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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第50話 邪神ツクヨ戦、決着

 動けないナナ様に迫る、ツクヨの拳。助けに入ろうとしたクローネ様、ファム様は返り討ちにされ、情けない事に私は足がすくんで何も出来ない。


 私の脳裏に浮かぶ、グシャグシャに潰れた肉塊と化したナナ様の姿。惨劇を見たくないあまり、私は顔を両手で覆ってしまいました。ごめんなさい、ナナ様! 私はなんて弱いんですの! こんな時に何も出来ないなんて!


 …………ボトッ


 不思議な事が起きました。何故か、肉体が潰された独特の音が聞こえず、代わりに何かが落ちた様な音。私は恐る恐る顔を覆っていた両手を下ろしました。するとそこには……。


「イサム、お前……」


「すみません、ツクヨさん。でも、ハルカを泣かせる奴は誰であろうと斬ると決めたんで」


 ツクヨの前には一振りの剣を手に、長い髪をなびかせた、1人の美少女。確か、ツクヨの側近のイサムと言いましたわね。


 ツクヨは右腕を切り落とされていましたわ。更に、その上半身と下半身が横にズレると2つに分断されて地面に転がりましたの。信じられない光景でしたわ。ナナ様の禁呪をまともに受けても無傷だったツクヨを斬るなんて。


「やりましたわ!」


 歓声を上げる私。いかに邪神といえど、身体を両断されてはただでは済まないはず。ですが、イサムは両断されたツクヨから目を離さず言いました。


「今の内にナナさんをコウの元へ運んで治療して貰うんだ! 話は付けてある! 急げ! 今の俺では、ツクヨさんを『殺しきれない』!」


 イサムの言葉の真剣さに押され、急いでナナ様の元に駆け寄りました。ナナ様は両腕、両足を失い、更に精神攻撃を受けた事もあり、もはや虫の息。


「ナナ様しっかりなさって! ハルカと一緒に帰るのでしょう!」


 私はナナ様に大声で話しかけ、コウの元まで運びました。果たして本当に治療をしてくれるのでしょうか?


「おやおや、まだ生きているとは。大した、しぶとさですね」


 瀕死の状態のナナ様を見て、顔色一つ変えずに言うコウ。


「まぁ、治療費はイサム持ちで話が付いていますし、治してあげましょう。ついでに他の2人もね」


 直後にクローネ様、ファム様が目の前に現れました。ツクヨの雷撃を受けて、吹き飛ばされたのをここまで転送しましたのね。2人共、全身に酷い火傷を負っていますが、何とか息が有りますわ。


「では、治療を始めましょう」


 コウが手をかざすとナナ様達の身体が淡い光に包まれ、急速に傷が癒えていきます。ナナ様に至ってはツクヨに食いちぎられた両腕、両足が元通りに再生しましたの。これ程早く完治させる治癒魔法は初めて見ましたわ。


「これで大丈夫です。ナナに掛けられた幻覚も解除しました。その内、気が付くでしょう」


 治療を済ませ、事もなげに言うコウ。


「感謝しますわ。本当に良かったですわ……」


 コウに対し、深々と頭を下げお礼を言います。


「私としては治療費を貰えるから治療したまでです。それよりも自分の心配をしてはどうですか?」


「どういう事ですの?」


 私はコウに尋ねます。


「簡単な事です。力ずくでマスターに勝てる者などまずいません。いかにイサムといえど、マスターは『殺しきれない』。じきに再生されます」


 コウが言い終わった直後、2つに分断されたツクヨの身体がくっつき、元通りに。


「やってくれたな、イサム」


「やっぱり、死にませんよね~」


 不機嫌さを隠さないツクヨと、軽口を叩きながらも真剣なイサム。2人のにらみ合いは、あっけなく終わりを告げます。いきなりイサムが姿勢を崩しました。いえ、イサムの足が突如、地面に沈み始めた。何事ですの?


