第157話 武神問答 最後は、物理で語れ!
少し時間を遡る。武神問答の開始より、少し前。
「あのロリババァ!! 何が『お前は邪魔じゃ!』だ!! この私を部屋から蹴り出しやがって!!」
……ナナさん、荒れてるねぇ。まぁ、怒るのも分かるけど。せっかく身なりを整えて出迎えたのに、その相手に邪魔と言われて部屋から蹴り出されたんじゃね。
……でもさ、仕方ないよ。これは、真十二柱がハルカの価値を見定める為の試練。部外者が干渉してはいけない。そこは大人の対応をしないと。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
ほら、バコ様は全く動じてないよ。いつ、如何なる時も、断じて動じない。一切、ブレない。正に大物だよ。
……何か、誰だお前? って聞かれた気がするな。僕は縁有って、ハルカ・アマノガワと契約を交わし、使い魔となった者。周りの者達はこう呼ぶね。
『白ツチノコのダシマキ』と。
「……しかし、中で何をしてるのかねぇ? ドンパチやってるとは思わないけど」
ハルカと武神がいる応接間。武神が何かやったのか、ドアは開かず、中の様子も伺えない。下手に手出しをして武神の怒りを買うのは得策じゃない。それが分からないナナさんでもない。現状、出来る事が無いから、リビングに移動。コーヒーを飲んでいるナナさん。酒を飲みたいらしいが、それをやるとハルカが怒る、との事。師匠も大変だ。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
そしてブレないバコ様。朝から、ずっと踊っているよ。
「…………豚、お前は良いね。そうやって歌って踊ってりゃ、暇が潰せるんだから。ハルカを置いて飲みに出る訳にもいかないし。さっさと終わらせろってんだよ、あのロリババァ」
ナナさんは退屈で仕方ないらしい。そこは僕も同感だけど、今は我慢。しかし、本当、中で何をしているんだろうね?
まぁ、武神が来訪した目的は、ハルカの価値を見定める事。いきなり殺しには掛からないと思う。ぶっちゃけ、そのつもりなら、わざわざ来ない。早々に殺しているよ。武神はそんなに甘くない。真十二柱の中でも、苛烈な性格で知られているからね。
こう見えて、僕は長生きしていてね。真十二柱の事も知っている。何なら、過去に会った事も有る。こうして会うのは久しぶりだけど。しかし、変わらないね、武神は。本当、変わらない。
さてさて、武神はハルカに対し、どういう判断を下すのかな?
ハルカside
武神様からの『お主は一体、何を目指す? 何を成す?』という問い。それに対する答えは決まっている。
「我が師に一人前と認められる事。それだけです。くだらないと思われるかもしれませんが、僕にとっては、何より成し遂げたい事。それと比べれば、成り上がりだの、無双だの、ハーレムだの、取るに足らない些末な事です」
僕からすれば、なろう系転生者の定番など、実にくだらないし、興味も無い。そんなもの、クズだけで勝手にやっていればいい。
「……お主、自分の言っている事が、どれ程、困難な事か分かっておるのか? 並大抵の事ではないぞ? あれは、そう簡単には、お主を一人前と認めはせん。認める基準がそれこそ、天をも突き抜ける高さであろう。ぶっちゃけ、お主がこの星を氷漬けにする方が、まだ容易いであろうな」
僕の答えに対し、それが非常に困難な事であると指摘される武神様。それこそ、僕がこの星を氷漬けにする方が、まだ容易いと。全くもって、仰る通りで。
「はい。武神様の仰る通りです。それはとても困難な事。ですが。いえ、だからこそ、やり甲斐が有るのです。それと比べたら、なろう系転生者達の定番など、何の意味も価値も無い、実にくだらない事です」
所詮はクズの所業。そんなもの、長くは保たない。すぐに崩れ、忘れ去られる。ナナさんも言っていた。
『ハーレムだの、成り上がりだの、クズ共はよく言うけど、そんなもの長くは保たないよ。所詮、クズ。頭が悪い。じきにボロが出て、そこから崩れる。そして死んで、忘れ去られるのさ』
