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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第166話 ハルカの『塔』攻略記 『剣聖』と『剣鬼』

 イサムside


 襲い掛かってくる敵。魔物やら、主人公気取りの気狂いのなろう系のクズを蹴散らし、ショートカット通路を使っては、一気に階層を飛ばし、辿り着いた、72階。そこには4人組の先客がいた。その内の1人。大太刀を背負う、長い金髪で、左右で赤青と色の違うオッドアイの狐人の黒巫女。


 彼女を見た瞬間、それまで騒いでいた、愛刀『夜桜(ヨザクラ)』がピタリと静かになった。俺も同じく感じていた。


『あいつだ』


『塔』由来の強化スタンピードを潰した奴。そして、『夜桜(ヨザクラ)』が騒いでいた理由。


 そして彼女が背中に背負った大太刀を抜き、構えた上で、名乗りを上げた。


「私は三十六傑が、一。序列四十二位。 そして、四剣聖が筆頭。夜光院 狐月斎。そこな、剣士よ。さぞかし腕の立つ者と見受けた。一戦、所望致す」


 更に一戦、所望すると。……これは、とんでもない相手と出くわしてしまったな。


『夜光院 狐月斎』


 直接、会った事は無いが、名前は知ってる。狐人の黒巫女にして、『四剣聖』が筆頭。


 剣士にも格付けが有る。


 最高位にして、唯一無二の『魔剣聖』


 その下に『四剣聖』


 更にその下に『八剣鬼』


 最後に『十六剣豪』


 つまり、夜狐院 狐月斎は、この世で二番目に強い剣士という事だ。しかもこいつ、その凄まじい実力から、『お前みたいな三十六傑がいるか!』とか、『序列詐欺』呼ばわりされている奴だ。少なくとも、二十四天入りは確実。下手すると真十二柱入りも有るかもしれないと言われている。


 それだけでも十分過ぎる程、不味いんだが、更に不味い事が有る。奴の持つ大太刀。やけに、見覚えの有る感じなんだよな~。あの黒曜石の様な煌めきを放つ、黒い刀身。


 俺の愛刀である、『夜桜(ヨザクラ)』とそっくり……なんてもんじゃないな。()()だ。この刀が何で出来ているかは知らなかったが、ハルカが今回の件の手付けとして、魔道神様から貰った旧世界の金属。オブシダイトのインゴット。それを見て、『夜桜(ヨザクラ)』がオブシダイト製と判明。


 で、その『夜桜(ヨザクラ)』と同じって事は、向こうの刀もオブシダイト製。流石は四剣聖筆頭。良い刀使ってるよ。


 ……こちらの『夜桜(ヨザクラ)』は、真十二柱 序列十位 戯幻魔 遊羅(ユラ)作。向こうの刀を作ったのは誰かは知らないが、単純に考えると刀の素材では互角。となると、使い手の実力勝負となる訳だが……。明らかにこちらが不利。


 俺は『八剣鬼』。向こうは『四剣聖』。向こうが格上。


 しかし、対決を避けるという選択肢は無い。向こうは一戦、所望すると言ってきた。やる気満々。断る、逃げるなんて、絶対に許さない。要は強制だ。どこかの大魔王みたいなもんだな。ならば、戦うしかない。とりあえずは、軽く挨拶かな。


「貴女が、『四剣聖』が筆頭。夜光院 狐月斎か」


「如何にも。貴殿も名乗るが良い」


「俺は、『八剣鬼』が筆頭。大和 勇。かつて勇者だった、愚か者さ」


 自嘲を交え、名乗りを上げる。


「私も君の事は、かねがね、聞き及んでいた。『八剣鬼』が筆頭。大和 勇よ」


 向こうも俺の事を知っていたらしい。四剣聖の筆頭に知られているとは光栄だな。


「私は永きに渡り、強者との死合いに飢えていた。弱者(なろう系)を幾ら斬ろうが、何の足しにもならん。強者との命懸けの死合いこそ、更なる高みへの糧となる。違うか?」


「全く同感。雑魚(なろう系)なんか、幾ら斬ろうが何の足しにもならない。むしろ、時間の無駄。強者との命懸けの死合いこそ、至高」


 向こうは強者との死合いを求めている。と言っても、単なる戦闘狂ではなく、より自らを高める手段として、求めている。その辺は俺もよく分かる。強敵との死合いだからこそ、相手から学ぶ事も有るし、自分も必死になる。人間、追い込まれないと力を出せない。某ギャグ漫画の塾頭が言った言葉。


