第154話 慈哀坊戦 決着 そして……
ハルカside
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
突如、現れ、慈哀坊を背後から轢いた挙げ句、地面にめり込んだ慈哀坊の上で変な歌と踊りを繰り返すバコ様。人間、あまりにも予想外の事態が起きると反応出来ないって本当だと知った。
そして、3人揃って叫んだ。
「「「何でいるの!?」」」
正にこれ。何でいるの!? そもそも、この離宮は慈哀坊の結界により、入る事も出る事も出来なくなっている。イサム達は無理やり結界を破ってきたからいる訳だけど、バコ様はどうやって来たんだ? 言っちゃ悪いけど、バコ様に結界を破るだけの知能は無い。頭がボケているからね。
「へ〜〜〜〜」
ブリブリブリブリブリ〜〜
あ、またウンコ漏らした。しかも踊っているうちにオムツが取れたから、まともに慈哀坊の上に垂れ流し。……流石にこれは気の毒に思う。思うけど助けない。
「油断するなよ。あの坊さん、何をするか分からないぞ」
「あそこまでコケにされて、黙っているタマではないですからね」
「うん。僕でもあれは怒る」
格下3人に良いようにやられた挙げ句、デブ猫に轢かれて、ウンコまで掛けられて怒らないなら、ある意味、尊敬する。
普通ならとどめを刺しに行く所だけど、そこは真十二柱。下手な手出しは危ない。ましてや、この状況。慈哀坊が怒り狂っているのは間違いない。あ、慈哀坊が起き上がった。
「へ〜〜〜」
その際に、転げ落ちるバコ様。いつの間にやら、元のサイズに戻っている。それでもデブなんだけどね。
慈哀坊は何かの術を使ったらしく、ウンコ塗れの状態から、すぐさま綺麗になる。便利な術だな、出来れば教えて欲しい。
「…………本日は厄日か何かですかな?」
静かな口調ではあるが、間違いなく激怒している慈哀坊。そりゃ、厄日かと言いたくもなるだろう。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
そんな慈哀坊の怒りなど、どこ吹く風とばかりに、変な歌と踊りを繰り返すバコ様。ある意味、最強無敵。何を言っても通じないからね。
しかし、これは困ったな。予定が狂った。僕としては、どうにかして慈哀坊に交渉を申し入れるつもりだった。基本的に他人の話に聞く耳を持たない慈哀坊だが、それでも、一部例外は有るらしい。それは自分と同格、もしくは格上の存在。要は他の真十二柱。
そして僕もある意味、真十二柱と言えなくもない。僕の今の身体は、真十二柱 序列十一位 魔氷女王の身体だからね。現在、次期真十二柱最有力候補の1人であるらしい。ちなみにイサムと竜胆さんも同じく、次期真十二柱候補。
それに慈哀坊は、こちらの話を無視しなかった。一応、会話には応じた。本当に聞く耳を持たないなら、完全無視一択のはず。少なくとも、普段はそうらしい。だが、そうしなかった。ならば、交渉の余地が有るかもしれないと考えていたんだけど……。バコ様が全てブチ壊した。悪気は無いんだろうけど。他も無いんだろうけど。
「…………お久しぶりですな。お変わり無い様で何より」
慈哀坊、バコ様に向かって何か言ってる。小声だから聞こえないな。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
それに対し、相変わらず変な歌と踊りを繰り返すバコ様。
「……愚僧に退け、と申されるか」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「……そうは申されましてもな。一戦交えて確信しました。あれは危険な存在。生かしておけば、必ずや、後の禍根となりましょう。それに、かの『傀儡師』も狙っている以上は……」
「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー!へーブーブー!」
慈哀坊に向かって怒っているらしいバコ様。というか、慈哀坊、バコ様が何を言っているのか分かるのかな?