僕の目指す事も、所詮は自己満足に過ぎない。だけど、同じ目指すなら、志は高く持ちたい。伝説の魔女と呼ばれる師匠に認められたい。……ついでに言えば、クズ達みたいに、死亡フラグ満載の愚行をする気は無い。
「カカカカカ! 若いとは良いのう! 夢は大きく、志は高く。若い者はそうでないとのう。久しぶりに、大志を抱く若者を見たわい」
武神様は僕の答えがお気に召したのか、大笑い。だけど、次の瞬間には笑いを引っ込め、真顔で仰った。
「しかし、じゃ。いくら大志を抱こうが、それ相応の『力』無くば、単なる戯言に過ぎん」
それは、ぐうの音も出ない程の正論。この世の真理。弱者の言う事など、何の意味も価値も無い戯言。強者だけが、その権利を持つ。……武神様の次に言う事、読めたな。
「やはり、儂は武神じゃ。言葉でごちゃごちゃ語り合うなど、性に合わん! その者の本質を見るには、一戦交えるが一番よ! 娘よ、お主が大志を語るに相応しいか否か、見極めてくれようぞ!」
やっぱりね。そう言うと思った。
ダシマキside
「全く、いつまで待たせるんだい! さっさと終わらせろってんだよ!」
また、荒れ始めたナナさん。僕としても、そろそろ終わらせて欲しいね。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
バコ様は飽きずに踊っているけどね。あ、応接間のドアが開いた。ハルカと武神が出てきた。どうやら、事態が動いたみたいだ。
「おい、魔女よ。お主の弟子は中々、面白いのう! この儂に向かって、『最強になって、一体、何をするのですか?』と聞いてきおったわ。挙げ句、最強の座に興味も関心も無いとな。今まで生きてきて、この様な事を言われたのは、始めてじゃ。いや、実に愉快愉快」
実に上機嫌な武神。最近のくだらないクズ転生者共には、うんざりしているんだろう。その分、ハルカとの対話は、随分と新鮮に感じたんだろうね。あの子は類稀なる逸材。だからこそ、僕もあの子と契約を交わし、使い魔になったんだ。
それに……あの子なら、僕が真の姿を現しても、支えきれるだろうし。
もっとも、今は、まだ無理。今後に期待だね。そういう意味では、ミルフィーユと契約したあの鳥野郎(作者注 ミルフィーユの使い魔。赤いドードーの藤堂さんの事)も、同じ事を考えているんだろう。いずれ、あの鳥野郎とも、決着を付けてやる。
まぁ、それはそれとして、武神はナナさんと話を続けている。
「お主に一人前と認められる事。それが望みと聞いた。しかも、それがどれ程、困難な事かも分かった上で、儂に言いおった。若いのに、大したものじゃ。じゃが、それ相応の力無き者には、何も語る権利も資格も無い。こういう場合、やる事は1つじゃ。手合わせといこうではないか」
ハルカは武神に対し、最強の座に一切、興味も関心も無いと言い切り、師に一人前と認められる事が望みと語ったらしい。うん、それでこそ、僕が認めた主。やはり、クズ共とは違うね。しかし、武神と手合わせ、か。これは色々、厄介だよ。
まず、武神が強過ぎて、ハルカとはまともに勝負にならない。それに、この2人がぶつかれば、辺り一帯、軽く消し飛ぶよ。ナナさんの魔力を持ってしても、厳しいね。その辺はナナさんも良く分かっている。困っているね。
「手合わせと言われてもね。あんたとハルカがぶつかれば、周囲もただじゃ済まない。この屋敷の地下のトレーニングルームでも、耐えられないね。……まぁ、こういう時はあいつの出番か」
あぁ、なるほど。あいつの出番だね。ナナさんはその名を呼ぶ。
「邪神ツクヨ! 聞いてんだろ! 出番だよ!」
その声に応えて、虚空より現れたのは、足元まで届く長い黒髪を真紅のリボンでポニーテールに纏め、これまた真紅のチャイナドレスを身に纏い、最高級のルビーも顔負けの真紅の瞳を持つ、絶世の美女。
真十二柱 序列十二位 邪神ツクヨ
「全く、それが神に対する頼み方か? 不敬にも程が有るだろうが」
文句は言うが、ちゃんと来る辺りは流石。今回の真十二柱の試練において、監視及び、審判を務めているからね。
