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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第47話 イサムとハルカの初デート 後編

 ツクヨから、ツクヨポリス一日遊覧フリーパスを貰った僕とイサム。2人で思う存分、楽しんでこいとの事。


 何故かイサムは凄く気合いが入っていて、わざわざ大神殿の門前で待ち合わせを言い出した上に、服も見るからに高級そうなセンスの良い服を着てきた。ちなみに僕はいつものメイド服。これしか持ってないし。そして、イサムの提案で最近出来た遊園地へ遊びに行く事になった。ただ、大神殿はツクヨポリス中心の小高い丘の上に有るから階段を降りて、下の街まで出ないとね。あれ? イサムがサングラスを取り出した。


「どうしたのイサム? 急にサングラスなんか掛けて」


 するとイサムが答えてくれた。


「いや、その、ツクヨポリスの人達に俺と気付かれるとマズイから。もしバレたら、大騒ぎになる。俺はツクヨさんの側近って扱いだから」


 なるほど、言われてみれば、そうだね。イサムはツクヨと行動を共にしている。周りから見れば、側近、腹心に思える。そんなイサムならば、バレたら大騒ぎ確定。とてもじゃないけど、遊ぶどころじゃない。でもねイサム。悪いけど、似合わない。それにサングラスでどこまで誤魔化せるやら。僕はそう思ったけど、口には出さなかった。






 ハルカと一緒に長い階段を降りる。一応、正体を隠す為にサングラスを掛けた。俺達が来ている事はまだ非公開。基本的にツクヨさんは大きな式典の時しかツクヨポリスに来ない。むやみやたらと来ては、邪神としての威厳に関わるのと、ツクヨさん自身があまり来たがらないからだ。今回はいわゆるイレギュラー。まぁ、それはそれとして、せっかくツクヨさんがお膳立てしてくれた、ハルカとの遊園地デート。なんとしても成功させねば。理想は結ばれる事だけど、さすがにそこまでは無理だろう。恥ずかしいし、経験も無い。でも、少しでも関係を進めたい。友達以上になりたい。現状、俺はハルカにとって友達でしかないみたいだし。

 

 長い階段を降りて、2人で並んで街を歩く。目指すは駅。ツクヨポリスはとにかく広い。今、俺達がいるのは中央エリア。今回の目的地の遊園地は、もっと外周のエリアに有る。列車に乗って5駅。


「賑やかな街だね~」


 感心したらしいハルカ。


「そりゃ、そうさ。なんといっても、メツボー教国首都にして、メツボー教の総本山が有るからね。言っとくけど、これぐらいで驚いていたらダメだよ。年に一度の降臨祭の時は更に凄いよ」


「降臨祭って?」


「ツクヨさんが邪神として降臨した日を記念する祭だよ。3日間に渡って行われる、メツボー教の一大イベントさ。残念ながら、今年の祭はもう終わったけど」


 本当に、降臨祭は凄く盛り上がるからな。屋台やイベントが目白押し。国内、国外から大勢の人達が集まって飲んで、食べて、遊んで、みんなで大騒ぎ。出来たら、来年の降臨祭はハルカと2人で参加したいな。そう思う俺。思うだけで言えないけど。あ~情けない……。






 イサムと二人、おしゃべりをしながら、街の景色も見つつ、歩く事しばらく。僕達は駅に着いた。イサムに教わり、フリーパスを改札機の読み取り部に当て、駅構内へ。程なくして、列車がホームに入ってきた。2人で乗り込み、空いている席に並んで座る。そういえば僕、異世界で列車に乗るのは今回が初めてだ。長距離移動の際は、いつも空間転移を使っていたから。何か新鮮。やがて、列車は走り出した。目的地の遊園地は5駅先だそうだ。駅を降りたらすぐ目の前が遊園地らしい。僕は流れる景色を窓から見ている。


 そ~っ、さっ!


 ふと思った。もし、僕が事故死しなければ、普通に人生を送っていたならば、一人の社会人として、列車の窓から流れる景色を見る生活を送っていたのかな?


 そ~っ、ぱっ!


