第3話 メイドとお嬢様 前編
私の名は、ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。
代々、優秀な魔道師を輩出してきた、魔道の名門。スイーツブルグ家の末娘ですわ。
私も優秀な魔道師となるべく、幼い頃より徹底的に英才教育を受けてきましたの。辛かったですが、私には才能が有りましたわ。一族史上、最高と呼ばれる才能が。
そして私は史上最年少の10歳で、ランクAAを獲得しましたの。周りからは天才、神童ともてはやされましたが、この程度で満足はしませんわ。
目指すは、ランクS以上。通称、超越者の領域。
「本当に行かれるのですか、ミルフィーユお嬢様?」
「当然。私が更なる高みを目指すには、避けては通れない場所ですわ」
「さすがはミルフィーユお嬢様。勇気と無謀を見事に履き違えていらっしゃる。このエスプレッソ、感服いたしました」
「お黙りなさい! エスプレッソ!」
全く、この執事は実力は超一流ですけど、性格は最悪ですわね……。
「まぁ良いですわ。それよりも出発の準備は整っていますの?」
「は、既に準備万全でございます。こちらが必要な荷物を入れた鞄。転移魔法陣も設定完了しております」
エスプレッソがそう言うなら問題は無いですわね。性格はともかく、実力は確かですもの。
「では、行ってきますわ」
「行ってらっしゃいませ、ミルフィーユお嬢様。もしもの際も私が各種手配を行いますのでご心配無く」
本当に、性格最悪の執事ですわね。そう思いながらも、私はエスプレッソから鞄を受け取り、転移魔法陣の部屋へ向かいましたわ。行き先は大陸有数の危険エリア、魔蟲の森。
「ふぅ、これで7体目か。しかし気持ち悪いよ~」
僕は4メートルは有る赤い巨大カマキリを、一瞬で斬り殺した。ナナさんからの誕生日プレゼントの短剣「氷姫・雪姫」の切れ味は凄い。斬った音も感触も無い上、いくら斬っても血脂で切れ味が鈍る事も無い。
今、僕がいるのは魔蟲の森という所。実戦訓練としてナナさんに転送されて来た。最初の頃はナナさんも付いて来てくれたけど、最近では僕だけ。全ては僕を立派な高機動魔法メイドに育て上げる為とナナさんは言っている。
それにしても酷い所だよここは。気持ち悪い、巨大昆虫だらけ。僕は虫が嫌いな上、巨大だから更にキツい。早く帰りたいけど、ノルマを果たさないと帰れないし。
ナナさんは実戦訓練において、毎回ノルマを課してくる。今回は赤い巨大カマキリ、ブラッディハンターを20体倒せとの事。でもなかなか見つからないんだよね。しかも、他の巨大昆虫も襲って来るから大変。と思っていたら、新手だよ。
「ギュイイイイイ!」
不気味な叫び声を上げて、巨大芋虫が襲って来た。う~、気持ち悪い。こんな奴は短剣で斬りたくない、魔法で片付けよう。
巨大芋虫に向けた僕の手のひらから放たれた青い光球が直撃!
「パキィィィィン!」
鋭い音と共に巨大芋虫は一瞬で凍り付く。水魔法の一系統、氷魔法「氷結球」初歩の魔法なら既に無詠唱で発動出来る上、ナナさんに鍛えられた僕の魔力だとこの威力。それに僕、氷系が得意なんだよね。さて、こんな所でグスグズしている訳にはいかない。ブラッディハンターを探しに行こう。
「これは……一体何者の仕業ですの……」
私が魔蟲の森に来てから、3日目の事ですわ。私は驚くべき物を見ましたの。それは凍り付いた巨大昆虫。何者かが強力な氷魔法を使った様ですわね。
他にも凍ったり、斬られたりした巨大昆虫の死骸を見つけましたわ。魔蟲の森の巨大昆虫達は非常に頑丈で、魔法防御力も高い手強い魔物ですの。それが倒されている。どうやら、相当な実力者がここに来ている様ですわ。
「面白いですわ。何者かは知りませんが、正体を突き止めて差し上げますわ」
これ程の実力の持ち主、ぜひとも会ってみたい。出来れば、手合わせしたい。まだ見ぬその相手を思い浮かべ、心を躍らせる私でしたわ。
「何だか今、ゾクッとしたんだけど……まぁ良いや、お昼にしよう」
僕は森の中で採ってきた果物で昼食にする。魔蟲の森は危険だけど、同時に果物の宝庫でもある。ナナさんから、魔蟲の森の果物について教わった僕は、それを食べて過ごしていた。お気に入りはバナナ。元の世界のバナナと同じ名前で見た目も味もそっくり。ただし、元の世界と違い、1個ずつ木の枝から生っている。
「4日目の今の時点で、ブラッディハンターを10体倒した。ノルマ達成には後、4日程かかるかな」
ブラッディハンターは数がそんなに多くないらしい。食物連鎖の上にいるほど数が少ないって事か。まぁ、あんなのが大量にいたら嫌だけど。
さて、もう行こうか。なんとか今日中に後、1体は倒したいな。
「くっ、この状況はマズいですわ……」
まさか、ブラッディハンターに出くわすなんて。魔蟲の森における最強クラスに位置する、ランクAAAの魔物。
4メートルに達する巨体に怪力と素早さを兼ね備え、切れ味抜群の鎌、とてつもない固さと魔法防御力の赤い外甲、更には高い知能を持つ、正に赤い狩人。この魔物には遭いたくなかったのに……。
こうなっては仕方ありませんわ! 戦って倒すまで! この私の力を受けてみなさい!