「まぁ、良い。それより、武神とハルカが手合わせするってな。だったら、相応の舞台が要るな。用意しよう」
性格はともかく、出来る奴ではある。そうでなくては、真十二柱は務まらない。
ハルカside
「とりあえず、地下のトレーニングルームへ行くぞ。そこに舞台を用意するからな」
「勝手に仕切ってんじゃないよ、クソ邪神」
「ごちゃごちゃ煩い。文句有るなら、お前やれ。出来るもんならな」
「……チッ!」
ナナさんの呼び出しに応じて、来てくれたツクヨ。僕と武神様の手合わせの為の舞台を用意してくれるそうだが、ナナさん、ご機嫌斜め。ツクヨとは仲悪いからね。ともあれ、ツクヨを先頭に地下へ。
ナナさんの屋敷の地下施設。何層にも渡っており、僕も全貌は知らない。というか、ナナさんから、入って良いのは地下2階までと言われている。そこから下は、立入禁止。入るにはまだ実力が足りないとの事。
で、今回の目的地。トレーニングルームは地下1階に有る。ナナさんとの手合わせを始め、何かと使う場所。
「ほう。中々、良い所ではないか」
「私は必要な物に関しては、ケチらない主義でね」
トレーニングルームに到着。武神様は中々、良い所だと褒めて下さった。ここに限らず、ナナさんは屋敷の設備や内装に関しては、一切ケチらない。無駄金を出す気は無いが、必要な金は惜しまない。それがナナさんの考え方。
事実、ナナさんは僕を育成するに辺り、惜しみなく資金、物資を注ぎ込んでいる。正直、これまで総額、幾ら使ったのか、怖くて聞けない。ナナさん曰く、はした金との事だけど……。
「お喋りはその辺にしとけ。舞台を用意するぞ」
武神様とナナさんの会話を遮り、そう言うツクヨ。そして次の瞬間、室内の景色が一変した。
黒一色の空間。そして白く光る線で形作られた、幾つもの立方体。さしづめ、CGのワイヤーフレームの現実版。以前にも見た事が有る。スイーツブルグ侯爵夫人と手合わせした際に、用意された舞台。本来は、真十二柱同士で勝負する際に使われる物であり、その強度は折り紙付き。要は、室内に別の空間を展開した訳だ。
「ふむ。これなら、問題無いのう。褒めてやるぞ、若造」
「そりゃ、どうも。さて、始める前に聞くが、武神。これは手合わせだな?」
「如何にも」
「それを聞いて一安心だ。ハルカを殺されては困るからな」
「失敬な。儂は殺人鬼ではないわ」
「そう変わらんと思うがな」
「相変わらず、口の減らん奴じゃ」
邪魔するといけないから黙っていたけど、流石に長引きそうなので、口を挟む事に。
「あの、そろそろ始めて貰えませんか?」
「あぁ、すまんな。おい、武神。もう一度聞くが、これは手合わせだな? 死合いではないな?」
「くどいぞ若造。手合わせじゃ。殺しては、意味が無いからの」
「なら良し。じゃ、ルールを説明するからな。よく聞けよ」
ようやっとか。しかし、ツクヨ、武神様に対し、やけに念入りに手合わせである事を確認していたな。……基本的に相手を殺すクチなんだな、武神様。
「まずは制限時間有り。15分だ。15分に達した時点で終了。仮に戦闘中であっても、俺が強制的に終わらせる。時間内であっても、ハルカの命が危険だと俺が判断した場合も同様」
まずは制限時間。15分か。制限時間に達したら、終了。最悪、ツクヨが強制介入。時間内であっても、僕の命が危険だと判断した時点で強制終了。
「あくまでも手合わせだからな。殺すなよ? ちゃんと加減しろよ武神。今、ハルカに死なれると色々、困るんだよ。特に戦姫の奴がな……」
「分かっとるわい。しかし、あの小娘、まだ騒いでおるのか」
ため息を付くツクヨ(ダジャレではない)と、呆れ顔の武神様。真十二柱 序列七位 魔宝晶戦姫。僕の前世とも言える、真十二柱 序列十一位 魔氷女王と非常に親しかったらしく、その転生者である僕に対し、色々と思う所が有るらしい。要は気に入らない。
憂鬱だね……。順調に試練が進めば、いずれ会う事になる。ちゃんと試練をしてくれるかどうか。
「まぁ、とりあえずは手合わせじゃ。儂は武神。やはり、拳を交えてこそ、其奴の真価が分かる。文句は言わせん」