「……そう、お怒りにならなくても」
何か、言い争っている様なバコ様と慈哀坊。そんな中、突然、響き渡る、少女の声。
「いい加減にせんか! この腐れ坊主が! この場は退けい!さもなくば、この儂。武神が相手になろうぞ!」
声がしたのは離宮の壁の上。そこに袖無しの黒い道着に身を包んだ、中学生ぐらいの黒髪ツインテールの少女が。見た目はね。だが、さっきの言葉。そして、彼女から感じる圧倒的格上の気配。何より、竜胆さんの反応。それらが導く答えは1つ。つまり彼女、いや、あのお方は……。
真十二柱 序列四位 武神 鬼凶
また、とんでもない大物が乱入してきた。
「そこの銀髪娘! 儂の名は『桔梗』じゃ!」
「すみません!!」
即座に綺麗な土下座をして謝る羽目になった。流石は真十二柱、考えている事ぐらいは、すぐ分かるらしい。
「して、どうする慈哀坊。退くか? それとも……儂とやり合うか? どちらでも好きに選べ」
慈哀坊に対し、二択を迫る武神様。流石の慈哀坊も、自分より序列が上の武神様が相手では分が悪いと思う。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
後、相変わらずバコ様は変な歌と踊りを繰り返している。
ジョロロロロロ……
ついでにその場でオシッコを漏らす始末。どこまでも空気が読めないバコ様。
「…………致し方ありませんな。この状況、あまりにも愚僧に不利。不本意ではありますが、この場は愚僧が退くとしましょう」
どうやら慈哀坊は状況不利と判断し、撤退を決めたらしい。
「しかし、武神殿。これだけは言っておきましょう。あの娘を生かしておけば、必ずや後の禍根となりましょうぞ。くれぐれもお忘れ無き事です」
「……ふん、退くなら、さっさと退け」
「それでは御免!」
そう言うなり、錫杖を地面に突き立てる慈哀坊。次の瞬間には既にその姿は消えていた。どうやら、本当に撤退したらしい。とりあえず……終わったか。そう思うと同時に、一気に脱力感に襲われ、その場に尻もちを突いてしまった。
「ハルカ、大丈夫? 立てるか?」
「一段落したぐらいで、その様とは。情けない」
心配し、肩を貸してくれるイサムに対し、批判ばかりの竜胆さん。ブレませんね。最早、腹も立たないけど。
「さて、こうして会うのは初めてじゃの。改めて名乗ろう。儂は真十二位 序列四位 武神 桔梗。口の悪い連中は鬼凶と呼んでおるがの」
イサムに肩を貸して貰って、どうにか立つ事が出来た。そのタイミングで、こちらに対し名乗りを上げた武神様。
「こちらこそ、お初にお目にかかります。ハルカ・アマノガワと申します。この度は危ない所を助けて頂き、感謝の極み」
それに対し、こちらも名乗りを返し、助けて頂いた事への礼と感謝を述べる。
「別に堅苦しい挨拶は要らん。特に介入するつもりは無かったが、流石にお主に今、死なれては困るからな。よって介入したまで。後日、改めて伺うとしよう。それに、お主、今はそれどころではあるまい。部外者は去るとしよう。では、またの」
武神様は堅苦しい挨拶は不要と語り、後日改めて伺うと言って去っていった。ただ、武神様の仰った通り、今はそれどころじゃないんだよね。
「ハルカ、悪いけど、俺達も帰るよ。部外者がいるのがバレたら色々不味い」
「せいぜい、後始末に勤しむ事です」
続いて、イサム達も帰っていった。間違いなく面倒だけど、後始末を付けないと。とりあえず、真っ先にやるべき事は……。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
「バコ様、新しいオムツを履こうか」
糞尿を垂れ流しながら歌って踊るバコ様を捕まえて、お尻を綺麗に拭いて消毒してからの、オムツを履かせる事に。
「しかし、目茶苦茶になってしまったな。申し訳ないけど、最終的な後始末は殿下にお任せするしかないか……」
バコ様に新しいオムツを履かせながら、改めて周囲を見渡す。美しかった庭園は見る影も無く、目茶苦茶に。その一因は僕に有るだけに実に申し訳ないが、だからといって、真相を語る訳にもいかず。ここはレオンハルト殿下に頑張って頂こう。
「後は、慈哀坊が撤退した事を伝えないと」
レオンハルト殿下を始めとした、今回の参列者の方々は避難しているはず。危険が去った事を伝えないといけない。避難場所は知らないけど、連絡手段なら有る。
