第167話 ハルカの『塔』攻略記 言葉を交わせるなら、話し合おう
ハルカside
『塔』72階で勃発した、イサム対狐月斎の剣鬼、剣聖対決。通常の剣士の域を遥かに超越した大技や磨き抜かれた絶技の応酬の凄まじい戦いだったけど、そんな中、無粋な乱入者が。
毒々しい紫紺の剣を手に、殺意の絶叫を上げ、クリスティーヌさん目掛けて全力で突進してきたのは、血走った目をした、みすぼらしい男。凄まじい剣士対決に気を取られ、反応が遅れた彼女を、手にした剣で刺すつもりだ!
思わず、身体が動いた。咄嗟に、クリスティーヌさんを突き飛ばす事に成功。その代わり、僕が刺された。背後から、腹に向けて紫紺の剣が貫通。
単に痛いなんてもんじゃない。傷口から焼ける様な激突が走り、声も出ない。……クソッ! やはり、呪詛剣、だったか……。意識が遠のいていく。
ナナさんが聞いたら……怒るな……。
『この馬鹿っ!!』って…………。
それから、どれぐらい時間が経ったのか。気が付けば、僕はマットの上に寝かされていた。傷も既に塞がったらしく、痛みは無い。
「気が付きましたか。私と魔博がいた事に感謝しなさい。どこで手に入れたかは知りませんが、あれは三十六傑を死に至らしめるだけの『力』を持つ呪詛剣。応急処置が間に合わなかったら、死んでいましたよ。軽々しい行動は慎みなさい」
気が付いた早々、戦姫からの説教。
「すみません。放っておけなかったとはいえ、確かに軽率でした。猛省します」
味方でない以上、助ける筋合いは無い。ナナさんなら、間違いなくそう言う。まだまだ僕も甘いらしい。
それはそれとして、先程の乱入者だ。あいつはどうなった? 明らかな狂人だったし、あんな狂人を生かしておく程、このメンバーは甘くないけど。……あぁ、やっぱり死んだか。
向こうの方に、十文字に四分割された死体が転がっていて、『塔』の床に吸収されつつあった。どこの誰だか知らないけど、どうもクリスティーヌさんに恨みが有る感じだったな。と、そこへ当のクリスティーヌさんが来た。
「良かった。気が付きましたか。私をかばって刺された訳ですし。まずは助けて下さった事、感謝しますわ。そして、私の過去の不始末のせいで迷惑を掛けてしまった事、謝罪しますわ」
僕に対し、感謝と謝罪。やはり、あの男、クリスティーヌさんと関係が有ったか。それにしても、過去の不始末ね。何が有ったんだろう? どう見ても、あの男が一方的に恨んでいたみたいだけど……。
「いえ、お気になさらず。僕が勝手な事をしただけですから。僕の方こそ、いきなり突き飛ばして、申し訳有りませんでした。お怪我は有りませんか?」
「大丈夫ですわ。お気遣い感謝しますわ」
僕の行動は無駄にならなかった。それに関しては良しとしよう。
「とりあえず、僕としては、そちらと話し合いの場を持ちたいのですが。どうでしょうか?」
現状、小休止といった状況なので、これ幸いと、話し合いの場を持ちたいとクリスティーヌさんに告げた。
なろう系の連中は例外無く、全て気狂いだから、話し合いなんか全く成立しないが、この人達は、理性的、知的だ。ならば、話し合いに応じてくれるかもしれない。言葉を交わせるなら、交渉出来るなら、するべきだと思う。気狂いは論外だが。
「……話し合いの場ですか。少し待って頂けます? 他の方々にも聞いてきますわ」
話し合いについて持ち掛けた所、クリスティーヌさんはわりと好感触。他の方々にも聞いてくると、その場を離れた。
「……話し合いの場を持ちたいとは。随分と甘い事で」
「不満ですか? 戦姫。甘いのは百も承知ですが。それでも話し合いの余地が有るなら、話し合いの通じる相手なら、僕は交渉の機会を持つべきと考えます。理性と知性と言葉を持つのなら。あ、なろう系を始めとする気狂いは除きます。気狂いなんか、相手にするだけ損ですから。差別だ何だと煩い連中もいますがね。幾ら綺麗事を並べ立てようが、クズはクズ。出来損ないは出来損ない。我が師も『無能は死ね』がモットーですし。僕もそれに全面的に同意です。人として最低限の域にすら達しない奴など、さっさと死ね。むしろ、積極的に抹殺すべき。有害無益ですから」
