第160話 ハルカの『塔』攻略記 北よりの使者
一周年記念パーティーの最中に現れた、真十二柱 序列二位 魔道神クロユリ様から、色々と大変な情報を知らされた僕達。
そして、魔道神様から依頼を受けた。それは北に突然出現した巨大な『塔』の攻略。
遥かな昔、悪い意味で享楽的な性格の第三代創造主が創った、生きているダンジョン。それが『塔』。途轍もない危険と莫大な財宝が眠る場所。富、力、名声を始め、様々な思惑を胸に、人々が挑む巨大ダンジョン。最上階には、ボスが待ち構えている。第三代創造主は、とことんベタなダンジョン攻略ゲームを作った訳だ。
ただし、通常のゲームと違い、セーブもコンティニューもリセットも無い、本当に命懸けの『デスゲーム』だけど。
更に、この『塔』には、既に滅びた『旧世界』の遺物も有る。もし、それらが悪用されたら、世界が滅びる危険性さえ有る。
だったら、そんな『塔』など、真十二柱の力を持ってして破壊すれば良さそうなものだけど、そうもいかない。
真十二柱より上の第三代創造主が、それは丹精込めて創ったダンジョンの最終形だけに、真十二柱の力を持ってしても破壊出来ない。『塔』を消し去るには、第三代創造主が定めたルールに従うしかない。
『最上階の1000階にいる、塔の主を撃破』
それが、第三代創造主が定めた、『塔』を消し去る唯一のルール。
そんな『塔』の攻略を魔道神様から依頼されたものの、問題が。
『塔』が出現したのは、北の大国である『ルコード教国』の領内。要は他国の領内だ。
いくら見るからに怪しい『塔』が出現したからといって、勝手に他国の領内に入り、挙げ句、『塔』に入るなど、それは出来ない。『法』に従わなくてはならない。漫画、小説、ゲームといったフィクションの主人公みたいに好き勝手は出来ない。現実はいつも厳しい。
だけど、その状況は、北からの使者によって、変わろうとしていた。
北の大国。ルコード教国よりやってきた客人。そして、ルコード教国の元首、『教皇』の懐刀、北の白狐の異名を取る女性。教皇直属、最精鋭部隊。ルコード教国の闇を一手に担う暗部。護教聖堂騎士団団長。
ヒョージュ・イツテク
来た用件は、教皇より僕宛ての書状を預かり、届けに来たとの事。とりあえず、応接間に通し、話を聞く事に。ソファに座った彼女の前に、緑茶入りの湯呑みを出す。
「粗茶ですが」
「これは、お気遣いどうも。ほう、良い香りですな。それに緑色。私達、北の者には馴染みの無い茶ですが……。ふぅ、これは良い。苦みと渋み、そして仄かな甘みの調和が素晴らしい。良い茶葉を使っておられる。後、淹れた方の腕も」
「お口に合った様で何よりです」
当たり障りの無い社交辞令を交わす。
「では、これを。先程も申し上げた通り、教皇猊下よりの書状です。どうぞ、お受け取りになられた上で、内容をお確かめ願います」
ヒョージュさんは懐より、1通の書状を取り出し、改めて僕に差し出す。
(ナナさん、受け取って構いませんか?)
