第32話 邪神ツクヨは語る
「さて、何から話すかな。そうだな、まずは俺の素性から話すか」
そう言って、邪神ツクヨは話を始めた。
「俺の本名は黒乃宮 月夜。君と同じく、転生者だ。元は、大学生の男だった。だが、ある夜、小腹が空いたんでコンビニに夜食を買いに行ったんだが、その帰りに歩道橋の下り階段でうっかり踏み外し、転落死してしまった。そしたら、妙な場所に来て、邪神に転生させられたのさ」
驚いた、邪神ツクヨが僕と同じく、転生者だったなんて。
「驚いた様だな。だが、君だって魔王だろ。別におかしな話じゃあるまい」
そう言うと邪神ツクヨはお茶を啜る。今度は僕が質問。
「あの、一体、誰が貴女を転生させたんですか?神? それとも悪魔?」
「残念ながら、違う」
「じゃ、誰なんですか?」
すると邪神ツクヨは何だか嫌そうな顔をしながら言った。
「俺を転生させたのは、この世の全てを生み出した者、全知全能の存在、創造主だ」
創造主!? とんでもない名前が飛び出してきた。
驚く僕に、邪神ツクヨは話を続ける。
「創造主と言っても、ろくな奴じゃ無いぞ。何せ、新作のWeb小説のネタにしたいから、なんてくだらない理由で俺を邪神に転生させたんだからな。マジで最低な奴だ」
うわ、酷い理由。でも僕も実験体として転生させられた訳だし。
「で、俺は異世界に飛ばされ、そこでまずコウに出会った。ちなみに会って早々、バカ呼ばわりされたがな」
「質問に質問で返すからでしょう。本当にマスターはバカですね」
無表情でツッコミを入れるコウ。あの、君、邪神ツクヨの従者だよね? 容赦無くバカ呼ばわりって……。
「さらにその後、今度はイサムと出会った。勇者として異世界に召喚され、俺を討伐しに来たのさ」
やっぱり、邪神ツクヨとイサムは最初は敵同士だったんだ。
「結果はどうなったんですか?」
僕は邪神ツクヨに質問する。それに対し、邪神ツクヨは、やれやれといった顔をする。
「現状を見て分からんか? 俺が勝った。と言うか、勝負にもならなかった」
イサムが更に言う。
「本当に、ショックだったよ。勇者として召喚されて、勇者の力を得て、それまで無敗だったのに、ツクヨさんには傷一つ負わせる事も出来なかったんだから……」
「いや、あの時のイサムは傑作だったな。威勢良く挑んできたは良いが、あっさり聖剣が折れた上、俺との実力差を知って、土下座して降参したからな」
「ちょっと、ツクヨさん! ハルカの前で言わないで下さい!」
「ククククク、俺は邪神だからな。それに事実だろうが」
うわ~、本当に意地悪だな、邪神ツクヨ。でも何故、イサムを殺さなかったのかな? 敵同士なのに。
「俺がイサムを殺さなかったのが、不思議か? 言っただろ、俺をそんじょそこらのテンプレな邪神と一緒にするなと」
「単にイサムが好みのタイプだっただけでしょう」
「いらん事を言うな、コウ!」
やっぱり変わり者だな、この邪神。
「さて、本題に入るか。まずは、俺が邪神らしい事をしない理由だったな。1つはさっきも言った様に、面倒くせぇからだ。更に言うと、邪神として事を起こすと勇者なんかが来て、鬱陶しい。そして最後にして、最大の理由。邪神の務めは世界に破滅をもたらす事。だがな、邪悪な存在である邪神が真面目に自分の務めを果たすのはおかしくないか? だから俺は邪神らしく、自分の務めを果たさない。これが正しい邪神の在り方だ!」
大威張りで無茶苦茶な屁理屈を展開する、邪神ツクヨ。自分の務めを果たさないのが、正しい邪神の在り方って……。
「他の邪神達からはニート呼ばわりされています」
「コウ、いらん事を言うな!」
「他にも聞きたい事は有るだろう? 言ってみろ」
「それじゃ、イサムに質問」
「分かった、何が聞きたい?」
「イサムは元、勇者って言ってたよね。何故、元、なの?」
するとイサムは複雑な顔をする。
「……それは」
その時、邪神ツクヨが口を挟んだ。
「ハルカ、悪いがその事は聞かないでやってくれ。頼む」
初めて見る、真剣な表情の邪神ツクヨ。その場が気まずい雰囲気に包まれる。どうやら僕は地雷を踏んだらしい。
「分かりました。ごめんねイサム。嫌な事を聞いて」
「いや、別にハルカが謝る必要は無いよ」
イサムはそう言ったけど、その表情は暗かった。一体、何が有ったんだろう?
