第45話 目的地、ツクヨポリス
ハルカがさらわれて13日目。ついに私達は、ハルカがいる異世界へと旅立った。トンネル、もとい空間転移を抜け、たどり着いた異世界。それはまぁ良い。問題は出た場所。私達は異世界の遥か上空へと出てしまった。そしてこの世界でも重力はきっちり働くらしい。
「キャアアァアアアーーーーッ!!」
悲鳴を上げてミルフィーユの小娘が落ちているからね。正直、死んでくれた方がハルカを巡るライバルが減って、私には好都合なんだけど、あの小娘が死んだら間違いなくハルカが怒るからね。仕方ない、助けてやるか。飛翔魔法で飛び、空中で小娘を捕まえる。
「あ、ありがとうございます、ナナ様……」
血の気の引いた真っ青な顔で礼を言う小娘。相当、怖かったらしいね。
「ふん、あんたに死なれたらハルカが怒るからね。しかし、この程度の事で騒ぐんじゃないよ。あんた、魔道の名門、スイーツブルグ侯爵家の娘だろう? 即座に浮遊魔法ぐらい使えて当然。全く、修行が足りないね」
「……ナナ様の仰る通りですわね。面目ないですわ」
すっかり落ち込む小娘。ちと言い過ぎたかね。
「まぁ良いさ。ほら、さっさと浮遊魔法を使いな。とりあえず、下に降りるよ」
「はい、ナナ様」
かくして私達は異世界の地上へと降り立つのだった。
「何だか、想像していたのと、かけ離れた光景ですわね……。邪神のいる世界との事でしたから、私、さぞかし荒れ果てた世界だろうと想像していたのですけれど」
異世界の大地に降り立った小娘が、辺りを見渡して言う。それは私も同感だった。私達が降り立ったのは、名も知らぬ山の麓。辺り一面、豊かな緑に覆われている。邪神がいる世界とはとても思えない。
「確かにこれは面妖だな。邪神のいる世界としては、あまりにも似つかわしくない。ミルフィーユの言う様に、邪神の住まう世界は、荒涼たる死の世界が相場なのだが」
「クローネちゃんの言う通りだね。おかしな世界だよね、ここ」
クローネ、ファムも不自然さに首を傾げる。だが、現時点では考えたところで答えは出ない。それに私達の目的はハルカを救出する事なのだから。
「ほら、あんた達、ぼさっとしてるんじゃないよ。確かに邪神がいるにしては、不自然な世界だけど、私達の目的はハルカを助け出す事なんだからね。早いとこ出発するよ」
「確かにそうですわね。一刻も早く、ハルカを助け出しませんと」
「ただ、ハルカちゃんの反応だけど、ここからかなり遠いよ」
「空間転移を使えば早いが、今回は控えねばなるまい。邪神との対決になるやもしれぬ。極力、力を温存せねばな。何か別の移動手段が必要だな」
ファムとクローネに厳しい現実を突き付けられる。2人の言う様に、私達はハルカのいる異世界に来たものの、ハルカの居場所から遥かに遠くに出てしまった。空間転移ならすぐだが、邪神との対決の可能性を考えると極力、魔力を温存しておきたい。
「そんなにハルカの居場所から遠いんですの? 全くもう! エスプレッソったら! もっときっちり仕事をしなさい!」
ハルカの居場所から遠くに出てしまった事に、すっかりご機嫌斜めになるミルフィーユの小娘。
「落ち着いて、ミルフィーユちゃん。エスプレッソ程の凄腕だからアタシ達は無事にここに来れたんだよ。そりゃ、上空に投げ出されたけどさ。空間転移は距離が伸びる程、誤差が大きくなる。一つ間違えば、もっととんでもない所。地中とか、海底とか、最悪、次元の狭間に飛ばされたかもしれないんだよ。言っとくけど、次元の狭間に入ったら、永遠に虚無の空間をさまよう羽目になるよ」
「そうなんですの?」
「そうだ。これまでにも多くの者達が、超長距離の空間転移に失敗し、命を落とした。こうして我々4人を無事、送り届けたエスプレッソの実力はさすがと言う他あるまい」
「……やっぱり凄いんですのね、エスプレッソは。性格は最悪ですけど」
ファム、クローネから超長距離の空間転移の難しさ、危険性。それでもなお、私達を送り届けたエスプレッソの実力を聞かされ、改めてエスプレッソを見直す小娘。ま、実力は確かだよね。何せ、かつて私と何度も戦ったが、決着は付かなかったし。後、性格最悪は同感。
「とりあえず、一番近い町か村へ向かおう。この森を抜けた向こうにそれらしい反応が有るから、ひとっ走りするよ。小娘、あんたじゃ私達のスピードについてこれないだろうし、誰かにおぶって貰いな」
「分かりましたわ。でも、誰におぶって貰いますの?」
「それを今からじゃんけんで決めるんだ、じゃんけんで負けた奴がおんぶするって事で」
数分後、私はミルフィーユの小娘をおんぶして走る事になった。
「チクショーー! なんで私が! どうせおんぶするなら、ハルカが良かったのに!」
「じゃんけんに負けたのだ。文句を言うな」
「言い出しっぺなんだから、責任を持たないとね」
「頑張って走ってくださいね、ナナ様」