「炎魔紅蓮砲!」、「炎魔爆裂弾!」
「ブラッディハンターが見つからないなぁ。他は色々襲って来るけど……」
昼食後、ブラッディハンターを探し回る僕。でも全然見つからない。他の巨大昆虫ばかり。
ヒュッ、ヒュン!
襲って来た巨大昆虫を斬り捨てる。
「氷魔凍結陣!」
群れで襲って来た奴は、広範囲魔法で片付ける。
その時、激しい爆発音が聞こえた。強い魔力の発動も感じる。誰かが魔法を使って戦っている様だ。
「びっくりした~。こんな所で戦っているなんて、一体誰だろう?」
僕以外にここに誰かがいる事に、好奇心が湧いた僕。
「行ってみよう。ヤバかったら逃げれば良いし」
僕はその方向へ、走って行った。ナナさんに立派な高機動魔法メイドとなるべく鍛えられたおかげで、すぐにその場所に着いた。見れば、僕と同年代の金髪の女の子が、ブラッディハンターと戦っている。でも、明らかに押されている。このままじゃ殺られる! 次の瞬間、僕は「氷姫・雪姫」を手に飛び出していた。
私はその瞬間、何が起きたか分かりませんでしたわ。
突然、ブラッディハンターが音も無く斬られましたの。Xの字を描く2本の太刀筋。
そして、そこには無色透明の刃の短剣を両手に持った、銀髪のメイドがいましたわ。
正に信じられない光景、あの強固な外甲を持つランクAAAの魔物であるブラッディハンターを、音も無く、容易く斬り殺した相手がメイド。
この状況は、私の理解を超えていますわ。その短剣は何? 何故この場にメイド?
いけませんわ、私。こういう時こそ冷静にならないと。取り乱しては、名門スイーツブルグ家の名折れですわ。
私は自分にそう言い聞かせ、何とか平常心を取り戻しましたわ。とりあえずは、お礼を言わないといけませんわね。助けられたのですから。
「助けて頂き、ありがとうございます。私、スイーツブルグ侯爵家の三女、名をミルフィーユ・フォン・スイーツブルグと申します。よろしければ、貴女のお名前を教えて頂けませんかしら?」
「氷姫・雪姫」を手に飛び出した僕は、ブラッディハンターを瞬時に斬り殺した。金髪の女の子は無事、良かったよ。僕としても、11体目のブラッディハンターを倒せたし。
すると、金髪の女の子が僕にお礼を言ってきた。とても礼儀正しい子だ。しかも美少女。侯爵家と言った事から、本物のお嬢様だ。言葉使いや態度にも気品が有る。
お礼を言われた際、名前を聞かれたので、僕も名乗る。
「僕は、ハルカ・アマノガワといいます」
元の名前は天之川 遥だけど、この世界に合わせて改名した。それにこれは、一度死んで転生した僕なりのけじめでもある。
僕はミルフィーユさんに尋ねる。
「大丈夫ですか? 怪我とか無いですか? 襲われていたんで、つい助けに入りましたけど、余計なお節介だったらすみません」
「いえ、大丈夫ですわ。本当に助かりましたわ。危ない所でしたから」
良かった、余計なお節介だって言われたら嫌だしね。
「では、僕はこれで失礼します。ミルフィーユさんも気を付けて」
そう言って立ち去ろうとしたら、ミルフィーユさんに止められた。
「ちょっと待ってくださる? 私、貴女に聞きたい事が有りますの。貴女の短剣はどこで、どうやって手に入れたのかしら?」
どうしよう、本当の事は言えないよね。
「伝説の『名無しの魔女』から17歳の誕生日プレゼントとして貰いました」
なんて言ったら余計、話がややこしくなるし。僕、嘘をつくのも苦手だし。ならば仕方ない……。
「すみません! 秘密です!」
そう言うと、僕は猛ダッシュでその場から逃げるのでした。
銀髪メイドのハルカと対を成すキャラとして金髪お嬢様を投入。毒舌執事も出しました。ありきたりと言わないで下さい。