第51話 ハルカ、秘密を明かす
邪神ツクヨの元から帰ってきた翌日の朝。
「いつもより少し早く起きちゃったな。まぁ、良いか。早起きは三文の得って言うしね。それにしても、昨日は凄かったなぁ。みんな、大騒ぎだったし」
僕はそう言って、ベッドから降りる。さて、早くシャワーを浴びて着替えなきゃ。ナナさんを起こさないといけないし、朝ごはんも作らないと。
部屋を出て、浴室に向かう。
「平和って良いなぁ」
しみじみそう思い呟く僕。一つ間違えば、二度とここに戻れなかったかもしれない。でも、僕は帰ってきた。ここ、ナナさんの屋敷へと。さぁ、今日からまた、立派なメイドを目指して頑張ろう。まずは、朝のシャワーと。
「ウヘヘヘヘヘ……。早起きは三文の得とは良く言ったもんだね……。良い眺めだねぇ~。おっといけない、ヨダレが」
今、私の目の前で、ハルカがシャワーを浴びている。本当に良い眺めだよ。雪の様に白い肌がほんのりピンクに染まって、実にそそるねぇ。ウヘヘヘヘヘ、ハルカ、いつか私があんたを美味しく頂いてあげるからね……ん? 何かハルカがこっちを見てないかい? そんなはずは。私は気配を消した上で、次元の位相をずらした場所にいるんだ。向こうからは私の姿は見えないし、気付かれる事は無いはず。しかし、そんな私を絶望させる言葉がハルカから発せられる。
「覗きとは良い度胸ですね。とりあえず、後でO・HA・NA・SHIしましょうか?」
ハハハ……私、終わった……。
「ナナさん。とりあえず、そこに正座してください」
シャワーを済ませて着替えた僕は、リビングにてナナさんにお説教。
「あのさ、私あんたより年上だよ? しかも保護者兼、雇用主兼、師匠なんだけど?」
僕からお説教されるのが不満らしいナナさんは文句を言うので、思い切り睨み付けて一言。
『それが何か?』
「ごめんなさい!」
すぐに謝ってくれた。理解が早くて助かるよ。さて、本題に入ろう。
「大体、ナナさん。貴女、朝っぱらから僕のシャワーシーンを覗くなんて、人として恥ずかしいとは思わないんですか?」
僕はナナさんに当然の怒りをぶつける。対する、ナナさんの反論。
「ハルカ、私は覗きなんかしてないよ。天地神明に掛けて、潔白だよ」
どうしよう? ナナさんお酒の飲み過ぎで、とうとう頭がおかしくなったのかな? ファムさんの所に連れて行こうか? ファムさんは今、王都でお医者さんをしているんだ。表稼業なんだって。ちなみにクローネさんは、子供相手の格闘技道場を経営中。あれ? 良く考えたら、ナナさん無職だ! 働いてないし。何だか凄く情けない。まぁ、今はナナさんへのお説教。
「ナナさんしっかりしてください。あれは明らかに覗きですよ? お酒の飲み過ぎでおかしくなっちゃったんですか? ファムさんの所で診て貰いましょうか?」
「失礼な事を言うんじゃないよ! 誰がおかしくなったって?!」
怒り出すナナさん。
「覗きをしたのに、していないなんて言うからですよ」
「やれやれ、ハルカは分かってないね。やっぱり子供だね」
「どういう事ですか?」
またもおかしな事を言い出したナナさん。
「いいかいハルカ。これまで何度も言ったけど、私はあんたの保護者兼、雇用主兼、師匠なんだ」
「はい、それは分かっています」
「故に、私はあんたの成長ぶりを確かめる義務が有る。そしてそれは直接、あんたの身体を至近距離からじっくり観察するのが一番なんだ。だから、あれは覗きじゃない! 何か文句有るかい?」
大威張りで、無茶苦茶な屁理屈を展開するナナさん。開き直りもここまできたら、ある意味立派。
「もういいです。怒るのがバカバカしくなりましたから……」