(とりあえず、妙な細工はしてないね。それに、書状に施された封蝋の紋章。確かに、教皇だけに許された奴だ)
念の為、その場に立ち会っているナナさんと念話を交わし、書状の安全を確認した上で受け取り、開封。書状の内容を読む。これは……。
「大変失礼ながら、ルコード教国は、いえ、教皇猊下は、ぼ…んん! 私の様な、しがない一介のメイドに一体、何を期待しておられるのでしょうか?」
「さて? 何の事でしょう? その様な事を言われましても、私としては、返答に困ります。あくまで私は教皇猊下より、書状を貴女に届けよと仰せつかっただけですので」
書状に書かれていた内容をざっと読むと、それは、教皇からの『塔』に関する調査依頼だった。
一体、何を考えている? はい、そうですかと信じる訳にはいかない。ヒョージュさんに問うも、案の定、しらを切る。認める訳ないか。
相手がしらを切る以上、追求は無駄。とりあえず、書状の続きを読み進める。
それによると、教国は既に『塔』に対し、何度か調査隊を派遣したらしい。しかし、その結果は芳しくない。ほぼ、全滅。
「書状の内容によると、既に『塔』で多くの犠牲が出ているそうですね。だったら、尚更、私如き、一介のメイドの出る幕ではないと思いますが」
既に多数の犠牲者が出ている事を指摘し、自分の様な一介のメイドが出る幕ではないと告げる。
「随分と謙遜なされる。しかし、貴女が一介のメイドとは、笑えない冗談。伝説の三大魔女が一角。『名無しの魔女』の弟子。そして、かの名門、スイーツブルグ侯爵家の三女。ミルフィーユ殿が先の婚約発表会において、自らのお付きに選ぶ程の逸材。貴女は貴女自身が思っているより、遥かに周囲からの評価は高いのですよ。それこそ、我等が教皇猊下が直筆の書状を書き、貴女に届けさせる程に」
しかし、向こうも引き下がらない。向こうは教皇直筆の書状を。それも、教皇の懐刀に届けさせた。もし断れば、それは教国側の面子を潰す事になる。そんな事は出来ない。目的はどうあれ、最初から断らせる気は無いって事か……。
だが、考え方を変えてみれば、こちらにとっても都合の良い話でもある。
魔道神様から『塔』攻略の依頼を受けたは良いが、肝心の『塔』が教国領内に有る関係上、入る為の難易度が極めて高い。
だけど今回、教国側から僕に対して、『塔』調査の依頼が来た。それも教国元首、教皇直々の依頼。これならば、『塔』に向かう正当な理由となる。準備等も堂々と出来る。最悪、不法侵入も考えていたからね。
とはいえ、やはり、教国側の思惑が気になる。
『ハルカ・アマノガワが優秀だから、『塔』の調査依頼をしました』
そんな内容を鵜呑みにするなど、バカのやる事。絶対に裏が有る。パッと思い付いたのが、王国側の人間である僕に『塔』の調査をさせ、『塔』内の情報や僕の手の内を知れれば良し。『塔』から戦利品を持ち帰ってくれれば、尚良し。仮に死んでも王国側の人間だから、惜しくない。むしろ、王国側の優秀な人間がいなくなって好都合。どう転んでも、教国側に損は無い。
……自分で考えておいて何だけど、何か、腹が立つな。だからといって、面には出さない。それぐらいの腹芸は出来る。ナナさんに仕込まれたからね。腹芸の出来ない奴は、早死にするよって。
さて、返事をしないと。
「教皇猊下直々に、私の様な若輩者に対する依頼。誠に光栄な事です。しかしながら、私はあくまで、未成年であり、現在は三大魔女の一角。『名無しの魔女』こと、ナナ・ネームレスの保護下にあります。流石に独断で決める事は出来ません。まずは、師と相談の上、2日後に返答致します。これでよろしくお願いします」
とりあえず、向こうを立てつつ、こちらが未成年である事、三大魔女の一角であるナナさんの保護下にある事を口実に、すぐには返答出来ないとし、2日後に返答すると答えた。
「いえいえ。こちらこそ、事前の連絡も無く、突然の訪問、失礼しました。確かに、そちらの仰る通り。貴女は未成年であり、師の保護下にあります。分かりました。では2日後、午前10時で如何でしょう?」
それに対し、向こうも了承。まぁ、向こうもいきなり話が纏まるとは思っていないだろうし。とりあえず、この場はお開き。
