第152話 狂僧VS魔王メイド
真十二柱 序列六位 慈哀坊が、ハルカを狙ってやって来た。気付いた時には既に遅く、結界により封鎖されてしまい、私には手出しが出来ない。……仮に手出しをしようとした所で、慈哀坊には全く歯が立たないんだけどね。全ての神魔の頂点、多元宇宙の抑止力たる真十二柱の名は伊達じゃない。
だからといって、ハルカを見殺しにするなど論外。私じゃ慈哀坊に歯が立たないなら、歯が立つ奴を呼ぶまでだ。真十二柱に対抗する一番手っ取り早い方法は、他の真十二柱をぶつける事だ。幸いと言うか、私には真十二柱とのツテが有る。もっとも、あまり頼りたくはないんだけどさ。だが、事態は一刻を争う。気に食わない相手だが、現状、一番頼りになる奴を私は頼る事にする。プライドだの、面子だのを気にしている場合じゃないからね。
『おい、クソ邪神! あんたの事だから、もう気付いているだろうけど、慈哀坊が来た!』
今回の試練に辺り、連絡手段として渡された、真十二柱 序列八位 機怪魔博特製スマホを手に連絡した先は、クソ邪神こと、真十二柱 序列十二位 邪神ツクヨ。私は手短に慈哀坊襲来を告げる。
『あぁ、知っている。あのイカれ坊主め』
やっぱり向こうも把握していた。だったら、さっさと何とかしろと言いたい所だが、言わない。気に入らない奴だが、バカじゃない。慈哀坊襲来を知りながら動かないのは、それ相応の理由が有るはずだ。そして、その理由は至って単純。
『俺は、あいつと相性が悪いんだよ』
その言葉で全てを察する。
『俺とて、真十二柱。基本的に敵無しだ。しかし、だ。完全無敵って訳じゃない。苦手な相手、相性の悪い相手はいる。中でも、慈哀坊はその最たる相手でな。お前も知っているだろう? あいつの素性。破魔、破邪系において、随一の使い手だ。ある意味、俺の天敵だ』
『そうだね。確かにあの坊主は、あんたからすれば、嫌な相手だ』
『しかも、人の話を聞かないときた。なろう系のクズ共の上位互換と言えるな』
ツクヨは動かないのではなく、動けない。『魔王』であるハルカだけでなく、『邪神』たるツクヨにとっても、破魔、破邪系のエキスパートたる慈哀坊は相性が悪い。しかも、人の話を聞かない奴だから、交渉、説得も不可。極めつけが、正真正銘の天才僧侶。なるほど、こりゃ確かになろう系のクズ共の上位互換だ。
しかし、このままではハルカの命が無い。それが分からないツクヨじゃない。考える事は私と同じらしい。
『今、俺が動かせる戦力の中で最高戦力の、イサムと竜胆を行かせた。とにかく奴を退かせるしかない』
自分が無理なら、他の奴に頼る、か。まぁ、こいつならそうするだろう。更に言えば、こいつが動かせる戦力で慈哀坊に多少なりとも対抗出来そうなのは、限られるし。
『他の真十二柱には頼らないんだね』
私は分かってはいたものの、あえて聞いてみる。
『わざわざ聞く程の事か? あいつらが、そんな親切な訳ないだろうが』
『やはり、そうだよね』
ハルカの命が危ないからといって、わざわざ助けに来てくれる程、真十二柱は優しくない。というか、神魔とは本来、そういうものだ。たかが、1人の命の為に何かするなど基本的に無い。ツクヨは動いたが、それは奴が個人的にハルカを気に入っているからこそ。ひとえにハルカの実力と人徳の賜物だ。