「……脳筋め、仕方ないか。ハルカ、すまんが、そういう事だ」
「分かりました。それが武神様の決めた事なら、受けます。どのみち、拒否権は無いでしょう?」
「如何にも。では、始めるとしようぞ。とはいえ、儂とお主では実力差が有り過ぎて、そのままでは勝負にならんからな。儂は極限まで手加減してやろう。お主はやりたい様にやれ。武器も魔法も何でも有りじゃ。儂は優しいじゃろう?」
ともあれ、武神様と手合わせをする事に。あくまでも手合わせなので、武神様は極限まで手加減して下さるとの事。対して、僕はやりたい様にやって良いとの事。武器も魔法も何でも有り。破格の条件と言える。ただし、まともに手合わせが成立するかは、分からない。それ程、真十二柱は強い。多元宇宙の抑止力は伊達じゃない。
「両者とも準備は良いか? 良いなら、舞台に上がれ」
ツクヨに言われて、僕と武神様は舞台に上がる。約20m四方の正方形の舞台。
「さて、掛かってくるが良い」
「……宜しくお願いします」
2つの扇を取り出し、構える。
「それでは、始め!」
ダシマキside
始まったね。武神とハルカの手合わせ。ハルカは両手に扇を持って構える。対する武神は別段、構えも取らずに立っているだけ、に見える。だが、ハルカは打ち込まない。いや、打ち込めない。
流石はハルカ、よく分かっている。武神はハルカに『打ち込んでこい』と態度で示しているんだ。自分の実力に絶対の自信が有るが故の態度。逆に言えば、半端な事は許さんという事でもある。
ハルカもそれが分かっているから、簡単には打ち込めない。力、速さ、角度、タイミング、色々計っている。武神に打ち込むその時を。
「何じゃ、何じゃ、その態度は? 儂はにらめっこをしに来た訳ではないぞ? 若い癖に、思い切りの悪い奴じゃ」
ハルカを挑発する武神。昔から有る、使い古された手ではあるが、それだけ有効な手段でもある。ハルカはどう出る?
「挑発には乗りませんよ。必要と有らば、にらめっこだろうが、何だろうがやります」
へぇ、やるねぇ。挑発を切って捨てた。腹が立たない訳ではないだろうに。こういう所がハルカの良い所。なまじ、戦士、武人気質の奴だと、こういう挑発に弱い。戦士、武人としてのプライドが許さないからね。
でも、ハルカは違う。ハルカはあくまでもメイド。戦士、武人のプライドは持ち合わせていない。ハルカの根底に有るのは、冷徹なまでの自制心。必要と有らば、プライドすらかなぐり捨てる。
「中々やるのう。安い挑発には乗らぬか。しかし、いつまでもにらめっこをしている訳にはいかんでな……」
来るぞ! 先手は武神。音も無くハルカの目前に現れるや否や。
ビシッ!
何かを弾く音と共に、ハルカが吹っ飛ばされた! 宙を舞い、舞台に落ちて転がっていき、舞台の縁ギリギリでどうにか踏みとどまる。……まぁ、手加減はしているね。武神的には、だけど。
「痛た……。こんな強烈なデコピンは始めてです」
「言ったじゃろ? 極限まで手加減してやるとな。儂は今回、デコピンしか使わん。さ、立て。武器を構えよ。打ち込んでこい。魔法を使ってみよ。この儂に一撃入れてみよ」
……分かってはいたけど、やはり、勝負にならない。実力差が有り過ぎる。武神の恐ろしさを、ハルカも今の一撃で理解したね。
武神、そして魔剣聖。この両者の恐ろしさの1つが、動きの『起こり』が無いという事。
単に速いだけなら、対策もしやすい。タイミングを読んでカウンターを入れるとかね。そのタイミングを読む上で重要なのが、相手の動きの『起こり』。要は予備動作、前兆。視線、筋肉の動き、etc……。それらを読んで、相手の動きに対応する。
ところが、武神、魔剣聖程の武の極致の領域にいる者は、『起こり』を消せる。その性質上、相手はタイミングを読めない。相手に一方的にやられてしまう。しかも、武神、魔剣聖は最初からトップスピードを出せる。普通は徐々に加速するものだけに、尚更、相手は対応出来ない。
