第29話 ハルカ拉致さる!
考えるより先に、とっさに身体が動いた。襲いかかってきた女性の顎を下から、おもいっきり蹴りあげる。そして、のけ反ったところを突き飛ばし、その隙に後ろへ下がり、距離を取る。一体何者なんだ、この人? それに僕の事を魔王と呼んだ。何故?。
「痛って~~。この俺が攻撃を食らって痛みを感じるなんて久しぶりだ。つーか、イサム以来だな。さすがは魔王だ」
僕の攻撃をまともに食らったのに、その女性はまるで堪えていない。普通の人なら間違いなく気絶する威力だったのに。そして僕は異変に気付いた。周りから人の気配が消えている。街中のはずなのに。
「貴女、何者ですか? 何故、僕を襲うんですか? それに何故、僕を魔王と呼ぶんですか?」
質問する僕に、めんどくさそうに、女性が答える。
「質問の多い奴だな。まぁ良い。俺は邪神ツクヨ。襲った理由は君を喰う為だ。後、君は正真正銘、魔王だ」
女性の答えは衝撃的な内容だった。特に最後が。
『君は正真正銘、魔王だ』
違う! 僕は人間だ! 断じて魔王じゃない! すると女性、いや、邪神ツクヨは愉快そうに言った。
「おや、自覚が無かったのか? だが事実だ。君、転生者だろ? 転生者はもはや人間にあらず。君は魔王として転生させられた訳だ」
言われて思い出す、僕を転生させた死神の言葉。
『お前には太古の魔王『魔氷女王』の肉体データを元に創った身体を与えた』
そんな僕を見て、邪神ツクヨは言った。
「心当たりが有る様だな。ま、そんな事はどうでも良い。久しぶりのご馳走だ。嫌なら、あがいてみせろ!」
言い終わると、再び襲ってきた!
「はっ!」
一瞬で僕の後ろに回り込んだ邪神ツクヨが気合いと共に繰り出した拳をガードして防ぐ。だが、一撃で吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁっ!」
宙を舞い、地面に叩きつけられ、転がる。痛い! ただ痛いなんてもんじゃない! 焼けたハンマーで殴られたみたいだ!
「ククククク! 華奢な外見とは裏腹に頑丈だな。効くだろ? 俺の拳は。何せ、俺の神力を乗せているんだからな。大抵の奴なら一撃で粉砕出来る」
初めて経験する、圧倒的な実力差と明確な殺意。怖い! 嫌だ、死にたくない! 助けて、ナナさん!助けを求めようとしても、何故かナナさんと念話が通じない。すると僕の心を見透かした様に邪神ツクヨが言う。
「残念だが、助けなど来ないぞ。俺の神力で、この辺り一帯の空間を切り離したからな。言うなれば、異空間だ。誰も入って来れない」
絶望的な内容だった。
「出る方法は2つ。俺が解除するか、俺が死ぬかだ。ククククク……」
「…………!!」
「どうしました、イサム?」
コウが俺に話しかける。どうやら顔に出ていたらしい。
「マスターに言われたでしょう、手出し無用と」
「でも、やり過ぎじゃないか、あれは」
「文句が有るなら、止めたらどうです? 出来るものならば」
「それは……」
ツクヨさんの強さ、恐ろしさは良く知っている。こと、食事の邪魔をすると激怒する。だからといって、あの銀髪の子がツクヨさんに喰われるのを黙って見ているなんて……。
「ほらほら、どうした魔王! お前の力はこの程度か? 死にたくなければ、力を見せてみろ!」
嵐の様な猛攻を繰り出しながら、僕を挑発する邪神ツクヨ。挑発に乗るのはいけないけど、このままじゃ、殺られる。ナナさんには多用を禁じられているけど、奥の手を出すしかない!