「何か引っかかる言い方だね。それよりも、よく、私の存在に気付いたね。気配を消した上で空間の位相をずらしていたのに。通常はまずバレないはずだけど?」
「ツクヨの元にいる間、コウが魔法関連について色々、教えてくれたんです」
「あの能面娘かい。余計な事をしてくれるよ」
「ツクヨとイサムも稽古を付けてくれました」
「本当に余計な事をしてくれるよ。ハルカの師匠は私だよ!」
どうも、師匠としての立場を傷つけられたのが気に入らないらしいナナさん。
「まぁまぁ、ナナさん。それよりも朝ご飯にしましょう」
「そうだね。腹も減ったし、朝飯、朝飯。久しぶりにあんたの料理が食えるよ」
「すぐに作りますから、待っててくださいね」
2人揃って、キッチンへと向かう。なんだかんだで、平和な良い朝だな。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます。うん、旨そうな朝飯だね」
ナナさんとテーブルを挟んで向かい合っての朝食。今日はご飯にハムエッグ、サラダ、スープ。ご飯以外は洋食にしてみた。ナナさんは朝から良く食べるからご飯は大盛り。ハムエッグの卵も2つ、ハムも多い。少ないと足りないって、すぐ不機嫌になるんだ。
「あぁ、この味だよ! あんたが留守の間は安国のハゲが作ってくれたけど、私はやっぱりハルカの料理が一番だよ!」
「ありがとうございます」
本当に美味しそうに料理をもりもり食べるナナさん。僕も喜んで貰えて嬉しいな。
「ところでハルカ」
「何ですか、ナナさん?」
朝食を食べながら、話しかけてきたナナさん。
「えっと……その……あれだよ……」
いつもと違って、歯切れが悪い。
「それじゃ分かりませんよ、はっきり言ってください」
するとナナさんは意を決したらしく、言った。
「分かったよ。私もまどろっこしいのは嫌いだしね。はっきり言うよ。ハルカ、あんた元の世界へ帰らなくて本当に良かったのかい? あのクソ邪神が見せた光景、あれは幻術の類いじゃなかった。あいつは本当にあんたを元の世界に送る事が出来たはず。それなのに……」
いつになく沈んだ表情。ナナさん、あの事を相当気にしていたんだ。
「ナナさん、僕は言いましたよ。今の僕はハルカ・アマノガワ。魔女のナナさんのメイド兼、弟子。それに元の世界では天之川 遥は死んだんです。もはや居場所は有りませんから」
本当は帰りたかった。家族に会いたかった。でも、それは出来ない。僕はハルカ・アマノガワ。天之川 遥じゃない。本当の事を家族に説明する訳にもいかない。魔法を使えば解決するだろうけど、何でも魔法で解決するのは僕の主義に反する。
「……あんたは強い子だね、ハルカ」
「そんな事ないですよ。僕はまだまだ未熟者ですから。それよりもナナさん。今日からまた修行の再開ですね」
雰囲気が湿っぽくなったので、話題を変えてみる。
「今日は休みにするよ。あんたも帰ってきたばかりだしね。ゆっくり休みな。その代わり、明日からはまた、びしびし鍛えてやるからね」
「はい、ナナさん」
そうだな、とりあえず家事を済ませたら、ツクヨに貰った、漫画や小説を読むかな。コウに貰った魔道書の内容も気になるな。久しぶりの休日、楽しもう。
「何か、明らかに狙ってるよね、この内容。わざわざ付箋まで付けてるし」
時間はお昼前。リビングで僕とナナさんはツクヨから貰った本を読んでいた。僕は漫画で、ナナさんは小説。で、今読んでいる漫画だけど、やけに水、氷系の技や術を使うキャラクターが多い。霧を生み出す術とか、冷気の嵐を起こす剣技とか。一見、馬鹿げているけど魔法や技を編み出す上において、イメージは重要。
「氷系の使い手の僕に参考にしろって事か」