 ……やめよう。所詮、もしもの、仮定の話だ。現実には僕は銀髪碧眼の美少女となり、異世界にいるのだから。


 そ~っ……


「ねぇ、イサム。さっきから何してるの? 僕の方に手を出したり、引っ込めたり」


 列車に乗って、2人で並んで座席に座ってから何故か、妙な動きをするイサム。何がしたいのかな? 聞いてみたら、やけに慌てた様子。


「えっ! いやその……。そうそう!稽古の一環! ゆっくり手を出して素早く戻す稽古。空いてる時間を有意義に使いたいんだ」


「そうなんだ。イサムは真面目だね。少しはナナさんも見習って欲しいよ」


 イサムの真面目さに感心する僕。それに引き換え、ナナさんときたら、自堕落の極みだからね。ところでナナさん、僕がいない今、どうしてるのかな? ちゃんとご飯食べてるかな? 掃除、洗濯は? 家事全般まるでダメな人だから……。考えたら心配になってきた。でも今はどうにもならない。遊園地は楽しみだけど、やっぱりナナさんの元に帰りたいよ……。僕の思いとは関係無く、列車は走って行く。


「う~、手を握りたかったのに……」


「何か言った? イサム」


「いや、何でもないよ!」






「ここが新しく出来た遊園地か……」


「うわ~、大きいねぇ。僕、こんな大きな遊園地は初めてだよ」


 目の前に広がる巨大遊園地に驚く俺達。一応、パンフレットは事前に貰っていたが、やはり実物を見ると圧倒される。最新の技術を結集して作られたとか。もう少し詳しい事を知ろうと、パンフレットを読む。するとそこに、嫌な内容が。


『邪神ツクヨ様の右腕、コウ様によるプロデュース』


 今すぐにでも帰りたくなってきた。『あの』コウがプロデュースした遊園地。絶対まともじゃない。とはいえ、いきなり帰ろうなんて、ハルカにとても言えない。せっかく来たんだから。こうなりゃ覚悟を決めた、行こう。あまりにヤバかったら帰るけど。


「どうしたの、イサム?」


 心配そうに声をかけてくるハルカ。しまった、態度に出てたか。


「いや、何でもないよ。行こう」


 どうか無事に帰れますように。そう願わずにはいられない俺だった。






「何だか、変わった遊園地だね。やたら過激なアトラクションが多いんだけど……」


「そうだね。あんなのに乗る奴らの気が知れないよ……」


 最初に乗ったメリーゴーランドは、馬の乗り物が大暴れ。ロデオ気分が味わえると言う触れ込み。比較的穏やかなアトラクションでこれ。ジェットコースターやお化け屋敷なんか怖くて行けない。しかし、意外にウケているらしく、行列が出来ている。物好きな人達だね……。僕は絶対、嫌。幸い、普通のアトラクションも有るので、僕とイサムはそちらを選んだ。さて、次はどこに行こうかな? そう考えていたその時。


「ふえぇえぇぇえん! パパ~! ママ~!」


 4歳ぐらいだろうか。小さな女の子が1人で大泣きしていた。恐らく、迷子だね。両親とはぐれてしまったらしい。これは放っておけない。僕はイサムと一緒に女の子の元へ行き、話しかける。


「どうしたの、お嬢ちゃん? 何故、泣いているの?」


 すると女の子はしゃくりあげながらも答えてくれた。


「ひっく、ぐすっ、あのね。マジカルミーサがいたの。それでね、見に行って、帰ろうとしたらパパとママがいなかったの。探してもいないの……。えぐっ、ぐすっ……」


 あぁ、なるほどね。マジカルミーサとは、この世界で小さな子供達に大人気のアニメ。そして今日、この遊園地ではマジカルミーサのショーが開催されていた。どうやらこの子はショー見たさに両親から離れてしまったのか。しかもその後、両親を探して歩き回ったせいで、完全にはぐれたらしい。


 ショーの会場で待っていたらもしかしたら、両親が探しに来たかもしれないが、こんな小さな子供じゃ、じっと待つのは無理が有るね。両親が迷子の呼び出しをしても、一人じゃ迷子センターに行けないだろうし。ならば、僕達が迷子センターまで連れて行こう。きっとこの子の両親も探しいるはず。呼び出しの放送をして貰えば、迎えに来てくれるだろう。そうと決まれば早く行かなきゃ。


