第172話 ハルカの『塔』攻略記 妖匠と独眼鬼
狂月side
「これは困りましたな。完全にはぐれてしまいましたぞ」
狐月斎殿の挑発に怒ったらしい『塔』により、某達は全員バラバラにどこかに飛ばされてしまいました。『塔』内のどこかだとは思いますが。
それが『塔』のルールですからな。『塔』内に入った以上、勝手に外には出られない。たとえ、『塔』による強制空間転移といえど、例外ではありませぬ。
狐月斎殿を責める気にはなれませぬ。確かに言い出しっぺは狐月斎殿ですが、某達も便乗して挑発しましたからな。全員が悪い。
さて、これからどうしたものか? うんうん唸りつつ考えまする。…………そうですな、上に向かいましょう。そもそも、最上階を目指していた某達。ならば、最上階まで行けば、必ず合流出来るでしょう。そうと決まれば、善は急げ。某は最上階を目指して歩き始めました。
「さて、どちらに向かうべきか? 某の行くべき道を示せ」
某が懐より取り出したるは、指南車なる道具。行くべき方角を指し示してくれる魔道具。
便利な品ではありますが、当然、リスクも有りましてな。指南車は使い手の力を消費し、行くべき方角を指し示します。そして危険な場所程、行くべき方角を指し示す為に多くの力を要求するのです。ましてや『塔』ともなれば、かなりの力を要求するのです。
指南車に限らず、魔道具は必ず、使用に辺り、相応の力を必要とします。なろう系定番の万能アイテム。もし、そんな物が有れば、少なくとも、あのクズ共には使えないでしょう。使った瞬間、全ての力を奪われ、消滅するのがオチですな。世の中、そんなに都合良くは出来ていないのです。
ふぅ。やはり、かなりの力を持っていかれましたが、指南車は某の行くべき方角を指し示しました。では、行きますか。
指南車が指し示した方角に向かい、歩き始める某。他の3人とははぐれてしまいましたが、心配はしておりませぬ。この程度で死ぬ様な者は、三十六傑になれませんからな。仕事道具である、愛用の槌を片手に、『塔』内を進む。
「……狐月斎殿も申しておられましたが、後継者問題。確かに頭の痛い問題ですな」
某達は三十六傑。人を超越し、神魔入りを果たした存在。なれど、決して永久不滅の存在ではありませぬ。遅かれ早かれ、いつかは滅ぶのです。某としては、その前に究極の一振りを作りたいと思っておりまする。
そして、自身の知識、技術を後世に残したく存じておりまする。
しかしながら、某の後継者たるにふさわしい者は、見付からず……。そんな訳で、狐月斎殿の気持ちは痛い程、分かりまする。クリス殿、クーゲル殿も同じでしょうな。はっきり申して、某達には先が無いのです。
「まぁ、それ以前の問題の輩もいますがな」
某は愛用の槌を振るい、ゴミ掃除。ここでも湧きますか、なろう系こと、下級転生者。
馬鹿の一つ覚えの、チート、サイキョー、ハーレム、ナリアガリ……。他に言う事は無いのですかな? 後、見境なしに人を襲うとは、通り魔ですかな? 通り魔なら、こちらも反撃する次第。
「しかし、身の程知らずばかりですな」
「付与魔術で最きょ…」
笑止。そんなぬるい付与魔術による強化が、三十六傑に通じるとでも? 正面から受け止め、反撃の槌の一撃で頭を粉砕してやりました。
「スマホで…」
アホですな。わざわざ自分の力の源を敵の前で出すとは。これが自分の弱点ですと、言いふらしているに等しい愚行。遠慮なく狙いますとも。クナイを投げてスマホを串刺しにしてやりました。ついでに手足の腱を切りました。力の源を無くして、手足も動かず、どうするつもりでしょうな?
