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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第34話 イサムは語る

「魔王や邪神に立ち向かい、世界を救う正義のヒーロー、それが勇者。俺もそう思っていた。ツクヨさん達に会うまではね」


 どこか自嘲気味に話すイサム。


「とりあえず、勇者の真実を話す前に、俺の事をざっと話すよ。俺、孤児院出身なんだ。赤ん坊の頃、孤児院の前に捨てられていたのを、院長先生に拾われたんだ」


 いきなり重い話を聞かされる。周りの空気が暗く沈む。


「ごめん、いきなり重い話をして、でも聞いて欲しい。じゃ、話を続けるよ。俺の大和ヤマト イサムの名前は院長先生が付けてくれたんだ。ちなみに大和は院長先生の姓で、その孤児院の出身者は全員、大和の姓を名乗ってる。両親がいないのが寂しくない訳じゃなかったけど、院長先生や他の孤児のみんなと平和に暮らしていた。そんな俺のお気に入りは、院長先生が読んでくれた、勇者の物語だった。正義の勇者が魔王に立ち向かい、世界を救い、ハッピーエンド。子供心に凄くワクワクしたもんだよ。そして俺は勇者に憧れた。勇者になりたいと思ったよ」






「だが、成長するにつれて、所詮、おとぎ話と俺は知った。現実には、魔王も勇者もいない。俺はただの人間。学校に通い、進学、就職、いずれは、自立する。それが俺の生きる道と知った。別に俺に限った話じゃない。他の孤児達もそうだし、それが、世間一般の人間の生きる道」


 それは僕も同感だった。普通の人間として、普通に人生を送り、いつか、生涯を閉じる。それが普通。まさか、一度死んだ後、銀髪碧眼の美少女になって異世界に転生するなんて、夢にも思わなかった。


「でもね、やっぱり勇者への憧れは消えなかったよ。勇者になんてなれないと分かっていてもね。だが、俺が14歳の夏、その事件は起きた。俺は勇者として、異世界に召喚されたんだ。その日の事は、今でもはっきり覚えてる。7月7日の七夕でね。短冊に勇者になりたいって書いて、みんなに子供っぽいって笑われたよ。そしてその夜、自分の部屋のベッドに入って寝ようとした時。突然、身体を引っ張られる様な感じがして、周りの風景が歪んだと思ったら、俺は見知らぬ場所にいた。とある城の召喚の間に」






「いや、驚いたの何のって。いきなり、知らない場所に来て、知らない奴らに取り囲まれるし。しかも、勇者だ勇者だと大騒ぎだし。そして、俺は俺を召喚した魔道師から、勇者として召喚された事、邪神が降臨した事を聞かされた。更にその後、国王から邪神を討伐し、世界を救って欲しいと頼まれた。俺は有頂天になった。ずっと夢見ていた勇者になれたんだから。ただ、心配事も有った。事が済んだら、元の世界に戻してくれるかって。それに関しては責任を持って戻してくれると言ってくれた事で解決した。そんな訳で俺は勇者になった。院長先生や孤児院のみんなには悪いけど、小さい頃からの夢だったし、元の世界に戻ったら謝れば良いと考えていた。その時は……」


 イサムの表情が暗くなる。僕はイサムの話の中に、おかしい部分が有る事に気付いていた。


「あの、イサム。その話の中におかしい部分が有るね。君を元の世界に戻すって言われたそうだけど、僕、異世界から来た者を元の世界に戻すのは、まず不可能だって聞いたよ」


 するとイサムの表情が更に暗くなる。しまった! 地雷踏んだ!


「……その通り。無数に有る異世界の中から、誰かを召喚する事は出来ても、元の世界に戻すのはまず出来ない。後にコウから聞かされてショックだったよ。俺はまんまと騙されていたんだ」






「だが、その時点では、俺は自分が騙されているなんて思いもしなかった。周りからは勇者と持て囃されていたしね。そして、パーティーのメンバーの選別が行われ、俺達、勇者一行は邪神討伐に向けて出発した。俺は浮かれていた。勇者になって、世界を救うべく、旅に出る。これぞ俺の求めていた物だって。でもね、現実は甘くなかった。水や食料等を補給しないといけない。天候にも左右される。体調を崩す時も有る、行く先々では何かと厄介事の解決を頼まれる、更には俺以外のメンバーは大人ばかりで、何かと俺をバカにした。何より、勇者一行の名を傘に着て、あちこちでやりたい放題。俺の考えていた冒険とは、大きくかけ離れていた。正直、幻滅したよ」