「油断したな。俺の新技、紅い奈落。全てを飲み込む底無しの異空間への入り口だ。サイズも自在でな、バレない様にお前の足のサイズに合わせて、足元に仕掛けた。とりあえず、異空間でおとなしくしてろ。後で出してやるから」


「くそっ! こんな手に掛かるなんて!」


 悔しがるイサムですが、紅い穴は大きく広がり、イサムはどんどん沈んでいきます」


「ハルカ……」


 そう言い残し、イサムは沈んでしまいました。


「さて、残るは君だけだ。どうする金髪のお嬢ちゃん。いや、ミルフィーユ」


 私を真っ直ぐ見つめる邪神ツクヨ。もはや味方はいない。どうすれば……。






 ナナ様達、三大魔女は敗れ、助けに入ってくれたイサムも返り討ちに。しかも、ツクヨは無傷。悔しいですが、私では、とても勝ち目は有りません。だからといって……。引き下がる事など出来ません!


「邪神ツクヨ! この私、ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグが相手ですわ! 魔道の名門、スイーツブルグ侯爵家の誇りと力を見せて差し上げます!」


 正直、怖い。逃げ出したい。でも、今ここで逃げたら、ハルカを取り戻せなくなる。何より、私自身を許せなくなる。執事のエスプレッソに以前言われた言葉を思い出しますわね。


『さすがはミルフィーユお嬢様。勇気と無謀を見事に履き違えていらっしゃる』


 確かにそうかもしれませんわね。エスプレッソ、もしかしたら、もう二度と貴方の嫌味を聞けなくなるかもしれませんわ。ですが、後悔はしません! 私がそう決めたのだから。


「ふ~ん、良い度胸だな。この俺の力を見てなお、そこまで言った奴は初めてだ」


 感心したらしいツクヨ。敵わぬまでもせめて一撃、入れてやりますわ。私は近くに落ちていたナナ様の魔水晶のナイフを拾い、構えます。ちなみにこの間、ツクヨは見ていただけ。余裕綽々ですわね。






 ナナ様のナイフを手に、邪神ツクヨと相対する私。ツクヨはなんだか楽しそうに私を眺めています。


「うん、良い眼だ。闘志に満ちている。それに練度も高いな。幼い頃から鍛練を重ねてきたか。ハルカも強いが、あっちは年期が浅い分、どうにも付け焼き刃感がな~」


 呑気に私とハルカについての分析を語る始末。その裏に有るのは、絶対の自信。


「さぁ、かかってこい! 君の実力とやら見せて貰おう!」


「言われるまでもありませんわ! 邪神ツクヨ覚悟!」


 私に出来る事は全力を持って当たるまで。せめて一撃を。食らいなさい、私の最高の魔法!


炎魔滅却砲(インフェルノ・バスター)!!」


 ハルカの得意とする氷魔凍嵐砲(ブリザード・バスター)と対極にある、火系の高位魔法。ハルカに対抗すべく、やっとの思いで会得しましたの。もちろん、ツクヨに通用するとは思っていません。ナナ様の禁呪すら通じないのですから。ですが、少しでも隙を作れれば。ですが……。


 ツクヨは襲いかかる収束された炎に対し、大きく口を開けました。そして、炎は全てツクヨに飲み込まれてしまいましたの。


「その若さでこれだけの高位魔法を使えるとは大したもんだ。だがな~、相手が悪かったな。俺は全てを喰らう邪神でな。お返しに面白い物を見せてやろう。『(トゥルー)氷魔凍嵐砲(ブリザード・バスター)!』」


 ツクヨの手から放たれる、凄まじい威力の冷凍波。ダメ、避けられない!


 最期を覚悟する私。でも当たる直前で、突如、冷凍波の軌道が上に逸れ、そのまま空の彼方へ。


「驚いたろ。今のはハルカの新魔法だ。前に俺に対してぶっ放してきたのを喰ってな。もっとも本人を喰ってないから、今の1発で弾切れ。もう使えない。ま、他にも攻撃手段はいくらでも有るしな~」


 絶望的なまでの実力差。一撃入れる事すら叶いませんの? あまりの悔しさに涙がこみ上げてきます。するとツクヨは何を思ったのか、突如、椅子とテーブル、更には缶ビールを3本取りだし、くつろぎ始めました。


「どうにも退屈だからな。ちょっと休憩だ。とりあえず、俺が缶ビール3本飲み終わるまでな。お嬢ちゃん、せっかく時間を与えてやったんだ。俺に『勝つ』方法を考えるんだな」


 どこまでも、人の神経を逆撫でしてくれますわね! ですが、一体どうすればツクヨに勝てますの?






