第39話 集結、邪神ツクヨ一家
「はぁっ!」
掛け声と共に、氷クナイを敵兵の手足を狙って投げ付ける。
「せいっ! だりゃあっ!」
手足を凍らされ、身動きを封じられた敵兵をツクヨが倒していく。
もうすでに、どれだけの敵兵を倒しただろう? だが、次々と新手が出てくる。
「大丈夫か? ハルカ」
「大丈夫です。ツクヨの方こそ、大丈夫ですか?」
またしても、敵兵を全滅させた僕達。束の間の休憩を取る。今回の場合、敵の強さより、数の多さが問題。いくら倒してもキリがない。さすがに、僕もツクヨも、疲れを隠せない。コウとイサムは大丈夫かな?
「しかし、いくら倒しても、新手が出てきますね。本当にキリがない」
「その理由を教えてやろう」
「えっ!?」
いくら倒しても敵兵が出てくる現状に、つい愚痴った僕に、ツクヨの思わぬ言葉。そしてツクヨは敵兵の死体にツカツカと歩み寄り、死体から、ガスマスク(の様なマスク)を剥ぎ取る。その下から出てきたのは、20歳ぐらいの女性の顔。
「女の人だったんだ……」
敵兵が女性だった事に驚く僕。何せ全員、ガスマスクを被っていて、素顔が見えなかったし。そんな僕にツクヨは更に言う。
「その程度で驚くのは早いぞ。ほら見ろ」
ツクヨは他の敵兵の死体からもガスマスクを剥ぎ取っていた。その顔は……。
「みんな同じ顔だ……」
そう、敵兵達は全員、同じ顔の女性だった。
「クローンなのさ、こいつらはな」
「ハルカ、君はここに来てから男を見たか?」
「いえ、見ていません」
ツクヨは僕に妙な事を聞いてきた。言われてみれば、ここに来てから一度も男性を見ていなかった。
「俺は今の身体の元になった、アルカディア兵の金髪女の身体を乗っ取った後、成りすまし、この世界について情報を集めた。その結果、この世界、アルカディアのいびつさが分かった。君が男を見ていない事、さっきのクローン兵達、全てはこの世界のいびつさの一端さ」
「どういう事ですか?」
僕はツクヨに尋ねる。だが、その答えを聞く前に、新手の敵が来た。
「ちっ! さすがは大量生産されたクローンだけあって、数の暴力で来るか。ハルカ、事が済んだら、君にじっくり教えてやる。アルカディアのいびつさをな」
「正直、あまり知りたくないですけどね……」
ツクヨの言う、アルカディアのいびつさ。それが何なのかは、まだ分からないけれど、ろくでもない事なのだけは、容易に予想がついた。でも、今は、戦いに集中しないと。
シャキン!
魔力で氷クナイを作り出す。
「食らえっ!」
再び、ツクヨの援護を始める僕。コウ、イサム、早く来て。僕達の力も無限じゃない。このままじゃ、じり貧だよ……。
「はぁ、はぁ、全く、どれだけいるんだよ、こいつら。蟻か何かかよ……」
コウと合流し、ツクヨさん達との合流を目指し、アルカディア軍基地内を突き進むが、敵兵が出るわ出るわ。いくら倒しても新手が襲ってくる。くそっ!
「イサム、この者達はクローンです。ここ、アルカディアでは、異世界より連れてきた優秀な者のクローンを大量に作り出し、利用しています。ほら、見なさい」
コウがそう言って、敵兵の死体からガスマスクを外す。全員、同じ顔の女だった。
「厳密には、1人を元にしたクローンではなく、複数の者の遺伝子情報を組み合わせ、改良したクローンですね」
いつも通りの無表情で淡々と話すコウ。アルカディアの奴ら、命を弄びやがって。
「急ぎましょう、イサム。今はまだ、この程度のクローン兵達ですが、そのうち、より強力な戦力を投入するはず」
確かに。ぐずぐずしてはいられない。
「分かった。行くぞ、コウ」
再び、駆け出す俺とコウ。ツクヨさん達は、そう遠くない。
「ハルカ、頑張れ。イサム達は近くまで来ている。後一息だ」
「はい、絶対に4人揃って帰るんです。氷魔貫槍!」
ツクヨが戦いながら、僕を励まし、僕も敵に向かって氷魔法を発動させる。氷魔貫槍の鋭い氷の槍が敵を貫く。以前は一度に1本しか放てなかったけれど、今は6本放てる。
「ギュオアアアアッ!」
6本の氷の槍に貫かれ、凄まじい叫び声を上げるが、まだ生きている。
「なんて奴だ。大技ではないけど、僕の氷魔法をまともに受けたのに……」
「どけ、ハルカ! かぁっ!」
ツクヨが怒鳴り、慌てて、その場を離れる。そしてツクヨが『紅い息』を吐き出し、敵を消滅させた。
「ありがとうございます、ツクヨ。助かりました」
「礼には及ばん。しかし、アルカディア軍め、いよいよ本腰を入れてきたな。こんな化物を出して来るとはな」
そう、僕達が戦っていたのは、アルカディア兵ではなく、異形の化物だった。ツクヨが言うには、アルカディア軍は、クローン兵の他にも、様々な生体兵器を作っているらしい。