事実、作ろうと思えば作れそうだしね。例えば、霧を生み出す術。僕の武器は小回りの効く小太刀だから暗殺に向いているし、霧に毒を付加したりも出来る。良い気はしないけどね。さて、そろそろ、お昼ご飯を作らないと。そう思っていたら、スマホから着信音。ミルフィーユさんからだ。
『こんにちは、ハルカ』
「こんにちは、ミルフィーユさん。何かご用ですか?」
『えぇ、少々込み入ったお話がしたくて。今日、そちらに伺ってもよろしいかしら?』
少々込み入ったお話って何だろう? でも、ミルフィーユさんの事だから大事な話に違いない。幸い、今日は休みだし、来て貰っても問題ない。
「良いですよ。良ければ、ウチでお昼ご飯をご一緒しませんか? 食事はみんなで食べた方が美味しいですし」
『ありがとうハルカ。お言葉に甘えますわ。お母様とエスプレッソと共に伺いますわ。それでは、また』
「はい、待っています」
こうして僕はミルフィーユさんとの通話を終えた。
「小娘が来るって?」
通話の内容を聞いていたナナさん。ミルフィーユさんが来る事にあまり良い気がしないらしい。
「はい。何か大事な話が有るらしいです」
「ふん! 面倒事じゃなけりゃ良いんだけどね!」
「もう、そんな言い方は失礼ですよ。それと、お昼ご飯をご一緒する事になりましたからね。ほらナナさんも身だしなみを整えてください。侯爵夫人とエスプレッソさんも来るんですから」
「ちっ! 分かったよ! 全く、余計な事をするんだから……」
ナナさんはブツブツ文句を言いながらも、自室に戻り、僕はキッチンへお昼ご飯の準備に向かった。そうだな、今日のお昼ご飯はパスタにしよう。寒いから、ピリッと辛口のペペロンチーノに。
約束通り、お昼時にミルフィーユさん達がやってきた。
「こんにちは、ハルカさん。突然の訪問、お邪魔ではありませんでしたか?」
3人を代表して、侯爵夫人が挨拶。
「いえ、そんな事はありません。さ、中へどうぞ」
僕は侯爵夫人に応え、屋敷の中へと招く。
「ナナさん。侯爵夫人、ミルフィーユさん、エスプレッソさんがおいでになりました」
リビングでごろごろしているナナさんに告げる。
「あぁ、来たのかい? ま、適当にもてなしな。それと早いとこ、昼飯にしとくれ。私は腹が減ったよ」
「朝からごろごろしてるだけなのに、よく、そんな事言えますね。分かりました。すぐにお昼ご飯にしますから、ちゃんと来てくださいね。お客様が来ているんですから、くれぐれも失礼の無い様にお願いしますね」
僕はナナさんに釘を刺してからキッチンに向かった。もう少しでペペロンチーノをメインにしたお昼ご飯が出来る。ミルフィーユさん達の口に合うと良いけど。
「実に美味しい料理でした。さすがですね、ハルカさん。貴女は本当に良く出来たお嬢さんです」
「この味なら、プロでも十分通用しますわね」
「全くもって、良く出来たお嬢さんですな、ハルカ嬢は。これならば、どこへお嫁に行っても全く恥ずかしくありませんな」
「エスプレッソ、勝手な事を言うんじゃないよ! ハルカは嫁になんか行かせないよ!」
「ちょっとナナさん落ち着いてください。ともあれ、料理がお口に合って良かったです。ありがとうございます」
お昼ご飯も終わり、みんなで紅茶を飲んで一息ついています。本当に平和なお昼時。でも、それを打ち壊したのはミルフィーユさんだった。
「ハルカ。美味しい昼食、本当にありがとうございます。ですが、今日、訪ねた理由は、そんな事ではありません。既に伝えましたが、貴女と話をする為ですわ。率直に聞きますわ、ハルカ。貴女はどこから来ましたの? 何者なんですの? 邪神ツクヨが見せた貴女の家族の姿。貴女と髪の色も瞳の色もまるで違いましたわ。何故なんですの?」
「それは……」