そして何より恐ろしいのが、これらはクズの大好きな異能ではなく、正真正銘、純粋な武術である事。悠久の時を武の研鑽に費やしてきた賜物。異能ではないから、異能の神である真十二柱 序列二位 魔道神クロユリでも没収は出来ない。
さて、ハルカはというと、立ち上がり、再び扇を構える。
「よしよし。立ち上がったか。褒めてやろう。じゃが、それだけで認めてやる訳にはいかんな!」
次の瞬間には、また弾き飛ばされるハルカ。あまりにも速く、『起こり』が無い故に読めない武神のデコピン。弾き飛ばされては立ち上がり、また弾き飛ばされては立ち上がり、の繰り返し。えげつないな……。これは拷問だよ。なまじ、殺さないのが酷い。並大抵の奴なら、泣き喚いて許しを請うだろうね。もっとも、武神は許しを請われた所で、聞く耳を持たないけど。
「……手出しはするなよ。審判として、それは許さん」
武神によるハルカへの一方的な痛めつけ。それを見守るナナさんにツクヨが言う。
「分かっているさ。どのみち、私じゃ武神は止められない。見ているしかない。それに、ハルカは一方的にやられて黙っている子じゃない」
「そうだな。とにかく、今は見守ろう。武神の奴もハルカを殺す気は無いな。あれは稽古だ。武神はハルカに技を伝授しようとしている。魔剣聖も、ハルカに初歩の初歩とはいえ、自分の技『自在斬』を伝授したそうだからな。あいつもハルカという天才に技を伝授したくなったんだろう」
「それが、あの惨状ってかい」
「痛くなけりゃ、覚えないだろ? お前だってやってるだろうが」
「確かに」
物騒な会話をしているツクヨとナナさん。でも、言っている事は正しい。ここは学校じゃないんだ。先生が手取り足取り教えてくれたりはしない。痛みと共に、身体で学ぶんだ。出来ない奴は、死んで淘汰されるだけ。
何より、2人共、ハルカを信じている。やられっぱなしじゃない。必ず何かを掴む、と。僕もそう思う。でなければ、ハルカの使い魔にならないさ。今は、見守ろう。ハルカは必ず、やってくれるさ。
武神side
……こりゃ、予想以上じゃな。儂は内心で舌を巻く。既に残り時間5分を切ったが、未だに娘は倒れん。そもそも、極限まで手加減しているとはいえ、儂のデコピンを受けた以上、一撃で脳震盪を起こして倒れるのが常じゃ。じゃが、倒れん。立ち上がってきおるわ。此奴、儂のデコピンを不完全ながら、見切っておる。そうする事で、ダメージを軽減しておる。流石に反撃は出来ん様じゃがのう。
しかし、残り時間も少ない。そろそろ、けりを付けるとするかのう。
「見事じゃ。極限まで手加減しているとはいえ、儂のデコピンを受けて、ここまで持ち堪えたのは随分と久しぶりじゃ。そんなお主に敬意を表し、我が拳で終わらせてやろう」
デコピンから、拳へと握りを変える。細心の力加減をして。うっかり力加減を間違えたら、この類稀なる逸材が消し飛ぶからのう。全く、惜しいのう。何で、儂の元に来なかったのか。まぁ、こればかりは、此奴を転生させた死神ヨミにしか分からん事じゃ。
「…………なら、ば、僕、も……最後、の……一撃、を……出し、ます……」
つくづく大した奴じゃ。あれだけ儂のデコピンで吹っ飛ばされ続けてなお、喋る力が残っておるのか。しかも、最後の一撃を出すとな。
「面白い。受けて立とうぞ」
面白い、実に面白いぞ。こんなに面白いのは、一体、いつ以来か? 長生きはするものじゃ。さて、此奴、儂の技を盗めたかのう? ま、これにて決着じゃ。
お互いに最後の一撃を繰り出す、タイミングを計る。
「へ〜〜〜〜」
間の抜けた鳴き声。それが合図となった。
「喝!!」
裂帛の気合いと極限の手加減。その両方を兼ねた拳を繰り出す。何じゃ、これで終わりか? と、思いきや……。
手応えが無い!!
なんという奴じゃ! 極限まで手加減したとはいえ、儂の拳を回転扉の要領で『受け流しおった』。そうか、此奴、儂に散々痛めつけられた事を逆に利用しおった。散々に痛めつけられた事で、余計な力が入らぬ様にし、脱力状態となって、攻撃を受け流した。
「最後の、一撃、入れさせて、貰います」
儂の拳を回転扉の要領で受け流した、その勢いを利用した一撃。裏拳が迫る。なれど、甘いわ!