『大事なのは必死の気持ち』


 あの塾頭、やり方は無茶苦茶だが、その思想は正しい。……やり方は無茶苦茶だが。


 まぁ、そういう訳で。久しぶりに必死の気持ちでやるか。でないと死ぬ。とりあえず、他のメンバーに告げる。


「向こうは俺と一戦、交える事を御所望だ。一切の手出し無用」


 狐月斎もまた、連れの3人に告げる。


「皆、申し訳ない。今回ばかりは、私の我儘を押し通させて貰う。よって、一切の手出し無用」


 それを聞き、俺と狐月斎以外のメンバーは下がる。その上で、俺と狐月斎はそれぞれ構えを取る。手加減は無し。最初から全力で飛ばす!


 俺は刀を鞘に納め、右手を柄に添え、腰を低くし、前傾姿勢を取る。突撃からの、居合の構え。


 対する狐月斎は大上段の構え。防御を捨てた、攻撃全振りの構え。


 皆が固唾を飲んで見守る中、その時が迫る。


「いざ……」


「尋常に……」


「「勝負!!!!」」


 ドンッ!!!!


 ゴォウッ!!!!


 凄まじい、破壊音。そして、無数の金色の三日月の嵐が辺りを埋め尽くした。








 ハルカside


 72階で遭遇した4人組。その内の1人、狐人の黒巫女。夜光院 狐月斎がイサムに勝負を挑んできた。しかも四剣聖の筆頭とか。要は凄く強い。ちなみにイサムは八剣鬼の筆頭との事。詳しい事は知らないけど、多分、剣聖の方が剣鬼より上。


 そして、イサムと狐月斎はお互いに構えを取る。腰を落とした前傾姿勢で、刀の柄に右手を添えた、突撃からの居合の構えを取るイサム。対し、狐月斎は大太刀を振りかぶり、防御を捨て、攻撃全振りの大上段の構え。動のイサムに、静の狐月斎。


「危ないから、全力で防御を固めなさい。油断すると死にますわよ」


 いつの間にか、僕の傍に、狐月斎の連れ3人がいた。その1人、赤い豪華なドレスを纏い、腰に一振りのレイピアを下げた、銀髪の貴族然とした若い女性がそう言いながら、巨大な剣を幾つも降らせ、壁を作る。


「申し遅れましたわね。私は三十六傑が、一。序列四十八位 クリスティーヌ・リツハ・ソーディン。お見知り置きを」


「あ、これは御丁寧に。僕は……」


 向こうが名乗ったので、僕も返そうとしたら、止められた。


「礼儀正しいのは大変結構。しかし、今は、クリス殿の仰る通り、防御に全力を尽くしなさい。あの2人が激突するという事は、下手な自然災害より恐ろしいと知りなさい」


 そう言うのは、紺色の作務衣を着て、黒髪を惣髪にした、壮年の男性。こちらは、手に持っている長い柄の金槌で床を叩くと、岩盤が飛び出し壁を作る。


「狐月斎殿が、あそこまでやる気を出すとは。久しぶりに見た。これは、結果はどうあれ、ただでは済まんな」


 こちらは黒いトレンチコートを纏い、黒い軍服を着た、金髪オールバックの壮年の男性。この人は床に手を付くと、金色の金属の壁が出現。


 全員、真剣な表情で防御を固めている。僕もそれに倣う。全力で氷の壁を作る。


「ふむ。あれが報告に有った黒巫女か。こりゃ、確かにヤバいわい。久しぶりに気合いを入れんとな! 守護聖光陣(ホーリーガード)!」


「ザッ君、防御フィールド、最大出力で展開。急ぐニャ!」


『了解しました、魔博。防御フィールド展開、最大出力!』


「ち、仕方ありませんね。魔宝晶障壁(ジュエルシールド)!」


「茨絡み」


 ゴールドさんは、光り輝く結界を張り、魔博はザッ君に防御フィールドを最大出力で展開する様に命じ、戦姫は地面から無数の水晶を出して壁を作り、そこへ更に、竜胆(リンドウ)さんの魔槍から生えてきた茨が絡みつき、補強。