ピシピシ……
おや? 魔物出現の前触れですな。では、某はこれにて。
暫くすると、先程のアホの断末魔の悲鳴が聞こえてきました。チートに頼り切りのアホの末路。まぁ、冥界の焼却炉の燃料として、役に立つ事ですな。
「どうやら、この階層は禁則事項が設定されていない様ですな。楽ではありますが、同時に鬱陶しくもありますな」
絡んでくるなろう系達を見るに、この階層には少なくとも、異能禁止、道具禁止の禁則事項は無さそうですな。有れば、連中は即座に塩の塊になります故。禁則事項は恐ろしいですからな。その階層にいる者全てに平等に適用される故に。
なろう系でよく見る、自分だけ無事。自分だけ特別など、『塔』では通用しませぬ。老若男女、全種族、全ての者に平等に『塔』のルールは適用されるのです。
『塔』は第三代創造主が創ったデスゲームの舞台。デスゲームといえども、ゲームである以上、そこには厳格なルールが存在します。第三代創造主は下衆外道の極みでしたが、ゲームに関しては、極めて公明正大。その一点に関してだけは、絶対的に信用が置けまする。
で、この階層には、異能禁止、道具禁止の禁則事項は無い模様。お陰で、某も十全に力を振るえますが、それは他者も同じ。全ての者に平等にルールは適用されるが故に。つまり、チート、サイキョーなどと浮かれたなろう系のアホ共が調子に乗って襲ってくる訳で……。
「ふぅ~。アホの相手は疲れますな。全く話が通じない故、殺処分一択ですからな」
次から次へと湧いて出る、なろう系のアホ共。聞くに堪えない戯言ばかり口にしては、喧嘩を売ってくる。自分以外は全て雑魚。自分は絶対に正しい。全てが自分の思い通りにならないと気が済まない。そういう連中ですからな。
そんなのだから、前世において負け組だったのでしょうに。要するに、社会不適合者ですな。自業自得。逆恨みも甚だしい。
「しかし、なろう系に限らず、アホは救えませんな」
昔聞いた話ですが、人間の国王に利用された挙げ句、裏切られ、処刑された聖女とやらがいたそうです。だが、この聖女、恨みの力で復活。今度は魔王(自称)と結託し、自分を裏切った国王始め、王国の連中に復讐開始。国王を殺し、王国を滅ぼしたまでは良かったのですが……。
『よくやった。流石は元、聖女。大した力だ。だが、もう用済みだ。消えろ!!』
王国を滅ぼした途端に、それまで結託していた魔王(自称)に裏切られ、今度こそ完全に消滅させられたのです。最初から、魔王(自称)は元、聖女を王国潰しに利用するだけ利用して、用済みになり次第、処分する気だったのです。某、この話を聞いた時、聖女とやらの頭の悪さに呆れ果てました。
国王に利用された挙げ句、裏切られて処刑された時点で愚か。
その後、恨みの力で復活したまではまだしも、今度は魔王(自称)と結託して復讐しようとする辺りが、また愚か。
散々、尽くしてきたのに、裏切られ、処刑された事に対する、怒り、恨み、憎しみは、某も分からなくはないですが……。
しかしですな。どうして魔王(自称)と組むのか? 人間の国王に裏切られたのでしょう? 魔王(自称)など、更に信用ならぬ相手ではないですか。
言うなれば、嘘つきに騙されたから、今度は大嘘つきと組むというのに等しい。魔王(自称)の一体、どこに信用出来る要素が有ったというのか? 某には理解出来ませぬ。
事実、王国を滅ぼし、用済みになった途端に、魔王(自称)に処分されてしまいました。頭が悪過ぎる。最初から見えていたオチですぞ。人間の国王に裏切られた経験から、何一つ学んでいなかった訳ですな。正に鳥頭。三歩歩けば、全て忘れる、と。
「結局の所、聖女とやらは、自分を特別と思い込んだアホでしかなかった。力が有るだけでは、世の中通用しないのです。利用されて、用済みになり次第、捨てられる。自業自得ながら、哀れでもありますな」
愚かな聖女の末路。その一方で、とある天才軍師の話も聞きました。
その人物は、大商家の長男坊で、非常に優秀と評判ながら、毎日毎日、酒、博打、女の三拍子。遊び呆けてばかりの放蕩息子だったそうで。
