第48話 対面、邪神と伝説の魔女
やっと、やっと会えた……。私はこの時をどんなに待ち望んだ事か……。
「ナナさんですよね? 本物のナナさんですよね!?」
「当たり前だろ! こんないい女、この世に二人といるもんか!」
お互いに固く抱き合う形で、言葉を交わす。見ればハルカは涙でグシャグシャの顔だった。まぁ、私も同じだったが。そこへクローネの厳しい声。
「ナナ、再会の感動に浸っている場合か! すぐに退くぞ!」
ファムの声も続く。
「そうだよ! 早くしないと、じきに敵が来るよ!」
確かにその通り。ここは敵の本拠地。ハルカ奪還の目的を果たしたのだ。一刻も早く脱出せねば。しかし、私達を監視していた連中はいい気味だ。まんまと、裏をかいてやった。今頃、さぞかし慌てている事だろう。私は昨夜の事を思い出す。
『ナナちゃん、起きて……』
深夜、私を揺り起こしたのは、ファム。せっかく人が気持ち良く寝てたのに起こしやがって。
『うるさいね~、あんた今、何時だと……』
文句を言おうとしたが、途中でファムに遮られる。
『文句言わない。監視を欺く為に、そろそろ出発するよ』
その言葉を聞いて私も態度を変える。
『分かったよ。クローネと小娘をさっさと起こさないとね』
『言われずとも起きている』
いつの間にやら起きていたクローネ。さすがだね。それに引き換え、未だにグースカ寝ている小娘。
『全く、世話の焼ける小娘だね』
すると、ファムとクローネが微妙な顔。
『ナナちゃんがそれを言う?』
『そのふざけた代物はさっさと片付けろ』
『失礼だね、あんた達。これのどこがふざけているんだい? この私の傑作だよ?』
私がずっと抱えているのは、私特製の等身大ハルカ抱き枕。実戦訓練に送り出した際といったハルカの留守中の時用に作った物さ。表側は、メイド服姿のハルカがプリントされていて、裏側は……あられもない姿のハルカがプリントされている。肌触りも抜群だよ。ハルカのいない夜はこの抱き枕を抱きしめて寝る事で、寂しさをまぎらわせている。ハルカ本人を抱き締めるのが一番だけどね。とりあえず、早いとこ小娘を起こして脱出だ。
『ほら小娘、さっさと起きな!』
私は掛け布団をひっぺがし、無理やり小娘を起こす。
『ちょっと何ですの? こんな時間に起こすなんて……』
私が起こされた時と同じ様な事を言う小娘。見るからに不機嫌。気持ちは分かるけどね。だが、今は脱出が先。
『私達は監視されてる。奴らの裏をかく為に、脱出するよ』
小娘は驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻す。
『分かりましたわ、すぐに準備しますわ』
『早くしな』
『ところでナナ様、その抱き枕、私にも作って頂けません?』
『お断りだよ』
そんな私達のやりとりを見てファムとクローネ。
『ミルフィーユちゃん、だんだんナナちゃんに似てきたね』
『困ったものだ』
数分後。
『それじゃ、ファム、頼むよ』
『任せて。とびきりのダミーを作るから』
監視の目を欺く為、ファムに私達のダミーを作って貰う。昔、ファムと敵対していた頃に何度も煮え湯を飲まされたダミーだけあって、良く出来ている。会話はもちろん、食事や排泄まで出来る。これをダミーと見破るのは容易ではない。
さて、ダミーを列車の客室内に残し、私達は、脱出だ。せっかく最高級の客室を取ったのにね……。だが、ハルカ救出には代えられない。必ず、ハルカを取り戻し、元の世界に帰るんだ。その決意を胸に私は列車の窓を開ける。開けた隙間から冷たい夜風が吹き込んでくる。続いて、私はビー玉の様な小さな玉を出す。緊急脱出用のカプセルさ。私が念じると、私、クローネ、ファム、ミルフィーユの小娘の、計4人が中に吸い込まれる。それを私のダミーが窓から投げ捨てた。かくして列車から脱出した私達だが、もうこんな脱出の仕方は御免だ。投げ捨てられ、地面を転がったカプセルのせいで、目が回ったよ。あ~、気持ち悪い……。4人揃って、しばらく休む羽目になったよ……。
