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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第60話 ナナさん家の赤ちゃん大騒動 その五

 いやはや、なんとも困った事件ですな、これは。長き時を生きてきましたが、まさか、この様な事件に出くわすとは。


 ナナ殿が以前作ったものの、押し入れの中に放置していた栄養ドリンク。長時間に渡り放置された結果、変質してしまったそれをハルカ嬢が飲んでしまい、いかなる反応が有ったのか、なんと赤ちゃんになってしまいました。


 当初、ナナ殿は自分で面倒を見ると言っていましたが、残念ながらナナ殿に育児スキルは皆無。任せていてはどうなるか分かったものではありません。将来有望なハルカ嬢にもしもの事が有っては一大事です。そこで私、エスプレッソは奥方様より許可を頂き、またファム殿からも様子を見てきて欲しいと頼まれた事も有り、参上した次第。


 さて、現在、12月22日の午前6時。私はキッチンにて、朝食の準備中。昨日買い物を済ませましたし、食材は十分。今朝は何にしましょうか? ハルカ嬢は朝は和食派でしたからな。ここはハルカ嬢に習って和食にしましょう。そうと決まれば即、作業開始です。ご飯は昨夜の残りが有りますし、後は味噌汁を作って、魚の開きの一夜干しを焼きますか。侯爵家では作らないメニューだけになかなか新鮮な気分ですな。






「……あ~、朝飯かい?」


 時間は流れて、午前7時。ナナ殿が起きてきました。珍しい事も有るものですな。いつもハルカ嬢に起こされているそうですから。しかし、その格好たるや……。


「おはようございます、ナナ殿。ですが、1つ言わせて頂きたい。服を着なさい」


「朝っぱらからうるさいね。別にいいだろ、減るもんじゃ無し。 全く……ハルカ、あんたが夜泣きばっかりするからさっぱり眠れなかったじゃないか。眠いったらありゃしない……」


 ナナ殿は全裸でハルカ嬢を抱いて登場。ハルカ嬢の夜泣きのせいで満足に眠れなかった様ですな。目の下にクマが出来ていますし、足元もふらついております。それでも抱いているハルカ嬢を落とさないのはさすがですが。


「全く、貴女も女性なのですから、少しは恥じらいという物を身に付けられてはいかがですかな? いや、貴女にそんな物期待するだけ無駄ですな。それよりナナ殿、朝食は出来ていますので、食べ終えたら仮眠を取られてはいかがです? ハルカ嬢の面倒は私が見ますので。そんなふらついた状態でハルカ嬢に何か有っては一大事ですからな」


「……そうさせて貰うよ。本当に眠い……」


 う~む、これは重症ですな。以前のナナ殿なら、睡眠不足など物ともしなかったのですが。やはりハルカ嬢と一緒に暮らす事で普通の人間と同様の生活リズムになった様ですな。まぁ、以前が異常過ぎたのですが。オンラインゲームの為に1ヶ月徹夜したとか聞きましたしな。とりあえず、今は朝食です。






「それでは、いただきます」


「いただきます」


 テーブルを挟んでナナ殿と向かい合っての朝食。ハルカ嬢はやはり、ナナ殿の無駄に発達した乳房に吸い付きミルクを飲んでいます。ちなみに今回は、赤ちゃん用の粉末ミルクを使いました。


「普通のミルクと違って、粉末ミルクは保存が利きますからな。あまり言いたくありませんが、ハルカ嬢がいつ、元に戻るか分からない関係上、長期戦も見据えておきませんとな」


「早く元に戻って欲しいんだけどね、私は」


「それは私も同じですよナナ殿。さて、ハルカ嬢はミルクを飲み終えた様ですし、私が預かりましょう。ナナ殿は早く朝食を済ませて休んでください。家事は私がやりますので」


「そうさせて貰うよ。さっさと食って寝よう。はぁ、ハルカの作った飯が食べたいよ……」


 睡眠不足が相当堪えているらしく、ノロノロと朝食を食べるナナ殿。終始、元気の無いまま自室へと帰っていきました。全くもって重症ですな。





「ふむ、洗い物は終わりましたな。次は洗濯にしましょう」


「ぱぱ、ぱぱ」


「あぁ、はいはい。もう少し待ってくださいハルカ嬢。用事が済んだら、遊んであげますから」


 ハルカ嬢をおんぶ紐でおぶった状態での家事。出来ればベビーベッドで寝かせておきたかったのですが、1人にされるのが嫌らしく、やむを得ずこの状態です。幸いわりとおとなしくしてくれていますが。


