第26話 紅い瞳
「あ~ぁ、暇だな~」
毎日毎日、これといった事件も無し。いや、実に平和なこった。
ここは王国の片田舎。本当にひなびた所だ。俺、イチロウ・ワタナベはこの田舎の村、唯一の騎士団詰所に所属する騎士の一人。といっても、俺を含めて3人しかいないけどな。
騎士に憧れて騎士養成学校に入学したものの、落ちこぼれてしまい、結局、卒業後はこの田舎の村に派遣された。要は一生、出世とは無縁って事だ。
ま、良いさ。確かに出世は出来ないが、その代わり平和だ。王都本部のエリート共みたいに、金や出世に血眼になるなんてごめんだね。おっ、団長が帰って来た。
「うぃ~っす。今、帰ったぞ~」
「団長、また昼間っから酒飲んでたんですか?」
「固い事言うんじゃねぇよ。毎日、平和だし、どうせ俺達ゃ出世とは無縁なんだからよ」
全く、この人は……。かつて数々の功績を上げた優秀な騎士だったのに、ある時、バカな上官と揉めたあげく、この田舎に左遷されてしまい、今じゃすっかり飲んだくれになってしまった。
「団長、それじゃ下の者に示しが付かないでしょう」
「へっ、下の者って言ってもお前ともう1人だけじゃねぇか」
事実、その通りなのが、何とも情けない。これが俺と団長のもはや定番のやりとりだった。そんないつも通りの日中だったが、突如それをぶち壊す事が起きた。
「た、助けてくれ! 化け物だ! 女の化け物が出た! みんな死んだ! あの化け物女に殺された! うぁあアぁあアーーっ!」
大きな叫び声を上げながら、1人の男が突然、詰所に駆け込んで来た。化け物女? みんな殺された? 一体、何を言ってるんだ? だが、この様子からただ事ではない。男はすっかり錯乱状態だった。
「おい、お前誰だ? 化け物女って何だ? 何が有った?」
俺が尋ねるも、男はまともに答えられない。
「それじゃダメだ。俺に代われ」
いつの間にか、シラフに戻っていた団長が言う。
「ほらよ、冷たい水だ。これを飲んで落ち着けよ。大丈夫、ここは安全だ。お前、この辺りを荒らし回っている盗賊団の一員だよな。一体、何が有った? 化け物女って何だ? 教えてくれ」
さっきまでのだらけた態度とは正反対の真剣な顔を見せる団長。こんな団長初めて見た。
団長から受け取ったコップの水を飲むと多少は落ち着いたのか、男は何が有ったか話し始めた。
「あ、あれは昨日の夜だった。襲撃が上手くいって、その祝いの宴会の最中だった。突然、砦の門がぶち破られて、3人の女達が入って来たんだ。信じられるか? 砦の門はでかくて分厚い鋼鉄製だぞ! それが、まるで紙くずみたいにぶっ飛ばされたんだ! 俺の目の前で門の直撃を食らった奴が一瞬でグシャグシャになったんだ! うぁあぁあああ!」
「おい、落ち着け、しっかりしろ!」
話しているうちに、再び恐怖がこみ上げてきたのか、また錯乱しかけた男に団長が活を入れる。
「すまねぇ、だが今でも信じられねぇんだ……。あんな事が起きたなんて……」
「聞かせてくれ、何が起きた? その女達は何をしたんだ?」
団長が話をうながす。
「3人の女達の内、リーダーらしいのが、言ったんだ」
『今すぐ降参して出ていけ。そうすりゃ命は助けてやる。だが、刃向かうなら殺す』
「もちろん、誰も相手にしなかったさ。当たり前だろ、いくら砦の門をぶっ飛ばしたとはいえ、相手はたったの3人だ。対して、こちらは100人以上いるんだ。数で押せばすぐにケリが付くと思ったさ。だが、あのリーダーらしい女は化け物だった! 一斉に斬りかかったのに避けもせず、かすり傷一つ負わねぇ! そして女が拳や蹴りをくり出すたび、仲間達が一瞬で肉片になって飛び散るんだ! あんなの有りかよ!」
男は途中から泣き叫びながら話す。あまりにも無茶苦茶な内容の話だが、だからこそ、嘘とは思えない。誰かを騙そうとする奴は、もっと、いかにも本当に有りそうな話をする。
「落ち着け、ここにはその化け物女はいない。続きを聞かせてくれ」
また団長が男をなだめ、話の先をうながす。
「化け物女が暴れまわる中、ついにお頭が動いたんだ」
「確か、お前らの頭って、大剣使いのコンゴウだったな。どっかの貴族の屋敷から奪ったオリハルコンの大剣を片手で自在に操り、戦車砲の直撃を食らっても平気な上、逆に一太刀でぶった斬ったとか」
「あぁ、そうだ。だからみんな思った。いくらあの化け物女が強くても、お頭にはかなわねぇって。そしてお頭は全力で化け物女に斬りかかった。決まったと思った。なのにあの化け物女、片手でお頭の渾身の一撃を受け止めやがった! そして言ったんだ」
『へー、オリハルコンの大剣か、高く売れそうだな。お前にゃ、もったいないな、俺が貰うぞ。って訳で死ね』
「次の瞬間、化け物女が拳を繰り出し、お頭の上半身が吹き飛んだ……。後はもう、この世の地獄だった……。次々と仲間達が化け物女に殺されていった。残った奴らも逃げて散り散りになった。俺も何とか逃げ延びてここまで来たんだ。あの女、本当に何者なんだ……」
男は真っ青な顔でガタガタ震えていた。マジでその女、何者なんだ?