「なるほど。確かに一理有りますね。それに、よくいる、理想論ばかりで現実を見ない馬鹿とは違いますか」
「僕は現実主義なんです。夢物語はフィクションだけで十分です」
夢物語は、所詮、夢物語。人は現実に生きるしか無い。
「お待たせしましたわ。そちらとの話し合いの件、了承します。現状、私達と貴女方で争うべき理由は有りません。穏便に済ませられるなら、それに越した事はありません。無闇矢鱈と争うのは、馬鹿だけで十分ですわ」
「こちらの提案を受けて頂き、ありがとうございます」
戦姫と話していたら、クリスティーヌさんが戻ってきた。話し合いの件、了承との事。良かった。ちゃんと話の通じる人達だった。提案を受けてくれた事への感謝を述べ、僕達は先客4人組との話し合いへと、歩を進める。
「では、これより、対話を行うぞい。あくまで対話。お互いに殺傷行為はしない事。可能な限り、平和的、穏便に済ませる事。それでも尚、決裂した場合は、この場から速やかに立ち去る事。以上。双方、これで構わんかのう?」
「僕はそれで構いません」
「私も了承しましたわ」
僕達と先客4人組との話し合い。教こ……もとい、ゴールドさんが立会人を名乗り出てくれた。そして、話し合いの言い出しっぺという事で、こちら側は僕。向こう側はクリスティーヌさんが代表として、話を進める事に。さて、どうするかな? ……うん、ここはやはり、自己紹介といこう。何事も最初が肝心。
「まずは、自己紹介を。僕はハルカ・アマノガワ。しがないメイドです」
「……随分、謙遜なさいますわね。まぁ、良いでしょう。先程も名乗りましたが、改めて名乗りましょう。私は、三十六傑が、一。序列四十八位。クリスティーヌ・リツハ・ソーディン。人は『千剣万禍』と呼びますわ」
と、そこへ他の3人も加わってきた。
「せっかくなので、私達も名乗ろう。先程の大和 勇との死合いで名乗ったが、改めて名乗ろう。私は三十六傑が、一。序列四十二位。夜光院 狐月斎。『四剣聖』筆頭」
「某は三十六傑が、一。序列四十六位。朧 狂月。鍛冶師の端くれ。『妖匠』と呼ばれております。お見知り置きを」
「最後は私か。私は三十六傑が、一。序列四十三位。クーゲル・シュライバー。『砲火魔』などと呼ばれているが、そんな大層なものではない。ただの自衛官崩れだ」
それぞれ、自己紹介。全員、三十六傑に名を連ねる、実力者揃い。これは凄い事だ。通常なら、こんな出会いは無いだろう。まぁ、とりあえずお互いに自己紹介は終了。本題に入ろうか。
「お互いに自己紹介も済みました。本題に入りたいと思います。よろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんわ」
本題に入る意思を向こうに告げる。向こうもそれを了承。
「僕はそちらに質問したい事が有りまして」
「奇遇ですわね。私も同じですわ」
……お互いに相手に対して質問したい事が有る。どう答えるか?
「答えられる範囲内であれば、答えます」
「またしても奇遇ですわね。私も同じですわ。答えられる範囲内であれば、答えましょう」
返答もまた、お互いに同じ。まぁ、当然だね。自分の情報を必要以上に明かすのは馬鹿のやる事。
以前見た作品で、主人公が、捕らえた敵の女性の前にのこのこ姿を現し、聞かれてもいないのに『嘘も芝居も得意』とドヤ顔かましていたが、僕から言わせれば、思い上がりも甚だしい馬鹿だ。更に言えば、こういう状況、よく知っていてね。
『ふはははは! 冥土の土産に教えてやろう!』
で、おなじみ、時代劇の悪代官のお約束。聞かれてもいないのに、わざわざ自分の悪事をばらす。これと変わらない。典型的な敗北フラグ。
嘘も芝居も得意? いつから、お前の専売特許になった? 確か、その主人公、優秀な義母、義姉、義妹に対し、コンプレックスの塊のクズ。そんなクズが何様のつもりだ? クズはすぐ調子に乗るから、不愉快極まりない。
この程度のクズの考える事など、既に誰かが考えている。逆に自分が嵌められる事を考えていない。よく言うよね。
『勝ったと思うな、思えば負けよ』
勝ったと思った時こそ、最大の隙。そこを突かれて負けたなど、古今東西、幾らでも有る。