「正義の為、平和の為、か。聞いて呆れる。古今東西、こういう奴らのやり方は変わらんな。正義、平和の名の元、自分達の行いを正当化し、無茶苦茶やりやがる。邪神の俺も真っ青だぜ」
苦虫を噛み潰した様な顔で忌々しげに吐き捨てるツクヨ。確かに。優秀な者を洗脳して、自分達の兵に仕立て上げ、恐ろしい化物まで作り出すとは。
「ハルカ、新手だ!」
「うわっ! 気持ち悪い!」
向こうからやって来た黒い煙の様なもの。
「ブーン」
羽音を立ててやって来るそれは、昆虫の様な何か。煙の様に見えたのは大群だからだ。虫嫌いの僕には生理的に受け付けない。
「誰ですか! こんな悪趣味な兵器を作ったのは! 氷魔凍結陣!」
広範囲攻撃魔法、氷魔凍結陣で、虫の大群を全て凍らせる。
「人間以外なら容赦無いな、君。だが、あんまり飛ばしていると、もたんぞ。冷静さを失うな」
「そんな事、言われても……」
「やはり、才能は有っても、まだまだ実戦経験が足りないな。まぁ、こればかりは場数を踏むしかない。死ななければの話だがな。ほら行くぞ。もう少しでイサム達と合流出来る」
「分かりました」
「まずいな、魔法が効かん相手か……」
「のんきに解説している場合ですか!」
僕とツクヨは、まずい状況に陥っていた。僕達を取り囲む、銀色の甲冑を着込んだ敵兵。今度はロボット兵器だとか。しかも、その装甲は魔力無効化の力が有るらしく、魔法が一切効かない。その上、やたら固い。僕の小太刀やツクヨの拳や蹴りなら通用するけど、あまりに数が多い。僕達は徐々に押され始めていた。
「ふんっ!」
ゴシャアッ!
「やぁっ!」
ヒュヒュッ! ゴト、ゴトン……
「………………」
ザッザッザッ ドシュッ!ドシュッ!
「ちっ!」
「うわっ!」
魔法が効かないので、一気に倒す事が出来ず、接近戦でチマチマ倒していく僕達とは裏腹にロボット兵達は好き放題に攻撃を仕掛けてくる。しかも数が多い。いい加減、僕は息が上がり始めていた。更にそこへ追い打ちが掛かる。新手だ。
四本足の生えた、銀色の戦車の様な兵器が向こうからやって来た。その砲身が動き、こちらに狙いを定める。ヤバい!
ズドォオオオオン!
凄まじい音と共に放たれた砲撃が、ロボット兵ごと、一直線に全てを吹き飛ばす。危なかった。何とか、かわしたけれど、直撃したら殺られる。って、わわわっ!
ガガガガガガ……!
今度はガトリング砲を出してきた。これじゃ近付けない。しかもあの銀色の装甲を見るに、ロボット兵と同じく、魔法が効かないはず。
「どうします、ツクヨ?」
「俺が行く。君じゃ死ぬからな。何、心配するな。この邪神ツクヨ、殺られはせん」
そう言って、笑うツクヨだが、疲労は隠せない。確かにツクヨは、基本的に自分より弱い者の攻撃を受け付けない能力を持つため、今も傷一つ負っていない。でも疲れない訳じゃない。ツクヨも決して無敵ではない。そこに突然の砲撃!
「ハルカ、危ない!」
とっさにツクヨが僕をかばう。
ズドォオオオオン!
「ぐうっ!」
「うわあぁあああっ!」
ツクヨに抱き抱えられた状態で吹き飛ばされる。
「大丈夫か? ハルカ」
「ツクヨ! 邪神のくせに僕をかばうなんて!」
「へっ、俺の勝手だ。チクショー、服がぼろぼろになったじゃねぇか」
減らず口を叩くツクヨだが、状況は絶望的だった。四本足の戦車の他に、空中にも兵器が現れ、こちらを狙っていた。
「まずいな。さすがに俺も疲れてきたぞ」
疲労が色濃いツクヨ。無理もない。今までずっと、主戦力として戦ってきたのだから。それにひきかえ僕は……。いや、僕だって戦える! たとえ魔法が通じなくても、僕にはナナさん直伝の武術と、愛用の小太刀が有る! 殺られてたまるか!
「はぁっ!」
ヒュヒュッ! ヒュオッ!
ゴト、ゴト、ゴトン!
僕の小太刀「氷姫・雪姫」の切れ味、思い知れ!
「ツクヨ! 僕達は4人揃って帰るんです!」
するとツクヨがニヤリと笑う。
「そうだ。そうだったな。やるぞ、ハルカ!」
「はい!」
その時だった。突然、四本足の戦車の様な兵器が真っ二つになった。それだけじゃない。次々と兵器達が切り裂かれる。そして聞こえてきた声。
「ハルカに仇なす奴は誰であろうと斬る!」
日本刀を手に、長く艶やかな黒髪をなびかせる美少女、もとい、男の娘。元、勇者、イサムの勇姿が有った。
「私もいますよ」
そして、邪神ツクヨの従者、コウの姿も。
「ハルカ、ツクヨさん、後は俺達に任せて」
「少々、お待ちを。すぐに片付けます」
ついに、邪神ツクヨ一家が全員揃いました。いよいよ、本格的な反撃開始。邪神ツクヨが本領を発揮します。では、また次回。