 一旦舞台を離れ、休憩を取る私。そこへ近づいてきたのは、邪神ツクヨの従者、コウ。


「何か用ですの?」


 ナナ様達を治療してくれた事は感謝しますが、立場上は敵。ツクヨに歯が立たない事も有り、つい刺々しい態度になってしまいます。


「飲み物を持ってきてあげたのに、随分な言いぐさですね。安心なさい、無害ですから。大体、小細工せずともマスターなら勝つでしょうし」


 やっぱりムカつきますわね。ですが、飲み物は頂きましょう。コウから紙コップに入った飲み物を受け取り、一口。柑橘系の爽やかな味ですわね。


 じきに、飲み終わりましたが、ツクヨの方はまだのんびり缶ビールを飲んでいます。あ、3本目に手をかけましたわね。あれを飲み終えたら休憩は終わり。でもツクヨ対策は出ません。


「一体、どうすればツクヨを倒せますの? ナナ様達も敵わない相手にどうすれば?」


 ハルカを必ず取り戻すと誓ったのに。あまりにも強大な相手に、心が絶望に押し潰されそうになり、つい弱音を漏らす私。


「……貴女は私の話を聞いていなかったのですか?」


「えっ?」


 コウの思わぬ発言。彼女は続けます。


「私は言いましたよ、マスターに力ずくで勝てる者はまず、いませんと」


 確かに言いました。しかし、あそこまで強いとは。まるで勝ち目が見えない。でも、ツクヨを倒さないとハルカを取り戻せない。ナナ様達は敗れ、私では到底、敵わない。


「ミルフィーユ、貴女は何か勘違いをしていませんか?」


「どういう事ですの?」


 思わず、コウの顔を見つめます。何を考えているか全く分からない無表情な顔を。


「マスターは自分に『勝てば』ハルカを返すとおっしゃいました。『倒せば』とはおっしゃっていません。それに、勝負の方法も指定されていません。ミルフィーユ、貴女は貴族の娘なのでしょう? 貴族の権力闘争とやらは、力押しだけが全てなのですか?」


 目から鱗が取れるとはこの事ですわ。私達はコロシアムという場所や雰囲気に飲まれ、戦って決着を付ける事に疑問を持たなかった。確かにツクヨは、自分に『勝てば』ハルカを返すと言いました。『倒せば』とは言っていません。勝負の方法も指定していません。


「……気付いた様ですね。力ずくで勝てないなら、別の勝てる手段を使うまで。これを持っていきなさい」


 コウがそう言って渡してきたのはトランプ。


「こういった駆け引きは、貴女方、貴族の十八番でしょう? マスターは戦闘はともかく、駆け引きの類いは苦手なので」


 無表情で淡々と話すコウ。


「何故、そんな情報を私に?」


 私は当然の疑問をぶつけます。彼女は邪神ツクヨの従者、つまりは敵なのですから。


「ただの気まぐれです。さぁ、もう行きなさい。まもなくマスターが缶ビールを全て飲み終えます」


「……分かりましたわ。ナナ様達を治療してくれた事と合わせ、感謝しますわ」


「健闘を祈ります」


 そう言って、コウは去っていきました。彼女のもたらした情報が本物かは、分かりません。ですが、他に手立ては無い以上、それに賭けるしかありません。


「さて、休憩時間は終わりだ。勝負を再開するぞ、お嬢ちゃん」


 缶ビールを全て飲み終え、勝負再開を告げるツクヨ。相変わらず、余裕の態度。私はコウから渡されたトランプを手に再び舞台に上がります。


「さぁ、やろうぜ、お嬢ちゃん」


 戦う気満々のツクヨ。そのツクヨに対し、私は告げます。


「邪神ツクヨ、私は貴女とトランプで勝負を挑みます。貴女は勝負の形を指定しませんでした。ならばトランプ勝負も有りでしょう?」


 私自身、酷い屁理屈だと思いますわ。ですが、この際、なりふり構っていられません。まともに戦っても勝ち目は無い以上、少しでも勝てる可能性が有る方法に賭けるまで。そしてこの作戦は大当たりの様でしたわ。ツクヨは初めて露骨に嫌な顔をしましたの。