以前にも、ミルフィーユさんに聞かれた事。僕の秘密。前回はお茶を濁したけれど、さすがに今回はそうもいかないらしい。まるで退く気配が無い。
「ハルカ、もう隠し事はやめにしません? 邪神ツクヨは、はっきり言いましたわね。貴女を元の世界に戻してやると。つまり、貴女は異世界の住人ですわね。しかも、まだ秘密が有る。そうでしょう?」
ツクヨ、恨みますよ……。余計な事を言ったツクヨに内心で恨み事を言う僕。ミルフィーユさんは、なおも話を続ける。
「ハルカ、私は貴女を友達、いえ無二の親友と思っています。もし、貴女も私を親友だと思ってくれているならば、本当の事を話してください。お願いですわ」
そう言って、ついには僕に向かって頭を下げた。あのプライドの高いミルフィーユさんが。そこへ侯爵夫人とエスプレッソさんも加わる。
「ハルカさん、私からもお願いしますわ。ミルフィーユは母である私にすら、滅多に頭を下げませんの。どうか娘の願いを聞いてくださいませんか?」
「ハルカ嬢、私からもお願いします。何せ、あのミルフィーユお嬢様が頭を下げるという珍事ですので。後で天変地異が起きなければ良いのですが」
う~ん、侯爵夫人はともかく、エスプレッソさんはフォローしてるのか、貶してるのか。でも、どうしよう? いかにミルフィーユさんといえど、軽々しく言える事じゃないし。僕はナナさんに視線を送る。
「あんたの好きにしな」
それがナナさんの返事。そして僕の答えを待つミルフィーユさん。
…………覚悟を決めるしか無いか。
「分かりました、ミルフィーユさん。お話します。今まで隠してきた僕の秘密を。ただし、条件が有ります。今から話す事は他言無用に願います」
「分かりましたわ」
「私も決して口外しませんわ。ハルカさん」
「私も約束致します、ハルカ嬢」
「ありがとうございます、では……」
こうして、僕はミルフィーユさん達に秘密を話しました。異世界で事故死した事。死後、死神に会って、太古の魔王『魔氷女王』の身体を与えられて、この世界に転生した事、ナナさんとの出会い、その他色々。ある程度、事情を知っているエスプレッソさんはともかく、ミルフィーユさんと侯爵夫人はとても驚いていました。でも、決して僕を責めたりせず、最後まで話を聞いてくれました。
「異世界での事故死、死神との出会い、更には魔王の身体を得て、ナナ様の元に転生。大変……などと言う域を遥かに超えていますわね。でも、そのおかげで私はハルカに会えた。その点に関しては、私は死神に感謝しますわ」
「僕も最近は死神に感謝しているんです。ツクヨに言われたんですけど、異世界に飛ばされて自分の居場所を得たのはとてもラッキーだと。もし、ナナさんの元に来なかったら、僕は今頃、どうなっていたか。考えると、ぞっとします」
「確かにそうですね。ハルカさん程の美貌と才能の持ち主はそうはいません。一つ間違えば、悲惨な結末を迎えていたでしょう」
「ある意味、面倒見の良い神ですな。ハルカ嬢を適当に放り出さず『実力だけ』は確かなナナ殿の元へ送り込んだのですから」
「誰が『実力だけ』だって?!」
「まぁまぁ、ナナさん落ち着いてください。それに今、僕がこうして無事に生きているのは間違いなく、ナナさんのおかげですから」
「ふん……まぁね……」
照れ隠しするナナさん。こういう所は年上だけど、可愛いと思う。あぁ、そうだ。秘密を明かした以上、1つミルフィーユさんに謝らないと。
「えっと、その、ミルフィーユさん。僕、謝りたい事が……」
「何ですの、ハルカ? 謝りたい事とは? 貴女の秘密は既に聞かせて頂きましたけど?」
不思議そうなミルフィーユさん。言いづらいけど、やっぱり謝らないと。