 しかし、懐かしいですな。スイーツブルグ家の歴代の方々をお世話していた頃を思い出します。最後はミルフィーユお嬢様でしたな。いや、世話の焼けるお子様でした。それに状況も状況でしたしな。ミルフィーユお嬢様がお産まれになられた17年前、この『王国』は東方の隣国である『帝国』との幾度目かの戦争の最中。終戦間近ではありましたが、本当に大変でした。旦那様より、奥方様や3人のお嬢様方の事を頼まれていましたしな。結果としては、『王国』と『帝国』は何度目かの痛み分けの終戦。私はお役目を果たし、無事、奥方様とお嬢様方をお守り出来ました。ですが、旦那様は帰らぬ人となられてしまいました……。






 私は今でも覚えています。旦那様が出陣された時の事を。旦那様はベビーベッドで眠る幼いミルフィーユお嬢様を愛しそうに覗き込んでいらっしゃいました。そして名残を振り切る様にその場を離れられました。


『エスプレッソ』


『は、何でございましょう? 旦那様』


『私の留守中は頼んだよ。妻と娘達を守ってくれ。私は家族さえ無事なら侯爵家の地位も権力もいらない。家族が私の一番の宝だ。だから頼む。スイーツブルグ侯爵家を300年近くに渡り支えてきたその力で、私の家族を守ってくれ』


 私に対し、深々と頭を下げて頼む旦那様。


『お顔を上げてください、旦那様。私はスイーツブルグ侯爵家に仕える執事。主を守るのは当然の務めにございます。不肖、エスプレッソ、必ず奥方様とお嬢様方をお守りいたします。ですから旦那様、貴方も必ず帰ってきてくださいませ。奥方様とお嬢様方。特に産まれたばかりのミルフィーユお嬢様の為にも』


 すると、旦那様は顔を上げられ、私の手を取られました。


『ありがとうエスプレッソ。やはりお前は最高の執事だ。分かった、私は必ず帰ってくる。娘達全員が結婚するのを見届けないとな』


『全くその通りでございます。では旦那様、御武運を』


『あぁ、お前もな。エスプレッソ』


 こう言って旦那様は部屋を出られました。そしてこれが、私が旦那様の元気なお姿を見た最後となったのです。






「あれから17年。平和ですな」


 洗濯物を干しながら、平和な今を思います。17年前の戦争を最後に『帝国』は沈黙を守っていますが、油断はなりませんな。とにかく野心と領土欲に満ちた国ですからな。


「ぱぱ?」


 おっと、これはいけません。どうも深刻な雰囲気を出してしまった様です。背中におぶったハルカ嬢が心配そうな声で呼びます。


「いえいえ、何でもありませんよ。さ、早く洗濯物を干してしまいましょう」


 今は目の前の仕事を片付けねば。衣服や下着。その他、色々有りますな。


「これはナナ殿の下着ですな。相変わらず、大胆なデザインを好まれますな」


 私が手にしているのは黒のレースのショーツ。透け透けですな。まぁ、ナナ殿らしいですが。


「で、これがハルカ嬢の下着ですか。いかにもハルカ嬢らしい可愛らしい下着ですな」


 ヒヨコのプリントのついた純白のショーツ。ハルカ嬢が大のヒヨコ好きなのは存じていますが、徹底していますな。


「さて、早く済ませてしまいましょう。他にもやる事は色々有りますからな」


 仕事は手早く、かつ丁寧に、正確に。それが私の信条なれば。






「さて、そろそろお昼ですな。どれ、ナナ殿の様子を見に行きますかな」


 洗い物、洗濯、掃除を済ませた後、ハルカ嬢に本を読み聞かせて過ごしていましたが、お昼時になりましたし、そろそろナナ殿を起こさないとなりません。ちなみにこの屋敷に有る本は百合物ばかりで読み聞かせには使えませんでした。昔、使った絵本を残しておいて正解でしたな。






「つくづく、恥じらいを知らない方ですな」


 場所は変わってナナ殿の部屋。入る前にノックしましたが、返事が無いのでまだ寝ていると判断し、静かに入りました。


 案の定、ナナ殿はベッドで寝ていましたが実に酷い状態。


 全裸で抱き枕を抱いて寝ていました。しかも、その抱き枕にはハルカ嬢のあられもない姿がプリントされていました。とどめに、ナナ殿は卑猥な寝言を言いながら、その抱き枕にむしゃぶりついていました。おかげで抱き枕はナナ殿の涎やその他色々な体液でびしょびしょの状態です。正直、引きましたよ。ドン引きです。


