第35話 新たなる襲撃者
僕が邪神ツクヨにさらわれて、8日目の朝。
「おら、いつまで寝てやがる! さっさと起きやがれ!」
バサッ!
無理やり、掛け布団を引き剥がし、起こすツクヨ。あの、僕、元は男だけど、今は女なんですけど……。毎朝やられるんだよね、これ。確かに起こす手段としては有効だけど、容赦無いなぁ。まぁ、とりあえず朝の挨拶をしなきゃね。
「おはようございます、ツクヨ」
「おはよう、ハルカ。さっさとシャワーを浴びて着替えてこい。朝飯にするぞ」
「分かりました」
僕はそう言って、部屋を出た。
さて、朝食。今朝のメニューは和食。ご飯に味噌汁、焼き魚、漬物と見事に定番。作ったのはツクヨ。実は、この家の食事は基本的にツクヨが担当している。しかも、僕より上手い。今朝のメニューも素晴らしい出来。ご飯は炊きたて、ほかほか。味噌汁も出汁加減が絶妙。焼き魚もふっくら、ジューシーで噛むと旨味が口いっぱいに広がる。漬物も美味しい。僕も料理上手を自負するだけに、邪神に負けるのは何か悔しい。
そんな平和な朝食だったけど、その平和は突然、破られた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
突如、襲ってきた激しい地響きと揺れ。
「うわっ、何? 地震?」
するとコウが、いつもの無表情で淡々と答える。
「違います、ハルカ。何者かが、マスターの許可無く、この世界に侵入しようとしているのです。この世界はマスターの支配する世界です。許可無く侵入しようとすると、拒絶されます」
それを聞いて、ナナさんが助けに来てくれたんじゃと期待する僕。だが、その期待はツクヨにあっさり否定された。
「ハルカ、残念だが、来たのは君の師匠じゃないな。数が1つじゃない、大規模過ぎる」
そんな、違うなんて……。それじゃ一体、誰? それに大規模過ぎるって。僕の疑問をよそに、それは姿を現した。
「ふん! こりゃまた、大層なこったな!」
窓から外を見て、言うツクヨ。その視線の先には、空中に浮かぶ、巨大な空中戦艦を中心とした艦隊。そして、空中戦艦から周囲に向けて、6本の巨大な杭の様な物が発射される。地面に突き刺さったそれは、光の幕を形成し、辺り一帯を包囲した。
「結界柱ですね。逃がす気は無いという事ですか」
とコウ。何者かは知らないけど、明らかにヤバい相手だ。その時、外の様子を見ていたツクヨの鋭い声。
「伏せろ!」
えっ、何? いきなりの言葉に反応出来ない僕。
「ハルカ!」
そう叫んで、イサムが僕に覆い被さる。直後、艦隊が一斉射撃を仕掛けてきた。
凄まじい、射撃音と爆音。またしても、家が激しく揺れる。時間にして1分間程だったけど、僕にはまるで、数時間にも感じられた。
一斉射撃が終わると、今度は家の周りに幾つもの、光が現れる。あれは転移魔法陣だ。そして、SF映画に出てくる様な、戦闘服を装着した完全武装の兵士達が現れ、ツクヨの家を包囲した。そして、包囲網の中から1人の女性が出てきた。かなり若いね。その女性は、こちらに向けて言った。
「広域次元犯罪者、黒乃宮 月夜、大和 勇、コウ。おとなしく投降しなさい! 今から5分待つ。5分経って投降しなければ、総攻撃を仕掛ける!」
あいつら、ツクヨ達の本名を知ってる! それに5分以内に投降しなければ総攻撃を仕掛けるって。どうするの、ツクヨ? 僕はツクヨを見る。だがツクヨは少しも慌てていない。いつも通りの大胆不敵な態度だ。
「面白い、この俺に、邪神ツクヨに投降しろだと? 言ってくれるじゃねぇか。コウ! イサム! 打って出るぞ!」
「かしこまりました、マスター」
「はい、ツクヨさん!」