不可視の小型蝶型マシン、不視蝶。今回は婚約発表会という状況上、大っぴらに動けないが故に、秘密の連絡手段が必要だった。その為に用意した物。慈哀坊戦前に避難させておいたのを呼び戻し、通信を繋ぐ。
ミルフィーユside
少し時間を遡る
「…………外の状況はどうなっているのでしょうか?」
ハルカが慈哀坊を引き付けている内に、地下のシェルターへと避難しました。現状、無事ですが、その代わり、外の様子も分かりません。さりとて、真十二柱 序列六位 慈哀坊が襲来した状況で外に出るなど、単なる自殺行為に過ぎません。要は打つ手なし。唯一の望みはハルカからの何らかのリアクションですが……。
残念ながら、待てど暮らせど、一向に音沙汰が有りません。……最悪の可能性。ハルカが慈哀坊に討たれた、も想定せねばなりません。いずれにせよ、いつまでもシェルター内に避難している訳にもいきません。今はまだ抑えられていますが、その内、不平不満が爆発するでしょう。と、その時でした。待ち望んでいた声が聞こえてきました。
『ミルフィーユさん、聞こえますか? ハルカです』
私の傍に付き従っている不視蝶からハルカの声が。
念の為、少し離れた場所に移り、不視蝶を通じて応答します。
「こちら、ミルフィーユですわ。ハルカ、状況はどうなりましたの? 慈哀坊は?」
『手短に言います。ツクヨからの援軍、及び、真十二柱 序列四位 武神 鬼凶様が来られた事で、慈哀坊は撤退しました。ただ、戦場となった中庭の被害は甚大です。後、何故か、バコ様もいます』
『バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪』
「………………何故、いますの?」
『さぁ?』
『バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪ ブリブリブリブリ……』
『あ〜〜っ!! またバコ様漏らしたの?! まぁ、とりあえず、危険は去りました。もう大丈夫です。ただ、事後処理はそちらにお願いします。こちらからは以上です』
そう言って、ハルカからの通信は切れました。どうやら今回の危機は去った様ですわね。……まぁ、事後処理が色々と有りますが。ともあれ、まずは殿下に報告ですわ。
さて、その後の事です。レオンハルト殿下に、ハルカから慈哀坊撤退の連絡が有った事を報告。念の為、外部に探りを入れ、その上で安全が確認された事で、ようやくシェルターの外へと出る事が出来ました。
ただ、ハルカからの連絡にも有りましたが、戦場となった中庭の被害は甚大。目茶苦茶に破壊されていました。まさか、このままにも出来ませんし、当然、修復せねばなりませんが、修復費用がどれほどとなるか……。ハルカに請求したら、間違いなく、ナナ様が怒りますし。ましてや、真相を明かすなど論外。国費負担となりますわね。頭の痛い問題ですわ。
それ以外にも問題は山積みでした。慈哀坊の事。第二王子グリフィニアス殿下が木に変えられ、事実上死亡した事。連続殺人鬼のスライム『皮被り』の事。そして、ハルカの事でした。
まずはハルカの事。これは割と簡単に済みました。
『彼女に下手に干渉したら、師である『名無しの魔女』の怒りを買う』
これが分からない愚か者はいなかったので。歩く死亡フラグですものね、ナナ様は。
続いて慈哀坊の事。これに関しては正体不明の存在という事に。問題の解決にはなっていませんが、そもそもが手に負えない存在です。他にどうしようも有りません。
『皮被り』に関しては、秘密裡に処理しました。一連の事件後、封印した瓶ごと完全に焼却処分。クズ転生者らしい、不様な最期を遂げました。どんなに凄い『力』を得ても、クズは所詮、クズですわね。頭が悪い。だから、ボロが出て破滅する。頭の良い転生者なら、もっと上手くやっていたでしょう。
ハルカの様に。
一番の問題は、第二王子グリフィニアス殿下が事実上、死亡した事。木に変えた張本人である慈哀坊は逃亡。残念ながら、私達に元に戻す術は有りません。ナナ様でも無理でしょう。それ以前に引き受けてはくださらないでしょうが。
それに、仮に元に戻せたとして、グリフィニアス殿下が反省するとは思えません。どうせ、また、やらかします。
ただ、気になる事が。今回のグリフィニアス殿下の一連の行動。明らかに何者かに踊らされていた。その何者かの目的ですが、恐らくはグリフィニアス殿下の排除。流石に慈哀坊の乱入までは分からなかったでしょうが、結果的には排除出来ました。さて、ここで問題。
その何者かは誰なのか?