「まま……」


 あまりの異常ぶりにハルカ嬢も怯えと心配の入り交じった声を上げます。ここはさっさと起こしてしまいましょう。これ以上は見るに堪えないので。


「ナナ殿! いい加減、起きなさい! もうお昼ですぞ!」


「うへへへ……ハルカ……。あんた、すっかりいやらしい子になっちゃって……。大丈夫、すぐに気持ち良くしてやるからね……」


 ダメですな。この程度では起きませんか。それどころか、卑猥な寝言を続けていますし。ここはハルカ嬢に教わったやり方でいきますか。ま、ナナ殿なら死なないでしょうし。


 直後、ナナ殿目掛けて氷水が降り注ぎ、ナナ殿の悲鳴が響き渡るのでした。






「エスプレッソ! あんた私を心臓麻痺で殺す気かい?!」


 びしょ濡れの状態で怒鳴るナナ殿。いや、起き抜けから元気でいらっしゃる。実に結構な事です。


「いえいえ、滅相も無い。ただ、ハルカ嬢からこうすればナナ殿がすぐに起きると教わりましたので」


「ふざけるんじゃないよ! 起きて当たり前だろ! これで起きない方がどうかしてるよ!」


「まぁまぁ、ナナ殿落ち着いて。小皺が増えます。年齢を考えられる事です」


「大きなお世話だよ!」


 やれやれ、年増女のヒステリーは見苦しいですな。そろそろ話題を変えますか。


「それよりもナナ殿。昼食にしましょう。ほら、ハルカ嬢もお待ちかねですしな」


 ハルカ嬢は私がおんぶしていますが、ナナ殿の方に手を伸ばしています。やはり、ママが恋しい様です。


「ちっ、分かったよ。ちょっと待ってな。すぐに着替えるから」


 ナナ殿はそう言うと、普段の黒ジャージではなく、昨日のスーツに着替え、髪型もアップに。更には銀縁の眼鏡も掛けられました。要はハルカ嬢の母君と同じ格好ですな。


「とりあえず、ハルカが元に戻るまでは私が母親の代わりをしてやるさ」


「普段からその姿なら、世の男性陣が放っておかないでしょうな。ハルカ嬢もさぞ喜ばれる事でしょう。やはり、自分の保護者には身なりをきちんとして欲しいでしょうしな」


「……ふん。まぁ、考えておくよ。それより昼飯だよ。さっさとしな」


「全く。素直ではありませんな」


 ひねくれ者のナナ殿に苦笑しつつ、ナナ殿と共にキッチンに向かう私でした。






「へぇ、昼飯はパスタかい」


「あまり、重くない物にしようと思いまして」


 今日の昼食は、小エビのパスタにしました。昨日、良い小エビとパスタが買えましたからな。


「私は肉料理が食べたいんだけどね。小エビじゃ物足りないよ」


 作りもしないくせに、文句だけは一人前なナナ殿。こんな人に仕えているとは。ハルカ嬢の健気さに私はつくづく感心します。並みの人間なら、当に逃げ出していますな。しかもナナ殿、文句を言う割りにはしっかり食べていますし。


「エスプレッソ、おかわり。大盛りでね」


 ……ハルカ嬢。貴女は本当に素晴らしいお嬢さんですな。私でもこの傍若無人ぶりに耐えられるかどうか。


「ほら、早くおかわり!」


「有りません!」


 ふぅ、早くハルカ嬢に元に戻って頂きたいものです。






 時間は流れ、午後3時。ティータイムです。ナナ殿曰く、普段はハルカ嬢がお手製のお菓子を振る舞ってくださるそうですが、ハルカ嬢が赤ちゃんになってしまった現状、それは無理というもの。とりあえず、有り合わせのクッキーと私の淹れた紅茶を出しました。