「大丈夫。お姉ちゃん達と一緒に迷子センターまで行こう。パパとママが迎えに来てくれるから」


 僕は出来るだけ優しく話しかけた。でも……。


「ダメ! パパとママが、知らない人に付いていったらダメって言ってた!」


 女の子は強い口調で拒否。困ったな、言っている事は間違っていないけど、このまま放ってもおけない。力ずくはしたくないし……。するとイサムが助け船を出してくれた。


「大丈夫、お姉ちゃん達は絶対、酷い事はしないから。約束する。ほら、指切りしよう」


「うん……」


 イサムはサングラスを外すと屈み込み、女の子の目線に合わせて話しかける。そして、女の子と指切りを交わす。


「ほら、疲れたでしょう。お姉ちゃんがおんぶしてあげるよ」


 更に、女の子に背中を見せる。女の子はしばしためらったものの、イサムの背中におぶさる。


「よし、それじゃ、行こうか? 大丈夫、必ず、パパとママが迎えに来てくれるからね」


「うん、ありがとうお姉ちゃん」


「どういたしまして。ところでお嬢ちゃんのお名前は?」


「レイチェル」


「そうか~、レイチェルちゃんか~。良い名前だね~」


 女の子を安心させる為だろう。イサムは女の子と他愛ない話をする。こうして僕とイサムは迷子のレイチェルちゃんを連れて、迷子センターに向かった。






 迷子センターに着いた僕達は、係の人に事情を説明し、呼び出しの放送を掛けて貰った。それからしばらく待つと、向こうから若い男女2人が走ってやって来た。


「レイチェル!」


「良かった、無事だったのね!」


 2人は迷子センターに入り、レイチェルちゃんの姿を見るなり、駆け寄り、母親らしい女性が抱き締める。


「パパ! ママ!」


 レイチェルちゃんも負けじと抱き締める。良い光景だな。


「お姉ちゃん達、ありがとう! バイバ~イ!」


 母親に手を引かれ、空いた手で、僕達に向かって元気良く手を振り、去って行くレイチェルちゃん。


 レイチェルちゃんのご両親は僕達にとても感謝してくれた。レイチェルちゃんがはぐれた事を知り、探し回るも一向に見付からず、途方に暮れていたそうだ。そこへ迷子センターからの呼び出しを聞いて、急いで駆け付けたとの事。


 ご両親は何度も僕達に頭を下げながら、レイチェルちゃんと一緒に帰って行った。


「良かった。無事にご両親と合流出来て」


 しみじみと言うイサム。


「そうだね、本当に良かったね。小さな子供にとって、知らない場所で一人きりは、心底怖いからね」


 するとイサムが言った。


「家族か……。いつか俺も家庭を持ちたいな。そして、あんな風に、親子揃ってどこかへ遊びに行けたらな……」


 イサムの横顔は、どこか淋しげだった。


「イサム?」


 気になって、話しかけたら、すぐにいつものイサムに戻った。


「ごめん、ちょっと、感傷的になっちゃった。気にしないで」


 気にはなったけど、これ以上は触れない方が良さそうだね。僕は話題を変えた。


「それじゃ、行こうか? 僕、お腹が空いたよ」


「そういえば、まだ昼飯を食べてなかったね。どこかレストランにでも行こう」






 レストランでハルカと一緒に昼飯を済ませ、午後も二人で、遊園地内を巡る。アトラクションで遊んだり、店を見て廻ったり。そうこうしている内に、いつしか、夕方になっていた。夜までには帰ってこいと言われたし、楽しかったデートもそろそろ、終わりか。では、デートの締めにパンフレットに書いてあったオススメスポットに行くか。


「ハルカ、今日の締めに、行きたい所が有るんだけど、良いかな?」


「うん、良いよ。どこへ行くの?」


「パンフレットに書いてあるんだけど、高台に有る広場だって。景色が抜群だってさ」


「良いね、僕も見たい」


 よし、ハルカのOKを貰えた。景色を見たいなら、観覧車という手も有るけど、ここの観覧車は、高速回転の上、土台が横回転する、ふざけた代物。縦横の高速回転観覧車なんか乗りたくない。全く、コウの奴、とんでもないプロデュースしやがって。何が斬新な遊園地だ。ま、それはともかく、広場へ行こう。