…………冷静になって考えてみれば、1人、心当たりが有りますわね。グリフィニアス殿下の存在を邪魔に感じ、尚且つ、王族であるグリフィニアス殿下を手玉に取れるだけの手腕の持ち主。正直、まさかという思いは有ります。しかし、黒幕があのお方ならば、辻褄は合います。
多分、本来のシナリオでは、グリフィニアス殿下の不祥事をレオンハルト殿下が解決する事で、厄介者のグリフィニアス殿下を排除し、同時にレオンハルト殿下の株を上げる。そうする事で、自分は比較的安全に舞台から降りられる。少なくとも口実にはなる。普通なら、そんな事はしないでしょう。ですが、あのお方なら。私の知る通りなら、有り得ます。そして、それは正しいのでしょうね。
「そろそろ、お姿を見せてもよろしいのではありませんか?」
私は物陰に隠れているお方へと、声を掛けました。
「やれやれ、バレるとはな。隠密には長けているつもりだったのだが……。魔道の名門、スイーツブルグ侯爵家の血、伊達ではないか」
そう言って物陰から姿を現したのは、レオンハルト殿下より少し歳上の男性。そして、私の思っていた通りの相手。
「こうして直接お目にかかるのは、久々でございます。お変わり無い様で何より。アルトバイン王国、第一王子。フェネクリウス・フォリナー・アルトバイン殿下」
「そちらこそ、しばらく見ぬ間に、一段と美しくなられたな。スイーツブルグ侯爵家、三女。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ嬢」
お互いにとりあえずの挨拶を交わします。もっとも、和やかに言葉を交わすには、全くもって向いていない状況ですが。
「此度は大変な目に合わせてしまい、実に申し訳ない。せっかくのめでたい婚約発表会が台無しになってしまった。愚弟グリフィニアスの暴走に、おかしな坊主の乱入。ひとえに、我等王家の不始末、そして我が国の警備体制の至らなさ故。謝って済む問題ではないが、これこの通り。平に許しては貰えぬか?」
そう言って、深々と頭を下げ、謝罪の意を示すフェネクリウス殿下。……狡いお方ですわね。頭を下げる、謝罪する。その程度で済むなら、このお方の目的からすれば安い物。しかも、これで責めたら、私が悪者ですわ。本当に狡いお方。
何より狡いのが、グリフィニアス殿下排除に関して、このお方が関与した証拠が無い事。そんなヘマをするお方ではありません。恐ろしいお方。と、そこへやって来られたのは……。
「おぉ、ミルフィーユ、こんな所におったのか。探したぞ」
レオンハルト殿下です。当然、この場にいるお方にも気付きます。
「…………フェン兄上。なぜ、ここに?」
「驚かせてすまんな、レオ。此度の婚約発表会にサプライズ出演で驚かせてやろうと思ってな。こっそり忍び込んでいたのだ。とはいえ、まさか、こんな事になろうとはな。いやはや、グリフの奴は残念な事をした。私は慚愧の念に堪えんよ」
「……………………」
いかにも弟の死に悲しんでいますとばかりに、涙を流すフェネクリウス殿下。それを黙って見ているレオンハルト殿下。
……いい加減、いつまでこの茶番に付き合わねばならないのでしょうか?