「あらあら? 邪神ツクヨ様ともあろうお方が、たかがトランプ勝負から逃げますの?」


 ここぞとばかりに追い打ちを掛けます。なんとしても、こちらのペースに持ち込まないと。


「全く、可愛い顔して、嫌らしいやり方をしてくれるな。分かった、その勝負受けよう」


 こちらの条件に乗ってきましたわね。後は勝つ事に全力を尽くすまで。


 私とツクヨは先ほどまで、ツクヨが缶ビールを飲んでいたテーブルまで移動。ツクヨが新しい椅子を追加。お互い椅子に座り、テーブルを挟んで相対します。


「それじゃ、改めて勝負するか。ただし、種目はこちらが決める。トランプ勝負を受けてやったんだからな。種目はババ抜きだ。ルールがシンプルだからな」


「分かりましたわ」


 かくして始まったババ抜き。お互いにカードが配られます。そんな中、私はツクヨに話しかけます。


「ツクヨ、この勝負は一本勝負でお願いします。私が勝ったら、ハルカを解放してください」


「お嬢ちゃん、忘れてないか? 今回の勝負は相手が降参するか、戦闘不能になるのが勝利条件だ」


 そう、トランプ勝負だけで、ツクヨを降参させたり、戦闘不能には出来ないでしょう。


「私はこのトランプ勝負に私の命を賭けます。負けたら、自ら命を絶ちます」


 見つめあう私とツクヨ。


「その条件飲もう。君、よほどハルカに惚れているらしいな。ハルカの為に命を賭けるか」


「ナナ様はハルカを取り戻す為、命を賭けて戦いました。ならば私もです」


「そうか、じゃ始めよう、命を賭けたババ抜きをな!」


 こうして始まった、ババ抜き。勝てば、ハルカを取り戻せる。負ければ死。その結果は……。






「う……ここは……?」


「ナナ様! 気が付きましたのね!」


「えっ? 小娘? ってそうじゃない! ここはどこだい!? それにツクヨとの勝負は!? 何よりハルカは!?」


 ベッドから起き上がるなり、怒涛の勢いで質問してくるナナ様。


「落ち着いてください、ナナ様」


「うるさい! 質問に答えろ! 殺すよ!」


 全く、騒がしい方ですわね。


「では、順番に答えます。ここは紅の大神殿の医務室。勝負は私達の勝ちですわ。ハルカも無事です、ほら」


 私の後ろにハルカが控えていました。解放された後、ナナ様が目を覚ますまで、ずっと医務室に留まっていましたの。ハルカはナナ様に駆け寄ります。


「ナナさん、大丈夫ですか? どこか痛い所とか無いですか? ごめんなさい! 僕のせいで、ツクヨと戦って大ケガを……」


 ハルカは最後には泣き出す始末。ここでナナ様も自分の身体を見て驚かれました。


「これは……確かに私はツクヨに腕と足を食いちぎられたはず……」


 ナナ様の身体は完全に元通り。傷一つ有りません。


「コウが治療してくれましたの。クローネ様、ファム様も同様に。ちなみに治療費はイサム持ちだそうですわ」


「あの能面娘かい。つくづく、大した使い手だよ。短時間でここまで完璧に治療出来るとはね。しかも、治療費はオカマ小僧持ちか」


 は? オカマ小僧?


