第49話 伝説の魔女ナナさんVS邪神ツクヨ
「これまで貴族の付き合いで、幾度となく気まずい場を経験してきましたが、それが生ぬるく感じますわね……」
私、ミルフィーユは誰に言うともなく、そう呟きましたわ。
純白のシーツの敷かれた長いテーブル。その上に並べられた、見るからに美味しそうな料理、酒。未成年の私の前には、果汁100%ジュース。至れり尽くせりの素晴らしい内容ですわね。しかし、その場の雰囲気は最悪の一言。
「どうした? 食わないのか? 冷めたらせっかくの料理が不味くなる」
私達に投げかけられる嫌味な言葉。心底、憎たらしいですわね! 出来るものなら、八つ裂きにしてやりたいですわ! それは私の隣の席に着くナナ様も同じらしく、視線だけで人を殺せそうな程、その女を睨み付けていますわ。そう『邪神ツクヨ』を。
「いや~、いくら俺が美人すぎるからって、そんなに注目されると照れる」
そんな私達の怒りを分かっていながら、更にコケにしてくるツクヨ。ですが、私達は手が出せない。何故なら、ナナ様にとっては、たった一人のメイドにして弟子。私にとっては親友、そして……想いを寄せる人、ハルカを人質に取られているのですから。そのハルカはテーブルを挟んで私達の向かい。ツクヨの隣の席に着いていますわ。今すぐ助け出したい。一緒に元の世界に帰りたい。ですが、それは叶わない。何故なら、ハルカの首には首輪が付けられていますの。私達がハルカに手出しすれば即座にその命を奪う首輪が。この卑怯者!
そんなギスギスした雰囲気など、どこ吹く風と、ツクヨは話しかけてきます。
「安心しろ。毒など仕込んでいない。味も保証する。しっかり食って、明日に備えてくれ。ぜひとも万全のコンディションで明日を迎えて欲しいからな」
「どういう意味、それ?」
ファム様がツクヨに尋ねましたわ。するとツクヨの代わりにツクヨの従者という少女、コウが答えましたの。
「明日、ハルカを賭けての勝負を行いますので。貴女方にコンディションを崩されては困ります。体調が悪かったから負けたなどと言い訳されるのは、極めてウザいので」
「貴様ら……我等が負けると言うのか?」
無表情でさらりとこちらを侮辱したコウに対し、怒気を孕んだ口調で問うクローネ様。
「その通りです」
またしてもさらりと返すコウ。
「面白い、何ならこの場で勝負を付けるか?」
コウの侮辱に怒り心頭のクローネ様。伝説の三大魔女として、ここまでコケにされては黙っていられませんのね。ナナ様も先ほど以上に殺気を放っておられますわ。まさに一触即発の事態。でも私では止められない、どうすれば……。
「あ、お肉とワインおかわり~。急いでね~」
突如、響きわたるのんきな声。ファム様ですわ。
「あのさ~、食事の場でケンカはみっともないよ。せっかくの美味しい料理が台無しだよ? ほら、ハルカちゃんやミルフィーユちゃんも困ってるし。ね?」
「ちっ、分かったよ。ファム」
「確かに食事の場で争うのは行儀が悪いな」
「へ~、軽そうな外見とは裏腹に、なかなかやるな、赤毛の魔女」
ファム様に言われ、引き下がる3人。さすがはファム様ですわね。それに引き替え、私はまだまだですわ…….。
その後、食事も終わり、今は全員紅茶を飲んで一息付いているところ。それでも雰囲気はピリピリしていますが……。そんな中、またしても邪神ツクヨ。
「先ほど聞いた様に、明日ハルカを賭けて勝負をする。だがな、俺としては穏便に済ませたいんだ。俺は平和主義者だからな」
「マスターは平和主義者という単語について辞書を引かれるべきでは?」