そんな中、ようやくレオンハルト殿下が口を開きました。
「……申し訳ないがフェン兄上、時間は有限でしてな。つまらない猿芝居に付き合っている暇は無いのです」
「やれやれ、相変わらず手厳しいなレオは」
それまで涙を流していたとは思えぬ態度で、平然と答えるフェネクリウス殿下。
「そういう所ですぞ、フェン兄上」
「大いに反省しよう。うん、そうしよう」
……本当に食えないお方ですわね。
「謀られましたな。流石にあの坊主の乱入は想定外だったでしょうが、大筋では良し、といった所ですかな? 少なくとも、あの阿呆を消す事が出来たのですからな。しかも下手人は正体不明。実に都合が良いですな。……余は自分の目の節穴ぶりに恥じ入るばかりですぞ。長年、共にありながら、貴方という人物を計りきれていなかった。何もかも、貴方が書いた筋書きだった」
私も考えていた事をフェネクリウス殿下に語る、レオンハルト殿下。
「ははは、レオは面白い事を言うな。作家にでもなってはどうかな? まぁ、私達王族はそうもいかんがな。それよりも、後始末の方が大切だろう? 物事の優先順位を間違えてはいかんぞ。さて、私は一足先に失礼しよう。そもそも、私は本来この場にいないはずだし、後始末の件で忙しくなるからな」
レオンハルト殿下の指摘を一笑に付し、後始末が有ると言ってフェネクリウス殿下は去って行かれました。
「…………全く、今回はしてやられたわ。やはり余は王の器ではない。あれはそういう奴だと分かっていたはずなのに。余が甘かったという事か」
項垂れ、そう呟くレオンハルト殿下。私には返す言葉が有りませんでした。何を言った所で今更、何も変わりません。ですが、ここは敢えて言いましょう。
「殿下、時間は有限です。私達は私達のやるべき事をやりましょう。まずは今回の件の後始末を」
「…………うむ。そうだな。まずは後始末をせねばな」
こういうときの切り替えの早さは、流石王族と言えます。
「さぁ、行きましょう。手始めに今回の来賓の方々への釈明ですわ」
「ふぅ、やれやれ。気が進まぬのう。王族などなるものではないわ。何やら、最近、成り上がり系の小説とやらが流行りらしいが、余には理解出来ん」
「同感ですわ。『上』に立つという事の大変さが分からないのでしょう」
「気楽で良いな。そんなに成り上がりたければ、喜んで代わってやるわ」
「お止め下さい。そんな輩が王族になったら、この国が滅びますわ」
「分かっておる、冗談じゃ」
軽口を叩きつつ、私達は来賓達の元へと向かいます。責任重大ですが、それが私達の背負った義務なのですから。
ナナside
「本当に、よく生きて帰ってきたもんだよ」
私の横で眠るハルカの頭を軽く撫でてやりながら、今回の一件を振り返る。
「第一王子フェネクリウス、か。食えない奴だね。完全勝利とはいかないが、一番の目的は果たしたと。前々から、動いていたんだろうね。全ては次期国王の座をデブ殿下に押し付け、自分は逃げる為に。下手に国王なんかなったら、面倒だしね」
やり手とは聞いてはいたが、思っていた以上にやる。蒼辰国での一件も掴んでいた上に、まんまと第二王子を踊らせていた訳だ。哀れだね。野心に駆られてクーデターを起こすつもりが、実際は、兄の書いたシナリオでしかなかった。