帰っていったヒョージュさんを見送る。あまり、関わりたいタイプではないな。何せ、暗部の長だし。信用ならない。
「やれやれ、せっかくのめでたい日が、余計な奴等のせいで台無しだよ」
「それはもう、仕方ないでしょう。僕としては、お祝いして頂けただけで十分です。ありがとうございます」
予定外の来客が続き、せっかくのめでたい日が台無しだと、少々不機嫌なナナさん。とはいえ、こればかりは仕方ない。ナナさんを宥める。
「それより、今後に向けて打ち合わせをしないといけません」
「……そうだね。さっきも言ったが、ここから先は、時間との戦いだよ。グズグズしてると状況が悪化するばかりだからね」
「さて、一番の問題は、誰が行くか? 誰が残るか? ハルカは確定だけどね」
「ちなみに書状に書かれていた内容によると、『塔』に向かう人数は、僕を含めた5名まで許可するとの事です。後、使い魔も連れてきて良いと」
既に時間は夕方。記念パーティーが午後から始まった上、予定外の来客で時間を取られたし。にも関わらず、誰一人帰らず、待ってくれていた。
しかし、皆、それぞれの予定が有る。時間を無駄には出来ない。だからこそ、手際良く進めよう。まずは、北行きのメンバー。これは僕を含めた5名までと指定を受けている。そして、こちらに残るメンバー。さて、どうするか?
「まず、私は残るよ」
そう考えていた矢先に、ナナさんからの『残る』発言。
「まぁ、これだけじゃ納得出来ないだろうしね。説明するよ。ぶっちゃけ、私は悪い意味で有名だからね。かの、悪名高い『名無しの魔女』が来たとあっては、教国側のいらん警戒や、余計な詮索とかを招きかねない」
「となると、我とファムも却下となるな」
「三大魔女は、恐怖と厄災の代名詞だからね~」
ナナさん曰く、悪名高い自分が行けば、教国側の警戒や詮索を招きかねないと。同じ理由で、クローネさん、ファムさんも却下。行けない。
「それにだ。あんまりこちらを手薄にするのも、不味い。私達がいないのを良い事に、くだらない奴等が騒ぎかねない。下手すりゃ、もっと上が出張ってくるかもね。……最悪、灰崎 恭也とか」
更にナナさんはこちらの戦力が手薄になる事の危険性も指摘。最悪、灰崎 恭也が出張ってくるかもしれないと。確かに、敵戦力が手薄な時や場所を攻めるのは、戦術の基本だ。
「ハルカ。申し訳有りませんが、私も辞退しますわ」
続いて、北行きを辞退したのはミルフィーユさん。これに関しては、最初からそうだろうと思っていたから、特に驚きは無い。
「私は今回のパーティーには参加出来ましたが、それはお母様や、レオンハルト殿下が配慮して下さったからこそ。本来なら、先日の婚約発表会での不祥事の後始末で、参加出来ないはずでした」
ミルフィーユさんは、ここで一旦、話を区切る。
「それに、今の私の立場もあります。これまでのスイーツブルグ侯爵家、三女に加え、アルトバイン王家、第三王子である、レオンハルト殿下の婚約者。ゆくゆくは、王族入りする事が決まっています」
「つまり、今やミルフィーユお嬢様は『準王族』とでも言うべき立場。迂闊に動けないのです。特に今回の『塔』の様な件は尚更」
ミルフィーユさんの説明に、執事のエスプレッソさんが更に補足。確かに。これは迂闊に動けない。下手すれば、国際問題だ。もしくはもっと狡猾に、表沙汰にしない事を条件に、裏で脅しを掛けてくるか。いずれにせよ、ミルフィーユさんは動けない。偉くなるのも良し悪し。成り上がり云々と煩いクズには分からないだろうけど。
「悪いが俺も無理だ。流石に頻繁に店を長期休業には出来ねぇからな」
安国さんも北行きを辞退。安国さんには自分のお店が有る。頻繁に長期休業をしていては、商売が成り立たない。
その一方で、北行きに名乗りを上げたのは……。
「俺は行くよ」
「私も行きます」
イサムと竜胆さんが北行きに名乗りを上げた。
「ふん。ま、北行きの戦力としちゃ、申し分ないね」
ナナさんも2人の実力に関しては、認めているが故に、ケチは付けない。僕としても、その点に関しては言う事は無い。ただし、イサムはともかく、竜胆さんは今一つ、信用ならないけどね!