 そして直後、凄まじい衝撃が僕達を襲った! みんなで力を合わせた防御障壁が次々と破られていく! とんでもない威力だ! 吹き飛ばされない様に、咄嗟に床に宝石扇を突き立て、堪える。一瞬のはずが永遠にすら感じられる……。







 永遠にも思えた時間だけど、実際にはほんの数秒程。しかし、その被害は甚大。


「…………危なかった…………本当に死ぬかと…………」


「…………そう思うなら…………もう少し、マシな障壁を張りなさい!」


 本当に危なかった。みんなで展開した防御障壁が次々と破られ、残り1枚ギリギリの状態で何とか凌ぐ事が出来たものの、全員、酷い有り様。服がボロボロ。身体中、汚れ塗れの上、傷だらけ。竜胆(リンドウ)さんは、障壁を破られた事に大層、御立腹。すみませんね! でも、その発言、他のメンバーにも喧嘩を売っていますよ。


「くだらない言い争いはやめなさい。時間の無駄です。それより、さっさと治療を済ませなさい。『塔』は弱った者を見逃す程、甘くはありませんよ」


 自身の治療をしながら、そう言う戦姫。そうだった。ここはただのダンジョンじゃない。生きているダンジョン。弱った獲物がいるなら、間違いなく狙ってくる。


「障壁を破られた事に関しては、謝罪します。ですが、今は治療を優先しましょう」


「……仕方ありませんね」


 お互い、言いたい事は有るが、今はそんな状況じゃない。私情は押し殺し、治療に専念。で、そもそものこの事態の原因となった2人はと言うと……。


 元気に『塔』内を縦横無尽に高速移動し、切り結んでいた。ぶっちゃけ、速すぎて見えない。金属音、激突音、衝撃波。それらが、2人の戦いを物語る。ドラ○ンボールの世界だな、これ。その内、髪の毛が逆立って金髪になって、全身から金色のオーラを噴き出したりとかしないよね?


 後にこの予感が、割りと的中するとは思わなかった。四剣聖が筆頭、夜光院 狐月斎。彼女はまるで本気を出していなかったのだから。


()()()()()ですわね」


 クリスティーヌさんの呟き。その場は聞き流した言葉の意味。その恐ろしさを、この時点では知るよしも無かった。







 イサムside


 分かってはいた。相手は四剣聖が筆頭。こちらは八剣鬼が筆頭。向こうが格上だと。しかし、こいつはな……。とんでもない化物だぞ。俺は相手の強さをある程度は読める。いわゆる、気を読むって奴だが。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あまりにも格上過ぎるんだ。これはヤバい。


 最初の一合。向こうが格上である以上、長期戦は不利。やるなら、一撃必殺。初撃で決める。勿論、向こうもそれぐらいはお見通しと分かっていたが。


 ドンッ!!!!


 渾身の踏み込みからの、全力疾走の速度を乗せた、居合。狙うは的の大きく、避け辛い、胴体。


 対する狐月斎、大上段からの振り下ろし一閃!


 ゴォウッ!!!!


 その瞬間、100や200どころじゃない、無数の金色に輝く三日月と暴風が発生、凄まじい嵐となって襲い掛かってきた。剣士の戦い方じゃないだろうが! などと言える状況じゃない。即座に緊急停止。回避は不可能。攻撃から迎撃に切り替え。襲い掛かってくる無数の三日月を迎え撃つ。


 その時、チラリと見えた。こちらを値踏みする様に見ている狐月斎の姿を。試されている。この程度、凌いでみせろと。舐めやがって!