しかし、転機が訪れたのです。当時は戦国乱世。幾つもの国が相争う、血みどろの世の中でした。そんな乱世を終わらせてやる! と、1人の若者が立ち上がりました。
彼は周囲との衝突や、苦難を乗り越えながら、勢力を拡大。しかし、自分達には『頭脳』が足りないと悟りました。頭脳無くては、只の乱暴者の集まりに過ぎない。自分達を『軍』にしてくれる、『軍師』が必要だと。
そんな中、聞き及んだのが、例の放蕩息子。彼の元に直接向かい、土下座して頼み込んだそうですな。
『俺の天下獲りに、あんたの頭脳をくれ』
はっきり言って、アホですが、かの放蕩息子はその頼みを受け、軍師となったのです。
『アホに天下獲りをさせる。面白い! やり甲斐が有る!』
そう言って、引き受けたそうです。彼は自身の優れた頭脳を持て余していたのです。大商家の跡取り程度では済まない程の頭脳を。
その後、放蕩息子改め、天才軍師となった彼は、その優れた頭脳を存分に活かした神算鬼謀により、主君たる若者を見事、天下獲りに導きました。若者は天下統一を果たし、皇帝の座に就き、永きに渡る乱世を終わらせたのです。
…………そして、天才軍師は去りました。誰にも何も言わず、静かに。
彼は分かっていたのです。天下獲りを果たすまでは、自分は必要とされる。しかし、天下獲りを果たしてしまえば、最早、自分は不要。遅かれ早かれ、自分は処分される、と。確か、こう言うのでしたな。
『狡兎死して走狗烹らる』
結局、そういう事です。必要とされる内はチヤホヤされますが、用済みになり次第、捨てられる。流石は天才軍師。よく分かっておられる。先のアホ聖女とは大違い。
彼は早い内から、逃亡の準備をしていたらしく、実に手際よく逃げたそうで。そして、歴史の表舞台から消えた。噂によれば、異世界に逃げ、そこで農家となり、残りの生涯を送ったと。まぁ、天才軍師たる彼の事ですから、事前に異世界に行く方法を見付け、秘密裏に拠点を作っていたのでしょうな。
尚、彼の主君であり、天下獲りを果たし、皇帝の座に就いた若者ですが、僅か数年後に暗殺され、また、世は乱世に戻ったそうです。……よく有るオチですな。
アホ聖女は破滅し、天才軍師は生き延びた。アホと天才、両者の間には絶対の壁が有る。
アホは見る目が無い。引き際が分からない。止まらない。やり過ぎる。
天才は見る目が有る。引くべき時は迷わず引く。止まるべき時は止まる。やり過ぎない。
何より、天才軍師の凄かった所は、彼は何の異能も持たない、ただの人間だった事。彼はその頭脳一つで、戦国乱世を生き延びた。チート頼みのなろう系には断じて出来ない事ですな。チートは所詮、ズル。メッキ。そんなものは、簡単に剥がれ落ちる。本物の実力者には勝てない。
某達が自身を磨き続けるのもそれが理由。某達も転生者。元、自衛官のクーゲル殿はともかく、某、狐月斎殿、クリス殿は、戦いの経験など無い素人。だからこそ、日頃から努力を重ねるのです。メッキが剥がれ落ちない様に。
「しかし、進めど進めど、何の進展も有りませんな。他の3人からの連絡も無い。……少々、不安になってきましたな。素材が大量に手に入る事はありがたいのですが……」
指南車の指し示す方角に向かい、歩き続けるも、出てくるのは、なろう系のアホ共と、魔物ばかり。後、鬱陶しい嫌がらせの罠の数々。こうも進展が無くては、流石の某も堪えますぞ。
まぁ、無駄ではありませぬが……。なろう系のアホ共は雑魚ながら、良い品を持っておりますし、魔物を倒せば、『塔』が戦利品入りの巨大繭。『宝箱』を吐き出しますしな。しかし、『宝箱』のデザインだけはどうにかなりませんかな? どう見ても、蛾の繭の巨大版。気持ち悪くて仕方がないのですが……。
ともあれ、今も、『宝箱』を短刀で切り開き、戦利品の回収。……この切った際のネバネバした粘液がまた、気持ち悪い。全く、第三代創造主め、悪趣味極まりない。