 この時、俺は気付いていなかった。その広場が『カップル』にオススメのスポットだと……。






「………………」


「………………」


 俺達、2人共、言葉が無かった。パンフレットに書いてある、オススメスポットの広場。いざ来てみれば、人目をはばからずイチャイチャするカップルだらけ。茂みの中からは、荒い息遣いや、あえぎ声が聞こえてくる。もしかして、俺達、とんでもない場所に来ちゃった? 横目でハルカを見たら、やはり状況に付いていけないらしく、呆然としていた。


 俺はやっと気付いた。ここはいわゆる若い男女が、その、イチャイチャする、オススメスポットなのだ。はっきり言って、居心地が悪い事、この上無い。完全に浮いている。しかし、景色が見事なのも、また確か。とりあえず、少し場所を変えるか。つい先程、一組のカップルが茂みの中に入って行ったし。あえぎ声なんか聞きたくない。


「ハルカ、場所を変えようか?」


「うん、そうだね。僕達、場違いみたいだし」


 そそくさとその場を後にした。


 くそ~、オススメスポットというから来たのに。台無しだ。






 イチャイチャするカップルだらけの広場から、場所を変えた僕達。少し離れた場所にベンチを見付けたのでそこに2人並んで座る。目の前には、素晴らしい風景が広がっていた。目にも鮮やかな、真紅の夕焼け。こんな綺麗な夕焼けの光景は久しぶりに見たよ。


「綺麗な夕焼けだね」


 ありきたりだけど、思った事を口にする僕。


「うん、そうだね。本当に綺麗だ」


 イサムも同感らしい。2人で、夕焼けの光景を静かに眺める。


『でも、ハルカの方がもっと綺麗だよ』


「あれ? イサム、今、何か言わなかった?」


「いや! 別に何も!」


 否定するイサムの頬が何だか赤く見えた。夕焼けのせいかな?






「ねぇ、ハルカ。君に聞きたい事が有るんだ」


 ベンチに座って夕焼けを見ていたら、イサムが話しかけてきた。とても真剣な顔で。


「何が聞きたいの?」


 僕も真面目に返す。


「ハルカ。君は師匠のナナさんの事をどう思っているの?」


「えっ!? 」


 思わず言葉に詰まってしまう。何故、この場でイサムがナナさんの事を聞いてくるのか?


「答えて」


 イサムは僕に答えを求める。


「それなら、前に話したでしょ。長い黒髪の似合う、巨乳美人で、魔法も武術も超一流の魔女だけど、普段はぐうたらでだらしないし、家事全般まるでダメな人だって……」


 僕は以前に話した事を繰り返そうとした。だが……。


「そうじゃないよ。俺が聞きたいのは、その、ハルカがナナさんを好きかどうかだよ……」


 イサムは僕の言葉を遮り、爆弾発言をかましてきた。


 僕がナナさんを好きかどうかって……。


「ごめん、変な事を聞いて。でも聞きたいんだ。どちらかと言えばでも構わないから」


 真っ直ぐに僕を見つめるイサム。答えない訳にはいかないね……。


「好きか嫌いかで言えば、好き……だと思う。少なくとも嫌いじゃないよ。嫌いだったら、とっくに逃げ出してるし」


 これが嘘偽りの無い僕の気持ち。ナナさんはぐうたらで、いい加減で、わがままで、大酒飲みで、食べ物の好き嫌いが多くて、ガチ百合で、セクハラ、夜這いの常習犯だけど、美人で巨乳で凄く強い。何より、異世界に飛ばされ、行く当ての無い僕を受け入れてくれた、優しい人。間違いなく、僕はナナさんに対して好意を持っている。ただ、これが恋愛感情かと言われると自信が無い。僕、恋愛って良く分からないんだ……。


 ふと、見れば、イサムは何だか暗い顔。


「そうなんだ……。やっぱりハルカはナナさんの事が好きなんだね……」


 この世の終わりが来たみたいな、暗い口調。


「あの、イサム?」


「ハルカは、もうすっかり百合に染まっているんだね……」


「ちょっとイサム?」


 暗いだけならともかく、聞き捨てならない事を言い出した。


「もうハルカの全てはナナさんの物なんだね……。ナナさんに美味しく食べられちゃったんだね……」


 もう、怒っても良いよね?