「そして出発から半年。俺達は、邪神の本拠地への最後の壁。通称、死の大森林へと入った。一度入れば二度と出られないと言われ、恐れられる場所さ。噂通り、いや、それ以上の恐ろしい森だった。危険な魔物や植物、更には自然現象までもが敵。次々と仲間が死んでいった。森を抜けられたのは俺1人だけだった」






「森を抜けた先は、とても美しい場所だった。草原が広がり、向こうには湖が見える。とても邪神の本拠地とは思えなかったよ。死の大森林を抜けた俺には楽園に思えた。でも、俺には邪神討伐の使命が有る。俺は邪神のアジトを探した。すると一軒家を見付けた。邪神のアジトにしてはショボいけど、こんな所に一軒家なんて不自然過ぎる。これが邪神のアジトに違いない。そう思って、俺は大声で


『出てこい、邪神! この勇者イサムが成敗してやる!』


 って言った。今、思えば、恥ずかしいよ……。そして出てきたのがツクヨさんだった。これが俺とツクヨさんの初めての出会い」






「俺は出てきたツクヨさんを見て正直、驚いた。邪神なんだから凄い化物なんだろうと思っていたら、美人のお姉さんが出てきたんだから。だが邪神なのは分かった。明らかに格の違う妖気を放っていたからね。でも直後、酷い事を言われたよ」


 相当、嫌な思い出らしく、苦い表情を浮かべるイサム。


「何を言われたの?」


 僕はイサムに尋ねる。


「出てきたツクヨさんは、俺を見るなり、こう言ったんだ。


『あぁ、そうだ。俺が邪神ツクヨだ。だが、せっかく来てもらって何だが、さっさと帰れ。お前の相手なんか、めんどくさい』


 って。要はまるっきり相手にされなかったんだ……」


 そ、それは悲惨だなぁ。せっかく来たのに相手にされないって……。


「で、その発言にキレた俺はツクヨさんに斬りかかるも、あっさり聖剣が折れた上、圧倒的な実力差を教えられて、降参した。あの時は俺の人生終わったと観念したよ……」






「だが、ツクヨさんは俺を殺さなかった。それどころか、家に上げてくれたんだ。そこで俺はコウと出会った。そしてツクヨさん達から、勇者の真実を聞かされたんだ。随分、前ふりが長くなったけど、ここからが話の本題。良く聞いてね、ハルカ」


 懐かしそうな、そして悲しそうな顔のイサム。


「うん、分かった。話して」


「じゃ、話すよ。お茶を出してくれたツクヨさんに俺は聞いた。これから先、どうすれば良いかって。何せ、邪神討伐が出来なかったんだ。王国には帰れない。そんな俺にツクヨさんは言った。


『はっきり言ってやる。仮に邪神を討伐しても、お前に未来は無いぞ。王国の連中はお前を殺すぞ』


 って」


 えっ、どうして? どうして邪神を討伐しても殺されるの? 僕には分からなかった。そんな僕に対し、イサムは話を続ける。


「不思議な様だね。俺もその時は分からなかった。ハルカ、勇者ってのは、強大な力を持ち、魔王や邪神に対抗出来る存在。魔王や邪神がいる時は正に世界の希望さ。でも、魔王や邪神がいなくなったら、勇者はどうすれば良い?」


 悲しそうな顔のイサム。確かに勇者の使命は魔王や邪神を倒し、世界を救う事。それを果たした勇者はどうすれば良いのか。復興に協力とか?