しばらく休んで、全員回復した事もあり、改めてツクヨポリスを目指す事にする。敵に悟られず、なおかつ、迅速に向かいたい。
『これからどうしますのナナ様? 何か別の移動手段を考えないと』
ミルフィーユの小娘が聞いてくる。もちろん手は有る。ファムに続いて、クローネの出番だ。
『クローネ、あんたの馬車を出しとくれ』
『うむ、あれならば、そう簡単には探知されないな』
『どういう事ですの?』
不思議そうな小娘。そんな小娘に私は答える。
『じきに分かるさ』
『アタシはあんまり乗りたくないけどね』
ファムは嫌そうな顔をしていたが。そうこうしている内にクローネが『馬車』を呼び出す。久しぶりに見るね。相変わらず、不気味なデザインだよ。そう、クローネが呼び出したのは、冥界の馬車。この世の存在ではない上、クローネの改造により、基本的に探知に引っ掛からない。更にデタラメなスピードを誇る。ファムのダミー同様、かつて敵対していた頃には何度も痛い目に会った。
『さぁ、乗れ!』
クローネに促され、冥界の馬車に乗り込む。
『本当に乗って大丈夫なんですの、これ? 冥界行きなんて嫌なんですけど……』
ミルフィーユの小娘が不安を訴える。そりゃそうだよね。冥界の馬車なんて乗りたくないだろう。
『大丈夫。クローネを信じな。ほら、私達も乗るから』
私がそう言うと、覚悟を決めたらしい。
『分かりましたわ。乗ります。クローネ様、お願いしますわ』
『うむ、全員乗ったな。では出発だ』
私達4人を乗せた冥界の馬車は、猛スピードでツクヨポリスを目指し走り出す。ちなみにこの馬車は、普通の人間には見えない。実に便利だ。そんな中、ミルフィーユの小娘が話しかけてきた。
『あの、ナナ様。この様な物が有るなら、何故、最初から使いませんでしたの?』
それに対し、私は答える。
『全ては敵を欺く為さ。ここは邪神のいる世界。私達が侵入した事はバレバレ。早い内から監視が付いていたよ。だが、奴ら、私達、三大魔女を甘く見ているね。あの程度の監視で私達に通用すると思うな。逆に一杯食わせてやる。私達が魔力を温存し、時間を掛けて移動すると思わせて、実際は高速移動し、ツクヨポリスを目指すのさ』
『うまくいくと良いのですが……』
『弱気になるんじゃないよ』
『そうですわね』
冥界の馬車は、ひた走る。
特に妨害も無く、たどり着いたツクヨポリス。予想以上に大きな都市だ。だが、ここへ来て、問題発生。
『結界か……。正規の手段以外での侵入者は通さないって事かい』
『さすがは邪神ツクヨの名を冠する都市だけはあるな』
『バレない様に破るのは難しいよ、ナナちゃん』
ツクヨポリスは強力な結界で守られていて、私達、三大魔女でも容易には侵入出来ない。派手に破る訳にもいかないし。結局、地道に結界に穴を開ける事になり、やっと穴開けに成功した時には既に夕方だった。
やっと入れたツクヨポリス。ところが、今度はハルカの気配が無い。どうやら、ここにはいないらしい。私とした事がうかつだった。結界破りに集中するあまり、ハルカの所在の確認を怠った。いやまて、この気配は……。
こちらに近付いてくる、強大な氷の魔力。間違いない! ハルカだ! 他の三人も気付いたらしい。さっそく、ハルカ奪還の打ち合わせをする。とりあえず、ハルカを確認したら、クローネ、ファムが騒ぎを起こし、注意を引き付け、私がハルカを救出。ミルフィーユの小娘は私のバックアップ担当。そして、作戦は成功。私はハルカを取り戻す事が出来た。その時点では……。
あぁ、温かい……。腕の中に抱き締めたハルカの温もりを味わう私。ハルカも同じく、私に抱き付いて離れない。すぐに退くべきとは分かっているけど……。だが、幸せな時間は無情にも終わりを告げる。
「ナナ様! 逃げて!!」