「うるさいぞコウ。いらん事を言うな。まぁ、それはともかく、率直に言うぞ。ハルカの師匠、ナナと言ったな。ハルカを譲ってくれ。あれほどの良い娘はそうそうおらん。ぜひとも欲しい。もちろん、タダとは言わん。対価は支払う。とりあえず、これでどうだ?」
邪神ツクヨのハルカを譲ってくれとの発言に思わず凍り付く私達。そこへ更に追い打ち。私達の目の前に現れた、大量の品々。武具に魔道書、その他色々。どれも超一流、いえ、伝説級ですわ! これほどの質と量の品々を惜しみなく出すなんて……。
「以前、オーディンの奴からぶんどったグングニル。トールをぶちのめして手に入れたミョルニル。ルーから奪ったブリューナクにフラガラッハ。魔道書では、悪夢の王、黒の聖典。後、ナナ。あんた酒好きだってな。ネクタルにアムリタも付けてやる。他にも要求が有るなら言え。ハルカを譲ってくれるなら、安いもんだ」
聞いた事も無い名前ばかり。ですがどれも伝説級。途方もない価値が有りますわ。それと引き替えにハルカを譲って欲しいと言う邪神ツクヨ。どうしますの、ナナ様? するとナナ様が口を開きましたわ。
「そうだね、これっぽっちじゃハルカは譲れないね」
ちょっとナナ様! まさかハルカを売る気じゃ! そこへ更にナナ様は続けます。
「ハルカは渡さない! 代わりにあんたの首をよこしな!」
はっきりと邪神ツクヨの提案を拒否したナナ様。それでこそ、私の恋のライバルですわ! そんなナナ様に対し、肩をすくめるツクヨ。
「やれやれ、ハルカの師匠だから穏便に済ませてやろうとしたのにな。交渉決裂だな。コウ、明日の準備を済ませておけ。そしてお前ら、ここから生きて帰れると思うな。金髪のお嬢ちゃん、ミルフィーユだったか。君は特別サービスで帰してやる。じゃ、コウ、イサム、ハルカ、行くぞ!」
そう言うと、ツクヨはハルカ達を連れて去っていきました。今は耐えるしかありません。全ては明日。
明けて、翌朝。朝食を済ませた私達は、それぞれにあてがわれた部屋にて待機。ツクヨとの勝負に備えます。そして、ついにその時が来ましたわ。午前10時。ツクヨポリス内のコロシアム。通路を抜け、表舞台に出た私達。観客席は超満員。ツクヨと私達の勝負については昨日知らされたばかりのはずなのに。そして、ツクヨ達が登場。次の瞬間、凄まじいツクヨ様コールが巻き起こりましたの。
「「「「ツクヨ様!! ツクヨ様!!」」」」
凄まじいまでの熱狂。そして私達に向けられる敵意。正直、怖いですわ……。社交界で向けられてきた敵意などとは、比べものにならない。するとナナ様が、手を握ってくださりました。
「これが邪神の力。凄まじいまでのカリスマ。狂信者共の敵意に飲まれるんじゃないよ。私達は必ずハルカを取り戻して、元の世界に帰るんだ」
「はい! ナナ様!」
見ればクローネ様、ファム様もこちらを見てうなずいていましたわ。さぁ、勝負ですわ! 邪神ツクヨ!
「それじゃ、ルールを説明するからな。よく聞けよ」
コロシアムの中央に設置された、四方、20メートル程の舞台。その前で話すツクヨ。
「勝負は俺、邪神ツクヨ対、魔女チーム。対戦相手が降参するか、戦闘不能になれば勝ち。魔女側は、何人で挑もうが構わない。武器や魔法の使用も有りだ。時間は今日一日。魔女チームが勝てばハルカを返してやる。だが、俺が勝ったらハルカを貰う。以上だ」
ルールを説明し終わったツクヨにナナ様が質問。
「ルールは分かったよ。だが、ハルカはどこだい?」
言われてみれば、ハルカがいません。コウとイサムはいますが。
「あぁ、ハルカならあそこだ」
そう言って、指差すツクヨ。見れば祭壇の様な物の頂上。椅子に座った形のハルカ。ですが、椅子に縛られて、口には猿ぐつわをかまされていますわ!