いつの間にやらコウもイサムも戦闘体勢を整えていた。コウは黒いとんがり帽子に黒いマントを身に付け、手には魔道書。イサムも腰に愛刀を差していた。あいつらと戦う気だ。あの明らかにとても高度な文明世界からやって来た連中相手に。僕も手伝わなきゃ! 僕だって、ナナさんに鍛えられたんだ。僕も戦うよ! そんな僕にツクヨは言った。
「ハルカ。君はここにいろ。邪魔だ」
「邪魔って何ですか! 僕だって戦えます!」
僕はツクヨに抗議した。そりゃ、ツクヨよりは弱いけど、素人じゃない。ナナさんに鍛えられ、実戦経験だって有る。なのに認めないなんて。
「コウ、イサム、2人もツクヨに言ってよ。僕だって戦力になるって」
しかし、2人共、僕の味方はしてくれなかった。
「ハルカ、マスターのおっしゃる通りです。貴女は邪魔です」
「悪いけど、俺も同じ」
「酷いよ! 2人まで、僕の事を認めてくれないの!」
思わず、大声を張り上げる僕に、ツクヨが言う。
「ハルカ。確かに君は強い。素晴らしい才能を持つ。実戦経験も有る。だがな、それはあくまで、魔物相手だろう。人を殺した事は無いだろう」
正にその通りだった。確かに僕は魔物相手の実戦経験は有るけれど、人間相手の実戦経験は無い。ツクヨは話を続ける。
「あいつらはプロだ。話し合いの通じる相手じゃないぞ。確実に命の取り合いになる。君は人を殺せるのか? 人を殺す覚悟は有るか?」
僕は何も言えなかった。僕に人が殺せるか? 多分、無理。怖い。この手を血で汚すなんて怖くて出来ない。
「自分の未熟さが分かった様だな。人を殺す覚悟の無い君など役に立たん。おとなしく、ここにいろ。何、あんな奴らに遅れは取らん。それじゃ行くぞ!」
そう言って、出て行くツクヨ。コウとイサムも後に続く。そして僕は1人、家の中に残された。
僕は窓から、外の様子を窺う。ツクヨ達は、敵兵士達の前にいた。
「わざわざ、こんな所まで、ご苦労なこったな」
ツクヨが皮肉たっぷりに言う。それに対し、今度は敵の女司令官が言う。
「はじめまして、邪神、黒乃宮 月夜。この日の為に3年を費やしたわ。貴女を捕らえるこの日の為にね! 覚えているかしら? 3年前の事件を」
憎しみに満ちた目でツクヨを睨み付ける女司令官。3年前に何が有ったんだろう?
「ふん、3年前か……」
考えるツクヨ。
「3年前、3年前ね……」
更に考えるツクヨ。
「3年前……」
ちょっとツクヨ。3年前から話が進んでないよ。その時、ツクヨが言った。
「コウ、3年前って何が有った?」
「忘れたのですか、マスター」
呆れた口調のコウ。
「ツクヨさん、そこはちゃんと覚えておいてあげないと」
イサムもツっこむ。
「仕方ないだろ、いちいち、ザコの事なんか覚えてられるか」
あっ、敵の女司令官が顔をひきつらせてる。
「とことん、人をバカにしてくれるわね。教えてあげるわ。3年前、私の息子は貴女に敗れ、その後、死んだわ。これが息子よ!」
女司令官はツクヨに写真を見せる。それを見て、ツクヨは言った。
「あ~、あいつか! 思い出した、思い出した。確か、ボコボコにしてやった上で、フルチンにして、逆さ吊りにして、ネットで世界中に画像を流してやったっけ。いや、懐かしいな~」
ツクヨ、それは酷いよ。正に邪神の行い。そりゃ、本人も死にたくなるし、母親にも恨まれるよ。そこへ、女司令官が付け加える。
「まだ足りないわ。貴女はその上、息子のアレに『短小、貧弱、皮被り、シメジ以下』と書いた札まで付けたわね!」
女司令官は全身から、凄まじい怒りのオーラを放っていた。背後に鬼が見える様な……。しかし、本当に酷い事するな、ツクヨは。