「今回の北行きの件ですけど、戦力面も有りますが、他にも気になる事が有って」
北行きに名乗りを上げたイサムだけど、その理由は単に戦力面だけじゃないらしい。
「俺の刀。『夜桜』が騒ぐんです。こんな事は今まで無かった。逆に言えば、『夜桜』が騒ぐ何か、誰かが北に存在するって事です」
イサムの刀。『夜桜』が騒ぐと。こんな事は今まで無かったと。北に『夜桜』が騒ぐ理由が有ると。
「私は辞退します。マスターからの指示、連絡が有るかもしれないので」
その一方で、ツクヨの第一の従者。コウは辞退。彼女はツクヨの右腕であり、イサム以上の最側近。事務系を一手に担う立場。彼女がいなくては、ツクヨから何らかの連絡なり、指示なり有った場合、早急に対処出来ない。それ程までに彼女は優秀であり、ツクヨからの全面的な信頼を得ている。
「とりあえず、ハルカを含めて3人までは決まったね」
現状、北行きのメンバーは、僕、イサム、竜胆さんの3人まで決定。向こうから指定された定員は5人までだから、後、2人欲しい所だけど……。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ ヘーヘーブーブー、ヘーブーブー♪ ヘーヘーブーブー、ヘーブーブー♪」
そう思っていた所へ聞こえてきた、変な歌。バコ様が帰ってきた。
「バコ様、帰ってきたみたいです」
「チッ! 別に帰ってこなくても良いのに、あの豚!」
何処に行っていたのかは知らないけど、バコ様が帰ってきた。ところが……。
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
「……ナナさん、僕の気の所為でしょうか? 何か、違う歌声が聞こえてくるんですが」
「奇遇だね。私もだよ」
ナナさんと2人、顔を見合わせる。何か嫌な予感。
「ハルカ。ちょっと様子を見ておいで。多分、庭だろ」
「はい。行ってきます」
……全く、何をやらかしたんだ? バコ様は。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪」
庭に出てみたら、バコ様がいて、いつもの変な歌と踊りを繰り返していた。それはともかく、その隣。
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
見知らぬキジトラ猫が、変な歌と踊りを繰り返していた。
「へ〜〜〜〜」ブリブリブリブリブリブリ〜〜
「ニャ〜〜〜〜」ジョロロロロロロロ〜〜
挙げ句、2匹揃って盛大に漏らした。…………この場にナナさんがいなくて良かった。本当に良かった。怒りたいのを必死に抑え、とりあえず後始末。
「で? 何だい? そのアホ丸出し猫は?」
「庭でバコ様と一緒になって歌って踊って漏らしていました」
「…………叩き出せ!!!!」
庭でバコ様と一緒になって歌って踊って漏らしていた、見知らぬキジトラ猫。そのまま放置も出来ないので、漏らした後始末の後、2匹纏めて連れてきた。
短い時間ながら分かったのは、キジトラ猫が壊滅的に頭が悪い事。診察してくれたファムさん曰く、空前絶後のアホ猫。こんなアホ猫、二度と現れないんじゃないか、と。
で、『無能は死ね』がモットーのナナさんは、この非常事態の最中にアホ猫が現れた事に大激怒。
「そう言われても……」
怒るナナさんの気持ちも分かるけど、バコ様がね……。
「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」
バコ様が僕の前に来て、何かを訴える様に、変な歌と踊りを繰り返した。キジトラ猫をこのお屋敷に置いてくれと言っている様に。
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
キジトラ猫の方は、そんなもの、どこ吹く風とばかりに歌って踊っていたけど……。アホだから。
「やれやれ、この非常事態に何してくれてんだよ、この豚!!」