突如、響き渡る、ミルフィーユの小娘の叫び声。頭上から迫る圧倒的な力の気配。私はハルカを抱き抱え、その場から飛び退く。正に間一髪。凄まじい轟音と衝撃。さっきまで私のいた場所にちょっとしたクレーターが出来る。そしてクレーターの中心には、1人の若い女が、地面に拳を打ち付ける形で片膝を付いていた。
その女が立ち上がり、こちらを見る。ポニーテールにした長い黒髪、透き通る様な白い肌、長く尖った耳、ルビーの様な真紅の瞳、抜群のプロポーション。私から見ても絶世の美女。私はその女に見覚えが有った。そう、邪神、黒乃宮 月夜だ。
「ふん、あの程度はかわすか。随分と好き勝手に暴れてくれた様だな。全く、諜報部のバカ共が。あっさりダミーに騙されやがって。おかげで俺が出る羽目になったじゃねぇか」
不機嫌さを隠そうともしないツクヨ。こいつ、私達がダミーを使った事に気付いていたのか。
そんな私を無視して、ツクヨは大声を上げる。
「落ち着け、お前ら!!」
辺り一帯に響き渡るその声。クローネの死人兵、ファムの夢幻獣に怯えてパニックを起こしていた連中がたちどころに鎮まる。
「そいつらは、こけ脅しだ。恐れる事はない。ま、鬱陶しいから片付けてやる」
ツクヨはそう言うと指をパチンと鳴らす。たったそれだけで、死人兵、夢幻獣が全て消えてしまった。この事には私達全員が驚く。死人兵も夢幻獣もそう簡単には倒せない。ましてや超一流の魔女である、クローネ、ファムが呼び出した存在だ。それをただ、指を鳴らすだけで消し去るとは。恐るべき力の持ち主だ。
「あぁ、それとハルカは返して貰う」
ツクヨがそう言うと瞬時にその姿が消えた。直後、私の腕の中からハルカも消えた。
「どこ見てる」
ハルカが消えた事に動揺する暇さえ与えず、背後からツクヨが声をかける。その腕の中にはハルカ。この私が一瞬で腕の中のハルカを奪われるとは……。
「ちょっと! 離してツクヨ!」
ツクヨの腕の中から逃れようと、もがくハルカ。私達もハルカを助けようとする。だが……。
「動くな。余計な真似をしたらハルカの首をへし折るぞ。こんな細い首をへし折るぐらい、容易い事だ」
ツクヨの腕はハルカの首に巻き付いていた。いつでも、首の骨を折れる状態だ。
「ハルカ、君もおとなしくしろ。死にたくないだろ?」
ツクヨにそう言われ、ハルカも抵抗をやめる。悔しいが、ハルカを人質に取られた以上、主導権は向こうに有る。私達はどうする事も出来なかった。
「マスター」
「遅いぞ、コウ」
ハルカを人質に取られ、動けない私達の前に、1人の小娘が現れた。どうやら、ツクヨの配下らしい。
「確認された被害ですが、さほど重大な物ではありません。物的被害が主で人的被害は軽微です。負傷者はいますが、いずれも軽傷。死者はありません」
「そうか。負傷者は治療班を派遣しろ。街の被害はお前が修復しろ」
「かしこまりました。では、街の修復をしましょう」
さっきから表情一つ変えない小娘が、なにやら術を発動させる。私の知らない術だ。すると、あちこち壊れていた町並みが、たちどころに修復される。それも新品で。敵ながら大した奴だ。
「さすがはコウだな。相変わらず便利な奴だ」
「後で代金を請求します。マスター宛に」
「前言撤回、がめつい奴だ……。ま、それはさておき」
こちらを見るツクヨ。どうする気だ?
「付いて来い。せっかくここまで来たんだ。歓迎してやる。旨い飯と酒を用意してやろう。そこの金髪のお嬢ちゃんはジュースだな」
「あんた……私達をナメてるのかい?!」
あまりにも余裕綽々のツクヨの態度にキレる私。だが、ツクヨは動じない。
「ナメてなんかいない。ただ、自信が有るだけだ。ほら、さっさと来い。イサム、コウ、お前らもな」
そう言うなり、ハルカを捕まえたまま、スタスタ歩き出すツクヨ。どうやら行くしかないね。しかし、邪神ツクヨ、一体何を考えているんだい?
ついに、ナナさんとツクヨが対面。しかし、圧倒的に強いツクヨ。ナナさん達を前にしても余裕綽々。次回は、いよいよツクヨとナナさんが対決。果たして、ナナさんはツクヨに勝てるのか?