思い上がりも甚だしい、なろう系のクズなら、確実に見殺しにしていただろうね。わざわざ助けるだけの意味も価値も無いし。
『さっきも言ったが、とにかく慈哀坊を退かせるしかない。勝つのは無理だ。真十二柱の名は伊達じゃないからな。竜胆とハルカでは決定打に欠けるが、どうにか時間を稼ぐぐらいは出来るか。鍵を握るのは、イサムだ。あいつなら刀の性能込みで、慈哀坊を退かせる事も不可能ではないな』
『不可能ではない、か。あまり分の良い賭けじゃないね』
『仕方ないだろ。文句有るなら、お前行け。ただし、間違いなく、明日の太陽を拝めんぞ』
『……チッ!』
つくづく、状況が悪いと思い知る。どうなってしまうのか……。
イサムside
ハルカを狙って慈哀坊が来た。それを知ったツクヨさんは自分では相性が悪いと、即座に俺と竜胆に対し、出撃を命じた。慈哀坊相手に半端な戦力など、クソの役にも立たないからな。単に犠牲者の山を作るだけ。
竜胆と2人、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、ハルカのいる婚約発表会の会場である離宮に向かい、高速移動中。
「先輩、率直に伺いますが、慈哀坊相手にどうにか出来るおつもりで?」
並走する竜胆から聞かれる。
「どうにかするしかない。でなけりゃ、ハルカが『救済』される。ついでに俺達もな」
屋根から屋根へと高速で飛び移りながら、そう答える。
「でしょうね。厄介な相手に目を付けられたものです。あの坊主、説得、交渉が全く通じませんし」
「あの坊さん、自分は善行をしていると本気で思っているからな。そりゃ、聞かないさ。しかも、真十二柱に数えられる程の実力者。余計にタチが悪い」
「さっさとクビにすべきと思いますが、そうもいかないのが実情ですか」
「そういう事だな。あんなのでも真十二柱。他に務まる奴がいない」
竜胆の言う通り、本来なら、あんなイカれた坊さん、さっさと真十二柱から追放すべきだが、そうもいかない。ぶっちゃけ、代わりがいない。あの坊さんの穴埋めが出来るだけの実力を持つ神魔がいないんだ。
本来、真十二柱はその名の通り、12人揃っていなければならない。もっと厳密に言えば、神六柱、魔王六柱の、計十二柱。
ところが、現在、欠員が出てしまっている。序列十一位 魔氷女王は死亡。序列一位は行方不明。ここへ、序列六位の慈哀坊まで欠けたら、もう、どうしようもない。多元宇宙のパワーバランスが崩壊し、全てが終わる。
危険極まりない奴だが、それでも今の多元宇宙存続の為に、慈哀坊は必要不可欠という訳だ。
「とりあえず、今は、目前の問題に集中しよう。見えたぞ、あそこだ。手筈通りにやるぞ。良いな?」
「了解です」
ハルカのいる離宮が見えてきた。中は今頃、大騒ぎだろうが、外の人達は全く気付いた様子は無い。何故なら、慈哀坊が離宮を不可視の結界で包み込んでいるからだ。外からの侵入及び、内からの脱出阻止。更に外の者達の注意を逸らす結界が。
この結界が有る限り、入れないし、出られない。外の者達も、何が有っても、一切、離宮に対し注意を向けない、向けられない。強制的に意識を逸らされる。だが、俺達には通じない。とはいえ、このままでは入れない。だから……。
破る!
一際高く飛び上がり、左腰に差した凶刀 夜桜を抜き、大上段に構え、気合一閃。結界に向けて振り下ろす!