 ハルカ達には悪いが、自分の被弾分を迎撃するのが精一杯。多少の被弾はやむ無し。四肢切断といった行動に支障が出る重傷、及び致命傷を防ぐのが最優先。それらの思考を刹那の瞬間に済ませる。


 余計な思考は切り捨てる。迎撃に集中。迫りくる無数の三日月の軌道を見極め、絶対に防がねばならない物を選択。一太刀たりとて、無駄は命取り。


「喝ッ!!」


 渾身の気合いと共に、全力で刀を振るう。襲い掛かってくるのは、無数の三日月を伴う嵐。銃弾なら全て斬って落としてみせるが、俺の長年の剣士としての経験と、何より直感が訴える。この三日月は危険だ。軌道を逸らすしかない。


 凄まじい速さで飛んでくる三日月の内、絶対に防がねばならない物の側面に刀身を沿わせ、その軌道を逸らす。それ以外の三日月にあちこち切り裂かれるが、このぐらい許容範囲。行動不能や、致命傷よりはマシ。


 三日月の嵐が吹き荒れたのは、時間にすれば、ほんの数秒に過ぎなかった。しかし、永遠にすら感じられた。こちらは既に満身創痍。辺り一面に血が飛び散っている。くそ……行動不能、致命傷はどうにか避けられたが、かなり血を失った。筋肉操作で無理矢理、傷を塞ぎ、止血したが、状況は良くない。


 そんな俺とは対照的に、狐月斎は余裕綽々の態度。あれだけの大技を出しておいて、顔色一つ変えない。あれだけの暴風を起こし、大量の三日月をばら撒く以上、相当な力を使うはずなんだけどな。流石は四剣聖筆頭か。


「ふむ。狐月剣 刃羅万象(じんらばんしょう)を凌ぐか。大抵の連中なら、あれで終わるのだが……。流石は八剣鬼筆頭。見事な剣腕」


「そりゃ、どうも! こちとら、魔道の才能はさっぱりでね。その分、剣術を磨いたんだよ」


 全く、化物め。あの三日月、1つ1つがとんでもない速さと威力だ。それをあれだけ大量にばら撒かれたら、大抵の奴なら、防御も回避も出来ずに小間切れにされて終わる。


「まぁ、これで死ぬなら、所詮、その程度。私と戦う資格は無い。挨拶は終わった。いざ、存分に死合おうぞ」


 クソッ! 本当に余裕綽々だな。だが、あいつの本当の怖さは、三日月をばら撒く技じゃない。言ってしまえば、あれは、あいつの強さを更に高める補助。


 そもそも、剣士の格付けは、あくまで剣術の腕で決まる。幾ら派手な必殺技を使えようが、それだけでは上位になれない。つまり、狐月斎は狐月剣とやらの強さで四剣聖筆頭になった訳じゃない。純粋な剣術の腕で、そこまで登り詰めたという事だ。


『純粋に強い』


 これが、一番怖い。ネット上でも散々言われているが、なろう系がバカにされる理由は、主人公が所詮、スキルやアイテム頼りの無能なクズである事。


 スキルやアイテムを失えば、通じなければ、途端にクズに逆戻り。当然、敵もそこを突くだろう。普通はそうする。俺だってそうする。ハルカでもするだろう。ハルカ、敵には優しくないからな。


 それに対し、本物の実力者は、そういう付け入る弱点が無い。小細工抜きに強いんだ。有名所じゃ、某漫画の塩試合製造マンとか、完塩とか呼ばれている、あの人。純粋に強い奴の恐ろしさをこれでもかと表現していたな。後、何しに来たんだ? 大魔王様。過激などつき漫才にしか見えなかったぞ。


 なんて考えている場合じゃないな。向こうはいよいよ、やる気だ。だからといって、やられてやる気は無い。相手は四剣聖筆頭。これ程の相手と戦えるとは、剣士として、得難い機会。強者との命懸けの死合いこそ、強くなる為の至高の糧! 何より、ここで死ぬなら、最強の剣士『魔剣聖』の座を得るなど、叶わぬ夢物語。


「応! 存分に死合おう!」







 狐月斎side


『塔』72階で遭遇した者達。その中にいた剣士、大和 勇との、一対一の死合い。挨拶代わり兼、小手調べに放った、狐月剣 刃羅万象。一振りで、1万の三日月を嵐と共に放つ技。本来は私を中心に全方位に放つ所を、今回は前方に向けて放つ。


