第43話 イサムとハルカの一夜
「あの、急にそんな事を言われても困ります。僕、まだ17才ですし、何より結婚する気なんて有りません」
ツクヨさんに突然、結婚の話を振られて、困惑しながらもハルカは答える。ハルカは結婚する気は無いんだ……。その事を知り、俺は少なからずへこむ。そんな俺にお構い無く、ツクヨさんは話を続ける。
「ハルカ、君は自分の立場を分かっているのか?」
「どういう事ですか?」
怪訝そうな顔をするハルカ。
「忘れたのか? 君は俺に敗れた。本来なら、俺に喰われていたはずなんだ。それを特別に見逃してやって今に至る。要は君は捕虜なんだ。故に、君の処遇の決定権は俺に有る。で、君の処遇を考えた結果、イサムの嫁にすると決めた」
とんでもない事を言い出したツクヨさん。そりゃ、ハルカは美少女だし、性格も良いし、家事万能と本当に魅力的な子で、結婚したくないと言えば嘘になるけど、本人は結婚する気は無いって言ってるし。どうにも気まずい空気に包まれる中、更にツクヨさんは話を続ける。
「ハルカ、君は一生独身を通すつもりか? 君の師匠みたいに。それで良いのか?」
「それは……」
言葉に詰まるハルカ。
「ハルカ、イサムはバカだが、腕は立つし、何より良い奴だ。君とはお似合いだと思う。と言うか、イサムより、ふさわしい奴なんてそうそうおらん。どうだ、悪い話では無いと思うが? 家庭を持つのも一つの幸せじゃないか?」
「そう言われても……」
やはり、困惑するハルカ。
「煮え切らない子だな、君は。なら、仕方ない。こうするまでだ。ハルカ、こっちを見ろ」
「何ですか?」
ツクヨさんに言われて、そっちを見るハルカ。嫌な予感がする。まさか!
次の瞬間、ツクヨさんの真紅の瞳が妖しく光った。
「あ……」
その瞳をまともに見てしまったハルカは、虚ろな瞳になって、ぼーっとしたまま動かなくなってしまった。
「よし、催眠にかかった。まだまだ甘いな」
やられた! ツクヨさんの眼力だ。
「ちょっと、ツクヨさん! なんて事をするんですか!」
ツクヨさんに抗議する俺。対してツクヨさんは全く悪びれない。
「何を文句を言う必要が有る? 俺は、お膳立てをしてやったんだ。イサム、お前ハルカをモノにしたいんだろう? 後、催眠が心配なら問題無い。一晩寝て起きれば解ける。それじゃ、後は好きにしろ」
「では、私も失礼します」
「あ、ちょっと待って!」
俺が呼び止めるも、それを無視してツクヨさんとコウは空間転移で消えてしまった。後を追おうと部屋のドアノブに手をかけるが、ドアはびくともしない。ツクヨさん、意地でも俺とハルカを一晩共にさせたいらしい。全く、無茶苦茶するよ。こういう所は邪神らしいよな。さて、どうしたものか? 考えていたら、突然、背後から誰かに抱きつかれた。背中に伝わる温もりと、柔らかく弾力の有る2つの膨らみの感触。これって、まさか!
「ナナさん、迎えに来てくれたんですね……。嬉しいです……」
思った通りの相手がいた。夢を見ている様な、ぼんやりした表情のハルカが俺に抱きついていた。ちょっと! まずいよ、この状況は! とりあえず、ハルカをなんとかしないと! もったいない気はするが、俺はハルカを引き離し、話しかける。
「ハルカ! しっかりして! 俺はイサムだよ! ナナさんじゃないよ!」
だが、ハルカは俺をぼんやりと見た後、また抱きついてくる 。
「ナナさん……」
ダメだ。完全に俺をナナさんだと思い込んでいる。俺じゃツクヨさんの催眠は解けないし、本当にどうしよう? そうだ! さっさと寝かし付けよう! 一晩寝て起きれば催眠は解けるとツクヨさんが言っていたし。そうと決まれば、即実行だ。
「ハルカ、その、もう夜も遅いから寝なさい」
俺はハルカから、師匠のナナさんについてある程度の話は聞いている。今のハルカは俺をナナさんだと思い込んでいるので、とりあえず、それっぽい口調で話しかける。するとハルカは、こんな事を言い出した。
「ナナさんと一緒に寝ます……」
はぁっ!? ちょっと待って! 一緒に寝るって! ハルカの発言に驚く俺だが、ハルカは更なる大胆な行動を始めた。俺の目の前で、服を脱ぎだした!