「ほら、僕とナナさんが初めてそちらに伺った際、泊めて頂いたでしょう。あの夜、一緒にお風呂に入って、その……ミルフィーユさんの……裸を見ちゃったじゃないですか。僕は元は男なのに……」
貴族の世界はそういう点で、とても厳しいそうだし。
「ちょっと待った、ハルカ! どういう事だい?! 私は聞いてないよ!!」
で、話を聞いた途端に大騒ぎするナナさん。そりゃ、聞いてないですよね。だって、酒を飲みまくったあげく、酔いつぶれて寝てたんですから。さて、ミルフィーユさんはというと。
「それなら問題無いですわ。前世はともかく、今のハルカはれっきとした女性。女性同士で入浴しても何もおかしくないですから」
笑顔で答えてくれた。一方、ナナさんはヒートアップ。とんでもない事をやらかした。
「小娘! あんたハルカに何か変な事してないだろうね?! こうなりゃ記憶を読んでやる!」
止める間も無かった。
「この泥棒猫が!! よくもハルカの胸を揉みやがって!! ぶっ殺す!!」
「ちょっとやめてください! ナナさん!」
「なんですの! ナナ様だって、しょっちゅうセクハラを繰り返しているでしょう!」
「いや、見事なまでに同レベルかつ、低レベルの争いですな」
「ふぅ、一体、どこで娘の教育を間違えたのでしょう?」
こうして、すったもんだの大騒ぎに展開。全く、これじゃ話が進まないよ!
「二人とも、やめてください! いい加減にしないと僕、怒りますよ!」
「「ごめんなさい!!」
2人同時に謝って、事態収集。良かった。ナナさんだけなら、氷魔法を撃ち込んで済ませるけど、今回はミルフィーユさんがいるからね。
「全く、恥をかかせるのではありません、ミルフィーユ」
「すみません、お母様」
「ナナさんも大人気ないですよ」
「悪かったよ、ハルカ」
すっかり、シュンとなった2人。そこへ侯爵夫人。
「ハルカさん、今度は私から質問をよろしいかしら?」
「何ですか、侯爵夫人?」
「邪神ツクヨについてです」
侯爵夫人からの質問。ツクヨについてか……。でも、実際の所、僕、ツクヨについて、そんなに詳しくないんだよね。まぁ、知ってる事を話すか。
「分かりました。でも、僕もそんなにツクヨについて詳しくは知りません。とりあえず、ツクヨと出会った時の事から順に話しますね」
「えぇ、それで構いませんわ」
「それでは……」
「……で、ツクヨの元に来てから8日目にアルカディア軍が攻めてきて……」
「……危うく洗脳されそうになった時にツクヨが助けてくれたんです……」
「……アルカディア軍を壊滅させた後、捕らえられていた女の子達を助け出して、ツクヨポリスに来たんです……」
「……そして帰って来る事が出来たんです」
話を終えると侯爵夫人は何とも複雑な表情を浮かべていた。見れば、侯爵夫人だけでなく、ナナさん、ミルフィーユさん、エスプレッソさんも同様。
「どうしたんですか? みんなして……」
気になって、話しかけたら、ナナさんに言われた。
「ハルカ、それマジかい?」
「疑うんですか? 本当ですよ」
すると今度はエスプレッソさん。
「ハルカ嬢、その話通りなら、邪神ツクヨはあまりにも異質な存在です。邪神の本質は、破壊と殺戮を行い、世に災厄と滅びをもたらす事。それに逆らい、好き勝手に生き、その上、人助けをするなど、前代未聞の邪神です」
でも、事実だしね……。
「邪神ツクヨ。少なくとも、今までに知られている邪神とは色々な意味で、違う存在の様ですね。出来れば敵には回したくありませんね」
侯爵夫人がそう言い、ナナさんも相槌を打つ。
「あぁ、悔しいけど、あいつは強すぎるからね……」
僕も思い出す、ツクヨのデタラメな強さ。でも、あれだけ強いのにツクヨって、野心が無いんだよね。不思議だね。
ナナside