「キェェェエェェェェッ!!!」
さすがは、慈哀坊の張った結界。凶刀 夜桜を持ってしても、傷を入れるのが精一杯。だが、それで良い。元々、そのつもりだ。
「イヤァァァァァアッ!!!」
結界に走った、それこそ髪の毛一本程度の細い傷。そこへ間髪入れず、正確無比に魔槍 穿血で突きを入れる竜胆。
凶刀の一太刀で傷の入った所へ、更に魔槍の一突きを受け、結界が一部砕け散り、人一人通れる位の穴が開く。その穴へと、素早く飛び込む。飛び込んだ先は、離宮の中庭の上。結構な高さからの落下となるが、この程度で地面に激突死などしない。2人とも無事着地する。……これまで、もっと酷い状況で飛び降りたり、落とされたりしたからな。我ながら、よく生きてるよ。いやいや、今はそれより、慈哀坊撃退だ。既に戦いは始まっている。甲高い金属音が聞こえてくる。
「行くぞ!」
「はい!」
金属音の聞こえてくる方へと、俺達は駆け出す。引き返すという選択肢は無い。既に結界の穴は塞がった。何より慈哀坊が侵入者を逃がすものか。ならば、活路は前にしかない。
少し、時間を遡る。
ハルカside
突然の侵入者、そして、グリフィニアス殿下が木に変わってしまうという異常事態。現状は、来賓一同、事態が飲み込めず、呆気に取られている。
「何が起きたんだ?」
「あぁ、これはあれですな。いわゆる、サプライズという奴でしょう」
突然、グリフィニアス殿下が木に変わって、怪しい僧侶が登場ときた。あまりにもデタラメな展開に、そういう風に考えるのも分かる。でもね、これ、サプライズじゃなくて、ガチなんです。正真正銘、絶体絶命の危機的状況です。……ぶっちゃけ、僕のせいなんですが。
「あぁ、何と悲しい、嘆かわしい。自らの罪を自覚せぬ哀れな娘よ。そなたの存在は、争いを、災いを招き寄せる。だが安心召されい。愚僧が救済して進ぜよう。フォーム」
木に変わってしまったグリフィニアス殿下から、こちらへと向き直り、全くもってありがたくない言葉を告げる慈哀坊。
「すみませんね、そういうのは間に合っているので、お引き取り願います」
慈哀坊からの救済宣言は丁重にお断りしつつ、思考を巡らせる。状況は悪いが、最悪ではない。この状況で一番怖いのが、集団パニックが起きる事。一旦、起きてしまったら、もう止められない。そうなる前に手を打たなければ。
慈哀坊に対し、交渉、説得は不可。そもそも、聞く耳を持たない。倒すのも不可能、勝ち目無し。ならば、やるべき事は、まず、慈哀坊をこの場から引き離す。そして、他の方々を避難させる。後は、援軍に期待。ナナさんも連絡が付かない時点で異常に気付いているはず。真十二柱、あるいはそれに匹敵する相手と判断し、ツクヨに連絡するだろう。となれば、少なくともイサムは来てくれると思う。……希望的観測に過ぎないが、今はそう信じるしかない。
とにかく、一刻も早く、慈哀坊をこの場から引き離す! 幸い、慈哀坊の標的は僕だけだ。でなければ、とっくにこの場にいる全員『救済』されている。グリフィニアス殿下に関しては……まぁ、悪目立ちし過ぎた、という事か。ともあれ、僕自身が囮となる事で、慈哀坊をこの場から引き離す事は難しくない。必ず、追ってくる。
まずは、この場から離れる。離れれば、必ず慈哀坊は追ってくる。向かう先は……あそこにしよう。中庭だ。こういう時、会場の敷地の広さがありがたい。場所を選べる。とりあえず、ミルフィーユさんと連絡を取る。僕とミルフィーユさんの耳元に控える、小型の蝶型諜報メカ。不視蝶。それを通じて手短に連絡を取る。
『奴の狙いは僕です。引き付けて離れますから、その間に皆の避難を』
『了解ですわ。武運を』
さすがはミルフィーユさん。話が早くて助かる。僕も自分のやるべき事をやろう。
「こんな晴れ舞台で騒ぎを起こすのは、良くないと思いませんか? とりあえず、場所を変えましょう」
慈哀坊の返事を待たず、離宮の中庭に向かい、一気に加速し駆け出す。招待客の皆様が騒いでいるが、無視。申し訳ないが、その辺はレオンハルト殿下とミルフィーユさんに丸投げする。
さすがは王家が所有するだけに、離宮と言えど敷地が広い。廊下を駆け抜け、飾られた彫刻を飛び越え、手入れされた植木を避け、目的地の中庭へ。
離宮の中庭は、かなりの広さ。これはむしろ、庭園と言うべきか。実に見事に管理、手入れされた植木に、立派な彫刻。噴水の設えられた池も有る。こんな状況でなければ、ゆっくり見物でもしたかったと思う。しかし、事態はそれを許してはくれない。間もなく、ここは滅茶苦茶に破壊されるだろう。王家、及び、ここの管理をされている方々。後からだと出来ない可能性が有るので、先に謝っておきます。ごめんなさい。さて、謝罪を済ませたし、現実に向き合わないとね!