あの『灰色の傀儡師』灰崎 恭也なら、捕らえた敵の前にのこのこ姿を現し、聞かれてもいないのに、自分の手口をベラベラ喋って勝ち誇るなんて愚行、絶対にしない。
姿を現せば、命を狙われるかもしれない。自分の手口を喋って、知られたら対策されるかもしれない。そもそも敵を捕らえたのだって、こちらをおびき出す為に、わざと捕まったのかもしれない。灰崎 恭也はこの様に、常に警戒を怠らない。絶大な魔力を持ちながら、一切の油断、慢心をしない。だから、奴は恐ろしいんだ。
まぁ、それはそれとして、今は、話し合いだ。『答えられる範囲内であれば、答える』。それがお互いの妥協点。それ以上は求めてはいけない。最悪、決裂する。少なくとも、答えられる範囲内であれば答えてくれるんだ。全く取り付く島もないよりは遥かにマシ。欲張り過ぎると、全てを失う。昔話の定番だ。じゃあ、これを聞こう。真っ先に確認すべき事。
「貴女方は何故、『塔』に来たのですか? その目的は?」
多元宇宙における上位存在たる、三十六傑に名を連ねる程の実力者達が、何故、『塔』に来た? その理由、目的を知りたい。答えてくれるだろうか? それに対する向こうの返答。
「本当に奇遇ですわね。私も同じ事を聞こうと思っていましたの。貴女方は何故、『塔』に来ましたの? その目的は?」
正に鸚鵡返し。向こうも同じ事を考えていたらしい。さて、どうしよう? 答えるのは構わないけれど……。向こうが何を考えているか分からないしな……。
暫し悩むが、正直に話すと決めた。相手は三十六傑。下手にごまかしたりしたら、後が怖いし、別に知られて困る程の事じゃない。
「この『塔』の調査及び、処分する為に来ました。後、最上階の宝をクズ共に渡さない事です」
クリスside
正直ですわね。そして賢明ですわね。私はハルカ・アマノガワの言葉を聞いて、そう思いました。つまらない嘘偽りを述べようものなら、即座に話し合いを打ち切るつもりでしたが。三十六傑相手に下手を打つのが不味い事は分かっているみたいですわね。ならば、こちらも誠意を見せるべき。三十六傑の癖に、セコいと思われるのも癪ですし。
「私達の目的は、『塔』の最上階に有る宝をなろう系を始めとする、愚か者達の手に渡らぬ様にする事。後、『塔』の処分ですわね」
そもそも、知られて困る内容でもありませんしね。
「……僕達と貴女方の目的はほぼ、一致していると見ました。ならば、協力しませんか?」
ハルカはそう切り込んできました。まぁ、確かに私達と彼女達との目的はほぼ、一致していますわね。
「確かにそうですわね。私達と貴女方の目的はほぼ、一致していますわね。ですが、手を組むのはお断りしますわ」
お互いに目的がほぼ、一致しているのは確か。だからといって、手を組むかと言われたら、そうもいきませんわね。そう簡単に、他人を信用する訳にはいきません。
「まぁ、そうでしょうね。目的がほぼ、一致しているからといって、はい、そうですかと、手を組む訳にはいきませんよね」
……あっさり引き下がりましたわね。駄目で元々、上手く話が纏まれば儲けもの。そんな所でしょうか。駆け引きが出来るタイプですわね。
ふむ、手を組む事はしませんが、ある程度の妥協点は提示しましょう。
「その代わりと言っては何ですが、情報交換ぐらいは、認めましょう。それと、先程も申し上げましたが、現状、貴女方と争う理由は有りません。よって、今回の件に関しては、貴女方と争わない事を約束しましょう」
「今回の件に関してはですか。分かりました。少なくとも、今回の件で貴女方と争わずに済むなら、こちらとしても、助かります。その上、情報交換まで。寛大な配慮、感謝します」
ちゃんと言葉の裏を読み取ったみたいですわね。あくまで、今回は争わない。次回はどうなるかは保証しない。それを理解した上で、寛大な配慮、感謝すると言う辺り、本当に駆け引きの出来るタイプですわね。
さて、始まった、情報交換と言う名の交流。狐月斎さん、狂月さんは大和 勇と話しています。特に狂月さん、念願の凶刀 夜桜を見る事が出来て、感激の涙を流していますわね。周りが引いていますわ……。
クーゲルさんは、竹御門 竜胆と話をしていますわね。