「ふん、紅茶なんかより酒が飲みたいんだけどね」


「貴女は文句を言わねば何も出来ないのですか、ナナ殿」


「うるさいね。私の勝手だろ。ふぅ、ファムの奴、早く解毒剤を持って来ないかね」


「そればかりは、どうにもなりませんな。ファム殿を信じて待つしかないでしょう」


「分かってるさ、それぐらい。でも……」


 何やら、暗い雰囲気になってきたナナ殿。


「もし、ハルカが元に戻らなかったらと思うと……」


 挙げ句の果てには、とうとう両手で顔を覆って泣き出してしまいました。


「私のせいだ! 私がきちんと部屋の片付けをしていたらこんな事にはならなかった! ごめんハルカ、私のせいで!」


 私の目の前で自らの非を悔い、泣きじゃくるナナ殿。


 今のナナ殿を見て、かつて、破壊と殺戮、悪逆非道の限りを尽くし、『名無しの魔女』と呼ばれ、恐れ忌み嫌われた人物だと誰が思うでしょうか? 正直、かつて何度も戦った私ですら、驚きです。やはり、ハルカ嬢の影響でしょうな。


「ナナ殿、しっかりなさい!」


 泣きじゃくるナナ殿を見かねて、私は話しかけました。


「今さら起きてしまった事を悔いても何も始まりません。泣くぐらいなら、生活態度を改める事です。それにファム殿は私達の知る中で、随一の名医です。きっと解毒剤を作ってくださるでしょう。最悪、ハルカ嬢が元に戻らなかったとしても、その時はナナ殿、貴女が面倒を見なさい。貴女は良く言っているではありませんか。私はハルカの保護者だと」


 我ながら、一気に言い切りました。ですが、効果は有りました。ナナ殿は泣くのを止めました。


「……何だよ、偉そうに。あんたに言われるまでも無いよ。私はハルカの保護者なんだ。何が有ろうとハルカは私が育てる!」


 良かった。いつもの強気なナナ殿が戻ってきました。やはり、ナナ殿はこうでないと。弱気なナナ殿では調子が狂います。


「それでこそナナ殿です。さぁ、私達はやるべき事をやりましょう」


「あぁ、そうだね。……ハルカ、早く元に戻っておくれよ」


「キャッ♪キャッ♪」


 ナナ殿はハルカ嬢を抱き上げて話しかけ、ハルカ嬢は嬉しそうに笑っていました。可愛らしいですな。






 その後、夕食、入浴も済ませ、いよいよ就寝。ですが問題が一つ。ハルカ嬢の夜泣きです。


「どうしたもんかね? 2日連続、まともに寝られないのは嫌だよ私は」


「そうですな、何か対策を打ちませんとな」


 ハルカ嬢の夜泣き対策を考える私とナナ殿。ハルカ嬢が安心して熟睡出来る方法ですか……。当のハルカ嬢はナナ殿に抱かれて幸せそうな顔をしています。本当にナナ殿が大好きなんですな……それです! 閃きましたよ。


「ナナ殿。良い方法が有ります」


「何だい? エスプレッソ」


「それは……」






「すぅ……すぅ……。まま……」


「うまくいきましたな」


「そうだね。……本当に甘えん坊だねハルカは」


 ベビーベッドの中ですやすや眠るハルカ嬢を見守る私とナナ殿。私の考えた策が見事、功を奏した様です。


「ハルカが安心する事。それは私を身近に感じる事。でも、私がハルカを抱いて寝る訳にもいかないから、代わりに私の着ている服を掛けてやる。そうする事で、私の匂いを感じて安心出来るか。やるね、エスプレッソ」


「お褒めに預り、光栄ですなナナ殿」


「ふん、相変わらず気取った奴だね」


 そう言いながらも、ハルカ嬢を優しい眼差しで見つめるナナ殿。慈愛に満ちた姿です。


「エスプレッソ。あんたに少し、ハルカに関する話をしてやるよ」


「ほぅ、お聞かせ願えますかな?」


「とりあえず、リビングへ行くよ。ここじゃせっかく寝たハルカを起こしかねないからね」


「承知しました」






 場所は変わってリビング。向かい合う形でソファーに座る私とナナ殿。そしてナナ殿はハルカ嬢について話をはじめました


「あの子はさ、小さい時に父親を亡くしているんだよ。確か、10年前って言ってたね。元々、あまり身体の丈夫な人じゃなかったらしい。でも、家事全般がとても上手で、ハルカもそんな父親から家事を教わったんだと。ハルカの得意料理のだし巻き卵。元は父親の得意料理だってさ。ハルカは今は亡き父親をあんたに重ねて見てるんだろう。似てないけどね」


「なるほど。ですがナナ殿。私からも少し言わせて貰えますかな?」


「何だい? エスプレッソ」


「ハルカ嬢は私と貴女、2人揃っている事を喜んでおられる様です。ハルカ嬢は短い間しかご両親と過ごせなかった。それ故に擬似的とはいえ、両親が揃っている事が嬉しいのでしょう」


