第4話 メイドとお嬢様 後編
「逃げられてしまいましたわ。しかし、なんて速さですの……」
私をブラッディハンターから助けてくれた銀髪のメイド、ハルカ。
彼女の持つ、無色透明の刃の短剣について尋ねたら、
「すみません! 秘密です!」
と言うなり、あっという間にこの場から走り去ってしまいましたの。
短剣の事が知りたくて気が急いていたとはいえ、私としたことが、迂闊でしたわ。いきなり短剣の事を聞くのではなく、まずは当たり障りの無い話をして打ち解け、警戒心を解いてから聞くべきでしたわ。もし、エスプレッソがいたら、
「さすがはミルフィーユお嬢様、お見事な無神経ぶりでございます。凡人には到底、真似出来ません」
と、ここぞとばかりに皮肉を言われていましたわね。
しかし、あの短剣は気になりますわね。ブラッディハンターを容易く斬り殺す、無色透明の刃の短剣。考えられる可能性としては、オリハルコンを上回るという、伝説の鉱石。魔水晶が濃厚ですわね。確証は有りませんが。もし、そうならば、魔水晶は単なる伝説ではなかったということになりますわね。
更に、彼女自身からも強大な魔力を感じましたわ。私が見た巨大昆虫達の死骸は恐らく、彼女の仕業ですわね。また会えると良いのですけれど。色々、話をしたいですし、手合わせもしたいですわ。
「ふぅ、追っては来ない様だね」
ミルフィーユさんに短剣の事を聞かれ、その場から逃げ出した僕は、追って来ない事を確認して一息ついた。まぁ、高機動魔法メイドとなるべく鍛えられた僕のスピードはかなりの物だしね。
ミルフィーユさんには悪いけど、本当の事は言えないし。それにしても、綺麗な人だったなぁ。強大な魔力も感じたし、相当な実力者だね。多分、僕と同じ様に、実戦訓練か何かで来たんだろうね。
さて、本来の目的に戻らないと。ブラッディハンターを後、9体倒さないといけない。早く、ノルマを達成して帰りたいよ……。
あれから4日経ち、魔蟲の森に来て7日目になりましたわ。今日の夕方に帰る予定ですわ。ハルカとは逃げられて、それっきり。しかし考える程、不思議な人ですわね。
私の目から見ても、文句無しの美少女。本当に綺麗な銀髪碧眼でしたわね。それでいて、少年の様な話し方。何だかちぐはぐな感じを受けましたわ。
しかも、大陸有数の危険地帯である、この魔蟲の森にメイド服で来ている事、魔水晶製と思われる短剣を持つ事、巨大昆虫を容易く斬り殺す腕前、強大な魔力、驚異的な速さ、一体何者なのかしら? 何故、ここにいるのかしら?
ぜひとも、もう一度会いたい。会って話をしてみたい。
魔蟲の森に来8日目。既に、ブラッディハンターを19体倒した。今回のノルマ達成まで後、1体。でも油断禁物、何が起きるか分からないからね。
そんな中、ふと思ったのはミルフィーユさんの事。あの後、どうしたのかな? 短剣の事を聞かれたので、逃げてしまったけど……。
あれ以来、ミルフィーユさんとは会っていない。魔蟲の森は広いし、既に帰ったのかもしれないけど。そう考えていた、正にその時だった。当のミルフィーユさんとばったり出会ってしまった。いや、本当に何が起きるか分からないね……。
その時、正直、我が目を疑いましたわ。。この広い魔蟲の森の中でハルカと再会出来るなんて。向こうも戸惑っていますわね。これはチャンスですわ。
次の瞬間、私はハルカの手首を取って、肘関節を極めていましたわ。エスプレッソに仕込まれた、関節技が役立ちましたわ。