「ヘ〜?」
どうやら、キジトラ猫は、バコ様がどこかから連れてきたらしい。類は友を呼ぶとはよく言ったもの。事実、バコ様は近隣の猫達から、全く相手にされない。そもそも、猫と思われていない。……豚からは熱い支持を受けているけどね。
しかし、困った。僕が留守の間、バコ様の世話はどうしようかと思っていたのに、そこへキジトラ猫まで加わった。それも所構わず漏らす、アホ猫。
「悪いが、うちじゃ面倒見られねぇ。飲食物を扱う店に動物を入れるのは、御法度だからな」
まず安国さんが拒否。これは当然。飲食物を扱う店に動物は入れられない。
他の方々も良い顔をしない。所構わず糞尿を漏らす動物2匹をわざわざ引き取りたがる者など、普通はいない。だけど、思いがけぬ相手が名乗り出た。
「では、留守中は私が預かりましょう。ただし、相応の対価は頂きますが」
ツクヨの従者、コウだ。ただし、きっちり対価は取ると。
「大丈夫なんだろうね? 後で文句言うんじゃないよ?」
これは確かに意外。コウは動物の面倒を見る様な性格じゃない。利益には執着するけど……。もっとも、それすらも、世間一般の人間の真似らしい。強欲とはまた違う。彼女の正体は、書物の化身だからね。世間一般の人間とは、価値観が違う。
「私はこれまで動物の世話というものをした事が無いので。実に興味深いと思いまして。それより、対価を示して頂きたいのですが?」
「……分かったよ。んじゃ、これでどうだい?」
コウ曰く、動物の世話をした事が無いから、興味深いと。それと対価の要求。あくまで先払いらしい。ナナさんもそれに応じる。後払いは踏み倒されるかもしれないからね。その辺はナナさんも分かっている。この世界の共通通貨。『マギカ』で額にして100万。『マギカカード』でやり取り。
この世界、キャッシュレスが進んでいる。確かに持ち運びが楽だし、お釣りも無い。便利ではあるけど、ファンタジー世界ならではの風情も無いな……。便利だけど。
ちなみにこの世界の通貨は、ごく一部の例外を除き、国、種族を問わず共通。通貨名『マギカ』。
1マギカ≒1円
さて、バコ様とチーたん(キジトラ猫の名前。本猫がそう言っていた)の世話に関しては、コウが引き受けてくれて解決。出来れば、後2人、腕が立ち、信用出来る人達が欲しいんだけど……。
ピンポーン♪
来客だ。こんな時に誰だろう?
「……ハルカ。私が行く。あんたはここにいな」
ナナさんが見に行くと。状況が状況だけに、油断はしない。
ナナさんが玄関に向かってから、程なくして。
「ハルカ、ちょっと来な! あんた絡みの客だよ!」
玄関からそう呼ぶ、ナナさんの声。僕絡みの客? とりあえず玄関に向かう。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
バコ様とチーたんも付いてきたけど。
「暫くぶりですね。変わりない様で何より」
「ニャーの方は始めましてだニャー」
玄関には2人の来客がいた。1人は知っているけど、もう1人は初対面。見た目から猫人族か。学者なのか、白衣を着ている。とりあえず、挨拶。
「暫くぶりですね、エルージュさん。先の魔獣討伐の件以来。そして、そちらの方は初対面ですね。始めまして。ハルカ・アマノガワと申します」
すると、向こうも名乗りを上げた。
「そちらが名乗りを上げた以上、こちらも返すのが礼儀。それに、今後の事も有りますし。では、改めて名乗りましょう。私は真十二柱 序列七位 魔宝晶戦姫エルージュ」
「ニャーも名乗るニャー。ニャーは真十二柱 序列八位 機怪魔博タマだニャー。よろしくニャー」
「ハルカ、こりゃ、一体、どういう事なんだろうね? 真十二柱が二柱纏めてやってきたよ」
ナナさんも困惑顔。確かに、これは予想外。真十二柱が二柱纏めてやってきた。そもそも、真十二柱は灰崎 恭也が原因の騒ぎに対処する為に、全員招集となったはずでは? それなのに、何故、此処に?