「私達を親扱いか。……そんな資格、私達に有るのかね? 過去に散々、罪を重ねてきたのにさ」


 自嘲するナナ殿。確かに否定は出来ません。事実ですからな。ですが、ここは敢えて言わせて頂きましょう。


「ナナ殿、確かに貴女のおっしゃる通り、私達は過去に多大なる罪を犯しています。それは決して消えません。ですが、ハルカ嬢は貴女を必要としています。貴女はこの世界において、ハルカ嬢の保護者であり、師匠。しっかりなさい」


「……そうだね。私はハルカの保護者にして、師匠。私の過去の罪は消えないが、ハルカには関係無い。ハルカを一人前に育て上げる事が私の務めだ」


 良かった。ナナ殿が持ち直されましたな。やはりナナ殿は過去の罪をハルカ嬢に対する負い目に感じておられますな。


「エスプレッソ。私は思うんだ。なぜ、死神はハルカを私の元に送り込んで来たんだろうってさ。他にも適役がいそうなもんだけどね」


「ナナ殿、それは死神のみぞ知る事でしょう。少なくとも私は死神の判断は間違っていないと思っております。ハルカ嬢とナナ殿が出会った事で今が有ります。ハルカ嬢は異世界で居場所を得、ナナ殿はとても楽しそうでいらっしゃる。ミルフィーユお嬢様も得難い親友にして、良きライバルを得られた。クローネ殿、ファム殿、安国殿、多くの方々に良い影響を与えている。素晴らしい事です」


「そうだね。あの子が来てから私は毎日が楽しいからね。本当に不思議な子だよハルカは。あれだけの『力』を持ちながら、歪みもせず素直な良い子だよ。これまで私が見てきた転生者はどいつもこいつも腐りきったクズばかりだったのにさ」


「全く、おっしゃる通り。オリ主などと訳の分からない事を口走り、理想も信念も無く、ただ欲望のままに『力』を振るい、最後は破滅する醜悪で愚劣極まりない者共ばかりですからな。ハルカ嬢と同じ転生者のカテゴリーに入れたくありませんな」


 転生者=クズというのが、私とナナ殿、いえ、転生者の存在を知る者達の認識です。事実、ろくな者がいませんでしたからな。確かに世界に新たな知識や技術をもたらしたりもしましたが、それ以上に世界に災厄を振り撒いてくれましたからな。17年前の戦争も『帝国』に入り込んだ転生者が黒幕でしたし。『私が始末しましたが』。


 それに引き換え、ハルカ嬢はなんと清らかな魂の持ち主か。私はハルカ嬢との初対面で転生者である事を見抜きましたが、それ以上にその清らかさに驚かされました。更にはナナ殿から、かつての邪悪な禍々しさが綺麗に失せていましたし。


 ハルカ嬢は人を良い意味で変えるお嬢さんですな。それは決して神より与えられた『力』ではないでしょう。ハルカ嬢の持って生まれた才能でしょうな。優しく清らかな心が人を変えてゆくのでしょう。全く、ある意味、恐ろしいお嬢さんです。周りの者達が続々と味方になるのですから。力ずくで他人を従わせる事しか出来ない輩には正に脅威以外の何物でもありますまい。


「さて、ナナ殿。そろそろ私達も休むとしましょう。ハルカ嬢がお待ちかねですぞ」


「そうだね、そろそろ寝るか。それじゃおやすみ、エスプレッソ。後はハルカが夜泣きをしない事を願うよ」


「おやすみなさい、ナナ殿。今夜はゆっくり休めるとよろしいですな」


「本当にね」


 そう言って、ナナ殿は自室に戻られました。さて、私ももう少し仕事を片付けたら、休むとしましょう。


 そしてファム殿、一刻も早く、解毒剤を完成させてください。そう願う私でした。



相変わらずの亀更新、第六十話をお届けします。今回は執事のエスプレッソ視点の話でした。


今回、少し過去について触れました。ハルカが家事全般を始めた理由、スイーツブルグ侯爵家の事。東の隣国『帝国』の事等。


ちなみに『帝国』は大陸四大勢力の一つ。四大勢力とは東の『帝国』、西の『王国』、南の『連合』、北の『教国』の四国家を指します。ハルカがいるのが『王国』。ゴールデンプリン編で向かったのが、『連合』。


『王国』と『連合』は比較的、開放的。『教国』は保守的、『帝国』は野心的で領土拡大の為、方々に戦争を仕掛けています。


では、また次回。




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