気を取り直して、今度はコウに質問。
「コウ、君は何者なの? 僕の名前を名乗る前から知っていたし、私に知らない事は無いって言ったよね。教えて欲しい」
するとコウは邪神ツクヨの方を見る。
「いかがいたします? マスター」
「ハルカなら別に構わないだろう」
「かしこまりました。この場合、直接見せた方が早いですね。ハルカ、これが私の本来の姿です」
コウがそう言うと、突然、コウの姿が消え、代わりに1冊の本が現れた。
「えっ、何これ!? コウが本になっちゃった!」
突然の事態に驚く僕に対し、本から念話が聞こえてきた。
『驚いた様ですね、これが私の本来の姿。この世が始まってから、現在に至るまでの全ての知識を知る事が出来る魔書。言うなれば究極の攻略本です』
「だから、コウと名付けたんだ。攻略本の化身だからな」
邪神ツクヨが説明する。
『何の捻りも無い、安直なネーミングです』
「うるさい! 文句言うなら、別の名前を名乗れば良いだろ!」
『面倒なので』
相変わらず、漫才の様なやり取りをする、邪神ツクヨとコウ。何だかんだで、仲良いんじゃないかな。
『では、人型に戻ります』
そう言うとコウは、本から普段の少女の姿に戻る。
「ではハルカ、私についてもう少し詳しく話しましょう。私は、この世の始まりからの全ての知識を収める、大いなる知識の宝庫にアクセス出来る端末なのです。ゆえに、あらゆる知識を必要に応じて引き出せます。私が貴女に知らない事は無いと言ったのは、そういう訳です」
コウってそんなに凄い存在だったんだ……。
「おかげで、私は様々な連中から狙われます。もっとも、私から得た知識を使いこなせるかは、疑問ですが。くだらないクズが大いなる知識を得た挙げ句、自滅するのはいつ見ても滑稽でしたね」
さすがは邪神の従者。容赦無い発言だなぁ。
まだまだ、話は続く。
「さて、今度は俺からハルカ、君に質問だ。君は俺と同じく、転生者な訳だが、異世界に転生してどう思った? 難しく考えなくて良い、率直に答えてくれ」
そう言うと邪神ツクヨは僕をじっと見つめる。いつもと違う、真面目な顔だ。
「そうですね、甘くないっていうのが、僕の実感です。特にナナさんに実戦訓練として、世界各地の危険地帯に送り込まれる様になってからは、より一層、そう思う様になりました」
「良く分かっているじゃないか。やはり君は優秀だな。バカ共とは違う」
満足そうな顔で言う邪神ツクヨ。僕はナナさんに初めて稽古を付けて貰った日を思い出していた。
「ハルカ。今日から、あんたに魔法と武術の稽古を付けてあげるよ。どこに出しても恥ずかしく無い立派なメイドにしてやるよ。私にとっても暇潰しになるし」
僕はナナさんに質問した。
「あの、僕、メイドですよ? どうして魔法や武術を身に付ける必要が有るんですか?」
対して、ナナさんが答える。
「あんたの故郷のメイドはともかく、こっちの世界のメイドはそんなに甘くないよ。魔法や武術の心得は当たり前。戦う事も仕事の内。護衛や暗殺とかね」
ちょっ、護衛はともかく、暗殺って!
「安心しな。あんたに暗殺なんてさせないから。必要と有れば、私が殺るから。だが、これだけは覚えときな。この世界はゲームじゃない。異世界から来たあんたから見れば、さぞかし不思議な世界に思えるだろうが、れっきとした現実。怪我すりゃ痛いし、血も出る。下手すりゃ死ぬ。そして死ねば、おしまい。コンティニューも、リセットも無い。都合の良い裏技もバグも無い。現実はとことん非情で残酷さ。それを理解せず死んでいった転生者や異界人を私は何人も知ってる。もう一度言うよ、この世界は現実だ。死にたくなけりゃ、努力して強くなりな」
ナナさん……。思い出したら泣けてきた。嫌だな。僕、この身体になってから、やけに涙もろくなってる。
「ちょっとハルカ! 何で泣いてるの!?」
イサムが心配して声を掛けてくれる。
「ごめん、何でもないから」
泣いてる場合じゃない。今でこそ女だけど、僕は元、男なんだ。しっかりしなきゃ! そんな僕を見ながら、邪神ツクヨは話を進める。
「急に泣くから驚いたぞ。まぁ、詮索はせんがな。さて、もっと踏み込んだ話をするかな。ハルカ、これは大事な話だからな。しっかり聞けよ」
真面目な顔でそう言う、邪神ツクヨ。一体、何を話すんだろう? 僕も気になる。
「分かりました。話して下さい」
「よし、では話そう。君は何故、転生者や異界人の多くが悲惨な最期を遂げるか、知っているか?」
「えっと、普通の人間には無い力を持っている故に、その力に溺れて破滅するから?」
僕は自分の考えを話す。
「ふむ、ハズレでは無いな。だが、それでは不完全だ。原因はもっと深い。教えてやろう、真実をな」
邪神ツクヨの従者にして無表情少女、コウの正体、判明。さて、ツクヨの語る、真実とは何か? ではまた次回。