 防御、回避、共に困難であり、これまで数多くの敵を葬り去ってきた、この技。どうするかと思っていたが、実に見事。絶対に防がねばならない物だけを見極めた上で、その全てを三日月の側面に刀身を滑らせる事で軌道を逸らしてみせた。


 嵐と共に超高速で迫る、1万の三日月に対し、素晴らしい見切りと剣腕。何より、多少の被弾は覚悟の上で、やってのけるとは。致命傷は避けるにせよ、只では済まぬ事など分かっていただろうに。これまで、障壁で防がれた事等は有ったが、あそこまで見事に見切られたのは初めてだ。全く持って、見事! その見事な剣腕に敬意を評し、こちらも、四剣聖筆頭の力を見せてやろう。






 さて、とりあえず、これはどうかな? 眉間、延髄、心臓、肝臓、急所4箇所狙いの神速四段突き。大抵の奴なら、即座に殺せるが……。


 通じんか。その全てを捌き、逆にカウンターを決めてくる。恐ろしいまでの反応速度と精密な剣技。しかも、全く魔力の発動を感じない。なろう系のクズ共の様な、スキル、アイテム頼みではなく、正真正銘、本人の技量。素晴らしい! 先の刃羅万象を凌いでみせた事といい、これ程の剣士と剣を交える事が出来るとは!


 カウンターを捌き、青眼の構えで、一旦、距離を置く。では、本格的に切り結ぶか。この狐月斎相手に何合、耐えられるかな? 向こうも同じ考えらしい。面白い。そうだな……。私は、襟元に仕舞っている物をあえて見せ付ける。三日月型の月長石をあしらった、シルバーチェーンの首飾り。


「大和 勇よ。この狐月斎が持つ『剣聖の証』、奪えるものなら、奪ってみせよ。もし、奪えたなら、君が四剣聖だ」


 やはり、勝負には賞品が付き物よな。彼もまた、最強の剣士の座を目指す者。ならば、四剣聖の座、欲しくない訳があるまい。


「随分、気前が良いな。なら、遠慮なく!!」


 自分で挑発しておいてなんだが、速い! これまでとは段違い! 即座に懐に入られた! 大太刀使いである関係上、懐に入られるのは不味いし、入られない様にしているこの私が、懐に入られるとは! ……まぁ、()()()()()()()()()


「狐月剣 禍災旋風(かさいせんぷう)!」


 自分を中心に大量の三日月を纏う旋風を巻き起こす。こういう懐に入られた際や、包囲された際に使う技だ。何よりノーモーションで放てるのが便利でな。懐に入れた、包囲したと、油断した敵へのカウンターとして実に有効。ノーモーションで出せる事を卑怯だ何だと言われた事も有るが、知るか。殺し合いに卑怯もへったくれも無い。どんな手を使っても勝てば良い。敗北は死を意味する。


 私の懐に入れたと思った矢先の、ノーモーションからのカウンター技。私を中心に発生した旋風と周囲にばら撒かれる三日月。さぁ、これならどうだ?


「甘い!」


 おいおい、私としてはタイミングドンピシャでカウンターを決めたんだがな。大和 勇は、それを甘い! の一言で切り捨て、防御どころか、カウンターに対するカウンターを決めてきた。旋風を起こす都合上、発生する弱点。すなわち私の頭上。上方へと飛び上がり、旋風の中に突入。そのまま刀の切っ先を下に向け、私の脳天串刺し狙いできた。


 刃羅万象を凌いだ時といい、こいつは傷付く事をためらわない。敵を殺す為なら、全てを許容するか。恐ろしい奴だ。やれ、完全回避だ、傷付くのが嫌だから、防御力全振りだなどと抜かしているクズ共には、断じて至れぬ境地。ある意味、狂人だ。