「しかし、なろう系の連中は、くだらない事に血道を上げますな。最強、ハーレム、成り上がり……そんな事を成し遂げた所で、一体、何になるというのか? 最強? 真十二柱の存在を知らずして、最強を語るなど、井の中の蛙に過ぎませぬ。ハーレムも維持が面倒。成り上がり、絶頂を極めたとしても、長くは続かない。盛者必衰。この世の真理ですな」
つくづく、くだらない事に血道を上げる、なろう系のアホ共。最強、ハーレム、成り上がりなどとアホな事を口にして調子に乗っている姿を、お前達を転生させた下級神魔が嘲笑っているとも知らず。
『いずれ屠殺する予定の家畜風情が(笑)』
これが、下級神魔がなろう系転生者に対して思っている事。
全く滑稽ですな。なろう系転生者は周囲の者達を自分の踏み台と思っておりますが、当のお前達は下級神魔にとって、いずれ屠殺する予定の家畜に過ぎない。踏み台以下ですな。
しかも、死後は冥界の焼却炉行き。完全に焼き尽くされて消滅する。これは死後において、最も重い刑罰。これと比べれば、地獄行きの方が余程、マシ。地獄行きは贖罪が済めば、輪廻転生が許されますからな。つまり、なろう系転生者は、輪廻転生させる価値が無い。いらないという事です。
そんな連中が最強、無双、成り上がりなどとほざいているのです。下級神魔でなくとも、真実を知る者達は、皆、嘲笑っております。無論、三十六傑に名を連ねる某達も。
「……しかし、同じ風景続きで、飽き飽きしましたぞ。いい加減、何らかの進展が有っても良いのでは?」
指南車の示す方角に進み続けるも、相変わらず進展は無し。いい加減にして頂きたい。挑発した某達に対する『塔』の嫌がらせですかな……。流石の某も嫌になりますぞ……。
すると某の言葉に応えたのか、突如、扉が現れたのです。両開きの重厚な黒い金属の扉。指南車は扉の方を指し示しております。
「…………入れというのですかな?」
某達は『塔』に対し、某達の後継者にふさわしい者を出してみせろと挑発しました。その仕返しとして、強制転移の憂き目に会ったのですが……。
しかし、強制転移の時、確かに聞きました。『出来らぁ!』との声を。ならば、この先に、某の後継者にふさわしい者がいると、考えられますな。
……もっとも、性格の悪い『塔』ですからな。絶対に一筋縄ではいかないでしょうな。ともあれ、入りますか。
やっと、事態が進展しましたからな。某は両開きの扉に手を掛け、押し開きます。さて、吉と出るか? はたまた、凶と出るか?
「ほう。これはこれは……。また、凄い光景ですなぁ。魂消ましたぞ」
扉を抜けた先は、溶岩の川が流れる、荒れ果てた火山地帯。某が工房を構えている辺りとよく似ておりますな。こういう場所は非常に危険ですが、その分、雑魚が容易には来られない、天然の要害。お陰でくだらない雑魚に邪魔されずに、鍛冶に打ち込めるのです。
そして、眼前に広がる光景。荒れ果てた大地に、幾振りもの刀が突き立てられていたのです。その先には小さな小屋。そこからは、鉄を打つ甲高い音が響いておりました。
「どれ……」
地面に突き立てられている刀の内、手近な一振りを抜き、手に取って品定め。
「ふむ……」
更に、地面から適当に小石を拾い、軽く上に放り投げ、落ちてきた所へ、刀を一閃。
「なるほど……」
小石は綺麗に真っ二つに切れました。刀の方は、刃こぼれ一つありませぬ。……某の剣の腕を差し引いて尚、見事な業物。しかし、この扱いを見るに、作った者は満足していないのでしょうな。でなければ、自作の刀を地面に突き立て、野ざらしになどしないでしょう。
「とりあえず、実際に会ってみますかな?」
刀匠としても、ここにいる者に興味が出ましてな。今も鉄を打つ音が聞こえる小屋へと向かう。
「御免。少々、物を尋ねたいのですが、周囲の刀を作った御仁はどなたかな?」
扉の前に立ち、そう尋ねる。さぁ、どうなるか? 最悪のパターンも想定し、いつでも攻撃出来る心構えをしながら、反応を待つ。すると……。
ガタン! ドタドタドタ! ガシャーン! バタン! ドタドタ! ガン! ガラガラガラ!
……騒がしいですなぁ。そして……。
ガラガラ!!