で、私は、ハルカ・アマノガワに私の使う創剣魔法について説明中。刺されそうになった所を助けられた事への返礼でもあります。知られて困る程の内容でもないですし。
「私は創剣魔法の名家、ソーディン家の出身。一族の者は皆、炎、氷、雷といった、強力な属性剣を生み出せる術者揃い。ところが、私は何の力も無い、ただの鋼の剣しか出せず、そのせいで、一族の面汚しと呼ばれていました。……まぁ、昔の事ですが。その後、私は自分の創剣魔法の異質さに気付きましてね。徹底的に自らの創剣魔法を磨き上げて、一族最強の座を得たのです。傑作でしたわよ、これまで散々、属性剣を自慢し、私を見下してきた連中が、私の創剣魔法の前に為すすべ無く死んでいくのは。心底、スッキリしましたわね」
で、当のハルカ・アマノガワは、見本として出した鋼の剣を見ていました。
「なるほど。これは確かに下手な属性剣より優秀ですね。呪符の応用ですか。物質を生み出す創造魔法ならではの発想ですね。なまじ、属性剣なんか出せると、この発想には至らない。正に発想の勝利」
そして、あっさり私の創剣魔法のネタを見破りました。……まぁ、実物の剣を見れば分かりますが。
正に指摘の通り。私は刀身に各種術式を刻んだ鋼の剣を創造しているのです。何の力も無い鋼の剣故に、自在に術式を刻める。そうする事で、私は千変万化の創剣魔法の使い手となったのです。属性剣の使い手は基本的に属性が固定されている為、刺さる相手には滅法強い反面、効かない相手には無力。その点、私は状況に応じて剣を変えられます。
勿論、相応の修行、苦労もしましたわよ。如何に早く剣を創造出来るか。大きさ、長さ、生み出す数、剣自体の操作。何より、様々な術式を学び、尚且つ、それらを正確に剣に刻印する事。特にこれが大変でしたわね。術式はほんの僅かでも間違っていれば、発動しません。最悪、暴発します。
さて、何故こんな事をハルカ・アマノガワに話しているかというと、彼女も同じ事が出来るからですわ。
「……これ、僕にも出来ますね」
「まぁ、分かってしまえば単純な事ですもの」
氷を生み出し、操れる彼女なら、私と同じく、術式を刻む事が出来る。そうする事で、彼女の戦術の幅は大きく広がるでしょう。
術式を刻む。単純で地味であるが故に、軽んじられがちですが、使い方次第で無限の可能性を生み出す。
火力しか頭に無いなろう系には、絶対に出来ない発想でしょうね。
「ところで、質問よろしいでしょうか? 先程の男の事です。明らかに貴女を殺そうとしていましたが。貴女に対し、相当な恨みを持っていた様子。どういう関係なんですか? まぁ、無理にとは言いませんが」
ハルカ・アマノガワから、先程の男についての質問。やはり、気になりますか。私をかばって刺された訳ですし。
「構いませんわ。お話ししましょう。あの男の名は、『リドキノ・イバ・カセンケ』。1000年前の剣聖の生まれ変わりを自称する愚か者。そして、私の学生時代の同期。かつて、模擬戦を挑まれましたね。その際、規約違反の真剣を使ってきたので、私も創剣魔法で応戦。わざと発射速度を落とした私の剣を掴んで、『借りたぞ』と言って勝ち誇り、私に剣を突き付けたまでは良かったものの、剣に仕込んだ腐敗呪詛で両腕が腐り落ちて敗北。その後、規約違反により、学園を追放されたのです。その後、どうなったかは知りませんでしたが、ずっと私を恨み、復讐の機会を伺っていたのでしょうね」
とりあえず、あのクズについて説明。
「1000年前の剣聖の生まれ変わり? あんな奴が? あり得ないでしょう。そんな実力者には思えません。しかも、模擬戦で規約違反の真剣を使うわ、創剣魔法の使い手の生み出した剣に軽々しく触るわ、挙げ句、逆恨みをして、貴女を殺そうとするわ、見下げ果てたクズですね」
ハルカ・アマノガワも、あんな奴が剣聖などあり得ないと。実際、違いますしね。
「えぇ、その通り。あのクズが勝手に剣聖を名乗っていただけです。まぁ、1000年前の剣士の生まれ変わりなのは事実でしたし、それなりに剣術の腕は有りましたが、せいぜい、中の下。とても剣聖を名乗れる実力ではありません。実際、四剣聖筆頭の狐月斎さん曰く、『歴代四剣聖にそんな奴はいない』そうですし」
「やはり、そんなオチですか」