「それにしても、貴女達師弟は、いつまで客を玄関で待たせるつもりなのですか?」
「そうだニャー。さっさと上がらせろニャー」
「チッ! 分かったよ。上がりな。ハルカ、こいつらを応接間に案内しな。後、茶を出しな」
「分かりました。では、こちらにどうぞ。応接間に案内します」
「では、失礼します」
「お邪魔するニャー」
来客の多い日だな、と内心で思いつつ、戦姫と魔博を応接間に案内。
「私は他の奴等に説明してくるよ。ったく、面倒臭いったらないよ」
ナナさんは、他の人達に説明しに向かう。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
バコ様とチーたんは、何故か僕の後に付いてきたけど。
「粗茶ですが」
「どうも」
「ありがとニャー」
戦姫と魔博を応接間に案内し、お茶を出す。
「さて、私達が来た事についてですが、これに関しては、貴女の保護者である魔女が来てから話しましょう」
「そういう事だニャー」
出したお茶を一口啜り、戦姫はそう話す。暫くして、ナナさんが来た。
「待たせたね。早速だけど、率直に聞くよ。あんた達、何故、ここに来た? 魔道神から聞いた話じゃ、灰崎 恭也が原因の騒ぎへの対処で真十二柱全員招集となり、ハルカへの試練は中止のはずなんだけどね?」
応接間に来るなり早々、僕も疑問に思っていた事を率直に聞くナナさん。それに対し、戦姫が答える。
「先程、緊急の連絡が有りましてね。戦姫、魔博はハルカ・アマノガワの元に向かい、『塔』攻略に協力せよと。確かにあれは放置出来ませんからね。故に来た次第。何か問題でも?」
「まぁ、そういう事だニャー。大船に乗ったつもりでいろニャー」
「ふん! 泥船でなきゃ良いけどね!」
「ナナさん」
「……チッ!」
戦姫曰く、緊急の連絡が有り、予定が変わったらしい。何故、変わったのかは教えてくれないが。しかも、『塔』攻略に協力せよとの指示を受けたらしい。
「なるほど。北の教国からも『塔』調査の依頼を受けたと。裏は確実に有るでしょうが、断るのは無理でしょう。で、向こうからは貴女を含めて5人まで許可すると」
「そうです。既に僕、イサム、竜胆さんは決まっているので、後2人となります」
戦姫と魔博にこちらの状況を説明。『塔』調査の依頼を受けた事。後2人、メンバーに空きが有る事等。
「だったら、丁度良いニャ。ニャー達が加われば、5人揃うニャ。戦力的にも問題ないニャ」
その事に対し、魔博が自分達が加われば良いと。5人揃うし、戦力的にも問題ないと。確かに、真十二柱が二柱も加わってくれれば、戦力としては実に心強いけど……。とはいえ、他に選択肢は無いか。
「分かりました。では、よろしくお願いします」
「決まりだニャー」
「くれぐれも足を引っ張らないように」
戦姫と魔博に了承の意を伝え、北行きのメンバー5人が決まった。……どうなる事か。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「チーチータンタン、チータンタン♪ チーチータンタン、チータンタン♪」
僕の思いなど知る由もなく、バコ様とチーたんは歌って踊るばかり。良いね、幸せそうで。
コゲツサイside
「お〜。久しぶりに見ますが、やはり圧巻ですな」
見渡す限りの雪原の中、そびえ立つ、巨大な『塔』。それを見上げ、感嘆の声を上げるキョウゲツ殿。
事実、『塔』は圧倒的に巨大かつ、高い。文字通り、天を衝く高さ。何せ、地上からでは頂上が見えない。
「しかし、いつ見ても悪趣味極まりない」