「うるさい!!」
町らしき反応を目指し、森の中を疾走する私達。立ち並ぶ木々の間をすり抜け、岩や崖を飛び越し、一陣の疾風の如し。真の一流の魔女は魔法以外も優れていなければならない。高速移動もお手の物だ。もちろん、ハルカにも叩き込んである。
「よく、こんな森の中を走れますわね。並みの者達なら、木にぶつかったり、石や木の根でつまづいたり、最悪、崖から落ちるかもしれませんのに」
背中におぶったミルフィーユの小娘が、私達の疾走ぶりに、感心した様子で話す。
「ふん、この程度、朝飯前さ。魔女は魔法が使えりゃ良いってもんじゃない。様々な状況に対処出来てこそ、本当に一流の魔女。帰ったらエスプレッソの奴に鍛えて貰うんだね」
「エスプレッソにですか……。素直に教えてくれると良いのですが……」
ま、あいつは性格最悪だからね。でも、きっと教えるさ。エスプレッソはなんだかんだ言いながら、小娘の才能を認めている。だからこそ、小娘に仕えている。そうでなけりゃ、最初から相手にしないさ。おっと、そろそろ森を抜けるね。
「ナナちゃん、クローネちゃん、もうすぐ森を抜けるよ! 町も近いみたいだし、スピードを落として!」
ファムもその事に気付き、忠告をする。私達の人間離れした移動速度を誰かに見られたら面倒だしね。
移動速度を落とし、辺りの様子を伺い、森から出た私達。すぐそこに街道が見える。その先には、反応通り、町が有った。そこそこの大きさの町で、どこに向かうのか、線路が伸びていた。ふむ、それなりの技術力は有る世界の様だね。とりあえず、あの町へ入ろう。情報収集を始め、色々やる事が有る。
さて、町へと入った私達。なかなかに活気の有る町だ。表通りには店がズラリと並び、店員がせっせと客寄せをしている。通行人達も店を覗いたり、買い物をしたりと実に平和な光景だ。やはり、私達の知る邪神の支配する世界とはかけ離れている。どういう事だ? これは調べねばなるまい。後、資金繰りもしなくては。以前の私なら、力任せで済ませたが、今それをやったら、ハルカに怒られるからね。仕方ない、どこか換金を扱う店を探そう。おっ、ちょうど良い具合に、貴金属等の買い取りの店が有った。手持ちをいくらか売ろう。細かい手続きに関しては術でごまかす。殺さないんだし、急いでいるんだ。ハルカには大目に見て貰おう。
それからしばらく。手持ちの貴金属を売って当座の資金を手に入れた私達は、今度は食事に向かう。腹も減ったし、情報も欲しい。本来なら、酒場に向かうが、今回は未成年のミルフィーユの小娘がいるから、却下。良さそうな定食屋を見つけて入る。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い声で、若い娘が出迎えてくれる。結構、可愛い娘だ。ちょっと食指が動く。
「ダメだよ、ナナちゃん。ハルカちゃんを助けに来たんでしょ。それに浮気がバレたら、ハルカちゃん、怒るよ」
「……そうだね、やめとくよ」
ファムに見透かされ、たしなめられる。いけない、いけない。私としたことが。ハルカ、ごめんよ。心の中で謝る。
「では、ご注文がお決まりになったらお呼びください」
空いている席に案内され、私達は席に着く。何を食べようかね。メニューも充実している。おや、ミルフィーユの小娘が何だか戸惑っているね。
「どうしたんだい、小娘?」
「いえ、その……。私、こういうお店は初めてなので。どうも落ち着かなくて……」
「全く、これだから、貴族のお嬢様は……。良いからさっさと注文を決めな。いや、こうなりゃ私が決めてやる。よし、このデラックススタミナ丼にしよう。私も同じのにするか」
すると、小娘が不満顔。
「ちょっとナナ様! 勝手に決めないでくださる!」
「うるさいね! 文句言うんじゃないよ! こういう店はね、値段安めでがっつり食うもんなんだよ。あんたみたいな貴族御用達の店とは違うんだよ。それにハルカを助けに行くんだ。しっかり食っておきな」
「……分かりましたわ。確かにしっかり食べて、ハルカ救出に備えませんと」
「分かれば良いさ」
「じゃ、アタシもそれにする」
「我もそうしよう」
ファムとクローネもデラックススタミナ丼に決めたので、さっそく、先程の娘を呼ぶ。
「では、ご注文をお伺いします」
「デラックススタミナ丼、4つ。後、紫豆茶とかいうのを4つ」
「かしこまりました。ご注文を確認いたします。デラックススタミナ丼が4つ、紫豆茶が4つ、以上でよろしいでしょうか?」
「あぁ、それで良いよ。後、ちょっと聞きたい事が有るんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「この町に来た際に、線路が見えたんだけど、あれはどこに向かっているんだい?」