「あの、ナナ様? オカマ小僧とはどういう事ですの?」


 するとナナ様は呆れ顔。


「なんだ小娘? あんた気付かなかったのかい? あのイサムって奴は男だよ。見た目は完全に女だけどね」


 …………このミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。一生の不覚ですわ。


「ミルフィーユさん、そんなに気にしないで。僕も言われるまで気付きませんでしたし」


 あの外見で、男とは反則ですわね。いわゆる男の娘という存在ですか。


「ところで小娘、あんた、よくあのクソ邪神に勝てたね。どうやったんだい?」


 落ち着いてきたところで、どうやってツクヨに勝ったか尋ねてくるナナ様。


「トランプでババ抜きをしましたの。戦って勝たねばならないとは言っていませんでしたし。しかし、あの方、ババ抜きが弱いですわね。顔に全部出ていますもの。貴族には向かない方ですわね」


 貴族の世界は権謀術数渦巻く、醜い世界ですから。


「呆れた、そんなやり方で勝つとはね。だが、勝ちは勝ちだ。小娘、あんたに借りが出来ちまったね」


「ふふっ、伝説の魔女に貸しを作れるなんて光栄ですわ」


「ま、そのうち借りは返すさ。後、あのクソ邪神はどこ行ったんだい? いないじゃないか」


「ツクヨなら勝負が終わった後、コウと一緒にどこかに行っちゃいました」


 私に代わり、ハルカが答えてくれました。ちなみにツクヨは、ナナ様の禁呪を受けた後はずっと全裸でしたわね。あまりにも堂々としていましたから、何も言いませんでしたが、観客の男性陣の多く、後、少なくない女性陣が写真や録画を撮っていましたわね。まぁ、私の関与する事ではありませんわね。恥をかくとしても向こうですし。しかし、ツクヨはどこに行ったのでしょう?


「……ねぇ、クローネちゃん」


「何だ? ファム」


「アタシ達、完全に空気だよね。ナナちゃんと同じ部屋にいるのに」


「それを言うな」






 同時刻、どこか。


「全く、イサムの奴。この俺を斬るとはな。しかも再生した身体が崩れ始めた。あいつ、ハルカが絡むとこれ程の力を発揮するか。もはやこの身体は捨てるしかないな。コウ、新しい身体を出してくれ」


「かしこまりました。いくら出されますか?」


「本当にがめつい奴だな。分かったよ、ほら」


 俺が言うと、部屋の中に山積みの財宝が現れる。


「……商談成立です。では、これなどいかがでしょうか?」


 コウが1冊の本を取り出し開く。各ページに1人ずつ若い女のフルカラーイラストの描かれた本だ。そのページが勝手にパラパラと捲られていき、あるページで止まる。中学生ぐらいか。金髪、金眼、素晴らしい美少女の絵が描かれている。ただし、その表情からは、凄まじいまでの傲慢、不遜が感じられる。要は性格最悪って事だ。


「ふむ、こりゃ良いな。ハルカには及ばんが、素晴らしい上物だな」


 俺は金髪美少女の絵を見ながら言う。うん、本当に上物だ。これなら俺の新しい身体にふさわしい。


「2ヶ月程前に捕らえました。とある世界を支配しようとしていた娘です。魔法を始め、ずば抜けた才能の持ち主で、私が出会った時点で既に全ての敵対勢力を滅ぼしており、世界を支配する目前でした」


「でも、お前に捕らえられたと。哀れだな。お前に捕らえられたら最後、その本に封じ、いや、保管されるんだからな。あっという間に人格を消滅させられ、生ける人形となってな」


「その方が好都合でしょう?」


「まぁな。それじゃ出してくれ」


「かしこまりました」


 本のページに描かれた美少女の絵が消え、俺の目の前に金髪の美少女が現れる。かつては傲岸不遜な娘だったらしいが、今や、虚ろな瞳で、無表情に突っ立っている生ける人形でしかない。


「それじゃ、お前の肉体と魂、頂くぞ」


 俺は古い肉体を捨て、新しい肉体、金髪の美少女へと魂を移す。コウによって、金髪美少女の自我は消滅しているから、全く抵抗される事無く、その魂を喰い尽くし、肉体を支配する。今まで何度もやっているからな。