「創った方のセンスを疑いますわね」
その一方で、『塔』の外見をこき下ろすクーゲル殿、クリス殿。それに関しては、私も全くの同感。
あらゆる時代、あらゆる世界、あらゆる物。それらの物を無秩序に寄せ集め、無理やり、塔の形に仕上げたとしか言えない造形。有機物、無機物お構い無しに無理やり寄せ集め、融合させたその造形は、悍ましいの一言に尽きる。
しかも、今現在も、脈動を続けているのが尚更。これぞ、『塔』が生きているダンジョンである証拠。『塔』に限らず、生きているダンジョンにとって、攻略に来る者達は餌。財宝という餌でおびき寄せ、深入りさせて、弱らせ、機を見計らい喰らう。
冒険者は数あれど、生き残れる者と、死ぬ者。その違いはここに有る。ダンジョンの悪意、殺意を読み切れるか否か。要は、引き際を弁えているか、否か。
「全ては、ここから始まった」
ふと、口にした言葉。遥か遠い過去。うだつの上がらぬ、ハゲ、チビ、デブ、不細工の四重苦の独身中年おっさんだった私。挙げ句、頭のイカれた女の起こした無差別殺人事件に巻き込まれ、命を落とした。最後の最後まで、ろくな人生ではなかった。
だが、そんな私は、第三代創造主とか名乗る怪しい神父から、転生云々言われて、異世界送りとなった。
まぁ、それは百歩譲って良しとしよう。だが、あの神父もどき、私を転生させるにあたって、酷い嫌がらせをしてきた。
かつて、厨二病を拗らせていた頃に書いた、痛い設定満載の黒歴史ノート。そこに書いた、主人公キャラに私を転生させた。金髪ロングで、紅蒼のオッドアイで、五尺の大太刀を振るう剣術の達人で、幻術の達人で、狐火の使い手である、九尾の狐の黒巫女で、スタイル抜群の絶世の美女という、属性過多にも程が有る、ひたすら当時の妄想を形にしたキャラ。その名も『夜光院 狐月斎』。自分の姿を見た瞬間、かつての黒歴史が蘇り、あまりの恥ずかしさに、その場で死にたくなった。
50近いおっさんの、かつての黒歴史をほじくり返し、痛い妄想の塊である、自作の厨二病全開キャラに転生させるなど、あの神父もどきは鬼だ。
とはいえ、身体の性能は素晴らしかった。まぁ、当時の厨二病を拗らせていた私が、妄想の限りを尽くして書いたキャラだったから。とにかく強いし、どういう能力を持っているかも、どう使うかも知っている。
しかし、油断はしなかったが。こちとら、元は50近いおっさんだ。美味い話にホイホイ飛び付いたりはしない。ましてや、自分が主人公などとは思わない。そんな都合の良い展開が有るものか。人生の辛酸舐め尽くした、元おっさん舐めるな。
だが、それが分からない連中の多い事、多い事。あの神父もどき、私以外にも大量に転生者を生み出して、『塔』付近に送り込んでいた。これがまた、厨二病全開の痛々しいキャラばかり。しかも、最強だの、ハーレムだの、成り上がりだのと、馬鹿げた事ばかり言っている。元おっさんからすれば、こんな見え見えの詐欺話をよく信じられるなと。絶対、ろくな事を考えていないぞ、あの神父もどき。
そして、私の予想は正しかった。案の定、あの神父もどき、ろくな事を考えていなかった。奴め、私達を使って、ダンジョン攻略ゲームをしていた。自らを最強だの、主人公だのと思い込んだ痛い連中が意気揚々と『塔』に挑んでは、不様に泣き喚き、絶望し、死んでいく様を見ながら、酒を片手に愉悦、愉悦と笑っていた。
何故知っているか? 実際見たからだ。やっとの思いで辿り着いた『塔』の最上階、1000階。そこで待っていたからな、あの神父もどき、第三代創造主がな!!