 ……まぁ、その辺は私も分からなくはない。何かを極めんと欲すれば、まともではいられない。狂気の域に達しなければな。以前、気ままに魔術を極めるとか抜かす、なろう系のクズを見かけたが、無理だな。そんな温い考え方で極められるものか。真剣に物事を極めんとしている者達に謝れ。最低、焼き土下座だ。ぶっちゃけ、死ね。不愉快極まりない。


 なろう系はとにかく、物事を甘く見ている。そんなのだから、何一つ、物事を為せない負け組なのだ。大切なのは『必死の気持ち』。


 まぁ、それはそれとして、大和 勇への対処だ。向こうが急降下からの、脳天串刺し狙いなら、こちらは対空だ。何の為に青眼の構えを取っていたと思う? 様々な状況に即時対応する為だ。即座に上に向かい、片手突きを放つ。向こうは太刀、私は大太刀。得物のリーチでは私はが上だ。逆に串刺しにしてくれよう。


「甘いわ!」


 私が大太刀使いだから、大振りな攻撃しか出来ないと思ったか。そんな分かり切った欠点など、とうに克服済みだ。そうでなくては四剣聖筆頭など務まらん。


「その台詞、そっくり返すよ、剣聖様よ!」


 その言葉が聞こえた時、既に眼前に漆黒の太刀の切っ先が来ていた。得物のリーチではこちらが上のはず?! 慌てて首を逸らし、 直撃を避ける。だが、その動作は致命的な隙となる。


「捕まえた」


 奴め、得物のリーチの差を、自身の刀を投げる事で引っくり返した。私とした事が、とんだヘマを! そんな事を考える間も与えんとばかりに、服の襟首を掴まれた。そこからの、渾身の顔面への頭突き。まともに鼻筋に入る。鼻骨の砕ける嫌な音と共に、激痛と大量の鼻血。堪らずバランスを崩した所へ、更に押し倒し、襟首を掴んだまま、連続で顔面に頭突きを入れてくる。実戦で鍛えられた組手術。完全にしてやられた!


 大太刀も離してしまい、仮に有っても、この密着状態では、反撃もままならない。女相手に容赦無く、顔面狙いの執拗な攻撃。だが、それを責める気は無い。殺し合いに老若男女の差別は無い。一切平等。大和 勇はそれを忠実に行っているに過ぎない。『女子供は殺さない』などと言うのは、バカのやる事。


 ……しかし、いつまで私の顔を痛め付ける気か? 流石にこれは許せんぞ! 勿論、私にも非は有る。相手が格下の剣鬼故に、甘く見ていた事は否めん。だが、剣聖を舐めるなよ!


「噴っ!!」


「うわっ!!」


 頭突きが来る僅かな隙を突き、丹田より、気を解放。全身に漲らせ、ブリッジの体勢を取り、マウントを取っていた大和 勇を跳ね飛ばす。鼻の穴に指を突っ込み、折れた鼻を無理矢理、戻し、鼻血を吹き出して、鼻を通らせる。……おのれ、私の自慢の美貌をここまで痛め付けるとは。死合いとはいえ、腹が立つのは事実。離してしまった大太刀を即座に呼び寄せ、再び青眼の構えを取る。向こうも同じく青眼の構え。


 向こうはスキルだの、アイテムだのに頼らず、鍛え上げられた自らの技のみで、私をここまで痛め付けた。痛め付けられた事は腹立たしいが、その実力は認める。八剣鬼筆頭にして、次期魔剣聖最有力候補と呼ばれているだけは有る。スキルやアイテム頼みのくだらないゴミ(なろう系)連中とは違う。


「大和 勇よ。この私。四剣聖筆頭の夜光院 狐月斎をよくぞ、ここまで痛め付けた。見事なり。格下の八剣鬼と見くびっていた事、謝罪しよう」


「そいつはどうも。四剣聖筆頭にそこまで言われるとは光栄だね」


「では……」


「やるか!!」


 直後、私と大和 勇は即座に間合いを詰め、剣戟を交わす! 私の大太刀と大和 勇の太刀が激突、激しく火花が散る。鍔迫り合いからの、受け流し。体勢を崩した所を投げてやろうとするが、そうはさせじと、足を絡めてきた。