 新しい肉体を支配した後、試しに軽く手足をぶらつかせたり、屈伸したり。うん、本当に良い身体だ。


「気に入ったぞ、この身体。それじゃ、ハルカ達の所へ行くか。ってその前に、よっこらしょ!」


 俺は大事な事を思い出し、自分の影に手を突っ込む。そして、異空間に閉じ込めたイサムを引っ張り出す。


「やっと出られた! って、ツクヨさん、その姿……」


「お前のせいで、新しい肉体に換えたんだ。全く、いらん出費をさせやがって」


「謝りませんからね」


「ふん!」


「……2人共、ケンカをしないで行きますよ。ところでマスター、姿はそのままで?」


 今の俺の姿は金髪美少女のまま。デフォルトの黒髪美女ではない。


「とりあえず、このままで良い。ハルカ達を驚かせてやろう」


「やれやれ、酔狂なお方ですね」






「おっ、起きたかバカ魔女。他のメンバーも全員揃っているな」


 医務室で、ナナ様達と話していたら、突然見知らぬ金髪美少女が入ってきましたの。コウとイサムも一緒ですわ。一体、何者? しかし、無礼な態度ですわね。まるでツクヨみたいですわ。あら、何だかナナ様が嫌な顔をしていますわね。


「誰がバカ魔女だい、このクソ邪神が! そっちこそ、他人の肉体を乗っ取る寄生虫だろうが!」


 えっ? 他人の肉体を乗っ取る?! あまりにも不穏当なナナ様の言葉に驚いていると、その美少女が嫌な笑い声を上げました。


「ククククク、やはり気付いたか。それじゃ、普段の姿になるか」


 そう言うと、美少女の姿に変化が起きましたの。金髪が黒髪に、金色の瞳が真紅に、耳が長く尖り、更には身体が成長します。そして現れたのは、紛れもなく、邪神ツクヨでしたわ。ですが、ツクヨ。私、同じ女性として、これだけは言いたいですわ。貴女、羞恥心は有りませんの!? 中学生ぐらいの少女の姿から、20歳ぐらいの大人の女性の姿に成長したせいで、身に付けていた衣服が全て破れて、全裸じゃありませんの! ハルカは目のやり場に困っていますし、クローネ様、ファム様、イサムは呆れ顔。コウは無表情。あ、ナナ様がかぶり付きで、見ていますわね。特に下半身を。ナナ様、やめた方が良いですわよ、ハルカが凄い目付きで睨んでいますから。


「よし、完了。既に聞いただろうが、勝負はお前達の勝ちだ。約束通り、ハルカは返す。でもその前に、昼飯を食っていけ。その後で、元の世界に送り返してやるから」


 とことん、マイペースですわね、邪神ツクヨ。でも、確かに、お昼時でしたし、お腹もすきましたし、ここはお言葉に甘えましょう。


「旨い飯と酒を用意するんだよ!」


 ……マイペースという点ではナナ様も良い勝負ですわね。






 みんな揃っての昼食。オムライスとスープにサラダ。ナナ様達、大人組にはワイン、私、ハルカの未成年組にはジュース。昨日の夕食の様な豪華な食事ではありませんが、素晴らしい味ですわね。何より驚いたのは、この食事を作ったのがツクヨだという事ですわ。特にこの半熟の卵焼きをチキンライスの上に乗せたオムライス。半熟卵とチキンライスの絶妙なハーモニーを醸し出していますわ。これ程、美味しいオムライスは初めてですわ。正直、ハルカ以上ですわね。ちなみにハルカは、『僕のオムライスより、美味しい。どうやったらこの卵のふわとろ感が……』など言っています。


 やがて昼食も終わり、皆、思い思いにくつろいでいると、私はツクヨに話しかけられました。


「お嬢ちゃん、ちょっと話が有る。付き合ってくれ」


 もちろん、反応するナナ様達。


「待ちな! 小娘を連れてどこ行くんだい?!」


「安心しろ、ちょっと表に出るだけだ。すぐ戻る。それじゃ行くぞ、お嬢ちゃん」


 拒否したところで、ツクヨならば力ずくでも連れて行くでしょう。私に選択権は有りませんわね。


「分かりましたわ。心配なさらないで、ナナ様。すぐ戻りますわ」


 かくして、私はツクヨと共に食堂を出ましたの。でもどこに行く気でしょうか?