「いい加減にして、イサム! 僕は百合じゃないよ! ナナさんの物にもなってない! あんまり失礼な事を言わないでよ!」


 僕に怒鳴られて、びっくりするイサム。でもおかげで、自分の世界から戻ってきた。そして僕に尋ねる。


「本当に? ナナさんの事好きなんだろう? しかも長い黒髪の似合う、巨乳美人だし」


「確かにそうだよ。でも、ナナさんに恋愛感情を持っているかは僕にも分からないんだ」


 するとイサムは、一気に復活した。


「そうなんだ、ハルカはナナさんに対して恋愛感情を持っている訳じゃないんだね。百合でもないと」


「何故、そんなに嬉しそうなの? イサム」


「いや、別に何でもないよ。それよりもそろそろ帰らなきゃ」


 言われてみれば、夕暮れを過ぎ、夜になりつつあった。夜までには帰ってこいと言われたし、これは怒られるかも。


「そうだね、帰ろう。でも、怒られるかもね。帰ってくるのが遅いって」


「大丈夫、俺が責任を持つよ。慣れてるから」


「ふふっ、ありがとうイサム」


 さぁ帰らなきゃ。もし、イサムが怒られる様なら、僕も一緒に謝ろう。






 ハルカと2人並んで歩く帰り道。今日は、楽しかったけど、結局、ハルカと関係に進展は無かった。今も手を繋ぎたいけど、出来ないし。我ながらヘタレだ。これじゃ、ツクヨさんや、コウに笑われても仕方ない。へこんでいたら、ハルカが話しかけてきた。


「イサム、お土産を買って帰ろう。手ぶらじゃツクヨ達に悪いし」


 そうだった、ハルカとの関係進展に気を取られて、すっかり忘れていた。お土産無しじゃ、ツクヨさん達、怒るな。幸い、土産物を扱う店は沢山有ったので、適当に1件選んで入る。


「ま、ツクヨさんとコウには饅頭でも買えば良いよな。俺は何にするかな~」


 店内で土産物を物色する俺。するとハルカが何かを見ていた。俺はハルカの元へ行く。


「どうしたの、ハルカ?」


「あ、イサム。その、これちょっと良いなと思って……」


 ハルカが見ていたのは、小さなヒヨコのぬいぐるみ。そういえば、ハルカはヒヨコが大好きだったな。お茶碗や、マグカップ、更には、パジャマもヒヨコ柄。後、ショーツもヒヨコのワンポイントが入っていたな……。昨夜、催眠状態のハルカが服を脱いだ際に見たからね。バレたら大変だけど……。まぁ、それはそれとして、ハルカはヒヨコのぬいぐるみがお気に召した様。ならば……。


「すみません、これください」


 俺はヒヨコのぬいぐるみを持って、レジに行く。フリーパスを提示し、支払い完了。そして可愛いラッピングの施された、それをハルカに渡す。


「はい、ハルカ。プレゼントだよ」


 するとハルカは、戸惑いながらも、最後は笑顔で受け取ってくれた。


「……ありがとう、イサム。凄く嬉しい」


 頬をほんのり赤く染め、俯くハルカ。可愛いなぁ……。本当に今日は来て良かった。その後、ツクヨさん達の土産に饅頭、俺は適当にキーホルダーを買い、店を後にした。これで後は帰るだけ。そう思っていた。だが、その油断が騒ぎを起こす事になるとは……。