引き戸が勢い良く開き、中から、右目に眼帯を付けた、隻眼の若者が姿を見せました。
「ゼェゼェ……! 遅く成り申した! まさか、誰かが訪れるとは思ってもみなかった故に。ご容赦を。後、先程の質問ですが、あれらは拙者が打った物。とりあえず、汚い所ですが、上がって下され。白湯ぐらいしか出せませぬが」
随分、慌てていたのか、あちこち、ぶつけたらしく、青あざが。幸い、こちらに対し、敵意、殺意は無い模様。その上で周囲の刀は自分が打った物だと答えてくれました。その上で、白湯を勧められたので、お言葉に甘える事に。
「ほほう。周囲の刀を打ったのは貴殿と。なるほど、なるほど。では、お言葉に甘えて、お邪魔致しまする」
「どうぞ。汚い所で、大したもてなしも出来ませんが」
とりあえず、上がらせて貰うとしましょう。某も休憩をしたいので。
「この様な物しか出せず、恐縮ですが」
「ありがたく頂きます」
素朴ながら、良い出来の器ですな。出された白湯を飲みつつ、その器の出来に感心する。ふむ、これは、中々の品。
「早速ですが、自己紹介をば。拙者、名を久呂賀根 鉄心と申す。未熟ながら、刀匠の端くれをしております」
そんな中、向こうが名乗りました。素朴ながら、きちんと礼儀をわきまえた態度。ならば、今度はこちらの番。
「これはご丁寧にどうも。では、某も名乗りましょう。某、名を朧 狂月と申す。しがない刀匠の端くれ」
某の名を聞いた途端、鉄心殿の血相が変わりました。
「朧……狂月……? ま、まさか! あの『妖匠』朧 狂月殿では、ありませぬか?!」
そう言うやいなや、某の両肩を掴み、詰め寄ってきました。距離が近い! 近い!
「まさか! 拙者が刀匠を志すきっかけとなった御仁と会えるとは!! 何たる幸運!! やはり、あの『扉』を開けたのは正しかった!! 天よ!! 感謝致しまするーっ!!!!」
大興奮して、大騒ぎする鉄心殿。どうやら、某の事を知っている様で。いわゆる、『推し』に会えた心境なんでしょうなぁ……。某はそう思うのでした。とりあえず、落ち着くまで待ちましょう。
それから、暫く。
「申し訳有りませぬ〜〜っ!! かの『妖匠』朧 狂月殿に出会えた感激の余り、つい、興奮してしまいまして! 何とぞ、平にご容赦を〜〜っ!!」
ようやっと、落ち着いたかと思いきや、今度は額を床に擦り付けての土下座謝罪。感情の起伏の激しい御仁ですなぁ。まぁ、某としては、別に怒ってはおりませぬ。自分の『推し』『憧れ』に会えた時の感動、感激は某もよく分かりますからな。
ともあれ、いつまでも土下座をされていては、話が前に進みませぬ。
「顔を上げられよ、鉄心殿。某、そんなに大層な者ではありませぬ。先程申した様に、しがない刀匠に過ぎませぬ。何より、そのままでは、話が出来ないではありませんか」
そう言うと、ようやっと鉄心殿は顔を上げました。何かもう、涙、鼻水、涎で、顔がえらい事に。
「ありがたきお言葉、痛み入ります。顔を洗ってまいりますので、少々、お待ちを」
流石にこの顔では不味いと、本人も思ったらしく、顔を洗いに席を立ちました。暫く待ちますか。
「重ね重ね、申し訳有りませぬ」
「別に気にしておりませぬ。それより、某は鉄心殿に聞きたいのですが、何故、この様な場所におられるのか? あぁ、答えたくなければ、無理にとは申しませぬ。良ければで」
やっとの事で、話を出来る状況になりましたので、まずは、鉄心殿がここにいる理由から。わざわざ、好き好んで住む様な場所ではありませんからな。
「いえ、お話ししましょう。拙者、最近、刀匠として、行き詰まりを感じておりまして……」
「なるほど。その怪しい『扉』を開いた結果、まずは白い床が広がる妙な場所に出て、その後、白い床の広間を歩き続けると、また扉が。それを抜けたら、今度はここだったと。」
「その通りで。最初の扉を抜けた時点で、扉が無くなり、帰れなくなってしまいまして。歩き続ける内に食料も尽きかけ、最早、これまでかと思った時に、また扉が。一か八か扉を開けたら、今度はここに。仕方ないので、辺りに落ちていた廃材を集めて、即席の小屋を作り、そこを拠点として、暮らしておりました。幸い、水は湧き水が有りましたし、食料も、まぁ、拙者は種族柄、どうにかなりまして」