「ん~~っ! ん~~っ!」
何かを言ってジタバタしているハルカ。なんて事をしますの!
「そう睨むなよ、お嬢ちゃん。勝負の邪魔をされたら困るからな。なに、勝負が終わったら放してやるさ」
「そうだね、さっさとやろうじゃないか。舞台に上がりな、邪神ツクヨ! この私、ナナが相手だ!」
ツクヨに勝負を挑むナナ様。一人で戦うつもりですの?! 危険すぎます! ここは全員で挑まないと。ツクヨは何人で挑んでも良いと言いましたし。クローネ様、ファム様も同意見。
「意地を張るなナナ。あれは1人で敵う相手ではない」
「そうだよナナちゃん。みんなで力を合わせて戦おう」
ですが、ナナ様は首を縦に振りません。
「……確かにあんた達の言う通りだね。邪神ツクヨ、ありゃ正真正銘の化物だよ。悔しいけど私より強い。でもね、あいつはハルカをさらったんだ! そしてそれは私の油断にも原因が有る。私がもっと強力な探知網を敷いていれば……。だからこそ、この落とし前は私が付けないといけない。分かっておくれよ。大丈夫、死ぬ気は無いよ。あのクソ邪神に目に物見せてやる」
強い決意を語るナナ様。どうやら説得は無理ですわね。
「分かりましたわ、ナナ様。その代わり、絶対に死なないでください。貴女とのハルカを巡っての勝負にこんな形で幕引きなんて嫌ですから」
「ふん、言われるまでも無いさ。それとはっきり言うけどハルカは私の物だからね!」
そう言って、舞台に上がるナナ様。どうか御武運を……。
「俺に1人で挑む気か。度胸は認めよう。だが、無謀だな」
「ふん、500年そこらしか生きていないくせに大口を叩くんじゃないよ」
舞台の上で睨み合うナナ様とツクヨ。ナナ様はいつもの黒ジャージ姿。愛用の魔水晶のナイフを抜き放ち構えます。対するツクヨは真紅のチャイナドレス。素手で構えナナ様に向かい合う。両者共、構えを崩さず、睨み合いが続きます。これが、何も無い場所であるなら、大火力の攻撃を放てるでしょうが、今回は近くにハルカが囚われています。下手に大技を出せば、彼女に危険が及びますわ。ならば、残る手段は接近戦。
仕掛けたのは、両者共ほぼ、同時。ナナ様がナイフを、ツクヨは手刀を繰り出す。
ギィィン!
まるで金属のぶつかる様な音。ナナ様の魔水晶のナイフとツクヨの手刀がぶつかり合う。
信じられない光景。オリハルコン以上の硬度を誇る魔水晶のナイフと素手でぶつかり合って無傷なんて。
「速い! しかも良いナイフだな。俺の手刀で斬れないとは」
「お褒めに預かり光栄だね。素手でこのナイフを止めたのはあんたが初めてだよ、ツクヨ」
直後に離れ、距離を取る2人。
「全く、とんでもない化物だね。魔水晶のナイフを素手で止めるかい? 大火力の魔法は使えないし。ならば、これはどうだい?」
次の瞬間、ナナ様の姿が消え、直後にツクヨの前に。ですが……。
「残念だったな」
余裕の表情のツクヨと愕然とするナナ様。
「さっき以上の速さで、両目、喉、心臓、腹を狙ったは良かったが、甘いな。お前の力じゃ、俺に傷一つ付けられん。何なら魔法を使ってみるか? 無駄だがな!」
それを聞いて、怒りの余り、震えるナナ様。
「この腐れ邪神が!」
ナナ様は絶叫すると、ツクヨの周りに結界を張りました。それを見て、クローネ様、ファム様が真っ青になります。
「まずい! 禁呪だ!」
「ミルフィーユちゃん、伏せて!」
慌てて、その場に伏せる私。
「きれいさっぱり、消え失せろーーーーっ!!」
響き渡る、ナナ様の声。後で聞きましたが、結界内を恒星と直結させたそうですわ。
「どうだい……これならさすがに無傷じゃ……。えっ、そんな……」
自信に満ちた表情から一気に愕然とした表情になるナナ様。そこには無傷で立つツクヨの姿。全裸ですけど……。
「いや~、びっくりした~。なかなかスリルに満ちた体験だったぞ。しかし、服が全部燃えちまったな。早いとこ片付けて着替えるか」
ナナ様の禁呪の直撃を受けて全く無傷のツクヨ。その姿が突然消えました。
ベキャッ!