まぁ、慈哀坊乱入で色々と引っ掻き回されたせいで、少なくない損害を被ったけど、その辺は損切りと考えているだろうさ。権力を持つバカは、ほとほと始末に負えないし。
「それよりもだ。これまで様子見に徹していた『暗部』が動き出したか」
私とハルカがこのアルトバイン王国に来てから、周辺諸国の『暗部』が私達の事をあれこれ嗅ぎ回ってはいたが、直接的に関わってくる事は無かった。私を敵に回したくはないだろうし、各国が牽制しあっていたのも有る。そんな微妙な均衡状態にあった訳だ。
だが、遂にその均衡が破られた。北の『教国』の長、『教皇』直属の特務機関。そして『教国』の闇を一手に担う『暗部』。
『護教聖堂騎士団』
その団長が今回の婚約発表会にやってきた。『ヒョージュ・イツテク』。『北の白狐』の異名を取る女。その手腕と実力。そして、えげつないやり方で、『裏』ではなかなかに知られた名だ。
そんな奴が、教皇の信任を受けた国の代表として来た。表向きはね。
「どう考えても、裏が有る。何企んでいるんだか?」
ハルカから聞いた話じゃ、事件後にやたらとベタベタ絡まれて鬱陶しかったと。無論、余計な事は言わず、お茶を濁したと。
「いずれにせよ、厄介事になりそうだね。だからといって、今は手出しは出来ないか」
昔の私なら、さっさと始末する所だが、今はハルカがいる手前、そうもいかなくてね。
「それにしても、お前は何なんだろうね?」
私は思う所が有り、リビングに行ってみた。その片隅。段ボール箱に毛布を敷いた寝床。そこで大の字になって寝ているブヨブヨの大きな肉塊。もとい、頭がボケたデブの三毛猫、バコ様を見る。
「ブーッ! ブーッ! ブーッ!」
猫とは思えない大イビキをかいて寝てやがる。体型といい、寝方といい、猫失格。
いや、そもそもこいつは何者だ?
ハルカは頭がボケたデブの三毛猫と思っている。私もハルカにそう言った。そう言わざるを得なかった。
何故なら、こいつは猫じゃない。猫の姿をした何かとしか言い様の無い存在だ。
様々な動物の言葉を理解する私だが、こいつの言っている事は分からない。全くの意味不明。
試しに心を読もうとした事も有ったが、得体の知れない『何か』が見えそうになり、慌てて止めた。もし、見ていたら取り返しの付かない事になっていたという確信が有る。こいつ、以前、ハルカの言っていたクトゥルフ神話の邪神か何かか? 確かアザトースだっけ? 凄いヤバい奴。
「……んな訳ないか。こいつ宇宙の中心に座してないし、世界がこいつの見ている夢だなんてシャレにならない」
思い浮かんだ考えを振り払う。だが、こいつが得体の知れない何かであるのは間違いない事実。実際、こいつはこれまで何度も奇跡を起こしてきたのだから。
「今回にしても、そう。侵入、脱出、共に阻止する慈哀坊の結界に包まれた離宮に入り込んでいた。そもそも、いつの間に?」
こいつ、普段は踊っているか、寝てるかなんだけどね。つくづく、得体の知れない奴だ。まぁ、現状、危害は加えてこないから良いけど……。迷惑は被っているけどね。こいつの糞尿垂れ流しという形で、ハルカが。
「……これ以上考えても仕方ないか。情報が少な過ぎる」
結局の所、こいつが訳の分からない存在だとしか言えない。いつか、正体が分かる日が来るのかね?