「確かに、めでたい晴れ舞台の場を台無しにするのは良くない。もっとも、それはそれ。そなたの存在を許す訳にはいかぬ。恐れるなかれ、愚僧がそなたを『救済』して進ぜよう」
やっぱり、余裕で付いてきていた慈哀坊。錫杖を手に構えを取る。
「さっきも言いましたけどね、そういうのは間に合っているので、お引き取り願います!」
改めて『救済』宣言をする慈哀坊に対し、こちらも改めて、お断りする。もはや、対決は避けられない。意識を戦闘へと切り替える。出番だよ、僕の『新しい武器』。
いつも着用している、長袖のメイド服。その両袖口から取り出すは、2つの『扇』。よく有る、紙と骨組みで出来た折り畳み式ではなく、薄い板を重ね合わせ、糸で縫い合わせた、檜扇。もっとも、檜ではなく、魔水晶で出来ているから、水晶扇か。
ただし、以前の様な無色透明ではなく、右手のは黒地に青い蛇の絵。左手のは青地に黒い蛇の絵。その上、よく見ると、表面に蛇の鱗の様な模様が有る。蛇嫌いの人には嫌だろうね。僕は気にしないけど。
2つの扇を手に、慈哀坊と相対する。これまで練習は積み重ねてきた。しかし、実戦はこれが初。しかも相手は真十二柱。果たして、どこまで通用するか?
僕の新しい戦い方。それは、ナナさんから教わった武術と、僕の実家、天之川家に伝わる神楽の融合。元々、天之川家は代々、水神様を祀る神官の家系。そして、水神様に捧げる舞、『御津血神楽』を継承してきた。2つの扇を使う神楽だ。
年に一度の秋祭りの際、水神様に本年度の水の恵みを感謝し、また来年度の水の恵みを願い、捧げる神楽。ただし、舞うのは、7歳までの子供に限るとされている。僕も7歳までは舞っていた。以降はしなくなり、忘れかけていたが、魔剣聖様の試練で思い出した。
剣士として、限界を感じていた僕。そこで思い出した、御津血神楽。そのままでは使えないが、ナナさんから教わった武術と組み合わせたなら、と。そして、これが思った以上に相性が良かった。神楽、扇、どちらも。
ナナさんいわく、御津血神楽は舞に見せかけた武術。ゆっくりやるから、舞であり、速度を上げたら、まんま殺人術。扇もまた、理に適った武器だと。
畳めば鈍器。広げれば、盾となり、その縁は刃となる。しかも、あくまで装飾品、舞の小道具と言える。いわゆる暗器だ。
これまた、ナナさんいわく、天之川家にとって、御津血神楽は、表向きは水神様に捧げる舞。裏の目的は天之川家に仇成す輩や、危険を排除する為のものだろうと。あからさまに武術だと警戒されて、最悪、潰されるから、あくまで神楽という形で伝えてきたのだろうと。
錫杖を構える慈哀坊と、両手に水晶扇を構える僕。残念ながら、僕に勝ち目は無い。出来るのは時間稼ぎ。最悪、僕が犠牲になっても、レオンハルト殿下、ミルフィーユさん、来賓一同が助かれば、それで良い。……ナナさんがどうするかは、ちょっと面倒を見切れないけど。
やはり、そう簡単にやられてやる訳にはいかない。やられるのは御免だし、ナナさんが何をするか分からない。とにかく、時間稼ぎ。それしか無い。頼むから、一刻も早く援軍が来て欲しい。僕が慈哀坊に負ける前に。