だが、残念ながら、奴を討つ事叶わず。代わりに奴が呼び出した『塔の主』。そいつと戦う羽目に。そして、その間に第三代創造主には逃げられてしまった。
その後、七日七晩に及ぶ激闘の末、ギリギリで私は『塔の主』を倒し、勝利を納めた。その際に手に入れたのが、我が愛刀となる五尺の大太刀『夜狐』。
だが、それで終わりではなかった。あの神父もどき、第三代創造主はとことん、嫌な奴だった。
「『塔』のクリアおめでとう! では、最後のゲーム。この『塔』からの脱出ゲームだ。3分後にこの『塔』は爆発する。では、健闘を祈る(笑)」
私は、幸い、空間を切り裂き、道を開く事が出来るお陰で助かったが、それ以外の連中は『塔』諸共、爆発で死んだ。愚か者の哀れな末路だ。同情はせんが。自らの意思で『塔』に入った以上、全ては自己責任。生きるも死ぬも自分次第。
その後、私は第三代創造主を斬る事を目的に、世界中を。更には、数多の異世界を渡り歩き、その中で他の『塔』の存在を知り、そして、私と同じく、第三代創造主に転生させられ、『塔』を制覇した者達と知り合った。
やがて、『大戦』が起き、いつか斬ろうと思っていた第三代創造主は討たれ、旧世界は滅び、新世界へ。
時は流れ、また『大戦』が起き、旧世界が滅びては、新世界になり、また……。
そして、今。
「『夜狐』が騒いでいる。珍しい」
『塔』に向かう前の、下準備。まずは、近くの街に向かおうという事になったのだが、我が愛刀『夜狐』が騒ぐ。
どうやら、久しぶりに斬り甲斐の有る相手がいるらしい。最近、斬り甲斐の無い相手ばかりで、私も『夜狐』も退屈極まりなかったからな。
だが、その相手はハルカ・アマノガワではあるまい。
「楽しみだな、『夜狐』」
お待たせしました。第160話です。
北の大国。ルコード教国の元首、教皇直筆の書状を携えやってきた、教皇の懐刀。ヒョージュ・イツテク。
教皇直々に、ハルカ宛の『塔』調査依頼。これでは断れず。だが、好都合でもあると考えるハルカ達。教国の元首、教皇直々の依頼なら、堂々と『塔』に入れる。
そして、北行きのメンバー。ハルカ、イサム、竜胆。そこへ何故かやってきた、真十二柱 序列七位 魔宝晶戦姫エルージュ。序列八位 機怪魔博タマ。真十二柱全員招集のはずが、急遽、予定変更。ハルカの『塔』攻略に協力せよと。
更に新キャラ。キジトラ猫のチーたん。バコ様が何処かから連れてきた、空前絶後のアホ猫。バコ様と一緒になって、歌って踊って漏らす。
最後に、コゲツサイ。その正体は第三代創造主が生み出した上位転生者にして、その生き残り。
夜光院 狐月斎
五尺の大太刀『夜狐』を振るう剣術の達人にして、幻術の達人にして、狐火の使い手にして、金髪ロングで紅蒼のオッドアイで九尾の狐の黒巫女で、スタイル抜群の絶世の美女という、属性過多にも程がある人物。
ちなみに前世はハゲ、チビ、デブ、不細工の四重苦の独身中年おっさん。しかし、至って常識人。現在は、気の合う、他の生き残りの上位転生者達と、程良い付き合いをしている。