その後も、何だかんだで話が弾み、きっちり夕食まで食べて、侯爵夫人達は帰っていった。
帰り際、侯爵夫人はハルカに言った。
「ハルカさん、何か困った事が有れば、遠慮無く頼ってくださいね。当家の力の及ぶ限りの助力をしますわ」
「ハルカ嬢、及ばずながら、この不肖エスプレッソも微力を尽くしましょう」
エスプレッソの奴もそれに続く。カッコつけやがって。
最後に小娘。
「ハルカ、貴女が何者であろうとも、私達は親友ですわ(出来ればそれ以上の関係に……)」
小娘、あんたの心の声は聞こえてるからね。でも、ありがとよ。ハルカの秘密を知ってなお、親友と言ってくれて。ならば、私もあんたへの扱いを少し上げてやるかね。そして、ハルカが礼を言う。
「ありがとうございます。侯爵夫人、ミルフィーユさん、エスプレッソさん」
「私からも礼を言わせて貰うよ。それと小娘、いや、ミルフィーユ。これからもハルカの良い親友でいてやっておくれ」
すると、ミルフィーユが目を丸くした。
「ナナ様が、私を名前で呼んだ……」
「ふん! 一応、あんたを認めてやったんだ。感謝しな!」
私は気に入らないが、ハルカにとっては親友。それにツクヨ戦での借りが有るしね。
「ふふっ、ありがとうございます、ナナ様」
「うるさい! さっさと帰れ!」
全く、こういうのはガラじゃないんだけどね。ま、とにかく、ハルカと2人で、侯爵夫人達を見送ったんだ。
その夜、珍しい事にハルカが私と一緒に寝たいと言ってきた。本当に久しぶりだ。ハルカが私の元に来た最初の3日間以来だね。あの頃は事故死や、家族と引き離されたせいで、ハルカは精神的に不安定だったからね。もっとも、今回は変な事はするなと釘を刺されたけど。
「ねぇ、ナナさん」
「何だい? ハルカ」
ベッドの中、私に寄り添うハルカが話しかけてきた。
「僕、思うんです。ツクヨは本当に僕やナナさんを殺す気だったのかなって。だって、あれだけ強いんですよ。その気になれば、すぐに殺せたはず。僕と初めて出会った時も、わざわざ『見つけたぞ、魔王』なんて言ったんです。変ですよね? 本当に殺す気なら、そんな無駄な事はしないでしょう?」
ふむ、確かに。本当に殺す気なら、問答無用で殺すね。少なくとも私ならそうする。
「それに、話がややこしくなりそうだったから、ミルフィーユさん達には言いませんでしたけど、ツクヨも元は人間の転生者だそうです。それも、創造主に転生させられたとか」
「ハルカ! それは本当かい?!」
とんでもない大物の名前が飛び出した事に驚きを隠せない私。森羅万象の頂点に立つ存在じゃないか。私ですら、会った事が無い。
「まぁ、本人がそう言っていただけで、確かめた訳じゃないですけど」
「いや、恐らく本当だろう。あれだけの力を持つ転生者を生み出した奴だからね。私は過去に色々な邪神と殺り合ったけど、あいつは別格」
「やっぱり、凄いんですねツクヨ。今頃、どうしてるのかな?」
「さぁね。また、どこかで好き勝手にやっているんじゃないかい?」
私としては、完敗を喫した相手の事など話題にしたくないので、話を終わらせにかかる。
「そうですね。きっとどこかで元気にしてますね」
「ほら、話はここまで。夜更かしは美容と健康の敵だよ。もう寝な」
「分かりました。おやすみなさい、ナナさん」
「おやすみ、ハルカ」
ハルカは目を閉じるとじきに眠りについた。さて、私も寝るか。ハルカの温もりを感じながら、私は眠りにつくのだった。
お待たせしました。二〇一三年、最後の投稿です。もっと早く更新しろと言われるでしょうが、なかなかテンションが上がらないのです。
次回は、ハルカ帰還後のツクヨ達の話。その後は新展開となります。それでは、また。