「あぁ、何と悲しい、嘆かわしい。何故に救済を拒むのか。憎しみ、争いは何も生まぬというのに」
「そういうのを、大きなお世話って言うんですよ」
相変わらずの救済論を語る慈哀坊に反論する。聞く耳を持たないのは知っているけど、言われっぱなしは腹が立つ。
「聞く耳を持たないとは、嘆かわしい。なれど、一切衆生を救済するのが愚僧の使命。フォーム!!」
慈哀坊は盛大なブーメラン発言と共に仕掛けてきた。周囲の地面から飛び出すは、無数の蔓植物。更に枝分かれして、四方八方から襲い掛かる。避けられやすい『点』ではなく、避けられにくい『面』制圧。最初から飛ばしてくる辺り、さすがは真十二柱。油断慢心の塊のなろう系転生者とは違う。
「シッ!!」
しかし、向こうはまだ全力ではない。そして、これぐらいなら、まだ対処出来る。両手に持つ、広げた扇を振るい、蹴りを繰り出し、蔓植物を全て切り払いつつ、中庭を駆ける。止まる訳にはいかない。実力は向こうが圧倒的に上。とにかく、防いで逃げる。1発でも貰ったら終わりだ。と、そこへ、何かが。反射的に扇で防ぐが、甲高い音と共に凄い衝撃。手が痺れ、扇を落としそうになる。そして地面を見れば、向日葵の種っぽい何か。ただし、そのサイズは格段に大きい。大人の小指ぐらい有る。
「やれやれ、無駄に反応の良い。さすがに1発では無理か。ならば、連射するまで」
そう言う慈哀坊のそばには、向日葵っぽい植物。あくまで向日葵っぽい植物。断じて向日葵じゃない。やたら大きいし。そして、花にぎっしり詰まった種の部分に窪みが1つ。丁度、今、地面に落ちている種のサイズの窪みが。という事はつまり……。
「やっぱりか!」
向日葵もどきの花から、バルカン砲の如く発射される種。しかも慈哀坊は、向日葵もどきを次々と呼び出す。複数の向日葵もどきから放たれる、嵐の如き種の弾幕。これを全て叩き落とすのは無理。半端な結界など張ろうものなら、あっと言う間に蜂の巣、いや、肉片だ。ただ、ひたすらに逃げ回る。美しい庭園は見る見る内に無惨に破壊される。……こんな事をしておいて、よく、救済だなんて言えるもんだ。内心、毒づく。
だが、これでも慈哀坊は全く、本気など出していない。ほんの小手調べにも及ばない。まぁ、慈哀坊からすれば、僕など、その程度の存在でしかないという事。
慈哀坊は僧侶であり、神聖系、破魔系、破邪系こそが、その力の真髄。ぶっちゃけ、慈哀坊がその気になれば、わざわざ僕の前に姿を現すまでもなく、僕の対応出来ない遠距離から、一方的に僕を『救済』出来る。にも関わらず、それをしない。真十二柱 序列六位 慈哀坊ともあろう者が、その程度、出来ない訳がない。なのに、しない。
それこそが、慈哀坊の抱えるジレンマと言える。慈哀坊は僕を『救済』と銘打って排除しようとしている。ならば、さっさとやれば良いが、ここで真十二柱の立場が邪魔をする。
真十二柱とあろう者が、たかが、小娘1人排除するのに本気出しました、大技出しました、などと知られたら、赤っ恥も良いところ。つまり、慈哀坊は僕相手に全力は出せない。少なくとも、今は。