手荒なやり方は好みませんが、逃がす訳にはいきませんもの。
「痛い! 痛い! 放して下さい!」
「こうでもしないと貴女は逃げるでしょう?」
「逃げませんから、放して下さい!」
「本当に逃げませんの?」
「本当です!」
どうしましょう? いつまでもこのままというわけにもいきませんし、ハルカが嘘を言っている様にも思えません。暫し迷いましたが、私は技を解いてあげましたの。
技を解いてあげたら、ハルカは自分で言った通り逃げませんでしたわ。律儀な人ですのね。技を解いた途端、約束を破って逃げる人も多いのに……。
「あ~、痛かった~、酷いですよ、いきなり肘関節を極めるなんて……」
「手荒な真似をした事は謝りますわ。でも貴女に先日の様に逃げられたくなかったのですもの。私は貴女と色々お話がしたいと思っていますの」
「先日の事は僕も謝ります。ただ、僕にも色々と事情が有って、何もかも話す事は出来ません。それでも良ければ」
「構いませんわ。人にはそれぞれの事情が有りますし。貴女にとって不都合な事は話さなくても良いですわ」
周りに結界を張り、私達はお互いの事を話しました。ハルカは、遠い場所の出身である事。母、姉、妹の4人家族だった事。もう故郷には戻れず、家族にも会えない事。今は保護者兼、雇用主兼、師匠の元でメイドとして働いている事、等を話してくれましたわ。詳しい事は話してくれませんでしたが。
それにしても驚いたのは、ハルカが魔法や武術を始めて、4ヶ月程しか経っていないという事ですわ。ハルカ自身の才能もさることながら、ハルカを鍛え上げた保護者兼、雇用主兼、師匠のナナさんという方、何者ですの? 大変な実力者の様ですが。ハルカに聞いても教えてくれませんでしたし。
「さて、話はこれぐらいにして、もう行きましょうか」
ひとしきり話をした後、ハルカがそう言って立ち上がりましたわ。そうですわね。いつまでも話をしている訳にはいきませんわ。
「ハルカ、よろしければ、夕方の5時まで一緒に行動しません? 貴女の戦い方を見たいですわ」
「良いですよ。もっとも、僕はまだまだ未熟者ですけど」
「それはお互い様ですわ。さあ行きましょう!」
ハルカ、貴女の戦いぶり、とくと拝見させて頂きますわ!
もしや、ハルカはランクS以上の実力者かもしれませんわね……。
事実、それを裏付ける様に、ハルカはいとも容易く、巨大昆虫達を倒していますわ。
「 ヒュオッ!」
一瞬の風切り音と共に、斬り捨て、
「パキィィィィン!」
初歩魔法の一撃で凍らせてしまう。これが私と同年代かと思う程の圧倒的な強さ。私もハルカの師匠の元で学びたい。ハルカが羨ましいですわ……。でも、ハルカに聞かれたら怒られますわね『死にたいのですか』と。
私とハルカは事情が違いますわ。私は今回、7日目の午後5時になれば、家に帰れますが、ハルカは師匠に課せられたノルマを達成しないと帰れない。しかも今回のノルマはランクAAAの魔物、ブラッディハンターを20体倒せというもの。それを聞いた時は、驚きましたわ。しかも、既に19体倒したと聞いて、更に驚きましたわ。ハルカの師匠のやり方は強くなるか、死ぬかのどちらかですわね……。
ちなみにハルカは既に、ブラッディハンターの20体目を倒し、今回のノルマを達成しました。本来なら、帰る所を私に付き合ってくれていますわ。
私も負けてはいられませんわ。名門スイーツブルグ家の名にかけて。巨大昆虫達、私の火炎魔法を受けてみなさい!