「剣聖とは、それ程までに隔絶した存在なのです。そうそう、その域に達する者は現れません」
『四剣聖』。その名は伊達ではないのです。
「あ、ちなみに僕、クリスティーヌさんの過去の体験そっくりな内容の作品を見た事が有りまして。クリスティーヌさんから話を聞いて、びっくりしましたよ」
何と、彼女は私の過去の体験そっくりの内容の作品を見た事が有るそうで。
「もしかしたら、その作者は、私の世界の情報を受信して、その作品を書いたのかもしれませんわね」
「いわゆる、『降りてくる』って奴ですか」
「それですわね」
実は、人気作品の多くがこれですの。異世界の情報を受信した作者が、それを元ネタとして作品を生み出す。当然、生み出された作品には、作者のアレンジやら、独自のアイデアやらが有り、元ネタである異世界の情報とは差異が生じます。
そこを理解せず『原作知識で無双』などと考える、なろう系の馬鹿が後を絶たないのですが、上手くいく訳がありません。元ネタと、アレンジした物は違うのですから。
「後、思ったんですが、1000年前の剣士の生まれ変わりって、一見凄そうですが、よく考えてみたら、別に大した事ないですね」
おやおや、興味深い事を言い出しましたわね。1000年前の剣士の生まれ変わりは、よく考えてみたら、大した事ないと。
「その心は?」
「簡単な事です。1000年前の剣士の生まれ変わりとは、1000年のブランクが有るという事。 1000年、実戦経験を積んできた剣士の方が、よほど怖いですよ」
「確かに。あの自称、剣聖も所詮、時代遅れの愚か者。1000年前の基準でしか物事を考えられなかった。物事は時の流れと共に変化しているというのに」
よく分かっていますわね。1000年前の剣士=強い、ではない。むしろ、1000年のブランクが有る。それなら、1000年実戦経験を積んだ剣士の方が怖い。その通りですわね。
「それと、あの自称、剣聖について気になる事が有ります。あのクズ、かつてクリスティーヌさんにより、両腕を失った。ですが、義手を付けていましたよね。あれ、ただの義手ではなさそうでした。そして、持っていた呪詛剣。あれは三十六傑すら死に至らしめる程の物だと聞きました。それらをあのクズはどうやって手に入れたのでしょうか?」
ハルカ・アマノガワが指摘した事。それは、かつて私により両腕を失ったはずのリドキノが義手を付けていた事。更に、三十六傑を死に至らしめる程の呪詛剣を持っていた事。
単に金の力で得たというのが、普通でしょう。しかし……。
「お取り込み中、済まないけど、割り込ませて貰うニャ。あのクズの義手。ただの義手じゃないニャ。銀の腕ニャ。そんじょそこらの奴が手に入れられる物じゃないニャ」
そう言って、会話に割り込んできた、機怪魔博。あのクズの義手は銀の腕であると。
「やっぱり、銀の腕でしたか。銀の腕のヌァザと呼ばれる神。またの名をアガートラム。その神が使っていた義手。それを真似て作られた、神の名を冠する義手ですか。確かにそんじょそこらの奴には手に入れられない、非常に高価な品。そして、移植も難しい品。呪詛剣にしても、あれだけ強力な品となれば、そうそう手に入りません」
ハルカ・アマノガワの言う通り、神の義手を真似て作られた義手。銀の腕。非常に高性能ですが、同時に非常に高価且つ、移植も難しい品。そんじょそこらの者には手出し不可能。それを、あの剣聖気取りが身に着けていたとは。それに呪詛剣。……そういえば、心当たりが有ります。あの狂信者なら、或いは。
「……心当たりが有ります。あの剣聖気取りのクズが、私の学生時代の同期というのは話しましたが、その当時、あのクズに心酔していた女がいましてね。名は、ラナ・メオンへン。没落貴族の娘なのですが、何をとち狂ったのか、あのクズを剣聖と崇め、剣術を学んでいたのです。あのクズが学園を追放された後、同じく学園を去りました。その後は知りませんが、あの狂信者なら、リドキノの為なら、何でもやるでしょう。とにかく、リドキノを盲信していましたから」
これも私の不始末と言えるでしょう。リドキノと纏めて、始末すべきでした。