『魔氷女王化』
瞬時に僕の服装が変わる。メイド服から、純白のドレスに。頭のヘッドフリルは白銀のティアラに。後、両手、両足に白銀の手甲と具足。そして、全ての能力が飛躍的に上昇する。更に、愛用の小太刀『氷姫・雪姫』を抜き放つ。
「行きます!」
まずは、小太刀を振り抜き、真空刃を放つ。
「ふん、小賢しい!」
真空刃は容易く防がれるも、計算の内。これは足止めの一撃。真空刃を追いかける形で間合いを詰め、魔法を発動させる。食らえ!
「真・氷魔凍嵐砲!」
魔氷女王化した時のみ使える、僕のオリジナル魔法。しかも、この至近距離。だが……。
ズォォォォォ……
そんな音と共に、僕の放った冷凍波がツクヨの開けた口の中へと吸い込まれて消えた。
「ゲフッ、ごちそうさん!」
そんな! 僕の魔法を吸い込むなんて! ナナさんでも、そんな事は出来ない。
「残念だったな。この邪神ツクヨに喰えない物は無い。さて、そろそろ終わりにするか」
ドムッ!
邪神ツクヨの拳が僕のみぞおちにめり込む。あまりの苦痛に呼吸が出来ない。身体がくの時に折れ曲がる。そして襟首を掴まれる。
「捕まえた。さて、どこから喰うかな~。手足から行くか、それとも頭からか、柔らかい腹からも捨てがたいな~」
邪神ツクヨは僕をどこから食べるか考えている。もはや僕が反撃出来ないと思っているらしい。これが最後のチャンスだ。僕の最強の攻撃を受けてみろ!
『絶対凍結眼』
見るだけで全てを瞬時に凍らせる『魔氷女王』の力。これならば、喰う事も出来ないはず。
「くっ! 身体が……凍……る……」
油断していた邪神ツクヨは氷漬けとなった。誰かに使ったのは初めてだったけどうまくいって良かった。でも、僕は初めて人を殺してしまった。厳密には人ではなく、邪神だけど。でも、まだ終わりじゃない。後、2人残っている。僕が2人の方を向いた時。
ビシッ! バキバキッ!
何かの砕ける様な音。次の瞬間、首筋に強烈な一撃を食らう。急激に意識が遠のいていく。
「ナナさん……」
そして僕の意識は途切れた。
「遅いねぇ。あの子ったら、何してるんだい?」
時間はとっくに夕飯時。にもかかわらず、ハルカは帰って来ない。寄り道する様な子じゃないんだけど……。
「ちょっと、見てくるかね」
そう言って、外に出ようとしたら、突然、玄関のドアの開く音。おや、帰って来たのかい。そう思ったが、聞こえてきたのは別人の声。
「魔女さん、いるかい! 大変だよ、ハルカちゃんが変な女に拐われちまったよ!」
えっ……? ハルカがさらわれた?
私は大急ぎで、玄関に向かった。そこにいたのは、近所のおばさん。ハルカとも仲の良い人だ。
「どういう事だい、おばさん!」
「あたしにも、良く分からないんだけど、買い物帰りにハルカちゃんを見かけて、声をかけようとしたら、いきなり真っ赤な服を着た女がハルカちゃんを襲ったんだよ! そしたら今度は気味の悪い真っ赤な霧が立ち込めて、それが晴れたら、ハルカちゃんも女も消えてたんだよ!」
「場所は?」
「向こうの通りだよ。ハルカちゃん、無事だと良いけど……」
「知らせてくれて、ありがとう、おばさん。後は私に任せて。大丈夫、必ずハルカを連れ戻すから」
私はそう言って、心配顔のおばさんを帰らせた。だが、内心では動揺を隠せなかった。この王都には私の探知網が張り巡らせてある。私だけではなく、エスプレッソ、更には私達に続いて王都に引っ越して来た、クローネ、ファムも同様に張り巡らせている。その全てを掻い潜り、ハルカを拐うとは。私は大急ぎで連絡を取った。
「クローネ、ファム、エスプレッソ、大至急、来ておくれ! ハルカが拐われた!」
五分後。私の屋敷にクローネ、ファム、エスプレッソ、ミルフィーユの小娘、スイーツブルグ侯爵夫人が揃っていた。
「ナナ様! どういう事ですの! ハルカが拐われるなんて!」
「落ち着きなさい、ミルフィーユ」
「でも、お母様!」
「ミルフィーユお嬢様。相手は得体の知れない者です。しかも我らの探知網を掻い潜り、ハルカ嬢を拐う程の手練れ。冷静さを欠いては、相手の思う壺です」
「…………っ」
悔しそうな顔の小娘。だが、エスプレッソの言う事は正しい。
「問題は、その女が何故ハルカを拐ったかだ。正直、ハルカは狙われる理由が有り過ぎる」
「そうだよね。ハルカちゃん、可愛いし、才能も有るし」
クローネ、ファムも険しい顔をする。
「犯人の目的は不明ですが、最悪の事態も考慮すべきでしょう」
エスプレッソのその言葉に、私はぶちキレた!