その様な使い古された手が武神に通じると思うな。すぐさまカウンターを入れに掛かるが、直後、娘の顔が消えた。
「僕は蛇でしてね」
その声は足元からした。此奴、回転の遠心力を利用した裏拳と見せかけて、脱力からの体重落下を利用した、相手の足元への屈み込み。そこからの、全力の伸び上がり。此奴、儂に『噛み付く』気か!
ダシマキside
「いやはや、恐ろしい娘じゃな。喉笛を食いちぎられるかと思ったわい。久しぶりに冷や汗をかいたぞ。正に蛇じゃな」
「それに即座に対応して、鳩尾に一撃入れて気絶させたあんたも凄いよ。流石は武神だね。……ところで、あんたとしては、今回の判定はどうなんだい?」
「久々に面白かったし、将来性も込みで及第点じゃな。しかし、お主、良い弟子を持ったのう。……うかうかしておると、師匠として恥をかく羽目になるぞ」
「ふん! 言われなくたって、分かっているさ!」
ここは、応接間。ソファに座ったナナさんと武神が間にテーブルを挟む形で向かい合い、話し合っている。
武神とハルカの手合わせ。結果はやはり、ハルカの負け。しかし、武神は及第点と評価。これで真十二柱の試練、2人目をクリア。しかし、最後の一撃は驚いたね。
脱力からの体重落下を利用した屈み込み、からの全身のバネを活かした、伸び上がりからの噛み付き攻撃。狙いは喉笛。ツチノコの僕が言うのも何だけど、あれは本当に『蛇』だった。
下手に力んで、無理やり速く動こうとするより、脱力からの体重落下。そちらの方が速い。何せ、動くには神経伝達が必要。それに対し、落下は自然現象。その時間差は僅かとはいえ、これ程の高レベルの戦いとなれば、その差は大きい。古流武術に曰く、脱力こそ極意。
とはいえ、武神という最強クラスの実力者相手の手合わせの最中で脱力が出来る。その決断が出来るとはね。普通は出来ない。ハルカの氷の様に冷たい自制心故か。武神も久しぶりの体験にご満悦。
「ハルカの治療が終わったぞ。武神、俺は手加減しろと言ったよな。ハルカだったから生きてたが、他の奴なら脳を破壊されて死んでたぞ」
そこにやってきたのは、ツクヨ。ハルカの治療が終わったとの事。
「悪いが、あれ以上の手加減は出来ん。何より、あの程度で死ぬなら、所詮、そこまでの奴よ。だったら、殺してやるのが慈悲というもの。違うか?」
厳しいけど、正論だ。繰り返すが、ここは学校じゃない。先生が手取り足取り教えてくれたりはしない。弱者は淘汰されるだけ。
「否定はせん」
「私も同感だね」
その辺はツクヨ、ナナさんも同意見。この世は甘くないんだよ。
「さて、儂はそろそろ帰るとしよう。娘に宜しくな」
試練終了に伴い、武神は帰るとの事。決して、暇な身じゃないからね。
「おっと、いかんいかん。言い忘れる所だったわい。魔剣聖から聞いたが、あの娘、扇を使う神楽以外に『その先』が既に見えておるらしいな。もし、『その先』とやらが完成したならば、儂にも見せよ。そう伝えておけ。魔剣聖だけに独り占めさせるなど、武神として許せんわ。ではの」
そう言って、武神は軽く手を振り、去って行った。
「神楽の『その先』か。そんな話は聞いていないんだが?」
「ふん。聞かれなかったからね」
「チッ!」
相変わらず仲の悪い2人。だが、それ以上は追求しないツクヨ。無闇矢鱈と、詮索をしてはいけないぐらい、分かっている。
「……ともあれ、これで試練は2人クリア。だが、次が問題だぞ」
「そうだね。次が一番の問題だ」
試練に参加した真十二柱は四柱。魔剣聖、武神、魔宝晶戦姫、機怪魔博。次に当たるのが魔宝晶戦姫。ハルカの事が気に入らないらしいからね。ツクヨが審判を務めているとはいえ、まともに試練をする気が有るのかどうか?
武神side
夜道を1人、歩く。うむ、静かで良い夜じゃ。久しぶりに中々に楽しめたわい。実に将来有望な娘じゃ。まだまだ、世の中捨てたものではないわい。……と思っておったのにのう。
空気を読め、阿呆が!!