「炎魔紅蓮砲!」「炎魔烈火陣!」
今の時刻は午後4時半を廻った所。もうすぐ、私は帰る事になりますわ。ですがその時、それは現れましたの。真紅の巨体を持つ魔物。魔蟲の森の頂点に立つ存在。ブラッディハンターの女王、ブラッディクィーン。
「何だか、やたら大きいのが出てきたなぁ。何これ……」
「ブラッディクィーンですわ! ブラッディハンターの雌にしてランクSの魔物。魔蟲の森、最強の存在ですわ!」
「もしかして、僕がブラッディハンターを倒したから、怒って出てきたのかな?」
「その様ですわね!」
ブラッディハンターは、カマキリでありながら、その実、蟻同様の女王を頂点とした社会を築いています。ブラッディハンターの方がより、苛烈ですが。たった1匹の女王に大量の雄が奴隷として仕え、時には喰われ、酷いと特に理由も無く殺されるとか。
正に暴君ですが、そんな暴君だからこそ、自分の所有物たる雄達を殺したハルカに対し、猛烈な怒りを露にブラッディクィーンが襲ってきましたわ。
「ミルフィーユさんは下がって! こいつの狙いは僕です。僕が片付けます!」
「そんな! 死ぬ気ですか、ハルカ!?」
「大丈夫、僕に任せて下さい! 新魔法を食らわせてやります!」
本当に大丈夫ですの、ハルカ?
私が距離を取って見守る中、ハルカとブラッディクィーンの戦いは始まりましたわ。ブラッディクィーンの巨体に見合わぬ、素早い攻撃をことごとくかわすハルカ。速さと華麗さを兼ね備えまるで舞っているかの様ですわ。そしてハルカの魔力が高まって行くのが感じられますわ。これは、相当な高位魔法を発動させる気ですわ。
しかし、これだけの猛攻をかわしながら、高位魔法の発動の準備を行うなんて……。
そして決着の時が来ましたわ。攻撃をかわし続けていたハルカが、ブラッディクィーンの正面に立ちましたの。そして、魔法を発動。
「氷魔凍嵐砲!」
ハルカの手から放たれた、収束された吹雪がブラッディクィーンの上半身を吹き飛ばしましたわ……。
「ハルカ、貴女には本当に驚かされましたわ。あれだけの猛攻をかわしながら氷系の上級魔法を発動させ、ブラッディクィーンを一撃で倒すなんて」
「いや、正直出来るかどうか、不安でした。出来て良かった~」
「全く、貴女という人は……」
「まぁ、結果良ければ全て良しという事で」
「そうですわね」
間もなく午後5時、お別れの時が迫っていましたわ。私はハルカに手紙を渡しました。我が家への招待状ですわ。本当はアドレスの交換をしたかったのですが、携帯やスマホを持っていないそうなので。
「ハルカ、その内、我が家に遊びに来てくださいね。歓迎致しますわ」
「はい、いずれナナさんに休みを貰って伺います」
最後に私達は握手を交わしましたわ。
そして午後5時、帰る時間ですわ。私の足元に魔法陣が現れ、次の瞬間、私は我が家の転移魔法陣の部屋にいましたの。そこには執事のエスプレッソが待っていましたわ。
「ただいま戻りましたわ、エスプレッソ」
「お帰りなさいませ、ミルフィーユお嬢様。せっかく良い葬儀社を見付けたのに無駄になりました」
「それは残念でしたわね」
「ミルフィーユお嬢様は、やけに楽しそうでございますね」
「今回は良い事が有りましたの」
「ほう、それは興味深いですな」
「行っちゃった。さて、僕も帰ろう」
ミルフィーユさんを見送った僕は帰るべく、ナナさんに連絡を取る。
「ナナさん、ハルカです。今回のノルマを達成しました。呼び戻して下さい。後、お土産に果物を採ってきました」
『分かったよ、今呼び戻してやるから』
ナナさんから念話で返事が来て、次の瞬間、僕はナナさんの屋敷に帰って来た。
「ただいま、ナナさん」
「お帰り。今回はノルマを達成したのにすぐに帰らなかったじゃないか。何か有ったのかい?」
「実は今回、初めて僕と同年代の女の子に会いました」
「珍しい事も有るもんだね。詳しく聞かせな」
僕は今回の出来事をナナさんに話して聞かせるのでした。
毎回、ネタが出ずに苦しんでいます。しかも駄作しか書けない。書きたい事をうまく文章で表現出来ない事が悲しいです。
後、何かと修正の多い事をお詫びします。投稿した後で読み返してみて、あちこちで、ダメな点が見付かるので。