「あら? お客様ご存知ないんですか? よほど、遠くからいらっしゃったみたいですね。あれは、この国の首都、ツクヨポリスに向かう鉄道です。メツボー教の総本山、紅の大神殿に参拝する人達が大勢利用されますね。私も以前、行った事が有りますけど、とても大きな町ですよ」
ツクヨポリス! 邪神ツクヨの名を冠する首都の名に衝撃を受ける。だが、その事は表に出さず、話を続ける。
「へ~、そうなのかい。そりゃ楽しみだね。私達は田舎からはるばるやって来たんだ。で、そのツクヨポリスとやらに到着するにはどれぐらい時間がかかるんだい?」
「そうですね。列車に乗って、4日です。遠い上に、途中でいくつか駅に止まりますし」
「そうかい。ありがとう。仕事中に引き留めて悪かったね。これは礼だよ」
私はウェイトレスの娘に情報料兼、迷惑料としていくらか渡す。
「あの、困ります」
「良いから、取っておきな」
「……分かりました。ありがとうございます」
「それじゃ、注文の方、早いとこ頼むよ」
「はい、すぐにお持ちします」
そう言って、ウェイトレスの娘は去って行った。
飯を食い終わった私達は、店を出て、駅に向かう。幸い、すぐに見付かった。ウェイトレスの娘が言った様に、大勢の乗客が集まっている。何でも、ツクヨポリスに有る神殿を参拝するらしい。だが、私にはそんな事はどうでも良い。ただ、ハルカを助けたい。その思いを胸に私達は列車に乗り込む。
私達を乗せた列車は、ツクヨポリスを目指し、順調に走る。ちなみに私達がいるのは、一番上等の客室。4日も乗る事になるからね、金は惜しまない。
「ナナ様、4日後にツクヨポリスに着きますのね」
ミルフィーユの小娘が話しかけてきた。
「予定通りならね」
「正直、怖くなってきましたわ。何せ、相手は邪神。しかも、ナナ様達の探知網をくぐり抜け、ハルカを拐った程の実力者。勝てるのでしょうか?」
いつも強気な小娘らしくない、弱気な態度。無理もない。小娘の言う通り、邪神ツクヨはとんでもない化物だ。だが、負ける訳にはいかない。
「小娘、あんた負ける気で来たのかい? だったら、次の駅で降りな。そんな奴はいらないよ」
「そんな訳ありません! 私はハルカを助け出すために来たのですから!」
「だったら良いさ。小娘、余計な事は考えるな。今はハルカを助け出す事に集中しな。相手は邪神、半端な気持ちで挑めば、それこそ死ぬよ」
「そうですわね、ありがとうございますナナ様。私としたことが、つい弱気になっていましたわ。私達は必ず勝つ。そしてハルカと一緒に帰るのですわ」
よし、いつもの強気な小娘に戻ったね。今はとにかく、ハルカ救出に集中しないとね。相手は邪神、わずかな迷いが命取りになりかねない。
その夜。既にミルフィーユの小娘は寝てしまい、起きているのは、私、クローネ、ファムの3人。さすがは最上級の客室だけあって、まるで高級ホテルの様だ。食事もサービスも文句無し。シャワールームも完備ときた。さて、4日後のツクヨポリス到着に向けて、私は愛用の魔水晶のナイフの手入れをしている。そんな中、クローネが話しかけてきた。
「ナナ、ハルカは不思議な娘だな」
「急に何を言い出すんだい、クローネ?」
「いや何、こうして我ら、三大魔女が1つの目的の為に力を合わせる。しかも誰かを助ける為になど、かつての我らではあり得なかった。これを不思議と言わずに、何を不思議と言うのだ?」
ファムも加わる。
「そうだよね。昔のアタシ達は、顔を合わせたら殺し合いだったもんね」
確かにその通り。かつて、私達、三大魔女は敵対しており、幾度となく激しく争ってきた。やがていつまでも決着が付かない事にうんざりして争うのをやめたが、今度は退屈になってしまった。そんな中、現れたのがハルカだった。
「……確かにね。大した子だよ、ハルカは。私達、三大魔女だけじゃない、大勢の人達があの子を助ける為に力を貸してくれた。だからこそ、私達は、絶対にハルカを取り戻さなければならない。たとえ、敵が邪神でもね!」
「言われるまでもない。邪神とあらば、相手に不足はない」
「アタシ達、三大魔女の力を思い知らせてやろうよ、ナナちゃん」
「あんた達……」
2人の言葉に目頭が熱くなってきた。本当に私達は変わった。ハルカ、あんたのおかげだよ。
「それじゃ、もう寝るよ。せっかく、最上級の客室を取ったんだ。4日間の列車の旅を満喫しよう。そして邪神ツクヨとの対決に備えるんだ」
「そうだな、寝るとするか」
「おやすみ~」
私達はそれぞれ、ベッドに入る。決戦は4日後。
ナナさん達が、ツクヨポリスに向けて出発しました。到着は四日後。次回は、久しぶりにハルカ登場。イサムとの結婚話はどうなるのか? 後、今日で、この連載が一周年を迎えました。早いものです。よくエタらなかったなと我ながら感心しています。そしてこの作品をお気に入り登録してくださる方、読んでくださる方に感謝。これからもよろしくお願いいたします。