せっかく良い気分で歩いておったのに、いきなり喧嘩を売ってきおったのが、『完全回避』が云々とか抜かす阿呆。……此奴、本当に阿呆じゃのう。阿呆過ぎて、殺す気すら失せる。
ま、確かに攻撃が当たらん。その事に勝ち誇っておるが、此奴、全く分かっておらんな。自分の『力』が完全回避ではないという事に。後、儂が全く本気を出しておらん事もな。この程度の回避能力、すぐに破れる。
あくまでも、優れた回避能力なだけ。『完全回避』という高等な『力』がこの程度の奴に使えるものか。ま、仮に『完全回避』だとしても、対策は有る。いい加減、鬱陶しいし、終わらせるかのう。
相手が攻撃を回避するなら、こちらは相手が逃げようの無い完全包囲攻撃をするまでじゃ。阿呆を包む形で薄く『闘気』を撒き散らす。全く、気付いておらんな、阿呆が。ハルカなら、気付いておる。相手を包む形で闘気を撒き散らし、その闘気を一気に圧縮、包み込んだ対象を押し潰す技『気縮牢』。それで終わらせるつもりだったんじゃが……。
次の瞬間、阿呆は、全方位から飛んできた無数の宝石の槍によって、ハリネズミの様になって死んだ。避ける隙間も無い程の全方位攻撃。これでは完全回避も意味を成さん。
「礼は言わんぞ。余計な手出しをしおってからに。小娘が」
儂は余計な手出しをした奴に文句を言う。儂はそこまで老いぼれておらんわ。
「申し訳有りません、武神様。わざわざ、貴女様の御手を煩わせる程の相手ではないと思いまして」
そう言って姿を現したのは、宝石で出来た槍を持つ女騎士。
真十二柱 序列七位 魔宝晶戦姫 エルージュ
「全く、殺すなら後始末まできっちりやらんか。ゴミのポイ捨てはいかんじゃろうが」
阿呆の死体を闘気で跡形も無く消し飛ばす。ゴミのポイ捨てはいかんのじゃ。
「武神様、何故、ハルカ・アマノガワを殺さなかったのですか?」
姿を現した理由の本命はそれか。
「知れた事よ。あれは中々に面白い。あの魔剣聖が及第点を与えただけは有る。文句有るか?」
「……いえ」
文句を言いたそうじゃのう。じゃが、文句は言わせん。これは儂が決めた事じゃからな。
立ち去るその背中に儂は告げる。
「老婆心じゃが、忠告してやるわい。ハルカはアイシアではないぞ。アイシアは死んだ。仮にハルカを殺してもアイシアは蘇らん」
「忠告痛み入ります」
そう言い残し、エルージュは去った。
「やれやれ、色々と拗らせておるのう。困ったものじゃ」
エルージュのアイシアに対する執着。分かってはおるが、どうしたものか。そう案じておると……。
ゴゴゴゴゴゴ………
凄まじい振動と地響き。地震、ではない! これは、『次元震』じゃ!!
大地ではなく、空間そのものが激しく振動する『次元震』。滅多に有るものではないが、逆に言えば、これが起きた時は、文字通り、空間を揺るがす程の大きな事態が起きたという事。そして、それは『北』から感じた。
「……こりゃまた、驚いたわい。あれが来るか」
儂の視線の先。北方に、天をも衝かんばかりの巨大な『塔』が出現していた。
「『塔』。久しぶりに見るのう。若き才能が集まるこの世界に勘付いてやってきたか。こりゃ、今後の予定が色々変わりそうじゃのう」
お待たせしました。第157話です。
武神からの問い。
「お主は何を目指す? 何を成す?」
その問いに対するハルカの答え。
「我が師に一人前と認められる事」
それはとても困難な事。ぶっちゃけ、ハルカがこの星を氷漬けにする方が、まだ容易いとさえ。
そして最後は武神らしく手合わせをする事に。ツクヨを立会いに開始。極限まで手加減してなお、桁外れの実力でハルカを圧倒する武神。その一方で、倒れないハルカ。不完全ながら、武神の攻撃を見切り、ダメージを抑える才覚を見せる。
最終的には、やはりハルカの負け。しかし、武神的には及第点。どうにか、真十二柱の試練2つ目をクリア。
次は魔宝晶戦姫エルージュ。ハルカが気に入らない彼女はまともに試練をしてくれるのか? そして最後に北方に現れた巨大な『塔』。今後の予定に影響必至。
では、また次回。