「あんな奴を盲信? ……まぁ、馬鹿はいますからね。没落貴族なだけに、かつての栄光が忘れられないんでしょう。まぁ、そんなのだから、没落するんですが」
辛辣ですわね。しかし、その通り。あの女、とにかくお家再興に執着していましたが、無理。リドキノ如き、愚か者を盲信する時点で無能。剣術の腕だけでお家再興が成るなら、苦労しません。それこそ、超人的な強さと手柄を上げない限り。まぁ、そうなったら、なったらで、危険視されて、お家取り潰しになるでしょうが。その辺を上手くやるのが、世渡りの秘訣。
「つまり、その女が、リドキノに手を貸し、義手を付けた。呪詛剣も与えた。そういう事ですか?」
「あくまで、可能性の話ですが。あれから、途方もない年月が流れていますし。しかし、リドキノが生きていたのです。あの女が生きている可能性は有ります。リドキノの狂信者ですから、リドキノの為なら、何でもするでしょう。金を工面し、義手を移植する事も。呪詛剣を与える事も。人間をやめる事すら」
今でも覚えています。リドキノを自らの救い主、神とばかりに崇めていたのを。
かつて、メオンへン家は国一番の名門、筆頭公爵家の地位に有りました。それが、国家簒奪のクーデターを起こすも、失敗。一族の大部分が粛清され、末席も末席の連中のみ、かろうじて命だけは見逃されたものの、地位、財産、全て没収の上、辺境の地に飛ばされ、大部分が死に絶えました。
そんな彼女は自身の境遇を恨み、お家再興に執着。そして、ままならぬ現実に対する、せめてもの慰みとしてか、英雄物語に没頭し、学園の図書室でそれらを読みふけっていましたね。自身を救ってくれる英雄を求めていたのでしょう。私から言わせれば、ただの現実逃避ですが。
そんな彼女からすれば、1000年前の剣聖の生まれ変わりを自称するリドキノは、正に伝説の勇者。自分を救ってくれるヒーローに思えたのでしょう。……実に愚か。『貧すれば、鈍する』。これの典型ですわね。馬鹿は死ななければ治らない。
さて、楽しいお喋りの時間も、そろそろお開きにせねばなりません。私達は遊びに来た訳ではないのですから。
「名残惜しいですが、そろそろ、私達は行きます。グズグズしていて、最上階の宝。理想珠がクズ達の手に渡っては一大事ですから」
私は最上階の宝、理想珠の名を出しました。多分、知っているでしょうし、私達の目的は、理想珠がクズ達の手に渡る事の阻止。それ以外に求めるものは有りません。
「やはり、最上階の宝。理想珠の事をご存知でしたか。貴女方は理想珠は要らないのですか?」
やはり、知っていましたか。その上で、私達に理想珠は要らないのか? と聞いてきました。
「多分、知っているでしょうが、理想珠が願いを叶えてくれるのは、1人、1回限り。手に入る理想の品も1つだけ。私達は全員、既に理想珠を手にし、理想の品を手に入れました。だから、今更、理想珠を得ても無意味なのです。逆に聞きますが、貴女こそ、理想珠を得たらどうするつもりですか?」
ハルカ・アマノガワの問いに、私達は全員、既に理想珠を手にし、理想の品を得た事を告げました。その上で、逆に問いました。貴女こそ、理想珠を得たらどうするつもりか? と。
「そうですね。願望器は危険ですからね。あえて願うなら、調理器具が欲しいです。メイドですからね、家事の助けになる品が良いです」
その返答に私は感心しました。この若さです。色々欲しい物は有るでしょうに。ましてや、願いを叶えてくれる願望器。そんな美味しい話を聞けば、剣聖気取りのリドキノや、お家再興に執着するラナ辺りなら、一も二もなく飛び付くでしょう。
「その言葉を聞いて安心しました。貴女なら、理想珠を得ても問題ないでしょう」
彼女なら、理想珠を得ても大丈夫。そう確信しました。やはり、優秀ですわね。単に才能が有るだけではなく、人間として出来ている。目先の欲望が全てのなろう系とは違います。
「では、私達は行きます。縁が有ればまた会いましょう。御武運を祈りますわ」
「貴女方も」
私はハルカ達に別れを告げ、他の3人と共に、既に見付けていたショートカット通路を使い、上層階へと向かいました。……久しぶりの良き出会いでしたわね。
ハルカside
「行ったか……」