だから、僕としては慈哀坊が本気を出す前に、どうにか奴を退けないといけない。慈哀坊がなりふり構わなくなったら、おしまいだ。もっとも、慈哀坊が本気を出していない現時点でも、ひたすらピンチなんだけど……。
向日葵もどきから発射される、種の弾幕から逃れつつ、慈哀坊の撤退条件について考える。
1、僕の『救済』完了
2、僕の『救済』達成が出来ないと判断
……1は論外。となれば、2だが、これが難しい。慈哀坊はとにかく執念深いらしい。自分は善行をしていると思っているから、何が何でも『救済』しようとするそうだ。いるよね、こういう独善的な奴。なろう系転生者が正にそう。
何より問題なのが、慈哀坊が強過ぎる事。所詮、チートが無ければ無力な、なろう系転生者と違い、慈哀坊は正真正銘の実力者。そんな慈哀坊が目的達成不可と判断する状況に、持っていけるだろうか? いや、持っていかなければならないんだけ、どっ!!
突如、繰り出された錫杖の一突き。咄嗟に身体を捻り、回避。その捻りを乗せたカウンター、横薙ぎの扇一閃。しかし、即座に突きから防御に切り替えた錫杖に阻まれ、甲高い金属音が鳴る。そこから錫杖を跳ね上げ、僕を下から唐竹割りにせんと慈哀坊。
「フォーム!」
「何の!」
バク転で回避、そのついでにカウンターのサマーソルトキックを入れようとするが、決まらない。
「オン!! フォーム!!」
慈哀坊が地面に錫杖を突き立てると、衝撃波が巻き起こり、僕ごと辺りを吹き飛ばした。
「うわぁああああぁあっ!!
至近距離で受けたから堪らない。吹き飛ばされ、地面を転がり、離宮の外壁に勢いよく叩きつけられる。うぅ……身体中が痛い……。それでも何とか立ち上がる。慈哀坊の奴、本気は出さないまでも、『贖罪』モードか。などと、悠長に考えている暇を与えてくれる程、慈哀坊は甘くない。
「罪深き娘よ、汝は愚僧が真髄を見せるまでも無いが、その罪深さを裁いてくれよう。その血を、痛みを持って、罪を償うが良い。その上で、愚僧が『救済』して進ぜよう」
一瞬で間合いを詰め、錫杖で僕を滅多打ちにしてくる慈哀坊。途轍もなく速く、重い、錫杖の乱打。畳んだ状態の両手の扇で必死に防ぐが、とても防ぎ切れない。慈哀坊の性格上、即死の致命傷は無いものの、全身を打ち据えられ、両肩の骨を砕かれ、両腕を折られ、トドメとばかりに、右足の太腿に錫杖を突き立てられ、地面に縫い付けられてしまった。
「フォーム……。恐れるなかれ、これは『救済』なり。汝、罪より解き放たれ、真なる平和と安らぎを知るものなり。ハルカ・アマノガワよ、真十二柱 序列六位 慈哀坊が汝を『救済』せん!!」
慈哀坊が何やら印を組んでいる。僕を『救済』する気だ!! しかし、逃げようにも、右足の太腿を錫杖で貫かれて地面に縫い付けられて、逃げられない。反撃しようにも、両肩、両腕を折られた上、全身ボロボロ。とても無理だ。
でも、一言だけ言ってやる。
「いつから、僕を『救済』出来ると錯覚していた?」
それに返事をしない慈哀坊。チッ! 流石は真十二柱。反応が早い!
ギィィンッ!!