「ふざけるんじゃないよ、エスプレッソ! あんたから真っ先に殺してやろうか!」
掴みかかる私を皆が止める。
「よせ、ナナ!」
「やめなよ! そんな事してる場合じゃないでしょ!」
「ナナ様、ダメです!」
その時、侯爵夫人がピシャリと言い切った。
「落ち着きなさい!」
その剣幕に皆、一斉に押し黙る。
「ナナさん、貴女は伝説の三大魔女の1人にして、ハルカさんの保護者でしょう。そんな貴女が取り乱してどうするのです。ハルカさんに笑われてしまいますよ。さぁ、今は、私達に出来る事をしましょう。ハルカさんを無事に連れ戻す為に」
私は血の登っていた頭が急速に冷めるのを感じた。これが、王国屈指の名門貴族、スイーツブルグ家、当主か。さすがだね……。ミルフィーユの小娘とは大違いだよ。
「では、私はスイーツブルグ家の情報網を駆使して、犯人の行方を調べます。ミルフィーユ、エスプレッソ、貴方達にも手伝って貰いますよ」
「はい、お母様!」
「かしこまりました、奥方様」
「我も死霊達に調査をさせよう」
「アタシも夢幻獣達に探させるよ」
「ありがとう、みんな。ハルカを連れ戻したら、きっちりお礼をさせるからね」
ハルカ、あんた本当に幸せ者だよ。こんなに、みんなに愛されているなんて。そしてハルカを拐った女。あんたはこの私の手で必ず殺してやる。魂の一片も残さず消滅させてやる!
「……ん、あれ、ここは?」
気が付けば、僕は見知らぬ場所にいた。簡素ながら、決して安っぽくはない部屋。僕はベッドに寝かされていた。そうだ、僕は夕飯の食材を買った帰り道で、邪神ツクヨと名乗る女に襲われて……。でも何故、僕は無事なんだろう? 邪神ツクヨは僕を喰う気だったのに。
ガチャッ
その時、部屋のドアを開けて誰かが入って来た。反射的に身構える僕。腰の後ろに交差させる形で差してある二本の小太刀に手をやるも、無い。どうやら没収されたらしい。
そんな僕とは裏腹に入って来た人は穏やかな態度だった。見た目は僕と同年代。長いストレートの黒髪。白い肌。紺色のブレザーにチェック柄のミニスカ、白いニーソ。はっきり言って凄い美少女だ。その美少女が僕に話しかける。
「あっ、気が付いたんだ。良かった~。どこか痛い所は無い? コウが治してくれたから、まず大丈夫とは思うけど。とりあえず、食事を持って……」
彼女が言い終わる前に僕は攻撃していた。間違いない、彼女は邪神ツクヨといっしょにいた一人。すなわち敵だ!