正直、ホッとした。なろう系みたいな気狂いではないものの、その代わり、なろう系なんか足元にも及ばない、圧倒的実力者達。穏便に事が済んで良かった。もし、戦闘になっていたら、どれ程の被害が出た事か。考えるだけでもゾッとする。
とりあえず、実際に刃を交えたイサムに話を聞いてみよう。
「お疲れ様。こういう事を聞くのも何だけど、夜光院 狐月斎と戦ってみてどうだった? 実際に戦ったイサムの感想を聞いてみたくて」
不躾とは思うけれど、実際に戦った人の感想は貴重な情報。
「……あの女狐、まるで本気を出していない。あくまで俺を見定める事が目的だったんだろう。あいつが本気を出していない証拠も有ったしね。ハルカ、あいつの尾の数は何本だった?」
イサム曰く、狐月斎はまるで本気を出していないとの事。まぁ、そうそう本気は出さないだろうけど。その証拠も有ると。狐月斎の尾の数ね……。
「1本だった」
「そう、1本だ。それが、あいつがまるで本気を出していない、何よりの証拠。何故なら、あいつは九尾の狐人だからな。あいつを含め、複尾族は、尾の数が多い程、強い。そして、上位複尾族は尾の数を変えて、力の制御が出来る。つまり、一尾の時点で、最低限の力しか使っていないという事。それであの強さ。四剣聖筆頭は伊達じゃない。もし、あいつが九尾を解放していたら、それこそ、魔剣聖様を呼んでこないと手に負えない」
イサムは、夜光院 狐月斎の強さ、恐ろしさを語ってくれた。狐月斎は九尾の狐人。しかし、今回は終始、一尾のまま。それで、あの強さ。九尾を解放していたら、どうなっていたか。……それより強いんですね、魔剣聖様。流石は真十二柱 序列三位。
「ついでに言わせて貰うとのう。あやつは黒巫女じゃ。数多くの術に通じておる。しかも狐人。狐人は種族特性として、幻術と狐火の達人じゃ。今回はあくまで剣士として戦ったから良かったものの、黒巫女、狐人としての力まで使われたら、危なかったのう。いやはや、恐ろしい、恐ろしい」
更にゴールドさんからも、狐月斎の恐ろしさについて補足が入る。
「分かってはいたけど、改めて痛感したよ。最強の剣士の座は遠いね」
イサムはしみじみと呟いた。
狐月斎side
ハルカ・アマノガワ一行と別れて暫く。不意に狂月殿から声を掛けられた。
「狐月斎殿、刀を見せて頂けますかな?」
あぁ、これはバレているな。流石は『妖匠』狂月殿。今更、ごまかしは通じないか。
「やはり、バレていましたか。狂月殿の目はごまかせませんな」
背中に背負った大太刀。夜狐を鞘から抜き、狂月殿に見せる。
「…………やはり。残念ながら、夜狐はこれまでですな」
そして夜狐の刀身を見た狂月殿が、そう判断を下す。それもそのはず。夜狐の刀身には罅が入っていた。それも芯にまで至る深い罅が。刀にとって致命傷だ。これでは狂月殿でも直せない。我が愛刀 夜狐は死を迎えようとしていた。……長年、共に戦ってきた我が愛刀。悲しい事だ。
「夜狐は自らが老いたと。最早、私の愛刀たるに値せぬと自覚していた。そして、自らの死に場所を求めていた。だからこそ、かの、大和 勇。凶刀 夜桜との死合いを望んだ。自らの最期を飾るにふさわしい死合いとして。夜狐、あの大和 勇と凶刀 夜桜相手に一歩も引かぬ、見事な死合いであった。お前は最高の相棒だ。長年、ありがとう。お前がいなければ、私はとうの昔に死んでいた。後は後進に任せて、ゆっくり休め」
大和 勇と凶刀 夜桜相手の死合いで、致命傷を受けていた夜狐。それでも敵前で力尽きる事を良しとせず、最後の意地でここまで持ちこたえた。実に見事なり。そんな我が愛刀に、これまでの感謝と、別れを告げる。
すると音も無く、夜狐は黒い塵となり、跡形も無く崩れ去った。我が愛刀は、死んだのだ。不意に一筋の涙が流れた。既に身寄りのいない私にとって、唯一の身内と言える存在だったからな。……ありがとう、夜狐。
だが、悲しんでばかりもいられない。夜狐は死んだが、それは夜狐が、次世代に後を託したという事でもある。
「夜狐が死んだ。ならば、遂にあの刀の出番ですな」
「如何にも。かつて狂月殿に作って頂いたが、長らく封印していた刀。その出番が来た」