「ツクヨさんは教えてくれた。魔王や邪神がいなくなれば、今度は勇者が新たな世界の脅威になると。強大な力を持つ勇者を権力者達が放って置く訳が無いと。更にはコウに言われたよ。勇者は平和の為の生け贄、捨て駒だって」


 ここで邪神ツクヨが口を開いた。


「ハルカ。これが勇者の真実。都合良く利用され、用が無くなれば消される。哀れなもんだ」


 再びイサム。


「ハルカ、ゲームの勇者なら、魔王を倒し、世界は救われました。めでたしめでたしのハッピーエンドで済む。でも現実は違う。魔王や邪神を倒しても終わりじゃないんだ。その後が問題なんだ。その点、俺はラッキーだった。ツクヨさん達と出会い、勇者の真実を知り、以降、行動を共にする事になった。ちなみに俺を召喚した王国の連中、俺が用済みになったら毒殺する計画を立てていたよ」


「酷い! 勝手に召喚した上、用済みになったら毒殺しようなんて!」


「それが現実だよ、ハルカ。勇者は正義のヒーローなんかじゃない。利用されて、用済みになれば消される捨て駒。しかも、勇者の中には、力を悪用する奴も多い。召喚した勇者に国を奪われた、滅ぼされたなんて話がいくらでも有る。本当に情けないよ……」


「勇者召喚の術は異世界より勇者の素質が有る者を召喚しますが、人格面は考慮されませんから」


 コウが説明してくれる。


「ま、自分の世界の問題を異世界の無関係な奴を召喚して解決しようなんて考え方自体が、気に入らん」


 これは邪神ツクヨ。






 その時、僕はふと気が付いた。何故、イサムは元の世界に帰らないんだろう。帰れない理由は元の世界の座標が分からないから。でも、この世の始まりから現在に至る全ての知識を持つコウならば分かるはず。


「あの、イサム。聞きたいんだけど、イサムはどうして元の世界に帰らないの? コウの力を借りれば帰れると思うんだけど」


 その質問をした途端、空気が一気に重苦しくなった。ヤバい、また地雷踏んだ!


「ハルカ、確かに君の言う通り、コウの力を借りれば帰れる。でも、俺に帰る場所は無くなっていたんだ……」


 本当に沈痛な表情のイサム。


「俺が異世界に召喚されたその夜。孤児院が放火され、全焼したんだ。そして、みんなの脱出を優先し、院長先生は亡くなった。残ったみんなも散り散りになって、跡地も人手に渡った」


 余りにも悲しい事実に、僕はしばらく何も言えなかった。


「ハハッ、何が勇者だか。俺は大切な人を守れなかった」


 俯くイサム。その表情は見えないが、とてつもない、悲しみと後悔を感じた。






「ごめん、イサム。僕、酷い事を聞いて……」


「ハルカは悪くないよ。もう過ぎた事だしね……」


 そう言うイサムの顔はどこか達観した様に見えた。強いなイサムは……。


「さて、長話もこれでお開きにするぞ。ほら、ガキはさっさと寝る」


 邪神ツクヨがそう言って、話は終わった。確かにすっかり夜も更けていた。


「そうですね。おやすみなさい、ツクヨさん」


「では、失礼します。マスター」


 イサムとコウは部屋から出ていった。さて、僕も部屋に戻ろう。


「それじゃ、おやすみなさい、邪神ツクヨ」


 僕はそう言って部屋に戻ろうとしたら、邪神ツクヨに呼び止められた。


「ちょっと待て、ハルカ」


「何ですか?」


「俺の事はいちいち、邪神ツクヨと呼ばなくて良い。ツクヨと呼べ」


「じゃ、ツクヨ」


「あのな、俺は君より年上だぞ。呼び捨てはないだろ」


「僕は邪神にさん付けする気は無いですから。それに僕、貴女に一度殺されかけていますし」


「……顔は可愛いが、性格は可愛くないな君は」


「それはお互い様です。それじゃ、今度こそおやすみなさい、ツクヨ」


「あぁ、おやすみハルカ」






 部屋に戻った僕は、今回聞かされた話を思い返していた。ツクヨの過去。コウの正体。転生者や異界人の破滅する理由。勇者の真実。イサムの悲しい過去。本当に不思議な人達。邪神のくせに邪神の務めを果たさないツクヨ。主のツクヨに容赦無く、毒を吐くコウ。そして悲しい過去を持つのに頑張る、元、勇者イサム。僕は3人に親しみを感じていた。だが、僕は自分の考えがいかに甘かったか、翌日思い知らされる事になる。邪神ツクヨの恐ろしさを。





今回もほとんど会話文。作中でも語られていますが、ゲームなら勇者が魔王や邪神を倒し、世界を救ってハッピーエンド。でも現実はそうはいかない。その後の勇者はどうなる? 権力者達が放って置くとは作者には思えません。軍事利用、もしくは暗殺なんかがオチかと。

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