「なるほど、話は分かった。では、その女達の特徴を教えてくれ」
団長が襲撃者の女達の特徴を聞く。
「まず、リーダーらしい女は人間じゃねぇ。ルビーみたいな紅い目と長くて尖った耳をしていた。歳は20歳ぐらいで長い黒髪をポニーテールにしていて、色白だった。真っ赤な東方風のドレスって言うのか? そんな服を着ていた。もう一人は16~17歳ぐらいで、長い黒髪のストレート。同じく色白で、紺色のブレザーにチェック柄のミニスカ、白いニーソ姿だった。最後の一人は13~14歳ぐらい。ショートカットでやはり色白。黒いとんがり帽子に黒いマント姿だった」
「そうか。その後の事は分からねぇか?」
「分からねぇ。必死で逃げて来たから……」
「分かった。とりあえず、お前には一緒に騎士団本部に来て貰うからな」
団長がそう男に話しかけた時、ちょうどこの村の騎士団詰所の最後のメンバー、後輩のサトウが帰って来た。
「団長、先輩、今戻りました。ウメ婆ちゃんの家の風呂釜の修理やっと終わりましたよ。お礼にウメ婆ちゃんの畑で取れたてのシンクルビーの実を貰いました」
そう言って、ルビーの様に紅い実を見せる。だが、それを見た男が絶叫を上げた!
「ひぎゃああアァあぁアアアアアッ!! 紅い目ェエェえぇえええぇっ!!」
そして白目を剥いてぶっ倒れ、泡を吹いて激しく痙攣すると動かなくなった。
突然の出来事に呆然とする俺達をよそに、団長は男の首筋に手を当て、脈を見る。
「ダメだな、もう死んでる」
「そんな……」
「えぇっ?! 団長、先輩、一体、何が有ったんですか?!」
「後で話す。とりあえず、この死体を片付けねぇとな」
目の前で死人が出たのに、実に冷静な団長だった。
「まさか、紅いシンクルビーの実を見て死ぬなんて……」
「気にするな、サトウ。お前のせいじゃ無い」
「ありがとうございます、先輩。しかし、話通りなら、とんでもない化け物ですね、その紅い目の女って」
「あぁ、一体何者なんだ? 紅い目と長くて尖った耳って言ってたし、人間じゃなさそうだけどな」
男の死体を片付けた後、俺とサトウで話し合っていたら、団長が言った。
「ワタナベ、俺と一緒に来い。今から現場捜査に行くぞ。サトウ、お前はここに残って待機だ」
「分かりました!」
「了解です!」
その頃、某街道
「いや~、実に儲かったな。あのバカ共、たんまり溜め込んでやがった」
「はい、これだけ有れば、当面の旅費には困りませんね、マスター」
「しかし、今回もえげつないやり方でしたね、ツクヨさん」
「別に良いだろ、イサム。そんな事よりも、お前も感じてるだろ、魔王の力を」
「はい、とても強い力を感じます」
「強烈な氷の魔力の持ち主ですねマスター」
「あぁ、極上の魔力の持ち主だ。さぞかし食いでが有るだろうな、実に楽しみだ。ククククク……」
「ツクヨさん、すっかり悪い笑い方が板に付きましたね」
「ほっとけ!」
「ほら、2人共、くだらない事を話していないで。そろそろ昼食にしましょう」
「そうだな、金はたんまり有るし、どこかで旨い物を食うか。コウ、イサム、何が食いたい?」
「私は美味しければ何でも」
「俺も」
「そうか、じゃ、俺が決めるからな。よし、あの店にするぞ」
今回の登場人物は新キャラのみ。そして、この作品、初の死人が出ました。さて、紅い瞳の女、ツクヨ。その連れ、コウ、イサム。次回も出ます。