響き渡る甲高い金属音。慈哀坊が振り返りもせず、『後ろ』に向けて振るった錫杖が受け止めたのは、あらゆる光を吸い込む、底無しの黒の刀身。
「いい加減にしろよ! このクソ坊主!!」
慈哀坊が僕への『救済』を止め、防御を選ぶ程の相手。
そして……。
「…………生きていましたか。まぁ、随分とやられましたね。それでも生きている事は、一応、評価してあげましょう」
「……それは……どうも……。とりあえず……全身……痛いんですけど……」
「……ツクヨ様より託されたエリクサーですが、飲めそうもないですね。やれやれ、仕方ない。口を開けなさい」
エリクサーの瓶を開けると、僕の口に瓶の口を突っ込んできた。何とか飲み干すが、こちとら怪我人なんですけどね! ともあれ、エリクサーの効果で完全回復。最高級の霊薬だけはある。後でツクヨにお礼をしないといけないな。その為にも、絶対に生きて帰らないと。その一方で、慈哀坊は突然の乱入者と対峙していた。
「…………フォーム。何ゆえに愚僧の邪魔をするか、『刀剣に愛されし者』よ。その上『武帝』まで。この娘は『救済』せねばならぬ。邪魔立てするとあらば、例え、『四位』と『十二位』の関係者であろうと容赦せぬ。汝らも『救済』して進ぜよう」
「そういうのを、大きなお世話って言うんだよ! さっさと帰れ! クソ坊主!!」
「私も先輩と同意見です。出来もしない絵空事を語りたければ、バカ相手に説法でもしていなさい。存在しない架空の神を信じるバカ相手に。後、ハルカ。貴女、何、他人事みたいに聞いているんですか。エリクサーで完治したでしょう? 貴女も戦うんですよ。そもそも、貴女のせいでしょうが。ったく、迷惑な」
「言われずとも。しかし、安定の塩対応ですね、竜胆さん」
「助けに来ただけでも、感謝しなさい。後で謝礼はしっかり頂きますからね」
「はい。それは後ほど、きちんと」
「話は済んだか? じゃ……やるぞ!!」
「「はい!!」」
ギリギリのタイミングで間に合った援軍。イサムと竜胆さん。竜胆さんの持ってきたエリクサーのおかげで、僕もボロボロの状態から完治出来た。僕より強い、2人の援軍が加わり、対慈哀坊戦は、第2ラウンドに入ろうとしていた。
「…………フォーム。一切衆生是救済、一切衆生是救済。争いを止めぬ哀れな者達よ、愚僧が『救済』して進ぜよう」
ただし、勝ち目が有るとは言っていない。
お待たせしました。
遂に激突。善意の狂僧、慈哀坊VSハルカ。
とにかく、タチの悪い敵である慈哀坊。自分は善行をしていると信じているから、全く、話が通じない。しかも、真十二柱 序列六位の実力者。要するに、多元宇宙において、6番目に強いという事。
一方、ハルカもまた、新しい武器である2つの『水晶扇』。そして天之川家に伝わる『御津血神楽』とナナさん仕込みの武術を組み合わせた新戦闘法で、慈哀坊に対抗。
圧倒的に格上の慈哀坊に対し、付け入る隙を見出すハルカ。圧倒的に格上であるが故に、逆に本気を出せないと看破。特に慈哀坊は幼い頃より天才の名を欲しいままにしてきた麒麟児。人一倍、プライドが高い。たかが、小娘1人に本気を出しました、大技を使いましたなどと知られたら、赤っ恥。
だから、慈哀坊がなりふり構わなくなる前に、どうにかしたかったものの、やはり、実力差は歴然。相手を痛め付ける事で罪を償わせる、慈哀坊の『贖罪』でボロボロの状態に。
危うく『救済』される所に、ギリギリで間に合った援軍、イサムと竜胆。ハルカも回復し、対慈哀坊戦は第2ラウンドに。
もっとも、3人掛かりでも慈哀坊をどうにか出来るかは分からない。未だに底を見せない慈哀坊。
では、また次回。