「……これが『ちょっと』付き合えというレベルですの、邪神ツクヨ?」


「俺にとっては『ちょっと』だ」


「私は人間ですの! 邪神の基準を持ち込まないでくださる!?」


「いや、元気な子だ。さすがはハルカの友達」


 全く悪びれないツクヨ。こんな人、いえ邪神を信じた私がバカでしたわ。ツクヨに付き合って食堂を出た瞬間、私とツクヨは見知らぬ世界にいましたの。本当にやられましたわ。


「まぁ、そう怒るなよ。誰にも邪魔されたくなかったからな。安心しろ、話が済んだらちゃんと帰してやるから」


 こうなったら腹をくくるしかないですわね。


「分かりましたわ、話とは何ですの?」


「いや、何、大した事じゃないさ。ちょっと君の実力を改めて確かめたくてな。そうだな、とりあえず、俺に一発全力で殴りかかってこい」


 何だか、妙な事を言い出しましたわね。でもツクヨはその気らしく、こちらに手をかざしています。そこに打ち込めという事らしいですわね。でも大丈夫でしょうか? ナナ様の魔水晶のナイフでも傷一つ負わないツクヨに拳を打ち込んだら、ただでは済まないのでは? するとツクヨはそれを読んだらしく。


「君が受けるダメージなら、心配無い。全力で打ち込め」


「ならば、遠慮無く行かせて頂きますわ!」


 幼い頃より叩き込まれた、魔道に格闘術。その全てを込めた渾身の拳をツクヨの手に打ち込みます。やはり、一発は殴っておきたかったですし。でも、私の渾身の拳はあっさり片手で止められましたが。


「お~『痛い』。幼い頃から、鍛え上げてきた良い拳だ。良く分かる。ハルカの付け焼き刃な強さとは違う」


「ハルカを侮辱しないでくださる!」


「怒るなよ。俺は君を褒めてるんだぞ。それに君、ハルカに対してコンプレックスを持っているだろう。魔法や武術を始めて、1年にもならないハルカが幼い頃より英才教育を叩き込まれてきた自分より強い事にな」


 本当に嫌な性格の邪神ですわね! 私が一番気にしている事を指摘され、心底、不愉快になります。ですが構わず、ツクヨは続けます。


「1つ良い事を教えてやろう。君の才能はハルカに引けを取らん」


 思いがけないツクヨの言葉。


「それはどういう事ですの!?」


「そのままの意味さ。ま、この先どうなるかは知らん。話は以上。帰るぞ」


 ツクヨは答えをはぐらかすと次の瞬間、私達は元の場所に戻っていましたの。






「話は終わった様だね。だったらさっさと私達を元の世界へ送り返してくれるかい? 早いとこ帰りたいんでね」


 私が戻ってきたので、さっそく邪神ツクヨに元の世界へ送り返してくれる様、要求するナナ様。でも素直には応じないツクヨ。


「あぁ、送り返してやるさ。後、これは独り言だからな」


 やけにわざとらしい口調。嫌な予感がしますわね。


「もし、ハルカ。君がここに残ってイサムの嫁になるなら、君を本来いた世界に帰してやれるんだがな。君の家族に会わせてやれるんだがな。俺とコウの力を持ってすればな。このまま帰ったら、無理だろうな。あ、独り言だからな。この映像も『偶然』映った物だからな」


 空中に突如、映し出された映像には見知らぬ3人の女性が映っていましたの。1人は大人で、もう1人は私より少し上。最後は私より少し下に見えました。


「母さん……姉さん……彼方……」


 小さな声が聞こえました。ハルカの声ですわ。この方達がハルカの家族? 失礼ですが、まるで似ていませんわ。ハルカは銀髪碧眼なのに、向こうは黒髪に黒い瞳ですもの。どういう事ですの?