「長かったわ、この3年間。貴女に復讐する為に、全てを注いだわ。もはや、逃げられないわよ。覚悟しなさい、邪神、黒乃宮 月夜!」
女司令官が合図すると、兵士達が一斉に構える。だがツクヨもコウもイサムも全く動じない。
「覚悟しなさい? 笑わせるな! 邪神ツクヨをナメるなよ! コウ、イサム、やるぞ!」
「かしこまりました、マスター」
「了解!」
「攻撃開始!」
『了解!』
ツクヨの言葉にコウとイサムが応じ、対する女司令官も攻撃開始を命じ、兵士達が応じる。かくして、ツクヨ達3人対、異界の戦闘部隊の戦いの火蓋が切られた。
それは凄まじい戦いだった。ツクヨが拳や蹴りを繰り出すたび、戦闘服を纏った兵士達がバラバラの肉片となって飛び散る。イサムの刀が兵士達を斬る。コウの操る無数の魔書のページが兵士達を切り刻み、また壁となってコウを守る。数も文明もこちらより遥かに上の相手を前に一歩も引かない。本当に凄い。でも僕は思った。このまま、家の中に隠れていて良いのかなって。その時、事態は動いた。
兵士達を相手に一歩も引かずに戦うツクヨ達を突如、業火の塊が襲った。
ズドォオォォォン!!
凄まじい爆発が巻き起こる! その衝撃は強烈で、ツクヨの家が激しく揺れる。見れば、僕より少し年上らしい、黒髪のセミロングの女性と、もう1人、赤毛のポニーテールの女性が空中に浮かんでいた。
「ちっ! 本命登場か。しかし、味方ごと殺ろうとするとはな……」
忌々しげに吐き捨てるツクヨ。確かにその2人からは強大な魔力を感じた。はっきり言って、僕より強い。そこへ女司令官が言う。
「フフフ、彼女達こそ、貴女に対する切り札よ、黒乃宮 月夜。我が軍、最強の魔道師にして、何人もの次元犯罪者を葬ってきたエース。しかも、対邪神装備も備えているわよ。貴女もこれでおしまいよ!」
その女性達は、何かを空中から取り出した。それは瞬時に伸び、先端に光の刃を発生させる。見た感じ、槍の様だった。
「我が世界、アルカディアの魔道技術と科学技術を結集して生み出された、対邪神兵器、ネオ・ブリューナクの力、とくと味わいなさい! 行け! 黒乃宮 月夜を殺せ!」
女司令官がそう命じると女性達はツクヨ目掛けて、襲ってきた。
「ふん、殺れるもんなら、殺ってみろ! この邪神ツクヨをそんじょそこらのテンプレ邪神と一緒にするな!」
怯まず立ち向かうツクヨ。コウとイサムも加わる。
「助勢いたします」
「俺も手伝います」
すると、赤毛の女性の方が、コウとイサムに攻撃を仕掛けてきた。ツクヨと分断させる気だ。
「お前達2人の相手は私がしてやる」
冷たく言い放つ、赤毛の女性。
「甘く見られたものですね、私達も」
「俺達をナメるな!」
負けじと言い返し、交戦状態に入る、コウとイサム。一方、ツクヨは黒髪の女性と交戦中だった。
「ブリューナク。確か、ケルト神話で光の神、ルーが、魔眼の巨人、バロールを殺した槍だったな。その名は『貫くもの』を意味していたな」
「博識ね、黒乃宮 月夜。その通りよ。このネオ・ブリューナクは、ブリューナクのデータを元に、生み出された、対邪神兵器。正確には貴女を殺す為に生み出された兵器。あらゆる攻撃を遮断する貴女の防御魔力を無効化する。これで致命傷を受ければ貴女といえど死ぬ」
「そうかい。だが、俺は殺される気は無い。お前らみたいな、自分勝手な正義を振りかざし、無茶苦茶やる奴らにはな!」
話ながらも激しい攻防が繰り広げられる。女性の突きをツクヨが身体を回転させかわし、その勢いを乗せた、回し蹴りを放つ。女性が身体を沈めてかわし、今度は下から切り上げる。ツクヨがバク転でかわし、ついでに魔力騨を放つ。それを女性が槍で弾き返し、火炎騨を放つ。ツクヨも凄いけど、あの女性も凄い。