異様な音。
ナナ様の右腕が地面に落ちましたの……。
「ぐぁあああぁああっ!!」
響き渡る、ナナ様の苦痛の声。そして、ぐちゃぐちゃと音を立てて『何か』を咀嚼するツクヨ。その口の周りは真っ赤に染まっていますわ。
「美味い! さすがは悪逆非道の限りを尽くしてきた伝説の魔女だけあるな! こんなに美味い人肉は初めてだ! ククククク!」
この女、ナナ様の右腕を食いちぎった!
「お嬢ちゃんにはキツかったかな? だが、楽しいのはこれからだ」
更に、瞬時にナナ様の左腕、両足を食いちぎるツクヨ。四肢を失ったナナ様は地面に這いつくばり、動けない。にも関わらず、いまだにその瞳は闘志を失ってはいません。邪神ツクヨを睨み付けます。
「ま、まだまだ……。この程度で私が諦めると思うな……。邪神ツクヨ、私はお前を倒す……。ハルカを取り戻すんだ……」
四肢の傷口から大量の出血をしながらも、邪神ツクヨに挑もうとするナナ様。もう、やめて! このままでは、ナナ様の命が!
「これ以上は見ていられん!」
「ナナちゃん! 今、助ける!」
瀕死のナナ様を見かね、飛び出したクローネ様、ファム様。
「邪魔だ! 紅い雷!」
しかし、ツクヨの放った毒々しい赤い雷撃がお2人を直撃、吹き飛ばす。
「ぐぁっ!」
「キャアアアッ!」
「クローネ様! ファム様!」
「バカ共が、邪魔するからだ」
「クローネ……、ファム……」
吹き飛ばされた2人を見て、呟くナナ様。そんなナナ様を見ながらツクヨ。
「どうやら、痛め付けても心を折れないみたいだな。ならば、これはどうだ?」
嫌らしい笑みを浮かべるツクヨ。その真紅の瞳が、ナナ様の瞳を見つめる。直後。
「嫌ァアアァアああああああああああああああっ!」
突然、絶叫を上げて、苦しむナナ様。
「嫌ァッ! お願い! もうやめて! 許して!『ハルカ』!」
えっ? 『ハルカ』?
一体、ナナ様はどうしましたの? 何を言っていますの? 分かりませんが、これは危険ですわ!
「どうだ? 過去の罪をハルカに知られた上、徹底的に責められ、なじられ、最後に去られる幻覚は? 何せ、実際にやった事だからな、さぞかし効くだろう。お前にとって最も恐ろしい事はハルカに嫌われる事、ハルカを失う事だからな!」
とうとう、その場にうずくまり動かなくなるナナ様。
「さて、終わらせるか。ナナ、お前がいなくなっても、イサムが責任を持ってハルカを幸せにしてくれるさ。という事だから、安心して……死ね!!」
動けないナナ様に向けて、ツクヨの必殺の一撃が繰り出される。
「やめてーーーーーーーーっ!!」
私の絶叫。誰か! 助けて!誰か!
圧倒的な強さの邪神ツクヨ。ナナさんだけでなく、クローネ、ファムも一蹴。そしてナナさんに迫るツクヨの必殺の一撃。ナナさん絶体絶命の危機。果たして、ハルカ、ナナさん達の運命や、いかに?
次回、遂に邪神ツクヨ編、完結!