 ハルカの方を見たら、今まで見た事が無い程、辛そうな、悲しそうな顔をしていました。ナナ様も同じく。クローネ様、ファム様は、困惑顔です。


 誰も何も言わず、沈黙の時がしばらく続きました。それを破ったのは、ハルカ。


「僕はナナさんと一緒に帰ります」


「ほぅ、こりゃ驚いた。家族より、そのバカ魔女を取るか」


「僕は……ハルカ・アマノガワです。ナナさんのメイド兼、弟子として生きて行くと決めたんです!」


 強い決意を秘めた声でハルカは、はっきり言い切りました。ですが、明らかに無理をしていましたが。


「そうか。じゃ、好きにしろ。せっかくのチャンスをふいにするとはな。コウ、送り返すのは任せたぞ」


「かしこまりました。それでは皆、付いてきなさい」





 コウに案内されてやってきたのは大広間。


「さて、始めましょう」


 コウは事も無げにあっさりと転送魔法陣を完成させました。その事にハルカを除いて皆、驚きました。私達が一晩、総掛かりでやっと完成させた魔法陣を、こうも容易く完成させるとは。彼女もまた、計り知れない実力者ですわね。


「良かった、まだ帰ってなかったな」


 そこに現れたツクヨ。イサムも一緒ですわね。


「ハルカ、今回はなかなか楽しませて貰ったからな。土産をやろう」


 ツクヨはそう言うと、大量の漫画、小説をハルカにプレゼントしました。


「くだらない物を渡しますね。私からはこれを。禁書クラスの魔道書ですが、貴女なら大丈夫でしょう」


 とんでもない物をプレゼントしますわね。


 最後はイサムです。


「ハルカ、その……短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう、元気でね!」


「僕の方こそ、何度も助けてくれてありがとう。イサムも元気でね」


 何やら良い雰囲気ですわね。


 さて、いよいよ元の世界へと帰る事に。私達は転送魔法陣の中に入ります。


「では、いきますよ」


 コウの声に応じて、魔法陣が淡い輝きを放ち始めました。それはだんだん強くなります。そして転送される直前、ハルカが大声で言いました。


「ありがとう、ツクヨ、コウ、イサム! さようなら! どうか元気で!」


 次の瞬間、眩しい光が視界を覆い、私達は帰ってきましたわ。元の世界、ナナ様の屋敷の地下の大広間へと。


「お帰りなさいませ、ミルフィーユお嬢様。やれやれ、またしても以前見付けた良い葬儀社を使えませんでしたね」


 出迎えてくれたのは、執事のエスプレッソ。相変わらずの毒舌ですわね。でも、気にしませんわ。一つ間違えば、二度と聞けなかったのですから。


「ただいま、エスプレッソさん。ご心配をおかけしてすみませんでした。無事に帰って来る事が出来ました」


「お帰りなさいませ、ハルカ嬢。ご無事で何より。さっそく、他の方達にも伝えましょう」


「エスプレッソ、うまい酒と飯を用意しな! 今日はハルカが無事に帰ってきたお祝いの宴会をやるよ!」


 ノリノリのナナ様。そして、この日、ナナ様の屋敷で大宴会となりました。皆、大いに飲んで、食べて、何より、ハルカが無事帰ってきた事を喜んでくれました。宴会は夜遅くまで続き、最後は、帰れる方は自力で帰り、無理な方はナナ様達が転送しました。


 私は、お母様、エスプレッソと共に帰りました。本当はハルカと一緒にいたかったのですけれど……。今回はナナ様に譲りますわ。ですが、ハルカ。貴女には聞きたい事が有りますわ。日を改めて、聞きに来ますわ。


『貴女が何者なのか? どこから来たのか?』




長かった邪神ツクヨ編、とりあえず完結です。書きたい事を書いていったら、思い切り長くなってしまいました。


いつまで書いているんだ? 長い!と貶された事も有りましたが、どうしても書きたかったのです。ハルカが初めてぶつかる強大な壁としての存在が。ハルカはツクヨと出会うまで、特に酷い目にあっていませんでしたし。


個性的な邪神ツクヨ一家でしたが、ある意味、一番の謎がイサム。


勇者ではなく、元、勇者。にも関わらず、異常な強さ。ナナさんの禁呪すら効かないツクヨを斬った。イサムの秘密を明かすのは、もう少し先。


次回は、ミルフィーユがハルカの秘密を問い質します。ではまた。

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