「でしょうな。並の人間なら、この様な不毛の地では、とても生きられないでしょう」
「拙者、自身の種族に心から感謝しましたぞ」
草木一本すら生えぬ、灼熱の溶岩が流れる不毛の地。並の人間では、とても生きられない環境。そんな場所に住まう鉄心殿。その額には、そそり立つ、双角が。
「鬼族は頑丈ですからな」
鉄心殿は、人間ではなく、鬼族だったのです。あちこちの世界を渡り歩いてきた某からすれば、別に珍しい事ではありませぬ。そして怪力無双で知られる鬼族ですが、それ以外にもいるのです。
怪力無双の剛鬼族
知謀と魔力に優れた妖鬼族
俊足で鳴らす迅鬼族
優れた職人の匠鬼族
大きく分けて、この4種族がいるのです。そして鉄心殿は匠鬼族。匠鬼族は、かのドワーフと並び称される程の、優れた職人の種族。歴史に名を残す武具の中には、彼ら、匠鬼族の手による物も少なくありませぬ。
「我ら、匠鬼族は鉱石が主食ですからな。この辺りは溶岩地帯。とりあえず、その辺の石を食べて飢えを凌いでおりました。美味くはないですが……」
苦笑いを浮かべる鉄心殿。彼ら、匠鬼族は鉱石を主食とする種族。故にこの不毛の地でも、どうにか命を繋ぐ事が出来たと。
しかも、聞けば、既に半年程、この地に閉じ込められていて、誰にも会わなかったとの事。だからこそ、某が戸口で声を掛けた際には、それは驚いたそうで。
……あの騒がしさは驚き、慌てて戸口に向かう際に、あちこち引っ掛けたり、躓いたりしたせいだと。まぁ、半年もの間、誰にも会う事なく、こんな不毛の地に閉じ込められては、仕方ないですな。
「ところで、鉄心殿。先程、刀匠として行き詰まりを感じていると申されましたが……。良かったら、某に話してみませぬか? 悩みを解決出来る保証はしませぬが、悩みを抱え込むよりはマシかと」
どうも刀匠として悩みが有るらしい、鉄心殿。こうして出会ったのも何かの縁。悩みを聞いてみる事にしました。鉄心殿は将来有望な、若手の刀匠。こんな所で潰えて良い人材ではありませんからな。すると鉄心殿は自身の悩みを打ち明けました。
「拙者、かつて狂月殿の打たれた刀の素晴らしさに感動し、刀匠を志した身。自分で言うのもどうかと思いまするが、才能も有った様で、里の長からも、お墨付きを頂きました。事実、拙者の打った刀は良い刀だと、評判になり、よく売れたのです。しかし……」
そこで暗い表情になる鉄心殿。一体、どうなされたというのか? 作った刀が売れない。そもそも駄作しか作れない。そういう訳ではなさそうですが……。
「狂月殿は、外に有る拙者の打った刀をご覧になったでしょう? あれらを見て、どう思われましたか?」
…………なるほど。そういう事ですか。某は鉄心殿の悩みとやらの検討が付きました。しかし、こればかりは、某にもどうにもなりませぬ。自身でどうにかするしかない。決まった正解が無い故に。
「良い刀だと思いましたぞ。業物揃い。あれなら、どこに出しても恥ずかしくない。あれだけの良い刀を打てるのに、一体何を悩んでおられるのか?」
悩みの見当は付きましたが、あえて気付かぬふり。
「そうです。拙者、『業物』は打てるのです。特に調子が良ければ『良業物』も。なれど、どうしても、『その上』が打てないのです! 素材を吟味しても! 道具を新調しても! 何をどうやっても打てないのです!」
すると、悩みを絶叫する鉄心殿。相当、悩んでおりますな。正に行き詰まってしまったと。
普通の刀匠なら、あれだけコンスタントに業物を打てる時点で大したもの。良業物すら打てる刀匠ともなれば、更に希少価値は上がります。
しかし、鉄心殿は、それで満足出来ない御仁だった。もっと優れた刀を打ちたいと。根っからの刀匠ですな。ただ、良業物の更に上となると、一気に難易度が上がりますからな。
刀もピンキリですが、名刀と呼ばれる物は、大きく分けて4段階に分かれるのです。
業物、良業物、大業物、そして神業物。