「それにしても、ついていたのは、結局、最後まで慈哀坊が本気を出さなかった事だね。本気を出せば、ハルカ達3人を纏めて殺すぐらい、余裕で出来たはず。なまじ、生まれながらのエリートだけに、プライドを捨てられなかったか。バカだね、殺すべきと判断したなら、プライドなんぞクソ喰らえ。速やかに、確実に、完全に殺せ。それが鉄則だろうに」
これはハルカにも度々、言い聞かせてきた事であり、私の実体験に基づく事でもある。下手に逃がしたり、殺し損ねたら、ほぼ確実に報復に来るからね。その結果、より被害が広がる訳だ。
「撤退したけど、諦めた訳じゃないんだよね。ああいう、自分は正しいと思っている奴は、とにかくしつこい。いずれ、また現れる」
これもまた、私の経験に基づく事。
「まぁ、相手は真十二柱。今はどうしようもないか」
そんじょそこらの奴ならともかく、神魔の頂点、真十二柱。撤退した以上、私では捕捉出来ない。仮に出来ても手出しが出来ない。したら、死有るのみ。
「……寝よう」
これ以上考えても憂鬱になるだけだし、さっさと寝よう。現実逃避でしかないとしてもね。
ツクヨside
「で、どうだった? ハルカに会ってみた感想は? なぁ、慈哀坊」
「……わざわざ嫌味を言いに来られたのですかな? ツクヨ殿は随分とお暇な様で」
事が終わった後の深夜。アルトバイン王国と東の龍華帝国の間に有る、塩害で不毛の地と化した荒野。先日、ハルカと魔剣聖が対面した場所でもある。そこで俺は慈哀坊とちょいとばかり話し込んでいた。
「そんなに暇じゃねーよ、もっぱら、クズ共の抹殺に忙しくてな。全く、迷惑極まりないクズ共が。どんなに凄い能力を得た所で、クズは所詮、クズ。そもそも、『神のミスで死なせてしまいました。お詫びに特典を与えて転生させてあげます』なんぞという、あからさまな詐欺話に引っ掛かる時点で論外だ」
「クズなどと汚い言葉遣いをするのは、感心しませんな。彼の者達はすべからく、『救済』されねばならぬのですから」
「ま、そいつらを『救済』する事に関しては、俺としても異論は無い。ぶっちゃけ、手間が省けて助かっているからな」
「彼の者達はあまりにも哀れですからな。なんと愚かしく、哀れな事か」
「俺に言わせりゃ、ただの自業自得。才能も無けりゃ、努力もしない。それでいて自意識過剰ときた。そんな奴、いじめられて当然。見捨てられて当然。自分の無能、怠慢を棚上げして逆恨みするな、クズが」
ここで、一度話を区切る。
「そこで改めて聞こう慈哀坊。ハルカに会ってみた感想は?」
「………………」
俺からの改めての問いに対し、慈哀坊は暫しの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「天才、ですな。以前より話には聞いておりました。あの序列九位 死神ヨミ殿の生み出した最高傑作。そして、貴女が入れ込み、更には序列二位の魔道神クロユリ殿さえも期待を掛ける逸材。どれ程の者かと思っておりましたが、なるほど大した者。その才覚も然ることながら、気性が良い。あれは伸びるでしょう。いずれ、我等、真十二柱の域にも届くかと」
「俺もそう思う。いずれ、あの子は真十二柱の域に達するだろうさ。あの子は本物の天才だ。それと比べりゃ、やれ『最強』やれ『無双』やれ『レベル99』だの、笑い話にもなりゃしない。前にレベル99で裏ボスとか抜かしているバカ女がいたが、あっさり死んだな。レッサーデーモンに一撃で頭を吹っ飛ばされてな。レッサーデーモンなんぞ、たったのレベル300。悪魔の内じゃ最下級のザコなのにな」
「あぁ、なんと悲しい、嘆かわしい。若い身空で命を散らすとは。たかがレベル99如きで、最強などと思い上がるとは」
「全くだな。全ての神魔の頂点。多元宇宙の抑止力たる、俺達、真十二柱を差し置いて最強を名乗るなど、思い上がりも甚だしいな」
