……」
よだれを垂らしながら、にじり寄ってくるナナさん。ちょっと! 初めての相手が同性なんて嫌! 助けて! 母さん! クー姉!……ハル兄!! その思いが通じたのか、救いの声。
「何してるんですか? ナナさん」
ハルカさんが来ていた。同時に凍り付くナナさん。ギギギっと錆び付いたロボットみたいに後ろを向く。
「ナナさん、僕、言いましたよね? 変な事はしないでくださいねと」
「あ、いや、これは……その……」
思いっきり冷たい目でナナさんを見るハルカさん。そして、何とか言い訳しようとするナナさん。
「お仕置きです、白銀封柩!」
「ちょっと! 止めt……」
まさに一瞬。ナナさんの足元から白い霧みたいな物が出てきたと思ったら、ナナさんが首から下を氷漬けにされていた。その事に呆然とする私。明らかに通常ではありえない。
「全く……。気になって来てみれば……。ナナさんがバカな事をして、ごめんなさい。着替えたみたいだし、一緒に行こうか」
首から下を氷漬けにされたナナさんを放置して謝罪するハルカさん。まぁ、ハルカさんのおかげで助かったけど、この人容赦無い。逆らわないのが賢いね。
「あ、はい」
ハルカさんに返事をして、一緒に部屋を後にする。
「ちょっと! ハルカ! 出しとくれよ! 私を置いていくんじゃないよ! っていうか、冷たい~~!!」
後ろから聞こえてくるナナさんの叫び声はとりあえず、スルーの方向で。
「ごめんなさい。大した物が作れなくて」
「いえ、そんな事ないですよ。これで十分です」
ハルカさんに案内されて来たダイニング。テーブルの上には2人分の朝食。ご飯に味噌汁、だし巻き卵、漬物。異世界のはずなのに純和風のメニュー。でも美味しそう。正直、不安だったんだよね。だって異世界だもの。相手に悪気が無かったにしても、私が食べられる物かどうか分からないし。見るからにゲテモノとか、人間には有害とか。でも、この朝食は見た目や匂いは問題無し。後は食べても大丈夫かと、味ね。ハルカさんは味には自信が有ると言っていたけれど……。
「遠慮はいらないよ。ほら、座って。あ、食べられるかどうかなら、大丈夫。安心して。さ、冷めない内に召し上がれ」
またしても私の心の内を読んだらしい、ハルカさん。席に着いて朝食を摂るよう促す。……そうね、せっかくハルカさんが作ってくれた朝食だもの。何より、ハルカさんは信頼出来る良い人だと思う。私が席に着いたのを見て、ハルカさんも席に着く。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
ハルカさんが両手を合わせて、いただきますを言い、私もそれに続く。異世界でもやるんだ、これ。で、まずは、だし巻き卵を一口。その時、私はとてつもないショックを受けた。美味しいのもあるけど……。
『ハル兄の味にそっくり』
この出汁の効いた味とふっくらしっとりした食感。私がどんなに真似しようとしても出せなかった。それをなぜ、ハルカさんが作れるの? 更に味噌汁もハル兄を思い出させる懐かしい味。
思わずテーブルを挟んで向かいの席に着くハルカさんを見てしまう。
「あの……どうしたの? 僕の顔に何か付いてる?」
私に見られている事を気にしたらしく聞いてくるハルカさん。しまった、人の顔をじろじろ見るなんて失礼だよね。
「あ、すみません。えっと、この朝ごはん、凄く美味しいですね」
とりあえず、朝ごはんの味を褒めてお茶を濁す。実際、美味しいし。
「良かった。喜んで貰えて。あ、おかわりは遠慮なく言ってね」
笑顔で答えてくれるハルカさん。その時、またしても不思議な事に、ハルカさんの笑顔にハル兄の笑顔がだぶって見えた。もちろん、それは一瞬の事。もう一度見たら、やはりそこにいるのはハル兄ではなく、銀髪碧眼の美少女メイド、ハルカさん。
不思議な人だなぁ。なぜかハル兄を彷彿とさせる。まぁ、それはそれとして、私はやるべき事が有る。私はハルカさんを真正面から見ながら言う。
「ハルカさん!」
「何?」
優しい微笑みを浮かべるハルカさん。
「おかわりお願いします!」
私は空になったお茶碗を差し出した。だって、ハルカさんの作った朝ごはん、美味しいんだもの。
ついに再会しました、ハルカと彼方。しかし、ハルカとしては複雑。一度死んで生まれ変わったなどとぶっ飛んだ話を言える性格ではないですから。
一方、彼方は、ハルカに対して疑念を持ってはいます。なにせ、同姓同名な上、料理の味もそっくり。いくらなんでも出来すぎと。とはいえ、ハルカが兄の生まれ変わりとまでは思っていません。正確には疑ってはいますが、さすがにそれはないかと思っています。ナナさんが言ったように、生まれ変わりなんて事をホイホイ信じる痛い子ではないので。
さて、再会した兄(姉?)と妹。どうなる事でしょう?
では、また次回