鉄心殿は、良業物までは打てると。これは本当に大したもの。そもそも、名刀の域に達する刀を打てる刀匠自体が希少。ましてや、業物をコンスタントに打て、更に良業物まで打てる刀匠ともなれば、方々から引っ張りだこの逸材。はっきり言って、刀匠として見事な勝ち組。
しかし、鉄心殿はそれに甘んじる事なく、刀匠として更なる高みを目指した。大業物を打つ。更には神業物を打つと。ただ、当たり前ながら、刀の格が上がる程に、作る難易度もまた、飛躍的に上がるのです。
大業物ともなれば、天才と謳われる刀匠が、生涯一振り打てるかどうか。そして、大業物が人の身で打てる事実上の限界。
最高位の神業物は、その名が表す通り、神魔が打ちし物。どうあがいても、人の身では打てませぬ。
鉄心殿もバカではありますまい。良業物を打てる名工が、大業物、神業物について知らぬ訳がない。
「鉄心殿。志が高い事は素晴らしい。努力も欠かさず、才能も有る。焦る事はありませぬ。鉄心殿ならば、いつか必ず、大業物を打てましょう。この朧 狂月が保証しましょう。しかし、神業物はやめなさい。あれは危険。貴殿程の方が知らぬはずがない」
神業物。あれは神魔、人外にしか打てぬ物。過去、神業物を打とうとした刀匠は数知れず。しかし、そのほとんどが、失敗。破滅しました。
「……確かに仰る通り。ですが、拙者はそれでも神業物を打ちたいのです。刀匠として、避けては通れぬ道なのです」
神業物を打つ事の危険性を伝えましたが、鉄心殿は引き下がりませぬ。刀匠として、避けては通れぬ道だと。頑固ですなぁ。職人気質と言いますか。……某にも分からぬではありませんからな、その気持ち。
やれやれ、致し方ありませぬな。才能有る若者がみすみす破滅の道を突き進もうとしているのを止めるのもまた、年長者の務め。
「もう一度警告しますぞ。神業物を打とうとするのはやめなさい。破滅の道ですぞ」
「警告痛み入ります。しかし、聞けませぬ。神業物を目指して破滅するなら、刀匠冥利に尽きまする」
再度、警告するも、翻意させるには至らず。まぁ、そんな簡単に翻意する様な意志薄弱な輩に、神業物は断じて打てませぬ。しかし、今のままではどのみち、神業物を打てないのも事実。だが、1つ抜け道が有りましてな。
「鉄心殿。そこまでしても、神業物を打ちたいと? その為なら、破滅しても構わないと?」
「二言は有りませぬ。この久呂賀根 鉄心、神業物を打てるなら、全てを失っても構いませぬ。神業物を諦め、折れるぐらいなら、死を選びます」
…………大した覚悟。ここまでの覚悟を決めた刀匠など、いつ以来でしょうな? ならば、その覚悟を認め、某が手を貸しましょう。
「鉄心殿。 某から提案が有ります。某に弟子入りしませぬか? さすれば、神業物への道も開かれるやもしれませぬ。……必ず開かれると断言は出来ませぬがな」
神業物を打ちたい鉄心殿に、某は手を差し伸べました。優れた刀匠としての腕に、何としても神業物を打ちたいという覚悟。なれど、今のままでは無理。破滅への片道切符に過ぎませぬ。そして、優れた人材が破滅へと向かうのを見過ごす訳には参りませぬ。故に、某は鉄心殿に弟子入りの誘いを掛けました。
「……狂月殿、貴殿が只者ではない事は分かっておりましたが、貴殿は一体、何者?」
そろそろ、某の正体を明かすとしましょうか。
「某は神魔序列 四十六位。 三十六傑が一。『妖匠』朧 狂月。人である事を超越し、神魔入りした者の端くれ。某に弟子入りすれば、貴殿も神魔入り出来るやもしれませぬ。さすれば、神業物を打つ事も出来ましょう」
「なんと……。貴殿は神魔であらせられたとは……」
某か人ではないとは気付いていた様ですが、流石に上位神魔とまでは分からなかった様で。
「で、どうなされる? 強要はしませぬ。全ては貴殿次第」
こういう事は強要してはなりませぬ。あくまで本人の意思が大事。そして鉄心殿は決意した模様。
「不肖、久呂賀根 鉄心。朧 狂月様に、是非とも弟子入りさせて頂きたく存じます」
平伏し、某に対し弟子入り志願をしました。断る理由は有りませんな。
「承知。某、朧 狂月は、貴殿、久呂賀根 鉄心の弟子入りを認めまする」