「我等、真十二柱は、最低でもレベルが那由他ですからな」
「無知とは恐ろしいよな」
そして、また沈黙。先に口を開いたのは慈哀坊。
「今回は思った以上に若手3人がやる上に、邪魔も入りましたからな。愚僧としても退くより他は有りませんでした」
「そりゃ、そうだろうな。特にあのお方に出張られてはな。あのお方を知っている奴なら誰だって退く。俺だって退く」
「正直、あの忌まわしき『傀儡師』灰崎 恭也に狙われている関係上、ハルカ・アマノガワは抹殺すべきと、今でも思っています。なれど、あのお方が認めているとなれば、そうもいきませんな」
「残念だったな。それにだ、今、あの子に死なれては困る。あの子は灰崎 恭也の尻尾を掴む為の一番の手掛かりだ。自身の存在をひた隠しにし、俺達、真十二柱でさえ居場所を掴めないが、ハルカの身体を乗っ取ろうとしている関係上、その時は必ず、ハルカの前に姿を現す。奴を殺すには、その時しかない」
「自身の生存を何より最優先している、という点では、比類なき天才ですからな。愚僧もこれまで何度か奴を『救済』しようとしましたが、尽く逃げられてしまいました。そもそも、『本体』ではなかったのですが」
「奴はとにかく『本体』を見せない。そして『本体』を殺さない限り、死なない。何度でも蘇る」
「恐ろしい奴ですな。既に魔力だけなら、我等、真十二柱に匹敵する」
「この上、ハルカの身体まで手に入れたら、最早、手に負えん」
またしても沈黙。今度は俺が先に口を開いた。
「とにかく、ハルカに関しては手出し無用。『大聖』に目を掛けられている以上はな」
「止むを得ませんな。ただし、お忘れ無き様。武神殿にも言いましたが、ハルカ・アマノガワを生かしておけば、必ずや、後の禍根となりましょう」
「そうならない様にするのが、俺達、真十二柱の務めだろうが」
「…………確かに。これは一本取られましたな。では、愚僧はそろそろお暇しましょう」
「そうかい。じゃあな」
そう言って、俺達は別れた。さ、俺も帰るか。
………………どうせ、全て見ていたんだろう? なぁ、『灰崎 恭也』
『その通り』
長らくお待たせしました。慈哀坊編、決着。
ただし、万事解決とはなりませんでした。クズ転生者のスライム『皮被り』によって、多くの犠牲者が出ました。
アルトバイン王国も、第二王子グリフィニアスを失った上に、婚約発表会という晴れ舞台での不祥事で、出席した来賓達の国から、当然叩かれ、散々に毟り取られました。北の『教国』の暗部『護教聖堂騎士団』も不気味な動きを見せています。
そして、今回の件の黒幕であった、第一王子、フェネクリウス。第三王子、レオンハルトをして、読みが甘かったと言わしめる人物。慈哀坊乱入のせいで完全勝利とはいかなかったものの、とりあえず、最低限の目的、愚弟グリフィニアスの排除は達成。下手人が正体不明なのも好都合。
今回の件を引っ掻き回してくれた、慈哀坊。若手3人の奮闘、真十二柱 序列四位 武神の登場等も有り、撤退。実の所、慈哀坊は割りとハルカを認めています。しかし、その存在が危険であると考えて、今回の行動に。間違ってはいないのですが。
更に事が済んでからの、ナナさんの考察。
ナナさん曰く、バコ様は『猫の姿をした何か』。動物の言葉を理解するナナさんにも、バコ様が何を言っているのか分からない。心を読もうとしたら、『得体の知れない何か』が見えそうになり、止めたとの事。現状、バコ様は正体不明。
最後に、ツクヨと慈哀坊の会話。その中で語られた、慈哀坊に撤退を決意させた『あのお方』。それともう一つ。どんなに凄い能力を得た所で、クズは所詮、クズ。全ての神魔の頂点。多元宇宙の抑止力たる真十二柱を差し置いて、最強を名乗るなど、思い上がりも甚だしい。
次回は武神来訪。それでは、また。