かつて、私が狂月殿に材料を提供し、私専用の刀を作って貰った。しかし、あまりにも強力過ぎる故に、封印せざるを得なかった。強力過ぎる品は使い手を腐らせる。だが、その封印を解き、世に出す時が来た。
「あの刀は夜狐から情報を得ていました。封印した当時より、更に成長している事でしょう。果たして、貴女に使いこなせますかな?」
「心配無用だ、狂月殿。夜狐はその時が来たと判断したからこそ、後進に後を託して死んだ。必ず使いこなしてみせる」
「承知。ならば、封印を解きましょう」
そう言うと、狂月殿は空中に複雑な印を結ぶ。
「開封! 来たれ! 『狐月刃』!」
すると、私達の頭上の空間に波紋の様な揺らぎが生じ、そこから、一振りの大太刀が私に向かって切っ先を向け、高速で飛んできた。
「…………久しいな、狐月刃。長らく封印して済まなかった。だが、夜狐が死んだ。そして、今こそお前の力が必要だ。共に戦ってくれるか?」
刀の名は狐月刃。私の名を冠する、私専用の刀。顔面に刺さる直前で、どうにか白刃取りで受け止める。封印した当時の私なら、防げずに顔面を貫かれて死んでいたな。やはり、封印された事を相当怒っている。まぁ、普通は怒る。
しかし、狐月刃も夜狐の死を知っている。夜狐から後を託された事も。
「…………そうか。感謝する」
狐月刃から、封印した事は不愉快極まりないが、夜狐が死に、後を託されたからには仕方ない。許すと言われた。狐月刃にとって、夜狐は先達にして、師だからな。
漆黒の刀身の夜狐に対し、宝石のアクアマリンの様な透き通った水色の刀身の狐月刃。そもそも、素材が違う。
夜狐は旧世界の金属、オブシダイト製。それに対し、狐月刃は、私の牙、骨、髪、血を素材としている。徹底的に私専用として作られた刀なのだ。私が使えば、比類なき力を発揮するが、私以外が使えば、どうしようもないなまくらと化す、非常に極端な刀。それが狐月刃。狂月殿はあまり良い顔をしなかったが。
狂月殿が求める理想は、いつ、どこで、誰が使おうが変わらぬ性能を発揮する刀。故に狐月刃の様な、特定の者しか使えぬ刀など、邪道との事。そこを曲げて私専用の狐月刃を作って頂いた。
まぁ、狂月殿としても、ある意味、自らが求める最強の一刀に最も近い刀を作れた故に、その経験は無駄ではないと仰ってくれた。誠に感謝に堪えぬ。
「……大和 勇。いずれまた、相見えよう。私も彼も最強の剣士の座を求める者なれば」
求める所が同じである以上、そして、最強の座は1つである以上、いずれ再び、戦う時が来る。その時、勝つのは、私か彼か。
「やはり、ここに来て良かった。剣を極めんとする甲斐が有るというものよ。……ふふ、ふはははははは!!」
「久しぶりに見ましたわね、あの鉄面皮の狐月斎さんが笑うなんて」
「全くだな。狐月斎殿が楽しそうで何より。私としても、分からんではないな、その気持ち」
「某としては、狐月刃が凶刀 夜桜に勝てるかどうかが気になる所」
皆、それぞれの感想を述べる。さ、先を急ごう。グズグズしてはおられんからな。
「皆、私の我儘に付き合わせてしまい、済まなかった。この埋め合わせはいずれ」
「某としては、狐月刃の実戦データが取れれば、十分」
「お互い様ですわ。気になさらないで」
「クリス殿の言う通り。こういう時はお互い様」
「……感謝致す」
我ながら、良い仲間達に恵まれた。では、行くか。私達は、『塔』の最上階を目指し、歩を進める。最上階に着くのは、私達か、ハルカ達か。楽しみではある。
……ただし、なろう系のクズ共、お前達は駄目だ!
イサム対狐月斎の、剣鬼、剣聖対決はひとまず終了。お互いに話し合いへと移行。理性と知性と言葉が有るのですから。
そしてクリスティーヌから語られた過去。剣聖気取りのクズ、リドキノを盲信する、没落貴族の娘、ラナ・メオンヘン。リドキノは死んだが、ラナは生きている可能性。リドキノが死んだと知れば、間違いなく怒り狂うでしょう。
その一方で狐月斎。愛刀、夜狐を失う羽目に。ただ、夜狐は自身が老いたと。最早、狐月斎の愛刀たるに値せぬと悟っており、自らの最期にふさわしい死合いとして、イサムと、凶刀 夜桜に挑みました。
その結果、遂に力尽き、崩れ去り、消えました。次世代の刀。狐月刃に後を託して。
では、また次回。