コウとイサムの2人と交戦している方の女性も、2人同時に相手しているのに、全く怯まない。しかも向こうはまだ、女司令官が残っている。やっぱり僕だけ、隠れているなんて出来ない。僕も戦う! 僕は愛用の二振りの小太刀を手に家を飛び出し、ツクヨ達の方へ向かおうとした。だが、それは間違いだった。
家を飛び出し、少し進んだ時、突然、足元が光った。拘束魔法! 気付いた時には、もう遅かった。僕は完全に拘束されていた。
「念のため、家の周りに罠を仕掛けていて正解だったわ。銀髪のネズミが掛かったわね」
僕より少し年上らしい、金髪碧眼の女性が拘束された僕を見下ろしていた。
「ちっ、あのバカ!」
ツクヨが苦虫を噛み潰した様な顔でこちらを睨み付ける。
「ハルカ!」
イサムが叫ぶ。
「やれやれ、言い付けを守らず、捕まるとは……」
呆れるコウ。
金髪の女性が言う。
「黒乃宮 月夜、大和 湧、コウ。降伏しなさい。さもないと、この子の頭が吹き飛ぶわよ」
拘束された僕は金髪の女性の前に立たされていた。僕の後頭部に金髪の女性が手をかざしている。いつでも、攻撃魔法を撃てる状態だ。
「勝負有ったわね。黒乃宮 月夜」
勝ち誇る、女司令官。
「残念ながら、その様だな。この邪神ツクヨ、身内は見捨てない主義でな。俺の負けだ」
ツクヨはあっさり負けを認めた。
「コウ、イサム、お前らもおとなしくしろ。悔しいが俺達が何かするより先に、ハルカの頭が吹き飛ぶ」
「確かにマスターのおっしゃる通りですね」
「くっ、ハルカ……」
「この時をどんなに待ち望んでいたか……」
結局、僕達は全員拘束された。そして拘束されたツクヨの前に女司令官が立つ。その手には、ネオ・ブリューナク。
「息子の恨み、思い知れ!!」
女司令官は大声で叫ぶとツクヨの胸にネオ・ブリューナクを突き刺した!
「ぐっ!」
ツクヨが苦痛の声を上げ、表情を歪める!
「マスター!」
「ツクヨさん!」
「ツクヨ!」
僕達3人が叫ぶ! だが、女司令官は更に、ツクヨの胸に槍を突き刺しまくる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!!」
とてもじゃないけど正気の沙汰じゃなかった……。
「司令官、それぐらいに。あまりに損傷が酷いと、研究サンプルとして支障が出ます」
金髪の女性が司令官を止めた。ツクヨは槍で滅多刺しにされ、見るも無残な死体となっていた……。
女司令官はやっと落ち着いたらしく、まだ荒い息を付きながらも、指示を出す。
「分かったわ。それでは、封印班、黒乃宮 月夜の死体及び、コウを封印しなさい」
「了解」
空中に浮かぶ艦隊からやって来た、新手の連中が、ツクヨの死体、そしてコウをガラスの角柱の様な物に閉じ込めると、運んで行った。
「この2人も連行しなさい」
「了解」
続いて僕とイサムも連行される。
「お前はこっちだ」
「イサム!」
だが、途中で僕とイサムは引き離される。
「大丈夫、俺の事は気にしないで!」
そう言って、イサムは連行されていった。そして僕は独房に閉じ込められた。しばらくして、振動が起きた。どうやら、僕達を乗せた戦艦が動き出したらしい。
僕は後悔していた。ツクヨの言い付けを破り、外に出た結果、僕は敵に捕まり、更にはツクヨ達も捕まり、ツクヨが殺されてしまった。コウとイサムの2人とも引き離され、どうなったか分からない。僕自身もどうなるか、分からない。一体、この先、どうなるんだろう?
新たなる敵勢力、登場。そして、またしても連れ去られるハルカ。今度の敵は更にヤバい奴ら。どうなる事か。では、また次回。