 正にそれは、悪い偶然の重なりだった。店を出た俺達は、帰る為に遊園地のエントランスに向かう。夜の部のイルミネーションパレードが有るそうだが、夜までには帰ってこいと言われたし、残念だが仕方ない。一方、イルミネーションパレードを見に行くのであろう、大勢の人達が移動していた。その時だった。他の人と肩がぶつかり、ついバランスを崩してしまった。それだけならまだ良かった。だが、その際にサングラスが外れてしまい、素顔を晒してしまった。しかも、相手の人が手を差し伸べてくれたのが、まずかった。街灯のそばだった事もあり、はっきりと素顔を見られてしまった。勿論、相手は悪い事をしてしまったと善意から手を差し伸べてくれたのだろう。でも、それが大騒ぎの元になってしまった。


「あっ、すみません。大丈夫ですか?……って、あの、もしかして、貴方はイサム様ではありませんか?」


 しまった! 素顔を見られた! 慌てて俺は否定する。


「違います! 人違いです!」


 だが、もう遅い。イルミネーションパレードを見ようと大勢の人達が集まっていた事もあり、騒ぎはあっという間に広がる。


「間違いないわ、イサム様よ!」


「どうしてこんな所に?」


「ツクヨ様やコウ様はどこにおられるんだ?」


「あの銀髪の子は誰? 何でイサム様の隣にいるのよ!」


 まずい! 俺はともかく、ハルカがヤバい! 当のハルカは状況に付いていけず呆然としている。とにかく逃げなきゃ! 次の瞬間、俺はハルカの手を取り、その場から走り去った。大急ぎでエントランスに向かい、更に駅へ向かう。そして改札。ここまで来てやっとハルカが喋った。


「あの、イサム……」


「何? 急いでいるんだけど!」


「その、離して……」


 離してって? あっ!!


 俺はここで初めて気付いた。ハルカの手を握ったまま、ここまで来た事に。


「ご、ごめん! わざとじゃないよ! つい気が動転して! 本当にごめん!」


 勢いって怖いな。どうしても握れなかったハルカの手を握った上、ここまで引っ張って来るなんて。


「その、痛かった?」


「大丈夫、ちょっと驚いたけど。ありがとう、イサム。イサムが引っ張ってくれなかったら、大騒ぎに巻き込まれてたよ」


 怒るどころか、感謝してくれるハルカ。本当にごめん。全ては俺の油断が招いたのに。


「イサム、もうすぐ列車が来るよ。ホームに行こう」


「うん」


 そして、俺達はホームへ行き、ツクヨポリス行きの列車に乗った。かくして、俺とハルカの遊園地デートは終わった。しかし、新たなる騒ぎが俺達を待っていた。






 列車に揺られ、帰って来たツクヨポリス。既に日は暮れ、辺りは夜の闇に包まれていた。夜までには帰ってこいと言われたから、遅刻だが、お土産を買ってきたし、俺が責任を取る事で許して貰おう。そう思っていた、正にその時。


「オォオオォオオ……」


「グルォオォオオォオオ!!」


 辺りに響き渡る、不気味なうめき声と、激しい雄叫び。


 見れば、土気色の顔をした不気味な連中、更に半透明の化物達が暴れていた。まさかテロ? そんなバカな! 鉄壁の守りを誇るツクヨポリス内で? だが現に起きている。辺りはパニックだ。まずい! ハルカを守らないと! ところがハルカは逃げもせず呆然としている。どうしたの、ハルカ? その時、ハルカは呟いた。


「死人兵に夢幻獣、まさか……」


「ちょっと、ハルカ何してるの! 逃げなきゃ!」


 俺は訳の分からない事を呟くハルカの手を取ろうとした。そこへ響き渡る、女性の声。


「ハルカーーーーーーーーーーっ!!」


 20代半ばだろうか、長い黒髪を振り乱し、巨乳を揺らし、必死の形相で1人の女性がハルカに向かって猛スピードで走って来る。それを見てハルカが信じられないといった顔をする。俺は急いでハルカの手を取ろうとした。しかしその手は虚しく空を切る。何故ならハルカはその女性に向かって走って行ったから……。そしてその女性の名を呼ぶ。


「ナナさん!!」


 固く抱き合う2人。周りがパニックに陥っている中、俺はただ、2人を呆然と見ていた……。



遅くなりましたが、第四十七話です。何でナナさんがツクヨポリスにいるんだよ? 四日後じゃなかったのか? というツッコミが有るでしょうが、種明かしは次回に。

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