「ちょっと! 何してるのハルカ!」
思わず声を張り上げる俺に対し、不思議そうな顔をするハルカ。
「何って、服を脱いでいるだけですよ……。ナナさん、寝る時はいつも裸ですし、一緒に寝る時は僕もそうさせるじゃないですか……」
それを聞いて、頭を抱える俺。ハルカの師匠の魔女のナナさん! あんた露出狂か何かか! ハルカに何しているんだ! って、それどころじゃない! ハルカはどんどん服を脱いでいく。パジャマの上も下も脱いでしまった。ハルカって寝る時は、ノーブラなんだ。いやいや、そうじゃないだろ俺! ハルカを止めないと! 遂にショーツ一丁になったハルカは、それに手をかける。わーっ! ダメダメ! 大事な所が見えちゃう! 慌ててハルカの手を掴んで止める。あ、ちらっと見えた。ハルカって下も銀髪なんだ。
「どうして止めるんですか……?」
え~っと、それはその……。脱ぐのを止めたは良いが、ハルカに理由を聞かれる。この場合は……。
「えっと、その、そうそう! 私、今、風邪気味でさ! ゴホゴホ! 裸で寝たら余計悪化するし! という訳だから、今回はパジャマを着て寝るから、ハルカも着なさい。後、伝染るといけないから、ハルカはベッドで寝なさい。私は床で寝るから」
俺はそう言って、ハルカに一人で寝るよう促す。もったいない気はするが、ハルカと一緒に寝るのは刺激が強すぎる。だが、ハルカは納得しない。
「嫌です! 僕はナナさんと一緒に寝るんです!」
困った、ハルカって案外、強情なんだ。とはいえ、このままじゃいけない。なんとか説得を試みる。
「ハルカ、お願いだから言うことを聞いて」
怒らせない様に言葉を選んだつもりだった。にもかかわらず、ハルカは怒りだした。
「どうして一緒に寝てくれないんですか……? あ、他に女が出来たんですね……」
「えっ、ちょっと、何を言って……」
「ナナさんの浮気者! 僕がいるのに! ナナさんを殺して僕も死にます!」
そう言うなり、氷のクナイを作って襲ってきた!
「わ~っ! 危ない! ハルカ、止めて!」
「浮気者は許しません!」
「誤解だって! 浮気なんかしてないから!」
すると、ハルカは少し落ち着いた。
「本当ですか……?」
「本当だって!」
「じゃ、僕の事、愛していますか……?」
どうしよう? とんでもない事を質問してきた。愛していると言うだけなら容易い。でもハルカに対して言うなんて……。迷っていたら、またハルカが不機嫌になってきた。
「僕の事、愛してないんですね……。やっぱりナナさんを殺して僕も死にます!」
ヤバい! こうなったら言うしかない。ただ、今のハルカは俺がイサムだと分かっていない。ナナさんだと思い込んでいる。そこが残念。
「……愛しているよ。だから、もう寝なさい」
俺に愛していると言われたハルカは本当に嬉しそうな顔をする。
「それじゃ、一緒に寝てくれますよね……?」
こうなりゃ、断る訳にはいかない。俺は覚悟を決めた。
「分かったよ、一緒に寝よう。だからパジャマを着なさい」
「はい、分かりました……」
なんとか早いとこ寝かし付けて、後でベッドから抜け出そう。
う~ん、緊張するなぁ……。今、俺はハルカと2人、1つのベッドの中にいる。ハルカは俺にぴったり寄り添って、頬擦りをしている。
「ナナさん……、ナナさん……」
うわごとの様にその名を呼び続けるハルカ。本当にナナさんの事が好きなんだな……。でも早く寝てくれないとベッドから出られない。その時、ふと、閃いた。
「ハルカ、子守唄を聞かせてあげる」
「ナナさんの子守唄ですか……? 聞きたいです……」
「よし、それじゃ」
そして俺は子守唄を歌い始める。懐かしいな、俺が小さい頃、寝付けない時に、孤児院の院長先生が聞かせてくれた子守唄。古い記憶を掘り返し、歌詞とメロディを思い出しながら、ハルカに聞かせる。
「良い歌ですね……」
「だろう? ほら、もうおやすみ」
しばらく歌っていると、安らかな寝息が聞こえてきた。見ればハルカはぐっすり眠っていた。
「良かった、寝てくれたか。さて、俺はベッドから出ないとな」
ハルカを起こさない様に気を付けながら、俺はベッドから出る。そして床に横になる。幸い、高級な絨毯が敷いてあるし、室温も暑からず、寒からずなので問題無い。
「ナナさん……」
ベッドからハルカの寝言が聞こえてきた。正直、俺は強烈な敗北感を味わっていた。ハルカはあくまで、ナナさんを見ている。俺の事は見ていない。はたして、俺はハルカを振り向かせる事が出来るのだろうか? いや、振り向かせるんだ! ナナさんは手強い相手だが、俺は負けない! そう決意すると、俺は眠りについた。
久しぶりの投稿。しかし、真面目なイサム。あの状況でハルカに手を出さないとは。ヘタレと言うなかれ。本当に良い奴なんですイサムは。では、また次回。