 ならば、肘打ちを入れてやろうとすれば、即座に足を離して、蹴り飛ばし、追い打ちとして飛ばすは()()()()()()。私に対する意趣返しか。同じく金色の三日月を放ち()()。威力まで私と遜色無いとは。改めて、大和 勇の才覚に驚かされる。これは下手に大技は使えんな。実戦において、敵の技を盗むのは定番、常識。特に、大和 勇程の実力者となれば、こちらの手の内を教えているに等しい。最悪、私の技で殺される。


 ……全く、これだから天才は。私がここまで至るにどれだけの修練と実戦を積み重ねてきたと思っている。そして、長年掛けて磨き上げてきた狐月剣をわざわざくれてやる程、私は優しくない。


 その後は、お互いに小細工無しの純粋な勝負。斬撃を飛ばしすらしない。縦横無尽に駆け巡り、幾度となく、切り結ぶ。髪の毛が、衣服が切られ、身体中に幾つもの傷が付き、血飛沫が飛び散る。だが、お互いに止まらない。止まった側を待つのは『死』と分かっているからな。


 だが、せっかくの盛り上がっている勝負は、水を差されてしまう。


 ()()()()()()()()()()()







 クリスside


 大和 勇と狐月斎さんの一騎打ち。それは、剣士の戦いという域を完全に超越した、正に規格外の戦い。手始めに狐月斎さんの放った、刃羅万象。一振りで1万の三日月を暴風と共に放つ、これまで数多くの敵を葬り去ってきた大技。それを大和 勇は、逃げるどころか、正面から受け、暴風と共に襲い掛かってくる1万の三日月の内、防がねばならない物だけ見切って、軌道を逸らして凌ぐという神業を披露。


 そして、大太刀を使う関係上、懐に入られる事を警戒しているにもかかわらず、その狐月斎さんの懐に入ってみせた。しかし、狐月斎さんもさる者。懐に入られた際の対策は当然しています。自身を中心に旋風を巻き起こし、周囲に三日月をばら撒く技。禍災旋風でカウンターを決める。


 そのカウンターに、更にカウンターを決める大和 勇。上へと飛び上がり、旋風の中心部へと飛び込んだ。旋風、すなわち回転。その弱点は回転の中心軸。旋風の外部には破壊をもたらすが、内部、中心軸は無害。急降下の勢いを乗せて、脳天串刺しを狙う。


 そこへまたカウンターを重ねる狐月斎さん。即座に上方へと片手突き。両手突きよりリーチが伸びる上、狐月斎さんの得物は五尺の大太刀。対する、大和 勇の得物は太刀。攻撃のリーチは狐月斎さんが上。逆に串刺しにせんとします。


 と思いきや、大和 勇は自身の太刀を狐月斎さんに向けて投げました。得物のリーチの差を得物を投げる事で引っくり返したのです。この状況でやりますか?!


 その後はもう、目茶苦茶。狐月斎さんを捕まえた大和 勇は、その顔面に向けて、渾身の頭突きを連発。狐月斎さんの頭を潰さんが勢いの、激しい頭突き。女相手に一切の容赦が有りません。正に鬼。


 なれど、狐月斎さんも負けてはいません。僅かな隙を突き、気合いと共にブリッジを決め、大和 勇を跳ね飛ばす。そして、両者は縦横無尽に駆け巡りながら、激しく攻防を繰り返し、お互いに一歩も引かぬ状況となっていました。その凄まじい戦いに私達は、釘付けとなっていました。しかし、私達は大事な事を忘れていました。


 ここは試合場ではなく、『塔』内部である事。


『塔』は悪意と殺意に満ちた、生きているダンジョンである事。


 今回の『塔』は複数世界との中継点である事。


 そして、最後は私の『過去の不始末』が今になって牙を剥いた事。


 それは、不意に聞こえてきました。


「死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」


 突如、響き渡った、殺意の絶叫。


「危ないっ!!!!」


 そして、私を突き飛ばすハルカ・アマノガワ。その時、私は見ました。彼女の腹を毒々しい紫紺の刃が貫くのを。


「ヒャはハハはハハハハハハハハーーーッ!!!! 死ね!! 死ね!! 俺を侮辱する奴、否定する奴、見下す奴、みんなみんな死ねーーーッ 死ね死ね死ね死ね死ねーーーーーーーっ!!!! ウヒャヒャヒャヒャーーーーーッ!!!! 俺は最強の剣聖なんだーーーーーーーーっ!!!!!!」


 更に、真っ赤な鮮血に塗れた、紫紺の刃の剣を持つ、()()()()()()()を。


 私はその男を知っていました。まさか、今頃になって現れるとは!