瞬時に間合いを詰め、貫手を繰り出す。狙うは喉笛。殺す気で行く! だが、その攻撃は虚しく空を切る。そしてあっという間に取り押さえられてしまう。
「あのさ、気が立ってるのは分かるけど、いきなり攻撃するのはどうかな? 大丈夫、俺は君の敵じゃないよ」
僕を取り押さえてはいるものの、その声は優しい。ささくれ立った僕の心が不思議と落ち着いてくる。
「分かった。君を信じるよ。だから放して欲しい」
「了解」
そう言うと彼女は僕を放してくれた。僕の攻撃をものともせず、僕を取り押さえるなんて……。本当に凄い子だよ。
「それじゃ、自己紹介しようか。まずは俺から。俺は大和 勇 。元、勇者で今は邪神ツクヨさんとその従者、コウと一緒に行動してる」
えっ、元、勇者? 何故、そんな人が邪神と行動を共に? 疑問に思うけど、今は自己紹介が先。
「僕はハルカ・アマノガワと言います。魔女のナナさんという人の元でメイド兼、弟子をしています」
「そうか、ハルカって言うんだ。あ、そうだ。俺の事はイサムって呼んでくれ」
何だか親しみやすい人だなぁ。
「だったら僕もハルカって呼んでくれて良いよ」
「分かった。よろしくハルカ」
「こちらこそ、よろしくイサム」
でも打ち解けたのは良いけど、僕、捕まっているんだよね。それに邪神ツクヨは僕を喰う気だった訳だし。イサムなら何か知っているかも。
「ねぇ、イサム。聞きたい事が有るんだけど。何故、僕はここに連れてこられて来たの? 邪神ツクヨは僕を喰う気だったはずなのに」
するとイサムは何だか気まずそうな顔。
「えっと、それは……」
どうしたのかな? 何か言いにくい訳でも有るのかな? すると、またドアの開く音。入って来たのは、13~14歳ぐらいの栗色の髪のショートカットの美少女。だけどイサムと違って酷く無機質な印象を受ける。
「おや、気が付きましたか。どうやら何も問題無い様ですね。実に結構。ところでイサム。貴方は何を油を売っているのです。さっさと、彼女の食事を持って来なさい」
「分かったよ、コウ。それじゃ食事を持って来るから」
そう言うとイサムは部屋から出て行った。この子がコウか。確かにイサムと一緒にいた子だ。それにしても、容赦無い話し方だなぁ。するとコウが話しかけてきた。
「はじめまして、ハルカ・アマノガワ。私は邪神ツクヨ様の従者、コウと申します」
ちょっと待って。何故、僕の名前を知っているの? まだ名乗っていないのに。するとコウが言う。
「私に知らない事など有りません」
邪神ツクヨといい、イサムといい、一体、何者なんだ、この人達? そこへイサムが食事を持って、部屋に入って来る。
「お待たせ。大した物じゃないけど」
お盆の上には、ご飯、味噌汁、焼き魚に野菜のおひたし。とても美味しそうだ。
「それじゃ、いただきます」
出された食事は、とても美味しかった。一体、誰が作ったのかな?
「イサム、この食事、誰が作ったの?」
「あぁ、それはツクヨさんが作ったんだ。料理上手なんだよな、ツクヨさん」
えっ、邪神ツクヨが作った? それを聞いて思わず吐きそうになる。
「ちょっと、落ち着いて! 大丈夫、変な物は使ってないから!」
「マスターはご自身の分はともかく、人様に出す分はまともな食事を作られます。はい、お茶」
2人になだめられ、コウの出してくれたお茶を飲んで、一息付く。だって、邪神が作った食事なんて。
すると、邪神本人が姿を見せた。
「イサムから聞いたが、無事、気が付いたか。さすがは魔王。ククククク……」
邪神ツクヨ! 身構えようとする僕をイサムとコウがなだめる。
「ダメだよ、ハルカ。ツクヨさんには勝てない」
「今の貴女がマスターに挑むのは、無謀を通り越して自殺行為です」
悔しいけど、2人の言う通り。僕は引き下がる。
「ま、せっかく、こうして揃ったんだ。話でもしないか?」
どういう風の吹き回しか、やけに友好的な邪神ツクヨ。こうなれば、仕方ない。なるようになれだ。
何故、邪神ツクヨがハルカを喰わなかったのか? 何故、邪神ツクヨと元、勇者イサムが行動を共にしているのか? ではまた次回。