なるほど。こういう事でしたか。某は『塔』の思惑を知りました。某達の言った言葉。
『某達の後継者にふさわしい者を出せ』
ちゃんと果たした様ですな。しかし……。
無事に帰れるという保証は無いですな。
まぁ、その辺は追々。
さて、その後、契約書にサインをして貰ったり、荷物を纏めたりと大忙し。片付いた事もあり、某は周辺の見周り。ここが『塔』の用意した場所なら、必ず有るはず。それが『塔』のルール。……やはり、有りました。
荒れ果てた土地の片隅に鎮座する、カレー皿とワイングラスを持ち、嫌らしい薄ら笑いを浮かべた胡散臭い神父の石像。第三代創造主の石像。その台座に付いている石板には、ここにおけるルールが書かれています。
「……相変わらず、悪趣味な。とりあえず、呼んできますかな」
脱出の鍵は、やはり鉄心ですか。某の弟子になった以上、呼び捨てで構わないと言われましてな。
「この胡散臭い石像が脱出の鍵と」
「そういう事ですな」
鉄心を連れて戻ってきました。さて……。
「石像の台座に石板が付いているでしょう?」
「確かに。何やら書かれていますが、拙者には読めませぬ。申し訳有りませぬ」
やはり、某の弟子となるにふさわしい人材だった様で。この石板、一定以上の実力が無ければ、書かれている内容が見えませんからな。
「その文字は神魔の使う神威文字。そして、こう書かれています。『若き鬼よ。汝の力を見せよ。出来ねば、死有るのみ』」
「……どういう事でしょう?」
「こういう事でしょうな」
突然の地響き、そして地割れから噴き出す溶岩。たちどころに、辺り一面は溶岩の海に。しかも、某達がいる地面も端からどんどん崩れ、溶岩の海に飲み込まれていく。
「どうすれば?!」
「脱出法は、この胡散臭い石像を斬る事。ただし、生半可な刀では斬れませぬ。鉄心、お前の一番の傑作を持って斬れ。出来ねば、ここで潰えるのみ」
「承知! 拙者の一番の傑作で斬りまする!」
鉄心が取り出したのは白木造りの一振りの太刀。鞘から抜き放ち、大上段の構え。ふむ、剣士としても中々の腕。それに良い刀。素材を吟味し、現状における最高傑作か。さ、斬れるか?
「この一刀に全てを賭けまする! いざ!!」
渾身の気合いと共に、大上段の構えから、一気に石像目掛けて刀を振り下ろす!!
「見事」
「いえ。改めて拙者、自身の未熟を痛感致しました。未だ、大業物が打てぬ以上、神業物は夢のまた夢。なれど、必ずや成し遂げてみせましょう」
鉄心は見事、第三代創造主の石像を斬りました。しかし、刀もまた、折れたのです。そして、力尽きた刀は塵となり消えました。その事に、鉄心は自身の未熟を痛感。目指す所は余りにも遠いと。なれど、必ずや成し遂げてみせましょうと。
「その意気です。さ、行きますぞ。本来の『塔』内に戻れましたしな。上を目指すとしましょう。他の皆も同じく上を目指しているはず。最上階に辿り着けば、合流出来るでしょう」
「師匠の友人方ですな。お会いするのが楽しみです」
「某もです。やっと後継者問題が解決しましたからな」
『塔』内に戻れた某達。再び、上を目指して歩を進めます。目指すは最上階。はぐれた皆との合流が目的。
「皆、驚くでしょうな。いやはや、合流した時が楽しみです」
今回は、狂月と、若き鬼族の刀匠の話。
鬼族の内、職人の一族。匠鬼族出身の若き刀匠、久呂賀根 鉄心。若いながらも、腕の良い刀匠であり、コンスタントに業物を打て、更に調子が良ければ良業物も打てる。
匠鬼族の里では、期待の星。将来は里長間違いなしとまで言われていたのですが、最高位の刀。神業物の存在を知り、自分も打ちたいと夢見る様に。
しかし、神業物は狂月も言った様に、人外の作った刀。鬼族も亜人故に、神業物は打てない。過去、神業物に挑んだ匠鬼族の刀匠達は皆、死んだ。里長からも、やめろ、諦めろ、死ぬぞと散々、止められたものの、諦められず、遂に里を出奔。
その後はフリーの刀匠として活動。世界各地を巡り、刀匠としての腕を磨く日々。
『妖匠』朧 狂月の事は匠鬼族の里の伝説にして、神業物を打った刀匠の神として語られており、そのお陰で、狂月の事を知っていました。
次回は、元、自衛官と問題児。