 1000年前の剣聖の生まれ変わりを名乗る男。そして、かつて、私に敗れというか、勝手に自滅して両腕を失った愚か者。


「 生きていましたの?! リドキノ・イバ・カセンケ!!」


「あぁ、そうだよ!! 最強無敵究極至高の剣聖!! リドキノ・イバ・カセンケ様よ!!!! 」


 学園で禁止されている、真剣の使用及び、殺人未遂で追放されたのは知っていましたが、まさか、生きていたとは……。


「悪逆卑劣な魔女め!! よくも、あんな卑劣な術で、この俺の至高の両腕を奪ってくれたな!! だが、もうあんな卑劣な術は通じないぞ!! この義手のお陰で、俺は更なる力を得た!! 泣け!! 這いつくばって赦しを請え!! 額を地面に擦り付けろ!! 俺は最強だ!! 天才だ!! 唯一無二絶対至高の神なんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 …………学生時代から狂っていましたが、より一段と狂っていますわね。ま、好きに言わせましょうか。







 ()()()()()()()()()







「言いたい事は終わったか? それが遺言だな?」


「四剣聖の筆頭を前にして、よくぞそこまで吠えたな。ある意味、凄いと褒めてやろう」


 次の瞬間、最強だの、剣聖だの自称する愚か者は十文字に切り裂かれ、この世から永遠に退場。行き先は冥界の焼却炉でしょうね。救いようの無い、最低最悪の魂の処分場。良かったですわね、最期に八剣鬼筆頭と、四剣聖筆頭の剣技を身を持って知る事が出来たのですから。


 で、ハルカ・アマノガワの方ですが、とりあえずの応急処置は完了。命に別状は無さそうで何より。私をかばって刺されたのですから、死なれたら後味が悪いですわ。


「クズのせいで、興ざめだな……」


「今回はここまでとしよう。久しぶりに楽しめたぞ、大和 勇」


「そいつは光栄だね。夜光院 狐月斎」


 どうやら、剣士2人の勝負も、ひとまず終了ですわね。さ、今後どうしましょうかしら?


 後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




今回は、イサムと狐月斎の対決中心の内容。本人も言っていますが、イサムは魔道の才能はさっぱり。その代わり、剣術に関しては天才。徹底的に磨き上げたその剣術は神業の域。


さりとて、狐月斎も負けてはいない。四剣聖筆頭は伊達じゃない。


そんな両者の戦いに水を差したバカ。かつて、クリスに敗れたというか、勝手に自滅した愚か者。


学生時代にクリスに決闘を挑み、学園で禁止されている真剣を使い、殺害しようとした男。1000年前の剣聖の生まれ変わりを自称する、リドキノ・イバ・カセンケ。


創剣魔法の使い手である、クリスの創造した剣を手にし、借りたぞ。などとドヤ顔かますも、剣に仕込まれていた呪詛で両腕が腐り落ちて完敗。


そもそも、武器を生み出す創造魔法の使い手が、敵に武器を奪われる事への対策をしない訳が無い。典型的な、なろう系思考。自分は天才、他人は全て無能。そんな訳がないのに。そんな、なろう系思考のバカが剣聖の訳がない。


その後、校則違反で追放されて以来、ずっとクリスを恨み、復讐の機会を伺い、義手と呪詛剣を手にし、襲撃。


しかし、ハルカに阻止される。挙げ句、勝負に水を差された事。イサムはハルカが刺された事も含め、イサムと狐月斎の怒りを買い、あっさり殺される始末。


所詮、自称、剣聖。本物の剣鬼、剣聖には遠く及ばない。


では、また次回。

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